母の行方
「ある作戦って・・?」
「ああ・・。」
アロマの問いかけをうけ、空を見上げるバジル。その顔はとても真剣だ。
「さすがのミントも一人じゃアルゴラには勝てない。そこで“ある男“に助けを求めることにしたのよ。俺はそいつに会ったことはないが噂ではかなりの実力者で、そいつが戦うとそこの地形が変わるほどだと言われていた。
そいつと組むことでアルゴラを倒そうとしたんだな、ミントは。
だが、それからミントは帰って来なかった。必ずアララ村に来ると約束したのに・・。
アルゴラを倒せたのかすら分からない。唯一分かっていることは、エルフ・バレーにはもう誰も住んじゃいないってことだけだ。当たり前だよな、アルゴラが生きてる可能性を考えたらもう二度と住みたくねぇよ。」
それからバジルはアロマを見つめた。バジルのその目の奥には微かだが、たしかな『光』が見えた。そして力強く、娘に語りかける。
「俺はそれからこう考えるようになった。『ミントはアルゴラに殺されたのかもしれない。いやもしかしたら、アルゴラは倒したが作戦で組んだ男と結ばれて俺たちを捨てたのかもしれない。』と。どちらにしても絶望的だった。だからお前には『母は死んだ』と嘘をついた。そして、その頃から俺の理想郷の夢が生まれ始めたんだ。
だが今日お前に再会し、お前の優しさに触れ、その瞳を見た時に思ったよ。
あいつは、ミントは大丈夫だって。俺らをおいて死んだりしないし、ましてや俺らを捨てたりなんかしないって。
俺はおろか者だよ、ほんとに。」
フフっと笑い、田天の方を見るバジル。地下施設で戦った時とは別人のような柔らかい雰囲気に包まれていて、田天も思わず笑みがこぼれた。
「田天、ありがとな。お前に出会えて良かったよ。
俺が全盛期の強さなら、あの光の刃をよける速さもあったんだがな、ハハッ。」
笑いながら感謝の気持ちを伝えるバジルから、田天はなにか嫌な予感がした。今の彼は間違いなく悪人ではないのに、なぜか胸がもやもやする。
「ヤマタノオロチよ、地下施設の女性はもといた場所に返してやれ。食料も可能な限り、な。」
「は、はい!」
「あと、部下たちはお前に任せる。今日からはお前が、正式にやつらのボスになれ。分かったな。」
「分かりました!
しかし、バジルさんはどうなされるのです?これから・・。」
バジルは自分を心配してくれているヤマタノオロチ様にニッコリと笑いかけ、そしてゆっくりとアロマのほうに向きなおした。そして残された手に軽く光を集めると、それを矢の形に変形させた。その行動の意味が分からずポカンとしているアロマの前で、バジルは行動に出た。
「俺は妻を信じず、娘を裏切り、多くの人に迷惑をかけた。その罰を受けようと思う。」
彼はそう言うと、光の矢を己の左胸に勢いよく突き刺した。ザシュっと突き刺さる音が響き、その場の全ての者が目の前の出来事を信じられずにいた。
「お、お父・・さん?なんで・・?」
アロマの目に再び涙が浮かぶ。先程のものとは違った。悲しみの涙。彼女のぼやけた視界には、吐血しながらも優しく頬笑む父親の顔が映っている。
「悪いな・・アロマ・・・。あれほどの罪を背負って生きられるほど、強くないんだよ・・俺は・・。
だが最後に、この時間を過ごせて・・良かった・・。」
目の前で弱っていく父親に、かける言葉が見つからないアロマ。するとその時、バンパが走ってバジルの前にやってきた。彼は手に一つのクロワッサンを持っている。
「バジルさん、これはアロマが作ったパンだ。最後に娘の成長を確かめていかないか?」
「・・・・。」
バジルは少し震えた手でクロワッサンを掴むと、少し眺めてから口に運んだ。しばらく噛んでいると、彼からも再び涙が流れ始めた。
「豪勢な食事で・・舌は肥えてるはずなんだがな・・、こんな美味い食い物は初めてだよ・・。よく頑張ったな・・アロマ・・。」
「お父さん・・!」
バジルはゆっくりとアロマの肩を掴むと、残された力を使い話しかけた。
「アロマよ・・俺の代わりに、ミントの行方を調べてくれ・・。ミントは、お前の母親は・・必ず生きている・・。
そしてミントの行方は・・アルゴラ退治のときに組んだ男に聞けばすぐに・・分かるはずだ・・・。」
目が虚ろになっていくバジル。さすがにもう限界なようで、その場の全ての者がその死を覚悟した。アロマを除いて。
「だ、誰なの!?お母さんと一緒にアルゴラ退治に行った人って・・!」
バジルの肩をガシっと掴むアロマ。その強い握力とは逆に、バジルの意識は消える寸前であった。彼は最後の言葉で、男の名を告げることとなった。
「男の名は・・ルシフェル・・。大天使と・・・言われている・・男・・だ・・・。」