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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第34節 《地下の実験施設 材料と化すか、施設を潰すか》 1/5

新しい節に入りました。今回もシドラオとの戦闘になります。怪人であるシドラオ相手に、4人の女性が戦うという内容です。負けたら実験材料にされるようなので、負けは許されないと思います。








              リディアはまずは基地に強引に連れられてしまったが


              内部へと突撃し、今度は実験用の部屋に連れ込まれてしまう


              仲間達の力もあり、そして自身の力もあり、窮地は脱出した


              しかし、まだ施設内の中での脅威は消え去った訳では無い


              実験と改造を担当し、尚且つ侵入者を叩きのめすシドラオという怪物がいたのだ








「おらぁ、もっと攻めてこい! 材料としての価値をもっとしっかり見せてみろ!」


 緑の体皮を持ち、口が異様に横に広い怪物の男こと、シドラオは自分を背後以外の方向から囲んでいる4人の女性達に向かって力強く吠える。


 両手は平たく変形させたままであり、先程のように再び風圧を発生させるような戦法を用いるのだろうか。


「人の事材料呼ばわりしないでくれる!?」


 最初に反応を見せたのはリディアであった。黒の戦闘服と同じく黒のハットとフェイスマスクで顔の目から下を保護している紫の髪を持つ少女は、右手から出現させていた氷の刃を胸の前に持ち上げ、いつでも踏み込む事が出来るような体勢で身構えるが、真正面を向かれている為、真っ直ぐ向かったとしても防がれてしまうのは目に見えていた。




「へっ! 逆にお前が材料になったりしてな! わたしらが相手で不幸だったなお前は!」


 リディアの隣にいた赤髪の少女であるルージュは相手と真正面ではあったが、リディアとは異なり、まるで相手に対して自分達と立場を逆転させるかのような物言いを聞かせてから真正面である事をまるで意識していなかったかのようにシドラオに向かって走りながら飛び掛かる。


「ちょっ! ルージュさん!」


 まるで単独で全ての決着を付けるかのようにルージュは向かい合ったシドラオに一切の躊躇いも見せずに両腕に魔力を込め始めた。




――両腕を炎で燃やしながら続行し……――




「正面からか! 戦略性の皆無な愚か者め!」


 シドラオはまるで迎撃でもしろと言っているかのように真正面から迫るルージュに向かって、いつでも来いとでも言わんばかりに挑発的に歩きながら両腕を持ち上げる。それで殴り返すつもりでいたのだろうか。


「ホントに無いと思ってんのかお前!?」


 ルージュの両腕は濃い紫のジャケットの袖も巻き込むように炎に包まれているが、袖は焼けてはおらず、ある種のバリアのように両腕を包んでいるようにも見えていたが、宙にまだ身体が位置している状態でルージュは更に自身の飛び込む速度を倍加させた。


 炎の加護が空中での制御力も増加させるのか、まるで見えない壁を蹴るかのように派手に突撃する体勢を作りながら、そのまま燃え上がる拳で真正面からシドラオ目掛けて殴りかかる。




――シドラオは顔面を右手で防いでしまう――




 ルージュの拳はシドラオの平たい形状のままの右手で受け止められてしまったが、威力の全てを受け止め切った訳では無かったようで、踏ん張っていたであろう両足が床を擦っていた。


 拳をシドラオの右手に直撃させた後もすぐに引き戻す事をせず、ルージュは無理矢理にでも押し出すかのように力を込め続けていた。


「おいおい負けてるように見えるぞ? それともホントに負けるのか?」


 ルージュは拳でシドラオを押し出しながら、自分の腕力に押されているであろうシドラオを橙色の瞳で真正面から見つめながら口に出す。押し出した上で体勢を崩してやろうという計画だったのだろうか。


「負けるには早過ぎるぜ? おらぁ!!」


 シドラオは右腕でルージュを受け止めていたが、今までは試す為に敢えて必死で受け止めていたかのような防御を続けていたのだろうか。気合の声と同時に強引にルージュ目掛けて押し出し、容易くルージュを突き飛ばしてしまう。




「うっ!!」


 本当は力で勝ちたかったのかもしれないが、怪物であるシドラオには腕力で勝つ事が出来なかったルージュであった。無理矢理に後退させられてしまい、それでも転びこそはしなかったが、シドラオの攻撃対象は知らぬ間に変更されていたようであった。


「所で……お前の実力が見たくなってきたぜ!!」


 突然シドラオは攻撃対象を、敵対する4人の中で唯一人間の形状をしていない相手に絞ったのである。それは赤黒い影を人型に固めたような独特の姿を見せた相手であった。


 上半身しか存在しない独特の体組織の相手を狙い、突然走り出す。平らなままの両手で顔面を隠しながら、何だか不格好なその姿でマルーザへと急接近する。




「わたしに興味持ったのかい? 見たいなら見せてあげるけどね?」


 既に愛用の武器のヌンチャクを両手にそれぞれ構えていたマルーザであるが、顔面を守りながら向かってくるシドラオに向かって、右手に持った炎の属性を秘めたヌンチャクで殴り掛かる。狙う場所は胴体であり、横から狙う。


 だが、シドラオは顔面をわざわざ狙ってこない事を察知していたのか、それでも両手を顔面から離さずに、それでも狙われた胴体に対しては手を使わない手段で防御の手段を作ったのである。


「お前も炎なんか使えるのか? だけど無意味だ! これが証拠だ!」


 マルーザに向かって、彼女が持つ戦法に関する短い言葉と、そしてそれが通用したのかどうか、そして叶わなかった事実をシドラオは顔面を隠していた両手を下ろしながら、両手を平らな形状から通常の人間の手のような形へと戻す。


 マルーザにヌンチャクで打ち付けられた部位は、元々は爬虫類のような質感の緑の皮膚ではあったが、今はまるで色だけで周囲に存在を強く知らしめるかのように赤く光っており、そしてまるで何枚も皮膚を重ね合わせたかのように分厚くなっていたのだ。


 光の関係でマルーザも無意識にその部位に視線を向かせられそうになっていたのかもしれないが、シドラオの反撃が待っていたのだから、凝視なんてしていられない。




――怪物のパンチがマルーザを狙う――




「おっと! はいはい凄いねぇおめでとう! でもありふれた防御手段なのは自覚してるかい?」


 マルーザは決して鈍くは無い反射神経でシドラオの放った暴力的な殴打を身をずらす事で後退も混ぜながら回避する。


 2度目の殴打もほぼ同じ手段で回避をするが、マルーザは反撃として今度は左手に持つヌンチャクでシドラオの右肩を叩き付ける。


「なかなかやる……ん?」


 肩に直撃させられたが、シドラオは痛み等で怯む様子を見せず、寧ろわざとらしく誉めてやろうとしたらしいが、肩を目視するなり、言葉が止まる。


 肩が氷漬けになっていたからである。




――背後を意識しなかった怪物はその後に……――




「はぁ!!」


 それはサティアの気合の声であったが、シドラオの背後から水の鞭を伸ばしたのだ。サティアの足元から出現したそれはシドラオの両手を背後から襲い、掴むように両手の自由を奪い取る。


 水を操るサティアの目的は背後からシドラオの自由を奪い取る事であった。先程は足の自由を奪われていた怪物であったが、今度は両手の自由を奪われる事になったのだ。


「誰だ……ってお前か? それで援護してやってるつもりなのか?」


 シドラオは背後にいたであろうサティアに振り向いてはいたが、そのまま引っ張られ、背中から倒されそうになっていながらも表情は余裕な色しか見えていなかったはずだ。


 掴まれていた両手首を、そのまま腕から外してしまったのだ。これはサティアによって引き抜かれたのでは無く、シドラオ自身の意思で身体の一部を欠損させたのだ。シドラオはその場で拘束から解放され、そしてサティアはただ自分が拘束用で扱っていた水の鞭が、ただ主の身体から抜かれた両手をサティアの足元へと持ってくるだけであった。


 鞭の引っ張る力がそのままシドラオの両手を自分の足元へと飛ばしたと表現された方が正しかったのかもしれないが。




「えっ!? 嘘っ!? 外れた!?」


 サティアの水色の瞳はしっかりと、確かにシドラオの両手が腕から引き剥がされた事を確認していた。案外(もろ)い肉体構造をしているのかと感じたが、シドラオの苦痛を思わせない余裕のある態度から、最低でも自分の力で引き抜いたものでは無いと何となく察知してしまう。


 驚くサティアに向かって、シドラオはもう一言飛ばす。


「お前はそれで遊んでろ!」


 シドラオは自分で自ら身体から分離させた両手の相手をしていろ、とでも言わんばかりにサティアに言い放った後に、自分に対する敵意を横から感じ取り、それがただの雰囲気だけでは無く、実際に形を持ったものが向かってくる事を認識していた。


 分離し、何も無くなってしまった腕の先端に、再び両手を内側から膨らませるように出現させ、次に向かってくる相手に備える。




「へっ……やっぱお前が一番……だよなぁ!!」


 向かってくるリディアを確認したシドラオは、元々ここで実験の材料にする為に連れられてきた事を思い出し、選ばれたからには手応えのある戦いを見せてくれるのだろうと、強く握り締めた右手を鉄パイプのような原子的な形状へと変えた上で前方に向かって力強く突いた。




「何が一番かは分かんないけどね!」


 言われた言葉の意味を理解する事が出来なかったリディアは、それを自身ありげに言い返しながら、突きで迫ってきたパイプ状の右手を跳躍で回避する。エナジーリングの力もあったのだろうか、跳び上がったリディアは身体を上下逆にさせ、両手でシドラオの頭部を掴んだのだ。


「何するお()……ん?」


 リディアはシドラオの頭部を両手で挟んだまま、その場で両手から電撃を発生させたのだ。


 跳び上がった際の反動を利用してシドラオの上で逆立ちとなり、反動の作用が残っている間を使い、両手を頭部に掴んでいたが、作用が無くなればもう身体は重力に引っ張られる為、左右から相手の頭部を挟むような形では自身の胴体を支え切る事が出来なかったはずだ。


 天に向けられていた下半身はそのまま重力に引っ張られるように落ちるが、その際にリディアはシドラオの背中にしがみ付いたのだ。




「ついでにこれもオマケだから……ねっ!」


 頭部に電撃を浴びせた事でシドラオの動きが硬直した為、それで動きを鈍らせる事に成功したとリディアは意識したのだろう。そして背後からしがみ付いたままで、再び力を込める。念じるように全身に力を込めると、今度は手の先からでは無く、リディア自身も包み込むような電撃が全身から放たれ、シドラオも一緒に包み込む。




――無言でシドラオは浴び続けており……――




「あ、これももう1つオマケだよ!」


 リディアはエナジーリングの力で電撃を炸裂させ続けていたが、体力の消耗を意識したのか、それでもただ普通にシドラオから離れるのも勿体無かったのか、左手でしがみ付いたまま、右手を一旦シドラオの身体から離し、右手にまるで電撃の塊のような物を出現させ、電撃を纏わせた右手で、恐らくは握っていたであろう手でシドラオの背中を殴りつける。




――弾けるような爆発がシドラオの背中を襲う――




 電撃の爆発から逃げるようにリディアもシドラオから飛び退くように距離を取る。リディア自身も周囲の目から見れば共に爆発に巻き込まれているようにしか見えなかったはずだが、リディアの身にダメージは無かったようだ。


「よっとっ。今のは……効いたのかな?」


 飛び退く形で距離を取ったリディアは着地と同時にそれを意味するような声を漏らした後に、至近距離で電撃を浴びせたという事実は確定しているものの、致命傷を与えたかどうかの自信は持つ事が出来なかったかもしれない。


「リディア今のは確かに派手だったけど、まだ分かんないぞ?」


 無意識にルージュの側に飛び退いたリディアに対し、側にいたルージュは伝えたが、内容は単純に解析した場合は油断はするなという事だろう。


 電撃による爆破を受けた事で腰を丸めながらその場で硬直しているシドラオを見ながら、ルージュも次の攻撃手段を考えていたのかもしれない。拳にうっすらと炎を灯していた。




「まさか今のが決定打になったとは思えないんだけどねぇ? さっさと顔上げたらどうだい?」


 一時的に攻撃の手を止めていたマルーザから見ても、電撃の爆破1つでもう戦闘不能になったと信じるのは無理だったらしい。視線を落としてはいたシドラオだが、どのような表情をしていたのかは見えていない。


「終わるのは確かに早すぎるわね。何か言ったら?」


 サティアは膝丈よりも長いスカートの下で何かを捩じるように足で踏み付けながら、シドラオからの反応を求める。




「ん? お前は俺の手との遊びが済んでたのか?」


 サティアに呼ばれた途端にシドラオは何事も無かったかのように、周囲から言われた通りに口の広い頭部を持ち上げ、そして真っ先に眼をサティアへと向けた。


 そこには確かに自身が分離させた2つの手を乱暴に踏み付けているサティアの様子が映っており、聞かなくても見れば分かるであろう事態を問う。




「反応したわね。それとこのあんたの手に関してはまあそりゃそうよ。こんなのにアタシがやられるかっつうの」


 サティアの踏み付けているシドラオの手だったそれは、特に変わった変化を見せた訳でも無く、ただ手そのものが自我を持ってサティアに襲い掛かったのだろうか。


 しかし、地面の上で踏み付けられている様子を見ると、あっさりと返り討ちにしたという事で間違いは無いだろう。


「じゃあまた俺の手で遊ばせてやるぜ? 行くぜぇ!!」


 サティアを気に入っているのか、それとも竜人であるからこそなのか、再びサティアに狙いを定めるシドラオであった。


 右腕をサティアに向けて真っ直ぐ伸ばし、胴体は殆ど動きを見せていなかったが、右腕だけが奇妙にブルブルと激しく振動を始めたのだ。それは攻撃の合図そのものだった。




――突然右腕そのものをサティア目掛けて発射させる!――




「うわぁ!!」


 まるで無抵抗なまま受けてしまうかのような驚いた声を飛ばしたサティアであったが、両手にはしっかりと水の力を灯しており、その場で円柱状の水のバリアを作り、自分自身を保護する。


 飛んできた右腕はサティアを掴もうとしていたのかもしれないが、丸みを帯びていたバリアであった為か、滑るように横を通り過ぎてしまい、地面に落下するが、手の部分を地面に接触させたままで腕の部分を地面と垂直になるように立たせ始めたのだ。まだ襲う意志は消滅していなかったのだろうか。




「お前らもだ! 電気程度で俺が沈むと思ったかぁ!!」


 リディアの電撃による攻撃を何だか安物扱いでもするかのような言い方で威力がまだ自分を倒す力にまで届いていなかった事をほぼ全員に聞こえるような大声で散らした後に、残っていた左腕を自分の向こう側へと向かって投げるように突然一発振り出した。手には何も持っていなかったが、確かに何かが地面に乱暴に投げつけられた様子が周囲の者達の目に入った。


 地面に落ちたのは、握られた拳そのもので、そしてそれは細長い(ひも)のような物が伸びており、シドラオの左の手首に繋がっていた。それを打撃武器であるモーニングスターのように身体の横で手首から離した拳を振り回し始める。




「今度はモーニングスターごっこかい? おっと危ないね!!」


 マルーザは、相手のシドラオが左手を言葉通りの武器のように奇妙な変化(へんげ)を遂げた事をまるで内面で批評でもするかのような言い分を聞かせてみせたが、それがシドラオに何か刺激を与えてしまったのか、最初に狙われる事になった。


 振り回されたシドラオの左手は上からマルーザ目掛けて遠心力を利用する形で落とされるが、左に滑るようにずれられてしまい、あっさりと回避されてしまう。


 挨拶にも見えるその振り落としは避けられてしまったという事実がそこに残ったが、落とした左手はそれで終わらせる気が無かったようだ。




――シドラオの両脚の皮膚に異変が生じる――




「マルーザ!! こいつなんかする気だぞ!」


 声を飛ばしたのはルージュであった。左手の奇妙な変化はルージュやリディアも目視していたが、ルージュからはシドラオが両脚の鱗を意図的に分厚くさせている様子が見えた為、気付いていないように見えたマルーザに呼びかける事を選んだのだ。


 ルージュはすぐに接近し、炎を纏った拳で黙らせてやろうと意識したのかもしれないが、シドラオはすぐに行動に入ってしまった。




――左手に引っ張られるように、シドラオの身体が動き出す!――




「そりゃそうだろうねぇ!!」


 マルーザはシドラオが何をし始めるのか、直前の動きで理解したようだ。


 自分の足元に落とした左手に引っ張られる形でシドラオは自身の肉体を、左手の場所へと強引に引っ張らせたのだ。マルーザの近くに左手を叩き落としたのはこの行為の為だったのだろうか。


 シドラオ自身の身体も地面から浮いてしまう程に力強く引っ張られながら、シドラオは鱗を分厚くさせた両脚を両端に向かって開脚する。開いた意味を理解していたかどうかは分からないマルーザだったと思われるが、体当たりをされれば無事では済まないという事は理解したはずだ。再び回避に走るが、今度は跳び上がる、というよりは高度を上昇させたと言うべきだったかもしれない。


 マルーザは下半身の存在しない、常に宙を浮いた特異な体質なのだ。




――マルーザのいた場所を物凄い速度で通り過ぎる――




()けやがったか幽霊野郎め……。でも終わりじゃねぇぜ?」


 本当は両脚を開いた状態で突撃し、脚を相手に激突させてやろうと企んでいたのかもしれないが、失敗に終わり、今は無造作に前のめりに地面に滑るように倒れ込んでいた。


 しかし、それ自体で負傷等を受ける訳も無かったようであり、すんなりと立ち上がった後に、跳躍を開始したのだ。


 それは高度を上げて浮遊を継続させていたマルーザに軽々と届いてしまう。


「……しつこい奴だね」


 マルーザは自分に跳躍で接近し、尚且つ掴み掛ってきた怪物に対抗する為に、乱暴に自分の両方の二の腕に掴み掛ってきた相手を払い退ける為に両腕で反撃を試みる。


 反撃とは言っても、ただ掴み掛る相手を引き剥がそうと力を込める事しか今出来る事が無かったようであるが。




――マルーザ達の下にいる少女2人は……――




「あいつ……。でもサティアもちょい心配だな」


 勿論あいつとは、跳躍した上でマルーザに掴み掛ったシドラオの事だ。ルージュは見上げながらシドラオの乱暴な掴み掛る様子を確認はしていたが、ふとサティアの事も視界に入り込んだ際にあのまま放置しても大丈夫なのかと僅かに不安になり始めたようだ。


「ルージュさん私サティアさんの援護に行きますね! あいつの事は任せます!」


 横にいたリディアはルージュの狙いがほぼシドラオに向けられていると悟ったからか、自分は別の道を選ぶべきだと考え、リディアの目から見てもサティアの状況が好ましくないものだと認識出来た為、その場でそれぞれの役割をやや独断に近い形で決定させてしまう。


 そしてやはりサティアに襲い掛かっていたシドラオの右腕そのものの様子がやはり放置出来るものでは無かったからか、即座にその場から走り出してしまう。




「判断早いなお前……。わかった、あいつの事は任せろよ?」


 それを呟いた時にはもう隣にリディアはいなかった。聞こえていなかったであろうルージュの今の言葉ではあったが、ルージュも自分の目的に対して遅れを見せる訳にもいかなかったからか、右手に力を込め、炎を灯すが、その中から現れたのは苦無くないであった。




――右手に持った苦無(くない)をシドラオの腰を狙って投げ放つ!――




 それはシドラオを突き刺す目的では無かったのかもしれない。手を伸ばしても届かない高さにいるシドラオの腰に投げつけた苦無は、ルージュの右手に繋がっていた鎖を使う形で腰に巻き付いたのだ。


 巻き付けた鎖を強引に引っ張るようにして、ルージュは無理矢理にシドラオをマルーザから引き剥がすと同時に、自身では飛行能力を持たないであろうシドラオを地面へと落とす。


「さっさと離れろよぉ!!」


 ルージュの右手に連結されている鎖は炎の魔力から作られたものだったのだろう。それを左手でも掴み、単刀直入な力任せに下に向かって引っ張り始める。


「けっ! 邪魔しやがるか!」


 腰に鎖を巻き付けられたシドラオは自分が捕まった焦りよりも苛立ちの方が(まさ)っていたようであったが、それでも無理矢理な引っ張る力に対抗する事が出来なかったからか、シドラオはマルーザから引き剥がされてしまい、地面に向かって引き寄せられてしまう。


 背中から地面に落とされたシドラオであったが、苦痛の声も上げずにすぐに上体を持ち上げる。




「邪魔して悪いか? にしても身体頑丈な奴だなぁ!」


 起き上がろうとしていたシドラオに向かって、ルージュは言うが、手を伸ばしても届かないであろう高所から、更に重力に追加させるように引っ張る力も加算されていたのにも関わらず落下の衝撃にも平然と耐えていたかのような素振りを見せていた怪物の男には多少なりとも人間との近いを思い知らされた事である。


 シドラオはやはりまだ戦う力を奪われた訳では無かったようであり、ルージュの言った事も聞き取っていた様子であった。


「褒めてくれんのか? じゃあこれは礼だ! 感謝しろよ!」


 立ち上がっていたシドラオは自分の頑丈な肉体を評価してくれたと感じたのかもしれないが、それが自分の戦闘意欲を下げる事にはならなかったようであり、突然その場で右足を持ち上げ、目の前に突き出すようにその場で踏み鳴らす。


 それはただの威圧行為のようなものだけでは終わらず、まるで脚そのものから噴射でもされたかのような風圧が放たれたのだ。


 前方に集中する形で飛ばされたそれはルージュの身体を弾き飛ばすには充分であった。




「うっ! 何が感謝しろ、だよ!!」


 風圧が前方から突然放たれた為、ルージュは全身を乱暴に後ろへと押し飛ばされる力に何とか耐え抜く。顔面に何かが飛んでくる事を警戒していたからか、両腕で顔面を防ぎながら礼としてのこの攻撃をありがたく受け止める事はしないと言い返す。


 濃い紫のジャケットと真っ赤なスカートが派手に風で揺れる中で、両腕の間からシドラオが今度は何をしてくるのかを目視するが、何か攪乱(かくらん)する様子を見せる訳でも無く、真っ直ぐとルージュに近寄り始めていたのだ。


「その妙に反発気味な態度とか、その見た目とか、お前ってあれか? スキッドの恋人か? 確かお前ルージュって呼ばれてたよな? どうだよ?」


 まるで何かを思い出したかのように、シドラオはルージュを相手にした戦いの中で昔聞かされた人物の姿が今ここで蘇ったようである。


 それは今向かい合った上で戦っている本人であるが、過去の誰かの説明でしか出ていなかった名前の持ち主が今ここにいるのであれば、詰め寄ってみるのも良いものだと考え始めたのだろうか。




「呑気に質問飛ばしてる場合かい!?」


 まだ高所で滞空していたマルーザからの氷の波動がシドラオの頭上目掛けて発射される。


「ふん!! 別にいいじゃねぇか? 気になった事はその場で聞くのが生きる上でのあれだぜ?」


 しかしシドラオは瞬時に背後を振り向くと同時に上方から迫る氷の波動を左腕で殴りつけるようにして粉砕して見せる。相手は敵である為、始末してしまえば聞きたい事も聞けなくなる、とでも伝えたかったのだろうか。機会を逃す前に聞き出すのがシドラオのやり方、とでも言うべきだろうか。




「あぁそういえばあのゼノだったか、あの異臭男も言ってたなぁ。お前もなんか知ってんのかよ?」


 ルージュは地下に降りる前に戦っていた無精髭の男であるゼノからもスキッドの話をされていたのを思い出し、そして(ついで)とでも言うべきか、近寄られた際に感じてしまった異常な口臭も蘇ってしまった為、僅かでもあの男の評価や立場を上げてやろうという気持ちを持たずにゼノの存在を出した。


 それでもやはりスキッドというルージュにとって大切な存在の話を両者揃って知っているという所で、どうしても引っかかりを感じた様子だ。


 今聞く状況では無かったのかもしれないが、少しでも何かを吐かせた方が良いかと、ルージュは敢えて相手の方から喋らせるように誘う。先程シドラオを引っ張り落とした時に使っていた苦無(くない)はもう右手から消滅させていたが、いつ飛び掛かられても対応出来るようになのか、両方の拳は強く握られていた。









今回はルージュにとっての大事な存在であるスキッドの話が出てきます。恐らくこれからルージュにとってはスキッドという少年キャラが絡む物語になるような気がしますが、リディアにとってはこれからどういう風に話が進むのでしょうか? まあそれは作者が考える事なんですけどね。

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