第四章:Go a long way 05
完全に陽が落ちた森の中は
真っ暗になっていた。
マリクに肩車してもらってるから
気付かなかったけれど、
森に入ってからそれなりに
時間が経っていたみたい。
「こんなに暗いのに二人ともよく歩けるね」
鬼火の灯りしかないから、
私はマリクの足元ですら全然見えない。
だというのにフレデもマリクも
まるで気にしない感じで
ひょいひょいと軽い感じで歩いて行く。
「そりゃおめー、
私たちはそもそも灯りなんて
なくても見えるからな」
「え、そうなの?」
じゃあどうして照らしているんだろう?
「獣避けというのもあるけどね。
けど一番は消してしまうと……」
フレデが手を一振りすると鬼火が消える。
「わっ!」
月明かりもほとんど入らない森の中、
途端に周囲は完全な暗闇に包まれる。
私は思わずマリクの頭にしがみつくけれど、
その頭も見えてなくて手探りだ。
……
今までは気にならなかった鳥や虫の声、
ちょっとした物音にまで敏感になってしまう。
「ミミにとって真っ暗は怖いだろう?」
フレデが指を鳴らすと
また鬼火が生まれて周囲を照らす。
さっきよりいくつか数が多く出て、
その分の明るさが増していた。
「……うん。
ビックリしちゃった」
「人間は暗いと視覚の代わりに
聴覚が鋭くなるからね。
ちょっとしたことでも過敏になって
疲れやすくもなるんだよ」
「そうなんだ。
フレデは人間のことにも詳しいんだ」
「って、プリーズが言ってた受け売りだよ。
薬を作る時の参考になるかと思って、
以前に色々と教えてもらったんだ」
……あのオークのお医者さんは
人間より人間に詳しい気がしてきた。
「マスター、
そろそろ近づいてきたんじゃねーか?
あの冒険者が言ってた通り、
なんか暖かくなってきたぜ」
そういえば歩いてない私も
少し汗ばんできた気がする。
夏とまではいかないけど、
半袖でも十分なくらい。
上着を脱ぐとマリクが
ひょいとリュックに入れてくれた。
「なんだろう。
ニカさんが言ってた通り、
地面から熱が出てきてるみたい」
暖かいせいか、
他のところに比べて草木が青々としている。
そしてしばらくもしないうち、
開けた場所に出た。
「わっ、凄い!」
そこには大きな湖があった。
この話を聞いた時には
もっと小さなモノかと思ってたけど
私の通う学院がすっぽり
入ってしまいそうなくらい大きい。
綺麗な丸い月に明かりで、
キラキラと水面が光っていた。
「シェルマリク、
ミミと一緒にその辺でいてくれ。
俺は先にゲッカの木の実を採ってくるよ。
確かにここならありそうだ」
マリクは私を降ろしてくれた。
湖の周辺は何故だか木々もなく、
綺麗な芝生みたいになっている。
まるで誰かが手入れをしているみたいで
凄く歩きやすい。
月明かりだけでも十分に足元が見えた。
「そうえばミミにこれを渡しておくよ」
採取に行こうとしたフレデが
思い出したかのように何かを手渡してくる。
飾り気チェーンのネックレス。
中央には黒く澄んだ
宝石が埋め込まれていた。
なんだか吸い込まれそうな不思議な感じ。
「綺麗だね。
これを首につけておけばいいの?」
「ああ。
それはお守りだよ。
何か危険なことがあれば
俺に念が届くようになっている」
私は首につけて、
その場でクルッと回った。
「どう、かな?」
最初は装飾も少ないなと思った。
でもよくよく見ると目立たないけれど
花の装飾があしらわれている。
ちょっと私には上品すぎる気もする。
だけど彼は笑って
「大丈夫、似合ってるよ」
そう言ってくれたから、
私は笑顔で頷いた。
「ありがとう」
フレデは満足した表情で
「行ってくるよ」と森の中に消えて行った。
その背が消えるまで見いていた私は、
さてどうしようかなと振り返ると
「マリク!
なんで服脱いでるの!?」
どんな脱ぎ方のをしたのか、
周囲には服がバラバラに脱ぎ捨てられていた。
マリクが体を伸ばしながら
ストレッチをしていた。
「なにって、
そりゃ水浴びするからに決まってるだろ」
服の上からでもとてもスタイルが
良いとは思ってはいたけれど、
脱ぐともっと凄かった。
まるで絵の中から飛び出してきたみたいな
均整のとれた体を惜しげもなく晒している。
「見ろよ、この湖。湯気拭いてるぜ。
目の前に温泉があるんだ、
温まって行かねぇ理由はないだろ」
上機嫌そうにふさふさの尻尾を振りながら
湖畔に近づいて行く。
「それにほらよ、先客もいるみたいだしな」
「え?」
指差す先には頭にタオルを乗せて
お湯に浸かっている女性。
「やっほー。
私もまた来てしまったっす」
この場所を教えてくれた冒険者のニカさんが
上機嫌にそうに手をひらひら振っていた。




