第31節 《唸る怪奇植物 吐き出す骸は戦死の悲鳴》 3/5
今回は本格的に怪奇植物グレイシアペタルを追い詰める話になると思います。ただ、すぐに仕留めようにも内部に囚われの人々がいた関係ですぐに決着を付ける事が出来ないみたいです。今回はその辺のやりとりも少しあるといった所でしょうか。
怪奇植物グレイシアペタル
しかし、既に深手を負っていたようであり
皆が想定していた激戦は免れた模様
それを狙ったのか、リディアは体内にエネルギー弾を投下
今はそれが爆発し、怪奇植物に異変が発生した最中だ
「ん? 何だい? こいつ痙攣し始めたねぇ?」
赤黒い影のような特殊な肉体構造をしているマルーザは、葉と胴体を擦ったような音を出し始めたグレイシアペタルに顔を向けるが、そこには、花弁と中心部を見事に硬直させていた相手の姿があったのだ。
マルーザはこの痙攣の理由を知る事が出来たのだろうか。
「あぁこれですか? 私がさっきあいつの中に毒、まあ麻痺毒だけど、それを仕込んだ爆弾置いてきたんですよ! 効果が今出たとこですね!」
黒の儀礼服のような戦闘服を纏っているリディアはまるで狙いの通りに事が進んだと意識し始めたかのように自慢気に説明をした。リディアはわざわざ目の前の怪奇植物の口内へと飛び込み、そして口が閉じてしまう前に魔力で練った爆弾を落とした上で脱出を決めたのである。
そして今、植物の魔物は体内での爆発で苦しんでいる所なのだろう。
「もしかしてその間にあいつに止めでも刺すのか、それとも中にいたんだっけ? 女の人達を助けるって感じ?」
青い魔導服の少女であるシャルミラは今の植物の魔物が痙攣している間に何をするのかをリディアに訊ねた。答えは恐らくはリディアが持っている為、それで決定させようと考えていたのだろうか。
「それは……どうしよ? 完全に仕留めてから口の中から助けるって形でも良さそうだけど……まあ死ぬ時に消化液とかぶちまけなきゃいいんだけどね」
爆弾を落とす事自体は計画通りだったようだが、その後までは深く考えていなかったようだ。リディアとしては内部にまだ見えていた女性達を助け出す事に集中したかったようだが、植物を絶命させた時に想定外の惨劇に見舞われないか、心配にもなっていたようだ。
植物に限った話では無く、魔物全般に言える話なのかもしれないが、絶命した後に周囲を巻き込むような何かをしてくる事を考えると、リディアでもそう簡単に怪奇植物を仕留めようという気持ちにはなれなかったのかもしれない。死んだ瞬間に口内で何か酸のような物を満たしてしまえば内部の人達は助からなくなる。
「その辺はジェイク先生が知ってんじゃないのか? 今は死んでる男の身元調査の最中だけど、聞いてくるか?」
濃い紫の装束で全身を覆い尽くしている忍の姿そのものであるガイウスは、この植物の生命活動を停止させた時に何か不都合な事が起こるのかを知っているであろう人物を思い浮かべ、言葉の通り、答えを問い質そうとしていた。その口調を見る限り、ガイウス自身が直接ジェイクの元へと向かう気だったのだろうか。
「じゃあわたしが聞いてくる。すぐ戻るからね」
しかし、実際に確かめに向かう役を請け負ったのはマルーザであり、ガイウスを初め、他の者達からの返答も待たずにそのまま陰そのもののような身体をまるで燃え尽きさせるように消滅させてしまう。
「あ、ちょっとマルーザさっ! ……あぁ行っちゃった……」
リディアは出来れば何かコメントを渡したかった気持ちがあったのかもしれないが、一言も聞かせる間も無く瞬間移動を思わせる形で消えてしまった為、ただ虚しく声を漏らす事しか出来ていなかった。
「行動が速いのはフィリニオンに似てるな」
笑いを僅かに堪えながら、あの鳥人族の男と同じ性格をしているとガイウスは口に出した。
行動は早くて困るという事は基本的に無いのだ。
マルーザはそのまま消滅したが、それは瞬間移動の為の行動であり、そして目的地へと瞬時に到着する。
そして、そこには2人の女性と、1人の赤いフードの少年と、そして1体の浮遊した生命体の姿があった。
――男の調査にはエルフも含まれていたが――
「これ気を付けてください! しばらくしたら寄生虫が操り始めると思います!」
昨日知り合ったエルフの女性は仰向けに倒れている絶命した男の突き破られた腹部を凝視しながら、隣にいた少年、それはジェイクであったが、説明を施していた。
絶命している男は恐らくは何か鋭い物で腹部を貫かれていたようであるが、その際に傷口に寄生虫のような物を埋め込まれたのだろうか。
「え? そうなの!? 男は普通に殺すだけじゃなかったっけ?」
エルフの説明は書物には記載されていなかったのだろうか、ジェイクは男の側で片膝でしゃがみ込んだ姿勢で今の説明が事実なのかどうかを聞いていた所だ。
背後ではメルヴィが恐ろしい表情を浮かべながら横たわる男の姿を視界に何とか入れているような状態だが、近くにジェイクがいてくれる事で何とか正常を維持出来ている、と捉えても悪くは無いかもしれない。今調べている相手は、死体そのものだ。
そんな場所に、例の者が現れる。
――細く現れた影が太くなるように広がり……――
マルーザにとっては造作も無いような出現手段だったのかもしれないが、実体化させた後に相手からの反応をいちいち待つ事も無く、すぐに質問の体勢に入る。
「突然悪いねジェイク。いきなりだけど、この植物って絶命する時に消化液とかを体内で炸裂させるような真似ってするのかい?」
調べ事をしているジェイクの後ろから、マルーザは邪魔をした事を詫びた後に、怪奇植物の生態に関して質問をする。理解が深いのはジェイクであると信じていた為、状況がどうであっても、やはり聞くに相応しいのはジェイクしかいないと決めていたはずである。
「あ、マルーザさん? あぁこの植物、ですか? 確かそんな話は書いてなかったと思いますよ?」
いきなり質問を渡されたジェイクであったが、もう突然現れた事に対しては何も言及をしなかった。しかし質問は質問である。一度倒れている男から視線を外しながら、マルーザの真紅の双眸を直視しながら事実そのものを説明する。死ぬ間際に体内を消化液等で満たす記述は目にしなかったようだ。
「書いてなかった、という事はじゃあ絶命した際に内部に捕らえてた者達を道連れにしないかどうかも分からないって事になるな」
しかしマルーザは記述が無かったからと言ってそれが安全を保障されるものとして受け取らなかった様子だ。これでは行動には移る事が出来ない、という解釈で良いのだろうか。
「あの、マルーザさんそんな事聞いて何かあるんですか? あ、今内部に人が……って言ってましたけど、それと関係があるんですか?」
目の前にある死体に怯えていた萱草色の髪のメルヴィも、マルーザの雰囲気を見ていたら何だか気持ちも安らいできたのか、質問を聞く為にここにやってきた意図を聞こうとする。
「今の流れで言われなくても分かって欲しかったんだけどね。まあストレートに言えばそうだよ。しっかり始末してからゆっくりあの口から捕まってる人達を助けようって計画だったんだけど、奴の事だから死ぬ時に消化液でもぶちまけるんじゃないかってリディアと一緒に考えてたんだよ」
マルーザは答えるだけ答えたと言った所だろうか。計画を一通り説明したが、確実な答えを受け取る事が出来なかった為、どうしても戦いは停滞してしまうようである。
まだ怪奇植物は痙攣を継続させているが、生命活動を停止させてしまっても良いのか、まだ明確な判断が出来ない以上は行動に走れない。
「そんな事……考えてたんですか? それで、この後はどうするんですか?」
メルヴィは目の前にいる怪奇植物の内部に人が存在する事を初めてここで知ったのかもしれない。救助の事を意識した上で戦っていた現実を知ったメルヴィであったようだが、しかし、どうしても次の行動を想像する事が出来なかったのか、聞くしか無かったようだ。
「まあどっちにしてもこいつが生きてる以上は口には入れないだろうし、結果は分からないにしてもやっぱり始末するしか無いのかな」
マルーザは何となく植物の魔物であるグレイシアペタルを見上げるが、流石に生命活動が続いている間は口内への侵入は恐ろしいものがあるだろう。リディアは特殊な計画で行なっていたに過ぎない為、無事に成功を収めていたが、流石に何も対策も計画もしていない上で飛び込むのはマルーザでも無理な話なのだろうか。
そこに、異なる場所で違う作業をしていたのであろう青い毛並みの小さな生命体であり、尚且つ仲間でもある者の姿が飛んで現れた。
――それはバルゴであり、まるで遠くから聞いていたのように……――
「マルーザさん大丈夫だよ! このグレイシアペタルって奴、絶命したとしても特に何も無いよ!」
仕留めるべきかどうか戸惑っていたであろうマルーザに対し、この怪奇植物の生態に関して説明を言い渡した。この言葉は事実である事を証明させているかのように澄んでおり、命を落とす時は何か目立つようなリアクションを見せる訳でも無いらしい。
「ん? もしかするとジェイクよりも頼れる先生になるかもね、バルゴよ。所で、そんな情報どこから持ってきたんだい?」
マルーザはバルゴから渡された情報の価値を強く見出しており、同じ体色である赤黒い両腕を組み始める。そしてふと気になったのだろう、その話の出所を求める。
「敢えて言うならぼく自身の経験だよ! こいつは普通に討伐してしまっても大丈夫だからね!」
バルゴはきっぱりと答えて見せた。隠す事も無ければ見栄を張る必要も無かったのだろう。
そして言葉が事実なのであれば、痙攣が続いている今こそがチャンスそのものだという事になるはずだ。
「じゃあ事は解決だね。わたしとしてはバルゴが向こうで何をやってたかは置いといてだ、じゃあリディアの所に戻るよ?」
要件をあっさりと済ませたのであろうマルーザはリディア達と一緒にいた時と同じ要領で影のような肉体を縮ませていく。相手の返事を待たなかったのは、無駄に時間を使わない為だったのだろうか。
――再び縮むように影の肉体を消滅させてしまう――
「あ、あれ? いきなりいなくなっちゃった……」
バルゴも本当は何か言い返したかった可能性があるが、もう遅い。縮むように消滅する独特の手法は兎も角、出来れば返事の1つぐらい受け取ってから移動を開始して欲しいと思っていたかもしれない。
「マルーザさんって結構すぐに行動入っちゃうタイプよね?」
メルヴィもまだマルーザと出会ってから日数は浅いが、性格の方はそれなりに把握を出来てきているようであった。少しだけ笑いを零しながらバルゴからの反応を求めるように言葉をかけた。
――当のマルーザは再びリディアの元へと戻っており……――
姿を再び実体化させたマルーザは早速と言わんばかりにリディアへと、伝えるべき話を渡そうとしたが。
「ただいまリディア。とりあえずこいつは始末しても――」
実体化した瞬間は目の前の状況が鮮明では無かったのかもしれない。しかし、改めてリディアの背中を目視した時に思わず声を詰まらせてしまう。何故なら、リディアは誰かと真正面から武器を交えている状態であり、そして丁度今、跳び掛かられ、押し倒された所なのだ。
勿論リディアは乗られている側であり、不利なのは一目瞭然だ。
「何!? こいつ……!! あの時の連中みたいじゃん!!」
姿は野盗そのものであったが、既に息絶えていたはずの男が生気を失った目で、仰向けになっているリディアの首元を狙っているのか、無理矢理に噛み付こうとしていたのだ。
リディアは当然のように男の顔面を両手で押し出しながら抵抗をするが、先日の洞窟内の最深部で出会ったあの者達を思い出してしまったようだ。
――魔物の更に体内で出会った、呑まれた野盗達の成れの果て達……――
「ぐぁぁあああああ!!!!」
汚い雄叫びのようなものを放ちながら、蘇った野盗は無理矢理にでもリディアの首元を狙うが、リディアだって決して非力では無い。
「ぐああじゃないから!! くらえっつの!!」
リディアは気持ち悪い雄叫びを聞き続ける気は全く無いようであり、男の眉間を狙い、黒のハットを被っていた自身の頭で派手な頭突きを与え、一瞬怯んではいたがその間に怒りを増幅させていたのかもしれないが、隙は隙であるとリディアは勝機を見つけたのか、仰向けという肉体的な力を入れる事が難しい体勢で右手に電撃の力を込めながら野盗の頭部を横殴りにする。
腕力で怯ませるというよりは電撃を浴びせる目的の方が強かっただろう。
――そしてリディアは両脚を一気に折り畳み……――
「離れろ!!」
両足でそのまま押し出すようにブーツの裏2つで男の胸部を蹴りつけたが、エナジーリングの力を足に集中させており、ブーツの裏から刃を突き出させるという乱暴な形状を作っており、男の胸部はリディアのブーツから生えた刃によって貫かれる事となった。そして蹴りそのものの威力もあり、リディアから引き離されると同時に本当にそのまま動かなくなる。
リディアは上体を持ち上げ、そして立ち上がった。
「あぁビックリした……。なんでゾンビみたいに襲い掛かってくるの……?」
黒いフェイスマスクの裏でやや乱れた呼吸を繰り返しながら、自身の刃付きの蹴りで再度絶命させた野盗の男を見下ろした。腹部に空いている穴はリディアが付けたものでは無く、その穴が空いている状態で先程リディアに飛び掛かっていたのだ。
「リディア、お前の方大丈夫だったのか? おれは勿論この通りだけどな」
横から歩み寄ってくるガイウスであるが、ガイウスの背後にもリディアを襲った野盗の男の仲間と思われる別の男の横たわっている姿があった。ガイウスにも襲い掛かっていたのかもしれないが、リディアとは手法が違うにしても無事に払い除けた事に変わりは無かったようだ。
「私の方も見ての通りだよ。ちょっとびっくりしたけど平気だよ!」
リディアはガイウスに余計な事を思わせないようにと、大した怪我も一切していない事を伝えた。飛び掛かられた時の感情を思い出した時にさり気無く下を見た時に、自分の左肩に付着していた血液、恐らくそれは先程の野盗の男から垂れたものだったのかもしれないが、それを右手で払い落としながら今の率直な状態を言い切った。
「落ち着いたかい? 一応わたしの方から土産話があるんだけど、聞くかい?」
突然蘇った野盗に襲われていたリディア達であったが、生還者同士のやり取りを見ながら少し黙っていたマルーザであったが、タイミングを見つけたのか、2人の間を狙いながら自らの言葉を渡した。今、マルーザは2人にとって重要であるはずの情報を持っているのだ。
「マルーザ戻って来てたのか? 悪いな放置みたいな事して。所で、いい話って、こいつの話だよな?」
ガイウスは自分を襲ったであろう野盗と、そしてリディアの相手をする事を優先にしていた為か、マルーザの存在自体には気付いていたのかもしれないが、声をかける事が出来たのはこの機会になってこその話である。来ていた事を知っていながらすぐに声をかける事が出来なかった事を詫びながら、そして怪奇植物の情報を期待する。
どのような話が来るのかはもう理解していた様子であり、怪奇植物を指差しながら求める。
「まあそうなりますよね? 所で、仕留めたらどうなるって話だったんですか?」
リディアも怪奇植物の情報を前提にする形で、マルーザからの答えを待ち続ける。
「結論から言うと殺しても何も起こらないね。寧ろあの中に人がいるんだっけ? 助けやすくなるよ。さっきリディアが言ってた消化液とかで道連れにするような事も無いんだってさ」
これがマルーザから出された答えであり、最初に不安として想定していた、絶命させた際の道連れのような行為は行わないというのがこの生物の生態であり、寧ろ絶命させた後の危機が走らないのであれば、救助を安全化させる為にも命を奪う事を最初の目的にしても良いという事になるはずだ。
「そうなんですか? だったら安心ですね。じゃあガイウス、やっちゃう?」
リディアはまずはマルーザに対して詳細な答えを教えてくれた事に感謝し、そしてガイウスに視線を合わせると、事情を知らない者がこの場にいるとまるで命を奪う事を快楽の一種だと勘違いされてしまうかのような言い方をリディアは口に出してしまう。
「なんかいきなり好戦的になり出したなお前。でも狙うとしたらどこ狙う? 花弁なのか本体のど真ん中のやつか、どこだ?」
ただ言葉の選択を誤っただけだったのかもしれないが、それでもガイウスは何でも良いから突っ込んでやりたかったのかもしれない。
その後は真面目な話題へと戻り、的確な弱点を知っているのかを聞こうとする。相手は植物に口が生えたような魔物であるが、どこを狙うべきか、それをリディアは分かっているのだろうか。
「まあこれは……また体内じゃない? 多分これ花弁なんて斬った所で大した痛手にならなさそうだし、さっきみたいに体内にまた爆弾落としてくる方がいいかもしれないよ?」
リディアは心当たりがあったのだろうか、先程自分が麻痺毒を仕込ませた爆弾を投下した場所を思い出す。あの場所にまた手痛い打撃、リディアのこれからの行動を見る限りは爆撃と言うべきかもしれないが、狙う場所は殆どここで確定したと見て間違いは無さそうである。
まだ痙攣を続けている怪奇植物に視線を渡す。
「じゃ、お前またやってくるか? お前が行った方が中の様子分かってるだろうからやりやすいだろ?」
ガイウスは実際に口内へと侵入した経験、と言ってもたったさっきの話ではあるが、どちらにしても入った事があるリディアを頼るべきかと思ったようである。他の者が飛び込んだとして、内部の情報を初見で理解した上で適切な攻撃が出来るのかどうかが難しい所であった為、やはり経験者であるリディアに任せたかったようである。
決して無責任で言っていた事では無いだろう。
「ちょっと危ないけど、今ならまだ麻痺してくれてるから……ってまだ痙攣してるの?」
リディアはここはまた自分の役目だと自分に言い聞かせると同時に、そして皆の為にもここはまた勇気を出す必要があるのかと、再び怪奇植物に目を向けるが、意外と麻痺が継続している時間が長い事に今頃になって気付く。
「だったら尚更チャンスだろ? 回復されたらやりづらくなるはずだから行くなら今行った方がいいだろ。信じてるぜ?」
ガイウスからすれば、麻痺の時間が続いているのであればそれは狙うべき時だと考えていたようであり、さり気無くリディアの戦闘力を評価している事を示唆させるような態度を見せつける。
忍のマスクの影響で表情は直接見る事は全く叶わないが、それでもあまりそれが真剣な表情による言葉だとは思えなかったはずだ。リディアからすると。
「分かった。じゃあまた行って来るね!」
それでもガイウスにとっては普通の態度であるという事を分かっているリディアは、エナジーリングの力を強め始める。
力を込める部位は、両脚であった。
――少し身を屈めながら怪奇植物の天辺を見上げ……――
「いよっと!!」
お決まりの気合の言葉を出しながら魔力を込めた脚で跳躍を開始する。一度のそれで怪奇植物の真上にまで到達し、そして再び6つの器官が開く事で口としての役割を果たしているであろう部位の真上で一旦停止をする。
宙でリングの力を使い、位置を維持させたリディアは、真上から怪奇植物の様子を観察するが、確かに口の開き方はややぎこちなく、まともに動かす事が出来ないような状態で、麻痺自体は未だに続いているのは確かであった。
両手を接触はさせず、薄緑の手袋で包まれた両手の間に拳1つ程度のサイズの電撃を発生させ、それを凝縮して球体状の物体を生成させた。それを右手に持ち、そして行動へと移る。
「じゃ、行くか」
そのままリディアは脚部に溜め込んでいた力を解除し、重力に従うように怪奇植物のだらしなく開いていた口の中へと再び身を投じる。
内部は暗かったが、得意のエナジーリングの力で先程と同じように暗所でも視界を確保出来るように青い瞳に力を灯す。
丁度自分の真下には体内に通じる穴がうっすらと開いており、右手に持ったエネルギーの塊とも言える爆弾を投下する準備は出来ていた。
――真下に向かって、的確に爆弾を投げ落とす――
「ごめんね。でも貴方がいると困る人もいるの。悪く思わないでね」
淡々とリディアはエネルギーで練った爆弾を体内への穴に向かって落とし、そして再び脚部にエネルギーを込めたその際であった。
――グアァアアアアアアア……――
突然口内で揺れるような、壁と壁が擦れるような乾いた尚且つ重たい音が響いた。
(ヤバいかも!!)
しかしリディアは怯まず跳躍をしようとしたが、怪奇植物はそれを許さなかった。
轟音を響かせるとほぼ同時に、爆弾を投下した穴から数本の触手がリディアの脚に絡み付いたのだ。
――当然跳躍なんて出来る訳も無かった……――
「うわあぁ!! なんか来た!!」
白のニーソックス状の脚部保護具の上から触手が絡み付き、派手に締め上げる。両脚を完全に拘束されてしまい、その場から全く動けなくなってしまう。
しかしまだ両腕は自由である。一度脱出を意識するのでは無く、自分に巻き付いている触手を斬り払う為に両手から魔力の刃を伸ばすが、更に触手が2本、穴から伸び、まるで初めから読んでいたかのようにリディアの両腕をそれぞれの触手が束縛してしまう。絡み付くように自由を奪い、もう刃での反撃が出来なくなってしまう。
「嘘っ!?」
巻き付かれた後ではもう純粋な腕力だけでは太刀打ちも出来ず、無理矢理に腕を持ち上げようとしても、リディアの力では対抗する事が出来なかった。
そして視界が速くも無く、そして遅くも無い速度で降下した事に気付く。脚に強い圧迫がかけられていたせいで感覚を掴みにくかったが、体内に通じるであろう穴に徐々に引きずり込まれている事にリディアは気付いた。
――しかし、リディアはまだ諦めてはいない――
「まさか……食べようとしてる!?」
両脚と両腕を掴まれてしまい、逃げる事と手技による反撃を封じられてしまうという絶望的な状況の中で、まずは自分がこれから何をされてしまうのかを悟ったリディアであったが、反撃手段はまだ完全には失われていた訳では無かったようであり、表情には弱さが見えていなかった。
一度青い瞳を閉じながら、反撃の手段を念じると、リディアの周囲に弾けるような電撃が一瞬走った。それこそが、手足の自由を奪われたリディアに出来る反撃手段の1つであった。
「食べようったって無駄だよ!」
そしてリディアは一気に強く念じ始める。
――リディア自身に強い電撃が走る!!――
リディア自身は感電していないのは確かであり、逆にリディアに絡み付いている触手達に強い電撃が走る事で触手の動きを鈍らせたり、或いは機能そのものを強引に停止させる事を目的としていたはずだ。
暗い口内で、響くような轟音と共に弾ける電撃が周囲を点滅させるように照らし、そして触手も徐々に力を失いつつあるはずである。
(まだ離す気無いのこいつ?)
自身が放っている関係でリディアは電撃の餌食にはなっていないが、電撃を浴びせているはずの触手の力がまだ弱まらなかった為、電撃の発生を止める事をしなかった。
勿論電撃自体も無限に放つ事が出来る訳では無い。体力が無くなれば電撃は止まってしまう。
――しかし、圧迫感の上から違和感を感じ……――
電撃で反撃をしているはずなのに、触手は弱まらなかったのだ。逆に、余計に力が強くなるのを感じ、そして電撃を放ち続ける為の体力もそろそろ少なくなってきた頃である。
どうしても体力が続かず、一旦電撃を止めてしまうが、疲労が蓄積された影響で触手の締め付けが強く感じられた訳では無かったらしい。本当に強くなっていたようだ。
(どうしよ……。もう無理……なの?)
触手から逃げ出す事が出来ず、そして締め上げられる力も明らかに強くなっており、リディアの中で絶望が広がり始める。
(あ、そうだ、爆弾!!)
しかしこの植物の体内にエネルギーを練った爆弾を投下した事を思い出した為、希望を表情の上に浮かべ、広がりつつあった絶望を掻き消した。
爆発さえしてくれれば形勢逆転もありえると、今は耐えるべきなのかと再び身体に力を込めた。今は締め上げられているだけで、殺されるような雰囲気は無い。爆発さえされてしまえば後はこっちのものだと、リディアは自分に言い聞かせていたはずだ。
そして爆弾という存在が更にリディアに心の余裕を与えてくれたからなのか、今絞め付けられているのはあくまでも腕の周りであり、手の先端までは束縛されていなかった為、無理矢理に手の先に再び魔力の刃を伸ばし、それで何とか状況を凌ごうと試みた。
――もう一本の触手が下から伸びていた……――
リディアの背後を取るように現れていたせいで、リディアはそれに気付かなかった。何とか両手から再び魔力の刃を伸ばし、反撃の糸口を探り出そうとしていた所に、触手による妨害が入り込んだのだ。
触手が狙ったのは、リディアの細い首であった。
(!!!)
刃を何とか手元の近くに存在する触手に当ててやろうとしていた所に、太い触手が圧力をかけてきたのだ。後ろに引っ張られるように首を掴まれ、そして力を込められてしまう。
呼吸を阻害される事で刃を伸ばした両手にも上手く力を入れる事が出来ず、リディアの優勢はあっさりと打ち砕かれてしまう。
(な……しょく……しゅ……?)
何が自分の首を絞め上げていたのかはリディアでも理解は出来ていた。しかし、理解しただけでは何も解決が出来ない。
声を上げようにも出す事が出来ず、ただ呼吸が出来ないまま意識にも支障が出始めていたその時であった。自身が投下していた武器がこの状況を完全無欠な絶望と化すとは限らないという事を伝えてくれたのかもしれない。
――リディアの足元で、遥か奥で、激しい爆音が鳴り響き……――
折角これから怪奇植物を討伐しようとした矢先に突然触手に捕まってしまいました。植物って結構触手を伸ばす傾向が多いのでリディアはどうなるのか……。まあ何となくこのまま死ぬ展開にはならないのは明らかなような気もしますが……。