理想郷
「アロマさんの父親・・?」
たしかによく見てみると彼の耳はアロマ同様に尖っており、身長もかなり高い。おそらくルシフェルと同じくらいであろう。目も、なんとなくだがアロマに似ている。
「アロマさんの父親は行方不明だって聞きましたけど・・?」
田天がそう言うと、バジルと名のるその男は田天の横を通りヤマタノオロチ様の隣に移った。そして顔だけ振り向きながら話し出した。
「その通り!俺はアロマが八歳の頃にアララを出た。それまではあいつと一緒にパンを作ったりしてのんびり暮らしていたよ。
だがある日、俺は“自分の夢“を叶えるためにアララを飛び出し、努力をした。」
「夢・・?」
バジルはヤマタノオロチ様に飛び乗った。そしてその首もとに立ち、大きく手を広げた。まるでこの場所の王であるかのような振る舞いを田天に見せつける。
「この理想郷だよ!
自分のために動いてくれる部下たち!頬が落ちてしまうほどの豪華な食事!そして俺好みの美女たち!!
こんな夢のような生活、あの村に住んでいても一生手に入らん!アララでの生活は悪くはないが、俺はふと思ったんだ。あそこで一生、真面目にパンを焼き続けながら生きていく。つまらないだろそんな人生!」
猟奇的な目で、声高らかに主張を述べ始めるバジル。ヤマタノオロチ様を含めその場の全員がその言葉にうなずく。たった一人、田天を除いて。
「自分が働くより他人に働かせたほうが楽だ。質素な食べ物よりも豪華な食事のほうが嬉しい。可愛い女の子に囲まれたい。当然の感情だ。
お前もそうだろう?田天。」
バジルは大きな龍の上から田天を見下しながら問いかけた。それに対し、田天は彼の方ではなく下を向いていた。ベタンと地面に座り込み、うつむいている。
「・・気持ちは分からなくもないです。
ですけど・・アロマさんを置いていったのは何故ですか?」
微かに震えたような声で問いかける田天。それに、頭をかきながら答えるバジル。
「いや、だって嫌じゃん。父親のハーレム見せるのは。
てか、俺の理想郷にアロマは不要だからね。」
「・・・。」
「それにあいつはあいつでアララの生活に満足してそうだったし、これが最適解だと思ったわけよ。お分かり?」
田天は黙って立ち上がった。そしてとても冷たい目でヤマタノオロチ様の上にいる“敵“を見上げた。彼らを後ろから見ていた女性たちからははっきり分かった。
彼の周りに、禍禍しい青いオーラが出現していることが。
「じゃあなんで・・今回アロマを連れてこようとしたんです?」
「いやぁ、久々に“父親“をやってみたくなってね。無くなってから気づくものもあるじゃん?そんな感じよ。
でもだからってこの生活は捨てないぜ?苦労して魔物を倒して回って、そのたびにそいつらを手下にして。十分に部下がたまればあらゆる町や村の食べ物や女性を奪って。この地下施設を作るのだって苦労したんだぜ?
この暮らしを捨てるのは、ゲームデータを消されるのとはわけが違うんだ。俺の“生きた証“?そんなとこかな。」
彼が言葉を発するたびに、田天のオーラは広がっていき、体の周りに黒いスパークも走り出した。それに気づいたヤマタノオロチ様は危険を感じて焦り出すが、その上のバジルは顔色一つ変えない。
「娘を捨てて、欲に走ったクズめ・・!」
田天は右手をあげ、魔力を蓄え始めた。それを見てバジルも右手をかかげ光を出現させた。そしてその光は弓の形に姿を変えた。
「クズ?じゃあお前は違うのか?
自分は絶対にクズ人間ではないと言い切れるのか?」
「!!」
ピクッと反応し、魔力が乱れ始めた田天。ニヤリと笑うバジル。