こんにちは、おばあさん
― ガサガサ ー
両手で持ち上げられた買い物袋が揺れて、頭の後ろで結ばれた髪の毛も同じように左右に揺れています。大きな荷物に体を振られながらも、リズムをとるように小さく息を弾ませて、真っ直ぐに向かおうとしていました。小さな彼女にとって、少し大変な作業かもしれません。でもその表情はとても嬉しそうでした。彼女の、光を取り込んだビー玉のように輝く目は、雨上がりに広がる幻想的な世界をありのままに映していました。
彼女は『若草こずえ』といいました。ついこの前、10歳の誕生日を迎えたばかりです。
こずえは古い家にさしかかりました。とても古い家でおそらく誰も住んでいないと思われていた場所です。実際に、この家に人の住んでいる所を見かけた人はいないそうです。家、土地とも所有者がはっきりしないため時がくればいずれ取り壊されるにちがいない、近所の人々はそう思っていました。
この家の周りには腐りかけた竹の囲いがあり、誰かが種をまいたのでしょうか、最近になって、この一面には朝顔がつるを巻き、今ではきれいな花を咲かせていました。
こずえはこの家の前に立ち止まり、しゃがんで朝顔を見ました。
「わー、きれいな朝顔。しばらく見ないうちにこんなに咲いたんだ」
こずえは嬉しそうに朝顔を見ました。何気なしに誰かの視線を感じて、そのまま視線を竹の囲い越しの家に向けました。そこには扉を開けたままこちらを見て座っている老婆の姿がありました。どことはなしに不気味さを感じさせる老婆でした。真っ黒い、ボロボロの服を着ていて体もかなりやつれているようですが、目には異様な輝きがありました。こずえはすっと体を起こして、言葉が出ません。すると老婆はこずえを見てにっこりと笑いました。こずえもこれを受けてにっこりと微笑み返します。すると、どうしたことでしょう、老婆は驚いたように目を大きく開けて、今度は遠くを見るようにこずえを凝視し始めたのです。
「あの、こんにちわ」
こずえが息を呑んで声を掛けますが、返事がありません。
「私、こずえと言います。あの、すいません。中を覗くつもりはなかったんですけど、朝顔を見ているうちに、その・・・・・・」
「ヒッヒッヒッヒッ!」
老婆がひどくしゃがれた声で突然笑ったので、こずえはびっくりしました。老婆が話しかけてきます。
「お前さん、あたしが見えるのかい?」
こずえは素直に答えました。
「はい」
「そうかい、そうかい。ヒッヒッヒッヒッ!」
老婆は嬉しそうに笑うと、再びこずえをよく見ようとしました。
「中に入っておいで」
こずえは驚いたものの、老婆の言う通り、玄関に進んで、その左側を行くと庭に出ました。こずえは老婆に近づいていきます。
「まぁ、お座り」
「はい」
こずえは縁側に足を宙ぶらりんにして座りました。
「わー、ここからの方が、朝顔がよく見えるんですね」
「そうじゃのう」
「おばあさん、ずっとここに住んでいらしたんですか?」
「ああ、そうじゃ」
「でも、私、時々ここを通りますけど、おばあさんを見たのは初めてです」
「仕事が来るのを待っておったんじゃ」
こずえは首を傾げました。
「あたしゃ、死神じゃよ」