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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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≪第9節 待っていた仲間 ~毒に侵される意識の中で~≫

この節でやっととでも言うべきか、男性主人公が登場してくれます。やっぱり女の子だけの旅は危険が伴いますし、いざという時の突破口を見つけてくれるのはやっぱり男性です。


相変わらず更新は遅いですが、今回もどうかよろしくお願い致します。





          おれはなぁ、お前の事守ってくれって頼まれてんだよ?


              お前はまだガキなんだから、1人で突っ走んじゃねえよ?


          さっさとお前に会って、お前の事安心させてやりてぇんだよな


              そういえば、おれはお前が泣いたとこ見た事ねぇなぁ


          それはお前が強いのか、それとも強がってるのか、どっちなんだ?








「……その……声って、もしかして……」


 毒で身体が痺れ始めている中で、リディアは聞き覚えのある、赤一色の男の名前を確かめようとしたが、抱き上げられたその状態で時間の経過と共に意識が途切れ始める。敵では無い事が分かったから、気持ちが緩み、尚更意識が途絶え始めたのかもしれない。体内に残った毒は、仲間に出会えた程度では勝手に消えてはくれない。


「分かってんじゃねえかよ? 今はゆっくりしてろ! とりあえず今は脱出だぜ!」


 真っ暗になっている列車の外へ、赤一色の服、そして顔面をガスマスクで隠した男は、リディアを抱き上げたままで飛び出したのだ。そして、駆け抜ける。元々走る運動能力が優れているからなのか、人間1人を抱き上げているとは思えないような速度で一直線に目的地へと向かっている。




「おい! あいつだぞ! 俺らの仲間やりやがったのは!」


 駆け抜ける男の周囲には、増援と思われる盗賊団の者達が武器を持ちながら、殺意を立ち上がらせていた。団員の1人が赤い服の男を見つけ、場所を示すと同時に他の仲間達も一斉に武器を吠えさせる。


 赤い服の男の周囲に飛んでくるのは、銃弾や手榴弾である。


「やっぱ他にも来やがったか……。逃げられんのかよ、荷物有りなのに」


 足元に複数の銃弾、そして前後左右から手榴弾による爆風が飛んでくるが、赤一色の服の男は偶然当たらずに進み続けているのか、それとも攻撃の軌道を感覚で読み、その上で適切な動きを見せているのか、男には被弾している様子は見られない。


 灯りを赤い服の男は所持していない為、外が闇に支配されているが為に、標的を確認しにくく、結果的に盗賊団達の命中精度が落ちているという可能性もある。




「誰が……荷物よ……? 所で……ガイ……ウス……なの?」


 高熱のせいで身体に力が入らないが、リディアはこの男の腕の中で、まるで自分が足手纏いとしてそこにいるかのような言われ方をされた事だけは聞き取る事が出来た為、弱々しい声で自分が荷物では無い事を主張し、そして聞き覚えのある声だった為、何とかして名前を確かめようとする。


「そうだな、正解って事にしといてやる。脱出と逃走兼ねた車両奴らから盗んでるから、まずはそこまで行かねえと、だな」


 ガイウス。これがこの赤一色の男の本名かどうかは本人が分かっているはずだが、本当に正しかったのかどうか疑わしく思わせるような返答をし、そして今はどこに向かって走っているのかを簡潔に説明する。


 窃盗した車両をこれから使用する事を口に出していたが、元々相手は窃盗を生業とする集団であるから、そのような非人道的な集団から何かを奪い取ったとしても、それを責める気にはならないかもしれない。少なくとも、今のリディアの現状では。




「待て! 逃がすかよ!!」


 銃弾だけでは無く、今度は擲弾(てきだん)が飛んでくる。敵が擲弾筒でも使用してきたのかもしれない。ガイウスのすぐ横で土の地面が掬い上げられる。




「結構派手にやってくれんじゃねえかよ……。荷物が無けりゃ仕返ししてやるのになぁ」


 爆発物を使ってくる盗賊団達に仕返しでも考えていたのかもしれないが、ここでリディアを下ろす訳にはいかなかっただろう。戦う力は持っているはずだが、両腕が塞がっていては、攻撃を行う事は出来ないと思われる。




「返事が無くなったか……。まあ死んじまった訳じゃねえだろうけど、ギャーギャー言われるよりはマシか……」


 自分が戦う事が出来ず、逃走する事しか出来ない理由をリディアのせいにしたのにも関わらず、今度は一切の返答が無かった為、とうとう返事をするだけの力を失ってしまったのかと、何故か嬉しさを交えたような声を漏らす。


 言い返される内容は、当然と言えば当然であるが、ガイウスへの否定である為、それを飛ばされ、余計な知力や体力を使わされるよりはまだ良いのかもしれない。しかし、意識が無くなってしまったのであれば、尚更急がなければいけないだろう。




「逃がすなよ!! 女は殺さねぇようにだぜ! 高く売れるって話だからよ!!」


 ほぼ黒一色と言っても間違いは無いであろう車両が背後から迫っているのが確認出来た。窓を開き、上半身を乗り出すようにしてガイウス達に自動小銃を向けている。しかし、この台詞を聞く限りは、先程の銃弾や爆破も殺害目的では無かったようである。


 だが、命中すれば良くて重傷、悪ければ命すら落とし兼ねない威力だったはずだ。


「マジでうっせぇオヤジどもだぜ……。んで命中率悪りぃんだよなぁ」


 恐らく、盗賊団に所属している者達はほぼ全員がガイウスよりも年上なのだろう。暗がりとは言え、自分達を狙っている者の顔を確認出来たからか、ガイウスは加齢で老けた容姿に対する悪口に似た言葉と、攻撃精度の悪さに対する指摘を漏らす。


 ガイウスはただ闇雲に目的地へと走っているだけでは無かった。感覚を研ぎ澄まし、自分へと命中してしまうであろう攻撃に関しては走る方向を僅かな角度で変える事によって、命中を免れていたのだ。まだまだ自分は死ぬとは思っていないのか、呟く声には弱々しさは見えてこない。




「さてと、到着したぜ! あ、こいつ今瀕死で口聞けねぇんだったか……」


 盗賊団から奪取したであろう逃走用の黒い車両の後部へと到着したガイウスは、車両のリアゲートを開ける為に、リディアを抱き上げている腕の内の左の腕だけをリディアから離した。


 しかし、まだ意識は残ってはいたらしく、脚だけを地面に落とされたリディアは辛うじて自力で立ち上がる事は可能だったようだ。因みに、ガイウスの右腕はリディアの汗で滲んだ上半身を支えたままである。


 リディアを離した左腕は、リアゲートを開く為に使われていた。




――ゲートの奥には、もう1人の女の子が乗っており……――




「悪いなメルヴィ! これから荷物入れるから、受け止めてくれ!」


 乗っている、というよりは荷台の広々とした空間に座り込んでいたライトブラウンの髪の少女に向かって、ガイウスは少女の返答を待つ様子も見せずに、再びリディアを抱き抱える。


「え? 荷物……って、え!? 人!?」


 メルヴィという名前だったのだろうか。ショートヘアーの女の子はガイウスが見せてきた者がどう見ても人間にしか見えず、そしてその人間にしか見えない者を、ガイウスは前のめりに投げつけようとしていたのだ。


 本当に投げつけられた場合、何とかしてメルヴィは自分でそれを受け止めなければいけないだろう。




「多分こいつはメルヴィの知り合いだと思うけどなぁ? おらよっと!!」


 そうである。メルヴィと言うこのライトブラウンの髪の女の子は、リディアと同じ列車に乗り合わせていた者である。赤い半袖シャツの上に茶色の袖無しのジャケットを着た女の子は、ガイウスから投げ飛ばされたリディアを受け止める役割を無理矢理引き受ける羽目になったのだ。


 横向きに、リディアは荷台へと投げ入れられる。


「う、うわぁあ!!」


 いきなり目の前に投げつけられた自分とほぼ同じ体格の人間を、焦りながらもメルヴィは筒状の物体を受け止めるかのように、立ち膝の状態で両腕を下にして受け止める。投げ飛ばされた反動がリディア自身の体重と合わさり、尻もちを付きながら体勢を崩されてしまう。


「!!」


 決して意識を失っていた訳では無かった為、メルヴィに受け止めてもらった際に身体に走る負担が鮮明にリディアの意識へと響いてしまう。力を抜いていた為、背中や腕に痛みが走り、声自体はあまり出せなかったようであるが、苦痛の息を漏らしたのは間違い無い。




「そいつの介護頼むぜ! おれはこれから運転係だ!」


 ガイウスはメルヴィの返事も待つ事も無く、リアゲートを閉め、運転席へと駆け足で進む。


 これから逃走に使う車両の背後からは、盗賊団達の姿が見え始めていた。追いつかれる事は、それは即ち死を意味すると考えて間違いは無いだろう。




「面倒事はもうごめんだからこれでも投げとくか……」


 運転席に乗り込む前に、ガイウスは背後に向かって発煙筒を投げつける。


 背後が煙で包まれる中で、ガイウスはエンジンを起動させ、そのまま車両を前進させる。そのまま盗賊団が支配していたであろう空間から、このまま無事に抜け出せれば、今の状況だけを考えれば、幸せな事は無いだろう。




(もうさっさと町まで行っちまうか……。あぁおれ誰も相手いねぇや……。暇になりそうだぜ)


 リディアとメルヴィの乗っている荷台は、運転席とは壁で隔離されてしまっている為、実質的にガイウスは孤独な運転をしなければいけない。だが、リディアは現在は毒の影響で意識を失いかけているし、メルヴィは恐らくは今日初めて知り合った者であるから、リディアのように馴れ馴れしく話しかける事は出来ないだろう。


 退屈さを耐え抜きながら、ガイウスはハンドルを片手で握り続けている。


 所で、リディアの解毒はどうなるのだろうか。








*** ***








 ゆっくりと瞼を開くと、そこには白い天井が見えていた。空を遮るその天井は、自身が室内で眠っていた事を意味している。しかし、瞼を開いた以上は、もう眠り続ける訳にもいかない。


 だが、眠りを継続する訳にはいかないその理由は、単に意識が目覚めたからだけでは無い。まるで瞼が開いた時を待っていたかのように、男の声が聞こえた。


「やっと起きたか? さっさと顔洗ってホールんとこに来いよ? お前が捜してた人が待ってるぜ?」


 威圧感こそは無いが、僅かながらやる気に欠けるような声色がリディアの耳に入ってくる。目覚めた意識の中で、リディアはベッドの中で上体を持ち上げる。今はリボンが外れており、肩まで降りた長い紫の髪が揺れている。


「ん? あぁ、ガイウス、だよね? あの変な服は脱いでたんだぁ?」


 目の前にいたのは、男性らしく短髪で、空に向かって立ち上がったオリーブグリーンの髪をした、雌黄の目の男であった。年齢はリディアよりは年上だと思われる。男性らしく、中肉を思わせる程良い肩幅と、リディアよりも高いであろう身長が勇ましく映っている。


 青いズボンのポケットに両手を突っ込んだ状態で、ベッドの横から、リディアを上から見下ろしている。


 現在はもう赤一色の服は着ておらず、濃い緑のコートを着用しているのがガイウスである。




「当たり前だってあんなの。あんなのおれの趣味じゃねえしな。それより早く降りてこいよ? ミケさんマジギレしてるから、ちんたらしてるとブチ殺されるかもしんねぇぜ?」


 勿論あの赤一色の服を脱いだ理由は、盗賊団達との争いが無くなったからである。どこからあの服を調達してきたのかは分からないが、もうガイウスにとっては必要の無い道具である。


 ただ、急がなければリディアにとんでもない災厄が訪れるかのような脅しの混ぜた言い方は何とかならなかったのだろうか。


「って、え? やっぱりミケランジェロさんいらっしゃるんだぁ? だったら早く準備しないと、だね!」


 ガイウスは略称で名前を出していたが、リディアはそれだけで捜していた者の姿が思い浮かび、もうゆっくりはしていられないと、朝日の差し込む窓をバックに、飛び降りるようにベッドから出る。そしてミニテーブルの上に置いてあったリディア愛用の緑のリボンを掴む。




「あ、それとミケランジェロさんはそんなブ……その、やるとかそういう事はしないからね?」


 ベッドから降りた時は、捜し求めていた相手が遂に近くにまでやって来ていた事に喜びを感じていたが、ベッドから出た時に冷静になったのか、リディアはガイウスの言い方に不満を感じ始める。


 だが、リディアには暴力的な言い方をそのまま真似するだけの度胸は無かったのだろうか。声を詰まらせるなり、別の言い方を選択する。言葉を言い換えたにしても、本気でリディアに手を出してくるとは、リディアは考えていなかっただろう。


「ブチ殺すってそのまま言い返さねえのかよ。相変わらず綺麗な喋り方ばっかりする奴だぜ」


 数日間顔を合わせていなかったから、リディアの口調や性格を忘れていたのだろうか。


 ガイウスは戦いの世界で生きているとは思えないような清楚とも言える言葉の使い方をするリディアに多少ながら惚れたような感情を覚えながらも、しばらくはリディアの水色のワイシャツの背中を眺め続けていた。




「それって褒めてるの? それとも文句なの?」


 既にリボンで髪を縛り終えていたようである。いつものポニーテールの形にした後に、ガイウスに言い返す。今は戦闘の最中では無い為、久々に気を楽にして対話が出来たと実感しても良かったかもしれない。


「じゃあ敢えてどっちでもあるって事にしとくか。お前といるとなんか安心出来るからいいよな」


 なんだかんだ言っても、ガイウスとしてはリディアと一緒に同行する事に関しては、不満よりも喜びの方が多いのかもしれない。心を落ち着かせてくれるような性格の少女がいれば、戦いの中で緊張感に支配されかけたとしても、きっとどうにかしてもらえるだろう。




「私で安心なんて出来るんだぁ。っていうかミケランジェロさん待ってるって言ってたよね? 時間無駄にしてられないからちょっと私洗面所に行ってくるよ?」


 余計な雑談で時間を食ってしまっていると感じたリディアは、そのままガイウスを自分が眠っていた部屋に置いていこうとでも言わんばかりにドアレバーへと手をかける。


「そうだったぜ。待たせたらお前殺されちまうんだったなぁ」


 まるで忘れていた、とでも言わんばかりの返答をするガイウスだが、再びリディアに無理矢理何かしらの返答をさせるような妙な予測を口に出す。




「だから殺さないって……。あの方は」


 ドアを開く前に、今度は嫌な相手でも見るかのような目で、リディアはガイウスを睨みつける。どうしても悪口を言われているとしか思う事が出来ず、一瞬ではあるが、リディアの心を闇が支配してしまう。






 リディアは2階の個室からドアを通じて外に出た。ドアを出てすぐに、吹き抜けになっている1階の食堂を見下ろす事が出来た。リディアにとって、見た事が無い者達、それは他の利用者や客達の姿も多く映っていた。


 そして、しばらく2階から1階の食堂を眺めていたが、リディアが目的の人物を見つけるより先に、相手の方がリディアの事を見つけたようである。


「おい! リディア! こっちだ! 速く来い!」


 1階から、男と思われる者が椅子に座ったままでリディアに向かって手を振りながら呼びかけてきた。


 声色は低い為、性別は男性だと見て間違いは無いと思われる。しかし、外見はガイウスと比較すると、どう考えても人間だとは思えない姿をしていた。言わば亜人の類であるが、濃色の緑の皮膚と、蜥蜴(とかげ)のようにやや前方に伸びた(ふん)を特徴として備えており、一目でこの者が人間では無い事を確認する事が出来る。


 後方に向かって流れるように生えた短めなクロームオレンジの髪の色が、緑の皮膚と明確な色の差を見せつけている。




「おぉミケランジェロさんはっけーん! あ、はい! 今行きますね!」


 手を振っている者の姿をリディアはすぐに発見する。2階からでも正確に顔と名前を判断出来る視力を持つ青い瞳を輝かせながら、リディアもお返しと言わんばかりに手を振り、自分の居場所をアピールする。


 能天気とも思われてしまいそうな返事をしながらも、階段を下りる時の足は軽やかで、まるで会いたかった相手から更なる加護でも受けているかのように、非常に活き活きとしていた。


 後ろからは、ガイウスがリディアの様子を鼻で笑いながらゆっくりと付いてきていた。




「えっと……あれ? なんか見ない顔もいるけど……」


 他の客を避けながら目的の席へと到着したリディアであるが、円形状のテーブルを囲いながら座っている者の中には、リディアにとって初めて出会う者の姿もあったが、赤いフードを纏った者の事を聞く前に、緑の皮膚を持った亜人の男が口を開いた。


「まずはここまで来れた事を褒めさせてもらうぞ。よく頑張ったと思う」


 緑の皮膚の亜人はミケランジェロである。リディアは立ったままの状態で座っているミケランジェロの隣にいるが、リディアと比較すると随分と体格の差がある事が分かるだろう。


 茶色の直綴(じきとつ)を纏い、その上からは紫の肩衣を着用している。垂れぬように纏められた袖に包まれた腕はミケランジェロの頭部に匹敵する太さを誇り、頑丈な肉体の作りを見ても、やはりリディアの上に立つ者として相応しい体格である。




「あぁはい、それはありがとうございます。えっと、ちょっと聞きたい事が結構ありますので、1個ずつ確認させてもらっていいでしょうか?」


 隣の席が空いていたからか、リディアはミケランジェロの隣に座りながら、とりあえずはと言った様子で礼を口に出す。そして、今はリディアの中で沢山の質問が頭の中で暴れ回っていた為、それを解決させようと、相手からの了解を頼もうとする。


「質問がか? それは構わないが」


 リディアが来る前に注文していたであろう、グラス内の黄色い液体を1口飲んだ後に、ミケランジェロは質問を受ける準備に入る。


「折角再会したってのにいきなり質問責めか? 一歩間違えたら詰問になりそうだな」


 リディアの隣も空いていた為、ガイウスはそこに座りながら、リディアの質問をしたいという態度をからかった。言葉が1文字変わるだけで、全く別の意味になってしまう為、リディアは余計なプレッシャーを受けた事だろう。




「別にそういう意味じゃないって……。えっと、まずなんでその子、あれ? えっと、ガイウス、ちょっといい? その子名前なんて……言うっけ?」


 明るい茶と言っても相手には伝わるであろう、萱草(かんぞう)色のショートの髪をした少女は、リディアと昨日の列車に乗り合わせていた人物である。ここでどうしても理解する事が出来なかった事は、何故乗り合わせていたあの時の少女がミケランジェロと同じ席にいるのかであった。


 しかし、名前をまだ聞いていなかった為、ガイウスの耳元でひそひそと、名前を教えてもらおうと頼み込む。


「あれ? お前まだ名前聞いてなかったのか? メルヴィだぜ。メルヴィ」


 ガイウスからすれば、既に2人が初めて顔を合わせていた時に名前を教え合っていたと思っていたようである。しかし、知らないのであれば教えなければ何も始まらないと悟ったガイウスは、聞き間違えや忘れの心配が無いように、2回名前を口に出す。




「あぁメルヴィって言うんだ。えっと、なんでミケランジェロさんと一緒にいるの? それともう1つだけど、その隣の……えっと、彼、でいいのかな? その人は……誰なの?」


 ようやく名前を知ったリディアであるが、まずはミケランジェロと仲間であるかのように同じ席に座っている理由を聞きたかったようである。だが、その隣い座っている、赤いフードとその中で青く光るように存在する2つの点、恐らくそれは人間で言う目に該当する器官だと思われるが、その異様な容姿を持った者の事も気になったようだ。


 どことなく性別は男だと判断したリディアは、言葉を一旦止める前に2つ目のそのフードの男の正体も纏めて聞き出そうとする。


「彼はジェイクだ。メルヴィの友達、で間違いは無かったよな?」


 隣にいるミケランジェロから、名前を教わる。フードの中に潜む、まるで闇の中から青い光が覗き込んでいるかのようなやや異様とも言える容姿に対しては一切の言及が無かったが、リディアが知りたかったのは名前である。そして同時にメルヴィとの関係も知る事が出来た為、それで充分だと思われる。




「はい間違いありません」


 ここで返事をする必要があったのは、萱草色の髪の少女こと、メルヴィである。軽く頷きながら、手短にそれが誤りでは無い事を証明する。


「えっと、どうも、僕はジェイクだよ。こんな格好だけど、悪い奴じゃないと思うから、これから宜しく!」


 闇の世界からやってきたかのような異様な容姿をしているが、性格に関しては闇とは無縁とも言えるようなものだった。やや掠れた声色で、誰とでも仲良くなれるかのような友好的な口調で言いたい事を言いきる。




「いや別に外見はどうでもいんだけどさぁ。それに悪い奴じゃないからミケランジェロさんと一緒にいるんだと思うし。それと、なんでその、メルヴィと、えっと、ジェイク君だっけ? その2人がミケランジェロさんと一緒にいるの? その話はまだ聞いてなかったよね?」


 外見と中身の悪さが一致する事は無いという事実は、ミケランジェロと一緒にいる時点で判明しているだろう。


 リディアはジェイクと言う名の異様な外見の男性、恐らくはメルヴィとそこまで大差無い年齢なのかもしれないが、その者を外見で差別する事無く、次の質問へと移る。


「リディア、悪いが、その話はお前が寝てる最中にじっくりさせて貰った所だ。また話を繰り返せば1時間ぐらい丸々使ってしまうから、その件は追々で説明させてもらう。いいな?」


 ここを見る限りでは、ただ同行しているだけであるが、その理由はきっと一言では言い表せられないような非常に複雑なものが絡み合っているのだろう。恐らくはリディア以外の者達は全員が事情を把握している為、ただ一人把握していないリディアだけの為に時間を2倍使う事は出来ないだろう。




「え゛? なんか凄い強引な即決……ですね……。ま、まあ理由はどうであれ多分だけど、その外見から元の姿に戻す為に私達に付いてく、って予想したんだけど、合ってる?」


 濁った戸惑いの声を漏らすリディアであった。素直にはいと言いにくい心境だったのかもしれないが、だからと言って無理に自分の為に時間を犠牲にはさせたくなかっただろう。初対面の者に悪い印象を与えてはいけない為、何とか自分を納得させようと、自分の中で思い付く限りの想像が正しいのかどうかをその場で確かめる。


「見事な洞察力だと思うよ。詳しい事は旅の最中に徐々に話させてよ。それでいいかな?」


 小さく頷きながら、ジェイクはフードの奥で、リディアにこれから時を追いながら説明をすると約束する。顔面は闇で包まれているからか、口が動いている所を見る事は出来なかった。




「まあ、その方が妥当だよね。まさかここで同じ話またしてもらう訳にもいかないし」


 ここで無理に話をさせようとすれば、確実に他の皆からの鋭い視線が突き刺さる。リディアは自分勝手な行動は許されないだろうと自分に言い聞かせながら、どこか不満を抱きながらも、ここでは話を繰り返させないという選択肢を選ぶ。




「所で、その一緒に行くっていう話、っていうかなんで一緒に行くかって所はガイウスはもう聞いてるんだっけ?」


 リディアはどうしてもジェイクとメルヴィが同行する理由を自分1人だけ聞いていないという事実をまだ信じたくなかったのだろうか。


 もしかしたらガイウスも聞いていないのかもしれないと、妙な意味で自分の仲間を探すかのように、リディアは青い瞳で隣に座っているガイウスを見つめる。しかし、聞いている内容は聞いていないかどうか、では無く、聞いているのかどうか、である為、ある種の諦めもそこにあったのかもしれない。


「そりゃ当ったり前だろうよぉ。この中でそれ聞いてねえのはお前ただ1人だけだからなぁ」


 残念ながら、ガイウスも既に事情を把握していたようである。やはり、一切の話を把握していないのはこの中ではリディアだけである。


 言われなくても理解はしていたであろうが、ガイウスのそのどことなく心に突き刺さるような言い方が、リディアの表情を僅かに歪めさせてしまう。男性特有の細めな目から飛ばされる視線が痛い。




「なんで私が完全に悪者みたいな言い方するの……? それと……後なんであの時ガイウスって私が昨日あの駅にいるって、分かったの?」


 自分だけ、という部分の言い方がリディアにとっては穏やかには聞こえなかったのだろう。


 しかし、聞いていなかった人間が一人だけだったのは事実であるから、一旦それは置いておくかのように、リディアは次の質問に入る。知りたかったのは、どのようにして自分達の居場所の情報を得たか、である。


「ん? あぁそれな。単純だって。コーチネルから連絡入ったんだよ。お前がいるから助けてやってくれってな。ただそんだけだ」


 ガイウスはコーチネルとの仲間関係も持っていたようである。連絡が入ったおかげで、リディアが危機に晒されている事を知り、そして現場に駆け付ける事が出来たのだ。頬杖を付きながら、ガイウスは説明した。




「あぁ結構単純な、いや、単純っていうのもちょっとあれかもしれないけど、それで私が危険だって事が分かったんだぁ」


 ガイウスがリディアの危機を知る事になった理由は確かに簡単なものだったかもしれない。それでもリディアは命を助けられているから、単純に納得、という訳にはいかなかったようである。


 淡々とした喋り方をするガイウスとは言え、やはり感謝は必要であるし、リディアも今はそれに関しても、強く自覚する必要がある。


「良かったなぁお前。あいつからの連絡が無かったらお前今頃あの連中のアジトで性的な意味での暴力受けてたんだろうなぁ」


 にやけた表情で、ガイウスは自分の助けが無かった場合の結末を口に出す。勿論それは本人の前で、それも女の子の前ではあまり言うべきでは無かった内容であるが、ガイウスは敢えて口に出してやろうと計画をしていたのかもしれない。




「そういう生々しいっていうか、嫌な事言わないでくれる?」


 もうリディアの年齢で考えれば、純粋に暴力と言っただけで意味は充分に伝わるだろう。まるでガイウスから身体を狙われているかのように感じたリディアは、細い眉を僅かに顰めた。女の子にとっては、身体を狙われて気分が良い訳が無いのだから。


「男は大抵そういう事しかしねぇだろ。お前とメルヴィのその見た目だったら絶対一発ヤッてやろうって思うだろうなぁ」


 それが現実なのかもしれないが、ガイウスは順に、隣にいるリディアと、テーブルを挟んだ正面にいるメルヴィを見ながら、とんでもない事を口に出した。テーブルの影響で下半身を直接は見れなかった為、頭から腰辺りまでを上から見渡しながら少女2人に視線をやっていたのである。




「ガイウス。本人達の前で嫌な想像させるような事は言うな」


 ミケランジェロの人間らしかぬ姿に相応しいと言えるかもしれない鋭い視線がガイウスへと突き刺さる。性別的にはミケランジェロも男性ではあるが、リディアを不安がらせるような発言をしようとは思っていないだろう。


 ガイウスへの指摘は、リディアからすれば救いの手と表現しても間違いは無いだろう。


「ミケランジェロさんの言う通りだよ? だから男ってやな相手だって私とかからも思われるのに」


 残念さを浮かべた瞳をガイウスへと向けているリディアは、所詮男は異性の身体しか見ていないのかと、軽く溜息を漏らしてしまう。ただ、ここで男性の性格を否定してしまえば、直接口には出していなかったミケランジェロやジェイクにも被害が及ぶ事になるはずだが、リディアが今責めているのはガイウスだけである。




「一応言っとくけどおれはお前らみたいな未成年には興味ねぇぜ? 少なくともおれはお前らの身体なんかに興味ねぇから安心しろ」


 ガイウスはそう言いながら、テーブルに向かって前のめりになっていた身体を背凭れへと倒す。その言い方は襲わない事を伝えると同時に、相手に対する無価値の忠告でもあっただろう。


「そういう風に言われても素直に安心出来ないけどね」


 呆れと諦めの2つの感情を混ぜ合わせたような複雑な表情で、リディアはガイウスから目を反らしながら頬杖を付く。しかし、その言われ方を初めから想定していたかのような、余裕のある心境も窺い知れる気がしたのは気のせいだろうか。




「襲わねって言ってんだからそれでいいだろ? それにお前だってあん時毒でやられたんだったら解毒ぐらいしねぇと駄目だろ? 大変だったんだぞお前の介護すんの」


 ガイウスの言い方は襲う襲わない以前の問題があるのかもしれない。だが、リディアからのメッセージを明確に受け取ろうとはせずに、話を逸らそうとする。僅かに怒り出しそうになっているリディアの表情を見ても、ガイウスはそれを可愛いとは思っていないのだろう。


「なんかそれって興味無いから襲わないって……ってもうそういうのどうでもいいから! それと、あの、えっと……」


 自分の身体を狙わない事を約束するガイウスの思考を素直に喜ぶ事が出来ないリディアであったが、それよりも、毒の話に切り替えられてから、ふと1つの不安が頭に過るのであった。




「なんだよいきなり。なんか興奮でもしてきたのか?」


 リディアの戸惑いを見せた声の詰まりを見て、ガイウスは変な意味で身体に変化が訪れたのかと疑う。恐らく、ガイウス本人はそれが間違いである事は分かっていると思われるが、わざと言ったのだろう。


「そういう意味じゃないから。そうじゃなくて、誰が、その、私のその毒、解毒っていうのかな、それ、やってくれたのかなぁって……思ったんだけど」


 やや淡々とした態度でガイウスの考えを否定した後に、リディアは昨日の列車内で受けてしまった毒をどのような手段で解毒してもらったのかを聞こうとする。目覚めた時には体調の異常が既に消滅していた為、一応は皆が集まっている時に聞いた方が良いのかと、思ったのだろう。




「それはあたしが――」

「その作業大変だったんだぞお前? お前完全に意識無くしてたから、解毒剤塗ったんだけど、頑張って脚開いて塗ったんだからな?」


 今までは黙ってガイウスの異性の気持ちを意識しないかのような発言を聞いていたメルヴィだったが、身体を前に突き出すような姿勢を取りながらリディアに答えようとしたら、再びガイウスの声が放たれ、メルヴィの声を遮った。


 ガイウスの表情は僅かに笑みが入っている程度であったが、言葉の内容としては、とてもリディアにとって落ち着いて聞いていられるものでは無かっただろう。


「えっ!? それって……ガ……ガ、ガイウ……スが……やった……って言うか……見た……の?」


 恐らく、リディアにとって最も危険視していた部分は、脚を開いたという下りだろう。


 治療をしてくれた感謝よりも、女子にとってデリケートとも言える部分を凝視された可能性による羞恥心の方がリディアを支配する力が強かったのである。髪よりも濃い色の紫のスカートの上から、強く股間を押さえ込む。




「あぁそりゃあんな場所に傷付いてたんだからそりゃ見る――」

「違うわよリディア! 塗ったのはあたし! ガイウスさんは塗ってないし、見ても無いからね!?」


 スカートを押さえ込みながら脚もぐっと閉じているリディアを面白がるかのようにガイウスは再び言葉で追い込もうとするが、今度こそメルヴィから真実を告げられる。


 同じ女同士であれば、多少デリケートな場所を見られたとしても、そこまでは苦痛にはならないはずである。ガイウスがわざと見せつけていた疑惑をメルヴィは必死な口調で打ち消し、半ばしつこいと思われるかのように、ガイウスは治療に一切関わっていない事をリディアに分からせようとする。


 前のめりになっていた姿勢は先程と全く変わっていなかった。




「ありゃりゃ……。メルヴィあっさりとネタ晴らしかよ? まあでもリディア、メルヴィの言ってる事は事実だから安心しろよ」


 リディアの焦る表情が徐々に落ち着いていく様子を横から見ていたガイウスは、溜息を漏らしながら折角の時間の終了を残念に感じてしまう。


「ガイウス……それ性格悪過ぎだし……。とりあえず、メルヴィありがとね。こういう時って女同士だと安心するよね?」


 人が困る所を期待しようとするガイウスの性格をリディアはどうしても好きにはなれなかったようだ。好きになれないのは一部分の性格だけだと信じたいが、ガイウスが調子に乗る所を防いでくれたメルヴィに感謝せずにはいられなかった。


 メルヴィは唯一のリディアと同じ性別の仲間である為、メルヴィは助けたつもりが無かったとしても、リディアからすれば救いの言葉にしか聞こえなかったようである。




「それはあたしがすぐに言わなかったのが原因だと思うわよ?」


 メルヴィはリディアの事をどのように思っているのだろうか。リディアの事を仲の良い相手とは認識していないのか、その返答はやや冷淡であった。特に手の動きも見せる事は無く、そして表情も特に変わる事は無かった。


「いやいやメルヴィは悪くないって! 悪いのはガイウスが、えっと、ほら、メルヴィ言いかけようとしてたのにガイウスが横からおれが脚開いた、みたいな事言って無理矢理話の方変な方向に進ませた――」


 メルヴィとしてはこの件には興味も関心も持つつもりは無かったようだ。だからこそ冷淡な返事をしていたのだが、リディアは簡潔に事を済ませる事が出来なかったようだ。


 この件はガイウスだけが悪者であったという事を何としてでも皆に知らしめたかったのか、リディアは単独で暴走するかの如く、名前を呼んだ相手を指差したり、聞き覚えのある言葉を再現させたり、耳障りとも言えるような音声(おんじょう)で皆に伝えようとする。


 だが、突然リディアの視界が遮られる。それは、見るに耐えかねたミケランジェロの手がリディアを押さえ付けたからだ。




「リディア、もういい。そろそろ本題に入るぞ。一旦静かにしろ」


 ミケランジェロはリディアの短所を知っているのだろう。


 他のテーブルを囲んでいる客達の一部がリディアの騒ぎ声に反応していた事に気付き、黙らせるべきだと悟ったから、強引にリディアの口を押さえ付け、それ以上喋る事が出来ないようにしたのだ。手が大きいから、リディアの瞳も纏めて遮る事になってしまったのだが。


「あ……ごめんなさい。でも悪いのはガイウス――」

「分かってる。お前が悪くない事ぐらい把握してる。今は本題に入らせろ」


 誰かが止めなければいつまでも暴走していた可能性があったリディアを、ミケランジェロは多少の威圧感を言葉に混ぜながら、再び黙らせる。ガイウスから飛ばされた嘘がどうしても頭から切り離す事が出来なかったリディアだが、リディアを悪人扱いしていない事をミケランジェロは直接説明する羽目になる。


 説明しなければ、納得と同時に半ば継続的に静かにさせる事は不可能だっただろう。




「ご、ごめんなさい……。でも良かった。分かってくれてて」


 本気で罪悪感を感じたのか、それでも、相手は自分の理解者であるからか、表情自体はそこまで落ち込んだ雰囲気を見せておらず、無理矢理に苦笑を浮かべていた。リディアは自分は決して見放されている訳では無いと感じる事も出来ていた為、明るさも練り込ませる事も出来たようである。


(相変わらず煩せぇ奴だぜこいつ……)


 まるで今までもリディアの騒がしさに頭を悩ませていたかのような発言である。だが、ガイウスは直接それを口には出さなかった。寧ろ、にやけた表情からは、それこそがリディアの個性であると認めているような気もする。




「本題に入るが、とりあえず、これから向かうのはライムの町だ。ガイウスが持ってきてくれたコンパスと、オレが今持ってるこのケースだが、これをどう使うべきなのか、その町にいるオレの仲間に聞く事が今する事だ」


 リディアであれば直接声をかけなくても自分で気持ちを整理させるだろうと判断したのか、ミケランジェロは一旦リディアへ集中するのをやめ、懐から革の袋を取り出した。


 その中から出されたのは、僅かながらメッキの剥がれた金の円形状のケースである。そして、もう1つ、取り出されたのが白いコンパスである。サイズとしては、ケースに嵌ると思われる大きさである。


「コンパス……ですか。所で、そのコンパスをケースに嵌めればそれでピッタリ合うんじゃないんですか?」


 リディアは初めてそのコンパスを見たのである。勿論話もこの宿で初めて聞いた話である。見るからにこの2つのパーツは合わせてしまえばそれで1つになると想像し、わざわざ使用方法を聞きに行く必要は無いのではと、心で思ってしまう。




「それで解決出来るならジェイド山脈を越える必要なんて無いだろ? だけどそれは素直な意見だと思うぞ」


 コンパスは単純なアイテムでは無かったようだ。ジェイド山脈を進む計画を立てたのは、単純な道理では済まないからであり、ミケランジェロは事情の分かっていないであろうリディアに対し、言った。思考に関しては、年相応だと考えていたのかもしれない。


「その言い方って微妙に褒めてないですよね……。寧ろ慰め、ですよね?」


 素直だと言われても、リディアは勿論純粋に喜ぶ気にはなれなかった。思考が足りないと言われたようなものであるから、奥を追求してから発言すべきだったかと、リディアは気まずそうな表情を作る。




「ここから山脈超えてライムの町に行くなら、本当だったらバンドルの街の鉄道に乗ればすぐなんすよね? ミケさんよ?」


 僅かに落ち込むリディアを放置しながら、ガイウスはリディアを挟んだ隣にいるミケランジェロに聞く。交通手段を確認している様子であるが、何故かガイウスの表情は何だか明るいとは言えるようなものでは無かった。


「そうだな。オレがいなかったらその交通手段で行けたんだがな」


 ミケランジェロは、人間程度であれば一殴りで簡単に撲殺出来るのでは無いかと思うようなゴツゴツとした両手を合わせ、そして両方の肘をテーブルの上に落とす。




「あぁそっか。確か街だと私達人間以外の種族の出入りが禁止されてるって話でしたよね。それと、ミケランジェロさんったら自分を責めるような言い方は駄目ですよ?」


 規模の大きな街の場合、人間と亜人は明確に区別されている為、どちらかの種族は基本的に街に入る事は許されないのである。村や町であれば、規律が厳しくない為、人間と亜人の混合の団体でも難なく過ごす事が出来るが、街の場合はそうもいかないのである。


 リディアはそれを理解していたからこそ、今度こそは関心を自分に向けるような台詞を出す事に成功したのかもしれない。更に点数稼ぎをしようとでも思ったのか、まるで自分がいるせいで交通手段を奪われてしまったと発言したミケランジェロを庇おうとする。


「余計な事を口走ったな。だけど交通手段は限られてる訳じゃないからな。オレはオレで計画は立ててるから、そっちの方法で行く」


 きっとリディアの気持ちは受け止めた事だろう。短い言葉で、そして遠回しな礼を言い渡した後に、ミケランジェロは別の方法がある事を明かす。


 1つの手段が封じられているからと言って、それで立ち止まるつもりは無いらしい。




「別の方法、って事ですよね? それってどんな方法なんですか?」


 勿論違う手段を使うのであれば、それを聞かずにはいられないだろう。リディアは早速と言わんばかりに中身を尋ねる。


「飛空艇を使う。オレの知り合いに操縦してくれる奴がいるから、まずは彼の所に行って、乗せてもらう」


 一言で明かされた内容であった。だが、ミケランジェロの台詞を見る限りでは、また行く場所が決定してしまうという事になるだろう。別の方法を使うにしても、進むという意味では決して楽が出来るという訳では無いらしい。




「飛空艇……って事は、要するに空から、っていうか山脈をそのまま飛び越えるみたいな感じで進むっていう感じなんでしょうか?」


 飛空艇、それが空を飛ぶ乗り物である事はリディアにだって理解出来る話である。右手で山を描くように動かしながら、飛空艇でどのように進むのかを確認する。右手の動きは、飛空艇が山を越える様子を再現するものだったようだ。


「そういう事だ。空から進めば地面の影響を受けないから、その方が時間はかからないだろう」


 ミケランジェロは小さく頷いた。亜人への差別が無ければ、すんなりと街の鉄道を使う事が出来たが、だけど鉄道は地上の乗り物である。何かしらの地上の影響を受けてしまう鉄道より、影響を受けない飛空艇の方が結果的に良かったのかもしれない。




「所でミケさんもうその知り合いには借りるって話は付けてんのか?」


 ガイウスは気になったようである。約束は決定されているのか、それが分からなければ、いざ辿り着いた時に、最悪な対応をされてしまう可能性もある為、進行に支障が出るような不安を取り除く為に、聞いたのである。


「あぁもう連絡は入れてる。だから到着したはいいが、拒否されるっていう事は無いはずだ。向こうも整備するって返答してたから」


 到着後の事を把握しているのは、ミケランジェロだけである。知っている者が、何も知らない者達に事実を伝えなければいけない事は理解していたようだ。直接言葉でそれをミケランジェロは聞いたようである。




「じゃあ、もうその場所に出発するっていう感じなんでしょうか?」


 リディアはたった数十分程度前に目覚めたばかりであるが、今から宿を後にするとしても、体力的には大丈夫な様子である。リディアもすぐにここを出る事を前提で気持ちを引き締めているのである。


 勿論今はもう寝惚けてもいない。


「まあそうなるな。お前が目覚めて、そして体調も回復したなら、長居は無用だからな」


 ミケランジェロからは、眠気や気力等が復元されたと思われてなかったのかもしれない。相手の事に関しては、精神状況を把握するのは無理だったのだろう。本当に回復しているのかどうかは、本人が口に出してくれなければ分からないのである。




「お前が寝込んでたから、わざわざこの宿探したんだぜ? 感謝しろよ?」


 元々この宿を使う事になったのは、どうしても休ませなければいけない少女がいたからだろう。


 ガイウスはそれを説明したが、探した経緯の説明手段があまり優しくは無かった。


「私の……為? それは分かるんだけど、私が悪い事でもしたかのような言い方しないでよ……」


 『わざわざ』という言い方がどうしても、揉み上げの裏に隠れていた耳に残ってしまったのだろうか。確かに毒の影響で体調を崩したのは事実であるし、そしてどこか身体を休めなければいけない場所を見つけなければいけなくなったのも事実である。それら全てがリディアの事であった為、当の本人はロクに言い返す事も出来ず、細い眉を顰めるしか無かった。


 そして同時に、ガイウス以外の者達も自分を責めているのでは無いかと、不安になってしまう。




「所でミケさん、その飛空艇の場所ってこっからは近いんだっけか?」


 リディアを本当に責めているのか、それをまともに明かす事もせずに、これから向かう場所までどれだけ時間を使うのかをガイウスは尋ねる。


「距離に関してはその通りだな。だけど流石に徒歩だと骨が折れると思うから、馬車をこの町で借りれば数分で到着する」


 近いと言えば近いのかもしれない。それでも、歩いて進むとしたら余計な疲労が溜まってしまう程の、何とも言えない距離があるらしい。


 馬車の契約自体は簡単なものだろう。5人が乗るだけであるのだから、使えるのであれば使うべきである。




「あの、所であたしとジェイ君もその飛空艇にお邪魔する事に関しては問題は無いんでしょうか?」


 申し訳無さそうに、メルヴィは右手を小さく上げる。飛空艇の話はメルヴィにとっても初耳ではあるが、当然のように飛空艇を貸すであろう人物とは面識は一切無いのだから、知らない相手がいきなり押し掛けても良いのか、不安になったようである。


「ん? 一緒に乗るのが何か問題か?」


 ミケランジェロとしては、メルヴィとジェイクが同乗しても一切の問題は発生しないと考えていたようであるが、今はメルヴィの考えを聞く以外、その言葉の意味を知る手段は無いだろう。




「そうじゃないんですけど、多分あたし達の事はまだ連絡はしてないんじゃないかって思ったんですよ」


 もしかすると、メルヴィは自分達の存在が何かしらの迷惑を相手にかけてしまうのでは無いかと思ってしまったのかもしれない。ミケランジェロとも実質的には今日出会ったばかりであるし、そしてまだ顔すらも合わせていない他の者達にも迷惑をかけてしまうのは悪いと、気遣おうとしたのだろう。


「それは心配無いだろう。オレの仲間だってその場で説明すれば分かってもらえるはずだ。あいつは人間が嫌いな訳でも無いから、心配はしなくていい」


 人数を事前に細かく連絡しなくても、搭乗はさせてもらえるようである。ミケランジェロは不安そうに自分を見つめてくるメルヴィに手短な言葉で安心させる。リディアもよく不安そうな表情を作るが、リディアと比較すると、メルヴィの方が崩れやすいと思われている可能性もある。


 ある意味では、リディアの時以上に言葉を選ばなければいけないだろう。




「だったら安心です! ごめんなさい、余計な事聞いて」


 ミケランジェロ本人が問題無いと言ってくれたから、メルヴィの心に引っかかっていた物が抜け落ちたようである。だが、結果が分かってから、いちいち聞く必要があったのかどうか思ってしまったのかもしれない。


 メルヴィは軽く頭を下げ、萱草色の明るさと可愛さを混ぜ込んだような髪を小さく揺らす。


「それは責める気は無い。それに丁度あいつもメルヴィぐらいの歳の女が助手になった頃だったから、寧ろ出会えて喜ぶかもしれないぞ」


 同行に関しては何も不満は無い事をミケランジェロは告げた。寧ろ、一緒にいる者が多い程、これから飛空艇を貸してくれる者の心も安心するようである。メルヴィの名前と、そして年齢の事を説明していたが、その助手もメルヴィと同じ種族、つまりは人間なのだろうか。




「所で……、あの、その飛空艇貸して、っていうか乗せて下さるって人って、もしかして私が知ってる人、なんでしょうか?」


 リディアとしては、誰が貸してくれるのかが気になったようである。知り合いを頭の中で探っても、該当する者の姿が思い浮かばず、僅かに顰めていた眉を解きながら答えを求めた。


「名前で言った方が良かったか? エンドラルだ。あいつが貸してくれる」


 飛空艇の事ばかりに意識が回っていたからか、名前を言い忘れていたとでも言わんばかりにミケランジェロは単刀直入に名前を口に出した。




「あぁエンドラルさんですか? あの方って飛空艇も持ってたんですね。初耳かもしれませんね」


 リディアはそのエンドラルと言う者と面識があるらしい。きっと頭の中で姿も思い浮かべる事が出来ていた事だろう。しかし、面識があるとは言っても、飛空艇を所持している事までは知らされていなかった為、それに関しては素直に驚いていたようである。


「最近入手したって言ってたんだよ。だから今回は初めて本格的に飛ばす事になるらしいな」


 ミケランジェロの言葉の通りであれば、非常に新鮮な情報であったと言えよう。これであれば、リディアも知らなくて当然だったかもしれないし、下手をすればミケランジェロも飛空艇の事を知らない状態でいた可能性さえある。


 しかし、まだミケランジェロは搭乗させてもらった事は無かったようである。




「初めて……なのか? おれら乗せて事故るって事は無いんだろうなぁ?」


 ガイウスはその飛空艇に乗せてくれる者の運転を疑っていたようだ。嫌な結末を想像しているかのような表情を作りながら、ガイウスはミケランジェロへ言葉を届ける。


 折角リディアとも合流が出来たというのに、あっさりと人生を終了させられては溜まったものでは無いはずだ。


「ガイウス、嫌な想像でもしたか? だけど流石に事故に遭うという事は無いと思うぞ」


 ミケランジェロは一体どういう関係なのだろうか。一定の信頼は持っているような言い方ではあるが、飛空艇を所持する事自体が容易な事では無いはずだから、操縦の技術も飛空艇の所持と同時に身に付けていると、きっと信じているのだろう。




「っていうかなんでいきなり事故とかみたいな最悪なシナリオ……いや、シナリオっていうのも変な言い方かもしれないけど、それ本人が聞いたら乗せてもらえなくなると思うよ?」


 ガイウスのその暗い未来を連想させるような言い方はリディアにも心地良く伝わる事は無かった。青い瞳を細めながら、リディアもまた1つ、嫌な未来を連想してしまう。折角貸してくれる相手の腕を疑うような事を言えば、相手も気分を悪くするだろう。


「なんだよシナリオって。お前なんだかんだでトラブルとか起こった方が暇じゃなくてその方がいいみたいな風に思ってんのか?」


 まるで創作の物語の世界で使うような、シナリオという言葉を口に出したリディアに対し、ガイウスはからかうかのように問う。




「なんでそういう解釈になるの……? エンドラルさんの操縦のせいで私達の人生終わっちゃったらもうそれ悲し過ぎるし、っていうかそんな事想像もしたくないから!」


 勿論リディアだって、一切のトラブルが無い状態で進みたい事だろう。ガイウスに勝手な解釈をされた事に多少ながら腹を立てたのか、声を荒げながらテーブルの上で両方の拳を握り締める。


「リディア、悪いけど、お前流石に本人の前で操縦ミスの話をするのは不味いんじゃないのか?」


 ミケランジェロの言葉が冷静にリディアの耳へ入れられる。


 リディアは気付いていなかったのかもしれないが、ミケランジェロは他者と何かを話していたらしく、その相手にリディアの今の発言が聞こえてはいけないと考えていたらしいが、既に発言した後であった為、実質的には手遅れである。




 リディアもそのように声をかけられた為、それがどういう意味なのかを確かめずにはいられなかった。


 ミケランジェロの方に振り向くリディアであったが、何故操縦の誤りを口に出してはいけなかったのかを理解する事になる。




「ん? ミケランジェロさん何言って――!!」


 まだ状況を把握していなかったのだろう。だが、リディアはミケランジェロの更に後ろに立っている者の姿を見て、思わず声を詰まらせてしまう。


 立っていたのは、服装こそは薄地の薄紅色をした半袖の開襟シャツと青のズボンという一見すると至ってラフな服装の男性ではあったが、その容姿を見れば彼もまたミケランジェロと同じく純粋な人間では無い事が分かる相手であった。




「って……えっ……えぇえっ!! いっいっい、いつからいたんですか!?」


 灰色の皮膚をした初老の容姿、そして人間で言う髪の代わりなのだろうか、頭部を覆うのは赤い鱗のような物で、それが短髪のような見た目を作り上げている。


 目は人間のように瞳に該当する部分が無いのか、黄色一色で染まっている。眉間を中心に赤い罰印の模様が頭部を一周させるかのように敷かれているが、それは彼の種族の象徴なのだろうか。


「お前が、エンドラルが操縦誤ったら……って言ってた辺りでもう来てたんだがな」


 驚いているリディアに向かって、ミケランジェロは冷静な態度でどのタイミングで皆の場にいたのかを説明した。その話から察するに、エンドラル本人はもうリディアの操縦ミスの予測の話をしっかりと聞いてしまっていたという事だろう。




「リディアよ……。久々会ったと思ったらいきなり事故の話をするのかよ。吾輩を信用してないのか?」


 まるで人を笑わせる事に特化したかのような独自の声色を聞かせてくるエンドラルだが、実年齢も精神的な年齢も大人の領域に達しているからか、リディアには必要以上の言及をしなかった。罵倒や暴言が入らなかったのは、リディアにとってはある意味喜ばしい話である。


「え? あ、いや、違いますって! べ、べべべ別に操作誤るとか私別に疑ってたとかじゃないですって!」


 正常に単語を扱う事も出来ておらず、リディアの周囲をきょろきょろしながらのその発言は明確に彼女の今の心境を見せてくれていた。尊敬の対象であるはずのエンドラルの何だか物悲しそうな両眼がリディアに真っ直ぐ突き刺さっていたのだから、怖さすら感じていたのかもしれない。




「はいリディアちょっと黙れ。とりあえず、エンドラルさんお久っす!」


 椅子から立ち上がったガイウスは、騒ぎ立てるリディアを左手だけで押さえ込みながら、使っていない右手を持ち上げる形でエンドラルへ挨拶を渡す。


 左手は未だにリディアの顔面を押さえ付け、彼女にそれ以上喋らせる事を許さなかった。


「おう、ガイウスも引き締まった表情で今日も決めてるようだなぁ。所で、その2人は初めて見るが、少なくとも敵では無いという事で、間違いは無いな?」


 エンドラルはガイウスの文字通りの表情を見てから、その次に初めて見かけるであろうジェイクとメルヴィの事を気にし始める。だが、面識のあるミケランジェロと同じ場所にいるという事で、仲間の類であると考え、それを聞く。




「当たり前だ。因みに女の子の方はメルヴィで、そのフードの少年はジェイクだ」


 僅かに疑っていたのは間違い無いだろう。ミケランジェロは疑いを完璧に否定するが如く、やや強めな口調で答えた後、2人の名前を教えた。


「初めまして! あたしはメルヴィです!」


 萱草色、オレンジとも表現しても良いであろう色の髪の下で、挨拶の意味も交えさせた笑みを作りながら、軽く頭を下げる。


「僕はジェイクです! しばらくお世話になると思います!」


 メルヴィに続くように、ジェイクもフードの奥を支配する闇の中で、笑みを作りながら名前を明かした。ジェイクは頭を下げる事はしなかったが、エンドラルに対しては、大した影響は無かったと思われる。




「仲間は多い方が賑やかでいいもんだと思うぞ?」


 まるでミケランジェロの現状に安心するかのように、エンドラルは改めてテーブルを囲んでいる者達を見回した。


「さり気無い誉め言葉、どうもな。それと、メルヴィはこいつの事を助けてくれたから、恩人でもあるんだよ」


 仲間として大切な存在である事を忘れていないからか、些細な褒めの言葉でも、ミケランジェロは感謝を忘れるような事をしなかった。そして、初めて出会ったであろうメルヴィの評価を上げる為だったのか、その話も始めようとする。




「え゛っ!? 私が……助け……られた?」


 リディアは、誰が誰を救出したのかというミケランジェロの説明に納得する事が出来なかったらしい。リディアとしては、寧ろ自分がメルヴィを助けていたと思っていたようであり、逆に助けてもらったという解釈のされ方がリディアに強烈な戸惑いを覚えさせる。


 リディアの表情は徐々に凍り付きそうになっていた。


「もしかして解毒したあの件の事でしょうか?」


 心当たりがあったのだろう。メルヴィはリディアの脚に受けた傷口に手当をした時の事を思い出し、それがリディアの救助という意味合いになっていたのかを尋ねる。


 リディアの凍り付いた表情を気にする様子は無かった。




「そうだ。おかげでリディアは助かったからな」


 間違いは無いと、小さく首を縦に振った後にミケランジェロは隣のリディアを一瞥する。


「えっ、あの……でもその前はえっとどっちかと言えば私が助けたん――」

「あの2人の紹介はそれぐらいにしてだ、そろそろ飛空艇に乗った方がいいだろう? 助手を待たせるのも悪いと思うし」


 『助けたんですよ』という台詞を最後まで聞こうとせず、寧ろ、そもそもリディアが弱々しく、そして不安そうに本人なりの事実を告げようとしている事にすら気付いているのかも怪しい様子で、ミケランジェロは椅子から立ち上がり、宿の出入り口に指を差した。




「待ち遠しくてこっちからお前の事迎えに来てしまったけど、それに関しては何も聞く気は無かったのか?」


 わざわざ両手を自分の肩の高さまで持ち上げ、握ったり開いたりを繰り返しながら、エンドラルは自分の方から予定の時間よりも早く宿の中に入ってきてしまった事を伝える。エンドラルは宿に来てから立ちっ放しであった為、だるさを紛らわせる為の行動が必要だったのだろう。


「聞かなくてもお前の方から話す事は大体理解出来てたからな。現に今ここで説明されただろ?」


 それは今まで長い付き合いをしてきた証拠かもしれない。ミケランジェロの方から質問をしなくても、いずれ相手の方からそれを明かす事を分かっていたからこそ、時が来るのを待ち続けていたのだろう。


 そして、どうしてエンドラルの方からこの宿にやってきたのかは、割とあっさりとした理由だったのである。待っていられないから来た。ただそれだけである。




「自分から聞くのが面倒だっただけのように感じたんだが? いつも冷たいなあミケランジェロは」


 決して明るさを自身の性格として設定していないミケランジェロを相手に、エンドラルも口元はにやつかせていた。性格を冷たいと言いながらも、やはり仲間としてこれからも関係を続けたいからこそ、言葉を決して途切れさせる真似をしないのだろう。


「そろそろ出発みたいだな。じゃ、お2人と、そんで事故の事でエンドラルさんを疑ったリディアも行くぞ」


 ミケランジェロの立ち上がる姿を見て、ガイウスは自分達もその後ろを付いていかなければいけないと察知したのだろう。


 まずはジェイクとメルヴィに向かって、人差し指で上に向かってなぞるような動きを見せ、席から立ち上がらせる。続いて、リディアに対しては距離が近かったからか、頭頂部を指で叩きながら言ったが、その台詞はリディアからの反応を待っているかのようなそれであった。




「って違うって!! そもそも事故の事言い出したのってガイウスだし!! なんで私が言い出したみたいになっちゃってるの!?」


 リディアは飛空艇の話の流れを忘れてはいなかった。いや、忘れるはずが無かったし、そしてどさくさに紛れながら罪をリディアへと押し付けようとするガイウスを無視する事もしなかった。そろそろリディアの表情にも僅かに怒りが交じり始めていた。


 青い瞳が僅かに尖っていた。


「分かったって! お前ちょっと煩い! 黙れ!」


 ガイウスはまるで騒ぎ立てる小さな子供を相手にするかのように、そして非常に面倒そうに左手で払い除けるような動作を取った。ここまでは予想していなかったのか、確実に黙らせる方法が頭に浮かんでくれなかった。




「いや……黙れって……。そもそもガイウスのせいじゃん。なんで私が悪者になって――」

「リディア本当に少し静かにしろ。オレは分かってるから。お前が言い出した訳じゃないって事は」


 どうして叱責に近いものを受けなければいけないのか、リディアは今の状況を受け止める事が出来なかったようだ。


 だが、ミケランジェロは事実を理解してくれていたらしく、最初こそは叱責そのものだったが、その次に出された台詞は、リディアを理解している何よりもの証拠としてリディアの耳に間違い無く届けられていた。




「いや、でもちゃんとエンドラルさんには説明しないと――」

「それぐらいしとく。説明すればいいんだろ? お前と違ってあいつはガキじゃないから、すぐ分かってくれる。だから静かにしろ。いいな?」


 リディアとしてはエンドラルへの誤解がこのまま続く事を恐れていたようである。


 エンドラルは1人で宿の外へと進んでいたが、ミケランジェロは面倒な相手の処理をしなければいけない為、足を止めざるを得なかった。直接ここでリディアに必ず解決させる事を約束しなければ、リディアは口を閉じる事は無いだろう。身長差のある少女に対し、真っ直ぐ立ったまま、視線だけを下に向けながら自分の考えが通じる事を願う。




「は、はい……」

(でも直接子供扱いされるって……結構心に来るかも……)


 ミケランジェロのおかげで、リディアは誤解を解いてもらえると心の奥で安堵の表情を浮かべるが、ミケランジェロのどこか苛々と疲労を合わせたような目つきを見逃さなかった。


 そしてテーブル超しに見つめてきているメルヴィの視線も何だか冷ややかである。まだ出会ってから丸一日すら経過していないというのに、堂々と見せるには無理があるような振る舞い方を見せてしまったから、リディアの性格を何となく把握されてしまったのかもしれない。


 ミケランジェロの後に続くように、リディアも歩き、そしてジェイクとメルヴィもその後に続いた。ガイウスは既に外に出ているようであり、恐らくはもう飛空艇に搭乗しているのかもしれない。


 とりあえず、今リディアに出来る事は、宿でのあの騒動によって多少ながら傷が入ってしまった自分のイメージを何とか復元させる事なのかもしれない。


 現在の自分の扱われ方が非常に悪い気がしてならないリディアであった。

どんどん仲間が増えるご様子ですが、その分だけ書き分けの苦労も増えますw とは言え、登場キャラは多ければその分だけ物語も派手になると思ってますので、キャラの数に負けないようにまた執筆を続けるつもりです。

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