手を抜いた一撃
変身したフレイラはそのスピードとパワーで、ハーランドに連打を叩き込む。残っている観客たちは己の目を疑った。あのハーランドが押されている。彼らにとっては初めてみる光景だ。
「あの姉ちゃん、いけるぞ。」
「正直最近のハーランドはなんか嫌いだったんだ、弱い者をバカにし自慢ばっかりだし。
いけー!!悪魔の姉ちゃん!!」
観客たちの声援が、戦闘中のフレイラにもとどいた。
(へぇ・・応援されるのなんて何年ぶりだろうか。こういうのも悪くないね。)
悦にひたりながら、連打を叩き込み続ける。
「この鎧はなにでできてるか知らないがかなり固い。このまま顔を殴って終わりだ!」
フレイラの強烈な蹴りで吹き飛ぶハーランド。そしてフレイラは右こぶしに黒いオーラを集めた。さらに赤い稲妻がほとばしり、そしてフレイラはハーランドにその右手をかざした。
「こいつで終わりだ。」
「いける!やれぇフレイラ!!」
興奮が収まらないマルクの横では、サラが険しい顔をしていた。目線の先にはハーランドがいる。
「どうしたサラ?かなり良いところだぞ。あいつ勝てるぞ!」
「・・そうでしょうか?なにか嫌な予感がします・・。」
そのさらに横では田天が黙って試合を見ていた。闘神と互角以上に渡り合うフレイラの姿は、彼の目に焼き付いていた。そしてどうしても、自分と比較してしまう。
(あんな強い人相手に、あんなに果敢に挑んでいけるなんて・・俺ははたしてできるだろうか。喧嘩すらしたことがない俺が・・。
でも、これからああいう強い敵が何人もやってくるだろうし・・いつか俺も、あんなふうに・・・)
「終わりだ!」
魔術を込めた右手をハーランドの顔面めがけて放つフレイラ。しかしハーランドはニィと笑い、その手をつかんだ。
「なに!?」
「・・やるじゃないか、悪魔の女よ。久々にできるやつが現れて、興奮して”あえて”攻撃を受けてしまったよ。フフ・・。」
「こいつ・・!」
「しかし攻撃が軽いな。少なくとも、これじゃあ俺には勝てんよ。」
言い終わると同時にフレイラの腹に掌底を喰らわせるハーランド。突然の高速の突きに、フレイラは反応できない。
「か・・はっ・・」
吹き飛ぶフレイラ。さらにハーランドは立ち上がり、床に置いていた剣を手に取った。
「お前にはこの聖剣マクリアンを使う価値がありそうだ。華麗に散れ、フレイラ!」
(ちっ・・あいつ、全然本気じゃなかったのか。全力のクリーチャースタイルでもダメとなると・・・仕方ない、奥の手を・・
!!)
気づくと懐にすでにハーランドが潜り込んでいた。フレイラの思考が止まる。
「な・・」
「九割ほど、手を抜いてやる。」
闘神はマクリアンと呼ばれていたその剣で、フレイラを斜めに、豪快に斬った。出血とともにその場に倒れこむフレイラ。
「勝負あり、だな。」
「フレイラさん!!」
すぐに彼女のもとに駆け寄る田天たちであったが、フレイラはまだ意識がしっかりとあった。
「魔術でとっさにガードしたってのに、なんだあのふざけた威力は・・。」
「喋らないでください!今治癒魔法をかけますから!」
「へへ、すまないな・・。」
「・・・・。」
田天はステージ上でハーランドのほうを見る。フレイラに勝ったハーランドは剣をくるくると回し遊んでいた。しかし田天の視線に気づくと、手を止めた。
「ん?どうした?犬の仮面くん。
お前も私とやりたいかい?」
「・・・・。」
田天は黙ってハーランドに背を向け、フレイラをおぶり、会場を出ようとした。
「明日も今日と同じルールの大会を開く!やりたければ来い!」
ハーランドの一声に、田天は答えることはなかった。
広場で改めて治癒の魔法をかけるサラ。フレイラの回復に時間はかからなかった。
「派手に斬られたように見えたが・・ほんとに大丈夫か?
「ああ。あいつ、手を抜いたみたいだ。」
「・・・。」
黙ったままの堕天に、マルクが声をかける。
「お前、なんでさっきハーランドの呼びかけに答えなかった?」
「・・・・。」
「これからルシフェル様として戦っていくお前が、こんな序盤で怖気づいてどうする!」
「・・わ、わかっていますよ。わかっているけど・・あんな凄い試合を見た後じゃ・・戦いたいだなんて、言えないよ・・・。」
虎の何倍も強いとは聞いていたが、いざ実際に闘いを見てみると彼の強さを実感でき、同時に強大な恐怖も感じてしまった田天。あんなやつとこれから戦わなくちゃいけない状況がもし来たら・・。頭痛と吐き気が襲ってきそうだった。