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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第34節 《地下の実験施設 材料と化すか、施設を潰すか》 2/5

今回もまたシドラオとの戦いになります。確か今回は自分の腕を切り離してそれ自体をリディア達に向かわせるっていうなんか気持ち悪い戦法を取ってたと思いますが、4人は勝てるのでしょうか?









           薬物を取り扱う敵の施設の地下にて


           自身の改造をされるかどうかを賭けての戦いが始まっていた


           実験室までの道中には捨てられた被験体が転がっており……


           責任者且つ、戦闘力も併せ持つ緑の体皮を持つ口が横に広い怪物シドラオ


           そして、ビスタルという存在との関係を明かす為には、シドラオに勝つ以外道は無い








「おいおいなんだお前? スキッドとか言うあの男の話に興味あるのか?」


 緑の体皮と、横に異様に広い口を持つ怪物であるシドラオは自分が出したスキッドという名前に過剰に反応する目の前の敵対者に対し、問う。


 赤い髪を持つ少女が両手に炎を灯していながらも、恐れる事も無くまるで炎で自分に襲ってくる事を誘うかのように一歩踏み出してもいた。


「当たり前だろ。わたしはなぁ、あいつの恋人なんだからなぁ。悪いか?」


 濃い紫のジャケットを着たルージュは、スキッドという名の人物を放置する事が出来ない理由を完結に、そして聞けば確実に誰でも理解が出来るであろう形で答えたのである。


 シドラオの返答次第では真っ先に炎を宿した拳で殴り掛かりそうな剣幕を浮かべていた。




「それはめでてぇ事だ。だったら……」


 シドラオはまるでルージュの神経を逆撫でするかのような態度を見せ、そしてサティアに放っていた為に現在は存在しない状態であった右腕の部分を震わせる。元々は右腕が伸びていた部分が徐々に盛り上がっていくのがルージュの目に入ったはずだ。




――無くしていた右腕を再び復元させた上で……――




「実験体にしてあいつに見せつけてやんねぇとなぁ!!」


 シドラオの右腕は再び伸びた事で完全に復元をさせてしまったという事になるが、腕が元の2本になった所でまた調子が戻ったのか、スキッドの事を気にするルージュに向かって走り込みながら殴り掛かる。


 ルージュの鋭さをとことん象徴させたような橙色の瞳がシドラオの殴り掛かる拳をしっかりと凝視していたが、これは試す為の真正面からの殴打だったのだろうか。


「当たるかよそんなもん! 誰がお前に実験されるかってんだよ!」


 咄嗟にしゃがみ込みながらシドラオのパンチを回避したルージュは、その場で、そして瞬時に足に炎を灯し、しゃがんだ状態からほぼ真下から突き上げるように、そして突き刺すように蹴りを相手の顔面目掛けて放つ。威力は確実に強そうではあったが、シドラオの左腕の肘が受け止めてしまう。




「決まりきった台詞じゃねえか? 今までどんだけその台詞ほざいた奴らが俺の実験体になってくれたか知ってるか!?」


 ルージュの下からの蹴りによる突き上げを受け止めたシドラオはそのまま掴み掛ってやろうとしたのか、ルージュに対して両腕を広げ、強引に接近を試みる。


 そして実験の材料にされる事を拒否した過去の者達は(ことごと)くこの場所で材料となってしまっていたようだが、今回はシドラオの思い通りに進むのだろうか。


「そんなもんどうだっていいわ! じゃあわたしが終わりにしてやるよ! お前の思い通りなんか行かせるかよ!」


 シドラオの掴み掛りをその場の跳躍で回避したルージュだが、降りる前にそのまま身体を捩じり、回し蹴りでシドラオの顔の側面を狙う。




「気合があるねぇルージュったら。じゃあわたしも一緒に終わりにさせてやるかな」


 まだ高所で滞空していたマルーザは、ルージュの一切の怯みも見せずにシドラオに立ち向かう姿を目にし、あの気迫さえあれば敗北の姿を想像する事の方が難しいと感じた可能性すらある。床に降り立つなり、下半身の存在しないその赤黒い影のような肉体特有の地面を滑るように進みながらシドラオの背後を狙い、左手の氷のヌンチャクを吠えさせる。




「やっぱこうじゃなくっちゃなぁ! お前はマチルダ様みたいな味はしねぇだろうけど潰し甲斐はあるよなぁ?」


 シドラオはマルーザの声でなのか、それとも気配を察知したのか、即座に背後を振り向き、両手で挟み込むようにヌンチャクを受け止めてしまう。


 わざと顔面に直撃するリスクが高い防御手段を選択した上で、外見の方でどうしても人間には性的な意味合いだと思われるが、その分野では負ける事をわざわざマルーザに伝えながらも、闘争本能を呼び起こしてくれるとある種の妙な感謝を飛ばしながら、受け止めたヌンチャクの零度が強くなるのを意識し、押し出すようにヌンチャクを離した。


「それは感謝してあげるよ? まあ実現出来るかどうかは別の話だけどね?」


 自分の事を手応えのある戦闘相手として評したシドラオに何だか反射的とも言えるような感謝を飛ばしながら、受け止められてしまった左手のヌンチャクをその場で回し、一度気持ちを整えるかのような素振りを見せた後に再度シドラオを狙い叩き付ける。狙う場所は頭部だ。




「俺には実現させる力があるぜ? 今までも散々潰してきた実績があるからなぁ! 所でお前……」


 力には力を、とでも心で叫んでいるかのようにシドラオは右腕で外から振り回すようにヌンチャクを弾いてしまう。相手はヌンチャクを手放すようなひ弱な姿を見せる事をしなかったが、まるでマルーザの次の攻撃を何とも思わないかのように反対側に位置しているルージュに振り向き、何かを言いたそうに言葉を途切れさせた。


「なんだよ? スキッドの事ならいくら話してくれてもいいぞ。まあのんびりは喋んないんだろうけどな!」


 ルージュはすぐに悟ったのだろうか。自分に対して喋りかけてくるのは、たった1つしか元々存在しないであろう話題を出す為だと、それしか考える事が出来なかったのだろうか。


 マルーザは背後からシドラオを狙っていたが、目を向けていないマルーザの攻撃を少しでも受け止めやすくする為だったのか、右腕を長方形の盾のような形状へと無理矢理変化させていた。それよりも、今は大事な相手であるスキッドの話を少しでも喋らせる事を優先したかったのかもしれない。


 ルージュはその場で少しだけ体勢を低くした上で、足払いをするかのようにシドラオの膝関節を横から狙う。狙う為に使ったのは右足だ。




「スキッドって奴はなぁ、俺のダチを散々あの世に送りやがったんだぜ? 随分非道な奴だと思わねぇか?」


 シドラオは膝関節を横から蹴られたが、効いていたのか分からないような、多少反動で膝を曲げた程度で済ませてしまっていた。それでも言うべき事はその異様に横に広い口から放たれていたが、シドラオ達からすれば、自分達の計画を徐々に潰そうと企む忌々しい相手として捉えていた様子だ。


「アホかお前! 非道なのはお前らだろうが! 変な実験だの改造だのして人間達の事道具みたいに利用してるくせになぁ!」


 掴み掛ろうと左腕を伸ばしてきたシドラオから距離を取るようにルージュは後退する。相手が人間達を自分らの都合の良いように扱おうとする精神を否定するように言い返すルージュに対し、シドラオはしつこく掴み掛ろうと再度左腕を伸ばし、ルージュの右の手首を掴む事に成功してしまう。




「こっちは任務でやってただけだぞ? 自分の都合の為に殺すのはどこでも同じ事だ!」


 シドラオはルージュの右腕を掴みながらその場で力を維持させる。動きを封じながら自分達はあくまでも命令を受けたからそれを果たしているだけだと、そして自分達の正しさを無理矢理にでも証明させる目的で敵対者の命を奪うのは誰であっても同等であると、まるで怒りだけを感情に含めさせたかのように荒げた。


「よく分かんない事言いやがって! お前らの事放置したら無駄な犠牲者が出るからスキッドの奴が頑張ってるって話だろ!」


 相手を(あや)める事で自分を通そうとするやり方には賛成の意を出す事が出来なかったルージュなのだろうか。ルージュの戦う力は相手の命を奪う為では無く、自身や大事な人を守る為に止む無く解き放つもの、という解釈で良いのだろうか。


 掴まれた右腕を自由にさせる為になのか、その場で右腕を激しく燃え上がらせながら、無理矢理に炎をその場で放射させる。腕はほぼ上を向いていた為、炎もその方向に向かって発射されたが、熱自体はシドラオにも伝わっていたのだろうか。




「おいおい感情的になるなよ? でもあいつ捕まったんだからな? それだけはハッキリ伝えといてやるぞ?」


 シドラオも炎を顔面に浴びるのは避けたかったからなのか、ルージュから左手を離し、そして空いた左手で自分の顔面を保護する。炎はやはり顔面を狙って放射されたが、左腕がそれを防ぐ。


 防ぎながら、スキッドの現状をルージュに説明してみせた。簡潔ではあったが、それでもルージュからしたら充分なはずだ。


「へっ! さっきゼノって奴から聞いたわそれ。だけどなぁそれで上手く進むとか思ってないだろうなぁ?」


 顔面を左腕で守っていたシドラオに対し、徐々に近づいてきているように感じたルージュは左脚を使い、華麗な前蹴りをお見舞いする。相手の胸部に命中し、距離を取らせる事には成功はしたが、表情から察するに大した痛手としては受け止められていなかったはずだ。




「何も知らねぇ奴らしい言い分だなぁ?」


 横に異様に広い口で笑い声を一瞬漏らしながら、シドラオは意外にも自分達の都合の通りに事が進んでいる事を相手に何となく漂わせるかのように、左腕に蓄積されていたであろう炎による熱を紛らわす為だったのかその場で一振りした。




*** ***




「何よこれ……。気持ち悪いわねぇ……」


 ツーサイドアップの青い髪を揺らしながら、サティアは両手に水で作り上げた短剣のような武器で、元々はシドラオの右腕そのものだった奇妙な物体を相手に戦っていた様子だ。


 右腕そのものは(てのひら)を地面に付けて足のような役割を果たしており、そして地面から生えるように立っている腕の両端からは細長い突起が出現している。それが所謂他の生物達に該当するであろう腕のような存在なのかもしれないが、それが今サティアへ向かって殴るように真っ直ぐと伸ばされた所である。


「でもそれでアタシをどうにか出来ると思ってる?」


 自分に向かって伸びた腕の役割を持った突起を防ぐ為に、サティアはその場で円形状の水のバリアを作り、胸元に伸ばされた突起を受け止める。


 そしてバリアそのものが突起をその場で固定させ、突起を引っ込めさせる事を出来なくしたサティアはバリアの横へと周り込み、水の短剣で突起を斬り落としてしまう。




「これもオマケよ! 感謝しなさいよ?」


 バリアのほぼ隣に位置していたサティアは、突起を斬り落としたばかりの元はシドラオの身体に存在していた右腕そのものに対して一言渡した後に、黄色を帯びたレンズの眼鏡の裏で水色の瞳に力を込めながら右手を開き、前に突き出した。


 するとバリアとして機能していた円形状の水から激しい水圧が放たれ、激しく右腕を押し出した。


「カンシャハ……スルカヨ!!」


 水圧で押し出されていた右腕ではあったが、その中で奇妙な声が響き出す。機械的とも、元々喋る事が前提の世界にいなかった者が無理矢理に声を発しているとも言えるような、そんな声色であったが、発している正体を理解出来ないサティアでは無いはずだ。


 水圧に逆らうように強引に前進を試み、左右に向かって突起を伸ばし、強引にサティアに再度接近しようと突起が前後に激しく許されていた。走るような動作と言うべきか。




「まあそう来るでしょう……って、うわぁ!!」


 サティアは自分が生成させたバリアから水圧を発生させていたが、自信はあっても必ずしも相手を討ち負かす事が出来る保証が無い事くらいは理解していたはずだ。


 しかし、ここで悲鳴を上げてしまったのは足首を何かに押さえつけられてしまったからだ。左の足首に圧迫感を感じ、そしてその場から足を持ち上げる事が出来なくなったのだ。その正体は先程サティアによって切断されて地面に落下していた突起の一部だったのだ。


「カカッタナ!! オマエ、リュウジン! まちるだサマトオナジ!」


 身体の一部を拘束された事で魔力を注ぐ事が出来なくなったのか、バリア自体が形状を失う形で溶けるように地面へと落下し、当然水圧そのものも見えなくなってしまう。


 一体どこから声を発しているのか分からない、右腕から突起を出現させたその奇妙な物体は、そのままサティアへと飛び掛かったのだ。




「近寄るな! ……うわぁ!!」


 飛び上がり、強引にサティアに密着しようと接近してきた右腕の物体を、払い除ける目的で反射的に両手の水の短剣で迎撃を試みるサティアであったが、胴体として機能しているであろう右腕に刃が通ったのにも関わらず、それでも相手は止まる事を決めなかった。


 左右に広げていた突起を、左右から包み込むようにそのままサティアにしがみ付いたのだ。


「ハハハハハ!! ヤハリまちるだサマトオナジヌクモリガアルナ!!」


 突起はそのままサティアの細い身体に巻き付き、そして謎の怪しい声色は右腕の元々は肩と接続されていた部分から発せられていたようだ。右腕そのものから突起が伸びただけのその物体のどこに嗅覚の器官が存在するのかは分からなかったが、どちらにしても今はサティアの動きが拘束されている状態だ。




「何……よ? あんたって……所詮はあいつの分身?」


 突然両腕を自分の身体に密着させられるように突起に押さえつけられてしまう。しかし、弱音を見せる事をせず、何とか両手に再び水の力を溜める気力だけは保ち、奇妙な声色を放つ右腕そのものであっても、やはり所詮は本体であるシドラオと同じ思考や価値観を持っているのかと、身体に圧迫感を覚えながらも呆れて見せてやった。


「ナニヲイッテル!? オマエヲコノママシッシンサセテアジワウニキマッテルダロ!」


 質問に答えるつもりは無かったのか、それとも質問自体がこの拘束の状況を回避する為の何かしらの策だと読んだのか、サティアに突起を巻き付けている右腕の物体は目的をその場で言い放つ。聞き取りにくい声ではあったが、サティアは確実に聞き取っていたはずだ。




「やっぱり分身……なのね……。でもあんたの思い通りなんかに……!!」


 声色は兎も角、言っている事はやはりシドラオの意識と同じものがあり、サティアはただ納得するしか無かったようだが、両手の先からなんとか水の短剣を作り上げ、何とか手首が動く範囲で突起を斬り払おうと力を込めたが、それをする必要は無くなった。


 それは、右腕の物体の背後に瞬間移動の如く、黒い戦闘服を纏った少女が現れたからである。そして、同時に背後から右手を突き刺すような動作を行ない、ワンテンポ遅れてから右腕の物体に激しい刺激が走る事になったのだ。




――右腕の物体が電撃を受けたのだ――




「思い通りにさせないのは私も同じ考えですよ? サティアさん大丈夫ですか?」


 電撃を受けた影響で、右腕の物体はサティアに巻き付けていた突起の力を失ってしまったようだ。サティアの両腕を擦る形で突起を地面に向かって下ろしてしまう。右腕自体は直立を続けていたが、リディアの言葉が右腕を越す形でサティアへと伝えられた。


「やっぱりリディアだったのね。アタシはこの通りよ! それと一応こいつ意思持ってるのと喋るのも出来るから油断しないでよね!」


 想像の通りであり、サティアの拘束を解いてくれたのはリディアだったのだ。短剣を握ったままの左手で、剣の先端を自分の顔に向ける形で自分を指して言葉の通りである事を表情も加えて伝えて見せた。


 右腕の物体をリディアと挟むような位置にいたサティアであったが、右腕の物体の方は電撃の影響でまだ怯んでいるのか、突起はまだ垂れ下がらせたままであった。しかしまだ戦う力を失ったとは思えなかったからか、短剣の先で指しながらリディアに注意を施した。




「こいつ喋るんですか? って質問とかは後にした方がいいですね!」


 リディアとしては目の前に存在する右腕そのものが、緑の体色をしている事からシドラオから分離されたものだという事ぐらいは理解していたが、喋ると言われてもどのように声を発するかまではイメージする事が出来なかったようだ。


 しかし、突起が持ち上がった様子を見逃す事をしなかったリディアは、もうあれこれ聞いている余裕なんて無いと気持ちを引き締め、先程は電撃を与える為に右手には何も持たなかったのかもしれないが、今は再び氷の刃を出現させる為にエナジーリングの力を集中させていた。


「分かってるなら行動に移りなさいよね?」


 サティアも両手に構えた水の短剣はそのままで、いつでも斬りかかる事が出来るように身構えていた。




「オシャベリシテルバアイカヨ!!」


 右腕の物体は2本の突起を突然持ち上げるなり、それを使い地面を叩き付けるなり、更に太さも倍増させた上でリディアを狙い、接近した上で突起で殴り掛かる。


 先程電撃を浴びせてきたから仕返しとでもいうべきなのだろうか。


「!! おっと、力任せだけじゃ通じないよ?」


 リディアは氷の刃を盾のように扱い、突起による殴り掛かりを上手に受け流す。力自体はリディアの身体に強く伝わったのかもしれないが、致命傷にはまるで至っていない。これで怯んでいたらもう既に過去の戦いで果てているはずである。




「オレハチカラダケジャネエゾ!!」


 純粋に腕力――厳密には突起であり、腕とは言わないが――だけだとリディアから馬鹿にされたと感じたのか、右腕の物体は人間が行なう格闘技のような姿勢を突起2本で作り、連続で殴打のような突き出しを繰り返した。標的は勿論リディアだ。


「って結局(ちから)だけじゃん? 多少殴ったぐらいで勝てると思ってる!?」


 元々格闘術も取得しているリディアである。相手が真正面からただ力任せに殴り掛かってくる程度であれば簡単に両腕で上手に受け流す事が出来てしまう。体力的にも余裕を残しながらリディアは簡単に相手の殴打を回避しながら言って見せた。




「ソレデイイ! リュウジンデハナクテモオマエハトシワカイオンナダ! アジワウナラヌレタスガタノホウガ――」


 突起を生やした右腕の物体はリディアに決定打となる痛手を与えられない事を自覚した上で、突起を拳のように放ち続けているらしい。


 元々は竜人の女性を好むシドラオとこの分身とも言える右腕そのものなのかもしれないが、純粋な人間も好みの対象としているようだ。聞き取りにくくても、卑猥な言葉を明らかに言葉として発していた右腕の物体であったが、途中で言葉も突起による殴打も止まった。




――背後から2本の短剣を刺されてしまい……――




「後ろが空いてるわよ? それと何よその言い分は!?」


 右腕の物体が動きを止めたのは、それは背後からサティアに水の短剣で刺されたからである。痛覚は存在するのか、刺された事で動きを止めてしまった右腕の物体に対し、少女を見据えた状態で表現として使ったあの言葉を選択した事に対し、問い詰めるように水色の瞳を鋭くさせる。


「タマニハリュウジンイガイノオンナモアジワオウトシタノニジャマスルキ――」


 短剣を刺されていても身体は動くのだろうか、右腕の物体はまるで自分を刺したサティアに仕返しをするかのように、まずは振り向く為だったのか、胴体に該当するであろう右腕を捻るが、物体は自分の身体が持ち上がった事に気付いた。当然自分の意思では無い。足元には水が球体のように出来上がっており、それが自分を浮かせていたのだ。




「あ、これもオマケね! 向こうで黙ってなさい!」


 サティアは自分の顔の前で手と手を強く掴むような動作を行ない、そして右腕の物体の足元に蓄積させていた水の球体を肥大化させる。


 そのまま右腕を水の球体に閉じ込めてしまい、魔力を蓄積させているのであろう右手を自分の背後へと力強く伸ばすと、ワンテンポ遅れて右腕の物体を閉じ込めた球体がサティアの背後へと飛ばされていった。




「サティアさんナイスです! お強いですね!」


 水の球体で閉じ込め、遠方へと飛ばすという一連の動作を見ていたリディアは思わず素直な感想を渡した。離れた場所で地面に落ちると同時に派手に水の球体が割れる様子が見えたが、勿論わざわざ追いかけて様子を確かめる事はしない。何となく視界に入ったから、飛ばされたという事実を受け止めるだけである。


「あれぐらい余裕よ! 何よ濡れた姿って……。汗塗れって事だろうけど気持ち悪いわね……」


 サティアは水使いであるからか、今の攻撃ぐらい容易い話だったようだ。そして右腕の物体がリディアに対して言い放っていたあの表現がどうしても今の言葉の意味としか捉える事が出来ていなかったのか、嫌悪感が心の奥から滲み出てしまったようだ。


 気持ち悪いと言葉を漏らした時は、顔も視線も背後に投げ飛ばされた右腕の物体に向いてはいたのだが。




「あのサティアさん……それって私の事、言ってるんですか?」


 リディアとしては何だか自分に突き刺さるようなものを感じた為、自分に対する言い分だったのかと、恐る恐る聞いてしまう。頬に僅かに湿った汗が流れているのを改めて右手でなぞって実感したが、これがサティアの感情を悪い形で揺さぶってしまったのかと怖くなってしまう。


「あぁ違う違う! 違うって! そういう女の子を狙う連中が気持ち悪いって言ったのよ! 誤解させたんだったらごめんね!」


 しかしサティアはすぐにそれを否定してくれた。左手を顔の前で手首を軸に振りながら、今のマイナスな感情しか籠っていないであろう評価は決してリディアに向けたものでは無いと力強く説明をしてくれたサティアは、今更ながら自分の言い方に問題があったのかと反省をする。




「だったらいいんですよ! いいんです! 良かったです……」


 リディアは割と本気で捉えてしまっていたからか、誤解を生むような言い方に隠れた事実を告げてくれたサティアには安心と感謝を見せずにはいられなかった。本当に自分が気持ち悪いと思われていたらどのような傷が入っていたのだろうか。


「誰もリディアの事気持ち悪いって思わないわよ! じゃあルージュ達の援護に戻ろう? ね?」


 結構しつこく気にしていた事が気になってしまったサティアは何とかしてリディアをフォローしてあげようと、自分以外の者であったとしてもリディアを否定する者なんている訳が無いと慰めながら、ルージュ達が戦っている場所へと行くべきであろうと指を差した後にすぐに走り出す。




「はい!」


 黙っていては置いて行かれてしまう為、流石に無視されたと勘違いされてもいけない為、ストレートに元気に返事を渡しながらリディアもすぐにサティアの後を追いかける。




「キ……サ……マ……マテ……!!」


 一方で、水の球体に閉じ込められ、遠方へと投げつけられた右腕の物体はまだ水に包まれたままであり、地面にそのまま貼り付けられるかのように動けなくなっていたのだ。それでもリディア達が自分達を無視した上でシドラオ本体へと向かう様子だけは確認しており、それでも水の貼り付く力が非常に強かったせいで、リディア達を追いかける事が出来なかったのだ。




――その一方では、シドラオが優勢にいたようであった――




「ははははは! 力じゃ俺には敵わねぇか!? このまま殺してスキッドにプレゼントしてやるか!?」


 緑の体色が目立つシドラオは、仰向けになっているルージュに無理矢理右脚で圧し掛かりながら、そしてルージュの両腕も自分の両手でそれぞれ地面に押し付けるように押さえつけ、身動きが出来ないように立ち上がる事を封じながら、殺害の宣告を飛ばし始める。


 苦しみながらも決して弱みを思わせる表情を作らないルージュを凝視している。


「やれるもんならやってみろよ! 勝手に勝ったって決めるようなしょぼい奴に誰が負けるかよ!!」


 ルージュは自分が負けていると微塵も認めていないからなのか、表情には強気なものが延々と灯り続けており、そして拘束されていた両手を無理矢理に引き、右手だけはシドラオの押さえ付けている手から引き抜く事が出来た為、右手をその場で握り締め、仰向けというやや力を込めにくい体勢のままでシドラオの胸部を殴り始める。それは1回や4回では終わらなかった。




「へっ!! いい殴りっぷりだなぁ! だけどなぁ俺の本気は痛みだって無視出来――」


 ルージュの少女らしかぬパワーの籠った拳がシドラオの胸部に何度も突き刺さるが、まるで殴られる事に快楽でも覚えているかのようにシドラオは痛みこそ受け取っているものの、それを別の感情を湧き立たせる事で誤魔化しているかのような言い方を聞かせようとしたその時であった。


 ルージュは確かに橙色の瞳で見据えたのだ。シドラオを包み込むように、水が出現したのを。




――シドラオが水に包まれてしまう――




「何してるか分かんないけど、ルージュから離れなさい!!」


 シドラオの背後にはもうサティアの姿があり、黄色のレンズの眼鏡の奥では水色の瞳が怒りを混ぜたような剣幕を見せつけており、シドラオを水の球体の中に閉じ込めた後に魔力でそのまま持ち上げ、そして魔力に頼る形で球体ごとシドラオを遠方へと投げつける。




「ピンチ回避っと……。危なかったわねぇ?」


 ルージュの上にいたシドラオを離した事で、目に見えて危険だとしか思えなかった状況を回避させる事に成功したサティアはすぐにルージュの所へと走り寄る。


 本当は背中に手を差し込んだ上で起き上がらせてやろうとしていたのかもしれないが、ルージュは自分で上体を持ち上げ、そのまま立ち上がってしまった為、もう助けは必要無いだろう。


「ルージュさん大丈夫ですか? らしくないですよ?」


 リディアもサティアより僅かに遅れてルージュの傍らに辿り着くが、やはり自力で平然と立ち上がったルージュに対しては、立ち上がる為の直接の手助けをする事は無かった。




「悪かったなぁ、らしくなくて! でも一応はありがとって言っとくぞ!」


 ルージュは心配をしてきたリディアに対して、僅かに乱れていた赤い前髪を右手で払うように整えながら言い返した。少しでも弱いと勘違いをされたくなかったからなのか、ある意味で渋々伝えるという事をアピールするような言い分を聞かせていた。


「な~によ? 結構ピンチだったじゃない。まああんたなら素直に言わないのは分かってるけどね」


 仲間や友達としての関係が築かれているからこそ許されるようなある種の上目線な言い方に呆れていたサティアであったが、それでもルージュの気持ちに嘘は存在しない事を分かっているからか、最終的に浮かべていたのは安堵による笑みであった。




――少し離れた場所で何かを引き剥がす音が響き……――




「リディア、あんた達やっと戻ってきたかい? わたしもさっき変な触手に包まれてたんだけどね」


 3人の少女達の元に浮遊しながら近寄ってきたのはマルーザであった。背後を親指で差しながら、そして深紅の双眸(そうぼう)が目立つ赤黒い体色の顔も後ろに向けながら自分の先程までの状況を喋った。


「触手!? ……ですか?」


 リディアとしてはその単語だけでおぞましい光景を連想してしまうような強い意味を感じていたのだろうか、最初こそは鋭く大声を出してしまうが、すぐに冷静になって今度は呟くような弱い口調で疑問形で聞く。




「あぁさっきマルーザの奴捕まったんだよ。触手に埋もれて、まあでも脱出したんだから別にいんじゃないか?」


 随分と余裕の感じられる口調でマルーザの代わりに、というよりは先手を取る形でルージュの説明がここで出された。恐らくはルージュがシドラオに乗られたのと同じタイミングだったのかもしれないが、今ここにいるのであれば、自力で触手達を黙らせたのは聞くまでも無い話なのだろうか。


「それはまあいいんだけどさ、ってもう話は終わりよ! あいつまた立ち上がったわよ!」


 サティアはルージュから自分達が一時的に別の場で戦っていた時に何か変わった事が無かったかどうかを聞きたかったのかもしれないが、自分が投げ飛ばした相手が立ち上がる様子を決して逃さず、自分以外の3人に構えるように、歌手に特化したような澄んだ声色で張り上げた。




「素晴らしい友情プレイじゃねえか。だけどなぁどうすんだよ? このままやり続ける気かよ? 俺はどっちでもいいぜ?」


 仰向けの状態から乱暴に両腕で地面を叩き付け、反動を利用する形で立ち上がってから、シドラオは4人の姿を本来の意味とは異なる誉め言葉で纏めた上で、戦いの継続に何か意味があるかのような言い方を聞かせて見せた。腕は両方存在しているが、腕は欠損したとしても再び生やす事が出来るのである。


「続けるかどうかって……そんなもの戦うに決まってると思うけど?」


 一体何を言い出しているのかと、リディアはシドラオの今の様子を疑問に感じながらも、多少細い眉を(ひそ)めながらも戦いの意思が少なくとも自分には存在していると伝えたのである。しかし、やはり疑問だけは抜けてはくれない。




「リディアちょっと待ちなさいよ。なんか様子が妙よ? ルージュ、あいつなんかあったの? 何言ってるのよあれ」


 皆より前に踏み込んだリディアに対し、左の肩を引っ張るように止めたのはサティアであった。サティアもやはり自分達がいない間にどのようなやり取りを行なっていたのかが分からない以上は、これ以上想像で探る事が出来なかった。


 ここは実際にシドラオとの対面と戦闘を継続させていたルージュに聞いた方が早いだろうと意識したのかもしれない。距離を離している場所に立っているシドラオを指差しながら、ルージュからの返事を求める。


「あぁあいつか? スキッドの事でな。なんか変な調合が完成するって話で、スキッドがその邪魔したから捕えてるって喋ったんだよこいつ」


 ルージュの説明はそれが全てであったと見て間違いは無い。シドラオの仲間が計画の成功に近づけている所にスキッドの介入があった為、言葉の通りに捕虜にしている、という内容だろう。


 口調からして、ルージュの中では憎しみが増幅し始めていた可能性もある。




「やな話を明かして気持ちを沈めてやろうって魂胆なんだろうけどねあの怪物」


 マルーザはもう自分から、あのシドラオが漏らした情報を説明する必要が無いと受け止め、今のシドラオの戦闘を継続させるのかどうかを問い質すかのような態度の真の意味を読み取った。


 しかし、マルーザの態度は戦闘の継続をする前提であるという事で間違いは無いはずだ。両手の炎と氷の力をそれぞれ宿したヌンチャクを回しているのが証拠だろう。


「どの道進んでもお前らはここで死ぬか実験台になるか戦闘兵器に改造されるかのどれかだ。準備運動は終わりだぜ? さっさとお前らの身体舐めさせろよな!」


 それはある意味では今までのシドラオは4人に対して本当の戦闘力を見せつけていなかったという事になるのだろうか。


 殺す事を告知してはいるものの、実際は女性に該当する性別の相手が4人、その内1人は性欲の対象外なのかもしれないが、本性とも言える欲望に任せるのであれば、身体の方を味わう事を求めていた様子である。


 その場でシドラオは両腕を意味有り気に乱暴に振り回し、遠心力が非常に強くなったのを確認するなり、今度は回された両腕を地面に向かって叩き付けたのだ。


 両腕はシドラオの肉体から離れてしまったが、それはもうシドラオの特徴の1つでしか無いようであり、本人が苦痛でもがくなんて事は一切見せる事が無く、そして対面していた4人も大して驚きすらしていなかった。しかし、落とされた腕そのものに対しては、いずれ4人は何かしらの嫌悪感を抱く事になるはずだ。




――落とした両腕は、8本脚の蟲へと姿を変えたのである――









ルージュにとってはどうしてもスキッドの事が気になるようです。シドラオは何かスキッドの事を握ってますが、実はスキッドって大昔描いてたモンハン小説に登場させてた少年キャラだったんです。まあ今は打ち切ってますが、あの作品から少し持ってきた訳です。だけどこれからどうなるか、ですね。

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