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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第30節 《溶け落ちる液体生命体 仏は地獄の炎を与えるか》 5/5

今回はデストラクトによって首を絞め上げられるレフィのシーンから始まります。かなりピンチなシーンになってますが、助かればいいんですが……。









       異次元の空間から脱出するはずであった


       そこに現れた、青の仏デストラクト


       炎と猛々しい腕力を武器にする地獄の仏


       来た目的は、薬液を取り返す為だったらしい


       そして魔法使いの少女の身に危機が訪れていた










「!!」


 青い魔導服を纏っている魔女のレフィは目の前から伸ばされた相手の左手に対応する事が出来なかった。


 先程自分が飛来させた瓦礫の塊を砕いた左手が今度はそのままレフィを狙ったのだ。目的と場所は、ほっそりとした首であった。


 魔力を放つ事に神経を注いでいた為、避ける事が出来なかったのだろう。尤も、相手も避けたら避けたで非常にしつこく追い詰めてくるとは思われたが。




――異常に強い力がレフィを追い詰める――




「残念だったなぁ? 風でオレん事ぶちのめそうとか思ってたんだろ?」


 デストラクトはやはり把握をしていたようであり、本当は背後から瓦礫が迫っていた時点でレフィの手元を目視していたのだろうか。流石に風の強大な魔力を受ければ無傷ではいられなかったのかもしれないが、そもそも発動自体を阻止すれば良いだけの話だ。


 首を握られてしまえば、生命活動の1つである呼吸が阻止されるが、こうなるともう詠唱や発動なんて不可能に近いだろう。


「あ゛う゛ぁ……あ゛あ゛っぇ゛ぇ゛……」


 首を片手で締め付けられたレフィはもう魔法の発動所では無くなり、反射的とでも言うべきか、両手でデストラクトの手首を何とか掴み、引き剥がそうとするが外れる訳が無かった。


 魔力には自信があっても、確実に肉体的な力では大きく劣っているであろうレフィではもう潰れた声を何とか捻り出す事しか出来なかった。




「何言ってんのか伝わんねぇぞ? それとそこのお前、いつまで寝てんだ? 友達がピンチだってのになぁ」


 直接出ている言葉だけを聞いても、やはりデストラクトは理解が出来なかったが、何となく放せと言っている事だけは心の奥で分かっていたのかもしれない。


 そしてまだ痛がっていたのであろうコーチネルの仰向けに横たわっている姿を気にしたデストラクトは、レフィをそのまま片手で首を掴んだまま持ち上げてしまいながら、数歩踏み出すなり、見下ろしながらコーチネルの腹部を(かかと)で捩じるように踏み付けた。




――コーチネルはそれを右手で乱暴に払い除け……――




「寝て……なんかないわよ……」


 レフィの惨状はコーチネルでもすぐに読み取る事が出来た。元々顔を殴られていた為、それで力を奪われていたが、友達のピンチを目の前にしているのだから、すぐに気合と根性で立ち上がる。


 呼吸が乱れている中で、すぐに手元から離れていた魔剣を右手に呼び戻し、そして言いたい事がある為、武器を構えながらデストラクトを凝視する。




「それと、レフィの事放してくれる!? じゃないと――」

「じゃないとなんでしょうか? オレの事刺すって言うんだろうなぁ」


 コーチネルの続きを遮るようにデストラクトの予想が混じった言葉が飛んでくるが、構えている魔剣を見れば、この予想しか思い浮かばなかったのかもしれない。


 しかし、デストラクトの右手に握られている金色の杖の先端は、コーチネルの顔面へと向けられている。動きたくても無計画に飛び出す訳にはいかなかったはずだ。




「レフィの事放さないってんならそうなるでしょうねぇ」


 本当であれば無謀だと分かっていても無理矢理に斬りかかってでもレフィを解放させようと必死になるはずのコーチネルであったが、デストラクトに勝利出来る保障が無い今だと、攻撃の為に一歩踏み込む事さえ躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


「やれるもんならやってみろよ? まあそん時ゃこいつが火ぃ噴くけどな」


 デストラクトからすれば、本当に斬りかかられたとしても対処する手段は用意しているという事なのだろうか。


 そして、コーチネルに向けている杖も、その気になれば今すぐに火炎放射を実行させられるのだから、怯む理由は無い様子でもある。




「……そ、そう……」


 いつ噴かれるのかが分からない武器を目の前に突き付けられている状況では、コーチネルも助ける為に動き出す事が出来なかったのだろうか。


 何を意図して声を漏らしたのか、それも殆どコーチネル自身も整理が出来ていなかった可能性すらある。魔剣は右手で握り締めたままだが、その場から殆ど動き出せていない。


「時間無駄にしてたらお前の友達死ぬぜ? まあ盗んだ薬液返したらこいつと交換してやるけどな。さっさと決めろ」


 デストラクトは左手で持ち上げられているレフィを一瞥しながら、今の状況が継続された時にレフィの末路がどうなるかを喋るが、解放する条件もここで再度、説明をした。時間を使い過ぎたが為に、返す理由が自分達が大人しく帰る為というものから、友達の命を見逃してもらう、というものになったのだが。




「……返したら、放すのね?」


 コーチネルはレフィの足を力無くバタつかせている姿を見て、本当に返すべきなのだと決断しようとしていた。それで友達が助かるのであればもう選択肢は1つしか無いと、右肩から斜めにかけているバッグに左手を伸ばそうとする。


「今言わなかったか? ダラダラしてたらこいつの首、焼けるぜ?」


 一度言った事を再度丁寧に説明するような奴では無いだろう。そしてデストラクトは自身の能力なのか、身体的な特徴なのか、左腕が付け根の部分から高熱に曝されるかの如く、赤くなり始めたのである。




――デストラクトの左腕が徐々に赤く熱されていく――




 元々炎を過激に扱うタイプの亜人であるからか、自身を熱する事も容易な話になるのだろうか。


 しかし、腕の付け根から熱されていた左腕は、徐々に先端まで熱を広げていた為、このままでは手首、そして手そのものまで高熱に達してしまう。そこにいるのはレフィだ。レフィに火傷の痕を残す等、コーチネルにはとても出来る事では無かったはずだ。


「分かったわよ! 渡すから酷い事しないでよ!」


 すぐに自分が奪った薬液をそのまま返してしまえばレフィの身の安全を確保出来ると感じたコーチネルは、すぐに肩から斜めにかけていた黄色のバッグに左手を刺し込んだ。




――その時、レフィからテレパシーが送られてきた――




(渡さなくていい! さっさと逃げて今後の役に立ててよ! それでコーチネルは英雄になれるから!)


 コーチネルの頭に優しく響いたのはレフィの声であった。現実のレフィは首を絞められており、まともに声を出す事が出来ないはずであったが、テレパシーの時は今の肉体的な影響を受ける事が無いのだろうか。


 内容は、自分を置いてそのまま逃げてしまえ、というものであった。薬液さえ持ち帰る事が出来れば今後の為になるという事を強く意識させたかったのだろうか。


 何を言っているのかと戸惑っているコーチネルに、続いて次のテレパシーが送られてきた。




(それに私はもうコーチネルの盛大なパンモロ見れて悔いなんか一切無いから、今までサンキュー! 元気でね!)


 レフィはどうやら見ていたらしいが、もしかして杖で転ばされた時に凝視をしていたのだろうか。それだけでもう人生に満足したのかもしれないが、コーチネルとしてはもしかすると純粋に友達を助けたいというより、もう少し別のものが今の感情に割り込んできた可能性もある。


 自分だけ逃げろという指示を無視し、コーチネルはすぐに自身のバッグから筒状のカプセルを取り出した。その中には金色の薬液が満たされていた。




「ほら! 渡すからさっさとレフィ放してよ!」


 金色の薬液をデストラクトに見せるように左手で持ち上げる。コーチネルは何だか足をばたつかせている力を弱めてしまっているレフィが心配でならなかった。


「やっと決心したのか? まあいいや、オレもこいつ持っててめんどくせぇって思ってたし、いい子ちゃんなら、はい、頂戴♪」


 デストラクトはコーチネルの決断を受け取ったと思われるが、もう1つ受け取るものがある為、しかし右手は自身の武器である杖が握られた状態だ。


 それを床に付き立てるように置いた後に、デストラクトは手招きのように右手を一度振りながら、そして腕を伸ばして手を開いた。


 奪い取るのでは無く、コーチネルの方から自分の手の上に置かせるつもりだったのだろう。




「……ほら!」


 レフィもそろそろ本気で危篤なラインへと入ろうとしていたのかもしれない。もう躊躇っている時間は無かった為、すぐにコーチネルはデストラクトの差し出していた右手の上に、例の薬液が入った筒状のカプセルを刺し込むように置いた。


「いやぁ何回見てもいいなこの金色。おっと、これは返さねぇとだな。拾えよ?」


 カプセルを受け取ったデストラクトは、それを自身の顔の前に持ち上げる。目の前で軽く揺らして内部で液体が揺れるのを見ながら、完成度に感動したかのような声を漏らしていた。


 しかし彼も要求したものを受け取った立場である。忘れていた訳では無かったと思われるが、わざと忘れかけていたかのように言いながら、レフィを掴んでいた左手の力をその場で抜いた。


 足が浮く程のそれなりの高所からレフィは落とされた。意識は残っていた為、無造作に堕ちるという事は無く、自身で上手に着地をしようとはしていたのかもしれないが、元々絞め上げられていたせいで脚に力を入れられなかったのか、着地の際にバランスを崩してしまい、後ろに向かって尻もちを付いてしまう。悲鳴らしい悲鳴は殆ど飛ばされなかった。




 コーチネルに出来る事は、すぐにレフィの側へと走り寄る事であった。




「レフィ、ごめん! 苦しかったでしょ!? でももう大丈夫だから!」


 レフィのすぐ横で片膝になりながらコーチネルはレフィに苦しい思いをさせてしまった事を謝った。だが、解放させたのだから、命は助かったものとして考えても良いだろうと言葉で勇気付けようとする。


「げほっげほっ……。何が……大丈夫なの? 目の前にそいつ……いるでしょ今」


 呼吸を阻害するものが無くなったものの、まだ喉の調子が戻っていなかったのか、咳き込んでいたレフィであったが、まだ尻もちを付いたような姿勢のままでまだ安全な状況では無いだろうと側に来た少女に言い返す。


 まだデストラクトは自分達の前で立ったままなのだ。そこで待機し続けるとどうなるかなんて、想像しなくても分かるはずだ。




「あぁ別に心配しねぇでいいぜ。どうせお前らなんか殺す価値も理由も皆無だから。さっさと帰れよ、折角友達助けたんだろ? そこでダラダラして結局一緒にこの世にバイバイでもすんのか?」


 もしかするとレフィからその場で火炎放射でも発動させて殺してくると疑われていたのかもしれないが、デストラクトからするとわざわざここで始末する理由が薄かったようであり、自分に歯向かった度胸に対する褒美でも与えたつもりだったのだろうか。


 しかし、逃げる事を受理しているというのに、それでも長居するようであれば本当に実行してしまうつもりでもあったのだろうか。


「死ぬつもりは無いけど、まあ一応はありがと! 見逃してくれて! じゃ、レフィ行くわよ? 頑張って!」


 コーチネルはレフィの左の腋の下から頭を通し、立ち上がらせながらデストラクトに嫌味のような表情を向けながら本来の感情を込めていない感謝を言い、そしてレフィに最後の力ぐらい込めてくれと頼み込む。




「いい、支えは。私だって……歩けるから……」


 レフィは首を絞められていたが、それでも歩く力まで奪われていた訳では無かったようで、コーチネルの気持ちを左手で押し退けた。突き飛ばす、という程では無かったが、コーチネルの支えを一切取り除いた上で、そのまま弱々しさが多少見えたような駆け足で自身が作ったワームホールへと向かった。


「そ、そう?」


 コーチネルも過剰にレフィを心配し過ぎたのかと、自分の支えを拒んだレフィの左腕に逆らう事はせず、寧ろ自分を置いて行こうとすらしていたレフィの後を追うようにコーチネルも走り出した。




――2人はワームホールの奥へと消えていき……――




 内部へと消えていった先で、恐らくは実際に出現させたレフィの手によってなのだろうか、ホールの中心へ向かって縮むようにそれは消滅した。


 逃げる事に成功した少女2人は、あの部屋の中でその後何が起こったのかは一切知らない。








           *** ***







 ここは亜空間、そして要塞の外ではあるが、もう夕日が落ちようとしていたうっすらと草が茂った草原地帯。


 要塞からは充分に距離を取った場所だったと思われるが、そこにはオールドブルーの体色を持った亜人の姿が1つ存在した。


 そして亜人のすぐ横に、突然何かのゲートのようなものが出現したが、それは無色透明に近く、波打っていた様子そのものが存在を示しているようでもあった。


 突然出現したそのゲートであったが、亜人はそれを見て特に驚く様子は見せておらず、寧ろ初めから理解をしていたかのようであった。




「やっと来たのか。随分遅かったけど大丈夫だったんだろうなぁ?」


 彼自身は決してならず者達の仲間では無かったはずだが、口調や声色はそれらに属する者達と張り合えるようなものであった。


 今は宙に現れた無色透明の波打つゲートの奥から出てきた2人を迎える事が、この亜人の役目だったのだろうか。




――やがて、ゲートの奥から人間が2人ほど、跳び出てきた――




「よっと!」

「っこらせっと……」


 銀髪の少女であるコーチネルは活発さを感じさせるかのような壮快な声と同時に華麗に右足から地面へと降り立った。


 一方で、金髪の少女のレフィは何か重たい役割を何とか終わらせてきたかのような疲労を感じさせる小さい声と同時に降り立っていた。


 そしてコーチネルは目の前にいたディマイオに対してやはり言うべき事があったのだろう。




「やっと来たか。なんか遅かったみてぇだけど大丈夫だったのか?」


 数歩ほど、ゲートから現れた少女2人に近寄りながら、ディマイオは無事を確かめるように声をかける。




「まあ……ちょっと厄介な奴が出てきてさ、でもレフィと協力して無事にこうやって帰ってきたから結果オーライって事でいいじゃん!?」


 ディマイオの姿を見てコーチネルは安心したのだろうか。


 その場で両腕を肩を軸に回しながら、脱出する前に出くわしてしまったピンチが存在したという事だけをやや曖昧に説明しながら、ディマイオにこの結果が良いものである事を認めてもらおうとする。


「全然オーライじゃないと思うよ? あの薬液奪われた、っていうかコーチネルが渡しちゃったんだし。私と引き換えにさ?」


 レフィは青い三角帽子の下で表情を曇らせていた。不機嫌な態度でどうして喜んでいられるのかが分からないかのような言葉をコーチネルの隣で出していた。




「なんで渡したら駄目だったみたいな言い方すんのよ? あんたあの時殺されそうになってたでしょ?」


 コーチネルとしてはあの時薬液を渡した行為は間違ってはいなかったと信じていたのかもしれない。命が奪われる事を回避出来たはずなのに、レフィはコーチネルとは異なる思考を巡らせていたようである。


「でもあれが無かったらわざわざ乗り込んだ意味無くなるって事じゃん?」


 レフィは事実を言われてしまう訳だが、それでも機嫌は直らず、草地の今いる場所で偶然座るのに適した切り株を見つけた為、立ち続ける事に疲れた事と、少しでも自身の機嫌の悪さを誤魔化す為だったのか、歩み寄って座りながら、その場でもしかしたら怒りすら混ぜていたかもしれないような溜息を漏らす。




「おいお前ら何があったんだよ? やっぱ誰かに追い詰められたりでもしてたのか?」


 レフィの明らかに機嫌が悪そうな態度はディマイオにも伝わったのだが、やはり脱出前の出来事が気になるようであった。誰かによって安定した脱出を妨害されていたとしか思えなくなり、事実を聞こうという気持ちになり始めたようだ。


「実はさ、あたし達が脱出しようって時に来たのよ、デストラクトって奴。ディマイオ知ってるよね? 勿論」


 コーチネルは表情を暗くしながら事の説明を始めた。あの時出会った相手は普通に戦って勝てるような相手、というよりはそもそも純粋に戻って来られるのかどうかも怪しいような相手だったのだ。本当はあの時ディマイオにも一緒にいてほしかったのかもしれない、なんて気持ちすら見える気がしてしまう。




「マジかよ……あんな奴に出くわしたのか……?」


 ディマイオもデストラクトの事情と脅威は把握していた事だろう。あの男に狙われた上でどうやって無事にここに帰ってくる事が出来たのか、それが疑問として頭を(よぎ)っていたと見て間違いは無いかもしれない。それが原因で少女2人の呼吸がやや乱れていたり、ディマイオ自身がワープする前は見た覚えが無かった怪我や衣服の乱れが新しく出来上がっていたという事がこれではっきりしたと言える。


「そうよ。それで、まあいちいち全部説明してたら長くなるから省くけど、途中でレフィがさ、あたしの事庇ったせいであいつに首絞められちゃってさ……」


 コーチネルのその返事は、単に出会ったという事実だけを肯定するものでは無かっただろう。


 ディマイオの質問の中には、戦闘も交えさせたのかというものも紛れていたと読んだのか、それを踏まえたような返答を聞かせていたが、やはり最後に行き付いたのはレフィのピンチであった。


 コーチネルへの過度な追撃を阻止しようと立ちはだかってくれたレフィであったが、デストラクトの力任せな束縛を受けてしまったのである。再びコーチネルの表情が暗くなってしまう。




「よくそれだけで済んだよな。んであいつお前らの事殺そうとはしなかったのか?」


 ディマイオの知っているデストラクトは、自分にとって目的の障害となる者を即排除、比喩でも無く本当に命を奪う残忍な相手という認識だったのかもしれないが、だからこそどうしてコーチネル達を生かしたまま帰したのかが理解出来なかった。


「厳密にはあたしが回収してたあの変な薬ね、それと交換でレフィの事解放してやるって話になってさ、まあ……流石にレフィの事置いて逃げるなんて無理だったから仕方なく渡してさ」


 コーチネルはあの時どのようなやり取りによって殺害されずに済まされたのかを、経緯を説明する事にした。あの空間で入手した、カプセルに入った金色の薬液であったが、それを返す事でレフィの首を離すという交換条件を提示された為、命を最優先にする形で薬液を手放したと。


 薬液はこれからの調査等に強く貢献出来る代物である事は理解していたが、だからと言ってレフィを放置して自分だけ逃亡なんていう選択肢を取る事なんて出来る訳も無く、結果だけを見ると残念なそれにはなったが、薬液は諦める方向で進めたのである。表情は暗いままではあったものの、話が話であった為に、真剣なものも混ざり始めていた。




「それで逃がしてもらった、って訳か? よく普通に逃がしてくれたなあいつ」


 ディマイオは状況を想像したのかもしれないが、薬液を渡して、そしてレフィを解放してもらって、そのまま帰っていく様子をデストラクトは見つめていたのかと思うと、なんだか妙な気分になった事だろう。


 敵の組織に属する者があっさりと見逃してくれる様子をどうもディマイオは普通に連想が出来なかったようである。


「あいつ、まああたし達の事なんて殺す価値も無いって見下してたからそれはそれで助かる理由になって良かったけどさ」


 嬉しいのか、それとも悔しいのか、難しい表情を浮かべながらコーチネルは自分達を殺さずに逃がしてくれた表面上の理由を説明した。実際にデストラクトの言っていた事ではあったが、意味が意味であったせいで素直に喜べる話では無かったようだ。




「よく渡したよね? あいつらって渡した所で普通に約束破って殺しに来る事も有り得たのに、凄く危ない事やってたって自覚あるの?」


 すぐ隣で色々と説明を続けていたコーチネルを睨むように見ながら、レフィは薬液の事を思い出すが、重要な存在であったのにも関わらずあっさりと渡したあの思考を許せなかった様子だ。


 相手は敵であるのだから、要求を聞いた所で本当に命を奪わないという保証は一切出来ないというのがレフィの考えであったようだが。


「あのさぁあんたまだ言ってんの? ホントは死にたくなかったくせに。別にあれ取られたからってあんたの事恨んだりなんかしてないって」


 自分の命を捨てない選択肢を取ったコーチネルをまだレフィは責めていたのだろうか。しかしコーチネルもそろそろ苛々が零れ始めたのか、最初に舌打ちを鳴らしてから、切り株に座り込んでいるレフィの前に詰め寄った。もしかするとレフィは自分の捕まってしまったあの事実も責めていたのかと読んだ為、念の為と言うべきか、今の状況そのものが悪いものでは無いという事も伝えていた。




「私の事恨むとかそうじゃなくて、あれ取られちゃったら奴らが何研究してるのか探れなくなって結局時間無駄になるって(はなし)してんだって私は!」


 レフィは自分が思っていた事を理解してくれなかったコーチネルに腹が立ったのか、その場で立ち上がり、ほぼ同じ高さに視線を合わせるなり、実際に言葉で相手に理解をさせる為に声を荒げさせた。もしかして自分の命よりも結果を最優先にさせたかったのだろうか。


「じゃああんたはホントに、ホントにね!? 死にたかったの!? そこの答え出してないみたいだけど?」


 もしかするとコーチネルはレフィの伝えたかった事は理解していたのかもしれない。しかし、自分の命をあまりにも大切に思わない態度が受け入れられなかったのか、本当に命を奪われても良かったのかどうか、それを単刀直入に答えさせようと問い詰めてしまう。元々近い距離にいたコーチネルだが、真剣さと怒りが混ざった事でもう一歩、近づいた。




「いや、だけどあれが無かったら――」

「そんな事どうでもいいから! 死にたかったか死にたくなかったか! まずそっち答えて!」


 レフィとしては自分の死に関してはあまり答えたいとは思わなかったからか、あくまでも薬液の持ち帰りの話を続けようとしたものの、コーチネルの再びの怒声によって命に関する話へと戻されてしまう。


 やはり求められていたのは、死んでも良かったのか、それとも生き続けたかったのかのどちらかを選ぶ事であった。




「っておいお前何やってんだお前! いきなし喧嘩とかすんなよ!」


 やや危険な空気を感じ取ったディマイオはコーチネルに対し、二人称を2度繰り返している事にも気付かずに声を飛ばしながら近寄った。


 まだ言葉だけでしか行われていないが、まさか物理的に手も出始めると感じたのかもしれない。


「だってレフィったら自分の事犠牲にしてあの薬持って帰れば良かったみたいな事言ってくるからさぁ……」


 コーチネルは至近距離にいるレフィを左手で指差しながら、苛々したような態度を保ったままで説明をした。




「あぁディマイオ君大丈夫だから! これは喧嘩じゃなくて単に自分の意見のぶつけ合いってやつだから! 大丈夫だよ!」


 レフィはディマイオの感じたであろう警戒を何とか解いてやろうと考えたからか、コーチネルの左手をまるで握手でもするかのように掴み、そして振りながら今自分達がしていた事を説明した。


 しかし、掴んでいたコーチネルの手は相手の乱暴な振り払いによって解かれてしまう。




「それとコーチネル、一応答えだけど……まあもしちゃんとあの薬液の奪還を成功させれてたんだったら私は、まあ死んでも悔いは無かったからね!」


 ディマイオの警戒を解く為に説明をした後は、コーチネルに対する返答を完結させる事であった。


 レフィは薬液を優先にするかのように説明をする時は表情を暗くしていたが、しかし言い切る時には笑顔を見せていたのである。だが、それは自信から来るものでは無く、ただ開き直っているかのようにも、そして今は実際に助かっているからこそ言えた発言だったのかもしれない。


「それ本気で言ってんの? 今は持って帰れなかったとしてもまだ別の機会狙えるだろうけど、あんたがホントに死んだら取り返し付かないでしょ?」


 収まりそうになっていたかもしれないコーチネルの苛立ちであったが、再び表に出てしまったようだ。その場で怒鳴りたくなるような衝動を抑えているかのように、優先にする方をもう少し考えろと話すが、伝わっているのだろうか。


 薬液は所詮は物である。今失敗したのであればまた異なる時を狙えば良いのかもしれないが、命を奪われてしまえばもうそれで本当の終了が確定してしまう。命は他の物とはあまりにも違う存在だという事を自覚して欲しいと思っていたはずだ。




「ホントは……死ぬのはまあ……怖かったけど、でもそれで結果的に奴らに対抗する何かしらの力とかになるなら良かったかもしれないよ? 私1人欠けたって別に戦える人なんていくらでもいるだろうしさ」


 レフィは自分が考えている以上に自分の命を大切に考えていたコーチネルに対して何か逆らってはいけないような気持ちでも覚え始めたのだろうか。


 なんだか自分が本当にコーチネルを言い負かす事が出来るのか、自分の方が正当な理由を述べていると自信を持つ事が出来るのか、その辺の気持ちが弱り始めたような気分を感じ始めた可能性もある。それでも無理矢理に自分の事を通そうとするかのように、自分自身の価値なんてこの世界全体の規模で考えれば消失した所で何の痛手にもならないだろうと喋るが、コーチネルの表情は晴れてはくれなかった。


「あんたもうちょっと自分の事大事にしろっての。死んで誰かの役に立つとかそんな考えやめてくれる? よくそれであたしに友達だなんて言い張れるわよね?」


 一旦怒りの方は置いとくと言った所だろうか、コーチネルは妙に冷静になったかのような口調で改めて自分の命に対する考え方を見直させようとする。


 相手を自分の友達として認めているのに、相手を残して自分を捨てるような行為が許されると思うのか、それを意識して欲しかったのだろう。コーチネルは腕を組んでいた。




「言い張っちゃ悪いの? コーチネルの友達が命を捨てて敵軍の情報収集に貢献してくれた、なんて皆に知れたらコーチネルだって誇りに思――」

「思わないから!! どんな状況だろうがあんたの事見捨てるとか無理だから! あたしにそんな非情な事求めるなって!! 今度変な風にカッコ付けたら殴るからね!」


 自分がどういう思考を巡らせていようが、コーチネルと友達である事には代わりは無かったようであり、寧ろ名誉の戦死を遂げた友達がいる事自体がコーチネルの評価に繋がると何だかヘラヘラしたかのような笑顔を作り始めたレフィであったが、とうとうコーチネルを怒らせてしまう。


 コーチネルは組んでいた腕を崩した後にその先で両方の手を強く握り締める動作をしている間に声を荒げ始めており、特にレフィの命を犠牲にする事に妙な拘りを持ち続けていた事が何があっても許せなかったようであり、もう強行手段に出るしか無かったのかもしれない。


 一歩踏み込み、握っていた右手を持ち上げるような素振りを見せ、レフィを怯ませようとしてしまう。




「分かったって……。ってか殴るって……不良のする事じゃん……」


 下手にこれ以上自分の意地を貫こうとすると本当に拳が飛んでくると感じたからか、レフィはもうそれ以上は言わない方向で決めた。


 しかし、力で相手を黙らせるようなやり方は性格の荒れた連中がする行為にしか見えなかったようだ。本当に殴られるのかと思い、いつでも防御が出来るようにと右腕で顔面を覆っていたが、実際に拳は飛んでこなかった。


「ってかお前らってホント仲良しなんだな。上手に性格違うっていうか」


 ディマイオは少女2人のやり取りを遠いとは言えない距離で眺めていたが、性格の異なる2人でありながら、それぞれが上手に噛み合っているから一緒にいようという気持ちが維持され続けているのかと、今のやや険悪になりつつある空気を押さえ付ける意味合いも持たせた上で言った。




「もっちろん! 私達これでもれっきとした幼馴染同士だし、いい所に目付けてくれるじゃんディマイオ君! 褒められて私ちょっと照れるかも~!」


 レフィは詰め寄っていたコーチネルを右手で押し退けるようにして距離を取らせながら、ディマイオに向きながら偽りの無い明るい表情で答えて見せた。


 言った事は事実なのは間違いないのか、固い(えん)で結ばれている事を読み取ったディマイオを敬称付きで褒め称える。そしてわざとらしく、可愛さを無理矢理に見せつけるかのように視線をずらしながら語尾を伸ばした。


「あのさ、あれ褒めてないと思うけど? ってかあんたよくあんな奴相手にそんなハイテンションでリアクション見せられるわよね」


 コーチネルとしてはとても褒められたとは思えなかったようであり、逆にレフィはそれで喜んでいる為、相手の本心を読み取るのが甘いとしか思えなかった可能性もある。


 そして、元々態度も安定しているとは言えないあの水棲系の亜人であるディマイオと出会ってまだ1日も経過していないというのに、ある意味では相手を選ぶような言動を平然と見せられる妙な根性には呆れるべきなのか、それとも一応は褒めてやるべきだったのか。




「お前あんな奴ってお前どういう意味だよおい!?」


 ディマイオは明らかに自分が何か(とが)められたとしか思えなかったからか、コーチネルに苛立ちをいつものようにぶつけてしまう。コーチネルからすると手慣れた光景がこれから始まろうとしていたのかもしれないが、その前にレフィによる庇いが現れた。


「まあまあディマイオ君怒るのは勘弁してあげてよ! でも初対面……あ、まだ1日も経ってないからそれでいいのか初対面って言い方で。でも初対面だからこそのアピールってのも大事だと思うし、それと今ディマイオ君って『あぁ良かった、コーチネルにもちゃんと友達がいたんだな』って思わなかった?」


 レフィはコーチネルが何かを言いたそうにディマイオに歩み寄ろうとしたその動きを、横から両腕で挟み込むように止めてしまう。そしてそのままの状態でコーチネルにあまりきつい言葉は飛ばさないようにしてと懇願をする。わざと可愛さを笑顔という形で見せる事で相手も自分の気持ちに合わせてくれるだろうと勝手な期待でもしているのか、遠慮を一切見せないようないつもの口調を披露する。


 レフィとしてはもうコーチネルの仲間であるディマイオも実質的に自分の仲間として認識しているのだろうか。心で思っている事を勝手に想像して喋っている辺り、まるで警戒している様子は無いと言える。




「別にそんな事思ってねぇよ。ただ変わった知り合いこいつにもいたのかっては思ったけどな」


 レフィに対してもディマイオはいつもの態度を崩す事をしなかった。どうやらレフィの想像は見事に外れていたようであり、しかし、何かしら心で感じていたのはディマイオにとっては事実であったらしい。


 こいつとは勿論コーチネルの事ではあるが、変わった人間とはもう言うまでも無く、レフィの事だろう。評価の仕方は決して甘くは無かった。


「うぅうわっ……。その変わったって言い方絶対変な意味でしょ? それに私はコーチネルの知り合いじゃなくて友達! 友達だからね!?」


 レフィはディマイオの言い方が確実に否定的な意味を含めているとしか思えず、息が枯渇する程の否定を意味する言葉を最初に放って見せた。


 もしコーチネルの仲間では無かったなら、この時点で完全に絶縁すら確定させていたのかもしれない態度ではあったが、それでも自分とコーチネルの本当の関係を正しく伝える事だけは放置する訳にいかなかったようだ。


 知らない内に両腕をコーチネルから離していたが、友達である事を相手に無理矢理にでも認めさせる為にある意味で思い切った行動をレフィは取った。それは、コーチネルの細い首辺りにしがみ付き、コーチネルと密着する行為であった。




「ってなんでいきなり抱き付くのよ!?」


 流石に唐突な行為であり、コーチネルも身体を密着させられるのは抵抗があった事だろう。押し放そうと両手でレフィの身体を押そうとするが、レフィは無理矢理に両腕に力を込めていたのか、少し押した程度では離れてはくれなかった。


 すぐ目の前に、とても戦う世界に身を置いているとは思いにくいような整えられたレフィの美肌が目の前に映り込むが、女同士である為、それは大して嬉しい光景にはならないだろう。


「友達だって証拠ディマイオ君に見せつける為だよ? それに私みたいな清楚でキュートな私にだったら女同士でも抱き付かれて別に嫌な気分にはならないでしょ? 女子にだけ許される特権ってやつだよ!」


 レフィは抱き着いた状態を一切崩す事無く、顔はディマイオに向けた状態で、横目で間近にいるコーチネルを見るような形にしながら、自分とコーチネルが如何に仲が確立されているのかを表現しているのだと説明をした。


 そしてレフィからすると自分は同性であっても相手に抱き付く事を認められているようなスペックを所持していると思い込んでいるからなのか、現在進行形で継続させている抱き付く行為に対しては一切の罪悪感を受け止めていない様子である。




「意味不明過ぎるぞお前の行動。コーチネルも苦労してんだな」


 ディマイオは人間同士のスキンシップに関する知識はあまり持ち合わせていなかったのか、レフィの抱き付いた理由を知る事が出来なかった。言葉の通り、理解に苦しむような言動だったのは間違い無い。


 しかし、そんなレフィと友達という関係を維持させているコーチネルの日々の疲労も分かったような気がしたらしい。本当の苦労を知っているのは、コーチネル本人だけだという事もディマイオは察知した事である。


「ディマイオの前だからって過剰に振舞わなくてもいいから。逆に呆れられるわよ?」


 コーチネルは未だに抱き付かれたままの状態であったが、レフィの様子を見るとどうやら初めて対面したディマイオに自分の特徴を知ってもらいたいが為に派手な言動を見せつけているのかと感じたようであり、そんな余計な振る舞いを見せる必要は無いと、非常に近い距離にあるレフィの整えられた顔を視界に入れながら伝えた。


 一緒に見える至近距離の金髪も随分と整っているとしか言いようが無いような艶やかさを見せていたが、それが抱き着いても良い理由にはならない。少なくとも、コーチネルにとっては。




「あ、そうだ、折角空気も和んできた所だから、ぶっちゃけて言わないといけない話があるからさせてもらうね?」


 もうコーチネルに充分抱き付いたからなのか、一旦自分から離れながら、自分の中だけで隠し続けてはいけないであろうとある話題をレフィは話そうとする。


 最初はコーチネルを怒らせてしまっていたが、何だか色々ある内にいつの間にかディマイオの変な奴発言から空気が妙な方向に反れてくれた為、それをチャンスと見たレフィは今ここで話すべきであると自覚したのだろう。


「自分からあたし達振り回しといていきなり話題変える気?」


 解放された側のコーチネルはある意味で拘束されていたようなものであったから、妙な疲れが出来上がってしまったのか、両腕を軽く振りながら一体どのような話をし始めるのか、一応は待ってやる事にした。




「オレからしたらお前らがじゃれてるようにしか見えなかったけどな?」


 コーチネルとしては自分とディマイオに対して、レフィが得意の妙なテンションで振り回していると意識していたようだが、ディマイオの視点では目の前でそろそろ成人に達しようとしている少女2人が自分達だけで面白いと錯覚しているであろうやり取りを見せつけている、という程度の認識でしか無かったようである。


 潜水マスクのような容姿からは読み取る事は不可能に近いが、鼻で笑われていたようにも感じられただろう。


「ディマイオそういうさり気無く冷たい態度見せるのやめてって」


 コーチネルは慣れているのかもしれないが、自分を敵のように扱うような言い方は相変わらず快く受け取る事が出来ないようだ。




「オレは本心言っただけだ。別に突き放す気なんかねぇよ」


 ディマイオは深い意味を込めていた訳では無く、回りくどさも狙っていた訳でも無く、本当に思った事を喋っただけだったらしい。


 そして、決してコーチネルを自分の側から離れさせるように仕向けていた訳でも無かったようだ。


「まあまあ2人は仲良しなはずなんだから喧嘩はしないしな~い♪」


 なんだか不味い空気を感じたのか、レフィはコーチネルの前に立ち、視界を塞ぐようにコーチネルの顔面で右手を開き、止めるような仕草を見せつけた。


 一方で、ディマイオに対しては左手で振り払うような動作を見せつけていた。




「別に喧嘩じゃないからこれ。ってか早く喋ってよ。大事な話って何よ?」


 レフィの右手がしばらくコーチネルの顔面の目の前で維持されていた為、それをやや無理矢理に自分の右手で下ろさせながら、コーチネルはそこまで深く捉えなくても良いと説明した後に、レフィの話そうとしていたであろう事を求めようとした。


 余計なやり取りが入ったせいで長引いてしまったのだから、今度こそは真面目に聞きたいものであるはずだ。


「じゃあしちゃうか。あのね、例のあの薬液だけど、実は私さ、密かに回収してたんだよね。ほら、これ」


 レフィは自分が今コーチネルと、そして背後にはディマイオという挟まれた状況という事を自覚していたのだろうか。


 なんだかそれ自体に気付いていないように見えるが、レフィは唐突に左手を自分の顔の横に持ち上げるなり、手の上を光らせながら何かをそこに出現させた。


 それは、シリンダーのような細長いガラスの筒で、その中には金色の液体が入っていたのだ。最初は魔力か何かで手の上で立たせていたと思われるが、下部が丸くなっている為、支えが無ければ確実に手の上で倒れてしまっていたであろうそれをレフィは親指と人差し指で挟むように持ち、それをコーチネルへと見せつけた。




「その液体って……。あれ? あのデストラクトに渡したやつと同じ中身なの?」


 コーチネルは液体の正体、というよりはそのものを別の容器に入っている様子を見た事があった為、それを見て思い出さない訳が無かった。


 先程までは怒りと戸惑いの感情がそれぞれ出ていたが、ここで出た感情は疑問であった。何故その液体が今手元にあるのかが理解出来なかった。


「うんそうだよ。私がオヤジに変装してた時にこっそり個人的に抜き取っといたの。勿論誰にも見られないように、ね?」


 答えは単刀直入過ぎていたが、レフィはガラスの筒を持ったまま、どのような経緯で液体を入手していたのかを説明した。浮浪者のような姿に化けていた時は、コーチネルを窮地から救っただけでは無く、他にも潜入調査をしていたようであった。




「お前って意外とやる時ゃやる奴だったのか。じゃあ普通に結果は成功だって事になんじゃねえか?」


 ディマイオは薬液の存在自体がそこにあるのであればもうそれで良いのでは無いかと感じており、レフィの行動力を素直に褒めている様子であった。


 これで一応は話は終わってくれるのかと、少しだけ安堵と期待を抱いていたのかもしれないが。


「いやちょっと待ってって。あんたそれ持ってたんだったらじゃあ普通にあの時渡しても平気だったって事じゃん!?」


 しかし、コーチネルは今目の前にあるレフィの持つ薬液を見るなり、少し前の状況にて大きな違和感を感じ始めてしまう。


 密かに入手していたのであれば、既に敵に知られてしまっていたあのカプセルの方は一切の躊躇いを無しに渡してしまった方が身の危険を受けずに済んだのでは無いかと、何だか再び怒りを呼び戻してしまったような気分を感じてしまう。




「え? あ、い、いや、普通に、ま、まあなんて言うか、あっさり返したらなんか怪しいって、怪しいって絶対思われるじゃん? コーチネルだって、さ、えっと、ほら、私が密かに回収してたって知ったら絶対顔に出しちゃう……じゃん?」


 レフィはコーチネルの真剣で尚且つそれ以外の感情も単刀直入に含めているその表情に気付く。レフィにはレフィなりの敵の心情等を意識した上での演技だったのかもしれないが、レフィの中では今は動揺が支配し始めており、言葉にも何だか弱りが見え始めていた。


「じゃああんな自分の命危険に晒す事する必要無かったんじゃないの!? あんな変な芝居する必要性ってあったの!?」


 もうコーチネルにとって、怒らない方向で済ませる理由なんて無くなったような状況だったのかもしれない。


 薬液をそのまま渡した所で、密かに別の薬液を隠し持っていたのであれば相手の反応を見る事無くワームホールで即座に逃げるという選択肢も悪くなかったはずであり、無駄に逆らう事で首を絞め付けられるリスクも回避出来ていたはずでもあったのだ。それらが全てただのパフォーマンスにしか感じられなくなり、声を荒げない理由を考える事が出来なくなっていたのかもしれない。




「な……何……? あ、あの、まさか怒って……る? そりゃ、コーチネルもさぁ痛い思い……したし、そりゃ怒る……よね……ははは……」


 レフィもやはりコーチネルが相当に怒っている事を理解していたが、理由はまだ上手に探る事が出来ていなかった様子だった。


 自分が確かに芝居のような行為の結果としてピンチに陥れられた事は認めているようだが、それによってコーチネルも敵から痛い思いをさせられていた為、それを思い出した為に腹を立てたと感じていたようであった。笑って誤魔化そうとするが、それは非常に弱々しかった。


「あたしがやられた事なんてどうでもいいから! あんたあれホントに殺される所だったってのまだ分かってないの!? なんであんな時にふざけた事なんてやってられたのよ!?」


 コーチネルとしては自分が多少あの時デストラクトから攻撃を受け、尚且つそれで痛い思いをした事なんてどうでも良かったようである。


 やはり特に許せなかった事は、言葉の通り、命の危険をわざわざ自分から受けに行った事であった。普段のノリが通じる事が無い世界だった事を理解していないようにも見えた可能性もある。




「ま……まあそんな怒らないでって……。え、えっと、ただコーチネルが私の事どれだけ大事にして……くれてるのか確かめたかったの! はは……はは……ははは……命懸けで私の命の方優先にしてくれて……なんか安心したしさ!」


 ふざけたとか、自分が命を奪われる危険があったとか、それらを言われた事によってレフィもようやく自分が危険過ぎる賭けをしていた事を深く自覚し始めたのか、そしてもう自分の都合の良いような形でここを維持したり、話を進めるという事が出来なくなってきている事をじわじわと思い知らされ始めたのだろう。


 目がキョロキョロし始めていた。


「あたしがあんたの事大事にって……あたしの気持ちがどうだったとしてもあいつには関係無かった事でしょ!? あたしがいくらあんたの事大事だって言ったってあいつあのままあんたの事殺す可能性だってあったでしょって!?」


 レフィは焦っているが、コーチネルの怒りは収まらなかった。どれだけレフィを大切に思っていた所で、気持ちの強さがデストラクトには一切届く訳も無く、それが殺害を取り止める理由になってくれる事自体がありえないと、声を荒げながら、右手をレフィへ向かって伸ばした。




――レフィの伸ばしていた左手を乱暴に掴んでしまう――




「えっ!? ちょっと何するの? そんな怖い顔してまさか暴力!? 暴力でこんなか弱い私の事なんかするの!?」


 レフィはコーチネルの気持ちを抑えさせる意味で左手を弱々しく突き出していたのかもしれないが、今はあっさりと手首を掴まれてしまい、そしてコーチネル自身もレフィへ距離を詰め、レフィはより怒った表情のコーチネルを近距離で目視する事となる。


 コーチネルの細く整っている髪と同じ銀色の眉が顰められており、表情に連動するかのように直接手を出してくるのではと、自身の肉体的な弱さをわざと口に出しながら暴力だけはしないでと懇願し始める。


 レフィの中に笑みは殆ど含まれていなかった。


「薬持ってたんならあんな茶番する必要無かったでしょって(はなし)してんのよ! あんたいつまでヘラヘラするつもりよ! あんたホント腹立つわね!」


 レフィはレフィなりに真剣に受け止めていたつもりだったのかもしれないが、コーチネルからするとまだふざけているとしか思えなかったようで、相手に命を握られるような状況を自分から作った事を特に許せなかったのだ。その過程でコーチネルも巻き込まれたが、やはりどちらにしてもレフィ自身の命が相手に握られたという事実が特に許せなかったのだろう。




「いや……だからまあその、えっと、私は確かめたくて……さ。ははは……。私の事どれだけ大事にしてくれてるかってのを……さ? ね? ね?」


 レフィにはまだ譲る事の出来ないものがあったのか、本気で自分の命を大切に思ってくれていたのかどうかを直接目にしたかったのかもしれない。


 本当に殺されるかどうかという極限の状況で正しい選択肢を選んでくれるのかどうかを確かめたいという欲求があったらしいが、当然それは有限の命を考えれば推奨されたものでは無い。しかし気付くには遅かったし、今はただ幸運だっただけなのだろうか。


「あのさぁあんな変な茶番やっといてさぁ、あたしにまで変な神経使わせてなんか言う事あんじゃないの?」


 コーチネルも本当はレフィも自分がやってしまった過ちを自覚していると気付いていたのかもしれないし、そして何だか怯えてしまっている事も理解はしていた事だろう。


 しかし、どうしても直接口に出して欲しい一言があったようであり、怒りに溢れていた口調を一旦抑えてやった上で、茶色の瞳を細めながら聞く。




「言う事……って? え? まさか、謝れって事? なんか謝るってなんか変……じゃない? ってかコーチネル力強っ!! 手折れる!」


 レフィはこのパターンを昔から知っていたからなのか、自分が何を言うべきなのかは分かっていたのかもしれないが、何故それを言わなければいけないのかという経緯が分からなかったようである。


 自覚していないという表現の方が相応しいのかもしれないが、謝罪を拒否したと同時に、掴まれていた左の手首にかかる圧力が更に強くなる事を実感する。そしてさり気無く捻るような動作も混ぜてきたが、武闘派では無いレフィの力では剣を扱うコーチネルに敵わないようであり、このまま行けば言葉の通りになってしまう恐怖に支配されてしまう。


「分かってるならやれよ。あんたはふざけてたかもだけどこっちは本気で命懸けてたのにさぁ? ホントにあたしの事友達って思ってる? いっつもふざけてるけど、あんた1人だけ楽しけりゃいいってもんじゃないから」


 コーチネルはレフィの左手首を乱暴に掴んだまま、そして自分の方向へと引っ張り上げる。友達を相手にする行為としてはどうなんだと言いたかったのかもしれない事に加え、自分の事ばかりを考えていたレフィからしっかりとした謝罪くらいは受け取りたかったのだ。


 なんでもかんでも都合良く話が進む事を前提で考えられては今後の同行にも支障が出る可能性もあるだろう。




「あ、いや……あの……顔……怖い、よ? そして近い……よ? それじゃ謝り……にくい……って言うか……。あの……あ、あの……」


 レフィは本当はしっかりと謝りたいと思っていたのかもしれないが、コーチネルの怒っている表情のせいで上手く口が動かなかったのかもしれない。


 表情の怖さと、互いに吐息がかかるのではという近距離の中で、弱々しい口調で漏らすが、恐らく実際に心からの言葉を出さない限りは距離も表情も変わらない事である。


 そしてこの状況で何かを思い出したのか、それを自分の救いとなるように扱いたかったからなのか、視線を背後へと向けようとする。




――怯えながら、レフィは背後のディマイオに振り向き……――




「ディマイオ君! ちょっと見てないで助けてよ? こういう時に男の力って見せるものだと思うよ? ね? お願い!」


 背後にいたディマイオを焦るように見つめながらレフィは助けを求めるが、ディマイオは余程退屈に感じていたのか、草むらの上で片膝を持ち上げながら座り込んでいた。


 立ち上がる様子も見せず、一見すると2人のやり取りを見たまま、レフィの問いには答えないかと思われていたが。




「知らねぇよ。そもそもお前らの方がオレよりずっと仲いんだろ? じゃあお前らだけで解決しろよ。オレ知らねぇからな?」


 水中マスクのような独特の容姿の関係でディマイオの表情は全くと言っても良い程分からないが、何だか笑い出しそうになっているかのような声でレフィの願いを否定してしまう。


 ディマイオからすると今目の前にいる少女2人同士の方が自分よりも繋がっていた期間が長かったのだから、自分が助言をするより2人だけで解決した方が良い方向に進むと考えたのか、それとも単に面倒だと感じただけだったのか、それは分からない。


 尤も、ディマイオの最後の言葉を考えれば、止める気なんて無いようにも見えてしまうが。


「えぇなんでぇ!? なんで冷たいのそんなに? コーチネルとは仲間なんでしょ? 仲間の友達だったら助けようって思ってよ! ってか思いなさい!」


 座り込んだままのディマイオに対し、レフィはコーチネルに左手首を掴まれたまま、自分の為に少しでも身体を張ろうとしてくれない事に対して嘆くように叫ぶ。


 コーチネルとの関係を再確認した後に、今度は自分とディマイオの関係を改めて意識してもらおうと、最後はレフィ特有のノリを混ぜながら言葉を渡すが、届くかどうかはまだ分からない。




「なんで命令口調になってんだよ? だからお前らで解決しろって。仲間の友達だから大事にされると思ってる奴久々見たぞ?」


 レフィのノリにまるで合わせようともせず、ディマイオは純粋に命令された事に対して追求だけをしたが、レフィの性格を大体は理解し始めていたからか、ただ流すだけにしてやったようである。


 命令口調に関しては怒って対応するような事はせず、あくまでも少女2人だけで今の話を済ませるようにと、あくまでも自分は救いの手を伸ばさない形で決め続けていた。


「いや……ディマイオ君……ドライアイスみたいに冷たすぎ……。もう私詰んだじゃん……」


 レフィの期待に反する対応をされた事で、ディマイオを頼ろうとした自分が少し愚かだったと、そして背後に顔を向けていた為、そろそろ首に痛みと疲労が蓄積され始めていた事に気付く。


 味方をしてくれる存在が今この場にいない為、どうやってこの場を対処すれば良いのか、分からなくなってきたらしい。




「あのさぁだから謝れってんのよ! 自分が何やってたのか考え直せって言ってんのよ!」


 ディマイオにも見放された事をコーチネルは目視もした上で認識したようだが、色々な者達から見放されたと絶望している目の前のレフィに対し、コーチネルは何をここで言うべきなのかを突き付けた。あまりにも解釈が簡単であろうそれを乱暴な口調で言い渡したのだ。


 背後を無理矢理に向いていたレフィから距離を一切取っていなかったコーチネルもそろそろ余計な疲れを感じた為、切り上げてしまいたいと面倒に感じたのかもしれない。


「なんで両サイドから酷い事されてんだろ私……」


 たった今言われた事をレフィは理解していたのだろうか。


 ゆっくりとコーチネルに向き直したレフィであったが、目の前の同い年の少女と、そして背後にいる少女の仲間である亜人の男の両方からまるで優しくない言葉を浴びせられているという事実に、ただ暗くて冷たい影を自分に落とすしか無かったのかもしれない。






 その後は、通信機を使った上でガイウス達と今後の予定や、野盗達が管理していたあの要塞の件をギルドにどのように話を付けるか等、話を付けた上でそれぞれ別行動を始めると決着を付けたようである。


 レフィを加えて今後しばらくは行動する事になるであろうディマイオとコーチネルはまた騒がしいやり取りを繰り返す事になると予測されるが、それは別の話である。





後半は助かった後……というよりはちょっとした女子同士の口喧嘩みたいな風になってしまいますが、結果的にレフィの方に非があったせいでコーチネルに言い負かされて弱ってしまうっていうなんか妙な雰囲気になってしまったと思いますが、あの2人と、そしてディマイオの活躍は今回で一旦終わりになります。次回はまたリディアサイドに戻りますが、一応この話の主人公はリディアなのでそれを忘れたら作者としてちょっとあれですよね。

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