アロマの事情
シャワーを借りて風呂場から出た田天は、用意してある着替えの服を見た。きれいにたたまれた白いシャツにズボン。それに不安を覚える田天。
(考えてみれば今の俺はでかいからなぁ。はたしてこの服、入るかな?)
その服を手に取り広げてみると、なんとルシフェルの体にぴったりだ。安心した田天はそれに着替え、更衣室を出た。
この家は入口から入るとそこがお店になっている構造で、同じ一階に風呂場や更衣室がある。お店に出ると先ほどの女性が焼き終えたパンをお皿に乗せているところだった。田天に気づくとその皿を持って近づいてきた。
「やっぱり。思った通りぴったりでしたね、その服。」
「あの・・これ誰の服なんですか?」
「父のです。父もあなたと同じくらい背が高いんですよ。」
笑顔で答えてくれる女性。ほんとうに柔らかい雰囲気を醸し出している。
「私はアロマっていいます。このお店の名前と同じなんです。」
「えーと、僕は田天っていい・・」
田天の自己紹介の途中で、彼の腹がグーと鳴いた。その音で忘れていた空腹を思い出す。
「そういえばお金を落としてなにも食べてないんだった・・完全に忘れてた・・。」
「ちょうど良かった。このパン、あなたのために用意したんてます。よかったら食べてください。」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます・・。」
泣きそうになりながらパンをいただく田天であった。
食事をお店のテーブルでとる田天。アロマと、さきほどの眼鏡の従業員・バンパと三人で会話をしながらマルクたちとの集合時間を待つことにした。他の客がいなかったため、ゆっくりと会話することができた。
「へぇ、では田天さんは自分の世界に戻る術を知るために、仲間のみなさんと旅を始めたのですね。」
「はい。まぁまだ始まったばっかりで、僕はみんなの荷物なんですけどね。ははは・・。」
「みなさんはそんなこと思っていないと思いますよ。そういえばその体の本来の持ち主の方はなんていうお方なんですか?」
「あぁ、もともとこの体はルシ・・」
その時、田天の話を遮るようにお店のドアが開いた。
コーヒーを飲みながらチラッとドアの方を見るとそこには、マルク、フレイラ、サラがいた。かなり真剣な顔をしながらお店の中に入ってきた。
「マルクたちもパン食べに来たの?」
口をもぐもぐさせながら話しかけてきた田天に、「お前いたのか・・」という表情を見せるマルク。フレイラはアロマの前まで来た。
「あんたがアロマか?」
「そ、そうですけど・・あなたたちが田天さんのお仲間さんですか?」
「まあな。しかしあんた、今回はお気の毒だな。今年はあんたの番なんだって?」
「え?
あぁ、ヤマタノオロチ様のことですか?それならもう覚悟は決めていますので。」
田天はフレイラとアロマの会話についていけなかった。いったいなにを言っているのかさっぱり分からない。が、バンパの顔が曇っているのを見て少し察することができた。
これが、あまり良い話ではないということを。
「い、生け贄!?」
「ああ。私たちもさっき聞いたんだが、この村の近くにはヤマタノオロチ様っていう龍がいて、年に一度このアララ村にやってくるらしい。
そして一人生け贄として村人を連れ去ってしまう。これがもう何年も続いているみたいだ。ひどいときには、連れ去る前から生け贄を食い殺してしまったとか・・。
さらにその生け贄というはヤマタノオロチの使い魔から事前に指名がされるみたいで、今年選ばれたのが・・。」
フレイラたちはそこで話を止め、アロマのほうを見た。笑みを浮かべながらも少しうつむいてしまっているアロマを見て、田天は焦る。
「そんな・・嘘だ・・アロマさん、死ぬのが決まっていたんですか?」
「・・はい。」
コクンとうなずくアロマに納得ができない田天。椅子から立ちあがり、フレイラたちの前に立つ。
「み、みんなでヤマタノオロチ様を退治しようよ。フレイラとサラがいればなんとかなるよね?ね?」
「・・・・それは無理です。」
サラが小さな声でつぶやく。