ピンチはチャンス
翌朝。田天は村をゆっくりと歩いていた。
昨日と変わらないのどかな風景。ヤマタノオロチ様に毎年生け贄を差し出しているなど、想像もつかないような平和な村。その空気を吸いながら、彼はまた噴水に座った。
(ヤマタノオロチ様か・・俺がどうにかしてあげたい。
この村のためにも、アロマさんのためにも。)
「おはようございます。田天さん。」
「へ?ああ、アロマさん。」
噴水の前を通りかかったアロマは、田天を見つけると話しかけてきてくれた。手にはパンが入った袋を持っている。
「配達ですか?」
「ええ、できたてを届けるのも私の仕事の一つですから。
田天さんたちはいつまでアララ村に?」
「今日のお昼には出るみたいです。僕はもうちょっといたいんですけどね。」
そんな会話をしている時だった。村人が一人、村の入り口から走ってきた。かなり慌てている様子で、かなり息をきらせている。
「アロマちゃん!ついに来たよ・・あいつらが!」
「・・そうですか。」
何かを察したように顔色を変えるアロマ。それを見て嫌な予感を働かせた田天は、入り口のほうを見た。
村の外に、魔物の大軍が見えた。飛んでいる魔物や、陸上を歩く魔物。さまざまな魔物がこちらへやってきている。
そして一際目立つ、龍の魔物。首が九つあるその巨大な龍を見て田天は震えが止まらなくなった。
(あれがヤマタノオロチ様・・!)
魔物たちへの恐怖とともに、アロマの死への不安が彼を震わせる。魔物たちはアララ村に到着すると、外から声をあげた。
「アロマという娘はおるか!?いたらここに来い!」
田天の前に立っていたアロマは、入り口へと歩いていった。迷いもなく歩く姿に彼はアロマを尊敬の目で見ていた。
しかし、あることに気がついた。アロマの手が、よく見たら震えていた。今の田天ほどではないが、かすかに震えているのが分かる。
(本当は怖いんだ・・当たり前じゃないか、死にに行ってるんだぞ?)
田天は気配を消し、アロマの後を追った。さすがに震えは止められなかったが、それでもなんとか魔物たちの方へ歩みをすすめる。
「お前がアロマか?」
「はい・・。」
先頭にいるコウモリのような魔物と会話を始めたアロマ。その魔物の後ろにはもちろん他の魔物が大量に待機しており、ヤマタノオロチ様もいた。その様子を物陰から覗く田天は、物音一つたてないように注意をはらっていた。
「ちょうど良かった。
いまから三十分待つ。その間にこのローブに着替え、またここに戻って来い。その後、我らの祠に一緒に来てもらう。
もちろん、時間内に戻ってこなかったらこの村は・・」
「わかりました・・必ず戻ってきます。」
アロマは魔物から黒のローブを受けとると、パン屋に戻っていった。それから魔物たちは黙って村の外で待ち始めた。ざわつきだした村のなかで、田天は考えをめぐらせる。
(どうしよう・・俺はどう行動すれば・・。)
もともと田天はよく考えてから行動するタイプだ。しかし、今ここで考えている間にも時間は過ぎていき、アロマは死んでしまう。田天は決断を急いだ。
(そうだ、これはピンチでもありチャンスなんだ。ヤマタノオロチ様が来たのが今日で良かった。
俺が・・俺がこの村にいるときで良かった。
いま彼女を救えるのは、俺しかいない。このタイミングを逃してなるものか・・!)
田天はパン屋に走った。先程までとは違い不安や悲しみに包まれているアララ村の住人たち。その中を彼はさっそうと駆けていった。
パン屋に着くと田天は勢いよくドアを開けた。そこには手を止め、心配そうに二階を見上げるバンパの姿があった。バンパのほうに駆け寄る田天。
「バンパさん!アロマさんは!?」
「田天くん・・あの子は二階で用意をしているよ。生け贄の・・」
「・・失礼します!」
田天は二階への階段を勢いよく上がっていく。彼の勢いに、バンパはそれを黙って見送るしかなかった。
「アロマさん!!」
二階に上がり部屋のドアをバン!と開ける田天。その行為に迷いは無かった。
しかしすぐに後悔することになった。部屋の中ではまさにアロマが着替えている最中であったからだ。
「だ・・田天さん・・?」
「あ・・・。」