ヒロインと悪役
ヒロインであるメアリーさんが来て一週間。彼女はノア様に相変わらず積極的に近寄っては無視されている。
「ノア様、何を読んでいるんですか?」
「…………。」
真正面から話しかけられたノア様は無言且つ無表情で何かの資料を閉まって次の授業の教科書を開いて私側に身体ごと向き読み始めた。ああ、予習をするノア様が可愛い。目を細め眺めた。
「あなたって、とても頭が良いのね! すごい! 」
「そんなことないけど……そうかなあ?」
他の人との交流は何故か男子、美形に限る、のみのようだ。おや……? 不思議だなあ。なんて思っていると、やはり女子の皆さんから反感を買っている。陰口がだんだんと大きくなってきている。
「あいつ、ホントありえないわ。どんだけぶりっ子なわけ? 」
「ホントに。何? たまに居る主人に媚びる三流メイドみたい! ウチにいるのとそっくり! 」
同じ教室にいるというのにこれだ。もはや堂々とした目線を合わせない悪口だ。こんな展開はあっただろうか。というか後半の君、最後のは言わない方が良い。
体育の時間。ーーーーまさか、こうなるとは思いもよらなかった。
体育館。ネット越しに顔を合わせる二人。
「……よろしく。」
「……よろしくお願いします。」
女子一同から嫌われペアを組めなかったヒロイン、メアリーさん。とある理由から体育では女子一同から避けられる私。私と彼女は必然的にペアになってしまった。女子社会は残酷である。
授業内容はバドミントン。
「私、テキトーにやるから。アンタからやって」
心底怠そうにメアリーさんは言った。あれ? 彼女はヒロイン……あれ? ヒロインだよね……? 何だあの態度は。
しかし、そんなことより体育は私の得意な教科であり、即ち良い成績が残せる教科だ。なので。
「いえ。すみませんが、真剣にやります! ……それ! 」
鋭く飛ぶシャトル。それは弾丸の様に、メアリーさんへ向かう。
「ひっ! 」
ギリギリで避けたメアリーさんは、床に出来たシャトル跡を見つめ震え上がった。
「あっ、すみません。うっかり狙い間違えてしまいました」
「うっかり!? じゃないわ、何よこの跡! 意味わかんない! 」
「申し訳ない……。」
ドッジボールなどであれば得意なのだけれど、やはりバドミントンやテニス系は苦手であった。
「ちょっと待って。アンタ、シャルロッテ!? そう、そういうこと。悪役令嬢だもんね、アンタ。」
何か納得した様子で頷いたメアリーさんは体育館を出て行った。まだまだ体育の授業は始まったばかりだというのに。
その後、何故か私がメアリーさんを虐めたという話が聞こえてくるようになった。もしかして、私が上手くバドミントンが出来なかったから悲しくて体育館を出て行ったのかも。それなら後で謝った方が良いだろう。
メアリーさんに謝ろうと思って話しかけようにも、避けられているのか中々話せない。休み時間の度に素早く何処かに行っている。
放課後、ルーク様がノア様ではなく私を訪ねて来た。ノア様は風の様に去った。
「シャルロッテ、お前について意味不明な話が噂されているが自覚はあるか? 」
ノア様の席に座ったルーク様はそう私に問いかける。
「はい。多分、私がバドミントンを上手く出来ないからだと思うのですが……。」
「ん? 何の話だ……? 」
まさか、もうルーク様がそれについて知っているとは。早く謝らなければ、と気持ちを引き締める。
「シャルロッテ。」
こつり、と額を叩かれた。
なんだか、視界が鮮明になった気がする。
「職業の影響が出ていたぞ。」
「えっ! あ、そう言われてみれば……。」
少しバドミントンに熱くなりかけていたからか。記憶を思い返してみる。…………おや?
「ルークさま! あの人! あれ!? 」
悪役令嬢っていってなかったかメアリーさん! うわあああ、と一人慌てていると、今度は頭をチョップされた。痛い。また職業の影響が出かけていたというのか。
「どうした?」
頭を押さえて恨みがましくルーク様を見ると、ルーク様は優しい瞳で私を見てそう言った。
…………。
「いえ、なんでもなかったです。」
ルーク様はやはり心臓に悪い。メアリーさんの問題が吹っ飛びそうだ。