怒りの一撃
魔力が田天の右手から、バラバラと散らばってしまっていた。バジルの一言に、考え込んでしまったのだ。
(たしかに俺も、クズ野郎だ。親のすねをかじりまくってたし、いざバイトを始めたらポンコツっぷりを見せつけるし。おまけにそのバイトを逃げ出したんだよな、ここに来る前は。
人に怒られたくないから、人に迷惑をかけたくないから頑張ってるだけで、目標もなにもない。できることなら、ずっと引きこもっていたい。そんな毎日だったんだよな・・。)
田天が若干うつむき始めた。それをバジルは見逃さなかった。
「おや?心当たりがあるのかな?
だとしたらお前に、俺のことをとやかく言う権利は無いわなぁ?」
チラッと見上げると、バジルは邪悪な顔で笑っていた。そして彼は光の弓矢を構え始めた。光で作った弓と矢だが実体があるようで、それをバジルはしっかりと掴んでいる。ギギギと糸に引っかけた矢を引っ張るその様は、普通の弓矢となんら変わらない。
「エルフの矢は非力なイメージがあるだろう?だが残念。俺の光の矢は鋼鉄もぶち抜くぞ。
ここの秘密を知ってしまったんだ、お前には死んでもらう。」
尖った矢の先が田天のほうを向いている。バジルが手を離せば、気づいた時には死んでいるだろう。
田天は冷や汗を流しながら、また『死』を悟った。
しかし彼の頭の中を、仲間たちがよぎった。マルク、フレイラ、サラ。ここで死ねば、彼らとの旅が終わってしまう。まだ全然成長していないというのに・・。
アロマの顔も浮かんだ。身勝手な理由でアロマを捨てた父親。だがアロマは一人でしっかりと生きていた。しかもとても優しい女性に成長していた。
そんな彼女を、また身勝手な理由で連れ戻そうとしている目の前の男。
(あぁ・・やっぱり・・許せないわ。)
「そういえばアロマの作るパン、絶望的なほど不味かったなぁ。全然上達しないんだよこれが。あいつのパン、今も変わらず不味かったかい?田天くん?」
「・・・・。」
「はっはっは!俺はクズだろう!?いいぜ?クズと思われてけっこう!どうせお前はこれで終わりなんだから。
死ね。」
矢から手を離すバジル。矢は空気を切り裂きながら田天の顔面めがけて飛んでいった。その速度が速すぎて、田天を除いて誰も目で追えなかった。
田天は矢が額に刺さる寸前で、左手でそれを掴んだ。「バシィィン」と大きな音が広間中に響き、三秒ほどその場が静まりかえった。目を丸くするバジル。他の者たちも何が起こったか分からなかった。
左手で掴んだ矢を粉々に握りつぶす田天。そして再び、彼の周りに膨大な量の光とオーラが出現した。
「なっ・・!?」
やっとうろたえた表情を見せたバジルに対し、田天はとても冷たく、どこか怒りが感じられるような顔を彼に見せた。その右手はすでに、技の準備が整っている。
「クズでけっこう。
でもだからってここであなたに怒らなかったら、それ以上のクズになってしまうから・・。
なんと言われようが、こいつをぶちこませてもらう。」
「!!?」
田天の右手の先の魔力を感じ取ったバジルは、同時に危険も察知した。ヤマタノオロチ様から離れると、彼は猛スピードで広間を飛び回った。
ハーランド戦ではターゲットであったハーランドが受け身の戦法をとっていたが、今回の敵は動き回っているため狙いが定めにくい。しかし田天はそれに怯むことなく広間の中央に移動し、神経を集中させた。
魔力と気配、そして己の目を駆使しバジルをとらえようとする。
(飛行して狙いを外してくる戦法はやっかいだけど、思ったよりも速くない。
エルフがもともとそうなのか、それとも・・。)
「はーっはっはぁ!!どうだ?これならその光の技も当てられまい!」
「・・・ “ 光刃 “!」
怒りを乗せた光の刃が放たれた。轟音をたてながら、その刃はバジルの目の前に飛来する。焦るバジルだが、彼もまた神経を研ぎ澄まし、全力で避けようと試みた。
光刃が、地下広間の壁をぶち抜いた。斜め上へと放たれた技であったため、その刃は地面をえぐり、地上へと貫通した。