砂漠ときみと
むかし何かの挌闘番組で減量中のボクサーが言っていた。最終的に人間が欲するのは地位や名誉などではなく安全や水だと言う。その時はボクサーのことを馬鹿にしていた。なぜならば、ボクサーという危険な職業についているのに安全が大事だと言う。また蛇口をひねれば出てくるようなこの世界で水が大事というのはわからなかった。しかし、その時は馬鹿にしていたのだが今となってはそのこともバカにはできないなと思う。
ボクが歩いてきた道を見る。その道には僕の足跡しかない、その足跡だって他の砂に紛れて消えてしまう。そんな砂漠をまよわないように等間隔にいらないものを捨てていく。いらないもの、今はいらない物だ。都会で生活していた時は絶対に必要なものだった。ボクが最初に捨てたのは元カノからもらったストラップだった。これはこの国に来る前に捨てようと思っていたが捨てられなかったものだった。捨てられなかった、なぜならこれを捨ててしまったら思い出まで捨てることになると思ったからだ。それでも、道に迷わないためには捨ててしまった方が一番だと思った。
一番はじめはストラップを捨てていった。次は一緒にここまで来た友人がもっているストラップを捨てていった。だんだんとお互いのいらなくなったものを僕たちは捨てていく。
身に着けている時計であったり、遊び用に持ってきた安いトランプであったりを捨てた。その時、重いからという理由で少しだけ残っているペットボトルを捨ててしまった。
「何が必要で何が必要じゃないか、それを見極めるゲームみたいで面白いじゃないか」
「そうだね、でもこのゲーム失敗したら本当に死んじゃうよね」
「そんな漫画、昔あったよね。カードバトル漫画に変わったやつ」
そう彼はボクの横で笑った。ゲームか……そう思いながら充電が切れて使い物にならない小型ゲーム機を捨てる、日本じゃ二万円もするゲームだけど充電のできない砂漠じゃただのガラクタだ。彼は二万も捨てるのもったいなくね?そう言った。だけど二万円のゲームは生きて戻れば帰ってくるけど命はどうなるかわからない。彼は二万の小型ゲーム機は捨てなかった。これが最初に僕と彼にとって、最初に捨てるのと捨てなかったのがわかれたものだった。ボクは捨てれないものなどなかった。
ボクの方がカバンの中身がなくなった。カバンの中身がなくなるとカバンもいらなくなった。あとついでに服を捨てた。ボクは簡単にカバンや服、いや最終的にはプライドまで捨てていった。彼は裸になるなんてバカじゃないと言った。
「なんかお前が裸で俺が服着てたら変な組み合わせだよな」
「そうだよ、服なんか着てるお前が変だよ」
「いや、それは逆じゃないの? 裸のお前の方が変だよ」
「でも、生まれたころは裸だし。つーか熱くね? 」
「お前って何だか砂みたいな男だよな」
「どういうことだよ」
ボクはプライドもなくただただ生まれたままの姿になって砂漠を歩いていく。なぜぼくたちはここに来たのか・いるのかなどということは記憶の中を探しても出てこない。話はしなかったが彼も同じだったように思った。本当にただただ無意味に僕たちは歩いている。今まであった会話も話す内容がつきてからは何度ループして、しまいには会話などなくなってしまった。何日歩いたのか、何キロ歩いたのか聞いていた質問も無意味と知ってからは聞かなくなった。忘れたのではなくただ数えていないだけなのだが……。そんな笑い話も話さなくなった。それでも僕たちがつながっていると思っていた。理解しあっていると思っていた
「もう、俺は無理だわ」
「どうしたんだよ? 」
「おれはここでさよならだよ」
「そうか……」
今、思えばなぜあんな簡単に別れたのかは覚えていない。でも、あの時はそうかそういうものなのかと勝手に理解した。つながっていると、ずっと一緒にいると思っていたのは俺だけだったのかそう思って落胆した、悲しくなった。プライドを捨てた次は友達を捨てた。捨てた、いや違うボクは簡単に友達を見捨てた。それでも別にいいと今では思っていた。
僕は何もかも忘れて歩いていく、プライドも家族も友人も……すべて忘れて歩いていく。
夜、少し足を止めて月を見る。月を見た後に目をつぶる。目をつぶった時、当たり前だが周りの景色は見えなくなる。通常、僕たちは寝る時以外は目をつぶる行為はしない、でも寝るわけではない。ただただ空気を感じたいのだ。
「おい、起きろよ××。砂漠で寝たら死ぬぞ」
なぜか別れたはずの彼の声が聞こえた。幻聴だとバカな僕でもすぐにわかった。なんだと、間違って返答してしまった。
「なんだじゃないだろ、砂漠で埋もれたら砂まみれで死ぬんだぞ」
「いいんだよ、これで……」
「起きないと俺が困るんだよ」
「なにさ、すぐにお前のところに行けるよ」
「んなわけないだろ」
目を開けると別れたはずの彼が立っていた。
サンドマンという言い伝えが北欧や中央ヨーロッパにはある。どんなものかと言えば伝わる眠りの妖精がいる、彼らが子供たちの目に魔法の砂をふりかけ眠気を誘い、夢をみさせる。たぶんボクもサンドマンに夢を見させられているのだと思う。だから、ボクは別れたはずの友達は今でも一緒に砂漠を歩いている。たぶん、彼を捨てきれなかったのだろう。夢だとすればこれは悪夢だ、そう苦笑いしながらボクは彼の幻影と歩いている。でも前よりも彼とは話すようになった。
「お前が俺に砂のような男だなって言ったじゃんか? 」
「あ、言ってたな」
「あれ、どういう意味なんだ」
「僕が知ってる限りでは君が一番素直な男だからか……ねじり曲がってるけどね」
「ダジャレかよ」
前よりも多く話すようになると彼とは別れたくないと思ってしまった。なぜあの時、彼に一緒にいようとは言えなかったのだろうか……たぶん、ボクは彼の幻にあこがれていたのだ。彼にではない、彼の幻にあこがれていたのだ。そう思い出した時、色々なものを思い出した。最初に思い出したのは喉の渇きだった。なぜだろう、何日も歩いていたのに喉がかわかなかったのは。そしてなぜだろう、今ものすごく喉が渇いているのは。この時初めて少し水が入っていたペットボトルを捨ててしまったことを後悔した。そのあと、いろんなことを後悔した、前の彼女に貰ったストラップ、親からもらったお守り、あと服を捨てたことも後悔した。口から出るはずの唾さえも出なくなってしまう。水と言っても汚い唾でも求めてしまうのだ。そのあとは簡単だった、走馬灯のようにいろんなことを思い出す。親の事、途中で捨てていった友人の事、大好きだった人の事、かなえたかった夢のこと、すべてのことがフラッシュバックする。
一粒の水が砂漠の中に落ちる、涙だ。
なぜ、ここに来たかったのか。そうかボクは死にたかったのだ。ボクも友人もこの世には飽き飽きしていたのだ。彼が言った、死ぬなら外国で死にたいよな……そして僕たち異国の砂漠で死に場所を探していた、そんなことを思い出した。でもボクは初めて生きようとしている。なんだか滑稽だなと思ってしまう。そしていろんなことを思い出して、涙が出てしまう。
「じゃあ、俺ともさよならだな」
「おい、なんでだよ……やっと思い出せたのに」
「思い出せたから、さよならなんだよ」
「いやだよ、お前とは別れたくないよ」
「そう言ってくれたら、お前についていったかもな」
そう僕の頭の中にいる彼はニコリと笑う。そしてボクはなぜこれを彼に言えなかったのかと後悔しかしない。僕の握った砂は手から落ち、それとともに彼は消えていく……。
ボクが捨てた何かが戻ってきた気がした。
そして、ボクは生きるためにただただ街を目指した。