第三章:Share and Share 01
プリーズさんのくれた薬が効いたのか、
翌朝にはすっきり元気になっていた。
それどころかなんだか前より調子が良い気がする。
丸一日ぐっすり眠っていたけれど
今日は幸いにも休日、
学院にも行かなくてもいい日だ。
普段なら寮でごろごろしていたかもしれない。
でもそんな私にはもうさよならをしたんだ。
気合を入れて店舗に足を踏み入れた。
「あんま張り切り過ぎて、
また倒れんなよー」
マリクが欠伸混じりに床で寝転がっている。
「うん、心配かけちゃったしね。
無理しないようにするから」
「マスターを朝から働かせた人間は、
お前が初めてだぜ……ったく。
滅多なことでは朝から動かねーし」
それだけ心配してくれたことに
心が温かくなる。
今日はもう朝から
寝たままぴくりとも反応しなかったけれど。
「んで、何するつもりなんだ?」
私は頷いて今日の方針を発表する。
「商品を陳列します!」
ピシっと店内を指差す。
マリクはきょとんと首を傾げる。
「商品、並んでんじゃねーの?」
私は首を振って、壁の商品棚に近づく。
一つ薬瓶を手に取り尋ねた。
「これは何?」
「胃薬」
「じゃあこの隣のは?」
「虫除けの芳香剤」
「で、その下のは?」
「ドラゴンの鼻水」
私は、うんと頷いた。
「こんなにバラバラだったら
私だけじゃなくて、
お客さんも何があるのかわからないよ」
鼻水とか何に使うすらわからないけれど。
「それに値段だって決めないと。
薬で時価とか言うつもりないよね?」
マリクは興味なさそうに鼻息をはふーとつく。
「そういうもんなのかねぇ」
「そういうものなの!」
そこで私は「じゃーん」と効果音をつけながら
用意していたメモ帳を取り出す。
「ナターシャにリストを作ってもらったから、
今日はきちんと並び替えるの!」
逃げようとしたマリクの尻尾を掴んで引っ張る。
「いたたっ、おまっ、
高貴なワーウルフの尻尾をぞんざい扱うとか、
信じらねぇことするな!
食い殺されてぇのか!」
「マリクには朝、ご馳走用意したでしょ!
あれは前払いのご褒美なんだからね」
「なんか随分朝から豪華だと思ったら……
後出しとかさすがに卑怯じゃね?」
不満そうに言いながらも
仕方ないといった雰囲気で立ち上がった。
「シェルマリク、
貴方はもう少し使い魔としての自覚を持つべなのです」
そこで聞き覚えのある少し甲高い声。
窓からふよふよと飛んで入ってきたのは
黒い髪の小さな妖精。
「クレリエッタかよ。
俺はこいつの使い魔になった覚えはねーし」
「そんなこと言ってると、
フレデ様に怒られるのですよ」
傍にやってきてペコリと頭を下げる。
私も慌てて頭を下げた。
「クレリエッタさん、この前はありがとう。
なんだか色々と用意してもらっちゃって」
「私はきちんとお代をもらったので礼は不要なのですよ。
それに貴方、
ミミに喜んでもらえたようで何よりなのです」
そこで彼女は私の持つメモを見て頷き、
「暇だったのでお手伝いにきたのですよ。
人手はあるにこしたことがないのです」
振り返ると、
別の妖精たちが3人ちょこんと窓に座っていた。
みんなを足をぶらぶらさせて私のことを見ている。
妖精に人手といってしまっていいのかわからないけれど。
私はありがとうと頷く。
……暇っていうのはきっと嘘。
でもそれを聞くのは無粋かなと思うから。
それに薬のことは全然わからないので、
少しでも手伝ってもらえると助かる。
「それじゃあまずは種類ごとに分けて、
薬の名前を張っていこうよ」
予めカテゴリーはリストの中で分類してる。
私は見ても薬のことはわからないのでマリクと、
クレリエッタさんたちは
4人チームでふよふよ薬を並べ替えていく。
もっと凄い時間がかかると思っていたけれど
ナターシャがほとんど薬を持っていったことと、
人手が多いからとてもはかどる。
「薬って結構色んなモノがあるんだね」
それにしても本当にたくさんものがある。
マリクはあんまり興味がなさそう、
一つ一つ薬のことを教えてくれる。
「何にでも効く薬とかあれば便利なのにな。
それ一つで害虫が吸ったら死ぬし、
人間が飲んだらどんな病気も治るとかよ」
「なんかそれはそれで怖い薬だなぁ」
そんな感じでほどほどに作業が進んだ時に
「あの……」
小さい声が聞こえてきて振り返る。
そこにいたのは腰の曲がったおばあさんだった。
綺麗に染まった白髪を後ろでまとめていて、
どこか気難しそうな表情をして目はとても細い。
なんだかちょっと厳しそうな人だなぁと思った。
けどなんだか今は、辛そうな表情を浮かべている
「……」
おばあさんは
飛んでる妖精や喋っている狼にビクッとした。
私には可愛い人形のような妖精と、
文句を言いつつ付き合ってくれる面倒見の良い狼。
でもおばあさんにはどう映っているんだろうか。
「おはよう!」
なら私が頑張ろう。
「どうしたの、おばあちゃん」
椅子を持っていき、座らせてあげる。
歩くのも億劫だったのだろう。
ふーと座って深く息をついた。
「……ありがとうね」
私を見て礼を言う。
その時にちらっと私の髪を見たことに気付く。
(こういう時、聖女様から授かった
ブロンドは安心感があるんだなぁ)
聖女様の血を引く女性の持つ金色は、
一目見るだけでそうだとわかるから。
それだけでおばあさんの警戒心は少し緩んだようだった。
「突然に膝と腰が痛くなってしまってね……」
「それは今なの?」
「ええ……それで家まで歩けそうになくて。
ここは、薬屋なんだろう?」
「うん、そうだよ」
私はマリクを呼ぶ。
「マリク、どうしよう。
何か良い薬がないかな?」
そんな私にマリクは呆れたようにため息をつく。
「おめーな、そんなのでわかるわけないだろ?
それは単なる関節痛か?
それか風邪とか体調不良による痛みか?
もしかしたら気付かないうちに体ぶつけて
今になって痛んできたのかもしれねー」
「あっ……」
「つまりはだ、ただ痛いってのも、
原因は色々あるんだよ。
クレリエッタ!」
話を聞いていた妖精が苦笑しながら
ふよふよ飛んでくる。
「シェルマリク、
そういう言い方はないのですよ。
すぐぶつくさ文句を言うのは
貴方の悪い癖なのです」
近づいてきたマリクとクレリエッタに
おばあさんは無意識に離れようとしていたが、
そんなことはお構いなしに二人?は近づき、
「すんすん……」
「なるほど……」
マリクは匂いを嗅いで、
クレリエッタはおばあさんの額に手を当てる。
多分、10秒くらいだと思う。
二人は顔を見合わせて頷く。
「今朝はいつもより寒いので、
冷えてしまったようなのです。
体が縮こまって血の巡りが悪くなり
それで痛むみたいなのです」
「体を温めれば、とりあえずは痛みは引くだろうよ。
一応はきちんとした医者に見てもらった方がいいな。
詳しいところまでは私たちはわからん」
突然のことにおばあさんはきょとんとする。
「そんなことまでわかるのかい?」
私も同じ気持ちだった。
臭い嗅いだりするだけでわかるんだ。
「それじゃ、とりあえずはどうしようか?」
私が尋ねると、マリクはうーんと考え、
「鼻水だな」
「え?」
「ドラゴンの鼻水があったろ。
あれを飲めば数日は良くなる」
「でも鼻水なんだよね?」
「正確にはドラゴンの鼻水に似た成分なんだよ」
私は瓶を持ってきた。
ちょっと開けると、少し粘ったとした液体。
うん、ホントに鼻水っぽい。
「飲み辛いようであれば、
それはお湯で薄めて飲めばいいのです」
そこにやってきたのはガロ。
コップを持ってきて
じょろろ……
口からお湯を出してくれた。
(余計に飲み辛くなったなぁ……)
ガーゴイルの口から出たお湯に、
ドラゴンの鼻水を混ぜるんだよ?
私なら絶対飲みたくない。
「そ、それを私に飲ませるつもりかい?」
それはおばあさんも同じだったらしい。
引き攣った顔をしていた。
痛む体に鞭を打って逃げようとしたけど、
クレリエッタたち妖精が小さな体で抑えつけている。
妖精たちは結構力があるみたいで、
ピクリともおばあさんは体が動かない。
「その、おばあちゃん」
「……なんだい?」
かなり警戒して冷や汗を流すおばあさんに
「あの、私を信じてくれないかな?」
膝をついて座り、
おばあちゃんの両手を掴んで見上げた。
「……お前さんを、かい?」
「うん。
魔族はおばあちゃんにとっては怖いかもしれない。
それなら私のことは信じてほしいの」
「……」
「私は優しいこの子たちを信じてる。
だから、この子を信じる私を信じてほしいの」
私の視線にしばらく躊躇していたけど……
「なら、騙されたと思って飲むとするかね。
聖女様の末裔を信じないと私も罰があたってしまう」
頷いてくれた。
「ありがとう、おばあちゃん!」
私は強く手を握りしめて、そして
「クレリエッタさん、今のうちの飲ませて!」
両手を暴れないように抑えた。
「なっ、お嬢ちゃん、そういうことかい!」
「ごめん、絶対土壇場で飲むの躊躇しそうだったから!
鼻水を飲むなんて私も嫌だし!」
「人に自分のことは信じろと言っておいて
私のことは信じてくれてなかったのかい!」
妖精たちがおばあさんに
無理やりコップの薬を飲ませる。
苦しそうに、けれどなんとか飲み干すと
「……ま、まずい……」
しゃがれた声を出した。
私は明るい声で
「これできっと大丈夫だから!
でもお医者さんには見てもらってね」
うんうんと頷く。
騙し討ちをされたおばあさんは
私を恨めしそうに見ていたけれどが
しばらくすると
「お…お…?」
突然、しゅっと立ち上がった。
機敏な動きに私はびっくりする。
「か、体が熱い!」
顔まで真っ赤になって
今にも湯気が出そうだったけれど、
体が痛そうな素振りは全然なかった。
「おお……ありがとう。
凄く調子がよくなったよ。
お前さんたち、疑ってすまなかったね」
しゅっしゅっとなんか体操みたいな動きを始める。
「体が熱い……こうしちゃいられないね!」
そう言って、体の熱を抑えきれないように
ぴゅーんと走って行った。
私たちはその姿を呆然と見送ることしかできなかった。
「凄い効き目だね……」
そして私は気付いた。
「あ、薬のお金、もらってない」
……けれど、喜んでもらえたからいいよね?




