予期せぬ事態
兵士を配置して三十分ほどが過ぎた。田天、カレア、王の三名は城の屋上から街の内外を見渡す。現在街の外にはバイスとアムール兵五十名、街には五十名の兵がおり、戦いに備えている。王は久々に扱う弓に少し不安を覚えていた。
「アムールはここ何年も平和だった。商業でにぎわう明るい街で、争いなど起きなかった。だからこの弓に触るのは本当に久しぶりなんだよ。
うまく応戦できるものか・・。」
「大丈夫です!私たちがついていますよ!大丈夫大丈夫!」
明るく元気に王を励ますカレア。彼女のその黒い瞳にうつる希望の光が、王や田天の心をほんの少しだが落ち着かせた。田天は強張っていた顔を少し緩め、王は逆に冷静さを取り戻した。
「ありがとうね、カレアちゃん。だが私はこの街の王として、君たちに頼ってばかりはいられない!みんなで協力して、敵を討伐だ!」
オーと大声で答える田天とカレア。そんなときに二人のもとにバイスから連絡が入った。手元の小型の連絡機を耳元に当てる二人。
『聞こえるか!?田天、カレア!
どうやらマーカスがまだ来ていないらしい。街の兵たちが連絡しても応答がないらしく、なんかあったとみて間違いなさそうだ。
どちらかがやつの止まっていた部屋に向かってくれ!もう一人はやつの代わりに街の警備に当たってほしい!』
かなり焦った様子のバイス。昨日今日の自信満々の彼からは想像できないその雰囲気に、連絡を受けた二人にも緊張が走る。
「分かりました。では私がマーカスさんを呼びます。カレアさんを街の警備に。」
田天の発言にカレアは「了解」と答え、それがバイスにも伝わった。
連絡機をしまうと、カレアはそのまま屋上から街の方へ魔力で浮きながら降りていった。田天もすぐにマーカスのもとへ行こうとしたが、王が一人残されてしまうことに気がついた。
「王樣・・あなたはどうされますか?」
「私はここに残ろう。もうすぐ幹部たちがここに来るみたいだし、見張り役も必要だろう。
それに私もやるときはやるのだ、安心して行ってきたまえ。田天君!」
「・・はい!」
田天はマーカスの部屋へ急いだ。魔力を開放できていたらすぐなのだが、今回も例のごとくそううまくいかないのでただひたすらダッシュする。
「マーカスさん!いますか!?」
彼の部屋のドアをドンドンと叩き大声で呼び掛ける。しかし返事はない。鍵がしまっているため中にいる可能性は高く、どうしても諦めきれない田天。やむを得ずドアを蹴破る作戦に出るがドアはびくともしない。
「う・・ん・・・」
「!」
部屋から苦しそうな声が聞こえた。その声は昨日自己紹介をしていたマーカスのものと同じだ。
嫌な予感が頭をよぎる田天。さらにその時、城の外で大きな爆音が聞こえた。心臓がドクンと大きく鼓動する。そして彼の体のまわりには自然と魔力が蓄積されていた。目の色も透き通った青から赤黒い闇のような色へ、ジワァっと変化していく。
魔力に任せた蹴りでドアをぶち破ると、部屋の壁にもたれ掛かって倒れているマーカスを見つけた。彼は血を口から垂れ流している。
「マーカスさん・・起きてください。」
冷静に声をかけながら彼の体を揺らす。そしてポケットにいれておいたサラの薬をマーカスに無理矢理飲ませる。
「うーん・・・ん?」
「起きましたか、マーカスさん。何があったか説明してもらえますか?」
「田天さん・・?」
「早く!!」
急ぎ事情を把握するために、漆黒の目を見開きマーカスに問う。
時を同じくして、屋上では王が戦況を苦い顔で眺めていた。なんと街の外では兵士が全滅していた。街の中の被害は今のところないが、そこの兵士たちは外で起きた爆音に不安を隠せていない。
(どういうことだ・・?突然街の外で大きな音が鳴ったと思ったら、あんなにいた兵士たちがみな倒れているではないか・・。バイス君は、彼は大丈夫なのか?)
王が心配をつのらせていると、屋上のドアがガチャっと開いた。その音で少し気を楽にする王。
「おぉ!幹部たちがやっときたか。まったく、なにしておったのだ。」
「ん?貴様の部下になった覚えはないが?」
ドアから入ってきたのは彼が望んでいた幹部ではなく、見たこともない悪魔であった。体格は人間と酷似しているが禍々しい角や羽を携え、その全身は燃え上がるような赤色をしている。何よりその悪魔の赤く光る目が恐ろしく、そこから殺意があふれでているのがすぐに分かった。
「だ、誰だお前は・・!」
「聞いてどうなるアムール王よ。どうせ今から死ぬのに。」
悪魔は目の光を強め、腕にどす黒い魔力を集める。その魔力を肌で感じた王は、すぐに弓と矢に手をかけた。