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草木が生い茂る緑の世界。沢山の色とりどりの花が咲いていている。
そんな自然に囲まれた空間の中、多くの男女に囲まれた白いトレンチコートをもしたブレザーにライム色のラインが何本も入った制服着て、黒いスカートを履いた黒く長い髪を左側で一本に結び黒縁眼鏡をかけた木製のベンチに座る少女。
少女は必死に自分に話しかけてくる後輩の対処を一人でおっていた。
「わたし人を待っていて…」
「その人が来るまででも」
「お願いします、【ホーリー・クイーン】」
「わ、わたし、そんなスゴい人じゃないです」
「どうか」
「うっ…」
【ホーリー・クイーン】と呼ばれた少女、琴永 綾音は少し前ぐらいからそんな後輩達との会話がエンドレスに続いていた。
今日は二年生と三年生の一部しか登校しておらず、一年生にとっては優秀な先輩を掴まえては話しかけたり、戦いを挑んでも構わない日だった。
各四つのクラスの最優秀生徒が集まる総合クラス、奏清汐に所属している綾音もその格好の餌食になっていた。
だがその後輩達の反応は綾音にとっては、予想外でしかなかった。
奏清汐の中で最も殺傷能力がない魔法を扱う綾音に、憧れるものなどいないと思っていたからだ。綾音が得意とするのは回復などのサポートであって、攻撃系ではない。戦うために攻撃系がメインに使われる魔術において、サポート系は二の次になるからだ。現に綾音の親友はサポート系の魔術が一切使えながいが、と言うよりも覚えようと思えば扱える容量を持っているのだが、本人は攻撃を最大の防御としてるため覚えておらず、それでもなおもの凄く強かった。その分、親友である少女の代わりに〈双冠〉である少年がサポート系の魔術をおぼえているのだが。
だが、少年がサポート系の魔術を使う前に、いや使う必要がないくらいに綾音の親友である少女と〈双冠〉である少年は強かった。
だから、回復などのサポート系を覚えなくてもなんら構わないのだ。
攻撃力さえ高ければ、回復する必要など無いのだから。
自分を掴まえてまで話したい後輩など居ないと思っていた綾音は、〈双冠〉である佐倉 詩子を外で待っていた。ちょうど今日は風のが心地よかったためなおさら外に出ようと考えたのだ。
が、その外で待つと言う行動のせいで、イスに座って本を読んでいる間に何故か一年生が集まりだし、あっという間に質問責めにあっていた。
だが、断っても断っても話しかけてくる後輩達は人数が減るどころか、だんだん増えてきておりもう十分程繰り返していた。
だが、一向に待っている詩子は来ない。
「私、向かえに行かないと…」
「ご一緒させてください!」
元気な提案に綾音は一瞬怯むも言い返す。
「遠慮します」
「お願いします」
深々と頭を下げはじめる一年生。
断っても、断っても、なかなか引き下がってくれない。
中には土下座しそうな勢いの一年生が居、慌てて綾音は止めた。
このままでは、詩子を向かえに行くことは疎か仕事が終わった詩子が綾音を見つけることさえ難しくなる。
だがどけてほしいなどと言う軽い気持ちで一年生達の質問などの相手をしていたら、それこそ終わりが見えなく、下手すれば十六人以上の話を聞かなければならないかもしれない。
「わたしに何を聞きたいんですか?わたしより戦闘力が高い人はいっぱいいますよ?」
素直な疑問をぶつけた。
戦闘力が皆無な自分に集まってくる理由は何かと。
メガネを掛けた、ライム色をあしらったブレザーを着て"秘めたる安らぎの民"のエンブレムを付けた少年が口を開く。
「攻撃力も大切ですが、同じくらい回復も大切かと。どんなに攻撃力が高くても、傷つき動けなくなってしまえば意味がないじゃないですか?」
その言葉は、親友である少女の戦闘スタイルを全否定してるようだったが、綾音はその回答がどこか嬉しくも感じていた。褒められているようで。
確かに回復は大切だ。禁忌の術が使えればなおさらに。
── ボーンッ ボーンッ
緑風鈴の校舎の鐘が鳴り、時間を告げる。
詩織の仕事が終わり、もしかしたら向かえに来るかもしれない。
「行かないと…」
呟いて立ち上がるが、目の前には生徒の壁。
声をかけても避けてくれそうな、雰囲気は無い。
必死に視線を動かし、細い隙間を見つけて、通ろうとする。
と、
「──じゃま、ちょっとどいて」
そんな声が聞こえたかと思うと、どんどん道を開け始める生徒。
何が起きているか分からない、きょとんとした顔をした綾音に少し遠くから声がかかる。
「あ、いた。綾音ちゃん、大丈夫?」
やや小走りになって綾音のもとに来たのは、短いポニーテールをし、綾音とお揃いの蝶と花ののピンを髪に挿した、奏清汐のライム色のラインが何本も入った白い制服を着た少女、綾音が待っていた佐倉詩子だった。
「うたちゃん!大丈夫だよ」
綾音は微笑んで言う。
「良かった…」
その綾音の返答に詩子は安心したように、言った。
そして疲れたのか椅子に座った。
「うたちゃん、仕事は終わったの?」
「うん。もともとエキシビジョンで使うステージの設備点検だけだからね。なんも問題なかったし」
本日あるエキシビジョンで使うステージ。
詩子は放送委員長のため、エキシビジョンで使う機材点検をおこなう必要があった。
だが綾音は放送部員ではないため、詩子のを手伝うことができず外で待っていたのだった。
「お疲れさまー」
「あーそうだ、雪菜からさっき【魂言】が来たよ。」
「ゆきなちゃんからの【魂言】かぁ…。内容は?」
【魂言】というのは言葉を込めた光の事で、大きさはピンポン球くらいの大きさから、眼球程の大きさが多い。
術者が指名した人物が生きているかぎり何処にいようと、言葉を届けると言うものである。
そして言葉を伝えると何事もなかったかのように、光を失い空気に消えるのであった。
「内容は…面白いことをやるって」
「面白いこと?」
今日で面白いと言えることは……
「エキシビジョン?」
「当たりー!」
エキシビジョンは今日のメインイベントと、言われるものだ。
参加できる生徒も、参加出来ない観客側の生徒も熱が入り盛り上がるイベントの一つ。
綾音はサポート系のため参加することは出来ないのだが、詩織は参加者のひとりだ。そして、雪菜も。
だがそこでふと、疑問に思う。
「ゆきなちゃんエキシビジョンひどく嫌がってなかった?」
何時間か前、奏清汐の校舎だだっ広い教室に居たとき、雪菜はエキシビジョンにはあまり乗り気ではなかった。と言うのも、雪菜は手加減するのが難しかった。
本来〈火〉とは全てを燃やし尽くす破壊の象徴とされている。故に雪菜が〈炎〉の魔法を使うのはそれなりに傷をつけても構わない相手だった。
事実"戦闘"自体は雪菜は嫌いではなかったのだから。
ある意味雪菜は〈双冠〉の矢咏 彗よりも勇ましく喧嘩速いのだった。
雪菜の〈炎〉扱いや制限が下手なのではなく、どう頑張っても火傷ぐらいは軽い戦闘でも、負わせてしまうのだ。
寧ろ雪菜だからこそ、火傷ですんでいる。
昔火焔懺の生徒同士が喧嘩をして魔法を使い、火焔懺の校舎を全焼させた事があった。その時は、主の手から離れた〈炎〉が踊り狂い巨大化し誰にも止められないという大惨事だった。
その時は、雪菜が人に炎が飛ばないように操り消すまでいかなくても押さえつけ、炎のサイズを小さくしそれを、〈双冠〉である彗が水で消し去ったのだった。迅速な対処のおかげで校舎が全焼しただけですみ、人への被害はなかった。
だが、それほどまでに扱いが難しかった。
故にエキシビジョン向きではなく、本人もやる気が無かったのだが…。
今になって一番最初、トップバッターとしてエキシビジョンをやるなどと言うのは、意外だった。
「みんなを集める為じゃない?エキシビジョンをやると、奏清汐は移動できるから。そのあと、白亜の校舎に行けるからって」
「ああ、なるほど…」
エキシビジョンは綾音以外の奏清汐が必ず参加しないといけないので、誰かひとりが開催を決めると全員がステージに集まるので奏清汐のメンバーを集めるのなら今日としては、一番効率がよかった。
雪菜が自分からエキシビジョンに参加してくれる生徒を誘ったとは思えないので、おおかた戦ってくれと後輩に頼まれたが、嫌で断ったが、断っても断ってもしぶとく戦ってくれと言われたのだろう。
「売られた喧嘩買っちゃったのか…」
その光景が雪菜には見えるようだった。
予想でしかないのだが、雪菜が喧嘩を買ったらエキシビジョンまで持って行く前にどうにかしてしまうため〈双冠〉の彗がエキシビジョンまでなんとか持って行ったのだろう。
「どうだろう?」
詩子は首を傾げる。
「もしかしたら、チルノがどうにかしたのかも」
"チルノ"というのは、詩子が彗に付けた、詩子しか呼ばないあだ名だ。
理由は、自分よりバカだから。
彗は、首席なため頭はけして悪くはないのだが、勉強以外の何処かがバカなため付けたあだ名だった。
本人は、 全力で否定してるのだが………
「ゆきなちゃんがエキシビジョンに自力でもっていくことはほぼ無いからねぇ…。矢咏くんが頑張ったんだろうね」
どこか遠い眼をして言う綾音。
それはどこにいるかは分からないが、犀藍学園の敷地の何処かにいる彗への同情が混じっていた。
「うん、矢咏くんが頑張ったんだ…」
独り言のように呟く綾音。
「うん、矢咏くんが頑張ったに違いないよね!?」
大事なことなので三回言ってみました。とでも言うように詩子に同意を求める綾音。
「チルノさんのくせにムカつく!!」
声を荒げる詩子。
なんか無駄にかっこよく感じる…と苛立ったように小さく呟いた。
「とりあえず行こっか」