≪第8節 目覚めの悪夢が始まる瞬間 ~盗賊団に狙われ……~≫
お久しぶりです。どうしても私生活の関係で更新が遅れてしまいましたが、今回は主人公のリディアが列車内で盗賊団に狙われるというお話です。偶然列車に乗り合わせた女の子も巻き込まれてしまったせいで、逃げるに逃げられない状況で、一体どう対処するのか。
更新頻度を上げたいのに、どうしても私生活の関係でそれが……出来ません。頑張らないと、ですね。
突然絡まれた時、人はどう対処すべきなのか
女子の場合、相手から力が無いと勝手に決められる可能性が高い
狙われるのは大抵女子供であるが、それは力が無いと思われているから
だけど世間が決めた女子への差別は認めたくない
今はこの状況を脱出する以外に選択肢は……無い
「……ん……んん……」
列車内の椅子に座った状態で、膝に向かって上体を倒しながら眠っていたリディアは、列車の振動が無くなった事に気付いたからか、身体に染み付いた眠気に逆らいながら上体を起こす。
起きて明確に列車が停止しているのを感覚で確かめると、まだ開き切っていない青い瞳を開くなり、椅子から立ち上がろうとする。
しかし、その場から立ち上がる事は出来なかった。いや、立とうと思えばすぐに立つ事が出来たと思われるが、リディアの頭部に突き付けられたとある物体が、それを無理矢理に押さえ付けていたのだ。
リディアは声を詰まらせていたのだ。
「やっと起きたか? 鈍間め」
突然威圧的な声を飛ばしてきていたのは、裸の上半身にまるで遺跡や古代文字を表現したような刺青を入れた男であった。拳銃の銃口をリディアの蟀谷に突き付けたまま、
「ちょ……何……? いきなり」
見知らぬ相手なのは勿論、刺青で無理矢理に威圧感を剥き出しにしている男から、簡単に命を奪い取る事の出来る武器を向けられているのだから、リディアからはすぐに眠気が抜け、逆に緊張感が全身に行き渡る。
やや色黒な男の筋肉を見ると、下手に抵抗をするとどうなるかをすぐに想像する事が出来た。
「ずっと待ってたんだよ。お前がここに来るって聞いてたからよ?」
拳銃を向けたまま、男はリディアを見下ろし続けていた。
上の者から命令でも下されていたのかもしれない。そして、既にリディアという存在や名前を知っていたからこそ、顔を見ただけでそれが今回狙うべき標的だったと確信出来ていたのだ。
「別に待ってくれなんて私頼んだ覚え無いんだけど? それより……あの子……は?」
銃口なんかに怖がってたまるかと言わんばかりにその場から立ち上がる。リディアは青い瞳で目の前の男を睨むように見つめるが、その時にまだ名前も聞いていなかった少女の顔が思い浮かぶ。
まだ列車の中にリディアはいた為、そして視界にはこの刺青の男の姿しか映っていなかった為、あの少女の安否が心配になったのだ。
「あぁあいつか? いるぜ? お前の友達だろ? おい! あいつ連れてきてくんねぇか?」
男は拳銃を下ろさぬまま、背後を振り向き、仲間に対してであろう声をあげる。リディアにすら拳銃を向けているのだから、一緒にいたあの女の子にも何かされている可能性があると、リディアは警戒を怠らなかった。
列車内にはリディアとこの男しかいないが、外ではきっと複数の似た雰囲気を持つ男達が待ち構えている事だろう。ただ、今はこの夕日が沈もうとしている世界で、あの少女が無事に目の前に現れてくれるのを待つしか無かったのだ。
同じく裸の上半身に刺青を彫った男が2人、先程リディアと乗り合わせていた女の子を連れて車内にやってくる。
赤いシャツと、茶色のノースリーブのジャケット、そして半袖のシャツから伸びた黒いアームカバーの服装はやはりあの女の子で間違いは無かったが、両腕は腰の後ろに回されており、腕に痛みでも走っているかのように表情を歪めていた。
尤も、表情を歪めていたのは腕の不自由だけでは無く、男2人に身体を掴まれていたという理由が一番だとは思われるが、男2人はただ身体を掴んでいるだけだというのに、妙に卑しい表情を作っている。
「!! その子に何するつもりなの!? ってかなんで私達が狙われる必要あるの!?」
衣服は乱れていなかった為、まだ何かしら手を出された訳では無いとその時はまだ安心は出来たが、それでも男達に捕まえられている事を決して放置する事も、他人事のように考える事も出来ず、リディアは思わず立ち上がってしまう。
「ははは!! 結構いい身体してんじゃねえかよ。あぁ!?」
少女を掴んでいた男の1人が、刺青塗れの右腕で女の子の胸を茶色のジャケット超しに掴み出す。
もう1人の男も、釣られてなのか、それとも目の前の女の子が無抵抗である事を改めて知ったからなのか、細い腰を撫で回す。
「いやっ!!」
男から下心丸出しで触られた事で、思わず小さくも悲痛な叫びを上げるが、両腕は自由では無い為に抵抗は出来ないし、そして仮に身体が自由だったとしても、この男達を相手に抵抗しようとはなかなか思えないだろう。
「ちょっと! どこ触って――」
「おい下手に動くんじゃねえよお前。暴れたらこいつん事殺すからな?」
リディアはすぐにでも女の子を下卑た男どもから引き離そうと、一歩踏み出そうとした瞬間に、また新しい男が2人、列車内に入ってくる。1人はリディアに拳銃を向け、もう2人はリディアと乗り合わせていた無抵抗な女の子の顔の横から銃口を向ける。
リディアは現在、2人の男に拳銃を向けられている事になるが、拳銃で脅されている事よりも、自分と乗り合わせていた女の子までもが殺されてしまう可能性の方がずっと恐ろしかったと言えるだろう。
「それより私の質問無視しないでくれる? なんで私達の事狙ってるの?」
まだリディアはどうして自分が狙われなければいけないのかを聞いていないのである。それを聞いたとしても、納得はしないと思われるが、だけど聞く権利はあるはずだ。列車内の灯りが追い詰められている女の子2人と、優勢に立っている5人の刺青の男達を照らし続ける。
「あぁ? お前自分の立場……ふっ、まあいいや。教えてやるよ。お前の事連れてこいって頼まれたんだよ。そんだけだ」
リディアを自分より弱いと考えているのだろうか、最初にリディアに銃口を向けていた男は、わざとらしく眉間に無理矢理に皺を寄せながら立場を使った暴力でも飛ばそうとしたようだが、冷静さを取り戻したかのように言いかけた言葉を止めた。
命令の上で動いている事を明かす。しかし、敢えて細かくは説明しようとはしなかった。
「お前? お前達、じゃないんだぁ。じゃあその子は関係無いよね?」
非常に些細な部分だったかもしれない。だけどリディアはそこを聞き逃す事はしなかった。
自分だけが目的であるなら、乗り合わせていた女の子は実質的に無関係者なのだから、何とか解放させようとする。だが、今の状況では少なくとも力ではまず対処しきれない。
「関係ねぇ訳ねぇだろ? お前の仲間だったら一緒に連れてくだけだぜ?」
リディアの要求を蹴り飛ばすかのように言い返す。男達はどうやらリディア達に何一つとして有利な状況を与えないつもりであるようだ。一緒にいるだけで、乗り合わせていた女の子までも同罪にするとは、まさに男による力の世界である。
「ちょ……ちょっとなんであたしまで……」
男に捕まっている女の子は、自分までもが男達の餌食にこれからなってしまうのかと、この状況を恨むかのように声を漏らした。恨みがリディアに対して向けられていない事を祈りたい。
男からの下卑た手は今は伸びていないが、もしこのまま連れて行かれてしまえば、ただここで身体を触られるだけでは済まされないだろう。
「ひひひひ、怖がってるとこも可愛いじゃねえか。もしかしてちびったりとかしてねぇか?」
自分達の手の内だと思っているのだろう。少女を掴んでいる男の内の1人が今度は赤いスカートの内部に手を入れる。少女は思わず声を殺しながら目を強く閉じるが、男の表情は下卑た以外の表現は許されないようなものを見せていた。
「ってだから何さっきから変な事ばっかりやってるのよ! それにその子別に私の仲間でもなんでも無いから! その子一切関係無いよね!?」
きっとリディアとしては、スカートの中、リディアと違って確実に内部で2重の防御もしていないであろうその部分を平気で触る男を殴り飛ばした上で少女を自分の元へと引き寄せたいと思っていたに違いない。
だが、拳銃を向けられている以上は身体を使う事は出来なかった。だが、女の子を庇う為に声を荒げる事くらいならば、今のリディアでも可能だった。
「そんなもん知らねぇよ。こっちだってお前の生け捕りん為に命懸けてんだよ。オマケぐらい付いたって悪くねぇだろうよぉ?」
勿論勝手に生け捕りの対象にされる覚えはリディアには無い。そして、乗り合わせていた女の子までも自分達の好きなように扱おうという精神はまず許せるものでは無い。
「随分勝手な言い分じゃない? それ。勝手にそっちから突っかかってきたってのに」
きっとリディアには自分が敵に狙われる理由は無いのだろう。しかし、敵には敵の事情があるとは言え、それを素直に受け止めようという気にはまるでなれなかった。
それでも、最近は妙にリディアを襲う者が多い気がする為、直接敵対意識を向けてくる相手に対しては、慎重に言葉を選んだ方がいいだろう。
「勝手じゃねえよ。こっちも仕事だからなぁ。お前にいられちゃ困んだよ」
元々人を連行するような仕事に就いているのだろうか。だからこそ自分の使命を何としてでも遂行させるというある種の強い意志を見せてくるが、だからと言って、言いなりになる訳にもいかない。相手は司法の人間でも無いのだから、ここで相手の言いなりになれば、それは相手の力に負けた事になってしまうだろう。
「充分勝手過ぎる理由だと思うけど? 自分の仕事の為だったら他人の事迷惑かけても気にしないんだぁ?」
事実、リディアからすれば充分に迷惑な話である。ただ列車に乗って次の場所へと行こうとしていただけなのに、突然人相の悪い男達に囲まれたのだ。当然犯罪を犯したつもりも無いのだから、連れ去られる理由も、狙われる理由も無いはずである。
立ち上がっているリディアの目付きは、普段仲間や友達に向けるものとは明らかに異なっている。
「ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと来いよ? お前が来ねんだったら代わりにそいつ犯すぞ?」
視線だけを、リディアと乗り合わせていた少女に飛ばしながら、非常に勝手とも言えるような交換条件を男は提示する。言葉からも分かる通り、ほぼ確実に肉体を狙っている為、きっとリディアは尚更助け出そうと強く決心しているはずである。
「え……? なんであたしが……?」
言葉の意味を理解していたのだろう。少女は絶望そのものに飲み込まれたかのような表情を浮かべながら、今いる自分の環境を強く憎んだ。
「大丈夫! 絶対貴方には損はさせないから! 私が行くんだったらその子は開放してくれるって事だよね? だったら私の事捕まえてよ。ほら」
そもそも男達の一番の目的はリディアである。乗り合わせていた少女は無関係である事はリディアが最もよく理解している事であるから、無関係である以上は何があってもこの異常な空間から逃がしてやりたいとずっと考えているのだ。
まるで手首に縄をかけろとでも言わんばかりに、リディアは右手を男の方へと伸ばす。
「ふぅん。なかなか素直な奴じゃねえか。さっさと来いよ」
満足でもしたかのように男は拳銃を下ろし、空いていた左手でリディアの手首を掴もうとする。
(この子にこれ以上危害が出ないならその方がいいか……)
きっとリディアであれば、男達に囲まれたとしても自分だけで切り抜ける事も出来るかもしれない。目の前の少女にそれが出来るとは思えなかった為、自分が身代わりになろうとしたが、咄嗟に嫌な予感を覚えたのか、右手を引っ込め、跳ぶように後退する。
「でもちょっと待ってくれる? まずはその子を放してもらうのが先だよ。こっちによこしてくれる?」
易々と男達を信用する事が出来なかったようだ。力でそのまま男達の目論見に呑まれてしまうと感じたからこそ、リディアは自分を先に差し出す事をしなかったのである。
男達に押さえつけられ、震えている少女を指差した。
「なんだお前。おれらに指図する気か? お前が先に来いよ」
自分達の元へ来る気になった所だけは評価していたようだが、それでも先にリディアの要求を呑むという事は出来なかったようである。尤も、無理矢理さらおうとしているこの男達が素直にリディアの言い分を聞くとも思えないが。
しかし、リディアは警戒の体勢に入っており、極端な話、殴りかかられたとしても瞬時に対応出来るように右半身を引いている。
「それは無理だよ。だって、そのまま私もその子も纏めてさらう気でいるでしょ?」
男の性格を見抜いたのだろう。リディアは鋭い目付きで、男に聞いた。
今までの経験なのだろうか。まるで相手を信用もせずに、男からの返答を待ち続けた。短い時間ではあったが、それすらもきっと長く感じられただろう。
「何ビビってんだよ? そんな事する訳ねぇだろうよぉ?」
鼻で笑った後、リディアの度胸を笑うかのように首を傾けるが、それが何だかリディアを見下しているようにしか見えない。
「嘘だって顔に書いてるよ? それに私の事そうやって強引に捕まえようとしてる時点で信用出来ないから」
リディアは相手の心をある程度は読み取る事が出来るのだ。相手の心にそのように映っているのなら、最初にリディアの方から男に近寄るのは避けるべきである。信用が不可能であるなら、尚更安易な行動は控えるべきだ。
「なんだと? だったらもうここで殺してやろうか? あぁ?」
図星だったのか、リディアに拳銃を突き付けていた男は外見通りの雰囲気の悪さを武器にするかのようにリディアへと詰め寄った。
通常の女の子であれば刺青の入った身体が近寄ってくれば、そのまま泣き出すか、或いは逃げ出すかだと思われるが、リディアはどちらもしなかった。
「連れて帰らないと任務にならないんじゃないの? ん?」
この時、リディアは男の接近に合わせて数歩だけ下がっていたが、それは決して逃げる為では無かっただろう。無意味に近寄って欲しくなかったからであって、例えそこで男が襲い掛かってきたとしても、それ相応の反撃を試みたと思われる。
だが、その最中、ポシェットの中に入れてある通信機が振動音を鳴らした為、チャックを開き、通信機を取り出した。
「はい。あ、コーチネルさん?」
通信機の奥から聞こえたのは、今日の昼に一緒に行動していた少し年上の女の子のものだったようだ。リディアの今の状況は穏やかでは無い為、多少低めの声での対応をしている。
(あんた今まさかあの列車に乗ったりした?)
通信機の奥から聞こえた内容は、今のリディアの状況を暗示するものだったのかもしれない。乗らなければ危機に遭遇しなくて済んだのかもしれないが、もう時は遅かった。
「そう……ですね。丁度今これから降りようとしてたんですけど、そしたらなんか変な連中に襲われてるんですよ」
リディアの目の前にいる男と、乗り合わせていた女の子を押さえ付けている男達は明らかにリディアに対し、苛立ちを見せつけているが、リディアはそれに対して怖がる素振りも見せずに通信機での話を続ける。
嘘を言う理由は無い為、リディアは今のありのままの状況を説明した。
(遅かったわね……。ホントはあんたに伝えたかったのよ。ライラ盗賊団っていう奴らが駅で待ち伏せしてるって)
難しい表情を浮かべているであろう、コーチネルの口調はやや低めで、そして到着する前に伝えられなかった事を後悔しているかのような表情を連想させてくれる。
しかし、ここで初めて理解出来た事としては、目の前にいる刺青の男達こそがライラ盗賊団の団員であり、そして盗賊団の狙い通りになってしまったという事である。
「じゃあ今目の前にいる連中がそのライラ盗賊団、っていう連中なんですか?」
リディアの目の前にいるのは、裸の上半身に刺青を彫った男達である。通常の生活だけをしている者であれば、大抵は刺青なんて物騒な物を彫らない為、もしかしたらと、コーチネルに確認をしようとする。
(今あんた襲われてんの!? じゃあ早く逃げて! あんたじゃあ絶対勝てないからそいつら!)
ライラ盗賊団の恐ろしさを知っているかのように、コーチネルはリディアの安否の為に、その場から撤退するように鋭い言葉を飛ばす。どうして勝利を掴み取る事が出来ないのか、その理由が欲しかったと思われるが、ここではまだ説明はされなかった。
「逃げるのは無理ですよ! 今人質取られてるから逃げるなんて無理です!」
まだ友達になった訳でも、仲間になった訳でも無い。だけど乗り合わせていたライトブラウンの髪の女の子をどうしても見捨てる事は、リディアには出来なかった。どうして今のリディアでは勝てないのかは理解する事が出来なかったが、それだけを理由に自分だけ逃げ出すという選択肢は取ろうとはしなかった。
(馬鹿! あんたの能力全部封じられるのよ!? 他人なんか気にしてる余裕無いから!)
リディアは魔力を使う事によって身体能力を向上させたり、武器を生成したりする事が出来るが、今はそれを封印されているのだと言う。そういう意味で、きっとライラ盗賊団の者達には勝てないとコーチネルは言っているのだろう。通信機の奥で荒げた声がリディアの耳に入る。
「!!」
――男から顔面を狙った拳が飛ばされ……――
リディアは顔面を守る為に反射的に両腕で顔面を保護する。直接回避しなかった分、衝撃が腕に走ってしまったが、それは致命傷ですら無く、普段の戦いで考えれば痛くも痒くも無いと言えよう。
「おい何呑気に通信なんかしてんだよ? あぁ?」
殴られた衝撃で痺れるような痛みが残る両腕を下ろすと、たった今殴ったばかりだと言うのに、更にまた襲い掛かろうとでも言わんばかりに拳を強く握り締めながら眉間に皺を激しく寄せている男の姿が見えたのである。
リディアもそろそろ警戒すべきかもしれないが、リディアの背後には出入り口は無い為、男達がその気になれば逃げ道を塞がれた状態で攻められる事になる。
「そういうあんたこそよくそんな下手糞なパンチなんか出来たよね。あっさり受け止めれちゃったよ?」
男の前で弱気な所を見せまいと、腕が痺れていながらも、リディアは男を睨み続けていた。
しかし、今殴ってきた男だけでは無く、乗り合わせている少女を押さえ付けている男達の表情も徐々に険しくなっていく。
「けっ、もうめんどくせぇや。お前ん事殺さなきゃどんな方法使ってもいいって言われてんだし、ちょい痛てぇ目見てもらうぜ?」
男は拳銃は既に腰のホルスターにしまっていたが、今頃になって、やっと殺害はしてはいけない事を思い出したようである。拳銃なんかを使えば、確実に死なせてしまう為、それはある意味では任務の失敗になる所だろう。
「ふぅん。生け捕りが目的なんだぁ。まあ他にも私的な下心もあるような気がするけどね」
殺される事は無いにしても、それでもリディアから緊張感が離れてくれる事は無かった。男の視線がリディアの下へと行くのを確認したが、きっと女性として程好く膨らんだ胸や、紫の色を持ったスカートを見て、身体の事を妄想したのだとリディアは感じたのかもしれない。
しかし、下卑た視線及び、自分を狙う連中からの魔の手を防ぐのがリディア自身の持つ強さである。
相手は筋肉で分厚い肉体を見せつけた男達である。純粋な腕力ではまず勝てないであろうリディアは戦闘態勢に入ろうと、右手を握り締めるが、ここで1つの事態に気付く事になる。
「?」
本来であれば、今頃はリディアの右手には電撃の力が走るはずだったのだが、その感覚が全く伝わらず、直接口には出さなかったが、右手を確認する為に下に向かって視線を落とす。
右手で何かをしようとした動作に気付いたのか、リディアに拳銃を向けていた男は、一体何が起こっているのかを説明してやったのである。
「おいおい一応言っとくぜが、お前の妙な力なんか使えねぇぜ? お前はただの女そのもんなんだからよ?」
男の体勢はとても戦いにすぐに適応出来るような形では無かったが、それは力を一切発揮する事の出来ないリディアを敵として警戒していないからなのかもしれない。能力さえ使えなければ、リディアも所詮は力の無い女でしか無いのだろう。
「っておい武器が使えなくなったからビビっちまってんのかよ? その前にお前の遊び相手紹介してやるよ。おい! テオドラン! お前の好きそうな奴が目の前でビクビクしてんぜ? ちょっと味見してやれ!」
言い返す言葉が思いつかなかったのか、リディアは弱者呼ばわりされても無言を貫く事になってしまう。
しかし、男は優位な状況であるからか、堂々と目の前でリディアから視線を逸らし、列車の外に向かってとある者を呼びつける。ただ殴られるだけであれば、相手が女の子なら怖がる必要が無かったのだろうか。
「今度は……何……?」
能力がどうして使えないのかをここで探るのは、今の状況では不可能だろう。
それよりも、リディアは一体誰が新しくこの列車の中にやってくるのかが不安だったのである。能力が無い以上は、もう素手だけが頼りである。
「げへへへへ……。誰だよ? おれ様の好きそうな奴ってよぉ?」
入ってきたのは、リディアよりも頭1つ分は大きいであろう大柄な男で、裸の上半身に刺青というのは、他の男達と同じである。ただ、身長は他の男達よりも大きく、そして鼻から下をほぼ全て覆いつくすような無駄に長い無精髭が男の汚らしさを表現していた。
声も何かが引っかかったようなものがあり、聞き苦しい。
「あいつだよ。あんぐれぇのガキってお前の好物だったよな?」
最初にリディアに拳銃を突き付けていた男は、リディアを見下すように指差しながら、無精髭の男に聞く。年齢の事を言っているのか、それとも外見の事を言っているのかは分からないが、無精髭の男の好みに該当するのがリディアであるのは間違い無い。
「でもいいのか? おれ様が殴ったらあいつ一発で死んじまうんじゃねえか?」
分厚い唇の間から、所々抜けた黄ばんだ歯を覗かせながら、右の拳を左の手の平にぶつけ続けながら言った。無精髭の男はリディアの細身の体格を見て、非常に短い時間で決着が決まると思ったのだろう。
「まあ死なねぇ程度に教育してやれって。失神までならOKだって言われてんだからよ」
リディアのやられる所を想像したのだろうか、鼻で笑いながら、無精髭の男に対し、拳銃を持っていた男が言った。殺す気は無いにしても、殺されないからと言って安心していられるような状況でも無い。
少なくとも、リディアはこれから痛い思いをするのは間違い無い。
「殺さねえならじゃあ途中であいつで遊んでもいいのか?」
まるで言う事を聞いたご褒美を親から貰う子供のように、無精髭の男は気味の悪い笑顔を作り始める。男の笑顔は決して可愛くも無い為、リディアからすればただ不快なだけである。
「別にいいけど、あんま時間使い過ぎんなよ? さっさと戻らねぇとこっちも危ねんだからよ」
リディアに拳銃を向けていた男は、笑顔を作る事をしなかった。リディアを連れて帰らなければ、彼らの身にも危険が走るようである。だが、それでリディアは易々と捕まってやるなんて事をするはずが無い。
それでも、男が苛々している事は、リディアはしっかりと確認をしている。既に外は暗いのに、妙に列車の中は蒸し暑い。
「何? この様子だとその汚い外見の男が私に襲い掛かってくるっていうやつ?」
リディアは覚悟の1つを決めていたのである。確実に暴力で迫られてしまう為、能力を一切使わない普段とは異なる戦いをしなければいけないのだ。見た目だけでも汚いと思えてしまう相手であったから、近寄られるのも嫌だったのかもしれないが、口で言ったとしても絶対に聞いてくれないだろう。
「言葉遣いには注意した方が良かったなぁ? 今日がお前の最期だぜ? 多分な」
『良かった』と男は言っていたが、それはもう既に時は遅いという事なのかもしれない。リディアの既に放ってしまった発言は、この無精髭の男の怒りを買ってしまったのかもしれない。
「勝手に最期なんて決められたら困る……!!」
(そうだ……能力使えないんだった)
リディアはまだやられる訳にはいかないのである。何一つ目的も果たしていないのに、くだらない相手が原因でこの世界に別れを告げる等、絶対にしたくなかったのである。
力ではまず勝てない為、能力で手っ取り早く事を済ませてしまおうと右手に力を入れるが、先程言われた事を思い出し、力を入れた事が無意味であった事を理解し直す事になる。先程能力が使えない事を男から知らされたばかりである。
しかし、使えない事を思い出しているその時である。無精髭の男はリディアに下からの突き上げのパンチを繰り出してきたのだ。勿論リディアへといきなり走り寄りながら。
――アッパーがリディアの細い顎を狙うが……――
「死ねやぁあ!!!」
怒号によって力を上乗せさせようとしていたのかもしれないが、それはリディアに対し、攻撃の合図を渡すようなものでもあった。しかし、逃げ場の少ないこの狭い場所では、自由な回避は取る事が出来ない為、後退するしか道は無かった。
「!!」
攻撃を受ける事は無かったが、リディアの背後には出口は無いに等しい。窓から逃げ出す事は可能かもしれないが、今は目の前の男を放置する事は出来ないだろう。
上体を後方へと反らすように男の拳を回避し、体勢を立て直す為に数歩後退する。男の今の暴言を聞く限り、命を奪わないような力を抜いた攻撃はしてこないだろう。全ての攻撃に対し、警戒を怠ってはいけない。
「おい! そいつはさっさと連れ込んじまおうぜ! 後はあの生意気女がくたばるまで待つだけだぜ?」
リディアに拳銃を突き付けていた男は、あの無精髭の男、確か名前はテオドランだったと思われるが、その男にリディアを任せ、今度は押さえ付けられている女の子の方に目をやった。
押さえている男達に向かって、列車の外に出るように言った。
「あぁそうだなぁ!」
妙にテンションの上がったような口調で、仲間の男達は声を上げるが、それは少女に関して嫌な妄想でも膨らませている証拠なのかもしれない。非力であろう少女を軽々と引っ張りながら、列車の外へと進んでいく。
「いやっ! やだっ!」
連れられた先でどんな目に遭わされるのか、簡単に想像が出来てしまったのかもしれない。これから自分の身に起こる事を考えてしまったから悲鳴を上げたのかもしれない。そして、引っ張られた際の身体の負担が痛みとなって、これもまた少女に悲鳴を上げさせる要因になったと思われる。
しかし、リディアはその連れて行かれる様子を見逃さなかったのと同時に、連れて行こうとする男達を止めようと駆けだそうとするが、リディアには今障害となっている相手がいたのだ。
「ちょっと! どこ連れてく――」
「お前の相手はおれ様だぜ!!」
無精髭の男が通り道を塞ぐように右足をドスンとリディアの目の前に落とす。
危機を感じたリディアはすぐに足を止めるが、動きを止めたリディアに対し、男は力任せに拳をリディアへと飛ばす。狙いはリディアの顔面である。
――だが、力任せなだけであれば……――
「ふん! 当たるかっての! そんな攻撃!」
いつもなら能力で攻撃の軌道を予め先読みする事も出来るのかもしれない。しかし、今は自分自身が持つ動体視力だけが頼りである。そして、持ち前の運動神経で全身を使い、今のパンチを回避している。
腕の太さもリディアの比較にはならないものがある為、一撃でも致命傷になる危険がある。
「だけどお前、避けてるだけだといつか終わるぜ?」
強がりに聞こえたのかもしれない。名前はテオドランと呼ばれていたこの無精髭の男は、リディアの瞳をじっと見続けた。普通に見れば強気に見えるその目付きも、この追い詰められた状況を見ると、それは何だか作り物と思われても仕方が無いのかもしれない。
「あんた程度が私の事終わらせられると思ってるの?」
動きが一時的に止まった男に向かって、リディアは自分が弱い人間では無い事を伝えるが、どう考えてもこの状況はリディアの優勢とは言えない。力で押さえ付けられてしまえば、もうリディアには勝機は無くなると思われるし、逃げてばかりいても、いずれは背後の壁に追い詰められてしまう。
「言葉遣いなってねぇ奴じゃねえか?」
恐らく、二人称に怒りを感じたのだろう。無精髭もそうだが、胸毛も汚く生えているその男は暴力でリディアの言葉遣いを訂正させてやろうと、顔面を再び拳で狙う。
しかし、男に屈する訳にはいかないリディアは再び後退し、そしてそろそろとでも言わんばかりに、仕返しを男へとお見舞いする。
――渾身の右ストレートが男の顔面へと飛ばし……――
「あんたみたいなのが私大っ嫌いだから!!」
きっと、自分にとって好きになれない、或いは反社会的な相手に対しては整った言葉遣いをしないと決めているのかもしれない。
リディアは男のパンチを回避した後に、自分の怒りを上乗せさせた拳で男の薄汚い顔を横殴りにする。身長差はあるが、パンチが届かない程、低い身長では無い。
――確かに手応えはあったのだが……男は……――
「っておいおい? 今のがお前の本気かよ? 弱ぇなぁ?」
内出血を起こしたかのように青ずんだ痣が顔に残ったが、男はその程度の攻撃ではやられる事は無いと安心しきったのだろう。一目で激しく黄ばんでる事が分かるような歪んだ歯を見せながら笑い出す。
(どうしよ……。こいつの事黙らせないと……いや、聞き出せる話は聞き出した方がいいか……)
リディアはさっさと目の前の汚らしい男、テオドランを叩きのめそうとしていたのかもしれないが、その前に情報の1つや2つぐらいは何とか手にしたいと考えたのだ。
明確に自分が狙われている理由をそろそろ知りたいと思っていてもおかしくは無い。期待はせずにリディアは目の前の男に話しかける。
「所で、どうして私なんかを狙うの? 前も似たような連中に狙われたんだけど」
理由が分かったとしても、それで安心する事が出来るのかどうかは不明だが、リディアとしては、構えの体勢を崩さない今の状態で、僅かでもいいから自分が狙われている理由を知りたかったのだ。
話が通じる相手である事を祈っているのかもしれないが、例え白状する性格であったとしても、それでリディアが相手に対して気を許す訳では無いのは言うまでも無いだろう。
「なんだよ? そんなもんお前が知ってどうする?」
やはり、素直に教えようとする者なんていないようである。リディアから攻撃された事で、僅かながら苛々した様子も見受けられるが、やはり先程の一撃自体は痛かったのは間違い無い。
「また答えないつもり? 特に理由が無いんだったら、私以外でもいいんじゃないの? 身体目的だったら、私以外でも可愛い子なんて沢山いるはずだしね」
男は明らかにリディアの質問に対し、苛々した表情をわざとらしく作っている男だが、リディアだって理由がはっきりされていないのに、いつまでも荒れた男達に狙われ続けるのは耐えられない話である。
リディアの旅の目的が理由なのか、それとも単純に性欲を発散させたいからなのか、それがどうしても理解出来なかった。
そして、性欲目的であれば、リディアを狙うのは間違っているようだ。リディア程度で満足するには勿体無いとでも言っているかのようだが、誰かを犠牲にするのはあまり好ましくないだろう。
「いちいち煩せぇんだよ!!」
余程言葉を交えさせたくなかったのだろうか。それとも、生意気な態度が気に入らなかったのか、リディアに向かって両手を伸ばす。伸ばすとは言っても、それは拘束を意味するものである。
「!!」
逃げ場の少ないリディアに対し、男は覆い被さるかのようにリディアの細い腰を両腕で掴みかかり、乱暴に背中から倒してしまう。仰向けに倒れたリディアの腹部の上に乗り、全体重をそこにかける。
「てめぇはよぉ、変な力あるから消せって言われてんだよ!! 犯すだけだったらさっきの女だけでいんだよ!?」
仰向け状態のリディアに乗ったまま、男は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら、そこから攻撃をし始める。
その攻撃とは、動きを束縛されたリディアに対する拳である。
――床に向かって、何度も拳を叩き付け……――
「なる……ほど……。断片だけでも……分かればいいや……」
リディアは顔面だけは守ろうと、両腕で顔面を隠し、男からの殴打を防いでいる。しかし腕の方に痛みが溜まっているのは言うまでも無い。
「何ビビッてんだよ? どうせ今日で終わりなんだからよぉ? 黙ってここで犯されちまえよ。ここをなぁ?」
どうしても力では勝つ事が出来ない為、防御に徹底しているリディアを見下ろしながら、男は一旦手を止めた。それでもリディアの上から降りる事は無かったが、このまま殴り続けて相手の意識を奪い取るより前に、そろそろ身体でも味わってやろうとしたのである。
男は自分の腰のすぐ後ろにあるであろうリディアの下半身に右手を伸ばす。服装は確かミニスカートだったはずであるから、手を入れればそこにはいつも感じているあの感触があるはずだった。
――脚を触られ、リディアの表情が多少変わる――
「!!」
男に乗られ、脚を持ち上げようと動かしていた為、男の手はリディアの脚を後ろから触れる形となる。勿論狙いは脚では無く、その奥であった。触られた事によって屈辱と怒りがリディアの感情の中に浮かぶが、もう1つ、別の感情も浮かんでいた。
抵抗も出来ぬまま、男の大きな手がリディアのニーソックスの上から覗く太腿に触れてしまう。そして、脚をなぞるようにスカートの中に入ってしまう。しかし、リディアにとってはそれで負けが決まった訳では無かったようだ。
「あぁ? なんだこれ? お前今時穿いてんのか? 下に」
手でしか触っていない男であるが、いつも感じているであろう布の感触とは違うものが感じられたのである。布にしては妙に分厚く、下腹部の形や温もりを感じにくい程に、妙に物々しい厚い生地が男の性欲を妨害していたのである。
女の子にとっては触られるのは嫌であろう下腹部を、男は前と後ろを包むように鷲掴みにしながら、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「……だったら何? 穿いちゃダメって法律なんて別に無いでしょ?」
上に乗られ、拘束された状態で下半身を掴まれているという特殊な意味で絶望的な状態ではあるが、決して下着を直接触られている訳では無い為、リディアはまだ耐える事が出来ていたようである。
服装的には妙な目で見られる可能性のある着用手段だが、今回のように性的な企みを持った男の手から自分を守るのであれば、それは間違った着用方法とは言わないだろう。
「随分準備がいい奴なんだなって思ってなぁ?」
男は徐々に触る気が失せていくのを覚え始める。恐らく、他の女の子であれば、手を入れた瞬間に下腹部を覆う唯一の1枚に届いていた事だろう。更に少し力を加えればその裏側にも辿り着く事が出来たのかもしれないが、リディアに対してはそれは無理に近かったのだ。
「あんたみたいな臭い奴に褒められても全く嬉しくないんだけど?」
何とか男の下から抜け出そうと力を入れているが、男は全体重を落としている為、どうしてもリディアは抜け出す事が出来なかった。いくら短パンでスカートの中を守ってるとは言え、短パン越しに触られ続けるのは気分が悪い。
「あぁ? 誰に言ってんだよそれ?」
本当は誰が臭いかは男でも分かっているだろう。列車の中にはリディアと、この上半身裸で髭や体毛の濃いこの男しかいないのだ。だけど男は言われた事を素直に認めようとはしなかった。
「あんた以外にいないでしょ? 外見も臭そうだけど、ホントに臭いとはねぇ……」
両手で地面を押し出すように何とか抜け出そうとするが、やはり叶わなかった。
裸の上半身だと、体臭がそのまま放出されるような状態であるが、案の定本当に臭気が漂っていたようであり、リディアを不快にさせるには充分である。少なくとも、女の子にとっては我慢したくない悪臭である。
「っつかさっさとどけてもらわないと困るんだけど!? 期待外れだったんならさっさとどけて――」
「それで済むと思ってんのか? あぁ!?」
リディアは期待に添える事が出来なかった事を心の中で喜ぶが、男の重量には耐えられるものでは無い為、離れてもらうように、確実に受け入れてもらえないであろう要求を出そうとするが、男の罵声と共に、突然左の太腿にとんでもない激痛が走る事になる。
――尖った物が食い込むような、鋭い痛み……――
「う゛ぁうっ゛!! 何……する……のよ!!」
回避する事の出来ない激痛が太腿に食い込むように走り続ける。ニーソックスと短パンの間の素肌を狙われている為、覆う物が何も無く、痛みが直接身体に伝わっているのだ。
「そのまんまパンツだったら見てやるだけで終わらせてやったのに、おれ様の機嫌損ねたから罰だ!」
あまりにも身勝手な、自分の好みを妨害された不満を相手の身体で仕返しをする男であった。男は指に目いっぱい力を込め、爪をリディアの太腿に食い込ませる。時間が秒単位で進む毎に痛みは倍化していく為、リディアも黙っている事は出来なかった。
「自分勝手な……事言うな……っつの……!!」
このまま乗られ続けていても何も解決しない為、リディアは仕返しとも、反撃とも言わんばかりに男の顔面を再び狙う。今はそれぐらいしか対処方法が無かったのである。
――純粋に顔に痛みが走った男は逆上し……――
「って痛ってぇなぁゴラ!!」
リディアの下半身を掴んでいた為、その時はある種の幸せ気分を味わっていたのかもしれない。だが、その分だけ攻撃に対する対策を意識していなかった為、今までの攻撃の中で最も苦痛の走るものとなってしまう。
男はリディアの紫の髪を両手で掴み、床に向かって叩き付ける。
「うぐっ……! ぐっ!!」
仰向けの状態である為、上手く力を込める事が出来ず、男の力の言いなりになるかのように、頭を床に打ち付けられる。両手で後頭部を押さえるが、衝撃は完全には吸収しきれていない。
両手で押さえているものの、痛みだけは明確にリディアへと伝えられてしまう。
「こ……こいつ……!!」
頭を強打し続けていた為、リディア自身も何を発言したかったのか、理解出来ていなかったかもしれない。だが、再び男の顔面に拳を飛ばしていた事だけは確かであり、そして、1発だけでは終わらせていなかったのだ。
しかし、リディアの拳は男にもしっかりと通じていたようであり、リディアの頭を打ち続ける仕打ちは停止させていた。
「相変わらず度胸だけはあるみてぇじゃねえか? あぁ?」
男は自分の背中の後ろに右手を回していたが、リディアはもう次の行動に入っていた。髪を乱暴に掴んでいた両手が離れた為、上半身の自由が効くようになったのを機に、その上半身を持ち上げていたのだ。
丁度、上体を持ち上げたリディアの目の前に、男の髭で薄汚れた顔がある状態だ。目的は男の汚らしい容姿を至近距離で確かめる事では無い。頭突きを与える事である。
「それは……どうも!!」
――リディアの額が男の眉間に命中し……――
「んぶぐっ!!」
言葉になっていない妙な単語を繋ぎ合わせた低い悲鳴を男は飛ばす。
男の身体がリディアの上から僅かに持ち上がり、その瞬間を決してリディアは逃さなかった。
「ふっ!!」
いちいち男に嫌味を飛ばす余裕が無かったのか、気合にも似た声を飛ばしただけで、両手で身体を浮かせ、そして自分の下半身を男の下から引き抜くようにして男から脱出する。
男の髭が不細工だとか、臭気が酷いとか、それを口に出す余裕は無かったのだ。
――しかし、男の回復は意外と早く、リディアは足首を掴まれ……――
「っておい? 何逃げようとしてんだ?」
男の掴む力は非常に強く、リディアの右の足首を片手で拘束し、リディアをその場から逃げられないようにしてしまう。足を掴まれている為、リディアは立ち上がる事を許されなかった。
「!!」
足の自由を奪われ、どう対処すべきかを考えている間に、男から次の攻撃を与えられてしまったのである。
――左脚に向かって男の拳が落とされ……――
「死ねやぁ!!」
拘束されていなかった方のリディアの左脚、太腿に男のあまりにも強過ぎるであろう一撃が命中してしまう。男の拳と列車の床に挟まれる形で、リディアの脚に凄まじい痛覚が走る。
「う゛ぅ゛っ!!」
まるで力を強引に抜き取られるかのように、左脚に力が入らなくなってしまう。束縛された右の足を開放させようにも、身体に力が入らない為、ここでは抜け出す事も出来ず、無防備になったリディアに男の手が再び伸びる。
「後ここもだぜ!? おらぁおらぁ!!」
男はリディアへの不満を晴らすかのように、今度はリディアの脚の間に拳を落とす。男ならではの無視出来ない腕力がリディアのスカートの奥に走る。
「!!」
スカートの奥は短パンで守られていた為、衝撃自体は吸収出来なくても、見られてはいけない違う種類の布は直接見られる事が無かった為、精神的な被害はまだ少ない方だったかもしれない。だが、男は一撃だけでは気が済まなかったのか、弱り始めたリディアの脚を開くなり、連続で殴り続ける。
女子にとっては触られたくないであろうその下半身の一点に攻撃が集中する。時折狙いが逸れる事によって、関節や、爪で引っ掻かれた事によって出血を見せている太腿にも男の暴力が飛ばされる。
スカートの内部に短パンを着用していた事に対し、怒りを隠し切れなかったのだろうか。男は1つの部分にしか集中していなかった。
「後でケツの方も犯してや――」
「!!」
どちらにしても、ミニスカートよりも丈が短いとは言え、短パンを着用しているおかげでどちらの部分も直接は責める事が出来なかったようである。それでも男は欲望を隠す事も無く、まるで今からでも襲ってやろうと、リディアの見ていない所で表情をにやけさせる。
だが、リディアも大人しく男に続きの行為をさせる事はしなかった。
偶然見つけた何かを拾い、それを男にお見舞いしてやったのだ。
――木屑がリディアの武器になったのだ――
連続でリディアの下腹部に加えられる殴打から逃れる為には、男に対し、瞬間的な激痛を与えなければいけないと悟り、偶然落ちていた木屑の尖った部分を男の左腕に突き刺したのだ。
「て……てめぇ武器なんか使いやがって……!!」
無言で腕を引っ込めてしまった無精髭の男は、リディアが男の手から離れてしまった事を確認してから、ようやくと言った様子で刺されてしまった左腕を右手で押さえる。
男としてはあの状況で性欲を発散させようとしていたようだが、折角の時間を台無しにされた為、更に怒りを増大させようとしているに違いない。
「緊急手段だけど? はぁ……はぁ……好き放題私の変な所攻めて面白い?」
元々リディアは武器を利用して男を黙らせるつもりは無かったからか、男を刺した木屑を背後に向かって無造作に投げた後に、切れそうになりつつある呼吸の中で言い返す。
太腿の骨にまで響くような鈍痛と、脚の間に残り続ける同じような鈍痛が、ただ立っているだけのリディアの体力を奪い続ける。今のリディアは右脚で前に倒れそうになっている上体を支えている状況である。
「面白れぇとかそんなもん関係ねぇよ。お前は黙って連れられりゃいんだよ」
男の肉体は頑丈であったからか、もう既に左腕を押さえていた右手は離れていた。連行する事を第一目的としている以上、男としては抵抗するリディアを許せなかったのである。そろそろ性的な興味も失せ始めているかもしれない。自分に怪我をさせてきた相手に気を許せるような人格を持っているとは思えない。
「ふん……。そんな事私が納得すると思ってるの? 『はい分かりました』なんて言う人なんていないと思うけどね?」
短い時間で呼吸を整えたリディアは不満と怒りを混ぜた目付きで、男の要求を否定し続ける。抵抗の為であれば多少は卑怯だと思われるような手段を使ってでも切り抜けたいのだ。
「思ったより可愛くねぇ奴だなぁ。なんかムカついてきたぜ。殺されても知らねぇぜ?」
男としては、リディアの言葉遣いを快く受け入れる事が出来なかったようだ。負の感情が強く圧し掛かってきたと感じた男は、リディアに対する殺意を増幅させてしまう。
リディアの身体に触れた性的な喜びもこの負の感情によって、かき消されている事だろう。
「何その頭の悪い言い分。別に私可愛いとかそんなものどうでもいいと思ってるし、それに殺しちゃダメなんじゃなかったっけ?」
今回の連中の目的はあくまでも生け捕りである。殺害してしまえば生け捕り自体が成り立たなくなる事はリディアでも理解している。まるで命だけは保障されているこの状況を利用するかのように、リディアは僅かに笑いを零しながら言った。
「もうどうでもいいわ。お前みてぇな奴なんかどうせ犯したって面白くねぇからなぁ?」
当然、この無精髭で尚且つその他様々な部位で汚らしさを見せつけた男に身体を狙われる女の子の方も面白くは無いはずである。
男の自分勝手な言い分に更に怒りを感じたリディアであったが、男が腰に手を伸ばした所を決して見逃しはしなかった。
「もう殺してやるよ!!」
まるで何かを諦めたかのように、ナイフの先端をリディアへと向ける。リディアの水色のワイシャツ程度では、ナイフを防ぐのはまず不可能である。表情も殺意ばかりを撒き散らしたような形にしながら、リディアへと接近する。
(ってナイフ!?)
身体を触られるのも確かに嫌だったかもしれないが、ナイフは武器である。そんな物が身体に触れれば間違い無く身体は切れてしまう。重傷は免れない。リディアは命を守る為に、全神経をそのナイフに注ぐ。リディアには魔力で呼び出す武器しか頼れる物は存在せず、そして今は魔力が使えない。
素手でしか立ち向かう術の無いリディアにとっては危機的な場面である。
「!!」
顔面から飛んできたナイフをしゃがむ事で回避する。恐らくリディアの反射神経であれば回避は容易だと思われるが、一撃でも受けたら終わりである為、回避の失敗は許されない。リディアからは声が一切出なくなる。
「避けんじゃねえよ!? 黙って死ねよ!」
ナイフの命中率はあまり高くは無かったようである。だが、男としてはすぐに殺害してしまいたい衝動で神経が高ぶっている為、兎に角振り回し、一発でも当てられればそれで満足なのかもしれない。
「ってあんた生け捕りにするんじゃなかったっけ!?」
どうしても下半身に鈍痛が残っている為、リディアとしては立っているだけでも非常に辛かった。頬に一滴の汗を垂らしながら、振り回されるナイフの切っ先を回避する。脚も痛い為、回避の1つ1つが大きな負担となる。
「どうでもいいそんなもん!!」
尤も、実際にリディアの命を奪い取ったとして、この後の男の扱われ方がどうなるのかはきっと誰にも分からないだろう。少なくとも、男の中では生け捕りという命だけは生かすという最低条件すらも破ったとしても、きっと何とかなると思い込んでいるのかもしれない。
「いい加減過ぎる……。この連中……」
本来の依頼は、リディアの生け捕りのはずなのに、目の前の男はリディアを殺そうとしているのだ。まるで仲間同士の連携も取れていないかのような身勝手な行為を取る目の前の男に対しては、もう早くこの場から離れてしまいたいという願望しか浮かんで来ないだろう。
本当は心で呟いていただけの言葉だったのかもしれない。だが、口が知らぬ間に動いていた為、男からは何かを喋っていたかのように見えてしまったようである。それはまた、男の怒りを呼び込むだけだった。
「何ゴチャゴチャ言ってんだおい!?」
命を奪う事を決定した相手であったから、男は相手の些細な行動も一切許す事が出来なかったのだ。元々殺そうとナイフを振り回していたが、もうリディアの背後は行き止まりになっており、回避の手段を奪われた状態だったのである。
男はこれで最期にしてやろうと、逃げ場を失った少女の顔面をナイフで狙う。
「さっさと……死ね!!」
リディアの脳天部分の紫の髪を左手で掴み、動きを封じた上でナイフを突き刺そうとしたのである。
だが、男の望みは叶う事は無かった。リディアだってただ髪を掴まれた程度ではやられたりはしないようであり、そして腕力にも自信があったようである。
リディアは両手で男の伸ばされた右腕を押さえ付け、ナイフが自分の顔面に届くのを防いだのだ。
「なんで……あんたなんかに……殺されないと……!!」
少しでも力を抜いてしまえば、男の持つナイフによって自分の人生を終わりにされてしまう。そして顔に刺されば、例え命だけは助かったとしても、醜い傷と共に生きて行かなければいけなくなる。絶対に力を抜いてはいけない状態である。
「甘ぇんだよお前は。能力封じちまえばお前なんかなんも出来ねぇんだよ?」
男は片手でナイフをリディアへと届かせようとしているが、リディアは両手で防いでいる。男は片手だけでリディアの腕力に勝てる事を証明していたのかもしれない。ナイフを持つ腕を押さえられながらも、男は余裕を思わせる表情でリディアの力が今は発揮する事が出来ない事を伝える。
やはり、何らかの手段を使う事でリディアの持つ能力を封印していたのだろうか。
「私の力……奪ったぐらいで……勝てると……思わないで……くれる?」
リディアは両手であれば、男の片腕を押さえ付けるのは難しい事では無いらしい。もう少し力を入れれば、ナイフを更に自分の顔から遠ざける事も出来るかもしれない。
そして魔力が無かったとしても、簡単にやられる程自分は弱くないと誇っているようでもある。
「強がっても意味ねぇぜ? いつまで持つんだ? そん悪足掻きってのは」
男は本気で力を入れていないかのような発言を飛ばすが、男はまだ片腕しか使っていない。
もしもう片方の腕を、ナイフを持っている右腕に添えた場合、あっさりとリディアを思い通りに出来てしまうのかもしれない。髭で汚らしく作られた顔に嫌らしい勝気な表情が浮かび上がる。
(ホントに不味いかも……。何とかしないと……!!)
力で防いでるだけでは、いずれは男の力によって体力を全て奪い取られてしまう。男のナイフを防いでいるだけでは生命だけは長引かせる事は出来ても、この窮地を脱出する事は不可能である。
今は防いでいる事で精一杯である為、脚を使って男を黙らせる余裕もリディアには無いようだ。
寧ろ、太腿を爪でやられてしまった為、痛みがリディアの踏ん張りを妨害してしまっているのだ。だが、痛みを理由に力を抜いてしまえば、ナイフによって自分の身体を傷付けられてしまう。
「無駄に力ある奴だぜ。でももう終わりだ!!」
片腕だけでリディアに死を宣告させようとしていた男だが、空いていた左手をリディアのスカートの中へと伸ばしたのである。
それは、ただ触るだけが目的では無く、爪で脚に傷を付ける為の行為だった。
「!! さっきから……変態根性だけは……!」
再び男に脚の間を触られる、だけならまだ良かったかもしれない。尖った物が脚に刺さるような苦痛そのものだった。しかし、今のリディアは片手だけで男のナイフを防ぐ事が出来るのかは分からなかった。
片方の手を放し、その手で今下半身を爪で傷付けている男の腕を引き離す事はここでは出来なかったのだ。
痛みに負けて、ナイフの接触を許してしまえば、それこそ男の思う壷である。男はリディアの抵抗する力を奪い取る為に、元々性的に宜しいとはとても言えない場所を狙ったのだろう。性欲と攻撃の両方を狙っているのだ。
「いつまで強気でいんだよ? お前そろそろ意識飛びそうになってんじゃねえか?」
片腕だけではナイフをリディアに届かせる事が出来ないままでいた男であったが、男には1つの企みがあった様子だ。決して、相手がただ疲労を見せているから、それで意識に何か異常が発生するのかを把握していた訳では無いようだ。
もっと、違う何かがあったようだ。
「ふん……! 何言って……!!」
男が意識の話をしてきた理由をその瞬間は理解する事が出来なかったリディアであるが、一瞬、頭が重たくなったかのような錯覚に襲われる。一瞬だけ力が抜けそうになるが、何とか今までのままの力で持ち堪える。
力を抜いてしまえば、ナイフが刺さってしまう。
「強がっても無理だぜ? さっきおれ様爪に毒塗っといたからなぁ? お前の脚からそろそろ毒が効いた頃じゃねえか?」
男はまるで全てを理解していたかのように、リディアの容態の変化を眺めながら、汚い口を動かした。目視の難しい武器をリディアに埋め込む事に成功したからなのだろうか、男の表情は緩み始めていた。
「ど……毒……?」
男の爪には毒が塗られており、それで直接リディアの脚に傷を付けたのであれば、そこから毒が入ったという話も事実になるだろう。思わぬ場所から毒を身体に入れられてしまった為、リディアは本当に窮地へと追いやられてしまっている事を自覚し始める。
毒であれば、身体のどこから入っても結果的に身体全体を蝕む為、今は力が抜けていくのを徐々に認めるしか無いのだろう。
「だからもうお前は終わりなんだよ? へっ!!」
毒を与える事に成功したであろう男は、ナイフでの攻撃を一旦諦めたのか、右腕を引っ込め、ナイフを腰のポケットへとしまい込む。そして間を置く事も無く、リディアの両脚を抱えるように持ち上げる。
相手からの不慮の襲撃に備えるだけの精神的な余裕が無かった事と、そして消耗していた体力の事が合わさり、無抵抗に背中から転ばされてしまう。
「!!」
床に倒れた際に走った背中への激痛がリディアの体力を更に奪い取ってしまう。
男は力を上手に出す事の出来ない少女の上に数歩踏み込み、息を荒げている所を更に近くで見ようとしたのか、しゃがみ込む。もうナイフに頼る必要は無いのかもしれない。男は再度、ナイフを取り出す事はしなかった。
「さてと、じゃあお前が弱ったとこで好き放題やってやるとするか? お前はそこで見てろよ? おれ様がお前のボディチェックするとこをよぉ?」
男は毛で汚らしく包まれた右手で、水色のワイシャツ超しに細い腹部を撫で回す。毒の影響で体調不良を起こし始めているのか、汗が滲んでおり、男の手に滲んだ熱気がうっすらと伝わる。
「誰が……そんな……事……」
高熱が出始めている事を察知するが、それでもリディアは男の手を払いのけようと、汗が滲んだ手で男の腕を掴むが、思うように力が入らず、寧ろ男の欲求を更に増幅させる要因となってしまう。
「強がんじゃねえよ? 無理だって今のお前が抵抗するなんてよぉ?」
まるでリディアからの抵抗に気付いていないかのように、右手をリディアの腹部から、性別と実年齢相応に膨らんでいる胸へと滑らせる。思うように抵抗が出来ない女の子の、男性と明らかに区別化された部位に対して指を食い込ませる。
男性の肉体ではまず味わう事の無いであろう柔らかさが男の欲求を徐々に満たしていく。
そんな時である。
列車の外から別の男の声が聞こえてきたのは。リディアの身体を触っている無精髭の男は、面倒そうに背後に視線を向けた。
「親分からの命令だ。そいつはこちらで緊急で連行させてもらう。いいな?」
赤一色の、足首から腕の先まで一切の肉体の露出を防いだ防護服のような物を纏い、そして顔も赤一色のマスクによって隠されている。ガスマスクのように目元はレンズ、そして鼻と口も見えない構造になっており、口元は言葉だけは相手に聞こえるように空気が通る形状になっているのか、丸い通気口が取り付けられている。
素顔が一切見えないその男は、盗賊団のリーダーの命令である事を伝えるなり、リディアを連れて行こうと、男とリディアの元へと歩み寄る。
そして手短な動作で、リディアの肩と膝の裏にそれぞれの腕を伸ばし、抱き上げる。それは妙に温もりを感じる光景であるが、赤一色の服の男も盗賊団の仲間である以上は、その後の展開は決して明るいとは言えないだろう。
「あぁ? 誰だお前? 変な格好なんかしやがって。どこの誰だ?」
まだこのテオドランと呼ばれる無精髭の男は、赤一色の服の男の正体を聞いていない。
味方なのかどうかを判断出来ない以上は、敵、或いは部外者である事を前提にして対応すべきなのかもしれない。今にも殴りかかりそうな威圧的な口調で、男の素性を聞き出そうとする。目付きはリディアに向けていた時以上に、殺意が籠っている。
「今日ライラ盗賊団に入団した新米だ。最初の仕事としてこの小娘の連行を命令された。悪いが急がせてくれ」
マスクの裏から、男は自分が今日、仲間になった者である事を事務的な口調で伝え、無精髭の男からの返事も待たずに列車の出口へと足を進める。リディアを抱いたままではあるが、人間1人を腕2本だけで持ち上げている事に関しては、苦痛では無いようだ。
「そんなもん信用出来ると思うのか? 証拠見せろよ! そんな格好した奴見た事ねぇぞ!?」
言葉だけでは仲間である事を認める事は出来なかったようだ。直接形として残っている証等を要求したがっているようだ。無精髭の男は、始めて見る服装の男を常に疑い続けていた。
男がリディアを抱き上げた際には、特にそれを妨害しようとはしなかったが、後から疑いの気持ちを持ち始めたようである。
「証拠も何も、入団したのは事実だ。親分のライラ様からの特急の命令だ。急がせてもらうぞ?」
再び事務的な口調で言い返した後、赤一色の男は列車の入り口へと再び向かう。距離は遠くは無い為、数秒もすれば列車の外に出る事は出来るだろう。
「また……厄介な……奴が……?」
毒はリディア自身が思っていた物よりも強い毒性を持っていたらしい。高熱に侵される事に加え、ただ喋るだけでも苦痛になっているようだ。全身に滲み始める汗も、毒の深刻さを物語っている。
「どうやら毒を受けてるみたいだな。諦める事だな。良い子はおねんねの時間だぜ?」
赤一色の男は抱き上げているリディアを見ながら、淡々とリディアの状況を口に出した。マスクのせいで表情がどうなっているのかを窺い知る事は出来ない。
「何……する気……」
当のリディアは、そのまま振り払い、男の腕から解放されたいと思っていたのかもしれない。しかし、身体が言う事を聞いてくれなかった。抱き上げられている様子だけを見ると、リディアへの直接の苦痛は無いが、連行される事を考えるととてものんびりはしていられないはずだ。
「っておいお前やっぱりどこの誰だ! おれらの親分はライラなんかじゃねえぞ!?」
まるで突然思い出したかのように、無精髭の男は赤一色の男の背後から怒鳴り声を飛ばす。盗賊団の名前は、どうやら頭が由来では無かったらしく、盗賊団の団員である事が明確に証明されているこの無精髭の男は、赤一色の服の男が自分を騙していると察したのだろう。
無精髭の男はゆっくりとナイフを取り出したが、赤一色の男は攻撃される前に、次の行動へと入ろうとしていた。
「もうダーメだこりゃ……。リディア、とりあえず逃げるか……」
意識が朦朧とし始めていたリディアに向かって、赤一色の服の男はまるで仲間であるかのような口調を見せる。汗の滲んだワイシャツから伝わる熱気を意識する余裕も無く、男は出入り口から外へと飛び出した。
やはり更新頻度が悪いと、どんどん新作を記載されてる方々に置いてかれてしまってる気がしてなりません。私生活なんて言い訳にはならないでしょうから、やはりもうとことんやろうという気持ちを前面に押し出すしかありませんね!