序章
自分の身体をジリジリと燃やしに懸かる炎を男は指を鳴らし消してしまった。そしてニヤリと笑うと、ポケットから出した金色のコインを親指で打ち上げた。放たれたコインは妖しく輝くと水が集まり少女を飲み込もうと、独りでに動き出す。
が、少女がギリギリでよけ、水をまとったコインは地面に強打し土煙と共に巨大な穴をあけた。
終わり?と少女が思った瞬間、ユラユラと風に靡く人一人は入れそうな水の塊が目の前に広がる。
「チッ」
小さく悔しさを滲ませた舌打ちと共に巨大な水塊に少女は身体を包み込まれた。
ゴボッ……
口から空気がいくつもの気泡となって漏れるのを慌てて手で押さえて止める。
男は捕まった少女を見上げると、嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべた。
そして徐に手を突きだすと、ギュッと空気を握りしめる動作をする。
ゴボッ………
苦しそうな顔をした少女の口からまた、空気の泡…気泡が幾つも漏れ出す。
「苦しいだろ?水を圧縮させたからな」
男が少女に向かって言った。
「そのまま人形にでもなれ」
その声が届いたのか少女は、苦しそうな顔をして睨むように男を見ながら口や鼻を隠していた手を外し、そして先程とうってかわって口角を上げて微笑んだ。
「あ…?」
次の瞬間少女を包んでいた水の塊から、少女のものとは思えないほどの沢山の気泡が出始めた。
ガタガタと形を次々に変形させてゆく水の塊。
男は指を動かしその中に水を更に足し形を安定させようとするが、気泡は次々に現れガタガタと形を変えていく。
男には何が何だか分からない。
そして少女は水の塊の壁を突き破るように手を伸ばした。
バンッ
破裂音と水が地面に墜ちる音がしたかと思うと、独特の白いブレザー制服に身を包む少女は空中で一回転し地面に着地した。
制服は水分を吸って重くなり、所々焦げた跡のようなものがついている。
髪の毛も水分を吸ったためにビショビショとなり、毛先から水滴が滴り落ち地面を濡らす。
空気を吸ってゲホゲホと咳をし噎せた少女は、燃え上がるような真っ赤なラインの入った黒いスカートの裾を摘むと困った顔をした。
「あーあ…制服ビショビショのボロボロ…怒られるかな…?」
「何故に…」
男は有り得ないと動揺を隠せなかった。
完璧なはずだった。抜け道はないはずだし、ましてやあの圧迫された中動くことなど出来ない。例え動くことが可能だとして、壁を突き破ることが出来ても表面張力が働き水が肌に張り付くため、割れるなどと言う現象は起きやしないのだ。
それなのに、何故、何故この少女は……
少女は水を吸って重くなった髪をぎゅっと握り、水を絞りながら口を開く。
「所詮水だろ?沸騰させれば気泡のおかげで空気が生まれて、脆くなるんだよ」
「なっ……」
そこで初めて思い出した。少女が…炎を自在に操っていたことに。
自分とは真逆の属性を操っていたことを、自分には何ら意味のないことだと忘れていたのだ。
少女の属性は炎。自分の属性は、水。明らかに、属性的に自分が有利だと思っていた。
だが、そうじゃないのかもしれない。
男の中に次々浮かび上がる疑問。
なら、あの白い制服は?
あの服は何を意味していた?
独特の目立つ白い制服は…………
ただの学生?そうじゃない………
そういえば彼女は"本当に一人だったか"?
確か…確か…話しかけてきた少女は………
「──できた」
突如聞こえる少年の声。
同じ、だが男女の違いのためズボンを履き、ラインが青い白い制服に身を包む少年が少女の隣にいつの間にか立っていた。
「遅い、死ぬかと思ったんだけど?窒息死で」
「ごめん…でも、水だから水死…溺死だと思うけど」
あの時、少女の隣には確かに少年が立っていた。
その姿は少女を引き立たせるように一歩下がっており戦闘の時にはいつの間にか消えていた少年………。
「ウルサいっ。行くよ」
少女はそう少年へ言うと男の方に向かって走り出した。
男はポケットからダガーを素早く抜き取ると、突っ走ってくる少女へと投げつける。
ダガーは水を纏いその先を更に鋭くさせ少女を突き刺そうとジグザグに、規則性なく動き回る。
いった。
男がそう思うよりも先に、少年が指を鳴らす。
パチンッと、音が小さく響く。
「〈撃ち落とせ〉」
少女に襲いかかろうとしていたダガーは少女に当たる前に少年が生み出した氷の結晶によってたたき落とされた。
立て続けに地面へと叩き落とされるダガーと氷の結晶で辺りは次第に土煙に包まれて、視界が悪くなり始める。
相手が見にくい中、男は必死に目を凝らす。
少女が自分を見つけるより先に少女を見つけて、止めを指さなければならい。
技を出そうにも、この視界の悪さの中ではそれが自分の居場所を知らせるものになる。
だが、それは少女も同じはずで………
目を細めながら少女が走ってきていたであろう場所を見てると、ぼやっと遠くに生まれた明かり。
それはスゴいスピードで男のもとに近づいてくる。
男は、短い言葉を紡ぐと短剣を具現化させ構えた。
と、途端に視界が濃い霧に包まれる。
こうまでされると、男も少女が何をしたいのか分からない。
ただ、火は隠れた。
と空気が荒く周り霧の中確実に男を狙ってきた剣を受ける。
だが、それは重く跳ね返えせるものではない。
「くっ…」
「やっぱり受けちゃったか…」
残念そうな少女の声。
そして、クスッと笑った。
「遊びにつき合ってくれると思ったよ」
耳元で声がし危険を感じ後ろへ跳ぼうとすると首筋に当たる冷たいもの。
「死ね♪」
そう少女が言ったかと思うと何かが首に突き刺さり、思いっきり引き抜かれた。
頸動脈辺りに鋭い痛みが全身に走る。
「うあああああああああああああああ」
剣が手から滑り落ちる。
立っていられなくなり、たまらず地面に膝をつく。
痛いなんてものじゃない。
少女は舌打ちすると、
「ウルサい」
そう言って男の髪を掴むと、地面へ思いっきりめり込ませた。
ガンッと、骨を砕かれるような音がしたかと思うと軽い地震がおき地割れがおきて男が頭を打ち付けた場所にはぽっかりと穴が空いた。
男は少女に手を離され、暗い中に─────。
男の気配を感じられなくなると少女は手をはらい、顔をあげ一緒にいた相棒の少年の姿を探す。だが、少年の姿を見つけられるほど辺りに立ち込める霧は甘くない。
結局少年の姿を見つけられない少女はしかたなく声を出す。
「大丈夫ーー?」
少女の高い声は響くこともなければ霧の中に吸い込まれていく。
「だいじょっ」
もう一度声を出そうとしたとき何かが少女の左手を掴み驚いた少女は右手で素早くダガーを取り出すと、滑るように手を動かし自分に触れている何かへと突き刺そうとする。鋭く尖ったダガーの刃が霧を切り裂き、何かの姿を現させる。
「う、うわっ、す、ストップ!!」
そんな聞き慣れた慌てる少年の声が聞こえて、少女はピタリと動きを止めた。
霧がどけていき中から現れたのは、少女の左手を掴んでいる探していた相棒の少年の姿。その首にはあと数センチで刺さってしまう程の近さにダガーの刃がピタリと添えられていた。少年は降参とでも言うように手を離すと、首を軽く横に振った。
「怖い…………」
「あ、ごめん」
少年の言葉に少女は手を下ろすと、ダガーを鞘にしまい制服のポケットに隠す。そのまま少年の首に手を伸ばししゃがまさせると、首に傷がないことを確認した。
そして、笑う。
「帰ろっか」
「うん、戻ろう」
少年の言葉と共に、風が吹き荒れた。
いつの間にか魔法を発動させていた少年は少女ごとその姿を連れ去った。
自分の属性外の魔法を扱って、自分達の学園へとパスを繋いだ。
それは、本来ならあり得ないことなのに
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。頑張って続きを書きます。