天国ってどこにあるの?
「死神?」
こずえは『死神』と聞いてもピンときません。
「あたしの仕事は死人を天に連れていくことじゃ。いきなり現れてはびっくりするじゃろうて、死が近い人間にはあたしの姿が見えるようになっておるんじゃ。死が近いと言っても人様々じゃが長くとも一ヶ月はないじゃろう。ヒッヒッヒッ! どうじゃ驚いたか?」
こずえはまばたきをして、どこかぎこちなく頷きました。
「そうかい、そうかい。ヒッヒッヒッヒッ!」
「おばあさん」
「何じゃ? あたしを恨んでもどうにもならんぞ!」
「おばあさんは寂しくないんですか?」
こずえの的外れな質問に、老婆は驚きました。
「なんじゃって?」
「だってみんなにはおばあさんの姿が見えないんでしょ?」
「それが仕事じゃからのう。それだけか?」
「え?」
「お前はもうすぐ死ぬ運命にあるんじゃぞ? 他に何かあるじゃろう」
こずえは考えます。
「ほれ、素直に感じた事を言えばいいんじゃ」
しかし、答えらしきものがまるで出て来ません。
見かねた老婆が怒っていいました。
「なぜ怒らんのじゃ!」
こずえは驚きます。
「なぜあたしに怒りをぶつけようとせんのじゃ。自分が死ぬ事に不公平だと感じんのか? おかしいと思わんのか?」
「うん・・・・・・」
こずえはそのまま俯きました。
「それを説得させるのも、あたしの仕事のうちじゃ」
こずえはつぶやくように言いました。
「でも」
「でも、何じゃ?」
こずえは顔を上げました。
「よくわからないから」
老婆も何と説明したら良いか、分からなくなりました。
「うーむ、困ったのう」
こずえは空を見上げます。
「わー、見ておばあさん。飛行機雲! あんな高いところに!」
老婆も空を見ました。
「おぉ・・・・・・」
感動のない口調で、それ以上の言葉がありません。そんな事はお構いなく、こずえは尋ねました。
「ねぇ、おばあさん。天国ってあの雲よりも高い所にあるの?」
「そうじゃ、一度行けばもう戻れないくらい高い所にある」
こずえは感心したように言いました。
「ふーん、すごい所にあるんですね、天国って」
「そーかのう・・・・・・。いや。そうじゃのう。天国はすごい所じゃ」
こずえは元気を取り戻したように嬉しそうに笑いました。でも、またすぐに大事な事を思い出します。
「あっ!」
「どうしたんじゃ?」
「お買い物の途中だったんだ。あぁ、早く冷蔵庫に入れないと。おばあさん、ごめんなさい。家に帰らないと」
「おお、そうか」
「お邪魔しました。あの、また遊びにきてもいいですか?」
老婆はまた驚いて言葉が詰まりました。
「あ? あぁ、かまわんよ。またおいで」
「ありがとうございます」
こずえは後ろ向きに手を振りながら走って行きました。こずえが行った後、老婆の目はどこか寂しげに見えました。