第四章:Go a long way 07
先に野営の準備を
終えていたらしいニカさんは
少し離れた場所に設置したテントへ帰った。
獣避けの焚き火の灯りが
ここからでもゆらゆらと見える。
「まあ安全だろ。
ここはモールの縄張りだし、
獣も来ねーしな」
ブルブルと頭を振り
髪の水気を飛ばしながらマリクは答える。
「でもそのモールの姿を
一度も見てないけど……ニカさん大丈夫なの?」
「好奇心の塊みたいな連中だからな。
人間に興味は持っても、
危害を加えようとは思わんだろ」
私はタオルで頭を念入りに拭く。
暖かい場所とはいえ、
濡れたままだと風邪を
引いてしまうかもしれない。
またプリーズさんの
お世話になるのも申し訳ないしね。
「ただいま。
良い湯だったかい?」
着替え終った頃に
気付けばフレデが戻ってきていた。
背負ったカゴには
なんだかよくわからない木の実やら野草が
たくさん詰め込まれている。
鬼火が一つ飛んできて、
小さく周囲を照らしてくれた。
「おかえり。
うん、凄く良かったよ。
フレデも温泉に入るの?」
「いや、俺はいいよ。
どうにも水の中は落ちつかないからね」
そういえばヴァンパイアは
水の上を歩けないらしいって
ナターシャが言っていたけれど、
フレデは別に苦手なだけみたい。
「さて、用事は済んでしまったけど
どうしようかな。
まだ向こうも終わっていないだろうし」
普通は昼間に狩りをするんだと思ってたけど
店主さんたちは夜を好むらしい。
夜行性の獣が向こうから襲ってくるから
手間が省けるだとかなんとか。
きっとそんなこと言えるのは
あの強面の店主さんだけだと思う。
「あっ、ならご飯を食べようよ」
私はマリクが持ってきてくれた
リュックサックの中からお弁当箱を取り出す。
「なんだ、飯の匂いがしてると思ったら、
弁当なんて持ってたのかよ」
「そうだよ。
ほら、マリクこれ持って広げて」
シートを広げる。
外でも汚れないように
こっそり用意しておいたのだ。
「まるでピクニックみたいだね」
笑うフレデに私は
「散歩みたいだって言ったのはフレデだよ」
そう言い返してシートの上にお弁当を用意した。
その様子を見ていたマリクは
何か少し考えていたみたいだったけれど
「マスター、
私はちょっと周囲を散歩してくんぜ」
突然どういう風の吹き回しだろう。
そんなことを言い出した。
「一緒に食べないの?」
「私が食べたら全部食っちまうからな。
久々の森だ、たまには体動かしたいんだよ」
彼女はそう言って、フレデを見る。
「……シェルマリク」
「そういことだ、マスター」
「やれやれ……
君もいつから
そんなにお節介になったんだい?」
「ここ最近のマスターが、
変わったからな。
なら使い魔はその背を押すだけだ」
私にはそのやりとりの意味が
全然わからなかった。
けれど二人は確かに何かを伝えあっていた。
(どうしてだろう……
なんだか、すごく大切なことを
二人は決めた気がする)
マリクは私に向かって
一度ニヤッと笑ってから
凄い跳躍で森の中に消えた。
「2人とも、どうしたの?」
私は首を傾げるけれど、
フレデは気にした様子もなく
シートに座った。
てっきり対面に座るかと思ったけれど、
彼は私の隣に腰かけた。
「……ほんのたった数日だ。
けれど俺は、
この日々を大切に想うよ」
「……?」
鬼火の小さな灯りに照らされた
彼の横顔はとても穏やかな表情を浮かべていた。
「あ、簡単なサンドイッチを作ってきたんだよ。
フランクさんが持ってきたみたいな
上等なモノじゃないけれど……」
私は箱を開ける。
そこには形は綺麗にできたけど、
質素な具のサンドイッチ。
野菜に、ハム、タマゴ。
ありきたりなモノばかり。
「はい、どうぞ」
私は手渡しでタマゴサンドを渡す。
フレデは「ありがとう」と
言いながら受け取って口に運んだ。
「……うん、美味しいよ」
飾り気のない言葉。
けれどそれが私には嬉しかった。
「みんなで食べようと思って
たくさん作ったから好きなだけ食べてね」
「ああ、頂くよ」
彼はなんだか、
何か確かめるようにゆっくりと、
一つ一つ噛みしめて食べる。
「うーん、もっと色んな具入れれば良かったかな」
最近は美味しいモノばかり食べているから
ちょっとだけ物足りないかも。
私はそんな風に思いながら食べていく。
「ミミ」
「……え?」
突然に肩を抱き寄せられて
私はどきっとした。
すぐ傍にある顔を見つめると、
彼は空を見上げている。
しばらく彼は黙っていたけれど、
ポツリポツリ話し始めた。
「ミミが俺のとこに来てから、
たった数日だけれど
君の知らないことをたくさん、
見て、聞いたと思う」
「うん……そうだね。
今まで、私は何も知らなかったから」
私は頷く。
王都の学院という狭い世界で育った私は
フレデ商店に来てから色んな人に出会い、
たくさんのことを教えてもらった。
「きっとその中には……
良いことだけじゃなくて、
知らなければよかったこともあるだろう」
「ううん……
そんなことないよ。
私は、全部を知りたいから」
私も星空を見上げる。
そこにはキラキラと分け隔てなく輝く
星たちが私たちを見下ろしている。
「知れば知るほど……
私は大切にしたいなって思うの」
フレデの肩に頭をこつんと当てる。
それだけで……
なんとなく、
今、彼の抱えている気持ちがわかった。
いつもは気ままに何でも言葉にする彼が、
少し言葉を選んでいる様子がわかる。
私は黙って、待っていた。
「……うん」
彼は一度頷き、
そしてポツリと言葉を紡いだ。
「ミミは……今でも、
あの時と同じことを言ってくれるかい?」
私は、すぐに頷いてあげた。
「うん。
私はフレデの傍でずっと一緒にいてあげるよ」
寂しがり屋のヴァンパイアは
きっと不安になったんだと思う。
いつか私が、他の人のように離れていくことを。
でも私だって同じ気持ちだから。
私を捨てた人たちのように、
フレデが私のことを不要だと思う時が
くるんじゃないかって、
心の底ではいつも不安なんだ。
「だから、
そんなに心配そうな顔をしないで」
フレデ、
あなたは私を初めて
必要としてくれた優しい人だから。
「……ありがとう」
彼が私を抱く腕は、
まるで壊れモノを抱えるみたいな感じ。
だから私は力強く抱きしめてあげる。
しばらく二人でそうやって抱きしめあっていた。
周囲の森の息吹が、
まるで私たちを包み込むように、
静かにざわめいていた。
空に輝く星たちだって、
今なら手を伸ばせばきっと届く。
「ねえ、フレデ」
「……うん?」
「ティスティリア=ローゼ様のこと、
教えて欲しいな」
前に尋ねた時は、
あまり聞けなかった。
だけれども、今、
改めてもう一度教えて欲しいと思ったんだ。
「ティアのことか」
色んな彼女の込められた彼の言葉。
そして彼は聖女様のことを語り出した。




