第一章:Marriage meeting 09
王都は中心にある王城から放射状に広がっている。
私たちの通う聖エアリア学院は中央部にあるから、
どこへ向かうにも便利な立地。
私には自覚はないけれど、
王国の名門校だから当然かもしれない。
地域に明確な区切りはなくて、
大雑把に東西南北で分けて読んでいる。
裕福な上流階級が拠点とする北部、
人口が多い活気溢れる下町の南部、
商工会やギルドの本部がある東部、
職人や術士の工房が立ち並ぶ西部。
大体がそういう感じで集まっていた。
ちなみにフレデ商店は西部にある。
地区同士を公共馬車が行き来しているので
用事や必要なモノにあわせて行先を決めれば
なんでも揃うのが王都の良いところ。
「やっぱり食材と来ればここだよね」
そんな王都で私が好きなのは南部にある
王都一番の大きな市場「ラインルー」。
食品が多く、ここにくれば大体のモノは揃う。
昼を少し過ぎた時間、
周囲は凄く人でにぎわっている。
王都の台所と言われるだけはあるよね。
「うーん……ビックボアって言ってたよね……」
この市場ラインルーにおいて、
40以上もある
肉屋の店舗ごとの一番の違いは「鮮度」だ。
安い肉でもきちんと血抜きしているとはいえ、
時間が経っているので中々に臭かったりする。
逆に高いモノは気絶した獣を連れてきて、
その場で解体して販売したりするけれど、
私みたいなお金のない子には高くて無理。
余談だけれど、ビックボアとイノシシは別種。
だから肉の保存の仕方も違ったりする。
イノシシは熟成させたりする手間があるけれど、
ビックボアはとにかく鮮度が命だ。
「やっぱり、ほどほどのじゃないと無理かなぁ……
せっかくフレデさんたちに
美味しいモノ食べてもらおうと思ったけれど……」
思わずぼやいてしまった。
独り言だから誰も聞いていないはずだった。
けれど
「ならうまい肉買おーぜ。
お勧めの店を紹介してやるよ」
返事が返ってきた。
思わず周囲を見回すけれど、
私のことを見ている人はいない。
「ったく、どこ見てんだよ」
そして「ほっ」という軽い掛け声が聞こえたかと思うと、
ぽすんと肩になんだか乗るような感触。
「マリク?」
「おうよ、みんな大好きマリクさんよ」
尻尾を振った子犬……ならぬワーウルフさん。
秋の少し肌寒い空気の中、
体温と毛皮が中々に温かい。
嫌がっていた割に、
結局マリクと呼んでもいいらしい。
「何してんだがと思ってたが、
なんだ私に料理を作ってくれるってか~。
仕方ねーなぁ、俺が案内してやる」
素っ気なく言おうとしているんだけれど、
何やら上機嫌なのか尻尾ふりふりしていた。
「でもあんまり高いのは私、お金持ってないよ?」
「馬鹿言うなっつーの。
私がそれくらい出す。
貧乏学生と一緒にすんなよ」
よく見ると首に財布が括り付けてあった。
なんだかお使いを頼まれた犬のようである。
マリクに道案内をしてもらうと、
なんだか怪しい商店へ辿りついた。
「おい、店主!
今日のおすすめの肉をくれよ!」
マリクが叫ぶと
なんだか犬がキャンキャンと
吠えてるみたいにしか聞こえない。
「……あぁ」
後ろ向いて作業をしていた人が振り返る。
「うわっ……大きい人」
多分、200はあるんじゃないかなと思う。
顔を見ようとすると、
私は首が痛くなるくらい見上げないといけない。
スキンヘッドで凄くむきむきの筋肉、
なんだか巨大な包丁も持ってるし、
野盗だなんて言われても違和感がない。
けど怖いと思わないのは
『お肉、大好き!』
可愛らしい文字のエプロンのせいかもしれない。
「シェルマリクさん……
一人じゃないなんて、珍しい」
ちなみにこんなに体格も良すぎるけど
ちゃんとした人間だ、多分。
魔族に嫌悪感を示す人は多いと聞くけれど、
この人は別段に気にしていないようだった。
「おう!
こいつが私たちに料理振る舞ってくれるらしい。
なんかチンケな肉買おうとしていたから、
連れてきてやったぜ!」
店主さんがギョロっとした目で私を見る。
「ハンバーグ、作ろうかなって」
「そうか」
それだけで伝わったらしい。
店主が紙に包まれた肉をいくつか渡してきた。
「わっ、冷たい……」
「おう、ここの店主は魔法使いだからな。
肉が痛まないように魔法で冷蔵してんんだよ。
まあ、その分のお値段はするが、
きちんと処理してるから味は確かたぜ」
一目見ただけで、肉のツヤが違う。
清潔にされているから、
生でもいけそうと思ってしまうくらい。
それに加えてミンチ以外にも何かつけてくれたみたい。
「フレデさんところは、冷蔵施設があったろう。
持っていけ」
ぶっきらぼうな口調なのに手付きは
まるでお花を弄ってるみたいに繊細なのが、
なんだかおかしかった。
「いいねー、
店主のとこの肉はいつ見ても食欲そそるぜ」
フレデさんのことも知っているみたい。
「とっちゃん! これでいい?」
気付いたらマリクの横に、
私より年齢は少し下の少女がいた。
勿論年下でも、
私よりは身長は大きいのだけれど……。
髪を短く綺麗にまとめ、
前髪をパッツンと切り揃えたのが可愛い。
多分、娘さんなのだろうけどあまり似ていないなあ。
彼女はマリクの首のお財布から
いくつか硬貨を取り出して見せる。
けど店主は首を振り、
「トラ、今回は少し」
私の方を見ながら言葉少なに言った。
トラと呼ばれ少女は一瞬考えたみたいだけど、
ああなるほど納得したらしく、
硬貨をいくつかマリクの財布に戻してから
満面の笑みで私に肉の包みを渡してくれた。
「今後もごひいきに頼むよ!」
たぶん、値段をまけるから
次からもよろしくねということかな。
「ありがとう!」
私はお礼を言って受け取り店を後にした。
「マリク、良い店知ってるんだね」
「そりゃおめーより長く生きてるからな。
あの店主がガキだった頃からの付き合いよ」
私が今まで一度も食べたことないくらいの、
高級なお肉にとても良い気分。
これで料理したらどれだけ美味しいんだろう。
その後にいくつか店をハシゴして、
野菜とかも一緒に買い揃える。
調味料はあるのは確認しているから、
料理するにはもうこれでバッチリだ。
私がスキップしそうな足取りで
フレデさんの店に向かって歩いていると
「おめーはもう来ねーと思ってたぜ」
マリクがポツリとそんなことを言い出した。
「どうして?」
狼さんは笑った。
「そりゃ来ると思う方がおかしいぜ」
なんとなく、今日マリクと会った時に、
なんだか上機嫌だったことを思い出す。
私がもう来るつもりがないと思っていたのかな。
そうすると、偶然出会ったと思ったけれど、
もしかしたら私のことを探していたのかも。
マリクはもうその話はおしまいとばかりに、
「ミンチだけじゃなくて、他の部位もあるからな。
なんか他にも作ってくれよ、な。
いつも生で食うから
調理された肉料理とか久々なんだよ」
なんだか色々とリクエストしてくれた。
「マリクはホント、お肉が好きなんだね」
「肉が嫌いな肉食獣なんていねーぜ」
私たちは食べる話に夢中になって家路を歩いて行った。