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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第31節 《唸る怪奇植物 吐き出す骸は戦死の悲鳴》 1/5

今回から再びメインヒロインであるリディアの復活です。ここ数ヵ月は出番が無かったんですが、それは前回はリディアとは別ルートの話を展開させてたからであって、ある意味しょうがない部分ではあったんですが。リディアの性格は忘れてませんので、ちゃんと今回も性格を出せれてればいいんですが……。






          ヒルトップの洞窟にて、最深部の骨のような魔物を討伐したリディア一向


          不思議な要塞の内部に広がっていた、異様な空間にてエルフ達の改造を目の当たりにしたガイウス一向


          この両者達がそれぞれの目的を果たし、ギルドにて新たな目的を受け取った


          自然公園にて、怪奇植物が通行人を狙っていたと説明を受けたが、それだけでは無かった


          やはりこれを更に利用しようとする者達がいたようであり……






 それぞれ洞窟、要塞を突破した者達が帰還した次の日、向かう場所はもう決定されていた。


 今は岩の地面で支配された地を、小型の翼竜が引っ張る浮遊式の硬質系絨毯の上に一同は乗っており、その翼竜は目的地へ到達すると絨毯と共にそのまま雇い主の元へと自分で帰っていく。


 まるで植物が生息する事を許されていないかのように、辺り一面ゴツゴツとした岩で支配されており、オブジェのように聳え立つ岩の柱等が障害物のように点在している。




「うわぁなんか嫌な(にお)い漂ってるけど、これもあの植物の影響って事でいいのかなぁ?」


 水色のワイシャツと、紫のポニーテールが特徴的な少女であるリディアは先頭に座り込んでいたが、とても愉快とは思えないような臭気を感じてしまい、小さく整っている鼻を右手で押さえながら、原因を同じく先頭のリディアの向かいに座っていた金髪の長髪の女性に問う。


「間違いは無いと思います。寄生植物が放つ臭気で間違いはありません」


 金髪の女性は耳が長いエルフの種族の者であり、酒場での出会いから今回の任務の為に同行する事を決定したようである。エルフの女性は臭気に慣れているのか、リディアのように手で鼻を覆うような事はしなかった。寧ろ、目的地に近づいている事実に何か覚悟を決めているようでもあった。視線はずっと前方に集中されていた。




「確かにひっでぇ(にお)いだなこれ。よくあの盗賊連中あんなのを捕獲しようとか考えるよな」


 濃い緑のコートを着用した、オリーブグリーンの短髪の青年であるガイウスも確かに感じたようであり、そしてあまりの臭さにこれを武器にしようと考える者達の気持ちに嫌気を感じていた。


「デストラクトだったか? あいつに気に入られる為の土産の為だろ? あんぐれぇ用意しねぇと通んねぇんだろうな」


 鳥人族の1人であるフィリニオンは、要塞への突入の時に出会ったディマイオ達からデストラクトの話を聞かされていたのだろう。盗賊達はどうやらデストラクトという敵の組織の幹部との関係を結ぶ為にこれから出会うのであろう植物の魔物を狙っているようだ。




「臭い奴を使うとか……男の考えてる事ってホンっト分かんないわよね?」


 緑を基準にした色合いのローブを纏った栗色のショートの髪を持った少女であるシャルミラはあまりにも下品な武器を持つ植物を狙う理由がどうしても理解出来ず、まるで任務の場所に行く事自体を億劫に感じているかのように外の景色をしぶしぶ眺めた。


 景色とは言っても、ただ地面から突き出た岩が並んでいるだけで、それを特別楽しいと思えるのかどうかは正直疑わしい所だ。


「シャル、あくまでもあいつらが使おうとしてるっていうだけだよ? 男全体が悪いみたいな言い方は良くないよ?」


 シャルミラの勝手に決め付けるような言い方を訂正させようとしたのは、青い毛並みに白のアクセントを加えた猫のような魔物の類であるバルゴであった。


 すぐ隣で浮遊した状態で言葉をかけていたが、ある程度はシャルミラ自身、本当に男の全てを同じ存在だと考えていた訳では無い事くらいは分かっていた事だろう。しかし、聞く者によっては誤解してしまうと思ったからこその言葉だったはずだ。




「いや、ホントに男が全部悪いって言うつもりは無かったんだけど……そう思ったんだったらごめんね」


 言われて気付いたのだろうか。シャルミラはやはり自分の中では盗賊達にだけ悪く言ったつもりであったが、他者には違う形で伝わってしまったのだと自覚したのか、それでも誰に謝るべきなのかを迷っていたのか、気まずそうにバルゴと目を合わせながら一言、謝罪を意味する言葉を渡していた。


「あの盗賊達は(にお)いもそうですけど、あの植物本来が持つ凶暴性に特に目を付けたっていう話ですよ?」


 シャルミラのあの臭気を放つ植物の魔物を狙う理由を探っているかのような言葉に対し、エルフの女性が対応する。


 これから出会う植物の魔物は単に臭気で相手を惑わせるだけでは無く、本来の魔物達が持つであろう本能的な粗暴さも持ち合わせている為、寧ろその危なさこそを武器にしようと計画したのでは無いかと推測をしていた。実際にそれが事実のようであり、ギルドから説明を受けた時にそれを聞き逃さなかった様子だ。




「そうりゃそうだろうな。(くさ)いだけの奴だったらマスクでも付ければあっさり対処出来ちまうもんな」


 ガイウスもギルドで話を聞いた上で覚えていたのか、それとも元々荒れた世界で生計を乱暴に立てていく盗賊達が、ただの臭気だけで戦力として使えると考える訳が無いと睨んでいたのか、何となく絨毯を引っ張っている翼竜の背中を眺めた。


 臭気を遮断する防具を用意しようと思えばいくらでも準備が出来る為、毒ガスなら兎も角、嗅覚をただ狙うだけではあっさりと対処された上で敗北を身に受ける事になってしまうだろうと、盗賊達が本当に求めていた魔物の力を客観的に分析していたのだろうか。


「わたしが思う事としてはだ、盗賊連中が本当にあの植物の捕獲成功させられてるかどうかだけどね」


 下半身が存在しない特殊な形状の肉体である、赤黒い影のような外見の亜人であるマルーザは、植物の魔物を狙おうとしている盗賊達がとても実力の面で(まさ)っていると信じる事が出来なかったようである。


 脳裏に浮かぶのは、魔物の周囲に転がる盗賊達の果てた姿だったが、それは直接見なければ事実かどうかを確定する事は出来ない。




「オレはぜってぇあの連中今頃(なぶ)り殺されてると思うけどな? オレとガイウスで戦ったけど普通にザコだったしな」


 フィリニオンは盗賊達が成功や失敗以前にやはり魔物によって敗北しているとしか考える事が出来なかったようである。要塞で戦った盗賊達と同等の実力の者達が捕獲に向かっているのだとすれば、どうしてもそれが都合良く彼らの思い通りに事が進んでいると予想するなんて無理だったのだ。


「まあでもその場合はおれ達がその化け物の植物に勝てるかどうかになるよな」


 ガイウスは自分達の最も重要になると思われるであろう目的を忘れておらず、盗賊達の状態がどうであれ、植物の魔物が生存している場合は結果的に自分達が戦う事になるはずである。戦う事が確定したとして、絶命させられてしまえばそれはたまったものでは無いだろう。


 尤も、ガイウスの表情には敗北を想像しているかのような怯えは一切見えていなかったが。




「ねぇねぇ皆! ちょっと今これから戦う植物の魔物の事調べてたんだけど、ちょっといいかなぁ?」


 赤いフードを被っている少年であるジェイクは、フードの影の奥から光っている青い双眸を皆に向けながら、手元の開いていた書物をそのままにした形で呼びかけた。


「ん? ジェイクお前さっきから何読んでんだって思ってたけど、調べ物してたのか。今日は先生になってくれるのか?」


 最初に反応を見せたのはガイウスであったが、呼びかけを始めた事に加え、やはりジェイクの手元に存在する黒い表紙の書物を見て、何をしていたのかをすぐに悟った。


 皆が知らなかった情報を教えてくれるであろうその姿が、やはり学問所等に務める先生に見えてしまったのだろうか。先生として敬う気持ちを持ちながら、情報の提供を期待する。




「そう思ってもらえるなら僕は頑張っちゃうよ!」


 書物のページに持参していたであろう赤い(しおり)を挟みながら閉じ、ジェイクは皆の役に立つ為の舞台に立つかのように説明を始めようとする。尤も、実際にその場で立ち上がる事はしなかったが。


「ジェイ君いちいち調子に乗らないで。それより、これから会う植物、まあ名前はフレイジアペタルって言うみたいなんだけど、相手によって性質が変わるみたいなの」


 萱草(かんぞう)色の明るい髪色のショートヘアーの少女であるメルヴィは、相棒でもあり友達でもあるジェイクの高まり始めていた気持ちを落ち着かせるような一言を渡した後に、今出会おうとしている植物の魔物、どうやら名前はフレイジアペタルというようだが、何かが変わる事が判明しているようだ。


 茶色の袖が無いジャケットの下に着用している、赤い半袖シャツから伸びた黒いアームカバーに包まれている両手の指を交えさせるように合わせながら皆に説明をする。




「名前はまあ兎も角だけど、性質って、それって具体的にどういう事なの? 相手ってそれどういう意味なの?」


 リディアは一応はこれから戦う魔物の名前だけは覚えたようだが、性質が変わるという説明に具体性が無かった為、もう少し細かく聞きたいと感じたようだ。


「それってまあ相手の強い弱いで判断……じゃあ無さそうだな。ジェイク先生、そんで助手のメルヴィさん、説明頼むぜ?」


 ガイウスとしては一瞬相手の戦闘力の高さを判断した上でそれで戦法や力加減を変えるのかと想像したようだが、それは間違っているだろうと自分で決め付け、やはり真の答えはメルヴィ達にしか分からないだろうと考えた結果、相手から直接答えを受け取る事に決めたようだ。




「えっとね、性質が変わるっていうのは、相手の性別によって、って話になるんだよね」


 ジェイクによる説明が始まったが、どうやら魔物の性質が変わる基準は、戦闘対象の性別によって変わるようである。


 ここで皆が黙っていれば続きが説明されていたのかもしれないが、フィリニオンがそれを打ち破る。


「性別か? 男か女か、それだけであいつが変わるって訳か。変わるのは何がなんだ?」


 戦う相手の性別によって魔物の戦い方が変わるというのは何だか興味深いと感じたフィリニオンであったが、やはりどの部分に変化が現れるのか、それを知りたいというのはフィリニオン以外の者達も同じであるはずだ。




「変わるのはやっぱり性格、っていうか攻撃の目的、って言った方がいいのかな。相手が男だと普通に殺す目的で襲ってくるんだけど……」


 ジェイクは頷きながら確かに変わる事を伝えるが、変化が出るのは攻撃する為の目的、となっているようだ。相手が男性であれば命を奪う為に攻撃を放つようだが、まるで続きを言いにくそうにしているかのように声を小さくさせる。


「なんか想像出来る気がするんだけど……女が相手だとまさか……変な事、するとか?」


 リディアからすると敢えて男性の話の方からしていたとしか考えられなかったようであり、そして女性が敵対者である場合、魔物がどう変化するのかが何故か想像出来てしまったような気がしたらしい。


 自分だけの中で具体的に何をされるのかをイメージしてしまったような気がしたが、それは直接口で言う場合は変な事、としか表現が出来なかった。それでもやはり表情は本当に嫌な物を見るようなものを浮かべていたが。




「まああたしもちょっと気になるね。リディアと同じだけどさ、相手が女の子だったら何するのか、言える?」


 シャルミラはリディアの言う変な事の意味を理解出来なかった様子であり、もう少し具体的な話を知りたかったようだ。自分自身が戦う以上は相手の事実を知らなければいけない為、あまり躊躇う事をせずにジェイクに求めた。


「この本には書いてたから言えって言うなら……言うけど、結構……あれだよ?」


 ジェイクは今は閉じている黒い表紙の本を突くように人差し指で差しながら確かに実際の情報は書かれていたという事を教えるが、やはり女性に対しては伝えにくい事が書かれていたのだろうか。




「ちゃんと言ってよ! これから戦うんだから何も知らないとそっちの方が困るし! 怒んないから言ってよ?」


 明らかに困った表情を浮かべていたジェイクであったが、シャルミラは分からないからこそ聞きたいと考えていたようで、寧ろ言おうとしない事にやや苛々したような態度を見せ始めていた。


 説明をしたとしてもそれでジェイクを責める事はしないと約束もするが、隣にいたバルゴはそれを聞いて少し呆れた表情を作っていた。


「なんでシャルが怒るの? まあいいけどさ……」


 怒らない事を告知した上で相手に安心させる方法を取ろうとしたシャルミラだったようだが、バルゴとしては何故怒るかどうかの判定をシャルミラが決定していたのかがよく理解出来なかったが、話は順調に進みつつあった為、それ以上は言及しない事にしたようだ。




「いや、怒るも何もメルはもう分かってる訳でしょ? だったら普通にジェイク君じゃなくてメルが説明すればいいんじゃないの?」


 リディアはこれからされるであろう説明が男性がすると空気が悪くなるものだと感じたのか、それなら女性が説明をすれば良いのでは無いかと考え、一緒に本の説明文を読んでいたであろうメルヴィがここで説明をする役に進めば良いのでは無いかと言葉を投げかけた。


「だけどリディアお前、男がいる状況で女だったら何されるかなんて普通に説明出来るかおい? 誰が喋ったって何も変わんねぇだろ」


 リディアとしてはフォローのつもりだったらしいが、ガイウスからするとそれはフォローになっているとは思えなかったらしい。


 女子であるメルヴィであればあくまでも女同士であるから話をするのも容易なのかとリディアは思っていたのかもしれないが、翼竜に引っ張られている絨毯(じゅうたん)の上には男性もいるのである。女同士で対話をしているつもりでもそれを男性に聞かれてしまうとなれば、それは無視出来ない問題となるはずだ。




「なんでそうやって言うの……? じゃあどうするの? 説明しないで終わらせる方がいいって事?」


 またいつものようにガイウスに責められるかのような気分に陥ってしまい、リディアはやや弱った言葉で言い返すしか出来なかった。勿論本気で追い詰めようとしている訳では無い事も分かってはいたが、しかしこれでは植物の魔物が何をしてくるのかが全員に把握されないまま戦う事になってしまう為、それは不味いのでは無いかと言い返す。


「いいから早く言えよ。何してくんのか説明されねぇと結局オレらが損すんだろ? やってくる事はもう事実なんだから男だろうが女だろうが説明渋る必要ねぇだろ?」


 フィリニオンは笑い出しそうになりながら、ジェイクだけを真っ直ぐ凝視した上で催促する。ガイウス達のやり取りは鳥人であるフィリニオンにも妙な形で伝わるものがあったのかもしれないが、それよりも肝心の話をされていないのだから、余計なものを間に挟まずに真っ直ぐ伝えなければいけない事もあると、最終的には溜息を漏らしていた。


 魔物の行為自体は男女共にリスクが伴っているのだから、男女の比率がどうであれ、必ず説明をしなければいけないはずだ。




「じゃあ言うよ? えっとね、相手が女の子だと洗脳みたいに憑りついて、そのまま敵対する相手を排除させようとするんだって。そんで排除が終わったらそのまま……凄く言いづらいんだけどさ……」


 ジェイクは決心するかのように皆を見回しながら、植物の魔物こと、フレイジアペタルに捕まった女性がどうなってしまうのかを話し始める。どうやら自分の思い通りに操る事が出来るようになるらしいが、最後にまた何かを行なうようでもあった。しかし、ジェイクは自分の口では言いづらそうに渋っていたが、マルーザは大体分かってしまったらしい。


「卵でも植え付ける、そうだろ?」


 赤黒い影のような両腕を組みながら、マルーザは真紅の両目でジェイクと目を合わせる。上半身しか存在しない特異の姿であるとは言え、分類では女性に分類されるはずだが、人間の少女達とは精神的な強さや耐久力が根本的に異なっているのかもしれない。


 女性が母体として利用されるとしても、マルーザであればもし自分が被害者になったとした時の事を想像して怖がるような真似はしないようである。




「……正解なんだけど、マルーザさんよく分かったね」


 ジェイクは自分が答えを話す前に先にマルーザに答えられた為、まずはそれが正しいという事を単刀直入に話したが、どうして答えを出す事が出来たのかを思わず聞いてしまう。


「魔物が相手の事殺さないで捕らえる理由なんか大体そんなもんだろ? 所で一応だけど、その本に書いてる女性ってのはわたしも含まれてるのかい?」


 マルーザとしては、魔物が本来持つ性質を意識した上で答えを想像しただけだったようだ。そしてどうしても聞きたかったのだろうか、魔物が判別する女性というものに限定された種族というものが存在するのかどうか、それも知りたかったようだ。




「マルーザさんそれ……下手したら差別みたいな言葉、っていうか返事飛んでくる可能性ありますけど大丈夫なんですか?」


 リディアはマルーザの心境を理解出来ずにいたようだ。何故わざわざ自分自身が初めから女性という分類に該当されていない事を前提で聞こうとしたのか、リディアは元々人間とは異なる種族である事が理由の1つである事は理解していたようだが、あまり堂々とそれを問い質す気にはなれなかった。


 何となくリディアはマルーザの特異な身体的特徴である、上半身のみで下半身は影なのか暗いガスなのか、それらで一切見えない、或いは存在しない形で構成されている為、それを自分が人間とは分別されている理由なのだと確定させていると決めてしまうが、あまり口には出したくは無かったはずだ。


「好きにすればいいだろ? どうせここが無いのに捕まえてどうすんだって思ったんだろ?」


 言葉選びに困っていたリディアとは裏腹に、マルーザからすれば逆に何を戸惑う必要があるのか、それそのものをマルーザは戸惑っていたようでもあった。


 言いたい事があれば堂々と言ってしまっても良かったようであり、そして何となく自分が他の人間の女の子達と性別だけは同じでありながら、何故自分だけ分別されていると言ったのか、皆は分かっているとしか思えなかったのかもしれない。本当の意味で存在しない自分の腰より下の部分を指差しながら、マルーザはリディアへと訊ねた。


 その指を差した場所には、本来であれば脚が2本、伸びているはずなのだが、マルーザにはそれが物理的に存在しないのだ。




「あの……下半身が全部じゃないと思うんですけど?」


 シャルミラは何故か下半身の存在を妙に強調するかのように説明をするマルーザに、突っ込みでも入れるかのようなやや力の抜けた口調で反論をしてみせた。


 産卵の為に人間のどの部位を狙うのかを理解していた可能性があるシャルミラではあったが、それ以上の深い言及は行わなかった。


「全部かどうかはさておいてだ、でも苗床にするとしたらここが無いと無理だろ? それとも、純粋に体内に卵でも植え込んで栄養源として身体を利用する、って事なのかい?」


 マルーザは一応はシャルミラの意見を受け取った上で、あの植物の魔物も捕らえた相手のどの部位を利用しなければ目的を果たす事が出来ないのかを把握しているのでは無いかと自分の意見を出してみせた。


 本気で魔物の方が自分の子孫を産むのだとすれば特定の部位を狙わなければいけないはずだが、逆に自分自身で産み落とした卵に栄養を与える為なのだとしたら、身体のどの部分でも残っていれば構わないのでは無いかという憶測すらここで生まれたようだ。




「答えとしては……産卵させる為に利用するから多分マルーザさんは捕まえたとしてもしょうがないと思いますよ? ちょっと申し訳無いんですけどね」


 メルヴィは一応は答えを出したが、あまり詳しい説明はしたいとは思わなかったようで、今の言い方だけで捕らえられた女性がどのような形で苗床にされてしまうのかを理解してほしかったと願っていたはずである。


 どうやらただ身体に卵を捻じ込まれ、宿主としてそのまま栄養分として身体を食われてしまうという訳では無かったようだ。


「まあとりあえず一旦捕まえてどうするかってとこは置いとくとするか? 結局男でも女でもあいつと戦って安全は一切保証されないって事だろ? 男は問答無用で殺されるって訳だし、リスクは一緒だな?」


 ガイウスはもうどのような原理で捕まえた後に何をするかという部分からは離れるように皆に話を決めた後に、どちらにしても植物の魔物であるグレイシアペタルと争う以上は敗北した後は何も良い事は無いと確定させる事にした。


 そして何だかあの植物が放っているであろう嫌な臭気がより強くなっている事にも気付き始めていた。




「いつものように戦えばいいと思った方がいいね。まあわたしは女として認識されないなら、殺す為に狙われるって事になるんだろうけどね」


 マルーザは自分がどのような性別的な意味での立場であったとしても、戦う気持ちに何か支障等が出るような気分にはならなかったようであり、あまり表情が見えない影のような赤黒い胴体と同じ色の容姿から出されていたその言葉は壮年の女性の声色なのは兎も角、一見して重たいように見えて本人は平然としているのがまた彼女の強さと言った所なのだろうか。


「あのさぁマルーザさん……。もう喋らない方がいいと思いますよ? なんか自虐的に……聞こえます……」


 やはり純粋な人間の少女であるシャルミラとしては、あまり自分の性別を認めて貰えない事を自覚するような言い方を快く聞く事は出来なかったようだ。




「確かに……だよね。まあマルーザさんは種族が違うからそれが普通なんだろうけど私達人間からしたら……こっちはかなりコメントしにくいよね?」


 リディアにとってもあまりマルーザの言い方を受け入れようという気持ちにはなりにくかったのかもしれない。マルーザの人間でいう下半身に該当する部位が存在しない事に関する発言は、マルーザの種族からの価値観であれば誰も過剰に意識をしたり、そもそもそれを差別とすら意識しないのだろうが、人間達からすると想像しがたい姿なのがほぼ全員の意見なのだろう。


 下半身が存在しない生活は、人間にとっては想像が出来ない可能性もあるし、そして無ければどのように生活をすれば良いのか。特大な問題点となるはずだ。


「さてと、そろそろ仕事だと思った方がいいぞ。なんか如何にもな(つた)が生えてるし、もう近いだろうな」


 ガイウスは周辺の光景になんだか見慣れないものが見え始めている事に気付いたようだ。


 先程までは地面から突き出たように岩の柱が点在していたが、ここに来てから岩の地面を突き破るように蔦が伸びている事に気付いており、これが植物の魔物との距離がギリギリまで迫っている事を知らせる合図のようなものだと捉えていたようでもあった。




「じゃ、オレちょい先に見てくるわ。空からどうなってっか見てきてやる。オレが止めなかったら後はお前らの判断と気持ちで来い」


 フィリニオンは自身に翼がある事を武器にするかのように、皆よりも前にこれから対面するであろうグレイシアペタルの姿を上空から確認する事を決める。


 特に皆からの返事も待たずに引っ張られている絨毯の上からそのまま飛び立ってしまう。


「行動早いね相変わらず。さてと、わたし達も準備した方がいいね。どうなるかはわたし達の頑張り次第って事かな」


 既に絨毯の上から飛び立ったフィリニオンの姿を眺めながら、マルーザは彼の行動力を何かが引っかかっているかのような言い方で褒めながらも、残された自分達が何をすべきなのかを把握していたようでもあった。


 降り立つ前に、マルーザは両手にそれぞれ愛用の武器であるヌンチャクを実体化させた。




――上空にいたフィリニオンはと言うと……――




「さてと、なんか見えてきやがったな……。あのデカブツだな?」


 岩や蔦の障害物を無視しながら状況を目視出来るのが鳥人族の強みである。フィリニオンはようやく敵対する相手を上空から見つけるが、それは黄色と緑でとことん明るい色を強調させた植物で、植物だと判断出来たのは、中心を囲うように巨大な黄色の葉が伸びていたからである。


 そして、中心部は6つの器官が外に開く事で口のように開く異様な形状をしており、どう考えてもあの中に落ちる、或いは引きずり込まれたりすれば助からないとしか思えなかった。


 尤も、あの中に落ちたり引きずり込まれりするようなヘマをしなければ良いだけだと開き直っていたかもしれないフィリニオンであったが、魔物の口元が何だか波打つように動いているのを目視した。


 いつもの話にも似た状況であったとは言え、実際に攻撃が開始されるとなれば、ただ上空から眺めているだけという行動は許されないはずだ。


 そして……




――何か人間のようなものが発射された!!――









今回は登場キャラが多い状態での話になってますが、やっぱり描き分けって難しいと思います。台詞もちゃんと個性が分かれるようにしないといけないですし、喋ってるキャラと姿を連想してもらえるような描き方もしないといけないので、特定のキャラの性格とかを作者が忘れてしまったら大変です。今回はどうだったのかな。

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