絶望の渦
翌日、田天のアルバイト先の事務所で店長が時計を見ながら貧乏ゆすりをしていた。その強面な顔を曇らせながら。
「田天が来ない。あんなポンコツな奴だが今まで一度たりとも休むことのなかったあいつが・・なぜ来ない・・。」
この日も田天はアルバイトが入っているはずだったのだがいっこうに姿を見せない。店長は田天の携帯に電話をかける。が、全く出る気配もない。
(まさか事故か・・?)
店長は田天の母親にも電話をした。母親も事情がわかっておらず、そのまま電話は終わった。
そしてその後すぐに母親も田天に電話をかけた。こちらにも田天は出ることはなかった。
(あの子、まさか事故にでもあったのかも・・!)
田天と母親の住んでいる場所はそこまで遠くない。母親は急いで車に乗り、田天のもとへ飛ばした。
田天の家についた母親はインターホンを鳴らす。しかし反応は無い。念のために持ってきていた田天の部屋の合鍵を使い、玄関を突破した。
そこに彼の姿は、無かった。
「そんな・・。」
膝から崩れ落ちる母親。部屋の中央にあるテーブルの上には、彼の携帯がぽつんと置いてあった。
「いったいどういうことなの・・・?」
その夜、彼の家からかなり離れたインターネットカフェに一人の男が入っていった。田天だ。
彼は個室をとり、ゆっくりと座った。そしてすぐに頭をかかえた。
(どうしよう。。ついにバイトさぼってしまった・・。いまごろ店長か母さんが俺を探してるかもしれない・・ここに逃げてきたのはとりあえず正解だとして、これからどうしよう・・・。)
今まではサボることにより評価が下がったり怒られたりするのが怖く絶対にバイトを休まなかった田天。
そんな彼が初めてサボりを決行した。家から遠い地に逃げてきた彼だが強い不安と恐怖は頭から離れることはなかった。
もともと被害妄想が強い彼はこの状況にすさまじいほどに絶望していた。
(終わった、私の人生終わりました。ここにいられるのも時間の問題、いつか誰かがやってくる。
店長が来たらどうしよう・・100パー怒られる。
母さんが来たらどうしよう・・結局迷惑かけてるし。
警察が来たらどうしよう・・。
ニュースに載ったらどうしよう・・。
どうしようどうしようどうしよう。
どうしたらいい?どうすれば正解?ここからの攻略法が知りたい。誰か教えてください。
もうバイトクビ?またニート?家族との約束は・・?
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・)
強い絶望の渦に完全に巻き込まれている田天。さまざまな悩みに胸を刺され、いつしか彼は眠りについていた。
「ん・・?ここは?」
目を覚ますと彼はネットカフェの個室にはいなかった。紫やらピンクやらのまだら模様が広がった、わけのわからない空間に彼はの転がっていた。
「ああ、なるほどね。まだ夢の中か。」
「ああ、その通りだ。」
「!?」
背後から声が聞こえすぐに振り向く田天。そこには二匹の悪魔のような者が二人立っていた。
一人は水色の肌に青い瞳、白い服を着た悪魔。
一人は白い肌に銀の瞳、黒い鎧を着た悪魔。
どちらにも角が生えており、黒い羽が背後に見える。
「えーっと・・どちらさまでしょうか?」
「すさまじいほどの絶望とあまりに貧弱な精神力・・やっと見つけたぞ、”新たなルシフェル”。」
(こんなきれいに無視されますか。)
いつもの田天ならこの状況で震え上がるのが当たり前なのだが、今の精神状態だと怖いくらい冷静でいられた。
まるで全てを捨ててしまった廃人のように。