第32節 《違法薬物の製造基地 再会した野盗の男は少女らを食らう?》 5/5
今回は敵側に新しい人物が登場します。一応今回はリディアとルージュは優勢ではあるはずですが、新しい相手の存在でまた色々と……。
リディアとルージュは確かに実験体の女性2人を基地内で倒した
しかし、まだ残っている相手が目の前に存在した
それは、裸の上半身と謎の異常な口臭を持つこの基地のトップであるゼノの存在だ
奴は大型の鉈を右手に持ち、リディアを斬り付けようとしたのだが……
「いってっ!! てめぇ何しやがる!!」
ゼノはリディアの投擲した氷の塊を右の手首に受けてしまい、そのまま鉈を手放してしまう。痛み自体は強いものであったが、それでもゼノにとっての敵対者であるリディアに弱みを見せる訳にはいかなかったのか、右手を、手首の先を硬直させながら脂で湿った眉間に激しく皺を寄せるが、その後にリディアの追撃が開始されてしまう。
何も喋らず、黒い戦闘服を纏った少女であるリディアはゼノの顔面を狙うかのように、右腕を後方に引きながら飛び掛かったが、自分に向かってくるリディアをしっかりと目の前で捉え始めてしまったゼノに気付くなり、リディアはそのまま攻撃、という選択肢を取る事を止めてしまう。
――目の前からリディアの姿が消滅し……――
「なっ!! 消えやがった!」
ゼノの言う通り、リディアはゼノに飛び掛かる様子を見せながらそのまま姿を消滅させてしまったのだ。
しかし、実際はゼノの背後へと回っており、実質的な瞬間移動そのものだったと言えるかもしれない。
「そんな事で……」
瞬間的に姿を消滅させ、ゼノの背後に周ったリディアはただ姿を消滅させた程度で驚いていたゼノをもう厄介者として認識する事を止めてしまおうと考え始めたのかもしれない。
そして背後に周ったリディアは右手の先にエナジーリングの力を集中させ、ゼノの背中に右手を接触させる。そして右手自体はゼノの背中を直接掴んでいる訳では無く、殆ど掌をゼノの背中に貼り付けているような形ではあったが、その状態でゼノの身体を右腕だけで持ち上げていたのだ。
「て、てめぇ何しやがる!?」
ゼノは身体が持ち上がるのを確かに感じ取ったが、それは自身の意思に反するものであり、背中を反らされたまま身体を浮かされ、まともな抵抗も出来ないまま、ただその場で罵声を散らす事しか出来なかった。
「別に何してもいいでしょ?」
リディアとしてはもう決着を付けてしまいたいと思っていたのだろう。右腕にエナジーリングの力を集め、右腕だけで男性の体重をそのまま持ち上げるが、それは次の動作の為の下準備そのものであったのは言うまでも無いはずだ。ゼノを、能力を集中させた右腕だけで持ち上げていたが、右手はしっかりとゼノの背中に張り付いており、そして異なる力の乗せ方を右腕に流し込んだのだ。
――力任せにリディアは敵対者を投げ飛ばす!!――
「とぉりゃあぁああ!!!」
あまり少女であれば発したいとは思わないような気合をリディアは黒のマスクの下でぶっ飛ばしながら、そして右手の先に張り付かせていた敵対者も壁に向かって投げ飛ばしたのだ。
リディアの体格は少女として見ればそれなりに引き締まってはいるが、筋肉でアピールしている男性達と比較すれば随分と細い部類に入ると言える。それだけの差がゼノと比較した場合は存在していたが、能力で右腕を一時的に強化していたこの状況では、投げ飛ばす行為は容易だったのだろうか。
「うあぁ!!」
抵抗が敵わなかったゼノはそのまま壁へと、背中の方向へと投げ飛ばされてしまい、壁に接触するまで自分の肉体が床へと戻る事は無かったのだ。
そして背中から引き寄せられるように壁に衝突させられたゼノは汚らしい声を絞り出すように放ちながら、そのまま床へと足から落ちた。座り込むように崩れ落ちたゼノは何も喋らなくなる。
「なんだぁ? あっさりやられてるなあいつ」
ルージュはリディアの右腕だけで投げ飛ばす様子をしっかりと見ていた為、派手な光景に対して思わず口に出してしまったのである。リディアの本気は体格の太い男相手でもほぼ一撃で黙らす事が出来るのかと、しばらく見ない間に随分と実力を付けたと感心もしたはずである。
そして、ゼノは背中を壁に押し付けるように座り込んでいるが、立ち上がる様子は無かった。
「その方が好都合ですよ! じゃ、追い詰めますか?」
リディアはあの実験体となった女性2人の時のように追い詰められてしまうのかと当初は警戒していたが、いざ戦ってみたら殆ど一瞬に近いような時間でゼノを怯ませる事が出来た為、決着を付ける為に緊張感が伴った余計な体力を消費する必要も無い事が分かり、あまり威圧感を感じさせないような態度をルージュへと見せた。
しかし、ゼノに向かって一歩踏み込むと同時に再び右手から氷の刃を生成させる。
「お前結構危ない奴化してるな」
ルージュから見ると、リディアの出した氷の刃は相手が自分の意図に反する行動を取らないように脅迫する為の道具として扱われるとしか思えず、思い切った行動を取る奴でもあるのかとその場で感じたようだ。
「別に私はそういう属性じゃないですよ? でもあいつはとりあえず止めないとこっちが危ないですからね?」
リディアは歩いていたが、ルージュはまだ歩き始めていなかった為、背後にいたルージュに振り向きながら、それでも足は止めずにリディアは自分が危険な性格では無い事を説明したが、ここは自分の命を失うリスクの伴う戦場そのものである。時には刃物で相手を黙らせる事も大事なのだろう。
「てめぇら……。ただで済むと思ってねぇだろうなぁ?」
背中への衝撃が相当に強かったのだろうか、壁から背中を離す事が出来ないまま、ゼノは負け惜しみのような弱音を漏らす。しかし、目付きだけは暴力的で、今にも襲い掛かりそうな形を見せていた。しかし、身体は動かないはずだ。
「いや、それお前が言う台詞じゃないと思うけどな」
歩き続けるリディアの後ろを付いていくようにルージュも足を進めるが、ただ壁に投げつけられただけで数秒以上座り込んだままの状態を見せているような相手に対し、ルージュはもうこの男が自分達を打ち負かす所を想像する事すら出来なくなっていたのかもしれない。
「その通りだよ? あんたの方がただで済まなくなる状況にしてあげるからさ?」
ルージュと気持ちを合わせているかのような口ぶりであったリディアだが、そこまで力を入れている様子は無かったが、持ち上げた右手、即ち氷の刃を握っている方の手をなんだかやる気を感じられない力で振り下ろしたが、氷の刃から放たれた冷気の塊は正確にゼノの特定の部位に向かって飛ばされた。
――男の左手を床に固定させてしまう――
「うわっ! て、てめぇ!!」
ゼノは自身の左の手首に冷気をぶつけられ、そして同時に左の手首を床に手錠をかけられるかのように固定されてしまったのだ。
右手には放たれる事は無かったが、床に固定されてしまったせいでもう立ち上がる事も体勢的に不可能に近くなってしまったのである。
「とりあえずあんたはそこで固定させてもらうね。どうせまた殴り掛かってくるだろうから」
リディアは左腕を床に固定させてしまったゼノを見下ろしながら、座り込んだまま立てなくなっているゼノの足の先辺りで歩くのを止め、ややゆっくりと氷の刃の先端をゼノの顔面へと向ける。
「流石にこいつはまだ殺さないか。まあ聞きたい事も大量にある訳だしな」
ルージュもリディアの左側へと辿り着き、そこで足を止めるが、刃の先端をゼノに向けたままでいるリディアを見ながら、先端を向けている本当の意味を考えてみたようだ。命を奪う為では無く、吐かせる事を無理矢理にでも出させる為なのだろうか。
「一応私としては騎士団の方に引き渡したい所ですけど、今聞ける事は聞いた方がいいと思いますよ? ちゃんと生きた証拠がここにいるんですから」
リディアの計画はこれであったらしい。個人的に情報を出させるよりも、調査や尋問に長けているであろう専門の者達に任せた方がより事はスムーズに進むのは分かっていたのかもしれないが、リディアも彼らの仲間らしき者達に狙われる事も多かった為、個人的にも聞きたかったという心情も多かったのだろう。
「お前ホントに仕事人の顔になってるな。まあ、確かに騎士団にあっさり渡したらこっちが聞きたい事が聞けなくなる可能性もあるしな」
ルージュはふとリディアの横顔を見るが、表情がやはり真剣そのものになっているのと、そして氷の刃が外見以上に鋭く見えてしまうのも、やはりリディアのこれからの相手の言動次第で周囲を恐ろしく感じさせてしまう決断を取る可能性がある姿のせいだろうか。
騎士団による尋問の内容を外の世界の人間に過ぎないルージュ達にわざわざ公表してくれるかどうか分からない以上は、自分達の手で聞ける話は引き出した方が良いのかもしれない。
「やる時は私だってやりますよ? 所で、こんな大掛かりな実験ってあんた1人だけでやってる事じゃないでしょ? 吐いてくれる?」
リディアはゼノが視界から外れない程度にルージュに顔を向けながら短い返事を渡す。
そして再度ゼノに向き直し、基地の中で行なわれているであろう実験がゼノ1人だけで全てを指揮しているとは思う事が出来なかったのか、背後にもっと大きな誰かがいると悟りながら、ゼノに事実を喋らせようと試みた。
「武器で脅すつもりなのか? お前も野盗みてぇなやり方に目覚めたか」
今までは自分が使っていたやり方だったはずだ。しかし、それを自分自身にされている事でゼノはこの時初めて野盗という法の世界から外れた者達に襲われる被害者の気持ちを理解したのかもしれない。
しかし、何故か氷の刃の先端に対してそこまでの恐怖は感じなかったようだ。左手を拘束されているというのに。
「そんな事言っても私手は止めないからね? 聞いてるんだけど、あんたより上の人間とか、いるんでしょ? 命令とかしてる奴。教えてくれる?」
リディアは自分が野盗と同類だと言われていると感じたようだが、それを理由に刃を降ろす選択肢を取らなかったのである。寧ろ相手のペースに合わせるような事をするつもりも無かったはずだ。
ゼノの背後にいる者達の正体を知った上で、そのまま今後の掃討対象として決めるつもりだったのだろうか。青い瞳を細くしながら、喋らせようとする。
「お前に教えてどうなるよ?」
リディアに押されてしまっている事を認めたくないのだろうか、それとも伝えてしまえば自分達の属している場所に余計な敵対者を送り込む事になってしまう事になるからか、少しでも言わなくても済む方向に進んでくれる事を心のどこかで祈りながら、時間稼ぎのような振る舞いを見せる。
「渋るつもり? まあ一応こっちとしては聞いたら聞いたで私の仲間に伝えて、そしてあんたに命令飛ばしてる連中も潰すだけだけどね?」
リディアは無理矢理にでも言わせるつもりであったようだが、何となくゼノが聞いてくる理由を求めているように感じたからなのか、実際に自分が何を考えていたのかを話してみせた。ただここで聞いた事実を自分の仲間達に説明をした上で、今後の戦闘や旅の上での警戒や目標を伝えるだけに過ぎないようだ。
どちらにしても、この基地での目的は兎も角、背後の存在を知らない事にはここを立ち去る訳にはいかないのかもしれない。
「多分あれだぞ。お前にはもう選択肢は無いと思うぞ? こいつの向けてるそれ、剣なのか? まいいや、それお前に振られたらお前終わるんだぞ? 言った方が身の為だぞ思うけどな?」
ルージュはリディアとは異なり、武器を直接出している訳でも無く、そしてゼノに向けている訳でも無いが、隣でリディアの向けている氷の刃が最終的に示すであろう意味を読み取っていたのである。
一瞬その氷が剣と表現しても良いのか分からなくなったようだが、それが剣であろうが異なる何かであろうが、ゼノは鋭さを見せた氷に命を握られている事に代わりは無かったのだ。
「けっ……強がりやがって。お前も友達どもに言い触らして俺の仲間潰す気でいんのかよ?」
2人で来られている事で人数を武器にされていると感じたからなのか、ゼノは左腕にそろそろ窮屈さと筋肉への負担を感じながら、明日から自分の仲間達が目の前にいる少女達に狙われる事になるのかと、自分が追い詰められている事を徐々に自覚し始めていた。
「何言うの長引かせようとしてんだよ? 潰すのは確かだろうなぁ。それに、お前らみたいな野蛮な連中がいるせいでわたしの大事なあいつがなぁ今連絡も何も取れなくなっちまってるんだよ。お前がそいつらの仲間だって事ぐらい見りゃ分かるんだよ」
無駄な負け惜しみ等を汚い口から漏らす事で、自分達の質問から逃げようとしているゼノに対し、ルージュは1つ言葉を飛ばす。
そしてふと思い出したのだろうか、ルージュにとっては友達等とはもっと異なる意味合いを持った相手が存在したようであり、どうやら現在はゼノの仲間に該当するであろう野盗の組織と激闘を繰り広げている最中だったようだ。今は身の安全が保障されているのかどうかが疑わしいような危険な状況であるらしく、この関係もあってか、野盗を見ていると平然としてはいられなくなるのかもしれない。
「そうかそうかそれはめでてぇなぁ。なんだお前? そいつん事探る為にわっざわざ俺らに喧嘩売ってたのか? 馬鹿めが」
ゼノはルージュの言う大切な相手が自分達の仲間である野盗の集団と戦いを続けているという事実を知っていたのだろうか。
わざとルージュのどこか揺らいでしまっているであろう心情を突き刺すかのように、野盗という本来であれば近寄りたくないと思うであろう危険な者達を相手に戦いを挑んでいるのかとゼノはわざとらしく聞くが、最後の罵倒を意味する言葉がやはりルージュの心を突き刺してやろうという意図を見せていた。
「悪いかよ? お前らみたいな無法もんがいるからあいつが毎日戦ってんだよ。それにお前に聞いたってあいつが今どうしてるかなんて分かる訳無いよな? お前の背後に誰がいるかさっさと言えよ」
確実に今ルージュは自分の大事な相手がゼノから侮辱を受けたと感じたであろう。それでも余計に怒鳴り散らす等のような感情の爆発はさせず、どこか無理矢理に自分を冷静でいさせるかのようなブレーキをかけながら、今現在も戦いを続けている事を、事実そのものを伝えてやった。
そして消息に関してはこのゼノに聞いた所で、期待が乗った答えが返ってくるとも思っていなかったようだ。
直接武器を取り出す事はしなかったが、立ったままの状態で、ゼノを見下ろした視線を続けてはいたが、目付きをここで更に細く鋭くさせた。
「お前も性格通りの力任せでやる気なのか……。いるっちゃあいるぜ? まあお前らがここで泣きべそかいてもしらねぇけどなぁ?」
武器を実際に突き付けているリディアの隣にいるルージュの目付きから、ゼノはこの状況を少女2人の純粋な力で押さえ付けられているものであると認識せざるを得なかった為、今まで隠していたのだろうか、この状況を打破してくれる存在の事を、やや弱ったような口調で明かした。
どうやら2人の少女を追い詰める事が出来る程の実力を持つようであるが、この基地にいるという意味なのだろうか。
「なんでいきなり態度余計に悪くさせてるの? それと私ら別に誰が来ても最低でも泣く気は無いから早く教えてくれる? 背後にいるのって、誰?」
口調こそは威張ったような雰囲気を見せていなかったが、泣きべそという無駄に誇張させたような表現を聞いたリディアはゼノが何かしらの抗いの意思を持っていると感じたが、今のゼノの様子を見れば仮に仲間が現れたとしてもゼノと同類のようにしか受け取る事が出来ず、弱みを見せる必要性なんか無いとしか考える事が出来なかった。どのように怖がれば良いのかすら身体そのものが教えてくれさえしなかったのかもしれない。
「お前今勿体ぶるようにいるって言ってただろ? じゃあ名前言えよ? 期待させるなら言えよ」
ゼノには自分の今追い詰められている空間を変えてくれる程の力を持つ仲間がいると、目の前の少女に言いたかったのだろうか。
ルージュは寧ろそれを歓迎でもするかのようにゼノに説明を催促する。最初こそは相手を威圧するかの如く苛々しているかのような表情ではあったが、今の時点だと寧ろ名前は勿論、姿の方も直接目にしたいと期待を持ち始めていたのかもしれない。
勿論現れたとしても、自身の武器である炎の拳で叩きのめすのは確実である。
そろそろルージュの方も掴み掛った上で無理矢理にでも名前を出させてやろうと武力行使を計画しようとしたが、先程実験体の女性が現れたドアの奥が妙に騒がしくなる。
足音とでも言うべきか、それとも何か重量のある物体を乱暴に床に落とすような音とでも言うべきか、質感のある音がドアの奥から聞こえ始めていたのは事実であり、そしてそれはもうドアそのものが音を発しているのかと思いたくなる程に近くに迫っていたのである。
――ドアが開かれ、中から女性が現れた――
「ゼノく~ん! 実験で凄い結果……」
わざと色気を混ぜ込んだような甘ったるい声を出しながら、仲間なのかそれ以上の関係なのか、対象となっている男へと顔を向けた。
身体の色、基肌の色は少しだけ濃い色合いを見せていたが、服装は女性として見ると明らかに男性達に対して挑発的とも言えるような異様な露出度を誇るものであり、緑の布で作られた異常に短いミニスカートと、細く引き締まった腰をわざとらしく見せるような丈の非常に短い、スカートと同じ色の緑のキャミソールを着用している。
金色を無理矢理に混ぜ込んだような妙な銀色の長い髪を持ったその女性の首元を見ると、まるで竜の鱗を思わせるような硬質な外観が覗かれていたが、竜人らしき女性がゼノの傍らにいる2人の少女を見るなり、突如口調を豹変させる。
「って誰だお前らぁあああ~~~!!!!!」
竜人の女性は酷く濁った怒声を室内に散らしながら、ドアの横に立て掛けてあった棍棒を右手に持ち、走り寄る形でリディアとルージュに接近する。
棍棒を持ち上げている辺り、近寄り次第殴り掛かってくる事は2人でも容易に想像が出来た。
「なんだあいつ!? リディア離れるぞ!」
「勿論ですよ!」
ルージュはリディアと違い、こちらに向かって来る竜人の女性に近い場所にいた為、恐らくは自分の身体が原因で相手の姿を目視しにくい状況だったと悟りながら、リディアの腕を引っ張りながら即座に後退する。
しかしリディアも突然響いた怒声で既に気付き、そしてルージュ超しに目視もしていたからか、腕は引っ張られていたが、自分自身でも後ろへと引き下がる為に脚を動かしていた。
「お前らあたしの大事なゼノ君に何しやがってんだおい!!」
左手を床に固定され、立ち上がる事が出来ないゼノの前に立ち塞がりながら、竜人の女性は眉間に激しく皺を寄せながらリディアとルージュに鋭い視線を向け続けていた。右手の棍棒は握られたままであり、今不用意に近付きさえすれば本当に殴られそうである。
「あぁ、なるほどねぇ、お前の状況壊してくれる仲間ってその性格メッチャ悪そうな女の事なのか?」
相手は妙に露出が多すぎる服装をしていたが、ルージュも同じ女性である為、大して何も感じる事は無かったようだが、それよりも、ゼノのあの仲間がいるという発言の後に現れた人間であった為、ルージュは今いる少し人間と特徴の異なる相手こそが発言の中に存在した者だと察知した。
「ルージュさん注意してくださいね? あの女よく見たら竜人ですよ? 首、見てください」
リディアは今現れたゼノの味方をする荒れた銀色の長髪の女性の首筋を見てただの人間では無い事に気付く。
ルージュがそれに気付いているのか、それが分からなかったのと同時に心配でもあった為、リディアは自分自身の首の側面を右指で差しながら、ルージュに相手の首元を確認するように促した。
「ってゼノく~ん! なんでこんなもの付けられてるの!? 外してあげる! えぇい!!」
竜人の女性は座り込んだままのゼノがどうしてその体勢を維持しているのかを意外と早く理解してしまう。
左手が床に密着していたが、手首に氷の輪のような物が絡まっており、それが床に固定されていたが為にゼノは身動きが取れなくなっていた事も一緒に知り、束縛を潰す為に右手を氷の輪に伸ばした。
――左手の氷のリングを、力尽くで引っ張るように砕いてしまう――
「あぁ確かに竜人だな。ってか竜人って皆あんな喋り方すんのか?」
ルージュは氷の輪を力任せに引き抜くように砕く竜人の女性の後ろ姿を見ながら、首元に特徴を感じさせてくれる鱗が見えていた事を確認する。
ほぼ前屈みになりながら氷の輪を引っ張っていた為、挑発的に短いスカートからほぼ見えていた気がしたが、同じ女性同士であるからか、ルージュは何も思わなかったようであり、そしてそもそも見たとしても価値として評価する気も無かったはずだ。
「いや、多分それは無いと思いますよ? あいつの仲間なんですから寧ろそれが普通なんじゃないんですか?」
ルージュは竜人の女性の口調に込められているわざとらしい粗暴さに疑問の意思を持っていたようだが、リディアとしてはあの性格は竜人だから、では無く野盗というグループに属しているからこそのものだと意見を出していた。
ゼノはあっさりと自由になってしまったが、だからと言ってリディアの表情に焦りの色は見えてはいなかった。
「言われてみたらそうだな。わたしみたいなフレンドリーな口調だったら逆におかしいか」
ルージュは自分達がいるというのに、平然と今まで拘束されていたゼノに絡み付くように抱き付いている竜人の女性の後ろ姿を眺めたままあの口調や性格の真の理由に納得をする。
決してルージュの方も性別や年齢を考えるとあまり丁寧な口調とは言えないのかもしれないが、本人は自分の口調をあくまでも友好を意味するものとして捉えていたようだ。
「いや、あれってフレンドリーって表現するんですか……?」
リディアはルージュの口調の捉え方に疑問を抱いてしまい、ある意味では珍妙にすら聞こえてしまう言い方に思わず問い詰めてしまう。青い瞳が少しだけ細くなるが、返答が来なければ答えは分からない。
「そうだよ! 嘘の無い立派なわたしの表現方法だぞ!」
もしかしてリディアもルージュの口調を、目の前の竜人の女性と同じ乱暴な形として評していたのかと思ってしまったのか、あくまでもルージュは友好の証である証拠としての今の口調であると強く言い返してしまう。自分の気持ちをそのまま偽り無しに相手に伝える事こそがルージュにとっての大切にしたい今の性格であるようだ。
目の前にいる竜人の女性のように、相手を力でねじ伏せる為の口調では無いと主張していたのである。
「それは分かりました。それより、いきなり出てきたあんたがそのゼノって奴より上の立場の……人なの?」
リディアはとりあえずルージュに理解をしたという事を言葉と苦笑を表現した表情で伝えた後に、竜人の女性に視線を直す。
ゼノの盾になるように立ち続けている女性に向かって、ゼノとの関係を問い質す為に言葉を渡す。尤も、返答の内容には期待をしていないと思われるが。
「何の話出してんだよ? お前ら、ゼノ君の事虐めてただろ、あぁ!?」
竜人の女性は、目の前にいる少女2人がどういう気持ちで自分の事を待ち構えていたのかを把握していなかったのだろう。自分にとっての大事な仲間というべきか、それ以上の関係を持っているのか、ゼノを2人で追い詰めているようにしか見えなかったからか、可愛げが無い目付きで少女2人を捉える。
「いや、虐めっていうか私は無理矢理連れてこられたからちょっとついでにここの目的探ったらそいつに出会ったって、ってか再会だけどそうなっただけなんだけど?」
リディアはこの基地に来た経緯を説明するが、竜人の女性の態度に怯んでいる様子は見せていない。元々場慣れもしているのか、それとも竜人の女性の戦闘能力を自分にとって脅威として捉えていないのだろうか。
そして一応リディアからすればゼノは再会という形ではあるが、以前どのような形で出会ったのかについては説明しようとはしなかった。
「わたしは元々ここでされてる明らかに違法な実験してる連中潰す為に来たんだけどな。これは虐めとは明らかに違うからな?」
ルージュもこの基地に侵入した理由を説明するが、再会という事情では無いにしても、ここで行なわれている実験を阻止するという目的があった為、この基地を無視する事が出来なかったのだ。
「お前らの事情なんか知らねぇよ! 2人で詰め寄ってたらもう虐め確定なんだよ!!」
竜人の女性からすれば2人の少女がここにいる理由や来た要因等はどうでも良かったようであり、ゼノに痛い思いをさせていたであろうあの状況に対し、どうしても怒りを隠す事が出来なかったようだ。
左手は自由になったはずのゼノだが、まだ座り込んだまま、女性の背後で黙り込んでいる。
「無理矢理虐めって事にしやがったぞこいつ……」
ルージュとしては竜人の女性が今までの経緯をしっかりと把握していない事が今のような解釈を取ってしまう理由を理解出来なくも無かったが、ゼノとの直接のやり取りをしていたルージュからすれば、この状況で勝手に虐めとして纏められてしまう事に違和感を隠さずにはいられなかった。
気持ち悪い物でも見たかのような表情を見せてしまうが、そこに弱気なものは一切混ぜ込まれてはいない。
「ってかあいつってそんなに弱いの?」
リディアはこの辺りでゼノの実際の実力を疑い始めるが、突然現れた竜人の女性の後ろで座り込みながら黙っているゼノを見ると、もう竜人の女性に甘えているとしか思う事が出来ず、もしこのままあの女性が現れなければどういう態度を見せていたのか、敢えて想像自体をしない方向で決めていた可能性もある。
「いやぁマチルダ助かったぜ。やっぱりお前の尻は最高だぜ」
ここでゼノは無精髭に包まれている汚らしい口を久々に動かし始めるが、実際に救われたのは兎も角、座っている状態であるせいで丁度目の前に竜人の女性の臀部が映り込んでいたからか、ゼノはずっとミニスカートの内部を妄想していた、という事なのだろうか。
「も~ゼノ君ったら~。今は我慢してよ~。あいつら始末出来たらまたた~っぷり触らせてあげるからさ~」
言葉に反応を見せたマチルダと呼ばれた竜人の女性は、リディア達に放っていた暴言とは打って変わって、優しいというよりは甘ったれたとでも表現した方が良さそうな口調で、ゼノに振り向きながらそのまま両手でゼノの顔を挟むように掴み、そして膝を一切曲げず、腰だけを倒しながらゼノに自分の顔を近づけた。
リディア達に向かって腰を突き出したような姿勢になっていたが、マチルダは全く気にしていないようだ。
「そうかそうか、所で、他の場所も味わってもいいんだよなぁ?」
マチルダに顔を近づけられながら甘い言葉を与えてもらったゼノはニタニタとした表情を作りながら、最初に直接口に出した部位の他の場所を求めても良いのかを聞き始める。顔が非常に近い位置に存在していたが、両者揃って満足そうな様子だ。互いに愛を誓っている証拠なのだろうか。
「も~っちろんよ? ゼノ君の為に毎日こんな素晴らしい美貌維持させてんだからさ~。あいつらとの違いし~っかり見せてあげようね?」
マチルダは自分の身体はゼノの為に存在するものだと信じ込んでいるのだろうか、自分の身体にこれから手を伸ばそうとしているかのような言われ方をしているのにも関わらず、寧ろ誘い込むかのように妙な伸ばし方を見せた口調をゼノに渡していた。
性格を無視する事が出来れば身体の方は細さと長身が重なる事でなかなかの評価が期待出来たのかもしれないが、それは全てゼノにしかされない様子だ。
「なんでいちゃいちゃしてんだよあいつら……」
ルージュは、自分達に向かってミニスカートを突き出したような体勢でこちらを睨みつけてくるマチルダの様子にただ気持ち悪がっているかのような表情を浮かべる事しか出来なかったようだ。突き出したような体勢のせいで興味の無い物が見えそうになっていたが、ルージュは極力直視せぬよう、視線を泳がせていた。
「まあいいんじゃないんですか? ある意味お似合いですし」
リディアは竜人であるマチルダの身体の事はどうでも良かったようであり、そして性格がどちらも粗暴という点では共通していた為か、2人が今している行為は兎も角、絡み合うには相性としては完璧であると、通常とは異なる評価を下していたようだ。
マチルダは自分の顔をゼノの顔面の至近距離にまで近づけているが、ゼノの口臭で気分が悪くなったりはしないのだろうか。ときっとリディアは思っていたが、いちいち聞いてみようとも思わなかったらしい。
「おいおい嫉妬かよぉお前ら? まあお前らはあたしらがも~っとアツアツになれる為の切欠になりそうだから簡単には死なせねぇぞおいおい」
リディア達に言い返す為に顔だけは背後、つまりはリディア達のいる場所へと向けるマチルダであったが、前のめりになっている体勢は崩そうとはしなかった。敵対者に言い返す為だけに今の体勢を崩す、というよりはゼノと互いに顔を至近距離にまで近づけるという行為を中断したくなかったのかもしれないが。
「っつうかお前ら、どうせ彼氏もいねんだろ? 俺様達のラブラブシーン見て悔しいんだろ? ちゃんと悔しいですって言えよ」
マチルダの前のめりになった身体によってリディアを目視する為の視界が遮られていた為、ゼノは横から覗き込むようにしながらリディアと目を合わせ、そして言い返す。
「いや、ストレートに言って私達普通にいるからね? なんで悔しがる必要あるのって聞きたいぐらいだよ?」
リディアは一応は言い返すが、内容自体は真っ直ぐな事実そのものであった。リディアにはもう大切な異性がおり、そこに対して嘘を言う理由なんて無かったはずだ。寧ろ敵対している相手に対してだからこそ自分が持つ事実を放ってやるべきであったし、隠さなければいけない程大切さの度合いが低い、なんて事は絶対に無かったはずだ。
少しだけ怒ったような口調でリディアは堂々とした態度で言い返した。
「わたしも同じだ、ってかさっきの話聞いてなかったのかよ。そして敢えて言ってやるけど、悔しいっていうか、気持ち悪いって気持ちでこっちはいっぱいだぞ?」
ルージュはゼノに対しては大事な相手が存在する事を喋った覚えがあった為、それを覚えていなかったのかと苛々した様子で聞いて確かめる。
勿論のように返答に期待はしていなかったはずだが、それよりも今はゼノとマチルダの2人のやり取りが自分にとって気分の悪くなる光景そのものであると伝えてやる事を忘れたくなかったはずだ。実際に言ってやる事で満足はしたのだろうか。
「他人の事気持ち悪いって言うのかお前って奴は。教育の悪さがとことん出てる女だなぁ。それと、ここに来たんだったら実験材料になりなさいよ? お仕置きの時間の始まりね」
自分達が互いの愛を確かめている、とは言ってもただ顔を互いに近づけているだけであったが、それを否定された事でようやくマチルダはルージュ達に向けていた尻を引っ込め、真正面を向けてきた。
否定をされた事が余程気に入らなかったのだろうか、他者を否定する事が駄目だという事を理解していないと感じたマチルダは、実験ついでにその辺の教育も一緒に行なってやろうと考え始めたのだろうか。しかし、実際に行なわれた場合、確実に命までも一緒に持って行ってしまう事になるのは言うまでも無いだろう。
「結局そうなっちゃうんだぁ。だから来たんだもんね。マチルダ、だっけ? こんな実験辞める気が無いんだったら私達もお仕置きし返す事になるよ?」
もうこの基地に入った時点で勝利以外に生きる術は無いと、リディアは理解しており、もうここで何を言われた所で自分達があっさりと解放してもらえるなんて考えてもいない。寧ろ、お仕置き目的で手を出してくるのであれば、リディア達の方から逆にお仕置きをし返してやっても良いのでは無いかという思考さえ生まれ始めたようだ。
「まあわたしも同意ってやつだな。お前の方が手応えもあって面白そうだし、それと、リディアと同じだけどそんな実験もう辞めろよ?」
ルージュは改めてマチルダの肉体を頭から足の先まで見回すが、ゼノとは違って確かに多少細身ではあるが、どことなく戦って強そうな雰囲気はどこか漂っていたようだ。ゼノの盾になって立ち続けているぐらいだから、たった1度投げ飛ばされただけで怯むという事は無いと期待していたのかもしれない。
それに、ゼノが本当にこの基地のトップであるのなら、もう既に他の実力のある騎士やその他の傭兵等によって潰されてしまっているはずだ。今も残り続けている理由がマチルダの存在なのは確実である。
「無理だなぁ。こっちも更に上に行く必要あんだよ。お前らみてぇにダラダラしょぼい事なんかしてたくねぇんだよ。この実験が認められたらあの方に正式に仲間に入れてもらえる可能性もあるしなぁ?」
ゼノはようやく何かやる気でも持ち始めたのか、座り続けていた状態から立ち上がり、実験には大きな目的が存在するのだとまるで威張るように喋り出す。目的とは、単に実験によって戦闘に特化した戦闘員を作る事では無く、それを提供する事で自分達が更に大きな組織に加わる事であるようだ。
「わたしらがしょぼい……か。どう思おうが勝手だけどお前らはあれだぞ? しょぼいって差別決めてる相手のせいでもうこれから実験出来なくなる可能性が出てんだぞ? 分かってるか?」
本当はルージュの中で自分達が小さい存在だと馬鹿にされた事で怒りが身体から突き破って現れる所だったのかもしれないが、ここでは感情を抑える方向で決めたらしい。
寧ろ、過小評価をしている相手のせいでこれからゼノは自分達の実験及びそれを行なっている施設を失う可能性があるという事を伝えてやりたかったのだろうか。ルージュにとっての未来は、もうこの施設を破滅させる道以外存在しないのだ。相手はただでは逃がしてはくれないのだから。
「随分あれだなぁ? お前ら俺様達が揃ったってのにだ、生きて帰れるとマジで思ってんのか? マチルダも来たんだからもう諦めろ。実験材料にして最高の人生味わわせてやるから」
弱気になってくれないルージュ達に対し、ゼノは自分達がこれから与えるであろうバッドエンドが、考え方を変えた時に実は価値が変わって見えてしまうかのような言い方を聞かせてくる。マチルダが加わった事で、自分達が有利に、そしてルージュ達が不利になったと自身を抱いていたが、どうせこの基地で最期を迎えるのならそれ相応の気持ちを持ちながら迎える器量ぐらいは見せろ、とでも強要しようとしていたのだろうか。
「だから無理だって。お前らがわたし達の人生保証出来る訳無いだろ。逆にこんな基地潰してお前らの方が全うな人生送れるように修正してやるから」
徹底的にルージュは否定を決め込んでいた。ゼノ達に自分達の未来を決められる言われは無いと考えており、そしてやはりこの基地の存在そのものが人類にとっては邪魔であり、そして害悪そのものである為、それを無くした方が余程人類の為にも、そしてゼノ達の為にもなると思っていたらしい。
自分の徹底的な否定をそのまま現実のものに出来るようにする為には、現れたマチルダを黙らせるしか無いのだ。
「どっちにしてもあんた達2人をどうにかしないと、私達帰れないだろうし、逃がしてもくれなさそうだし、じゃあマチルダだったよね? どの辺が強いのか、しっかり見せてちょうだいね?」
リディアはもう怖がってはいないはずだ。尤も、初めからそのような感情は見せていなかったかもしれないが、自分達の実力を本当の意味で発揮させなければいけない時間がもうすぐやってくるようだ。
再びリディアは右手から氷の刃を出現させたが、それはマチルダが口元から緑色の何か気体のような物を漏らしていたからである。相手は竜人であるから、何となく口から放たれる物を想像出来ていたのかもしれない。
今回登場したマチルダという女はゼノの完全な味方なのであの行為に関しても寛大に受け止めてしまうみたいです。でもリディア達からしたら普通に気持ち悪いのはしょうがない事なんでしょうか。敵サイドなので普通な相手いるとは思わない方がいいかもしれません。




