悪口なら堂々と
二月一日早朝。
屯所内には何やら物々しい雰囲気が漂っていた。
千香は朝餉の支度をしながら、どうしたんだろうと思っていたが、通りかかった隊士が発した言葉によりハッと思い出し。
『会津藩と新選組を誹謗する高札が四条橋にあるらしい。 』
どうやら、幹部の者たちはその高札を見に外に出た様で、屯所内に姿が見えない。
千香は、陰湿なのを嫌う人間だったので、悪口なら堂々と本人の前で言えばいいじゃない。と腹を立てた。
さらに関連して、後に起こる三条制札事件のことも思い出し。
やはり新選組は、敵が多いのかと再認識する。
朝餉を作り終え、後は器に移すだけにすると、千香は門の前で市中に出ている者たちの帰りを待った。
先に屯所内に残っている隊士たちに朝餉を出そうかと思ったが、基本的に食事は局長が声を掛けてから食べる、というスタイルを取っている様なので、やめておく。
はあと手のひらに白い息を吐きかけ、暖をとる。まだ二月に入ったばかりで、まだまだ春には遠く。おまけに朝なので尚更気温が低かった。
「皆、悪い人じゃ無いのに。余所者は好きじゃ無いんだね。まあ、京都の人は長州贔屓だからなあ。というか今回の高札は確か、長州の人たちの仕業だっけ。 」
待っている間の時間を有効に使おうと、千香は門の前を掃き始めた。
そのまま一時程待っていると、近藤たちが帰って来るのが見えて、千香は厨房へ駆け込んで作ってあった朝餉を温める。
直ぐに食べられるようにするためだ。
器にご飯、味噌汁、煮物、沢庵を入れ、膳に乗せると、広間へと配膳して行く。
流石に、心中穏やかではない幹部や他の隊士たちに手伝わせるのは悪いと思い、急ぎ足で運び終えた。
広間に隊士たちが揃うと、近藤の声を待ってから、箸をつけ始める。
しかし、皆只流し込むような感じで、食べているとは言い難い様子だった。
朝餉を終えて、片付けをしながら千香は隊士たちにどう接すればいいか分からず、頭を悩ませていた。
「怒るよねそりゃ。悪口言われるどころか、大衆の目につくところに書くなんて。 」
食器を洗い終え、手拭いで手を拭くと、あ!と閃いて。
陰口を書かれるなら、逆に日向口を書けばいいじゃないか。
街に高札を建てるまではしないが、手紙に新選組の良いところを書けばいい。
「ようし!そうと決まれば、早速書くぞー! 」
自室へと帰り、墨を用意すると、新選組の良いところを書き出していく。
「これ、私が書いたんじゃなくて、新選組のファンが書いたことにすれば、もっと皆喜んでくれるかも。幸い、まだ誰にも私の字は見られたことないし、大丈夫でしょ。 」
仕上げに近藤らの似顔絵も添える。
「完璧!ええと、京の街の人が書いたことにしたらいいかな。門のところに置いてこよう! 」
千香は手紙を懐にしまい、廊下へ出ると、周りに人が居ないことを確認して外へと出る。
そして、屯所の門の前に手紙を置くとそそくさと部屋へと戻り。
「喜んでくれるかなあ。 」
千香がふふふとにやけていると、すぱん!と障子が開いた。
「これ、森宮さんが書いた物ですね? 」
え“バレてる!?と心で叫びながら声の方へ振り向くと、にこにこと微笑んでいる沖田がいた。
「な、何で分かったんですか...。 」
「内容ですよ。やけに内部に居ないと分からないことばかり書いてあるから。これしきの文を見破るくらい容易いことです。伊達に新選組やってないですよ。 」
沖田の笑顔ながらに淡々と続ける様子を見て、千香はガックリと項垂れた。
「うう。甘く見てました。流石新選組ですね...。 」
「でも。 」
沖田が千香の肩を掴んで。
「私たちを元気付けようとしてくれたんですよね?その心遣いはとても有り難いと思いましたよ。 」
千香が顔を上げると、至近距離に沖田の顔が見え、かあっと顔を赤く染める。
「お、沖田さん。近いです...。 」
目を逸らしながら、消え入るように声が小さくなり。
「御免。」
沖田がパッと千香から手を離すと、千香の様子にケラケラと笑い。
「まあ、皆は森宮さんが書いた物でも喜ぶと思いますよ。誰だって褒められて嫌な気分はしませんから。折角ですからこの文は、隊士たちに見せておきますね。 」
沖田は千香の手紙をヒラヒラとさせて、去り際に告げる。
「は、はい。お願いします! 」
閉まった障子を見つめながら、首を傾げた。
抜かりなく、遂行したはずなのに。どうして?
手紙の内容もそんなに怪しまれるような内容は書いて居ないはずなのに。
「沖田さんって凄いんだなあ。嘘吐いても見透かされちゃいそうな感じする。 」
千香はしみじみと呟いた。
翌日朝餉の時間になると、隊士たちから『有り難う』と言われ、更に沖田の行動の早さにも驚いた千香だった。




