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転生王女にド定番ロマンスは難しい  作者: 冬至 春化
2 皇帝陛下のおともだち
7/38

2 楽しく



 屋敷に入ると、日差しが遮られたせいか、一気に涼しくなった。風通しがいい作りになっているのもあるだろう。

 玄関を見回すが、ロズウィミア嬢の姿は見当たらない。大体、数日前まで王都にいたんだから、まさかこんなところにいるはずがないのだ。なんだ、心配して損したぁ。


「娘はもうじきこちらに到着致します。お出迎えすることが出来ず申し訳ないと申しておりました」

 崩れ落ちるのをすんでで堪えて、私はがくりと項垂れた。やはり、来るのか。どうしても来なきゃいけないのか。

 いや、し、しかし、私は王女である。ただの令嬢ごときに負けるはずがない。確かにロズウィミア嬢の方が威厳はあるし美人だし立ち居振る舞いは綺麗だし知名度は高いし、

「今は王都の学院で勉強をしているんだったか」

「はい。最近はもっぱら卒業論文のための研究に忙しいようで。つい先日、ようやく研究に一区切りがついたと言っておりました。教授からもこれは大発見に繋がるかもしれないと評価を受けております」

 ――しかも才女だと!?


 文字すら読めない自らの惨状を思って、私は思わず立ち尽くしたまま昇天したくなった。かたや最高学府において優秀な成績を修める令嬢、かたや文字を読もとすると「頭の頭痛が痛いわ」だとか言い訳こいて寝込む王女である。

 勝ち目が見えない。いや、別に勝負をする必要はないのだが……。



 案内されるまま廊下を歩き、どこかの部屋に案内され、おやつを食べ、再び外に出る。

 屋敷の敷地外にはそれこそ見渡す限りの広大な畑が広がり、それを眺めつつ、ぼうっとしたまま歩いていると、唐突に何かにぶつかった。

「ぶえっ」

 汚い声を漏らしながら倒れ込み、それからようやく私ははっと我に返った。

「大丈夫か」

 地面に膝をついた私を立ち上がらせながら、背中に体当たりされた皇帝が私の顔を覗き込む。私は鼻を擦りながら「すみません」と小さく呟いた。

「どうした」

 私は小さく頭を振る。自分でもよく分からなかった。雲一つない天気に当てられたのだろうか。しかし、それほど暑いわけでもないのだ。恐らくモルテ公爵領は、王都と比べても暑い地域ではない。


「いえ、その……。遠くに、別の色をした畑があって、気を取られてしまっただけですわ」

 咄嗟に向いていた方向を指して言うと、皇帝が納得したように頷いた。

「今の時季にあの色ということは、冬小麦か?」

 皇帝が呟くと、モルテ公爵は「はい」と首肯する。

「とはいえ、私の領地で冬小麦はあまり作ってはおりません。春小麦が主流ですので」

 小麦の種類についての話はよく分からなかった。私はただ、緑色をした野菜畑の向こうに、金色の波を見ただけだ。白く霞んだ遥か遠くで、日光に照り映えた小麦が凪いだ。

「そっか、小麦、……」

 青い空との境目は何もなかった。ただ青と金色が揺らいでいるだけだった。



 モルテ公爵の屋敷からほど近いところに、公爵領で一番大きな街があった。太い道路が多方面に伸びている様子がみられ、街自体も活気づいている。

 私たちが足を踏み入れるやいなや、わっと歓声が湧いた。

「こら! やめなさい!」

 脇から声がしたと思ったら、どうやら母親の静止をすり抜けてきたらしい子供たちが駆け寄ってくる。

「皇帝陛下と、えーと、……誰だろ?」

「わかんない!」

「でも美人さんだよ?」

「えらい人っぽい」

「そうだそうだ」

「じゃあ、皇帝陛下と誰かわからないけど美人さん!」

 口々に言い合っていた子供たちは、ぱっと笑顔を浮かべて両手を広げた。

「ようこそ、ランディテロへ!」


 3秒後、音速と見まごうほどの勢いで飛んできた母親たちが全員の頭に拳骨を落とし、そのままあっという間に子供たちを回収すると、視界から消えた。


「……と、このように子供たちも元気いっぱいでして……」

 公爵は苦笑いしながら頭を下げ、皇帝は愉快そうに子供たちが消えていった方を眺めている。

 私は自らの認知度の低さに落ち込むべきなのか、美人と言われて喜ぶべきか測りかねて、微妙な顔をしたまま黙っていた。



 皇帝が街の人に最近の様子を聞くのを一歩後ろで鑑賞しながら、私はとりあえずにこにこと微笑んでおく。そう、妙に風当たりが強いのである。気候としての意味ではなく。

 恐らくこれは、あれだろう。みんなロズウィミア嬢が皇妃になると思っていたから、ぽっと出の素性も知れない女が皇妃ですとか言いながら現れても、素直に受け入れられないという、あれだろう。

 分かる、分かるよその気持ち。私もローレンシアにいた頃、庭に迷い込んできた犬に餌をやって手なずけていたのに、ある日女王が偶然その犬を発見して、自分のペットとして回収してしまったことがあったからね。それだけならまだしも、次に見たときには恐ろしいほど女王に懐いていた。腹を上に向けて、女王に撫でられて大喜びしていたのだ。恩を忘れたのか、お前は、と言いたくなるのも仕方ない。この駄犬が!

 ……話が逸れた。

 何はともあれ、私が皇帝について回っているだけで視線が痛いのである。まさかこれ程とは思わなかった。


 まあ、周りからの批判が根強いってのは、他国に嫁ぐタイプのロマンス小説にはありがちだ。それで、元々国内で有力視されていた令嬢が立ちはだかるのも、何千回と(やや誇張あり)見たことがある。

 そうそう、唯一の味方は祖国から連れてきた侍女だけ! 皇帝は冷たく、私のことなんて全く気にもかけずに、城の隅に追いやられて毎日一人寂しくっていうのが定番……あれ?

 一番当たりが強いのは当の祖国から連れてきた侍女、フォレンタだし、皇帝は初日に「愛すことはないからそのつもりで」とテンプレ台詞を吐いた割には、何だかんだと構ってくれるし、城の隅に追いやられてはいるが、要するに日当たりのいい角部屋だし、毎日結構快適……あれ?


「どうした、難しい顔をして」

 むむむ、と唸った私に気が付いたのか、皇帝が背を丸めて私の顔を覗き込みつつ、眉間の皺に触れた。街がざわつく。

「何でもありません、……その……離れていただけませんか」

「ああ、暑かったか。悪いな」

「はは……」

 ビシィ! バシィ! と視線が突き刺さり、私は既に満身創痍である。どうやら鈍感であらせられるご様子の皇帝は、のほほんと「いい天気だよな」だとか宣ってるし、公爵の目は私を品定めするように鋭い。

 メフェルスは所用とやらで席を外しており、フォレンタだけが背後にいて、「愉快なことになっていますね」と全く愉快そうでない声で言うのだ。



 何とかイメージアップを図りたい、と、私は屋台でイモの皮を向いている女性に話しかけた。

「イモの皮むきって大変ですよね、私はいつも、芽を取ろうとして、いっぱい抉りすぎちゃうんですよ」

「はい……?」

 私が渾身のあるあるを込めて話しかけたというのに、彼女は信じられない、と言いたげに絶句した。戸惑ったようにイモと私を見比べながら、口をぱくぱくと動かす。

「クィリアルテ様、普通のご令嬢はイモの皮むきは致しません」

「えっ、しないの!?」

「はい」

 フォレンタとこそこそと話しながら、私は冷や汗が背中を伝うのを感じた。いや、暑いから普通の汗かもしれないけれど。


「え、ええと、前に一度だけ、やったことがあって……」

 言い訳も、『いつも失敗しちゃうんですよー』という先程の言葉の前には、白々しく聞こえる。案の定、街は「もしかして平民の方かしら」という囁きで満ちている気がする。あくまで私の想像だけど、そう間違ってはいないだろう。


「……クィリアルテ嬢」

 皇帝は困り顔で言葉を探している。ようやく見つかった言葉が「家庭的なんだな」だったのは、明らかに私が平民である説を後押ししてしまったし、料理などしないであろうロズウィミア嬢に対する非難に繋がり得ると思った。完全に悪手。不器用すぎる。



 へろへろになりながら公爵の屋敷に戻った矢先、私はラスボスと出会うことになる。

 玄関ホールで皇帝を迎えるつもりで待っていたのであろうロズウィミア嬢は、隣にいる私を見つけると、ものの見事に硬直した。

「あ、あなた……どうして……」

「えーと……。数日ぶりです、ロズウィミア様」

 見るからに、お互いに気まずい思いを抱えた再会なのに、皇帝は首を傾げて「友人か?」と問う。馬鹿なの?

「あのときは名乗れなくて申し訳ありませんでした。クィリアルテと申します」

 ここで威張ることも可能だったが、何せ場所はロズウィミア嬢のホーム(文字通り)である。それに威張る要素も足りないので、とりあえず下手に出ると、ロズウィミア嬢も頬を引き攣らせながらも穏便に微笑む。

「気にしなくてよろしいですわ、クィリアルテ様」

「いえ、私が失礼を致しましたことですので……」

「そんな、謝らないで下さいませ」

 以下、互いに相手を馬鹿にしているはずなのに下手に出るという不毛な流れが数度続いたので、割愛させて頂く。あまりに殺伐とした空気に耐えきれなくなった公爵が、派手な咳払いをしたのもある。


 一旦落ち着いてから、ロズウィミア嬢はようやく本懐である皇帝に向き直った。

「我が領地にお越し頂きましたこと、本当に光栄に思います。王都と比べましては鄙びたところではございますが、誠心誠意おもてなしさせて頂きます、どうぞお寛ぎ下さいませ」

「ああ、短い滞在だが世話を掛ける」

 ロズウィミア嬢は、確か私より2つ上の19歳だったはずだ。となると皇帝との年齢差は私より小さい。私と皇帝の年齢差が4つだから、半分だ。

 やはり、明らかにライバルである。しかもスペックのどれをとっても格段に上という、嫌なライバルだ。勝ち目なくない? これは、私がいなければ皇妃候補ナンバーワンというのも頷ける。私だって国民なら、このロズウィミア嬢に皇妃になって欲しいわ。



 どうやらロズウィミア嬢も同感らしい。私を認めていない感じがビンビン伝わってくるのだ。恐らく自分が皇妃になるつもりで生きてきたんだろう。雰囲気から察するに教育もそのレベルに達するようにされてきた感じがする(なお私に関しての言及は勘弁して欲しい)。

 夕食の席でも、彼女の舌鋒は鋭かった。

「クィリアルテ様はどちらのお生まれなんですか?」

「そんな、お教えするほどでもございませんわ」

 言えないんだよ! 契約で! と内心拳を振り上げて叫びながら、私は控えめに微笑んだ。これでロズウィミア嬢も確信を深めたらしい。

「あら、恥ずかしがらずに教えて下さいませ。私、人を生まれで判断するような人間ではなくってよ」

 その言葉が既に私を格下認定しているものである。完全にマウントを取られていた。


 件の夜会(これが一番大問題)は明日の夜に開催されるそうで、今晩は公爵家ファミリーとの会食だ。ほんと勘弁して欲しい。でもおいしい。

 ばっちり正面に位置どったロズウィミア嬢は、和やかに話をしている風にしていながらも、その目は常時私の食事作法を見張っている。恐ろしすぎて冷や汗すら出ない。気づいたときから料理に味がしなくなった。

「大丈夫か」

 隣に座っていた皇帝が体を傾けて耳元で囁くが、――そういうのが良くないってのが分かんないのかなぁこの皇帝! イチャついているようにでも見えているのか、ロズウィミア嬢の目がすっと細くなる。分別を弁えている格上悪役令嬢なので、無闇に噛み付いてくることはしないが、もう目がひたすらに怖いのである。皇帝はどこまでも鈍感なのか何なのか分からないけど一切この剣呑な雰囲気に気付かないし、私だけが緊張して「ダイジョブデース」と必死に絞り出す有様だ。ロズウィミア嬢、本当にこんなのでいいんですか? あなたならもうちょっと気が利いて素敵な、小洒落た紳士でも何でも捕まえられると思うんですが。


 何とか必死に終えた会食は、恐らく及第点だったようで、ロズウィミア嬢に食事作法を指摘されることなく終えることが出来た。上々の結果だろう。このときばかりは継母たる女王に感謝したくなった。しないけど。



 部屋は皇帝と別室だった。分かりやすい。認めないという意思表示だろう。

 一応皇帝とは隣の部屋で、繋がっている扉はあるものの、私の側からは開けられないようになっている。恐らく鍵がかかっているのだと思う。分からないが、多分皇帝の側からも開かないようになっているんじゃないだろうか。


 がちゃ、とドアノブを捻る音がする。

「このまま終わりだと思ったか? 実はちゃんとカードゲームを持ってきてあるんだ」

 扉が開き、皇帝が目を輝かせながら入ってきた。……いや、開くんかーい!

 私が唖然としている間にも、皇帝はしれっと私の部屋に立ち入って、腕を組んだ。

「旅先で夜更かしってのはいいよな」

「分かります」

「いつもはメフェルスに見張られてるからな」

「怖いですよねぇ」

 いそいそとテーブルの上を片付けながら、私たちがカードを手に取った頃、どこからか声がした。


「皇帝陛下、ロズウィミア様がお話があると……あれ? いない!」

 隣の部屋からだ。聞き覚えのある声だった。

「まずい、皇帝陛下が脱走された!」

「な、何ですって!」

「至急公爵に連絡を! 変なところで無駄に行動力のある御仁です、何をしでかすか分かったものでは」

 廊下が騒然とし始めた。私たちは口を開いたまま、カードを切る手を止める。ちら、と皇帝を見上げると、たらりとこめかみを汗が伝うのが見えた。

「こ、皇帝陛下、これはまずいのでは」

「……だいぶまずい」

「早く部屋にお戻り下さい、今ならまだお手洗いに行っていたとでも言って誤魔化せます!」

 皇帝の肩を押して、部屋と部屋を繋ぐ扉の方へ向かわせようとしたら、私の足が当たってテーブルの上のカードが床に散らばってしまい、慌てて二人して床に這いつくばって回収する。証拠隠滅である。

 全て拾い終え、皇帝に手渡そうと腕を伸ばした瞬間、申し訳程度のノックとともに、廊下の方の扉が荒々しく開かれた。

「夜分失礼致します! クィリアルテ様、皇帝陛下を見ませんでし」

 たか、と呟いて、メフェルスは扉を勢いよく開いた格好のまま固まった。私たちは部屋の中で立ち尽くし、ひたすらに冷や汗を流して、

「あはは」

 同時に、誤魔化し笑いをした。



「分かりますか? 陛下自身の振る舞い方が、ひいては国の評価に繋がることもあるのです。城で多少好き勝手に振る舞うのならまだしも、このように訪問先ではしゃぐというのはもっての外です」

「……悪かった、その……。クィリアルテ嬢が、元気がなかったから」

「どうして元気がないのが分かっていて、まず体調を気遣って早めに寝て頂くという判断が出来ないんですか。常識でしょう。調子が悪いときは寝る、食べる、大人しくするが原則です。それともクィリアルテ様に対する嫌がらせですか?」

「……違う、そんなつもりじゃなかった」

「大体、本当に反省していますか? そうは見えませんが」

「反省している。周りに迷惑をかけて本当に悪かったと思っている。もう二度としない」

「などと供述しており……はぁ」

 メフェルスはソファの肘掛に頬杖をついたまま、大きなため息をついた。皇帝はその前の床に正座している。


 私とロズウィミア嬢は、少し離れたところの長いソファで二人並んで座っている。ロズウィミア嬢は唖然として、メフェルスに怒られる皇帝を見ているし、私はいつその矛先がこちらに向くかと戦々恐々としているので、彼女を恐れる余裕もなければ、メフェルスと皇帝の会話を聞く余裕すらない。


「クィリアルテ様、こちらへ」

「ヒィ!」

 私はバネ仕掛けのように立ち上がり、ちょこちょこと小股でメフェルスの前まで移動する。皇帝の隣で正座して、私も一緒に縮こまった。えーん、怖いよー! 助けてフォレンタ……いや、あの人はうっすら笑いながら『自業自得ですね』って言う人よね……。

「どうせ言い出したのは皇帝陛下でしょうが、それを受け入れるあなたもあなたです。仮にも皇妃として、その振る舞いは如何なものか。皇帝陛下を窘めこそすれ、あまつさえ自分も一緒になってはしゃぐとは」

「ごめんなさい……」

 両膝の上に手をついて、私は項垂れた。隣で皇帝も力を失って瀕死の様相を呈している。


 しばらくしてから、皇帝がおずおずと口を開いた。

「め、メフェルス」

 皇帝が特攻した! 勇気を振り絞った様子である。

「なんですか? 発言なら挙手してからお願いします」

 怒り心頭らしいメフェルスが、足と腕を組んで唇を尖らせた。完全に立場が逆転している。

 素直にすっ、と手を挙げて、皇帝が真面目な顔をした。

「その……本当に反省しているから、そろそろ解放して貰えないか」

「そ、そうそう、何を待っている時間なのかしら」

 私たちは拳を握ってメフェルスを見上げる。メフェルスはちら、と背後に目をやり、「ああ、」と呟いた。

「たった今到着したようです」


 扉が音もなく開き、馬鹿にしきった表情のフォレンタが現れた。

「お待たせ致しました、メフェルス様」

「ヒィアアアアア!」

 私は戦慄して竦み上がった。フォレンタは部屋に入ってくると、ロズウィミア嬢に一礼し、それから私の前に屈み込む。

「クィリアルテ様、いい子にすることも出来ないのなら、今度からおやつはなしですね」

「ヒィエエエエエ!」

 一切愉快そうでない顔をしながら、「ははは」と言うフォレンタに、私は震え上がって皇帝の後ろに隠れる。皇帝はすっかりしょげたまま萎れていた。


「ではフォレンタさん、クィリアルテ様からくれぐれも目を離されないようにお願いします」

「はい、お任せください」

 皇帝がメフェルスに連行されていく。ロズウィミア嬢も連れて隣の部屋に戻ると、ぱたん、と扉が閉じ、鍵がかけられる音がした。

「……さて、クィリアルテ様」

 二人取り残された部屋の中、何とかソファに這い上がった私に、フォレンタは少し躊躇ったように口を開く。

「今日は、少し体調が優れないご様子でしたね。お疲れなのでしょう、早くお休みください。メフェルス様もお体を案じてのことなのです」

 思いのほか優しい言葉に、私は呆気に取られてぽかんと口を開けた。フォレンタはこれ以上厳しいことを言うつもりはないようで、拍子抜けした私は彼女を見上げたまま、肩の力を抜いた。



「あのね、フォレンタ」

 布団に入ったまま、フォレンタの手を引いて、眦を下げる。

「わたしが眠るまで、一緒にいてくれる?」

 フォレンタは僅かに目を見開いた。その視線が少し揺れて、じっと見下ろしてくる。居心地の悪さを覚えた頃になって、彼女は確かに首肯した。

「ええ、――クィリアルテ様」

 フォレンタはそう囁いて、目が閉じる寸前に、一度だけ、わたしの頭を撫でてくれたようだった。



***


 朝だ! 元気だ!

「おはよう、フォレンタ!」

「え? あ、はい、おはようございます……?」

 フォレンタが起こしに来るより早く起き上がり、私は自室で清々しい朝を過ごしていた。面食らった様子のフォレンタが困惑して動けないままになっている。

「ばっちり寝たからかな! 今日は元気100倍なの! 今なら何でも出来る気がするわ!」

「そうですか、それはよろしゅうございました。今日は夜会です」

「……え、むり…………」

 そんな一大イベントがあるの忘れてた……。

 一瞬で萎んだ私は、そのままするすると布団の中に戻ろうとする。それを即座に捕まえたフォレンタは、目にも留まらぬ速さで私の身支度を整えると、高速で私を部屋から押し出した。

 必死に抵抗しようとするが、何せ廊下に出てしまえば公共の場である。公爵家の使用人の目があることに気付くと、私は一瞬で背筋を伸ばし、キリッとした顔(当社比)をした。

「おはようございます、クィリアルテ様」

 そう言って侍女らしき少女が頭を下げるがーーどうも硬さを感じる。私を認めないというような、そういうあれだ。邪推だろうか。

 そこで私は、にっこりと満面の笑みを浮かべ、小首を傾げてまでかわい子ぶった。

「はい、おはようございます」

 食らえ! 美少女の微笑み!

 しかし普段からロズウィミア嬢というさらに格上の美女を見慣れている公爵家の侍女には効かない!

「クィリアルテ様、それは流石に無謀ですよ」と言われながら、私は朝食の席へ向かった。



***


 朝食を食べ終えてから今までのことは思い出したくない。

 ぐりんぐりんに髪を巻かれながら、私は鏡の中で死んだ目をしている西洋人顔の女を眺めた。せっかく綺麗な直毛なんだからわざわざ巻かなくてもよくない? ところがどうやらこれが流行りらしい。いや、それにしても美人である。年齢もまだ若いから、美少女と言ってもまだ叱られないだろう。

 そして、金髪碧眼。

「定番だわ……」

 でもどちらかと言えば、金髪碧眼の王子様の方が定番かもしれない。まあ金髪の王女も決して珍しくない設定だろう。

 そんな、今関係の無い思考に思いを飛ばすほど、私は疲れきっていた。

「お風呂……好きなのに……嫌いになりそうだったわ……」

 公爵家の侍女たちは、やはり国でも一二を争う大貴族のお屋敷で雇われているだけあって、それはそれは優秀である。しかしだ。

『えっ、風呂に入るのにこんなに人数いらなくない?(意訳)』

『いえ、これが普通でございます』という、押し問答にもならないやりとりの末、私は不必要なほどに広い風呂場に、2桁の人数の侍女を引き連れて、甲斐甲斐しい世話のもと体を洗う羽目になったのである。フォレンタが言うには、別に高位貴族においては珍しいことではないらしい。

 もう、なんというか、精神をゴリゴリにやられた。皇帝に『名前を一緒に書いて』と頼んだとき以来の削られっぷりだ。


「うぅっ……ただの夜会じゃないのよ……ふっ、どうして……こんな……うぐふっ」

 明らかに致死級に胸の下から腹にかけてを締め付けられながら、私は遠い目をした。それが公爵家の侍女なら『嫌がらせだわ!』と息巻いて訴えられるが、これがまたフォレンタの仕業なのである。

「お言葉ですが、クィリアルテ様、あまり華奢ではありませんね」

「悪かったわね……健康優良児よ」

「よろしゅうございます」

 フォレンタとしても納得のいく程度まで、思う存分体を締め上げられたあと、彼女は荷物を探り、それから私に向き直った。


「クィリアルテ様、ドレスです」

 ちなみにこの言葉には、『ジャーン!』とサウンドエフェクトを入れるか、ゴゴゴゴゴ……という効果音と、背景に突如立ち上る砂煙を入れて欲しい。


 私は腰が引けた状態で叫んだ。

「む、無理よ!」

「大丈夫です、クィリアルテ様もこれを着れば自然と動きが大人しくなります」

 淡い桃色のドレスを掲げたまま、フォレンタが一歩ずつ近付く。無理だ、あ、あんな可愛いドレス、私に似合うはずが、……待って! 今の私は美少女だから、ワンチャン、……いや、しかし、あの重たげなドレスは絶対に着たくない!

 しまいには背中が壁につき、フォレンタは冷ややかな顔でドレスを持ったまま、私を捕まえた。


「う、動けなーい!」

 数分後、私の悲鳴が公爵家の屋敷に響いた。





 会場が見渡せる位置にある控え室で寛いでいた矢先、皇帝が暇を持て余したのか遊びに来た。皇帝は私の姿を見て、少し動きを止め、それから眉を上げる。

「どうした、クィリアルテ嬢。今日は一段と大人しくしているな」

「せめて可愛いとか綺麗とか淑やかとか嫋やかとか見蕩れたとか素敵だとか言ってくれませんか」

「ああ、悪い。あまり世辞を言う習慣がなくて」

「…………。」

 本気で申し訳ないと思っている様子の皇帝を黙って睨みつけてから、私は自分の格好を見下ろして息を吐いた。

 いや、申し分ないのだ。優秀な侍女たちによって、いささか過ぎるほど磨きあげられた結果がこれである。素晴らしい。ぴっかぴかだ。それを言うに事欠いて「大人しい」のみとは。

「やっぱり皇帝は、ロズウィミア嬢には勿体ないわね」

「うん?」

「何でもありませんわ」


 そして私は、貴族達が続々と集まってくる会場を上から眺めながら、気合を入れるように拳を握った。



***


「おおおおおおお酒は飲まない調子に乗らない失礼なことをしない余計なことを喋らない暴れない走らない……」

 フォレンタに口酸っぱく言われた忠告を早口で繰り返しながら、私は顔面蒼白になって震えた。いや、もう、ほんと無理だ。吐きそう。あれ? お腹絞めすぎたからかな……。

 入口の扉前に立ったまま、私は申し訳程度に添えていただけだったはずの手をぎゅっと握り、皇帝の肘あたりを渾身の力で締め上げた。

 これでほんとに規模の小さい夜会なの!? 皇帝もフォレンタもそう言っていたが、私からしてみれば、これはどう見ても桁違いに大きなお祭りだ。

「大丈夫だ、王都で開催された夜会ならいざ知らず、他家の領地での夜会だ。人も多くないし、堅苦しい公的な側面のほぼないものだから、そう緊張しなくて良い」

「騙そうったってそうはいきませんよ……私は賢く聡明な王女様なんですから」

「ははは」

「別に冗談じゃなかったんですけど」


 ぶつくさ文句を言っていた最中に、扉がゆっくりと開くのを確認して、私は慌てて口を噤んだ。意識して柔らかい微笑みを頬に浮かべると、私は悠然と見えるように背筋を伸ばした。内心はガクガクである。

「あ、あら、何てことない人数ですのね」

 景気づけに震え声で呟くと、皇帝が変に咳き込んだ。



 貴族達はおおよそ年配の男性たちばかりだが、奥さんらしい人を連れてきてる人もいる。若い男女もいるにはいるけど、ほとんど若者は女の子ばっかりってとこね。みんなてんでばらばらに散って立ってる……立ってる!?

 あっれれー? ただの食事会って聞いてたから、てっきり決まった席に座って料理が運ばれて来るのを待つ形式だと思ってたんだけどなー?

 えっ!? 立食パーティ? まっさかー!

 …………。

「私帰ります」

「待て」

 踵を返そうと片足を引くか引かないかといううちに、ガッと腕を取られ、私は内心憤慨しながらにっこりと皇帝を見上げた。

「あの、皇帝陛下」

「どうした?」

 満を持して会場に入ってきたばかりの私たちには、周囲の注目が一身に集められている。私はさもめちゃくちゃ仲睦まじいかのように微笑んで皇帝に近づき、皇帝も離したくないと言いたげに私の腕を掴んでいる。

「私、面倒事の気配を感じたらすぐ逃げますからね」

 低い声で脅すと、皇帝も私の表情に応じるように頬を緩め、身を屈めて私の耳元に口を近づけた。


「……そこを何とか」


 何故だろう、今唐突に、私の瞼の裏に、土下座をする皇帝の姿が浮かんだ。




「皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう」

「ああ、ど、どうも」

 いくら立食パーティとは言えども、会場にはきちんと座る場所が用意されている。食料を早々に手に入れ、部屋の隅のソファに退散した私たちだったが、どう考えても失敗だった。逃げ場がないのである。

 ひっきりなしに若いご令嬢方がいらっしゃっては、口々に挨拶申し上げて潤んだ目で瞬くのだ。それに対しての皇帝の反応もひどい。上記の通りだ。


 皇帝参拝が収まった頃になって、私は生野菜のサラダを食べながら首を傾げた。

「何でそんなに緊張しているんですか? ロズウィミア様には普通に接せられていましたのに」

「彼女は昔から付き合いがあるから慣れていて平気なんだ」

 可愛い令嬢に話しかけられるたびにガチガチになる皇帝に白けた目を向けながら、私を連れてきたのはこれが目的か、と独りごちた。私が完全な防波堤になっているとは思わないが、私の存在で怯んだ令嬢も少なからずいるようだ。それに、長居する令嬢があまりいない。


「女性と話をしていると、いつも緊張して顔も見ることが出来ないんだ」と皇帝は、私の顔を見てそれはそれはリラックスされたご様子で呟いた。

「喧嘩売ってます?」

 私は思わず真顔になって訊き返す。皇帝はしばらく訳が分からないというような顔をしていたが、ややあって一瞬ソファから飛び上がると、両手を胸の前で振った。微妙に仕草が可愛いのはどういうことだ。会場が少しざわついた。

「えっ、あっ、いや違う、そういう意味ではなくてだな」

「じゃあどういう意味ですか」

「クィリアルテ嬢は、女性というか、その……女の子、の方が近いというか」

「さっき来たご令嬢、私より一つ年下ですよ」

 私が半目になると、皇帝は小さな声で「申し訳ない」と沈痛そうな顔を作ってみせた。

 それにしても、この皇帝から『女の子』なんて単語が出るとは思わなかった。思わず驚いてしまったのは秘密だ。



 それからちまちまと食事を進め(どうやら本格的に腹を満たすための食料ではなかったらしい)、私は野菜ジュースを手に会場を見回した。

 ここはロズウィミア嬢の生家なのだし、まさかなりを潜めて現れないなんてことはないかと思うのだけれど……。

「ご機嫌よう、クィリアルテ様」

「ビョワッ……!」

 会場の右手側を眺め回していた矢先、左側から唐突に話しかけられ、私は奇声を発しつつ飛び上がって驚いた。心臓が嫌な感じでバクバクと鳴っている。

「ご機嫌よう、ロズウィミア様」

 私は何とかそう答えると、座り直してロズウィミア嬢の方を向いた。ロズウィミア嬢は、私たちの座っているソファからやや角度をつけて配置された椅子に座って、こちらを見て微笑んでいた。

「夜会はお楽しみ頂けていますか?」

「はい、とても。お料理も美味しくて」

 ロズウィミア嬢はにっこりと口角を上げた。どうやらこれは本心からの笑みのようで、何故か私の頬が熱くなってしまう。

「そう言って頂けて嬉しい限りですわ」

「……収穫祭は年に四回開催されるのですよね、秋は何の収穫祭なのですか?」

 フォレンタがいたら食い意地を張るなと怒られそうなことだが、思わず私は意気込んでロズウィミア嬢の方に身を乗り出していた。

「秋は穀物ですわ、春まき小麦の収穫ですの。冬まき小麦も育ててはいますけれど、モルテ公爵領は広大ゆえに寒冷な地域も多いですから」

「小麦ですか! では、作りたてのパンですとか、そういう?」

「ええ、そうですね」

 ちょいちょい、と肩をつつかれて、私ははっと我に返って身体を引き戻した。皇帝が呆れたような表情で「落ち着け」と窘める。

「すみません、」

 私がソファに沈み込んで小さくなると、ロズウィミア嬢は小さく笑ったようだった。私が顔を上げるのはそれに間に合わなかったため、その笑いが嘲りを含んだものなのかどうかは分からなかった。



***


 宴もたけなわ、大半がおおよそ食事を終えた頃になって、皆が立ち上がって社交を始めた。それまでロズウィミア嬢はずっと私たちと共に取り留めのない話をしていた。初めは私を脅しに来たのかと思ったが、どうやらこれは主賓に対する接待だったらしい。ごくごく普通に、丁寧に接せられて、少々面食らった側面もある。


 ロズウィミア嬢がいるおかげか、皇帝への挨拶もほとんどなくなった。ただ本人が怖いことを除けばとても快適な時間を過ごしていたとき、不意に私たちの手元に影が落ちた。

「皇帝陛下、」と、重い顔をした中年男性が声をかける。つい数秒前まで、モルテ公爵の頭髪問題について下らない討論をしていた皇帝も、一瞬にして顔を引き締めて男性に向き直る。


「エザール子爵」

 皇帝は僅かに意外そうな声で応じ、膝に肘をついて体を前に傾けた。私はよく分からずにそれを眺める。

「先日は視察においで頂いたにもかかわらず、あのように不手際をお見せしてしまい、」

「ああ、あれは酷かった」

 背を丸めて両手を揉む子爵を、皇帝はあっさりと切り捨てた。最後まで言葉を聞かない非道っぷりである。流石に可哀想じゃないのか、と私が気を揉んでいることも知らず、皇帝は再び背もたれに体を戻しながら足を組む。

「まさか、上層部の官僚がほとんど全員して共謀し、国から寄付された支援金の大半を横領していて、領民が家を再建することすら出来なくて毎日困窮しているにもかかわらず、その情報の一切が子爵の元まで上がってこないだなんて、きっと予想もしなかったんだろう? 知らなかったなら仕方ないもんな、なぁ」

 口調はからかうような体を取っているものの、その目は分かりやすく冷ややかで、隣にいた私はようやく話が読めた。

 先日皇帝が行ってきた視察の話だろう。官僚が国からの支援金をネコババしてたあれだ。それで、そこの領地の子爵がお詫びに来た、と……。

 うん、こいつが悪いね!


「わ、私めもまさかそのような事態が発生しているとは露ほども知らなかったもので」

「そうかそうか、情報を上げる程度の信用すら、部下から得られていないのは大変だな」

 ちくちく皇帝が子爵に棘を刺すたびに、子爵はますます縮こまって両手を強く握り合わせる。哀れにもその額は汗に濡れ、言葉はしどろもどろになって、一切の要領を得なくなった。皇帝は子爵を一瞥すらしようとしない。


「……二度目はないぞ、肝に銘じておけ」


 皇帝は、手に持っていたグラスをテーブルに音を立てて置くと、今度こそ完全に子爵から興味を失ったようにふいとよそを向いた。話はこれで終わりだという合図らしい。子爵はがくりと項垂れ、そのまま立ち去った。


「随分と甘いのですね」

 ロズウィミア嬢は心なしか目を眇めて呟き、『皇帝めっちゃいじめるなぁ』と馬鹿みたいな感想を抱いていた私は、その言葉に小首を傾げた。

「あれは特に意志もなく甘い汁を吸いたいだけの阿呆だからな、一度痛い目を見ればある程度の期間は大人しくしているだろう」

 鼻を鳴らして皇帝が吐き捨て、ロズウィミア嬢は険しい顔のまま頷いた。あ、まずい疎外感がすごいぞ。

「とはいえ、明確な制裁のないままというのは、」

 ロズウィミア嬢は言い淀みつつも強い声で言葉を発する。それに対して皇帝も気分を害した様子なく片手を上げ、頬を緩めた。

「あと2ヶ月であれの倅が成人すると同時に、強制的に地位を譲渡させる。お誂え向きに、その倅の婚約者というのがラツェロ婦人の姪だそうで、ラツェロ婦人とも仲のいい令嬢らしい」

 知っている名前に、私は無言で反応して目を上げた。ラツェロ婦人とは、まさに私の教育係についている例の女性のことである。実年齢は不明だが、恐らく見た目以上にはあると思う。

「あら、エザール子爵も、学生時代にラツェロ婦人にしてやられたクチですの?」

「相当コテンパンにやられたらしい。今でも苦手意識は強いみたいだから、ラツェロ婦人の目が簡単に届くところにある状態で変なことはしないだろうさ」

 前にも言ったかもしれないが、ラツェロ婦人は気に入らない相手の顔を満点のテストの束でぶつような人間である(比喩ではない)。首席は在学中ほとんど譲らなかったらしい。

 男爵家に生まれて地位は低いものの、それについてとやかく言う人間を叩きのめすために勉強していたらいつの間にか勉強も楽しくなり、結果高位貴族を見返す結果となった、本末転倒なりに本懐を達成した愉快な傑物であり、最終的にその能力を買われて伯爵家に嫁いでいった。とんでもない玉の輿である。

 にしても……。あの子爵が学生時代、ラツェロ婦人も学生だったと考えると、ラツェロ婦人もあれくらいの年齢だってことに……? よ、よそう! 考えるのはここでやめておこう!


 私がラツェロ婦人について思いを馳せている間に、また別の貴族が近寄ってきたようだった。今度は何かの詫びではなく、ただ単に普通の挨拶らしい。令嬢の挨拶ラッシュが終わったと思ったら、お次は爵位持ちの挨拶ラッシュのようだ。

 皇帝がちらりと、席を外して欲しそうな目で私とロズウィミア嬢を見た。ロズウィミア嬢と目を合わせると、彼女は「庭園を見に行きませんこと?」と微笑んで立ち上がった。私もそれに応じ、次いで腰を上げる。

 軽く一礼し、音も立てずにそそくさと立ち去ると、私たちは会場の隅から中央へ躍り出る形となった。

 さて……。どうしようか、と会場を見回すと、背後にいたロズウィミア嬢が、小さく咳払いをした。

「あの、クィリアルテ様」

「はい、何でしょう」

 ロズウィミア嬢は、先程、皇帝と話をしていたときとどこか似た面持ちで、真っ直ぐに私を見ていた。

「もしよろしければ、本当に、我が屋敷の庭園を見に行きません? もちろん、お城の庭園には及ばないかとは存じておりますが、少々珍しい作りですのよ」

 行かない方が良いんだろうなー……。正直言って面倒事のにおいしかしない。とはいえ、ここで頷かなかったのなら別の機会に話しかけられるだけだろう。私も毎回逃げ切れる自信はない。

「ええ、喜んで」

 だから私は微笑んで、心の中でゴングを高らかに鳴らした。





2018/05/30 敬称ミス、衍字の訂正

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