昭和二十年四月鹿屋基地にて
本作品はフィクションです。実在の人物には一切関係ありません
男は白紙の前に座り悩んでいた。幾度となく、何かを書こうとしては止める。そのような行為をかれこれ一時間近く続けていた。
男は明日死ぬことになっていた。神風特別攻撃隊として爆弾を抱えた零戦で敵国の船に突っ込むことに。
死ぬことに未練は無い。日本軍人として、潔く散る覚悟である。しかし、妻と子に遺すべき言葉が見つからなかった。
するとそこに、一人の青年が声を掛けてきた。彼も男と同じく明日死ぬ身である。
「まだ、書いてないんですか?」
彼が訪ねてきた。明日共に死ぬ身として、特攻隊の中には一種特別な連帯感があり、このような繊細なことも、話せる様になっていた。
「貴方は書いたんですか?」
男の問いに彼は頷く。
「ええ」
「なんと?」
「イエ、大した事は書いてないのですが、俺は国の為に、愛する者の為に、この身を賭して米軍を撃つから、お前達も英霊の妻、子として、立派に生きなさい。という様なものを」
「成る程、ありがとうございます」
「いえいえ、しかし貴方には貴方の言葉がありますから、それに従って書けば宜しいかと思います」
「そうですね」
話しはそれで終わり、男は再び紙に向き合った。
翌朝、男達は朝食を済ませた後、愈々特攻に向かおうと零戦に乗り込んだ。
発動機の小気味好い振動が肌に伝わる。それを感じ、晴れやかに笑いながら、固い決意を持って男達は大空へと飛び立っていった。
幾日か後に、男の妻と子が住む家に、男の戦死が知らされた。男の遺書には唯ニ首だけが書かれてあった。
春の空 皇国と 君が為 靖国の花と 散るが喜び
愛おしの 妻子の写真を 胸にだき 命を捧げ 妻子を守る
本日敗戦日ということで、書きました。あの戦争について、日本が悪いだとか、いや開戦の原因は米国にあるとか、日本のおかげで亜細亜が解放されたとか、様々なことが言われていますが、少なくとも特攻隊については英雄で有る、と私は思います。
そんな感じで『昭和二十年四月鹿屋基地にて』でした。読んでいただいてありがとうございました。