最終章:Virgin Road 06
私は暗闇の中に立っていた。
何も見えない、真っ暗な世界。
「ここ……どこだろう」
足元さえ見えない暗闇に
立ちすくんでしまい、
一歩も歩き出せないでいた。
だって、踏み出した途端に
真っ逆さまに落ちてしまいそうだもの。
「――大丈夫」
そんな私にかけられた優しい声。
すると途端に周囲には光が溢れていく。
その光が眩しくて目を閉じてしまった。
ほんの数秒で光は収まり、
恐る恐る瞼を開けると……
「わぁ……」
目の前に広がる光景に
私は思わず感嘆の声を上げてしまう。
そこにあったのは見渡す限り一面の花畑。
活き活きと咲き乱れ、
足の踏み場もないくらいに
色んな花が溢れていた。
どこまで続く花畑……
先がまるで見えない。
もしかしてここは、天国なんだろうか?
「天国なんかじゃないわ」
疑問に答えたのはさっきと同じ声。
私が視線を向けると、
そこには一人の女性がいた。
歳は二十歳くらいなのかな?
流れるように綺麗で艶やかな黄金色の髪に、
少し悪戯っぽい金色の瞳。
綺麗な顔立ちに染み一つない白い肌、
優しげで魅力的な表情はきっと
ただそこにいるだけで
どんな人でも惹かれてしまうだろう。
一度も会ったことがない人。
だけれども……
ふんわりとした純白のローブを
身にまとうその姿に私はこの人が誰なのか
すぐにわかってしまった。
「ティスティリア=ローゼ様……」
それが私に微笑みかける女性の名前。
天国じゃないというのなら、
どうしてこの人がいるんだろう。
「こんにちわ、ミミ」
彼女はそう言って、くすっと笑う。
「ねえ、ティアって呼んで。
私のことを親しい人はみんなそう呼ぶわ」
いつかの私と同じような台詞。
きっと知っていてわざとそう言ったんだと思う。
私の緊張を解くために。
でも私もさすがに始まりの聖女様を
呼び捨てにするのには抵抗があった。
「あの、ティア様。
ここは、どこ……なんですか?」
ティア様は少し拗ねたように
「もう、呼び捨てでいいのに」と膨れる。
その仕草が凄くチャーミングで
なんだかズルって思う。
「ここはね、
あの人へと続く道」
「道?」
彼女が手をかざす。
すると花畑がさっと左右に分かれて、
そこに道が現れる。
鮮やかな花畑の中にあるのに、
その道はとても黒かった。
けれど違和感はなく、
どこかその黒色を私は暖かいと感じた。
どうしてか、あの人を想いだしてしまうから。
「そう、これは道なの」
ティア様が私の手を引いて、
その黒い道をゆっくりと進む。
そして……
「これは未来へ続く道」
彼女はそう言った。
「……え?」
不思議そうな顔をする私に、
彼女は楽しそうに笑う。
「あなたは花嫁になることを望んだ。
そう彼の永遠のパートナーになることを」
……そうだ、思いだした。
彼は私にずっと傍にいて欲しいと求めた。
そして私は、ずっと一緒にいること誓ったんだ。
「――黒のヴァージンロード」
「黒の……ヴァージンロード?」
オウムがえしに呟く私に頷いた。
「そう、それがこの道の名前」
彼女の視線が先へと向けられる。
そこにあるのは、黒い教会。
花畑にポツリとどこか寂しげに佇んでいる。
私はしっかりと足を踏みしめて、
黒のヴァージンロードを歩いて行く。
(そっか……あそこで、彼が待ってるんだ)
こんな私を必要してくれた、愛おしい人。
「幸せは、誰にだって等しくあるべきだから」
繋いだティア様の手が、
私を慈しむようにきゅっと握ってくれる。
そこからティア様の
温かい気持ちが伝わってくるみたい。
(……優しい、人)
私は、もしも聖女様に会えたら
聞いてみたいことがあったのを思い出す。
「ティア様」
「なに?」
「ティア様は……幸せでしたか?」
フレデが教えてくれた昔話。
結末まではわからないけれど、
でもきっと辛く悲しい物語だったはず。
私たちは聖女様と敬っているけれど、
でも、でも……
それはこの人が望んだことじゃないのだから。
「そんなの決まってるわ」
だというのにティア様は、
とても穏やかな表情で微笑む。
「幸せだったわ」
私を包み込むように抱きしめてくれる。
「そうでなければ、
あなたは生まれていないのだもの」
満ち足りた声。
ああ、なんてこの人は慈悲深いんだろう。
私はこの人の子孫で、本当に良かったと思う。
「さあ、着いたわ」
ティア様が私を離すと、
花弁がふわっと舞い散る。
そこはもう教会の前だった。
「ミミ、これは私からのプレゼント」
ティア様が手を振る。
すると私は制服だったはずなのに、
気付いたら純白のドレスを着ていた。
穢れのないとても綺麗な……
これはウェディングドレス。
私には勿体ないくらい美しい白が
黒いヴァージンロードにとても栄える。
そして彼女が私に色んな花で彩られた
素敵なベールをかぶせてくれた。
「さあ、行きましょう」
ティア様が扉に手を当てる。
ゆっくりと……扉は開かれていく。
――私は、彼の待つ教会へと足を踏み入れた。




