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日野へ 上

九月三〇日。今日も今日とて千香は近藤にくっついて日野へ来ていた。藤堂は朝から隊士勧誘へ街に出ており、千香が起きたときには既に布団から姿を消していたのである。千香はといえば、あの日からずっと伊東に目を光らせていたのだが一向にその真意を読み取れずじまい。しかし、二人をなるべく一緒に居られないようにすれば藤堂も歴史の通りに御陵衛士に入り、伊東について行くといったことはないだろうと思ったのである。すると結局することもないので、近藤に付いて日野へ行こうと思い立った。


「近藤さん。日野へは元の時代にいたときに来たことありますよ。穏やかで落ち着けて良いところだなあって思いました。と言っても、この時代の日野じゃあまりにも風景が違いすぎて道に迷ってしまいそうですけどね。 」


テクテクと歩きながら、千香は近藤にそう投げかけた。


「そうかそうか。日野は良いところだよなあ。森宮さんは、解る人だなあ。 」


義兄弟の佐藤彦五郎が居るからなのか、土方の育った場所だからかは分からないが、近藤は日野には素晴らしい人材がたくさん居るのだという旨を道中生き生きと語っていた。千香も、新選組に関することなら何でも興味があったのでうんうんと相槌を打ちながら、元々知っている情報や初耳で貴重なエピソードを聴き漏らさずに近藤の一言一句を違えず覚えようと必死になって居たとき。


「さて、着いたよ。...森宮さんは、彦五郎さんのことも知っているね?...鹿之助さんの時は了承も得ず話してしまったが、彦五郎さんに森宮さんが先の世から来たことを伝えても構わないかい?やはり、今回も義兄弟だからこそ隠し事は作りたくないんだ。 」


佐藤家の門の前に立ち止まり、近藤が千香に聞いた。


「勿論です。やっぱり何でも打ち明けられる人って大切だと思いますし。それに、お気遣いいただいて有難うございます。 」


近藤は、気付いていたのだ。小島にそのことを話したときに、千香が複雑な心境であったことを。人の気持ちに敏感なのだろう。そういう面では、土方とはまた違った気付きをする人物だと言える。こう言った点が京で女に好かれたのかもしれないが、ここではまた違う話だ。

そうこうしているうちに、佐藤が奥から出て来て千香たちを迎えた。早速近藤に挨拶を済ませて、その後ろに居た千香のほうへ目をやり少し見開いたかと思うと、


「貴方が千香さんか。歳三が迷惑をかけてすまない。 」


近藤との手紙のやり取りで、千香のことを知っていたのだろうか。それはまるで弟の粗相を謝る時の様な表情で。


「い、いえいえ!私の方こそ土方さんにお手を煩わせてばかりで...。 」


「しかし歳三は、一度決めたらてこでも動かないだろう。その潔さが良いところでもあるんだが、裏目に出るとただの駄々っ子になりかねなくてな。一見するとしっかりしている様に見えるんだがなあ。 」


佐藤は眉を下げて、申し訳無さそうに笑う。それに千香は、安心させる様にふわりと笑って。


「でも、そんな土方さんだからこそ近藤さんと二人で居ると、きっと何でも出来てしまうんだろうなって気がします。逆に土方さんが潔くなかったとすれば、早々に新選組は秩序が乱れ、無くなってしまっているのではないでしょうか。土方さんがそうだからこそ、私も付いて行こうと思いますし。 」


現代に居た頃に読んでいた史料では知り得なかった土方を、この時代に来てから幾らか知っていた千香は佐藤にそう告げた。本音では土方の頑固さをあまり快く思っていないが、そういう面が近藤とバランスを上手く取れているのだから、認めざるを得ない。土方だからこそ、新選組をまとめ上げられるのだということも知っているからこそ。


「千香さん、...もしかして歳三に惚れているのか? 」


千香が言い終わったかと思うと、佐藤は勘ぐる様な目で見てきて。


「それはないですね。 」


素早くきっぱりと、否定した。


「彦五郎さん、実は森宮さんは平助と恋仲なんだ。 」


すかさず近藤が補足を付け加えて。


「そうか。藤堂と...。すまない。実はな昔から私の前で歳三のことを話す女子は、決まって歳三に惚れているんだ。だから、てっきり千香さんもそうなのかと思ってしまった。 」


「まあ。確かに土方さんは人気がありますからね。色男だし、背も大きいし、まるで役者の様だって前に京の友達が言っていました。 」


少し呆れ顔で、そういえばと千香が頷いた。


「そうと分かれば安心だ。さあ、立ち話を長々としてしまってすまない。上がって行ってくれ。 」


佐藤に促され、近藤と千香は客間へと通された。

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