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黒のヴァージンロード  作者: テオ
第二章:Run a household
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第二章:Run a household 09

なんだか浮いてるような、

それでいて沈み込むような……

それにとっても体が熱い。

曖昧な感覚の中、

ふっと落ちてしまいそうな意識を

私はなんとか繋ぎとめた。


「元々、体が強くない子のようですね。

 そこへ疲労がたまって体調を崩してしまった形です。

 フレデ様、ご安心ください、

 ただの風邪なので 先ほど飲ませた薬を

 昼食、夕食にも飲ませて

 後は一日ゆっくり寝ていれば治るでしょう」


なんだか寝る前に体がだるかったけれど、

そっか、風邪を引いてしまったんだ……。

昨日、体を冷やしちゃったから。


「そうか、わざわざ来てもらってすまないね、プリーズ」


ぼーとしたところに声が聞こえてくる。

一人はいつもの優しげなフレデの声。

もう一人は初めて聞く、

なんだか落ちついたバリトンの声で

なんだろう…うまく説明できないけれど、

凄く落ちつきがあって紳士的な声だった。


私は億劫な瞼を無理やりあけると、


「目が覚めましたか、お嬢様」


巨大な豚のような、

いや豚そのものな顔があった。

私がフレデのところに来る前だったら、

間違いなく絶叫していただろうけれど、

今は「ああ、フレデの友達かな」と

すんなり受け入れれた。


私が起こそうとする体を、

まるで包み込むように

そっとフレデはベットに戻してくれる。


「大丈夫だよ、ミミ。

 少し熱っぽいみたいだったから、

 医者のプリーズに診察に来てもらったんだ」


その言葉に、豚さん、

プリーズさんはお辞儀をした。

多分、オークなんだと思う。

けれどオークのイメージってどうしても、

汚い、鼻息が荒い、

そして何より臭いっていう感じなのに

この人?は凄く清潔感に溢れていた。

羽織った白衣は糊がきいてピシっとしており、

頭にちょっとだけ生えた白髪は

丁寧に梳いて綺麗にセットされている。

そして一目でわかる瑞々しいお肌は

大抵の女性になら嫉妬してしまうと思う。

顔は怖いし、お腹も凄い出てるけれど、

それ以外はむしろ街のお医者さんより「それっぽい」。


「……ありがとう」


私はなんとかそれだけ口にする。

感謝の言葉だけは、伝えたかった。

フレデは首を振り、


「喋らなくても大丈夫だよ。

 学院にはガロが欠席の連絡を入れている。

 だから、大丈夫」


大丈夫、そう繰り返して

手を握ってくれるのが凄く嬉しかった。

彼の体温が低いから

手の平から熱が伝わることはないけれど、

でも、私に伝わってくれるものがたくさんあった。


「お優しゅうなられましたな、フレデ様」


「この子に、俺はとても感謝しているんだ。

 それにこうして倒れたのも、

 俺が無茶をさせてしまったから」


優しく頭を撫でてくれるのが、とても心地がいい。


「すまないね。

 君の医院、繁盛していると聞いていたから、

 忙しい君を呼んでよいものか悩んだんだ」


「そのような気遣いはお止め下さい。

 フレデ様のご用命とあらばこのプリーズ、

 いつでも駆けつけましょう。

 我ら『常闇の十傑』は貴方様に

 返しきれない恩があるのですから」


いくつか何か話していたみたいだけど、

頭がぼーとしている私はあまり聞き取れなかった。

話も終わったらしく、

プリーズさんが立ち去ろうとすると、


「お、おい、おめーら!

 勝手に入ってくるな、ちょっと待て!」


マリクの怒鳴り声と、

それとどたばたとした複数の足音。

階下から聞こえてきた音は

階段を登り、私の屋根裏部屋に近づいてきて、


「ミミ、風邪引いて寝込んだって!?」


最初に入ってきたのは一番騒がしいマリー。

昨日見た姿より、

馴染みのある制服姿に元気ハツラツな声。

私はこっちマリーの方がやっぱり好きだ。


「お見舞いにフルーツを買ってきたのだけれど……」


次におずおずと入ってきたのがナターシャ。


「みんな、

 ミミは寝込んでいるのだから静かにした方が……」


最後に入ってきたのがカレンだった。

今の時間はわからないけれど、

まだ学院の授業の時間な気もするのに。


「君たち、病人の前だぞ」


そして三人とも、プリーズさんを姿を見るなり、

ぎょっとした感じで一様に体が浮いたのを見て、

私はついくすっと笑ってしまった。


「プリーズ、せっかくミミの友達が

 見舞いに来てくれたんだ。

 あまりそう睨まないであげてくれ」


「フレデ様……申し訳ございません」


その紳士的な声に、

逃げようとしていたマリーは「あっ」と声を上げて


「あなた様は、ももももももしかして、

 あ、あの王国一の名医と名高い、

 『素敵色パラダイス医院』の院長、

 プリーズ=ラッタ=セレスティ様!?」


わなわなと驚きながら指差すのを、

カレンは「馬鹿、失礼だぞ」と指を降ろさせていた。


「プリーズ。

 俺は医院の名前までは知らなかったよ」


「……妻が、名付けたのです」


耳を下げて項垂れる姿に、

なんだか少し可愛いと思ってしまった。

ところで素敵色って何色なのか

私はとても気になったのだけれど、

声が出なかったので諦めてしまう。


「そうだプリーズ、

 診察料を払わないといけないね」


「フレデ様、冗談はお止め下さい。

 貴方様からお代を頂くなど……」


プリーズさんは言いかけて、

私のことを心配そうに見ていた三人に気付き、


「厚かましいお願いで畏れ多いのですが、

 売り場の商品をいくつか頂いてもよろしいでしょうか?」


「ん、ああ……いくらでも持っていって構わないけれど」


のっそのっそと歩いて行き、

狭い入口を苦労して強引に抜ける。

そしてすぐに戻って……こようとして、

今度は激しく挟まって動かなくなったのを

ガロとマリクに体を押されながら強引に入ってきた。


「君、そう、礼節をわきまえた君だ」


「え、ええっと……私ですか?」


突然、呼ばれたカレンは戸惑っていた。


「いつも冬になると、

 肌が乾燥するのに悩まされているのではないか?」


「ど、どうしてそのことを……」


「きちんと手入れをしてあげるといい、

 せっかく綺麗な顔をしているのだから」


そう言いながら薄い青色の瓶を手渡す。


「これを一滴、寝る前に塗るといい。

 少し効果が強いから、必ず毎日一滴だ」


「あ……はい、ありがとう…ございます」


いつものカレンなら見知らぬ人からのモノは

受け取らないだろうけど、

マリーが「名医」といっていたからだと思う、

素直にもらっていた。


「次に君、慎ましい君だ」


「わわ……私にもなにか?」


ナターシャがあたふたとして答える。


「最近、『出ない』のだろう?

 これをコップ一杯に溶かし、

 一時間かけて飲むといい。

 一気に飲み干すと大変なことになるぞ」


「わっ、わかりました!」


ナターシャは秘密にしていたのだろう、

真っ赤になりながら受け取る。


「先生! 私には何を頂けるのですか!」


そしてさあ私の番だと元気よく手を挙げたマリーには

プリーズさんは薬ではなく、懐から本を取り出し


「君はもう少し落ち着きを覚えた方がいいだろう。

 私が世間を学ぶ時に使っていた大切な本、

 『豚な貴方も、今日から優麗美麗人気者!』をあげよう。

 私の妻の著書でな、非常に有益なことが書かれている」


「……はい、あ、うん、ありがとうございます」


受け取ったマリーは、

一目見てわかるくらい落ち込んでいた。

マリーが健康体過ぎて渡す薬がなかったのか、

あるいは悪戯心だったのかは私にはわからなかった。


プリーズさんはそのまま三人の背中を押す。

そしてフレデに会釈をした。


「さあ、病人前で騒いではいけない。

 帰りがてら、何か知りたいことがあれば

 私がわかる範囲で教えてあげよう」


その言葉にみんなは戸惑いながらも、

どこか喜びを隠せない顔をしていた。

それはそうだよね、凄い人気の医院の院長先生が

美容のこととか直接教えてくれるんだから。


「ミミ、早く病気を治してね!」


「無理……しないで」


「ごめんね、騒いじゃって」


三人はそれぞれ言葉をくれながら、

プリーズ先生と部屋から出て行った。


その背中を私は、ずっと見つめていた。


「良いオークだろう?

 ブッチの妻は、人間なのだけれどもね、

 彼はいつも自分には勿体ないくらいの

 美人だと自慢しているんだ」


「そう、なんだ……」


みんなが来てくれている間、

ずっと握っていてくれた手。

それをきゅっと握りしめる。


「寂しいかい?」


「……うん」


私は静かになった室内と、

手から伝わってくる感覚に


「うん……うん……」


自分でもよくわからないのだけれども、

頬を、涙が伝っているのが自分でもわかってしまう。


「大丈夫、大丈夫だから」


優しく、割れ物に触れるみたいに、

彼は私を抱きかかえてくれた。


「私がね、体が小さいのも、

 生まれつき弱いからだって、お医者様に言われていたの」


「ミミ?」


きっと、風邪で私は心が弱っているのだと思う。

声は震えて、涙が止まらない。


「お母様も弱かったから、倒れちゃって。

 お父様は『ちゃんとした』世継ぎがいないからって

 怖い人から責められて……」


私が、一人ぼっちになってしまった時を思い出す。


「みんなみんな、いなくなっちゃった」


本当に「たまたま」私は、

聖女様の血が濃かった……

それだけで、今、ここにいるから。


「大丈夫、君は1人じゃないよ」


「フレデ……」


「さあ、薬も効いてきたみたいだ。

 もうおやすみ」


「うん……」


「そうだね……

 ミミが早く元気になれるように、おまじないをかけよう」


そう言って、顔を近づけてくる。


「え……」


そして


――


「おやすみ、ミミ」


額に残った、彼の感触を感じながら

私は深い眠りについた。



第二章:Run a household ~完~


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