第三章:Share and Share 05
「あれ、プリーズさん?」
薬を持って肉屋に戻ると、
風邪をひいた時に診察してくれた
オークのプリーズさんがいた。
「フレデ様、お嬢様。
戻られましたか」
白衣は着ておらず、
今日は休診日なのか
青いお洒落なオーバーオールを
ピシっと着こなしていた。
頭の頭髪もピシってセットしてるあたり
とても身だしなみに気を遣ってるオークだと思う。
……それにしても
できれば私のことをお嬢様って呼ぶの
やめてほしいんだけどなぁ。
「ああ、店主を診ていてくれたのかい。
休みの日だというのにすまないね」
「いえ私も偶然、通りかかっただけなのですが、
シェルマリク殿に捕まりましてな。
モノのついでに痛み止めを飲ませておきました」
さすがはお医者様、
知り合いにいると本当に便利だなぁと思う。
「アンタ、薬はできたのか!」
私たちに気付いたトラが慌てて飛び出してきた。
「うん、薬は出来たから大丈夫だよ」
私が「はい」と巾着に入れた薬を手渡す。
彼女は「良かった……」と言いながら、
へなへなと床に座り込んだ。
「これを飲ませれば治るんだな!」
そういえば飲み薬なんだろうか、これは。
私が視線でフレデに問いかけると
彼は首を振って
「それは飲ませるんじゃないよ。
座薬だからね」
「……座薬?」
「腸からの方が効率行く解毒できるからね。
あ、できるだけ奥の方に入れないと、
効果は薄いから……」
懐から細い棒を取り出した。
「これで奥までいれるといいよ」
手渡されたトラは
しばらく言われた意味が
わからなかったみたいだった。
私も、自分が初めて作った薬が、
お尻に入れる薬でなんだか複雑。
座薬もちゃんとした薬だってわかってはいても、
なんだろう、
それを笑顔で手渡ししてしまった私のこの気持ちは。
「……」
やっと意味を理解したトラが振り返る。
話を聞いていたのか
そこには這いつくばって
逃げようとしている店主。
プリーズさんが薬を飲ませたお蔭で
意識は戻っていたみたい。
「とっちゃん!
ズボン脱いで!」
「やめろ……
娘にそんなことをされるくらいならいっそ……」
「ダメに決まってるじゃないか!
せっかく薬作ってもらったんだからさ!」
「あ、やめ……やめろ……」
逃げる父に上から平然と跨る娘。
抵抗できないのをいいことに
ズボンを脱がし
「わっ」
私は見てはいけないと後ろを向く。
そして
「せいや!」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
凄まじい獣のような咆哮が市場に響き渡った。
私は聞かなかったことにして、
「めでたしめでたし」とぽんと手をあわせた。
「そういえばマリクは?」
留守を頼んでいたはずのマリクが
先ほどから姿が見えない。
「ああ、シェルマリク殿なら……」
するとなんだか店の奥で
バタバタと激しい音がする。
「こら、やめろ!
てめ、尻尾を引っ張るな!」
「わは、気持ちいい!」
マリクの鬱陶しそうな叫びに、
凄く幼い子供のはしゃぎ声。
何だろうと覗きむと
裏から出てきたのは……
「パパ!
お犬さん!」
プリーズさんと同じ白い髪の女の子だった。
前に奥さんが人間の人って聞いたから
多分、この子は娘さんなんだろうけど……
「すごく……可愛い」
てっきりオークの子供でも出てくるかと思ったら、
びっくりするくらい可憐な人間の女の子。
幼い子でまだ10歳にもなってないと思う。
間違いなく父には似ていないであろう、
天使みたいに整った顔立ちに華奢や体つき。
そして耳だけは顔の横にはなく、
頭の上に平たい耳がペタンと垂れていた。
それがまた可愛くて、
なんだかとてもズルい気がした。
「サラネ。
シェルマリク殿が嫌がっているでしょう。
ほら、抱っこしてあげるから離しなさい」
「はーい」
サラネちゃんをプリーズさんが抱き上げて、
マリクに頭を下げた。
「すみません、シェルマリク殿。
久々に一緒に買い物にきて
はしゃいでしまったようで……」
さすがに小さい子に怒るのも
大人気ないと思ったのか、
マリクは後ろ足でガシガシ
耳の裏を掻きながらそっぽを向く。
そして「先に帰ってるぞ、マスター」と
そそくさと走って行った。
「アンタたち、ありがとう。
とっちゃんの様子も落ち着いてきたよ」
座薬を突っ込んで寝かしつけてきた
トラが戻ってくる。
その手元には大きな深底のお鍋を持っていた。
「とっちゃんがあんな状態だから
すぐには薬代出せないけれど……
良かったらこれ食べてよ」
私が受け取ろうとすると
彼女は首を振ってフレデに渡した。
「おっと……重たいのか。
これは確かにミミでは無理だね」
プリーズさんが慌てて
サラネちゃんを肩に乗せて、
「私が持ちますゆえ」と
フレデから鍋を受け取った。
蓋を開けて見ると
「わあ……ビーフシチュー?」
食欲をそそる香りの
ビーフシチューだった。
深い鍋にたくさん入っている。
具材も肉だけでなく玉ねぎやニンジン
ブロッコリーなどたくさん入っていた。
「コーレリック国産の
珍しい牛が手に入ったから、
コラーゲンたっぷりの
すね肉を朝から煮込んでいたんだ。
どうせとっちゃんも食べれないしさ、
良かったらみんなで食べてよ」
目を輝かせる私とサラネちゃん。
「そういえば晩御飯の買い出しに
来たんだったね、私たち」
ばたばたしていて今更に思い出した。
でも肉屋さんの作った
豪勢なビーフシチューが手に入ったから
これは結果オーライ。
「今日はサンキューな!」
トラが手を振って見送ってくれる。
シチューによくあう
堅めのパンも買って家路へつく。
「そう言えばプリーズ。
君の奥さんは今日はどうしたんだい?」
「ええ、出版ギルドの方に
打ち合わせで遅くまで行っておりまして。
なので今日はこの子と2人だったのです」
「ママね、また新しい本出すんだよ!」
サラネちゃんも嬉しそうに話す。
「なら一緒にうちで食べないかい?
これだけの量のにシチュー、
ちょっと俺たちでは多いからね」
フレデはそう提案するけれど、
プリーズさんは遠慮がちに首を振った。
「お気持ちはありがたいのですが、
私ごときがフレデ様と
同じ食卓を囲むのはさすがに……」
そういうものなのだろうか。
でも食卓は賑やかな方がいいに決まってる。
「ねね、サラネちゃん。
お姉ちゃんたちと
一緒にシチュー食べない?」
じゃあ、私が誘ってあげるのが一番だ。
「うん、食べたい食べたい!」
すぐに頷いてサラネちゃんは
バタバタと足を動かす。
「お嬢様……しかし、それは」
「プリーズさんには
私からもお礼をしたかったの。
前に私も看てもらったから」
私が笑顔で顔を覗き込むと、
プリーズさんは少し困った表情をしていたが
「そういうことだよ。
ミミも言い出したら一直線だからね。
たまにはそういうのも、いいだろう?」
フレデの言葉に頷いた。
「そこまで仰って頂けるのでしたら。
サラネ、失礼がないようにしなさい」
「はーい!」
サラネちゃんの元気な声に
私はフレデと顔を見合して笑った。




