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御迷惑をお掛けします〈日常編〉

パチリと目を覚ますと、額に手拭いが乗っていた。喉がカラカラに乾いて、頭痛もする。

ぼんやり天井を見つめていると、スーッと障子が開いて八木家の為三郎が入ってきた。水を汲んできたのか、腕には桶を抱えていて。


「目え覚めた?姉ちゃん、えらい高熱出とったんやで。今は落ち着いたみたいやけど。 」


千香は蒲団から体を起こすと、為三郎の方を向いた。その拍子に落ちそうになった手拭いを蒲団に落ちてしまうすんでのところで、受け止める。


「御迷惑お掛けしました。調子悪いなって思って寝てたら、こんな有様で。お父さんとお母さんにも、お礼に行かなきゃ。 」


蒲団から立ち上がろうとすると、


「あかん。まだちゃんと治ったわけじゃおまへのんやから、寝てへんと。僕が叱られる。 」


と制されてしまい。


「そりゃ、為三郎君にわるいね。大人しく寝てるわ。 」


フワフワとした頭で、何とか言葉を考えて話す。

いつもならもう少し意味の通ることを話せているのに、熱のせいか上手く頭が回らない。


「やっぱりまだ寝ておいたほうがええね。僕んとこの家のことまで手伝ってくれとったんだし、疲れが出たんだと思うよ。新選組の人たちが帰ってくるまでに治したいでしょう? 」


為三郎の言葉にこくん、と頷く。

上手く回らない頭で、千香は鞄の中に風邪薬を入れていたことを思い出す。


「申し訳ないんだけど、お水持って来てくれないかな。薬飲もうと思って。 」


「薬なんて持っとったのか。なら、買いに行く必要は無いな。でも、何か食べてからのほうがええんではおまへん?お母はんに言うて、作ってもろてくるよ。 」


桶を置くと、為三郎は部屋から去って行った。きっとこんなにしっかりしてる子どもだったからこそ。後に、その日のことを覚えていて芹沢たちが殺された日の証言を遺したのかもしれない。

千香は鞄から風邪薬を取り出すと為三郎を待っている間、久し振りに新選組の本を広げた。


「そうか...。今年、池田屋事件が起こって沖田さんが喀血するはず。そして、平助も...。 」


大事なことを忘れてしまっていた。自分を助けてくれた人たちはこれから、次々と亡くなっていく運命であることを。


「今度こそ、助けなくちゃ。 」


朦朧とする意識の中で、はっきりとそう呟く。足音が近くに聞こえてきだしたため、急いで本を鞄にしまった。

この時代の人間に未来を知られては不味いのだ。


「もう!寝てへんとあかんやろ!ほら、お粥作ってもろたから食べて。 」


為三郎は部屋へ入ってくると、粥を乗せた盆を千香に手渡す。


「有難う。いただきます。....ん、美味しい。 」


粥はとても優しい味で、千香の心と体を芯から温めてくれた。完食すると、手を合わせて御挨拶。


「ご馳走様です。 」


「ええ食べっぷりやね。食欲はあるみたいや。あとは早う薬飲んで、寝とき。 」


「うん。ありがとう。 」


薬を飲んで蒲団を被ると、直ぐに眠気が襲って来た。


「おや、すみ...。ほんとに、ありがとね。 」


「ええの。気にせいで...って、もう寝てもうたわ。 」


為三郎は千香の握っていた手拭いを水に浸して絞ると、額に乗せる。


「姉ちゃん、いつも気丈に振る舞うから組の人たちが居なくって、力が抜けたんやろうな。働き者そやしな。 」


千香の安らかな寝顔を見ていると、余計にそう思えてきて、


「早う、治してまた遊んでや。 」


為三郎は空になった器を盆に乗せると、部屋を出た。








また目が覚めると、今度は朝で。少し寝過ぎたかもしれない。蒲団から出て、軽くストレッチする。朝日を浴びようと廊下へ出ると、雪が降ってきた。


「雪だ...。朝日は浴びれなくて寒いけど、綺麗だからいいかな。 」


風呂に入ろうかと考えたが、今の時間から沸かすのは面倒だと思い、手拭いを湿らせ体を拭き、着物に着替える。

...勿論、夜にはきちんと入るが。

しかし、夜まで特にこれと言ってすることもない。

そうだ、石鹸でも作ろう。確か米糠で作れたはずだ。八木の家にはお世話になった代わりに、それを持って行こう。

思い立ったが吉日、と言って、千香は早速材料を揃えて、石鹸作りを始めた。



鍋に水を入れ、沸騰させて、次に寒天を溶かし、数分かき混ぜ続ける。本来なら重曹を使ったりするのだが、寒天でもしっかり固まるから大丈夫だろう。

米糠を入れ溶かして火から下ろし、器に移す。


「よし、あとは冷やせば完成。無添加だし、お肌にもいいし、何よりこの時代に石鹸は珍しいもんね! 」


石鹸が固まるまでの時間、ついでに屯所の掃除を済ませる。

ありゃ。一日掃除しないだけでこんなに埃溜まるもんなのか。

千香は屯所内の埃の溜まりの早さに驚いた。厨房へ戻ると石鹸が固まっていて完成していたので、八木家へ渡す用の分を包む。残りは自分用にしよう。

久し振りの石鹸だ。この時代に来てから風呂に糠袋しかなかったので、なんだか懐かしい感じがする。

石鹸を持ち、八木家の人たちが住む母屋へと向かう。部屋へ通され、千香は源之丞と雅の二人と向かい合う形になり。


「御迷惑をお掛けしてすみませんでした。これ、お礼に宜しければ貰ってください。 」


風呂敷に包んだ石鹸を手渡す。


「おおきに。えーと、これは...何や? 」


包みを開け、石鹸を手に取ると源之丞は首を傾げる。


「ええと、シャボンです。簡易的にですが、作ってみました。お風呂に入るとき、使ってみてください。米糠で作ってあるので、特に害はありません。 」


「シャボン...か。初めて見たわ。あんさん、こんなもの作れて凄いなあ。ありがたく受け取らせてもらうで。...そらそうと、もう体は大丈夫なん? 」


源之丞は石鹸を雅へ手渡すと、千香に尋ねる。


「いえそんな...。はい。もうすっかり良くなりました。その節は本当にお世話になりました。 」


千香は三つ指をついて、深く頭を下げた。


「ほら、頭上げなはれ。あんさんはよう家の手伝いもしてくれて、器量もええから頼りにしとります。何や困ったことがあったら何でも言うてええからね。 」


源之丞はにこり、と人の良さそうな笑みを浮かべて。


「はい!ありがとうございます!では、失礼しますね。 」


母屋を離れると、千香は遅めの朝餉を摂った。一人分なので、いつもより簡素に仕上げた。


「あーあ!皆帰って来るまで暇だなあ。 」


頬杖をつきながら、深く溜め息を吐いた。

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