第三章:Share and Share 02
おばあさんを見送った後は
本当に閑古鳥が鳴いている感じだった。
「ふう……」
あらかた整理も終わってしまい、
後は手書きで値札つけるくらい。
薬が綺麗に並んでるから、
それもすぐに終わってしまうので、
今はのんびりと進めている。。
マリクは部屋の隅でごろんと寝息を立てていた。
こうしているとホント、ただの犬にしか見えない。
クレアリックさんたちは
そろそろ店の準備があるからと既に帰っていた。
店内はしんとして、
外からの喧騒が小さく聞こえてくるだけ。
陽も少し傾いてきて、
もうしばらくしたら暗くなるかなと思う。
「やっぱり人が来ないなぁ……」
こういう静かな時間も嫌いじゃないけれど、
ここは一応曲がりなりにもお店なのである。
だから少しは人が顔出してくれるようにしたい。
「ナターシャに薬を売るついでに
宣伝もお願いしているから
少しくらいは顔を出す人が来てもいいのになぁ」
私はうーんっと体を伸ばす。
そろそろフレデも起きてくる頃かな?
「お嬢ちゃん、暇をしているみたいだね」
私が欠伸をした時に突然に声をかけられた。
慌てて口を手で押さえて立ち上がる。
「ああ、そのままで構わないよ。
朝は済まなかったね」
そこにいたのは鼻水を
飲まされたおばあさんだった。
朝の様子とはうって変わって、
凄く調子が良さそうだった。
服装も少し厚手のコートに着て、
シャンとした感じで立つ姿はなんだか役人さんみたい。
今は和らいだ表情をしているけれど、
元々が厳しい目つきだし、
案外本当にそうなのかも。
「すっきり舞い上がって
支払いを忘れてしまうとはね。
歳をとると耄碌していけないよ」
カウンターに硬貨を並べる。
銀貨が3枚、金貨が2枚……
「これくらいでいいかい?」
私は慌てて金貨と、あと銀貨を1枚返す。
「え、そんなにもらえないよ!
あれはそんなに高くない薬だから!」
「そうかい?
診察料と支払わずに
出て行ってしまった詫びを含んでいるんだがね」
「そんなのはいいの!
おばあちゃんが元気に
なってくれただけでいいんだから!」
そう言うと、
おばあさんは私を少し値踏みするように見て
ふっとどこか楽しそうに笑った。
「お嬢ちゃんは面白いね」
面白いって何がだろう?
私がきょとんとしていると、
「バラネン様。
全く……元とはいえ
ロイヤルガードの副団長を務められた方が
食い逃げならぬ
飲み逃げするとはどういうことですか?」
新しい声。
入口に視線を向けると、
もう一人、男の人が入ってきた。
長身の男性ですらりとした綺麗な立ち姿に、
ピシっとした鎧を着こなしている。
無駄のない体つきで、一つ一つの動作が
まるで流れるように洗練されている。
少しくすんだ青の髪は
後ろで綺麗に切り揃えられていた。
凄く格好が良い人で、
なんだか街で歌う吟遊詩人のような優雅さがある。
けれどそんな容姿とは裏腹に
まとうオーラはどこか厳格なモノで、
私はちょっと話し辛そう……
というのが第一印象だった。
「あなたは……?」
その鎧は最近見たことがある。
そう……
「二日ぶりですね。
私はフランク=ビスク。
私どもの身内がご迷惑をおかけしました」
マリーが着ていたのと同じデザイン。
勿論、男女で少し違うけれど、
肩に縫い付けられた盾の紋章……
「ロイヤルガード」の人だ。
「……一昨日?」
私が首を傾げると、
そこでフランクさんはコホンと咳払いし、
「失礼、こうして顔を見せるのは初めてでしたね。
私はマリー=クリシュナーダと
同じ馬車に乗っていたのですよ。
マリーから貴方……
ミスティミリア=アイネル殿の
ことは聞かされています」
「は、はあ……」
マリーの上司の人らしい。
マイナ様ほどではないけれど、
これはまた雲の上の人が来たものである。
「少し、貴方のことを知りたくて、
せっかくなのでバラネン様に同行させて頂きました」
「ふん。
私をダシに使うとは坊主も偉くなったモノだね」
悪態をつくバラネンさん。
それに取り合わずフランクさんは
整理したばかりの店内を見回し
「ほう」と小さく感嘆の息を漏らした。
「これは貴方が整理を?」
「ううん、みんなで綺麗にしたんです。
ね、マリク?」
寝転がっていたマリクの背中を撫でると
なんだか嫌そうに体をよじっていた。
明らかに起きてるのに、
話し合いに関わり合いたくないのか
不貞寝を決め込んでいる。
そんな私をフランクさんはどこか探るように見ていた。
なんだろう?
「坊主、私はもう用事は済んだ。
先に行ってるよ」
バラネンさんがこちらに向き、
「ありがとうね」と笑って手を振ってくれた。
なんだかぶっきらぼうな
おばあさんだなと思っていたけれど、
私に向けた笑顔は優しげだった。
「ミスティミリア殿は数日前から
ここで実習を始めたと伺ってますが……
どうですか?」
どうですかって聞かれても
何て答えたらいいかわからないよね。
私は深く考えずに
「楽しいですよ。
ここにいる人たちはみんなよくしてくれますし」
マリクに「ねー」と言って同意を求めるが、
ふんっとそっぽを向いたままだった。
屈んでお腹を掻いてあげると、
気持よさそうなのが隠せてなかった。
(本当に何なんだろう……)
フランクさんは
やっぱり私をまるで見定めるみたいに見ている。
マリーがもしかして、
変なことを言ったんだろうか。
そもそもロイヤルガードの人が
私に会いに来たというのも変な話。
でもきっとフレデに関わることなんだろうなと
それくらいは私にもわかる。
「ふっ」
そこで店に来てからずっと
どこか冷たそうな表情をしていたフランクさんが、
表情を崩して初めて笑った。
(笑うと随分と印象が変わるなぁ)
ギャップ、という感じ。
難しい顔をしている人が
突然に柔和な表情になると雰囲気ががらっと変わる。
「無礼なことをしたのを許してください。
貴方もここが『少し』特殊な店であると
ご存じでしょう?
ですから職業柄、気になってしまったのです」
フランクさんは笑顔を浮かべたまま、
近づいてきて膝をついて屈んで
「ミスティミリア=アイネル殿」
視線をあわせて私のを顔を覗き込んできた。
「あ、あの、その……近いんですけど」
「先ほどまではフレデ商店で実習をしている
聖エアリア学院の生徒、として見てましたが……」
白い手袋をつけた手で、
そっと頬に手を当てられる。
「今は……
ミスティミリア=アイネルという少女が、
私はとても気になっています」
「え、え、え?」
まるでキスでもされてしまうかと
勘違いしてしまいそうな距離。
「よろしければ、この後、
一緒にディナーをどうですか?
私のお勧めの店があるんですよ」
ふさっ。
パニックになる私を救ったのは、
マリクの長いふさふさの尻尾だった。
まるでフランクさんを顔を叩くようにパタパタする。
フランクさんは慌てて立ち上がって離れた。
「フランクさん。
ロイヤルガードの騎士団長ともあろう方が
初めて会った少女を口説くのは感心しないよ」
呆れたような口調で店に入ってきたのはフレデ。
「起きてたんだ。
おはよう、フレデ」
「ああ、おはよう。
ミミ、随分と店を綺麗にしてくれたね。
ありがとう」
優しい笑みを向けてくれて、
手を引き立ち上がらせる。
私は無意識のうちに、
フレデの後ろに隠れていた。
「すまないね、
うちの店は従業員へのナンパは禁止なんだ」
「連絡もなしに突然に訪問してしまい、
すみませんでした、フレデ殿」
フランクさんはそう言って頭を下げ、
「けれど、魅力的な女性がいたら
お近づきなりたい気持ちは
察してはもらえませんか?」
笑いながらそこは譲れないとばかりに言い返す。
そんな彼の発言にきょとんとしたのはフレデ。
「ここまで機嫌がいい君を見たのは初めてだよ。
意外だね、君はもっと堅物だと思っていたのに。
随分と積極的なんだね」
どうやらフランクさんは普段は、
こんな風ではないみたい。
そうだよね、最初店に入ってきた時は
もっと厳しい表情をしていたし。
フランクさんは胸に手を当て、
そっと目を閉じる。
「信じてはもらえないでしょうけれど、
これでも私は女性を
ディナーに誘ったのは人生で初めてなんですよ。
慣れてないモノで、少し性急過ぎましたね」
目を開けて私に向き直り、
頭を再び下げた。
「ミスティミリア=アイネル殿。
失礼しました。
けれど、私は決して冗談で言ったのではないと
それだけは信じてください」
「は、はあ……」
もう私は頭の中がぐちゃぐちゃで
何て言えばいいかわからなかった。
「フランクさん。
君の用件はわかっているけれど、
見ての通り『問題ない』だろう?」
「ええ、私も少し過剰に
反応してしまったと反省しております。
気分を害されたなら申し訳ありません」
「構わないよ。
それが君の仕事であるのは
俺も理解をしているからね」
「ご理解、感謝します」
そう言ってコートを翻して出て行こうとする。
「あの!」
私は背中を呼び止めた。
「……?
どうされましたか、
ミスティミリア=アイネル殿」
精一杯の笑顔を浮かべて私はこう告げた。
「せっかくだから、何か買っていってくれませんか?」
だって、せっかく新装オープンしたのに、
お客さんがバラネンさんだけだと寂しい。
ここでフランクさんが帰ってしまったら、
今日の売り上げが1件だけになってしまう!
「はは……」
一瞬、何を言われたかわからない顔をしていた
フランクさんは、堪えきれなくなったように
「はははははははははは!」
大爆笑をした。
クールな見た目の人が、
もうなりふり構わず笑ったことにびっくりした。
「ミスティミリア=アイネル殿、
本当に貴方は素敵ですね!」
褒められているのかよくわからないけれど、
フランクさんが機嫌がいいのだけはわかった。
「わかりました、
栄養剤みたいなのを頂けませんか。
最近疲れが取れなくて困ってるんです」
フレデは私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。