第一章:Marriage meeting 06
「先にざっくり言ってしまうと、
入口にあった店舗部分が一番大きいのです。
先ほどいたのが居間。
その奥にあるのが主様の部屋。
また台所も一応あるにはあります。
後は地下室の精錬室と、
屋根裏部屋というところかしら」
まず案内してくれたのは店だった。
部屋の照明のランタンを一応つけたけれど、
それでも薄暗く煩雑とした有様はまるで廃墟みたい。
「何を売ってるの?
なんだか薬瓶が多い気がするんだけど」
中央にカウンターがあり、
その後ろにはガラス戸のついた棚がある。
触ってみるととても冷たく、
どういう仕組みかはわからないけれど
中はずっと冷たい温度を維持してるみたい。
そして左右には天井まで届く商品棚。
私が台に乗っても上まで手が届かなかった。
「マスターの道楽である錬金術で作った薬さ。
錬金術っても金なんてちゃっちぃ物じゃねーぜ?
滋養強壮からドラゴンまで即死する劇薬まで。
それこそ500種類はあるだろーな」
どの棚にもびっしりと詰められた薬瓶。
あわせて棚の前を塞ぐように
木箱やらよくわからない置物が散乱し、
それが中央にまで流れてきているのが、
ここの散らかり具合の正体。
そして当然ながら、埃っぽい。
「けほっ、けほっ……」
私の苦手な埃に袖で口元を覆う。
それにしても凄い数。
種類だけでもそうなんだから、
きっとここには1000個以上の
「何か」があるんだろう。
「でもここに何があるか覚えてるの?」
「私は覚えてっけどよ、
マスターはあれ絶対覚えてないな」
「私も覚えてはいますけれど、
主様は何を作ったかすら覚えていないでしょうから、
何度も同じモノを作ったりするのもよくあります」
私は何とも言えない顔をしていたんだと思う。
二匹は笑って、
人の姿でもないのに器用に肩を竦めた。
「つまりはそーいうことだ。
一応は店って形にしてるけどよ、
そもそもマトモにモノを売る商才もないしな。
客なんてマスターの昔馴染みだけだ」
もう説明は終わったとばかりに
二匹は店から居間へと戻って行く。
私は一度振り返り
(絶対ここを綺麗にしよう)
そう心に決めた。
「居間については別に説明はいらないですわよね」
「うん大丈夫」
私は一度見まわす。
中央にはさっきまで私たちが座っていた
ローテーブルを挟むように向い合せのソファー。
フレデさんはもう部屋にはいなかった。
左右にある窓には分厚いカーテンがかかっており、
飾り気がない部屋、というよりむしろ何もなかった。
本当にそれ以上に説明のしようがなく、
私たちは素通りをする。
次に二匹が案内してくれたのは台所。
けれど使われていないのは一目瞭然で、
ここもまた埃を被っていた。
「まあ、マスターもガロは食事いらねぇからな。
私は腹減ったら適当に肉食ってくるし」
「それじゃあ、
フレデさんとガロはどうやって体の維持をするの?」
素朴な疑問にマリクが律儀に答えてくれる。
「マスターは月の光を
一月に何回か浴びればそれでいいしな。
大きな魔力を使った時は
その頻度がちょっと上がるくらいだ」
私は「え?」ってなった。
「血を吸うんじゃないの?」
「おめーたち人間のヴァンパイアの知識がとの程度か知らんが、
血なんて吸うことはほぼないと言っても過言じゃねーぞ。
一回あるかないか……『花嫁』を選ぶときだけだ」
「ま、そのあたりは追々知っていくでしょう。
少なくも私の知る限り
主様は血を吸ったことはないのですから」
花嫁ってなんなんだろう?
突然出た疑問に首を傾げるも、
今は別に深く聞く必要もないかと思い直す。
「それじゃガロは……
ガーゴイルって、そういえば全然わからない」
「私はそもそも魔法生物。
主様から魔力供給を受けている限りは不死なのです。
質量が足りない時は
石を食べて増やしたりはしますけれど」
「ふーん……。
あっ皿とか食器は一通り揃ってるんだね」
何気ない私の言葉に
二匹は遠い目をしていた。
「食事をすることは実はできるのです、私たちも。
味覚も多分、あなたたちと変わらないのでしょう。
それでこの家を建てた時に、
主様は張り切って料理をしようとしたのですが……」
「料理ってメンドくさっ!
って1日で匙を投げて今に至るわけよ。
まあ、好きに使っても文句はいわねーだろな。
というより案内したのは、
おめーが小腹空いた時にでも使えって意味だ」
それにしても結構何でも揃っている……
古そうだけれど、
かなり質の良い調理器具が
揃っているであろうことは私でもわかる。
(よし、決めた!)
密かに考えた計画、今は黙っていよう。
サプライズは驚かせてこそだから。
「まあ案内はそんなとこだ。
あ、地下室は絶対一人では入るなよ、
マスターが作ってる薬品によっては、
聖女の血を引くおめーは空気吸ったら
酔うだけですまねーこともあるからな」
「屋根裏は……
普通に物置だから案内も不要ですわね」
全ての部屋は居間から繋がっており、
地下室も屋根裏部屋への階段もそこにあった。
そして最後の部屋へ向かう。
「主様、案内が終わりました」
扉を開けたのは、フレデさんの部屋。
足を踏み入れるとそこは
「わあ……」
本、本、見渡すがりの本……
簡単なベットがある以外には本棚しかなかった。
「ああ、ご苦労様」
ヴァンパイアは夜に生きると言うから、
灯りを必要としないんだと思う。
ランタンなんて最初から用意されていない暗い室内で
フレデさんは本を読んでいた。
窓に優雅に腰かけ、
差し込む月明かりが白銀の髪を照らしている。
(綺麗な人……)
この人が人間じゃないだなんて些細なこと。
ヴァンパイアは瞳だけで人を魅了するというけれど
あれは本当のことだったんだと改めて思う。
フレデさんはパタッと本を閉じる。
「今日はもう帰るといいよ、もう暗いしね。
明日からは……気が向いたら来ればいいさ。
本当は世話を見てもらう必要も何もないのだから」
どこか寂しそうな声だった。
「ガロ、ミミを寮まで連れて行ってあげて。
君なら飛べばすぐだろう?」
「わかりましたわ、主様。
ミミ、行きましょうか」
言われた通り、
今日はもうここにいても仕方ないと思う。
私は部屋を出ようとして、
「フレデさん!」
気が付けば声を上げていた。
「また来るから!」
フレデさんは静かに笑って応えてくれた。