最終章:Virgin Road 02
――夢を見た。
最初からほとんど記憶にも残っていない、
誰もいなくなった屋敷にいる夢。
それは幼い私が暮らしていたはずの場所で、
広いけれど根こそぎ家財一式を持っていかれてしまい
どこへ行っても「何もない」屋敷。
ほんの少し前までは
たくさんの使用人がいて
みんながお父様に仕えていた「らしい」。
けれど私はその光景を知らない。
私が生まれたことが原因でお母様は亡くなり、
そのせいで全てを失ってしまったから。
全部、そう全部なくなったんだ。
静かで冷たくなった屋敷の夢……
昔は毎晩のように見ていた。
だけど最近は見ることがなかったのに、
どうしてまた私は見てしまったんだろう。
(寒い……)
夢から覚めた私がまず感じたのは寒さだった。
布団の中に入りたいと思うけれど、
うまく体が動かない。
こんな時にフレデが傍にいてくれたらなと思う。
制服のまま寝てしまったのか、
特に足元がとても寒い……。
(あれ……私、いつ寝たんだろ)
少しずつ意識がはっきりしてくる。
薄らと目を開けると周囲は薄暗く、
私は横たわっているみたい。
石畳が冷たくて、
思わず身を丸くしてしまう。
(……そうだ、私、仮面の男の人たちに
きっと連れて行かれたんだ)
拘束されているわけじゃないけれど、
でも私の体は力が入らず、
立ち上がることさえできない。
一緒にいたカレンは大丈夫なんだろうか。
「……お嬢様。
まだ今なら引き返せるが、
本当にいいんだな」
遠くから声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある声だけど、
まだ少し頭がぼうっとする私は
反響するそれが誰だか思い出せない。
「くどいですわね。
別にあの子がいなくなったくらい、
どうせ誰も気になんてしませんわ」
複数の人がいるような気がする。
ここからでもわかるくらい
どこかピリピリしたような苛立った声。
私がいるのはどこかの
倉庫のような場所みたいだ。
でも床には埃もなくきちんと清掃させているし、
かび臭いなんてこともない。
薄暗いけれど窓からは
きちんとその明かりが入ってきてるから
地下ではないんだと思う。
まだ太陽も見えてるから
そんなに長い時間は眠ってなかったみたい。
(どうして私なんか、連れてきたんだろうか)
怖い、より先に私が一番に思うのは「どうして?」。
誘拐しても身代金なんて出ないし
こんな私でも一応はパッと見ても
聖女様の末裔だとわかるから
売れられることもない……と思う。
私が知らないだけで、
もしかしたら他の国へ売られてしまうとか
そんな怖い話はあるのかもしれないけど。
(そういえば、ニカさんが言ってたっけ……)
お人よしな冒険者が、
もしかしたら私にちょっかいを
かけようとしている人がいるかもしれないって。
正直、話半分で聞いていた。
だって自分が狙われるだなんて、
王都みたいに治安が良い街で思うはずがないと思う。
どうしてと考えているうちに、
私は自分が連れ去られた時のことを思いだす。
仮面の男たちが堂々と馬車を襲えたのは
あんな人気のない裏通りを通ったからだ。
狭い路地裏だったから馬車も速度が遅かったし、
人が隠れられる物陰も多いから
多分だけど襲うには絶好のシチュエーションだと思う。
じゃあなんでそんなところにいたかというと
「たまたま」大通りで喧嘩があり
馬車では進めなくて迂回したから。
あれさえなければ誘拐なんてされなかった。
……待ち伏せされた、ということは
仮面の男たちは馬車が
そこを通ることを知っていたことになる。
(そっか……だからカレンは)
最初から、計画的な犯行だったんだ、
大通りの喧嘩から既に。
カレンは途中で気付いたから、
私を馬車から降ろそうとした。
「でも、それだったら……」
馬車の御者はカレンが
名前を呼んでいたので顔見知りなはず。
つまりあの人も共謀者となる。
今日という日に
全てを仕組まれていたとしたら……
カツンカツン……
まるで私の考えていたことへの
答え合わせをするみたいに、
向こうの部屋から人が歩いてくる。
きっと、「彼女」が首謀者なんだ。
「あら、目が覚めましたの?」
私を見下ろす冷たい瞳。
こんな倉庫みたいな場所に似合わない
真っ赤なドレスを着て、
とても長い偽物の金髪の女性。
「セレスタ=ロッサ……」
それが私を連れ去った人の名前だった。




