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転生王女にド定番ロマンスは難しい  作者: 冬至 春化
4 守られたこども
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4 そのこどもは果たして本当に不幸だったか



 いよいよローレンシア入りである。はぁー。

 馬車の中を確認され、書類との齟齬がないことを確かめられた。役人が一瞬私に目を止めて首を傾げたが、大丈夫だった。そんなに少年に見えます?



 滞りなく国境を越えた。越えてしまった。お前は既にローレンシアにいる。

「……よくよく考えたら、身分を偽って国境を越えるって、不法入国じゃないですか?」

「もちろん」

「断言したぁ!」

 どっしり構えて頷いた皇帝に、私は目を剥いた。皇帝は意にも介さず堂々としているし、なかなかやるなといった感じである。大丈夫? これ国際問題にならない?


「今日の夕方頃に、王都から少し離れたところにある街に到着します。そこで一泊して、大体明日の昼頃には王都に到着するでしょう」

 フォレンタの言葉に、「しかし、問題はどうやって女王陛下にお会いするかですよね」とメフェルスが顎に手を当てた。

「大っぴらに入ることは出来ませんから」

 ……まさか、一番重要なところを考えていなかった……だと!?

「まあ、私がちょっくら門番に『帰ってきたよ』って言えば」

「いえ、」

 フォレンタは私の言葉を遮ってかぶりを振った。

「私が行きます」

 まあ、フォレンタは女王と仲が良かったから、多分それでもいけるだろう。よし、それでいこうと合意して、重要事項は片付いた。

「まずは私だけ単身で城へ赴き、内密に城へ入ることが出来るように手配致します」

「頼む」

 どこか緊張した顔でフォレンタが頷く。ローレンシアに入ってから、ずっとこうだ。


「まあ、行ったら女王陛下が既に死んでたとか、そういう可能性もある訳よね」

 そう呟くと、フォレンタは珍しく鋭い目で私を見た。

「やめてください」

 その手が震えているのを見て、私は「ごめんね」と反省した。見れば、フォレンタの顔は蒼白で、あからさまに強ばっていた。

「私もずっとローレンシアを離れていて、国内の様子が何も分からないのです。しかしそれにしたって、女王陛下がご病気だっただなんて情報は、どこからも入って来ていません」

「そこまでして隠していたいのかしら」

 ふと、それまで黙って聞いていた皇帝が、口を開く。

「――たとえば、何らかの方法で害され、生死の淵に立っているとしたら?」

 すっ、と、フォレンタが素早く息を吸った。その目が見開かれる。

「これはつい自分の経験則からそちらに思考が偏ってしまうだけだから、気にしなくていい。……たとえば毒を盛られ、身体の自由が利かない状態だとしたら? そうして害する人間がいるということは、つまり敵が存在しているということだ。そんな状況下で、自分の症状を明かすだろうか」

「これまでずっと隠していた訳ではなく、今になっていきなり危篤となるような外的要因があった、と?」

「絶対にないとは言えないだろう、ということだ。悪いな、俺自身が多少物騒な環境にいたものだから」


 フォレンタは更に顔色を悪くして、自身の膝に目を落としてしまった。メフェルスは慌てたように明るい表情になって、皇帝をぱしぱし叩く。

「なーに不安を煽るようなことばっかり言ってるんですか! 案外到着してみたら、既に回復してピンピンしているかも知れませんよ」

 フォレンタは僅かに口元に笑みを浮かべて、目を閉じた。ありがとうございます、と小さな声で告げられた言葉に、メフェルスは「何のことですか?」としらばっくれた。



***


「それにしても、本当に整備された道だな」

 感心したように皇帝が外を眺めながら呟く。言われて窓を覗いてみたら、確かに綺麗に整えられた道が伸びている。道の両脇に広がるのは殺風景な草原で、その中を突っ切るように石畳が続いていた。

「経済的な面でいえば、金やら銀やらが採れるローレンシアの方がそりゃ豊かですよ」と何故かメフェルスはやや拗ねたような顔をする。まあ、確かにそりゃそうである。

「でも、人間が過ごして心地いい自然環境かと言われるとそうでもないわよ」

 王都に向けて北上するに従って、次第に重くなる曇天を指で示しながら呟く。そのうち雪が降りそうだ。

「ローレンシアの王都はそこまで降らないけど、降る地域はすごいのよ」

「王都はどれくらい降るんだ?」

 メフェルスに言っていると、皇帝が口を挟んできた。私は一旦腕を組んでローレンシアでの冬を思い浮かべながら答える。

「そうですね、精々腰の高さ程度しか」

「結構しっかり降ってるじゃないか……」

 あれ? 私、感覚にぶってる?

「じゃあパンゲアはどれくらい降るんですか」

「くるぶし程度だな」

「少なっ!」

 あれ? 私、感覚おかしい?



 うだうだとパンゲアとローレンシアのお天気事情について雑談をして時間を潰しているうちに、空の端が暗くなってきた。

 そろそろ街が見えてくる頃ということで、私はしっかり帽子を被って準備をし始めた。一応ローレンシアなので、どうせバレないとは思いつつも、先代王妃の顔に似ているとか言われるのが怖い。ほんとに似てるんだよなぁ。


 やがて道の向こうに明るい街が見えてきて、私たちは一直線にそちらへ近づいていった。

 馬車の速度が緩まり、僅かに揺られて完全に止まる。初めにメフェルスが降りると、街を見回して息をついた。

「綺麗な街ですね」

 そういえばローレンシアの街に降りるのはここが初めてだ。私も馬車から足を下ろして外を見やる。既に薄ら雪を被った屋根が、街頭の光を反射していた。

 ほぉ、と息をついたら、白いもやが目の前に広がる。露出している頬にきんと染み入るような冷たさがあった。


 通り沿いにある街とあって、宿はすぐに見つかった。経費削減なのか何なのか、フォレンタが家族向け(?)の大きな部屋を借りてきた。あとで料金表をちらっと見たら、その逆だった。大きな部屋は高いらしい。そりゃそうね。



 壁の中央に暖炉のある部屋で、私はその前に半円を描くように置かれたソファの一つに腰掛け、膝を抱えた。フォレンタが入れてくれた紅茶を啜りながら息をつく。彼女自身は用事があるといって外出している。

「明日の昼前には王都に」

 皇帝が言いかけたとき、窓の外でこんこんと音がした。……ここは二階である。

 ひぇえぇぇと言うために息を吸うと同時に、皇帝が当然のように立ち上がって窓を開く。皇帝は数歩下がり、間髪入れず窓の向こうから人影が跳躍した。


「すみません、天井裏がなくって」

 膝を曲げ、床に手をついて音もなく着地した隠密くんが言った。当然のように窓から入ってきたし、皇帝も当然のようにそれに応じている。なかなかやるな。

 これまで寒い外にいたのか、鼻の頭を赤くした隠密くんが、立ち上がって丁寧に窓を閉じた。


「取り敢えず時間もなかったので市井を偵察したのですが」と隠密くんは床に片膝をつく。

「少なくとも一般市民には、女王陛下の容態が思わしくないというような話は、噂すら入ってきていません」

 その言葉に、皇帝がソファの背の裏に寄りかかりながら腕を組んだ。私もサイドテーブルにカップを置いて、ソファに正座すると後ろを向いて隠密くんを見た。

「ここ最近は、『王都に関して言えば』何か大きな事件が起きたという情報もありません」

 何やら含みのある言い方をした隠密くんに、皇帝が怪訝に首を傾げる。促すようにメフェルスが「つまり?」と眉を顰めると、隠密くんは言葉を選ぶように視線をさまよわせた。

「女王陛下が、国内の貴族の一部に対して厳しい経済制裁を行っているという情報は前からありましたよね」

「ん? 何それ知らない」

 私が身を乗り出すと、皇帝に「その話は後にしよう」と流された。ひどい。

「領民は制裁の対象となっていない領主の元へと流入し、それに伴って国内の各地で貴族の勢力関係が大きく変化しているそうです」

 私は女王の顔を思い浮かべながら、ソファの背もたれに頬杖をついた。何も知らなかったけどローレンシアは激動の時代だったらしい。へえ、そうなんだ。

「じゃあ女王陛下に恨みを持ってる貴族も多いんじゃない?」

「はい」と頷いた隠密くんは、懐から何やら折り畳んだ紙を取り出した。


「青い印が、今回経済制裁の対象となった貴族の領地です。もちろん女王陛下に少なからず恨みを持っているでしょうが、制裁の結果、力を大きく失った貴族たちです」

「北の方ばっかりね」

 隠密くんが示したのはローレンシア全土を表した地図だった。くだんの青い印は上の方にばかりついている。

「赤いのは何だ?」

 皇帝が地図を指し示しながら問う。青い印に比べて少ないが、特に山地帯に偏って分布している赤い印に、私も首を傾げた。

「それが、今回調査した限りで判明した、その……。まだ力が削がれきっていない貴族たちです。領地に鉱山などがあり経済的に豊かで、女王陛下に対して何らかの行動を起こすだろうと巷で噂されている」

 皇帝が「ふむ」と合点がいったように声を漏らす。私も地図を眺めながらなるほどと頷く。

 女王が何らかの理由によって害されたという説が濃厚になった。余程恨みを買っているらしい。


「ナツェル銀山があるところも制裁対象になってるわ」

「そうだな」

 どうやって銀山をパンゲアに譲渡するのかと思っていたが、つまりは銀山を所有する領主ごと潰すつもりだったらしい。多分だけど。豪快ね……。

「ということは、私がパンゲアに来たとき、既に女王陛下は貴族に対して制裁を行う予定だったってことかしら」

 そんなことは知らなかった、と独りごちると、皇帝は首を振る。

「ローレンシアでの貴族に対する制裁は何年も前からある話だ」

「えっ」

 いつ頃からだったか、と皇帝は思案するように斜め上に視線を浮かせた。少し考えて、思い出したように目を戻す。

「今の女王陛下に代替わりしてすぐだな。それも今年の春になってからは激化したが」

「つまり私がいなくなったら本格的に好き放題始めたってことですか? ……大体、あの人、何の恨みがあって経済制裁なんかやってるんでしょうか」


 経済制裁は、『一部の』貴族にのみ行われている。その選別基準は何だ。

「北に領地を持つ貴族ばかり狙い撃ちされているのはどうして?」

 隠密くんは「ええと」と呟いて、どう説明するか考えるように顎に指先を当てた。



「――宗派、だな」


 隠密くんが口を開く前に、皇帝が答えた。皇帝が答えると判断したのか、隠密くんはそのまま黙る。

「ローレンシアでは大陸神教が広く信じられているだろう。地域によって色々雰囲気も違うらしい」

「じゃあ、女王陛下は自分の宗派と違う貴族を締め付けているってことですか」

 私は背もたれに顎を置きながら唇を尖らせた。まさか隣国でこんな宗教戦争が勃発していたとは知らなんだ。

「というよりは、一部の過激化した宗派を縮小しようとしているようだ」

「へぇえ」

 私が雑な相槌を打ったところで、廊下の方から扉が叩く物音がした。


 隠密くんが立ち上がって、音もなく玄関へ向かう。背伸びをして覗き穴を覗くと、こちらを振り返った。

「フォレンタさんです」

 私が頷くと、隠密くんが扉を開く。体を斜めにして部屋へ滑り込んできたフォレンタが、ふぅと一息ついて告げた。

「女王陛下から前の手紙に次ぐ指示を頂いてきました」



 寒いので暖炉の前でそれぞれソファに腰掛けて、私たちはフォレンタの言葉を待った。

「手紙?」

 彼女は頷いて封筒を取り出す。独特の黄ばんだ紙である。

「何か事情を知らないかと同僚のところまで行って参りました。彼自身は何も知らないと言っていましたが、私がこの街に訪れたらこれを渡すように女王陛下から仰せつかっていたそうです」

 私はふーんと鼻の奥で声を出すと、肘掛に頬杖をついた。

「女王陛下が直接ここまで届けに来たの? なんだ、元気なんじゃない」

「そんな訳ないだろう……」

 皇帝は呆れたように肩を竦めて、フォレンタを見る。

「女王陛下の腹心の騎士が届けに来たそうです。決して裏切ることのない人間です」

 フォレンタも私をしらっとした目で眺めながら答えた。はいはい、悪かったですね馬鹿なこと言って……。


「それで、女王陛下は何と?」

 メフェルスが促すと、フォレンタは封を切って便箋を取り出した。指先で弾くようにして三つ折りの紙を開き、目を通す。

「……王都に入るときは、正面からではなく裏の門から入るようにと。そこから城の裏手まで行けば、裏口から城に入れるよう手配してあるそうです」

 簡潔にまとめてフォレンタが言うと、メフェルスは「つまり」と応じた。

「大っぴらに登城するなってことですね」

 フォレンタは頷いて、手紙をサイドテーブルに置く。皇帝が手を伸ばして手紙を取り、文字を辿った。


「やはりローレンシア王都では何か起こっているのか」

 組んだ足に頬杖をついて、皇帝は呟いた。

「不用意に俺も行くと決断したのは軽率だったか」

「ですね」

 容赦なくメフェルスが首肯する。皇帝は数秒黙ったが、ごほんと咳払いをして再び口を開いた。

「だがまあ、そんな環境にクィリアルテ嬢を送り込むのも同じように危険だろう」

「でも私はちょっと数奇な人生送ってきただけの一般人ですけど、皇帝陛下は偉い人じゃないですか」

 ほら、私王位継承権もないし皇妃でもないし。実権のない王女というか。


「やっぱり明日、皇帝陛下は王都までは行かないで、ここで待機の方がいいんじゃないですかね」

 私が言うと、躊躇いつつメフェルスが頷く。皇帝はやや不服そうにしつつも、腕を組んで思案し始めた。



 ひらりと手紙が床に落ちて、暖炉の灯りに照らされたので、私は慌てて紙を拾い上げた。いつになく敏捷な動きに、ぎょっとしたように皇帝が目を剥いた。

「どうした、いきなり」

「いえ、確かこの紙、何でだったか忘れたけど、取り扱い注意だって前に聞いたことがあるんです」

 どこで聞いたっけと思い返して、私はぽんと手を打つ。

「フォレンタが言ってたわよね」

 指先でつまみ上げ、ぱたぱたと振ると、私はフォレンタを見た。フォレンタは頷いて、私が差し出した手紙を受け取る。

「はい、前に申し上げましたね」

 立ち上がった彼女が、暖炉に歩み寄った。


「この紙はローレンシア王家にのみ伝わるもので、特殊な性質を持ちます」

 せっかくだからお見せしましょう、とフォレンタが手紙を掲げる。

「内密の文書にのみ使われる紙で、基本的に読んだあとには焼却するよう言われております。そのとき、手紙の一部が燃え残って発見などされないよう、この紙はとてもよく燃えるように作られているのです。明るい光を放って、一瞬で燃え尽きるように」

 暖炉を少し振り返って、フォレンタは手紙を火の上にかざした。私は固唾を飲んでそれを見守る。


 その指先が開かれ、手紙は音もなく暖炉の中へ落ちた。火の中に落ちた紙は、端から黒ずみ、丸まっていく。


「そうでもないわね」と私は呟いて、フォレンタを見上げた。……彼女は、愕然としたように口を押さえていた。

「違います」

 彼女は消え入りそうな声で言う。

「この紙は、違います」

 立っていられなくなったように尻餅をつき、フォレンタは全身を震わせた。



「――女王陛下からの、手紙じゃ、ない」



 メフェルスが立ち上がって、火かき棒を手に取った。まだ端しか燃えていない手紙を掻き出し、取り上げて振って火を消す。

「……女王陛下は、常に、その紙を使って?」

「はい」

 フォレンタはある程度気を取り直したように立ち上がり、張り詰めた表情で床を見た。

「つまり、何者かが女王陛下を騙ってフォレンタさんに手紙を届けさせた、と?」

「恐らくは。……一体、どこから」

 フォレンタは唇を噛む。皇帝は目を鋭くしたまま、黙って聞いていた。

「私に手紙を渡したあの人が手紙を偽ったのか、彼に手紙を届けに来た騎士が偽ったのか、それともその騎士に何者かが女王陛下からの指令だと手紙を届けるよう言ったのか、」

「――それは今考えても詮無いことだろう」

 皇帝は遮るようにやや大きな声を出すと、深いため息をついて頭を掻いた。


「この手紙が偽りだとすれば、そもそも『女王陛下が危篤である』という情報の真偽すら疑わしい」


 私ははっと目を見開いた。もし女王が危篤でも何でもなく、何者かが私たちを呼び出していたのだとすれば、

「……私たち、まんまとおびき出されてますよ」

 呟くと、「まだそれが嘘とは決まったわけでない」と皇帝はかぶりを振ったが、……。



「――――燃えてませんでした」

 呟く。私の瞼の裏に、女王の危篤を知らせる手紙が暖炉の中で燃えている様子が蘇った。確か、私は暇だからずっとそれを眺めていたのだ。

 人が慌ただしく行き交う部屋の隅、暖炉に放り込まれた手紙が頽れる。火に舐められ、ゆっくりと飲み込まれていく紙の様子を思い出した。

「女王陛下の容態が危ないから来いって言ってたあの手紙、じわじわ燃えてました。少しずつ、端から燃えてたんです」

 フォレンタが息を飲んだ。私も手が震えるのを抑えられなかった。


「私たち、初めっから、嘘の手紙に呼び寄せられてたんだわ」


 暖炉の目の前なのに、足元から冷気が忍び寄るような心地がした。フォレンタがへたり込む。

「私が生きてパンゲアにいることを知っていて、女王陛下がフォレンタと内密に手紙のやり取りをしていることも知っていて、なおかつ嘘の手紙を紛れ込ませることが出来る人間がいるってことよ」

 これは多分だけれど、と私は区切った。

「その人はタドリスにも接触してる」

 皇帝の顔が一気に三割増しで険しくなる。「つまり、」と私は腕を組んだまま、鼻を鳴らした。


「……何だかヤバそうな敵がいるってことね!」


 キリッとした顔で言い放つと、皇帝が「ああ……うん、そうだよな」と微妙な返事をした。



「それで、どうしますか」とメフェルスが難しい顔をする。

「少なくとも、ローレンシア王都の裏門に行くことは決してないとして」

 皇帝が、燃えなかった手紙をテーブルに叩きつけながら告げた。

「進むか、退くか」

 黙り込んでいたフォレンタが、弾かれたように顔を上げて口を開く。

「行きましょう」

 皇帝が眉を上げて、続きを促すように視線をやった。フォレンタは唾を飲んで、皇帝を見返した。

「ここで引き返した時点で、私たちが手紙が偽物であることに感づいたことには気付かれるでしょう。潤沢に兵士を連れている訳ではない状態で、相手の正体が分からないのに指示に逆らうのは危険です」

 私は天井を見上げながら思い浮かべる。……馬車でパンゲアまで引き返しているのをみすみす見逃すとも思えない。もし大勢の武装集団に襲撃されたらこてんぱんだね。


「ローレンシア王都に正面突破する?」

 私はフォレンタを見て問う。フォレンタは私を見ず、皇帝を振り返る。


「――この度は私の不手際により、ローレンシア内の勢力闘争に巻き込み、御身を危険に晒したこと、心より申し訳なく思います」

 膝をついて、それなのに妙に切羽詰まった、挑むような目でフォレンタが皇帝を見上げる。

「現在この近辺で最も安全な場所は女王陛下の庇護下となる王城でございます」

 皇帝は、顎を上げてフォレンタを見下ろした。


「大変不躾なお願いと存じております。

 今一度、ローレンシア王家とそれに連なる従者群を信用し、引き返さずこのまま王城へ向かっては頂けませんか」


 皇帝は数度瞬きをして、それから息をついた。それから大げさな動きで頷き、肩を竦める。

「良いだろう、信用する」


 なんかよく分からないがこのまま王都に行くことになったらしい。一段落ついたかと私は紅茶を口に含んだ。


「……妻の生家だしな」


 私は思い切り紅茶を吹き出した。


 こんなにはっきり、口実でも何でもなく妻扱いされたのは初めてである。思わずはしたなくも口元を手の甲でぐいと拭いながら皇帝を振り返ると、彼は真っ赤な耳をして両手で顔を覆っている。

「そういえば私たち結婚してたんでしたっけね」

 ぼそっと呟くと、皇帝は小さく頷いた。



***


 女王に謁見するのに少年スタイルだと失礼なのと、既に正体が看破されている可能性が非常に高いことから、スカートを履かされた。まあ確かに少年の格好して女王に会ったら何を言われるか分からないし、特に強く反対はしなかった。

 帽子を深く被って髪だけはしっかり隠し、私は馬車に乗り込んだ。近くに人の気配は感じないが、多分どこか遠くから見張られてるんじゃないかなぁ。


 馬車に揺られながら、私は外を眺めていた。フォレンタはだいぶ落ち込んでいるようで一言も言葉を発しないし、皇帝もメフェルスもぴりぴりしていて嫌な空気である。まあそりゃそうか。

「クィリアルテ嬢は元気そうだな」

 皇帝がげっそりした顔で言ってくるので、私は肩を竦めた。

「こう言うと丸投げしてるみたいですけど……、正直、私に出来ることはないので。私に出来る覚悟といったらいざというとき全力疾走で逃げるくらいですよ」

 皇帝は僅かに声を漏らして笑うと、「そうだな」と

頷く。私も頬を緩めて微笑み返して、背もたれに身を預けた。

「残念ながら俺もメフェルスも戦闘要員じゃないから、出来ることは少ないな」

 皇帝がメフェルスに話しかけると、窓際に頬杖をついていたメフェルスは目を上げて皇帝を見た。

「そうですね」

 当然のように頷くので、私は思わず二人の腰を指さしてしまった。

「じゃあそこに提げてる剣は何なんですか?」

 すると二人は数秒顔を見合わせる。


「飾りだ」


 きっぱり言い切った皇帝に、私は微妙な顔をした。補足説明を求めてメフェルスに視線を向ける。

「剣を持っているというだけで多くのトラブルを避けることが出来ますから。自衛ですね」

 なおメフェルスは全然剣は使えないらしい。

「どんなポンコツの新米ですら立派に鍛え上げるレゾウィル様に見放されました」

「……よっぽどね」

 パンゲアの恥だとか言って落ち込み始めたので、放っておくことにする。皇帝に視線を移すと、彼は「俺か? これに毛が生えた程度だ」と宣った。

 つ……、使えねぇ……!


 い、いや、自分は何も出来ない分際で人のことを使えないとか言っちゃ駄目だ。私が自制して黙っていると、フォレンタがふと口を開いた。

「……では、戦闘要員は私のみですか」

 えっフォレ……せんと……。



***


 御者台と繋がる窓が開き、ちょくちょく天井の穴越しに見る青年の顔が覗いた。私この人の下半身見たことない。

「そろそろ王都に着きますが、正面突破でいいんですね?」

「ああ」

 皇帝が頷くと、青年は力強く微笑んで拳を握った。

「了解しました。目抜き通りを爆走しますのでしっかり掴まっていて下さいね」

 青年が顔を引っ込めると、続いて一度だけ見たことがある妙齢の女性が顔を出す。

「馬車の窓について説明致します。クィリアルテ様、窓の上にあるつまみを引き下ろして頂けますか」

 言われて、私は腰を浮かせて窓の上に手をやる。確かにつまみがあったので、親指と人差し指で引き下ろすと、するすると幕が降りた。

「わっ、何これ」

「日除けということになっていますが、実際には内部を守るための布です。王都に入ってからは常に下ろした状態にして下さい」

 私は一旦幕を上げる。外の景色が戻った。

「何らかの働きかけ及び襲撃を受けた場合、幕を下の返しに引っ掛けて固定し、窓から離れているようお願い致します」

「分かった」

 私がしっかり頷くと、女性はそのまま顔を引っ込めた。御者台への窓が閉じる。


 見えてきたローレンシア王都。その裏には回らず、私たちを乗せた馬車は正門から街へと入った。




(補足)

(紙の特性に関する話は3章2話でしています)

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