第一章:Marriage meeting 10
「あ、炎石がないんだ」
台所に入って、さあ調理だ!と
思った矢先のことだった。
「炎石って、何に使うのです?」
ガロが不思議そうに聞いてくるけど、
火がなければ肉は焼けないよね。
「調理器具とか調味料はいっぱいあるから、
てっきりあるんだと思っちゃってた。
火がないとハンバーグが焼けないなぁ……」
ちなみに炎石っていうのは
擦ると継続的に燃え続ける石のこと。
これをコンロに入れて燃やし、調理をする。
炎石は火加減が難しいけれど料理の基本備品だ。
ガロはやっと私の言いたいことに気付いたらしい。
「ああ、そんなことでしたか」
笑って、ふっと息を吹きかけた。
すると……
「わっ、火がついた」
赤い炎でなくて、それは青白い鬼火。
そうか、普通に魔法が使えるから
炎石なんていらないよね。
魔法ってなんて便利なんだろう。
人間でも魔法か使える人がいるけれど、
生憎と私はさっぱりだから。
「けどこれ、火が強すぎるかなぁ」
その言葉に対して、
待ちきれないのか足元で
尻尾振って待っているマリクが
呆れたような声をあげる。
「おめー、
聖女の血を引いてるならそんくらい調整できるだろ」
「そうなの?」
「ったりめーだ。
聖女の力っつーのは
魔族の魔力に対してのみ特化してるからな。
力を込めてみろ、それで鬼火は小さくできるだろうぜ」
あまり自覚はなかったけれど、
そういうモノらしい。
私は手をかざして意識を集中すると
「あ、消えた」
しゅんっと消えてしまった。
その様子を見て、
ガロは笑ってまた火を出してくれた。
今度はきちんと火加減を調整する。
「すごいすごい!
なんだかすごく便利」
火加減が調整できたら調理もしやすくなる。
私はついはしゃいでしまった。
なんだか人生で初めて
聖女様の力が役に立った気がする。
だって聖女の血を引いてるからといって、
魔法が使えるわけでもないのだから。
マリクが言った通り、
魔族に対してのみ力を発揮できる……らしい。
私には自覚がないのだけれど。
明らかに日常生活で活躍する場面がない。
「おめー、一応は聖エアリアの学生だろーが。
ほら、早く料理しようぜ」
尻尾を振る犬は待ちきれないペットそのものだった。
私は玉ねぎを塩を少しかけて弱火で炒めた後、
ハンバーグのタネを用意する準備に取り掛かる。
ビックボアのミンチに
炒めた玉ねぎとパン粉を入れて、
ツナギにケトゥールという鳥の卵もぽいぽいっと。
「これを混ぜてっと」
塩コショウだけでなく、
隠し味にトウアの木の実の欠片を入れる。
トウアの木の実というのは
ものすご~く高価な調味料なのだけど
無造作にデンッ!と置かれていたので
せっかくなので、遠慮なく使わせてもらった。
あと私はちょっとツナギのパン粉を多めにして、
肉のジューシーさより、
どちらかというと触感を大事にする。
それにフレデさんがどれだけ食べるかわからないし、
ハンバーグの数は多い方がいいよね。
「ほっ、ほっ、ほっ……」
ガロは器用にほいほいっと
両手でタネを投げて形作ってくれる。
鳥から手が生えてることの違和感が凄いけど、
私より綺麗にタネができるのが悔しい。
「後は片面焼いてから、蓋をしてっと」
火加減も調節、これでよしっと。
ついでにおまけでもらった肉で
カルパッチョにすることにした。
包みを覗いてみるとメモと一緒に
小さな小瓶が入っていて、
どうやらカルパッチョにあうドレッシングらしい。
肉屋の娘さんに心の中で感謝しつつ
野菜と一緒に盛り付けをする。
あとはハンバーグが焼けるのを待つだけだ。
けど私は料理に一生懸命過ぎたのかもしれない。
だから
「へえ、何を作ってるんだい?」
後ろに気付いたら立っていた
フレデさんに気付かなかった。
身長差があるからだと思うけど、
まるで背中から抱きしめるみたいに覗き込んできた。
真横にあるフレデさんの顔に私はびっくりする。
それになんか匂いを嗅いでる仕草に、
私の汗の臭いに気付かれないだろうと心配になる。
「いい匂いだね」
それは勿論、料理のことだ。
けど私は顔が真っ赤になっていたと思う。
「ふふっ、主様、はしたないですよ」
ガロの言葉にフレデさんは
「ああ、ごめん気付かなかった」と
笑いながら離れた。
「もうすぐ出来るから」
私はそう言うのだけれど、
フレデさんは台所から出て行く様子はなかった。
調理してるのを見つめられると
普段なら落ち着かないけど、
なんだか今は不思議とほっとした。
調理する私を手伝ってくれるガロ。
出来上がりを楽しみにしてくれているマリク。
そしてそれを穏やかな笑みで見つめているフレデさん。
「なんだか……良いね」
意識した言葉じゃなかった。
けれど、そういう気分。
いつもは1人きりだった。
そう今まで、
誰かのために料理なんてしたことがなかったから。
それをどうみんなは捉えたかはわからない。
けれど、
「そうだね」
と優しい顔のヴァンパイアさんは笑ってくれる。
その顔を見て、私はなんだか泣きそうになってしまった。