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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第32節 《違法薬物の製造基地 再会した野盗の男は少女らを食らう?》 4/5

今回は怪しい実験体を相手に戦う2人の少女の話がメインになります。戦う女の子はとても素敵ですが、敗北したら……って考えると凄く恐ろしいのもやっぱり事実ですが、リディアとルージュは必ず勝ってくれると……信じたいですね。






           リディアはルージュと共に、基地の中央へと辿り着いた


           ゼノと呼ばれる、昔リディアと出会った野盗の男がそこにいた


           裸の上半身と、何か持病でもあるのか、異常なまでの口臭が印象的であった


           野盗らしく、ボロではあるが威圧的なズボンと肩にかけているチェーンは風格を確かに撒き散らしていた


           (なた)を持ち、明らかに斬り付けてくるような雰囲気を飛ばしていたが……








「うぅう……」

「あぅ゛……うぅ……」


 元々は首輪で、そして鎖を引かれる形で自由を奪われていた実験体の女性2人であったが、首輪を外された後も呻き声自体は変わらなかったが、目付きだけは変わっており、それはこの基地へと飛び込んできたリディアとルージュというある意味では同じ性別の相手を見続けていた。


 異なるのは、実験によって正常な思考と、健全な肉体を破壊されていたかどうか、という点だろう。




「回りくどい事なんかすんなよ? 襲い掛かってくるんだろ? さっさと来いよ?」


 赤髪のルージュはゼノと呼ばれる男では無く、実験によって皮膚が赤く爛れてしまっている全裸の女性と視線を合わせていた。実験体の女性はゼノの隣にいるが、ルージュは自分達に近寄ってくる事を想定出来ていた為、心と戦闘の準備は既に出来ていた。


「やっぱり……そういう展開になりますよね?」


 黒のハットの下で紫の髪を見せているリディアも、首輪を外された実験体の2人が何をしてくるのかなんて、大体は予測が出来ていたようである。格闘技の体勢のように両手を持ち上げ、構えている。




「お前ら、あいつらの事食い散らかしてこい。上手く行ったらあいつら、お前らの遊び相手でしかも奴隷にしてもいいぜ? 玩具(おもちゃ)が増えると思ったらやる気倍増すんだろ?」


 ゼノは実験体の女性2人に命令を下しながら、リディアとルージュを指差した。もし2人を仕留める事が出来たのであれば、自由な扱いを許されるようであり、実験を受けてしまい、理性を殆ど失っている状況でありながらも、言葉は理解出来ていたのかもしれない。


「あうっふっふっふ……」


 2人の実験体の内の1人がまるで賛成の意を見せたかのような奇妙な笑い声を出していたが、2人の外見的な区別は殆ど出来ず、頭髪も今は完全に抜け落ちており、そして体格もどちらも似たような細身と出る部分は出た形であった為、ただ2人いる、という事実を素直に受け止める事しか出来ないだろう。




――生気のある笑いでは無かった事に対し――




「なんだよ今の笑い方……。気持ち悪っ……」


 ルージュは純粋に実験体となった相手の笑い方そのものを気味悪がったが、実験体として薬を投与されてしまうと、もしかすると自分も周囲から同じような思いをされてしまうのかと、この基地そのものに対する憎悪も膨れ上がっていたのかもしれない。


 しかし、実験体2人の動きを決して見逃してはいなかった。




「ど……れい……」


 もうどちらの実験体が漏らしたのかは分からないが、奴隷に出来る事を知ったからなのか、派手に爛れた口元を釣り上げている様子はルージュにしっかりと確認されていた。恐らくはリディアも同じく見ていたはずだ。


 何かを始めるかのように、両手の指を妙に怪しく動かし始めていた。握ろうとしているのか、それとも何かを揉むように、とでも言うべきか、指全てを奇妙に暴れさせていた。それを2人揃って行なっていた。




――そして2人揃って、一歩踏み出したが……――




「来ますよ!!」


 リディアは実験体の2人が突然速度を身に付けたかのように走り出したのだ。


 戦う際に自分の攻撃がルージュにぶつかってしまわぬよう、素早くルージュから距離を取るリディアであるが、実験体の1人が設置されていたテーブルに飛び乗っていた。




「殴り合いなら負けないからな!」


 拳には自信があるであろうルージュは、紫の長袖の先にある両手を強く握り締める。ルージュに向かってきていた実験体は口から唾液を漏らしていたが、今のルージュにとってはあまり関係の無い事情である。


「それで解決出来ればいいですけどね!」


 リディアも本当は相手がただ肉弾戦1つだけで襲い掛かってくるのであれば有利に戦えると考えていたようであり、テーブルの上から跳び掛かってくる相手に備えていた。




――ルージュを狙っていた実験体の女性は……――




「うひひひ……死ねぇえ!!」


 ルージュへと向かう直線状にテーブルの横に設置していた背(もた)れの無い椅子があった為、それを片手に持ちながらルージュへと一直線へと走り続ける。


 初めて放ったであろう流暢な言葉と同時に、殺意そのものの言葉と同時に椅子を横に振りながらルージュの顔を狙う。


「当たるかよ馬鹿め!!」


 ルージュはまるで悪役が弱い主人公に言い放つような罵倒を飛ばしながら、まずは身を屈めて椅子の一撃を回避し、実験体の女性の無防備な動体に2発、拳による攻撃を食らわしてやった。


 全裸の胸部にルージュの本気であろう殴打が食い込むが、身体にしっかりと食い込んだはずなのにも関わらず、実験体の女性は悲鳴や苦痛の声を一切漏らす事は無かった。




――パンチを受けた女性はわざとらしい笑いを見せ始めた――




「ふへへ……弱いなぁ!!」


 身体の方はまるで打撃なんか一切受けていなかったかのように怯みもよろけも見せずに、実験体の女性は、攻撃の手を一旦止めたルージュを強引な力任せに両手で突き飛ばす。


 踏ん張っていたつもりのルージュであったが、脚で上体を支える力がどうしても足りなかったのか、それとも想定外の強さだったのか、壁に向かって飛ばされてしまう。




「うあっ!!」


 耐えようにも、耐えられなかったルージュは壁に背中を打ち付けてしまう。


「!!」


 背中に鈍い痛みが走り、立ち上がりたくても身体が言う事を聞いてくれなかったであろうルージュに対し、実験体の女性は今度はテーブルを無理矢理に引っ張り寄せ、そしてルージュ目掛けて押し出した。ルージュに接触するまで、テーブルの足を擦らせながら押し続けるつもりだったのだ。




――その一方で、リディアも飛び掛かって来た実験体に対し……――




「仲良くしようかぁ!!」


 テーブルから跳び上がりリディアを狙っていた、ルージュのとは別の実験体も突然流暢に言葉を喋るようになりながら、自分と同じ姿になる事を求めていたのだろうか。


 しかし、空中からの攻撃を試みていた実験体に対し、リディアも黙っている訳が無かった。


「悪いけど無理だよ!」


 空中から迫る相手に殴打を加えて弾き飛ばす事は考えず、リディアは純粋に横に向かって飛び退き、実験体の女性の着地点から距離を取る。全裸ではあるが、実験体の女性の肌は所々で赤く爛れている為、それがある種の衣服のようにも見えており、露骨な部分さえもあまり目立つ様子が無い。


 わざと大きな音を立てるように足の裏を地面に接触させた実験体の女性は再びリディアへと飛び掛かる。今度はテーブルの上から、では無かった。




「お前の意見なんか聞いてないぞ!!」


 実験体の女性はリディアの意思を無視する意思を告げながら、両手を手刀のように伸ばし、再び接近を試みる。


 純粋に走るようにリディアへと近寄るが、リディアは自分の意見を受け止めない相手に対し、明らかに手刀を突き出す形で攻撃を仕掛けてくる事を読み取っており、準備とでも言うべきか、構えた姿勢のままで立ち止まっていた。


「そんな状態じゃ聞かない、よね?」


 リディアは自分の顔面に向かって突き出された手刀を軽々と屈んで回避し、手刀を武器として使ってきた相手の右腕をそのまま掴み、背負い投げを決めてやろうとしたが、リディアの引っ張る力は実験体の女性には敵わなかったのだ。




――寧ろ逆に引っ張られてしまい……――




 リディアは自分の上半身に実験体の女性の右腕が絡み付くのを目視したが、それだけでは無く、自分の脚と脚の間にも別の腕が絡み付くのを感じた。


 実験体の女性はリディアを脚の間に左手を引っかける事でそのまま頭上に持ち上げてしまったのである。


「聞かないなら無理矢理聞かせるぞ!」


 実験体の女性はやや細身の身体ではあるが、同じ程の体格のリディアを軽々と頭上に持ち上げ、しばらくその状態を維持させた。


「うわぁ何するつもり!? 何やったって聞かないからね!」


 持ち上げられたリディアは抵抗をしようと身体を動かしたが、相手の力は想像以上に強く、肩と股間から非常に強い力で挟まれていたその場から逃げ出す事が出来なかった。


 天井に視線を向けた形で、そのまま実験体の女性による追撃が始まってしまう。




――目の前に向かって投げ落とされ……――




 実験体の女性は、持ち上げていたリディアを純粋に目の前に投げ落としてしまう。持ち上げられていた時は天井を向いていたが、投げられた際に身体が横に向かって回転し、うつ伏せになる形で床に落とされてしまう。


「!!」


 痛がるリディアに時間の猶予を与えないかのように、実験体の女性は右足を持ち上げ、リディアの背中を踏み付けようとする。


「いいから聞けよ!!」


 立ち上がっていないリディアに対し、怒声を浴びせながら足の裏をリディアの背中目掛けて乱暴に落とす。




――リディアは鮮明に相手の動きを目視しており……――




 うつ伏せで倒れたまま、顔だけは実験体の荒れた裸足の脚部に向いており、片足だけで立っている様子をリディアは逃さなかった。


 決して有利とは言えない今の体勢のままで、実験体の足を狙い、足払いを仕掛けたのだ。


「聞くのは無理だよ! それだけ!」


 リディアの足払いを流石に脚1本だけでは受け止める事が出来なかったのか、実験体の女性はそのまま盛大に転倒してしまう。


 実験体の女性の命令を丁寧に返事という形で払い除けながら、今度は倒れた相手の足を両手で掴み、今度はリディアの方から更に痛い思いをさせてやろうと考えたようだ。




――遠心力が女性にかかる――




 リディアからすれば持ち上げられないという事の無い体重であろう実験体の女性を、半円を横に(えが)くように投げ飛ばす。


 場所はどこでも良かった。無理矢理にでも良いから距離を取らせる事が一番の目的だったようだ。相手は実験用に使うのであろうテーブルの上に一旦背中を打ち付けるが、勢いがまだ残っていた為、そのままテーブルの下へと滑り落ち、両方の膝から下だけの部分をテーブルの上に残しながら動かなくなる。


「ふぅ……、まあこれで終わりな訳無いよね? 早く立ち上がったら?」


 リディアはただ今の一度振り回すように投げ飛ばした行為だけで相手の戦う力が尽きたとは考えておらず、歩きながら近寄って行く。


 テーブルの上に乗っていた2本の足が引っ込んだのを確認したリディアは、確かにそれがまだ戦う力を失わせていた訳では無かったという事を理解した。何故なら、目の前からテーブルがまるで下から突き上げられるかのようにリディアに向かって飛んできたからである。




――下に隙間が出来ているのを確認し……――




 流石にリディアは飛んでくるテーブルを受け止める気にはならなかったようで、床から持ち上がる形で、そして回転しながら飛んでくるそのテーブルを、リディアは身体を瞬時に横に倒し、床に身体を寝かせる事で物理的な接触を回避する。それなりに重量があった木造のテーブルは激しい音を立てながら床に落下し、跳ね上がるような動きを僅かに見せた後に停止する。


「派手な攻撃見事だよ? でもまだ甘いよ?」


 リディアは回避の為に寝かせていた身体を両手で床を押し飛ばすようにして身体を立たせ、確実に純粋な肉体的な力を使っていたであろうテーブルを押しながら蹴り飛ばす攻撃を一応は褒めてやった。


 しかし命中しなければ無意味だ。


「へへへへ……」


 実験体の女性は再び徐々に距離を縮めながら近寄ってくるリディアに対して未だに立ち上がっておらず、何も纏っていない姿で脚を広げたまま上体を前に反らしながらリディアを見つめているが、左右に椅子が残されていた事に気付くなり、気味の悪い笑い声をわざと発しながら両方の腕を左右それぞれに伸ばし、両手に1脚ずつ持ち、大股になりながら無理矢理立ち上がる。




「裸でそんな脚開かないでよ……。気持ち悪っ……」


 リディアは相手と同じ女性同士ではあるが、肌が激しく荒れているとは言え相手も元は女性である。裸でありながらまるで人目も気にせずに本来は衣服等で隠れていなければならない部分を平然と見せるように立ち上がった時の様子がどうしても生理的に受け入れられなかったようだが、相手はすぐに襲い掛かってくる。


 椅子で殴り掛かろうと、リディアへと接近してきたのだ。


「お前は人に気持ち悪いって言うのか!?」


 実験体の女性は椅子の脚を持っていた為、重心が非常に不安定な状態で椅子をリディア目掛けて振り回すように叩きつけようとする。




「裸なのに堂々とし過ぎな所がね!!」


 本当は薬物を投与した者が一番悪い事ぐらいはリディアにも分かっていたが、椅子で殴り掛かってきた所を、椅子そのものを蹴り飛ばすように右足を鋭く横から振り飛ばしながら、相手の気持ちに答えてみせた。リディアの回し蹴りは実験体の右手に持っていた椅子を弾き飛ばし、そして相手の左手に残っていた椅子も決して見逃しても、見落としてもいなかった。


「お前なかなか手慣れてるなぁ?」


 右手の椅子を蹴り飛ばされた実験体の女性であったが、ただ痛い思いをさせてやるという目論見1つだけを抱きながらか、左手の椅子で再度リディアに殴り掛かる。


 しかし、真正面からの攻撃には慣れているであろうリディアにそれが通じるかどうか。




「だったら真正面から来たらどうなるか、分かるよね?」


 格闘技には自信があるリディアだった為、真正面から明らかに椅子で殴り掛かってくるという事を教えてくれている実験体の女性に対し、焦りの無い表情で問う。


「へっ!!」


 実験体の女性は自分の戦法を変える事をしなかった。鼻で、そして大声を出すように笑いながら強引にただ殴る為だけにリディアへと再び接近する。頭部に向かって殴り掛かるかのように椅子を振り上げる。


 しかし、それを最後まで正しく実行する気では無かったようである。




――強引に近寄り、しがみ付こうと試みたのだ――




「近寄るならこうするよ!!」


 リディアは突然両腕を左右に広げながら、まるで自分を包み込もうと無理矢理に接近してきた実験体の裸体の胴体を狙い、本気をとことん込めた渾身の突きを拳で決めたが、胸部に鈍く激突した拳は実験体には通じていたのだろうか。


「無駄だ!!」


 それでも強引に実験体の女性はリディアの拳による突きさえも無視しながらリディアに無理矢理しがみ付く。黒の戦闘服の上から、互いの胸部を密着させるようにリディアを締め上げた。実験体の女性の力は薬物の影響もあったのか、その場でリディアの動きを封じてしまう。手足の自由は残っていたが、純粋に身体を密着させられている事で、今まで殆ど意識する事の無かった脅威が実験体に存在していた事を知った。




「何抱き付いて……ってあんた臭いんだけど!!」


 殆ど顔面が密着してしまうのでは無いかという程の距離に実験体の女性の荒れた顔がリディアの視界に入っていたが、リディアの黒のフェイスマスクを貫通する形で実験体の女性の臭気が伝わって来たのだ。顔が近い関係で体臭というよりは口臭なのだろうか。人外な実験は元の性別や姿に関係無く汚い結末を与えてしまうのか。


「ここに来た連中は皆そう言うぞ! 生き物は皆臭いのが当たり前だ! 私らの仲間になればお前も同じになるぞ!」


 リディアを両腕で締め付ける行為を続けながら、実験体の女性は今までこの基地にやってきたであろう者達の話を始めた。しかし、過去の者達はここから無事に帰る事が出来なかったという事もひっそりと暗示させていると言える。




「勝手に言ってれば? って……強っ……!」


 リディアは自由なままであった両腕で何とか実験体の女性を押し剥がそうと力を込めてはみたが、実験体の腕力に勝つ事が出来なかった。


 それ所か、背中に回されていた相手の腕の力が想像以上に強かったようであり、背中に痛みが走り始める。


「このまま締め付けてやるぞ! これもオマケだ!」


 薬物の影響なのか、細身の肉体に似合わない強さでリディアを締め上げていたが、間近で拘束している相手に対し、左手に持っている武器としての役目も果たしているであろう物体を利用する事を思いついたようだ。




――椅子でリディアの頭部を叩きつける行為を始めてしまい……――




「っ!! 痛っ!!」


 リディアは後方からの衝撃を目視する事は出来なかったが、頭に何か硬い物をぶつけられている事は把握する事が出来た。頭に被っている黒のハットを貫いた痛みが後頭部に連続で入り、このままでは一方的に戦う為の力を奪い取られてしまう。


「へっ! お前なんかこのままくたばれ!」


 無理矢理に自身に密着させた状態で実験体の女性は椅子でリディアを殴り続けた。自分側に引っ張るように力を入れる事しか出来なかった為、渾身という程では無かったが、椅子そのものの質量がそのまま威力となっていたのは間違い無い。一撃自体は致命傷では無いにしても、それが続けばどうなるかは分からない。




「……くたばるぐらいなら抵抗ぐらい……!!」


 リディアも殴られっぱなしでいる訳にもいかず、実験体の女性の思い通りにさせる訳にはいかなかった為、両手に電撃をエナジーリングの力で溜め込み、それを左右から頭部を挟み込むように強く押し付けた。


「アホが! 電気なんか効くかよ馬鹿め!!」


 実験体は頭に直接電撃を受けているはずなのにも関わらず、平然と力をいれ続けており、拘束を維持したまま、自分に電撃が通じる事は無いと罵倒混じりで説明を聞かせた。電撃を受けながらも、まるでそれを元々受けていないかのように平然としながらリディアに打撃を続けていたのだが。




――離れた場所から違う声が響く――




「馬鹿でアホなのはお前だろ!!」


 それは明らかにルージュの叫び散らすような声であり、リディアは今ルージュがどのような状態なのかを目視する事が出来なかったが、叫ぶような声の直後に突然実験体の女性の身体が横に向かって吹き飛ばされたのである。リディアは掴まれたままであった為、実験体に合わせるようにそのまま体勢を崩されてしまう。




「どぅあっ!!」


 実験体は頭部を横から殴られたようであり、激しい痛みと同じく激しい力によって倒れる事に対して踏ん張る事が出来なかったのだ。ルージュはまるで飛び掛かるようにして殴り飛ばしたが、実験体も殴る瞬間を見ていなかったはずだ。


 そしてリディアも実験体と一緒に倒れ込んでしまうが、実際に殴られた訳では無いリディアはその後の体勢の立て直しも容易に行う事が出来た。




――実験体と共に倒れたリディアは一度離れるように横に転がる――




「よっと! ルージュさん助かりました! ありがとです!」


 リディアはハンドスプリングの要領で立ち上がり、近寄ってくるルージュに対して素直な気持ちを渡した。


「気を付けろよ? こいつらまともに痛覚働いてないっぽいぞ」


 ルージュはリディアを立ち上がらせるつもりで近寄ろうとしていたのかもしれないが、既にリディアは自力で、そして尚且つ身軽さを見せつけるかのような方法で既に立ち上がっていた為、何か動かそうとしていた両手を下ろす。そして、リディアのやや離れた所で倒れている実験体の女性を指差した。


 しかし、ルージュの渾身のパンチを受けた実験体は流石に衝撃そのものを平気でいる事が出来なかったのか、まだ立ち上がる気配が無かった。今は横に向いた状態で倒れたままだ。




「やっぱりそうなんですか? だから私の電撃でも平気だったんだぁ……」


 痛覚が鈍いはずの実験体の女性はまだ倒れているが、それを見降ろしていたリディアはルージュに言われてから自分の持つスキルがここではあまり役に立たない可能性があると思い知らされたのか、右手を開きながらそれを見つめていた。


「分かってるだろうけどこいつまた立ち上がってくるぞ。注意しろよ?」


 ルージュは倒れていた実験体の女性の腰辺りが震えたのを見逃さなかった。自分の右手ばかりを見つめていたリディアの二の腕をやや乱暴に押すように叩きながら、先程までリディアに絡み付いていた、横たわったままの実験体を指差した。




「はい! 所で、ルージュさんを狙ってた方はいいんですか?」


 何となくリディアは実験体の女性の赤く爛れているとは言え、ここに連れられてくる前はそれなりに眩しく映っていたのだろうかと思えてしまうような細い腰を見つめてしまっていたが、思い出したかのようにルージュの方は危機を乗り越えたと同時に阻止も出来たのかと訊ねた。


 そしてリディアにしがみ付いていた実験体は立ち上がる為に両脚を必要以上に広げ始めていた。


「あぁあいつか? あいつならテーブルの下敷きにして固定してやったわ。しばらくはほっといて平気だ!」


 リディアの質問に対し、自身満々にルージュは答えて見せた。指を差した同じ室内の壁際には、派手に割れたテーブルと、そして角4ヵ所に真っ黒な尖った岩のような物体が突き立てられており、ルージュの説明が事実なのだとすれば、ルージュと戦っていた方の実験体は現在、瓦礫のようになったテーブルに埋もれた状態で動きを封じられているという状態なのだろうか。




「なるほどです! あ、やっぱり立とうとしてますよこいつ!」


 ルージュは無事に対処をしていたのかと安心するリディアであったが、実験体の女性が脚を広げた状態から身体を持ち上げる様子を見逃さず、すぐにルージュにも意識させるかのように声を張り上げた。


「だろうなぁ?」


 橙色の瞳をやや細めながら、ルージュは一度リディアから僅かに距離を取り、自分の攻撃がリディアに接触してしまわないように場を整理する。




――完全に立ち上がった実験体は……――




「よくも殴ってくれたなぁ? 褒美に私の本気、プレゼントだぁ」


 実験体の女性は確かに立ち上がってはいたが、ルージュのあの一撃がやはり重たかったのだろうか、何だか必要以上に両脚に力を込めながら何とか立ち続けているかのような、そんな雰囲気だ。髪も一切存在しない容姿には余裕と呼べるものが一切無くなっており、真っ直ぐ2人を見つめながらそこに殺意を彫り込んでいる。


「何がプレゼントだよ? 実は強いんですみたいな呆れた言い方やめろよ。笑いたくなるぞ?」


 ルージュとしては自分達の勝利を確定させているつもりだったのだろう。


 これから強さを見せつけるかのような言い方をされても、怖がってやろうとすら思わなかったようである。




「いや、なんか変ですよ!?」


 リディアは目の前で立ち上がった実験体の女性の手の動きが妙におかしい事に気付いた。手を握り締めている、というレベルでは無く、まるで手や指の皮膚の裏で骨そのものを異常な形で動かしているようにしか見えず、見方によっては皮膚の中で骨が暴れているようにすら見えた事だろう。


 リディアのその相手の妙な姿を見つけた際に発した声に反応したのは、実験体の女性であった。


「変なのはお前だぁ!!」


 実験体の女性は自分に対する侮辱という意味で捉えたのか、手の中で変形させた骨の状態でそのままリディアに飛び掛かり、そして右手を殴るように突き出した。


 リディアには飛び掛かる瞬間からずっと目視されていた為、案の定命中せずに避けられてしまったが、それは避けられたからそれで良かった、というものでは無かったようだ。




――(かす)った風圧の様子が何だか違っていた――




()けんじゃねえよ!! マジで首ちょんぱしてやるから!!」


 奇妙に変形させた手刀の最初の一撃を回避されてしまい、苛立ちを一切隠さずに怒鳴りながら一度右腕を引き、再び手刀をリディアの顔面目掛けて力強く突き出すように伸ばす。


 しかし、やはり命中はしなかった。


「!! その手っ……!! 刃物にもなるんだぁ……!?」


 リディアは明らかに風圧の鋭さが変わっている事に気付き、相手の手はあくまでも刃物のように扱っている、のでは無く骨の形状そのものが本物の刃物となった実験体の女性の手の殺傷力を心で受け止めながら、リディアは心では一切褒めていないような誉め言葉を飛ばしてみせた。


 人体そのものであるはずの骨が変形する事で何か腕に苦痛等を感じたりしないのかとやや不安になったが、相手は本当の刃物と化している手刀をリディアへと向け続けている。




「そうだぜ! お前斬られて実感してみろよ!!」


 2度目の攻撃も身を反らされたせいで回避されてしまった実験体の女性は、命中した時の感想を無理矢理に求めるかのような言い分で3度目の攻撃、今度はリディアの頭上目掛けて上から叩き込むように力強く振る。今度は両腕を合わせるように。


「おっと! ……っ! そんな事想像だけで充分だから!」


 リディアはエナジーリングの力で氷の刃を両手から出現させた。そしてすぐに自分の頭部と生命を守る為に相手の刃物と化した手刀の振り下ろしを受け止める。


 交差させるように構えながら、実験体の女性の斬れ味が確定されているであろう一撃を純粋に腕力を込めながら耐え続けている。




「想像じゃなくて体感しろよ!」


 実験体の女性は元々の自分の性別を捨てるかのような、肉食獣を思わせるギラギラとした目付きと汚く黄色に染まった歯を剥き出しにしながら、無理矢理にリディアの2本の氷の刃を力任せに押し飛ばしてやろうと更に力を込めていたが、ルージュの事を忘れていた事は大きな誤算だったはずだ。


「だったらお前が受けろよ! わたしの一撃! おらぁ!!」


 リディアへ手刀を乱暴に振り下ろす様子に少し驚いていたのか、少し身体を硬直させてしまっていたらしいルージュであったが、すぐにリディアのピンチと場の雰囲気を受け止め、リディアに迫っている危機そのものを取り除く為に自身の拳を物理的に燃え上がらせた。


 そして、隙だらけの側面から実験体の女性の顔を横殴りにしてしまう。




「わたしの事忘れるなよな。リディア大丈夫か?」


 力任せに剥がすように実験体の女性を殴り飛ばしたルージュは、床を擦るように吹き飛ばされる実験体に一言飛ばしてから、何とか2本の氷の刃で自身を護っていたリディアにも一言、そっちには心配の意を向けていた。


「私は特に危険じゃなかったんですけどね」


 リディアは両腕から力を抜いた。それに共鳴するかのように氷の刃は2本とも砕けるように消滅し、そして自分だけでも対処を継続させられた可能性があると、あまり素直とは言えないような返答を見せていた。




「おいおいじゃあ無視して良かった――」

「!!」


 リディアの返事があまり適切なものでは無かったからか、ルージュは何だか自分が折角助ける為に拳を吠えさせた事がただの無駄な行為だったのかと虚しくなろうとしていたようだが、リディアはルージュの視界から外れた場所でとんでもない事態が始まっている事を目視し、すぐにルージュに両手を上から落とす。


 目的はルージュを無理矢理しゃがませる為であった。何か言葉を発する余裕も無しに上から押し付けるようにしゃがませたのだ。ルージュも突然リディアのほぼ全体重を押し付けられた事で、立ち続ける事が出来なくなったのである。




――大型の欠片が2人の少女目掛けて飛んできた――




「リディアお前何すん!! ……ってわたしの事庇ってくれたのか……」


 突然自分を無理矢理しゃがませてきたリディアであったが、覆い被さり続けていたリディアを無理矢理引き剥がしながら、ルージュは立ち上がる。


 よく分からない行動に対して反射的に怒り出しそうになったルージュであったが、直後に派手な衝撃音が鳴った為、反射的にそちらに一瞬視線が動き、それで少し冷静になると同時にどうしてリディアが自分を上から押し付けるようにして無理矢理しゃがませてきたのかを理解した。


 砕けたテーブルの一部の直撃を回避させる為の行為だったという事を。


「ごめんなさい! でもいきなりあんなの飛んできたので……」


 リディアは背後にある部屋の端にまで吹き飛んでいた木片を指差しながら、ルージュにまずは1つの謝罪を渡した。


 そして力任せにしゃがませた理由も説明をしたが、もうルージュは分かっていたはずだ。




「ん? あれって、わたしがさっきあいつ閉じ込めたテーブルの……ってあいつ抜け出したみたいだ!」


 リディアの背後に見える欠片をルージュも改めて凝視するが、それは見覚えのある欠片だったようで、壁に到達する程の力で投げられたであろう木片は、元々はルージュを襲おうとしていた実験体を閉じ込めていたはずだったらしい。


 しかし、欠片そのものを投げ飛ばされていたという事は、もう拘束自体が成立されていないという事になり、元々閉じ込めていた場所だったのか、そこに視線を向けると、恐らくは予想の通りの光景が映り込んでいたと言える。


 壊れたテーブルを背後に、実験体の女性がルージュ達に向かって歩いていたのだ。


「あんな窮屈なとこに閉じ込めやがって! お前にも同じ思いさせてやるからな!」


 恐らくは力任せにテーブルを破壊し、這い上がってきたのだろうか、実験体の女性は動きこそ歩きという遅さではあるが、肩で深く呼吸をしている様子も見えていた。疲労と怒りなのだろうか、元々荒れている容姿そのものの中に更に殺意の表情も浮かび上がっていた。




「所でリディア、やっぱり、こいつらもう正気には戻らないよな?」


 ルージュはまるで何かを決心させるかのように、隣に立っているリディアに真剣な返答を求めているかのような質問を渡す。それでもルージュの橙色の瞳は自分に歩み寄ってきている実験体の方に向けられてはいたが。


「まあ無理、でしょうね。所でそれがなんかあったんですか?」


 リディアは自身の能力や所有している道具に、実験体として身体を侵されてしまった者を元の正常な姿に戻すものを所有していない事を理解していた為、自分の力だけでは治癒や回復をさせる事が出来ない以上はもう今のように言い返すしか無かった。


 しかし、何故それを聞いてきたのか、それも知りたかった事だろう。





「大体分かんないか? もうホントに殺すしか、無いよな?」


 妙に冷静な口調で、ルージュはリディアに再度理解を確かめるかのように聞いた。そして、まるでリディアから1つの許可でも求めるかのような疑問形を渡した。


「元に戻す方法があればいいですけど……」


 リディアとしては純粋な解決方法で行くよりは、まだ別の道を探したかったようであるが、実験体となった相手を元に戻す(すべ)は今は持ち合わせていない。時間も無限という訳でも無いだろう。




「でもこのままだとこっちが殺されるぞ?」


 ルージュもいくらかは把握しているようであり、リディアだって元々は(まっと)うに外で生きていた人間の女性であった相手の命を軽々と奪いたいとは思わないという事は分かっているはずだ。


 しかし、もう相手は正気すら失っている状態であり、ここで躊躇(ためら)っている間に自分達の命を奪われてしまう危険もある為、ここは下手に生命の尊重を意識し過ぎない方が良いのかもしれない。


「じゃあもうしょうがないって事、ですか?」


 救う手段を実際に持ち合わせていないのも事実であった為、リディアは何だかこの状況そのものに自分達が負けてしまったかのような気分さえ感じながら、改めてルージュに問うような言葉を渡す。口調にもあまり自信が感じられない。




「そういう事だ! こっちがやられたら奴らの仲間入りになるだろうし」


 よく分かってくれた、と言わんばかりにルージュは声をやや強めに張り上げた。しかし、目線はテーブルの欠片から抜け出した実験体の女性に向けられたままであり、そして相手は圧をかけているかのようにゆっくりと歩き続けている。


「自分達の為にも外の人達の為にも、って事ですか?」


 もう実験体の女性2人は正気に戻る見込みが無い為、このまま基地から出られる事で他の者達にも危害を加えられる可能性もある事を考えたら、残念ではあるがここで2人には終わりになってもらうしか無いと考えるべきなのかとリディアはルージュに聞く事を決めた。


 リディアとしては自分自身でこの場所での行動を決断する勇気はまだ無かったのだろうか。




「マジでそういう事になるな!」


 ルージュの橙色の瞳は真剣そのもので、格闘体勢とも言えるその姿で握られている両手は強く握られていた。




「ゴチャゴチャ喋ってる余裕あるのか? お前らなんかすぐ私らの仲間に入れてやるよ? 死んでも道具みてぇに使えるから喜んでいいぞ?」


 実験体の女性の言葉であった。ゆっくり歩いていたからか、リディア達が喋っている間に辿り着くという事は無かったようだが、寧ろここで始末した時に何をしてやろうか個人的に思い浮かべていたのかもしれない。2人の正常な肉体を持った人間の少女であれば、更なる上質な実験体が出来上がると、自分自身も被験者の立場でありながら、そう思っていたのだろうか。




「あのなぁ、わたしらそんな事されて喜ぶ気は無いし、仲間に入る気もゼロだし、そんでだ、喋る余裕もあるぐらいこっちは強いんだよ」


 ルージュは実験体の欲望のようなものを全否定する姿勢を見せつけてやった。この基地で何かの為に身体を利用されながらあの世へ逝ってしまう事も、被験者達と同じ場所で生き続ける事も、全て否定して見せた。


 リディアと対話を交えていたのには理由があったようであり、少なくとも、今ここにいる実験体の女性2人と、何気に傍観を継続させている裸の上半身の男であるゼノと張り合うだけの実力があったからだと強い口調で聞かせてやっていた。




――そして一呼吸置き、ルージュは飛び込み始める!――




「以上だ以上!!」


 自分に近寄ってくる実験体に対し、ルージュは自分から駆け出した。前のめりの体勢でそして両方の拳に炎すらも着火させていた。


「強いかどうかなんてやらなきゃ分かんねぇだろ!!」


 実験体の方もルージュの闘志に応えたのだろうか、真正面から殴り合うかのように拳を握り締めながら、利き腕なのか、右腕を後方へと引いていた。もう1人とは違い、手の形を内部的に変化させるような事はしていなかった。




――ルージュはまだ至近距離に到達していない状態で拳で目の前を切る――




 拳が直接は命中しない段階でルージュは炎で燃え上がる自身の右の拳を、目の前で派手に振りかぶらせる。直接拳が実験体の女性に命中はしなかったが、目的は拳を接触させる事では無かったようだ。


 拳から飛ばされた炎の塊が実験体の女性に命中したのだ。


 女性は衝撃に耐える事が出来ず、思わず背中から倒れそうになるが、何とか踏み止まる。そして女性に直撃した炎の塊はまだ消滅していなかった。


「それが威張る理由なのか?」


 実験体は耐えたからなのか、まだ強気な姿勢を崩しておらず、炎をぶつけられた程度ではそう簡単には倒れる気は無かったようである。しかし、ルージュもそれで終わらせるつもりは無かったようだ。


「なるぜ? ほら!」


 体勢的には上から斜めに切り裂いたかのような殴り終わった形でいたルージュだが、実験体から言われた事に対し、当然だと言わんばかりに口元を釣り上げながら一言に近い短い言葉を返す。




――炎の塊はそのまま人型へと形を変える――




 まるでルージュの分身でもあるかのように、全身を燃え上がらせた人型の物体として、直立した姿勢から再び実験体の女性に襲い掛かる。


「そんなので負ける……うあっ!!」


 実験体の女性はたかが分身のような物体1つに敗れてしまう訳が無いと力任せに殴り掛かるが、行動は分身の方が速く、身体を飛び込ませながら胴体目掛けて拳を突き出した。


 それは実験体の腹部に深くめり込み、そしてそのまま実験体の女性をすり抜けるように背後へと移動した。


「まだわたしも残ってるからな!!」


 腹部への一撃に怯んでいた実験体に対し、分身を呼び出したルージュ本人が追撃を開始し始める。


 分身と同じように拳で床に倒れ込ませてやろうと、未だに燃え上がらせていた拳を後方へと引きながら急接近を試みる。




――しかし、実験体は突然顔を持ち上げ……――




「てめぇよくもやったなぁこのガキゃああ!!!」


 元々口調が荒い実験体ではあったが、更に悪さを倍化させたような口調でルージュに向かって飛び込むように近付いたが、伸ばしてきた左腕を目視したルージュはその腕を使って自分に掴み掛ってくるか、それとも殴り掛かってくるかのどちらかを意識した上で多少上半身を後方へと反らしたが、左腕の形状が明らかにおかしい形で変化を見せていたのだ。


 それは、まるで5本の触手のように手が分離し、ルージュの首元に絡み付いてきたのだ。


「うわなんだよこれ!!」


 左腕が5本の触手へと変化した事に対応する事が出来なかったのか、5本の触手に対して抵抗や防御が出来ず、1本だけは拳で殴り飛ばす事で弾く事が出来たが、残りの4本はルージュの首元や腕に絡み付いてしまい、その場で動きを封じられてしまう。




「ガキの分際で好き放題やりやがってぇ! でもこれでてめぇも終了だ!」


 今度は右手も形状を変化させ始める。皮膚の内部で骨そのものを動かしていたのか、皮膚が突き破られるのでは無いかと思いたくなるように無理矢理に内部を暴れさせていた。


 そして、右手の形状変化が皮膚の中で完了させられたのか、そしてわざとルージュの目の前でじっくりと鑑賞させるかのようにゆっくりと目の前に近づける。


「何がどう終了なんだよ?」


 ルージュは首元を触手状に変化した相手の左手によって押さえ付けられてしまったが、そんな状況であっても、相手が見せつけている右手を一応見ながら、そこからどういう意味が生まれるのかを問い質そうとする。




――相手の右手から、開くような形で2本の突起が突き破って現れ……――




 実験体の女性は、右手の皮膚を突き破る形で、上腕の内側から2本の突起、白い色合いから見てそれは元々は上腕そのものの内側に存在した骨だったのかもしれないが、それが大型の(はさみ)のような形状となり、皮膚も、そして恐らくは筋肉組織も突き破り、鋏と形状変化を遂げた骨を露出させたのだ。


 それを使い、恐らくはルージュをそのまま切断してやろうと企んでいたのだろうか、実験体は皮膚を突き破った事に対して痛みを感じていない様子でもあったが、ルージュとしてはとてものんびりしていられたものでは無いはずだ。


「これでお前は終わりだ!」


 実験体の女性は、自身の左腕の先端を形状変化で触手化させているそれで拘束しているルージュを狙いながら、右手の鋏を目いっぱい広げながら、そして叫び声と共にそれをルージュの首元に接近させる。




「終わりにするにはまだ早いぞ?」


 これから首を斬り落とされる可能性があるという状況で、ルージュは勝ち誇ったような表情なんかを浮かべていた。


 寧ろ、切断出来るものならやってみろとでも言っているかのような表情でもあった。


「馬鹿が! 首さえ斬り落とせばお前は終わっうあっ!!」


 終わりはもう目の前にあるぞとでも言いたかったのか、わざと罵声を放ちながら実験体は右手の鋏を開いたまま、ルージュの首へと更に近づけていくが、実験体は背後の存在を忘れていたようであり、背後にいた燃え上がる物体によって、頭部を上から叩きつけられ、屈むような姿勢を取りながら倒れ込むのを一応は防いでいた。




「だから言ったろ? バーカ。これがわたしの本気だ!!」


 ルージュの分身とも言える炎の人型の物体が放った上からの殴りつけによって、ルージュ自身を拘束していた触手のような部位もルージュから離れた為、気持ちの余裕から生まれたのであろう軽蔑の意味合いを持つ言葉を伸ばすように言ってやった。


 しかし、ルージュも今度こそ本当に殺害されそうになっていたのだから、ただ仕返しの言葉を飛ばしただけで終わらせるつもりは無かった。再度右手の先を燃え上がらせるが、そこに現れたのは真っ赤に熱された苦無(くない)であり、怯んでいたような姿勢から再び姿勢を伸ばし、ルージュ目掛けて跳び掛かろうとしてきた実験体の胸部を狙い、熱された苦無を力強く投げつける。




――胸部を見事に貫かれた実験体は動きを鈍らせていく――




「うう゛っ……!! うあ゛っ……あっ……」


 ルージュの投げた苦無は、後部がルージュの右手と真っ赤なワイヤーのような物で繋がっており、右腕を引く事によって苦無も実験体の胸部から抜けた後に手元に戻って行ったが、実験体の方はやはり急所を貫通された事で生命活動を維持させる事が不可能になりつつあったのか、苦痛に満ちた声を漏らしながら、そのままゆっくりと床に崩れ落ちていく。


 無言で、実験体が死を迎える様子を見降ろしていたルージュであったが、まるで無言である事に何か追求でもされるかのように背後から聞き慣れた少女の声が飛んでくる。




「ルージュさん! そっち大丈夫でしたか!? 私も今さっきのあいつにまた狙われたから、まあ今はこの結果ですけど」


 やや呼吸を乱していたリディアであったが、ルージュが襲われていた時はリディアの方も危機に直面していたようだ。


 しかし、リディアの指差していた背後には、首筋を派手に斬られた状態で横たわる実験体の女性がおり、それはルージュから見ても無事に決着を付けた事をすぐに理解する事が出来たはずだ。


「ん? リディアか。まあこっちも結果オーライだな。お前は……いちいち聞くまでも無いか。ってか自分で言っちゃってるもんな」


 ルージュも純粋な疲労だけでは無く、本当に首を斬り落とされる可能性のある極限の状況から来る緊張感も合わさり、何だかいきなり激しい疲労に襲われたような気分になっていたが、リディアの声で互いに苦労をしていると意識し直したのか、それによって再び身体の重みが消えてくれたような気さえしたらしい。




「まあそういう事ですね。私だってここで終わりにさせられたら嫌ですからね」


 ルージュに対しては敬語で対応しているリディアであったが、右手に握られている氷の刃には鮮血が付着しており、自分の命を狙おうとした者に対する意志がハッキリと映り込んでいたと言える。本当に奪わなければいけない生命は例えリディアであっても実行してしまうのである。


「そんじゃ、次する事は分かってるよな?」


 ルージュはリディアの本気を内心で改めて評価したのかもしれないが、リディアの青の瞳を見つめてしばらくした後に、壁に(もた)れ掛かっていたこの基地のリーダーの男であるゼノに目を向けた。


 もしかしたらゼノは密かに逃亡していたかも、とルージュはどこかで考えていたのかもしれないが、ゼノはそこにい続けていた。




「この変な女の人達は倒したから残りは……あいつ、ですよね?」


 リディア達の足元には、実験体として凶暴化していた女性2人が倒れている。もう動く気配を感じなかったからか、リディアは一度凝視すべき敵対者を切り替えるかのように、離れた場所でこちらを見つめているゼノに意識と視線を向けた。


「正解になるな。所でお前、いつまでそんなぼけ~っと見てるつもりなんだ?」


 尤も、この基地内で敵対している相手はゼノに限られた事でも無いし、まだ見えない場所で敵が存在する可能性もある為、ゼノだけが残りとは言えないのかもしれないが。


 それより、ルージュはこれからのゼノの行動が気になるようであり、自分達の方を意味も無く眺めているとは思えなかったはずだ。戦闘の体勢自体は崩しているものの、今襲われたとしてもすぐに反撃が出来るように気持ちだけは引き締めているはずだ。




「ただ見てただけだと思うか? 所詮は実験体だったのかって呆れてただけだ」


 ゼノは太い首を、凝りを取るかのように左右に揺らしながら、自分が意識していた事を伝えてやった。言葉の通り、2人の女性は実験の為に使われた存在に過ぎなかった為か、リディアとルージュを始末する事に関しては過度の期待を持っていなかったようだ。


「言いたい事は色々あるけど、お前が所詮って言うぐらいだからあんなに弱かった訳か。ある意味助かったわ」


 ルージュとしては実験体の女性に関して、本当であれば時間をじっくりと使ってでも奥深く知りたい事があったのかもしれない。


 だが、やはり相手は野盗であるのだから、質問をした所で素直に答えてくれるなんて思い浮かべる事も出来ず、とりあえずは実験体の脅威がそこまで強くなかった事を責めてやった。おかげで自分達の命が無事であったものの、それは実験体への能力の投与が不十分だったという証にもなるはずだ。




「強い弱いは兎も角、こんな実験なんかやってただで済むと思ってる? 私達一応あんたの事、このまま放置する気は無いし、それに私達をここから出すつもりも無いんだっけ?」


 ルージュはあくまでも実験体が弱かったから負傷等を負わずに済んだと安心していたようだが、リディアとしてはそうでは無かったようだ。


 尤も、ただその場でルージュが言及しなかっただけなのかもしれないが、実験という行為そのものを無視する事が出来ず、リディアとしてはこの基地の機能を潰してやろうとその場で企てていたのかもしれない。そして、素直に逃がしてもらう事も出来ないのだから、ここで出来る事はとことんやってしまおうと、追い詰められた中での思考だったのかもしれないが。


「実験体が死んだんだったら俺様が相手してやるだけだ? 逆にお前らの戦い方を見れて有利になったぐれぇだし」


 ゼノは実験体が敗れたのであれば、今度は自分が少女2人に襲い掛かるというある意味では単純で真っ直ぐな計画を持っていたようだ。自分だけになったのであれば、自分が武器を持った上で相手に叩きつける、ただそれだけだったらしい。




「好きなように言ってりゃいいだろ? 悪いけどこっちさぁ、ただ身体デカいだけの威張って俺は強いぜアピールしてるだけの奴相手ぐらい余裕で出来るからな? そういう相手にはもう慣れてるし、普通にお前意外の野盗とか相手でも普通にぶちのめしてるし。結構頻繁にな。勿論こいつも、だぜ? リディアそうだろ?」


 ルージュの本心ではもういつでもかかって来い、とでも思っているのだろう。ゼノの筋肉質な肉体や明らかに自分よりも高いであろう男性特有の身長は確かに外見だけは相手を怯ませる事が出来るものに包まれているのかもしれないが、それはルージュには通用しないらしい。


 元々ゼノ以外の野盗とも戦うような生活を日夜続けているのだろうか、相手がどのような口調や体格だったとしても、ルージュからすればそれだけでは怖がったり逃げたくなったりするような理由にはならないようだ。寧ろ世間的に脅威を与えているのであれば、自身の拳や苦無(くない)を炸裂させる事が自分らしさであるのかもしれない。


「まあ野盗ぐらいなら……余程変な不意打ちでもされない限りは余裕だよ。少なくともあんたぐらいには……ね? ってかさっきも似たような事あいつに言ってませんでしたっけ?」


 リディアもその場でルージュから野盗を相手に戦うだけの戦闘力や度胸が備わっているかどうかを聞かれたが、返答としては自信はあまり感じられなかったものの、それでも戦う勇気はしっかりと持ち合わせていると、本来はルージュに答えるべきだったのかもしれないが、渡す相手をゼノに決めたようだ。


 ゼノに対してはこの場でしっかりと言ってやりたかったようであり、リディアは元々野盗が相手であったとしても負けるような弱さでは無いはずであると、伝えてみせた。そして野盗が相手でも自分達は引き下がる事をしないという話を戦いの前にした事をうっすらと思い出したが、ルージュからはそれに関してそれらしい返答は来なかった。




「よく言うぜ。お前(まえ)会った時なんか負けそうになってたじゃねえか? なんか小細工で逃げてたみてぇだけどなぁ?」


 リディアの威勢をまるで嘲笑うかのようにゼノは言い返し始める。昔はリディアの方が劣勢になっていた事をゼノは口に出していたが、今回も戦えば自分が優勢を維持した上でそして今度こそはリディアをここで終わりにさせる事が出来ると自分勝手な理想すら抱いていた可能性もある。


「あの時はあんたの息が異常に臭かったから気分悪くなっただけだよ? ってかそんなので追い詰めてカッコいいとか思ってる? まあ今は平気だけど、でも臭いのは昔と全く変わってないよね?」


 リディアは当時の状況をまだ覚えていたようであり、ゼノに接近された際にあの異常な口臭を受けてしまったせいで本当に体調不良を起こしてしまったようで、弱ってしまった所をゼノに狙われてしまったが、それでも流石にそこで思い通りにされる訳にもいかず、エナジーリングの力を使った上で窮地を脱出したのである。


 そして今もやはりあの当時の口臭はそのままであるようだが、だからと言って今回も同じように目の前で弱るつもりはリディアには無かったようだ。




「お前あいつの臭さで昔負けそうになってたのか……。まあだったらわたしも尚更負けてられないなお前なんかに。臭いから負けたとか一生の恥になるわ。息臭いとかどんな生活してんだよ?」


 ルージュもゼノの口臭の強さは把握している為、確かにあの臭さを至近距離で受けたのであれば気分が悪くなるのは納得出来たようだが、しかし、口臭を武器にしているような不潔をそのままにしているような男には敗北する訳にはいかないようである。


 ルージュは決して性格や言動こそは普通の少女らしいとは言えないかもしれないが、だからと言って粗暴な男の目の前でやられた上で相手の思い通りにされてしまうのだけは絶対に避けたいはずだ。例え命だけが残っていたとしても、生き恥そのものになってしまうと考えていたようであり、そしてその異常な臭気の原因も何気に知りたかったらしい。


「じゃあ教えてやるぜ? ここでお前らぶちのめしてだ、ここでの生活味わわせてやるからよぉ?」


 ゼノは恐らくは自身の息の臭さが相手の精神状態さえも破壊するレベルに達する為の過ごし方を教える訳では無かったはずだ。もしかすると自分達と一緒にいる事が苦痛という感覚にならないような調教のようなものを生活の中で行なってやろうとでも企んでいたのかもしれないが、相手からの返答はわざわざ想像するまでも無かったかもしれない。




「だから無理だって。なんでお前と生活しなきゃなんないんだよ?」


 ルージュはゼノとこの基地で過ごす気は全く無いようである事に加え、そして過ごす理由も全く理解出来ないようでもあった。そもそも意思としては完全否定そのもので、寧ろそれを避ける為に今戦っていたという解釈も出来てしまうだろう。


「来るならいつでもいいよ? 私達別に体力的にも余裕だから」


 リディアは直接は否定を意味する言葉を一切放っていなかったが、気持ちとしてはルージュと同じであるはずだ。この空間でゼノと共に過ごし続ける気は無いはずであるし、そして戦いが再び始まるとしても、身体はまだまだ動くようである。


 隣にいるルージュも息切れも全く起こしていない為、共に戦ってもらうにしても信用は出来ると安心も感じていたはずだ。




「強がるってんなら……」


 自分の思い通りにならない少女2人に苛立ちを覚え始めたであろうゼノは、目の前にあるテーブルに無造作に置いていた鉈を持ち上げ、わざと床を踏み鳴らすように重たさを見せつけながら歩き始める。目的は勿論少女2人に近寄る為であるが、不気味にニヤニヤしながら少女2人を交互に見比べていた。


 しかし、それはただ見て自分の欲求を満たす為では無く、鉈を相手のどの部分に落としてやろうか計画していたと見ても間違いでは無いのだろうか。




「じゃあ死ね!!」


 深い考えを持つ事を面倒に感じ始めたのか、短い暴言を怒鳴るように放ち、決して離れていない距離の中でゼノは足を走らせる。そして体当たりを同時に行なうかのように鉈を大きく頭上に持ち上げた。接触する距離にまで行った時に真上から渾身の力で落とそうとしていたのだろう。




「そうなるか……」


 行動を起こす事を最初に決めたのはリディアであったようだ。自分達の命を狙われている事はもう考えるまでも無かったが、だからと言って後方に下がるという選択肢は一切握っておらず、右手を持ち上げるなり、そこにエナジーリングの力を集中させる。




――リディアは右手に氷の塊を出現させ……――




 そして塊をゼノの手首、つまりは鉈を握っている右手を目掛けて力強く投げつけた。右腕の動きの為に脚も胴体も全てが派手に捩じれたのは言うまでも無い。


 氷の塊は剛速球という表現が似合う程の速度で敵対者の手首へと接触する。












ちょっと今回は長かったかもしれません。しかし勝利を収める事が出来た少女2人に対して、野盗の男とは言え1人で向かったとして勝てるかどうかは……。そして野盗はやっぱり臭いと相場が決まってるかもしれません。

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