第四章:Go a long way 04
「わあ……広い」
程なくして馬車は王都から出る。
そこに広がる光景に
私は思わず身を乗り出していた。
「そう?
何にもないと思うけどな」
きっとトラにとっては
見慣れた光景なんだと思う。
けれど王都の外に初めて出る私は
物珍しさにきょろきょろしてしまう。
王都の周囲は一面の畑。
私たち馬車が走る踏み固められた公道の
左右に畑は広がっている。
2メートルくらいの柵で覆われて
いくつもに区切られているのだけれど、
その大きさがバラバラで
まるで迷路みたいに広がっていた。
「……所有者ごとに分かれている」
店主さんがポツリと説明してくれる。
「バラバラなのは他国と戦争になった時に、
少しでも足止めになるようって話らしーぜ。
まあ魔族からすりゃこんなモン、
まるで意味とかねーけどよ」
適当な箱を枕にしてゴロンと寝転がる
マリクは退屈そうにしていた。
ちなみにそれは保冷にすぐれた箱らしくて
魔法で凍らせた肉をそこにいれて持って帰るらしい。
馬車の中には大小の色んな箱が山積みになっていた。
「でも王都まで攻められたことなんて
一度もないからこんな風に、
収拾のつかない迷路みたいになってしまった……
そう聞いています」
「……もっときちんと整理した方が
便利に思えるけどなぁ」
私の素朴な疑問にガロは
「さあ?」と興味なさそうにしていた。
「俺はこういうのは好きだけどね。
パズルみたいじゃないか」
フレデだけは楽しそうだった。
馬車はガタガタと走り続けて、
2時間くらい経ったと思う。
やっと森の前に到着した。
目の前に広がる森は
木々や草がうっそうと茂って薄暗い。
「……想像していたのと、
ちょっと違うなぁ」
私は思わずぼやいてしまう。
「小鳥がさえずり、
木漏れ日が差し込む
幻想的なモノでも想像していたのかい?」
「うん。
そして中には眠り姫がいるの」
馬車を止めた店主さんが笑う。
「……トラを初めて森に連れてきた時、
『お肉いた!』と
ウサギを素手で捕まえてきたな」
「とっちゃん!
私、そんなことしてないし言ってないからな!!」
随分とお転婆だったみたい。
……なんだか今の姿から
簡単に想像できるけれど。
店主さんは籠を背負い、
手にはビックリするほど大きい剣を持っていた。
多分、私より大きいんじゃないかと思う。
分厚いし、相当な重量なんじゃないだろうか。
飾り気のない無骨なデザインだけれど、
店主さんにはそれがよく似合っていた。
トラは後ろに空箱を大量に背負い、
父親の後についていく。
「……それじゃ、フレデさん」
「ああ、留守番にガロを置いていくから
もし先にそちらが終わったら
彼女に言ってくれればいいよ」
「……助かる」
そういって親子は森の奥へと消えて行った。
その背中を見送ってから私は尋ねる。
「一緒には行かないの?」
「彼らの邪魔をしてはいけないからね。
俺は採取はいいけれど、
狩猟はしたことがないからさ」
そういうものらしい。
私も馬車から降りて歩こうとすると、
後ろからひょいと抱えられる。
もう既に一度同じことをされているので
今度は慌てずに済んだ。
「よっと。
まあ、私は狩りの方が得意だけどよ」
私を担ぎ上げたマリクが
荷物を背負いながら一度伸びをする。
私はポスンと彼女の肩に跨った。
「そういうわけで頼むよ、ガロ」
「わかりました、主様。
ゆっくりしてきてくださいまし」
そう言って屋根から飛び、その姿を変える。
ドシンッ!
物凄く重たい音をしてガロは着地した。
それは典型的な「ガーゴイル」の姿。
恐ろしい獣の胴体に、
大きなコウモリのような翼。
ただの置物でないことは
爛々と輝く真っ赤な瞳ですぐにわかる。
こんなのが近くにあったら、
さすがに馬車に近づこうとする人も獣もいないと思う。
「なんだか、馬車なんかなくても
ガロに乗った方が飛べて早そうだね」
「ふふっ、
石だから乗り心地はよろしくなくてよ」
羽をパタパタと振って彼女は見送ってくれる。
フレデを先頭にマリクとその肩に乗った私が続く。
「――灯りよ」
まだ陽は沈みかけだから外は十分に明るいけれど、
やっぱり森の中は薄暗い。
フレデの周囲に舞う3つの鬼火が
ゆらゆらと周囲を照らしてくれる。
一応は獣道を通ってるのだと思うけれど、
私はもうどこが歩けるのか、
どっちへ進んでるのかすぐにわからなくなっていた。
「店主さんとトラ、
こんなところで大丈夫なのかな?」
マリクが私にぶつかりそうだった
邪魔な枝を払い落す。
結構太かったのに、
手を一閃するだけで切断されて
遠くへと枝は飛んで行った。
「店主は魔法使いだからな。
このくらいは平気だろうよ。
それに獣くらいに
遅れをとるようなヤワな体じゃないしな」
さっきのでっかい剣を思い出して
確かにそうだなぁと思う。
魔法使いっていうより、
完全に肉弾戦をする傭兵みたいな感じ。
「ねえ、フレデ」
そこで私は今更聞けないことを尋ねる。
「私、魔法ってよくわからないんだけと。
教えてほしいな」
たまに誤解をされるのだけれど
私たち聖女の末裔は魔法を使えるわけじゃない。
教えてもらうのは、
体の中から「女神の力」を放出する方法だけ。
そう、ただそれだけなんだ。
女神様の力は火が起こせるわけでもないし、
風を吹かすことができるものでもない。
正直、私が短い人生の中で便利だと感じたのは
フレデの家でのキッチンの時だけだったりする。
「魔法か……」
フレデは少し思案するように顎に手を当てる。
「まず最初にはっきりさせておくと、
俺たち魔族が使う魔法と
人間たちが使う魔法は別物だよ」
彼が手を振りかざすとつむじ風が生まれ、
進行先に生い茂っていた草を切り取り
歩きやすいように道を開いて行く。
「俺たちは体の中にある魔力を力を変える。
種族により魔力の有無も違うし、
また魔法の種類も違うからできることも違う」
ふんふんと私は頷く。
「対して人間は周囲に存在する魔力を行使する。
たまに例外はあるけれど
人間は体に魔力を持たないからね。
既にあるものに干渉して具現化する」
鬼火が私の前をゆらゆらと飛ぶ。
私が触れるとひゅんっと消えてしまった。
「それは俺の中から生まれたもの。
もし人間が火を灯すのならば
それは周囲にあった魔力を
火に変えてるってことさ」
消えてしまった鬼火を
フレデはまた手の平から生み出す。
「ミミたちが持つ女神の力は
魔族の魔力を無効化することに特化している。
けれど、人間の魔法に対しては逆に無力なんだ。
似ているようで完全に別物だからね」
私は学院で聖女様の末裔という存在が生まれた理由と
どれだけ尊い存在であるかは学んだ。
だけれども、私たちの「立ち位置」について
ちゃんと教えられていないと今更気付いてしまう。
私のそんな気配を察したのか
マリクは肩を竦めた。
「そもそも人間の魔法ってのは
同族同士の争いで生まれたモンだからな。
魔族には遠く及ばない力でも、
同じ人間には効果覿面ってわけだ」
「……なんだか、変な話だね」
私は魔族に対して一致団結して
人間は立ち向かっていたのだと教わって育った。
けれど現実はそうじゃないみたい。
だってそうなら、
魔族と戦うために
もっと手段を生み出していたはずだから。
「……そうさ、きっと人間とって一番怖いのは
俺たち魔族なんかより同じ人間なんだと思うよ」
魔族に対して唯一、
対抗出来うる存在として生まれた聖女様は、
どんな想いだったんだろうか。
「人間ってのは、なんつーか、
めんどくせー種族だよな」
マリクが何かを私に差し出してくる。
それはいつの間に採ったのか、
甘い香りのする淡いピンクの果実だった。
「さっき見つけたモルアだ。
うまいぜ、食うか?」
手渡されたそれには
豪快に齧った跡があった。
「うん、食べる」
私も笑いながら受け取り、
シャリっと音をたてて齧る。
「あっ、これ凄く美味しい」
戦争だとかそんな話はわからない。
でみきっと美味しいモノを
素直に美味しいと言えないみたいに、
そうやってしがらみが増えていくと、
争いが起きてしまうかのなと思ってしまった。




