第29節 《頼れるのは粗暴な銃使い 風使いの魔女も見落とすな》 1/5
今回は床が崩れてしまった後の話を展開します。エルフの脅威は続く……と思いきや床が崩れたので展開が変わります。追い詰められてたコーチネルは今回どうなるのでしょうか。
まあ何だかコーチネルにスポットが強く当たってるような気がしますが、多分他の者達にも後にスポットが当たる……と信じたい気がしますね。因みに亜人であるディマイオにも今回強くスポットが当たる……はずです。
腕を肥大化させた青髪のエルフ
腕力を強化させ、銀髪の少女コーチネルに襲い掛かる
水棲系の亜人ディマイオは、エルフによって格子に閉じ込められている
頼れるのは自分自身だけ
しかし、コーチネルのいる小屋の内部で、床が崩れ落ちたのだ
「……ん? 何、これ!? 床!!」
先程顔に殴打を受けてしまい、そのまま床に倒れ込んでいた銀髪の少女のコーチネルであったが、エルフが床に向けて、実際はコーチネルに追い打ちをかける為に放った拳であったが、命中が外れたせいで床に激突し、そして床に罅が広がる事態へと発展したのである。
木造の床は徐々に罅の規模が広がっていき、そして遂に床が崩れてしまったのである。
木材が割れる音や、棚と棚がぶつかり合う硬い音が部屋中に響き渡る中で、コーチネルはそのまま床に開いた穴へと落下してしまう。
――背中に触れていた床の感触が一気に消失した為……――
「う……うわぁああ!!」
一体どこまで落下するのかが分からない恐怖と、そして予想すらしていなかった落下そのものに対し、コーチネルは思わず反射的に悲鳴を上げてしまう。しかし落下は止まらず、崩れた床の下へと吸い込まれていく。
しかし、思った程の深さは無かったようで、何かの上に落ちる形で落下そのものはすぐに終わってくれたようだ。
――それでも痛みからは逃げられないが……――
「いったっ……。あれ? これ台……?」
何かやや薄い鉄の上にでも落ちたような妙な音を立たせながら落下を終えたコーチネルだったが、背中を打ち付けた痛みに耐えながら、上体を持ち上げる。薄暗いせいではっきりとは確認が出来なかったが、自分が今落ちた場所は床そのものでは無く、何かの台のようなものである事が理解出来た。
しかし、元々いた上の階の崩壊は止まっておらず、床の崩壊に耐える術を持たなかった棚達が遅れて落下してくる。
ほぼ中央に傾きながら床は崩れていた為、棚達もまるで中央に引き寄せられるかのように落ちてくる。元々いた場所から届いていた光がこれから落ちてくる棚の様子を照らしてくれていたが、自分の元に直接落ちてくる棚は見えなかったが、それでも落下による騒音や砂埃がコーチネルに恐怖心を与えたようであり、崩壊が収まるまでその場で身を丸める事しか出来なかった。
床を破壊した青髪の凶暴なエルフはどうなったのか、格子に閉じ込められたままのディマイオは今どうしているのか、それらも気になったが、今は自分の身を守る事が最優先であり、そしてそれしか今はする事が出来ない。他者の心配や状況確認をする前に、床が崩れるのが終わるのを、ただ丸まりながら待ち続けるしか無かった。
やはり棚が落下する音が特に大きく、鉄と鉄がぶつかり合う音や、並べられていた様々な素材の道具等が様々な騒音を生み出しており、それらに押し潰されていた時の事も想像はしたくないが、音自体を聞き続けていると鼓膜に悪影響を及ぼすと感じてしまうかもしれない。
――ようやく崩壊は収まったようであり……――
「そろそろ……大丈夫かな? うっわっ、埃酷っど……」
崩れ落ちる音がしなくなった為、コーチネルは両腕で顔面を隠していたが、両腕を顔面から離し、状況を茶色の瞳で確かめる。見渡すと確かに色々と崩れ落ちた床の残骸や、落下によって変形や破損を生じた棚が散らばっていたが、立ち上がる砂埃によって、鮮明にそれらを凝視する事は出来なかった。
「何これ? 下にも部屋があったって事なの? 所であのエルフってどうなったんだろう? 降りるか一旦」
周囲を見渡すコーチネルは、今自分がいる場所が1つの部屋のような形状になっている事に気付き、この建物の規模が実は想像以上に大きかったのかと今更に気付く。
しかし、今は鉄の板で作られた作業台らしき場所からまずは降りようと考えたのか、コーチネルは足で自分の尻を擦るように引っ張りながらそのまま台から降りた。
「とりあえずディマイオ探した方がいいかな。もし無事だったらあたしの事大声で呼んだりするだろうし、何も言ってこないって事は……なんかやな予感するわね」
今は周囲が壊れた棚等で散らかっているが、確かディマイオは自分の頭の側にいたはずであった為、その方向へ歩く事を決めた。
手元からは愛用の武器を手放してしまっていたが、少し念じただけですぐに瓦礫の中に埋もれていたそれは隙間から抜け出し、柄だけの状態になったそれがコーチネルの手元に戻ってくる。今は使い道が無い為、腰の鞘に戻しながらもまだ砂埃が立ち込める暗い空間を歩き続ける。
「さて……ディマイオ!! いる!? 大丈夫!?」
コーチネルは本気で探す決心を確定させたかのように、叫ぶように呼びながら相手を探し始める。砂埃が一向に収まらないせいで視界は最悪だが、崩れた棚で塞がれた場所くらいの把握は可能である。まさか下敷きになってしまっていないかと不安にもなっていたかもしれないが、無事である事を祈っているのは確実だ。
何となく瓦礫を視界に入れているだけでその下で声も出せずに生き地獄でも味わっているのかと嫌な想像すらしてしまうが、呼び続けなければ希望の返事を聞く事も出来ない事を分かっていたから、呼ぶ事を止めなかった。
――ガラガラ……――
「!!」
山となっている床等の欠片が崩れる音をコーチネルは逃さなかった。思い当たるのは2人の内のどちらかだ。味方か敵か、しかし相手が声を出してこない以上は判別が出来ない為、神経を集中させながら近寄ってくる相手を警戒するしか無い。まるで投げつけるような音も聞こえた為、自然に崩れたのでは無く、誰かが意図的に自分にとって邪魔だった残骸を投げつけたとしか思えなかった。
もしエルフであれば確実に襲い掛かってきた上で序にとでも言わんばかりに殴り掛かってくるはずだ。それを考えれば尚更警戒せずにはいられなかった。しかし、武器を使った場合、下手をするとディマイオの時に悲惨な事態に発展する為、素手で対処する事に決めた。
まるで殴り合いでもするかのように両手を持ち上げ、そして黒の指が出た手袋で覆われた拳を両方とも握りながら、近寄ってくる相手に備える。
本当は前に進みたかったが、誰かがいるのは確かであった為、まずは足を止めて、近寄ってくる相手に備える事を優先させる事にした。
(やっぱり……さっきのエルフ? 出来ればディマイオであって欲しいんだけどさぁ……)
エルフであれば、床の崩壊に巻き込まれた事で怒り、苛立ちとでも表現すべきかもしれないが、付随された感情と合わせてこちらに襲い掛かってくる可能性もあった為、一切の油断は許されない。背後から狙われる可能性もあるのだから。
とはいえ、ディマイオの様子も心配である。自力で抜け出した上で何を言われても構わないから出来れば自分の前に堂々と現れて欲しいとも願っている。
だが、問題はこの砂埃ではどちらが近寄ってきたとしても、目視での判断が難しいという事である。暗さもあって、鮮明な確認が難しい。
――そして、遂に来たようだ――
何も喋らずに確かに接近している誰かがいた。それは背後からであった。足音でも分かった為、もうこれは実行するしか無いと意識したコーチネルはふと横目で、そして細い首も捩じりながら背後を一瞬確認するが、やはり砂埃のせいで明確な姿が確認出来ず、それでも自分の身を守る為に、背後を狙って後ろ蹴りを放つ。
「誰よ近寄ってる奴は!!」
ディマイオであればコーチネルに近寄る時点で最初に声をかけてくれているはずだと思い込んでいたが、無言で近寄ってきていたものに対しては敵意しか向ける事が出来ず、相手の顔辺りを目掛け、右脚を力強く伸ばしたのだ。
しかし、それは命中する前に足首を掴まれてしまい、伸ばし切った状態で固められてしまう。
――受け止めた相手はと言うと……――
「お前……誰に蹴りかましてんだオイ!」
それは明らかに聞き覚えがある声であり、男性としか思えない低い声であり、なんだか野盗等の荒れた集団にいてもおかしくないような荒い声色は、コーチネルにとっては明らかに聞き覚えがあるそれであった。
「え……嘘……え、ディ……ディマイオだったの!?」
後ろ蹴りを決めた相手は、自分にとって探していた相手であり、そして蹴りを命中させてはいけない相手でもあった為、片脚を持ち上げたままの状態で押さえ付けられたままで、コーチネルはただ相手に驚くしかなかった。相手は特徴的なマスクを付けたかのような形状の容姿を持っていた為、表情をまともに理解する事は出来ないが、口調で感情を読み取る事が出来るのである。
しかし、いくら驚いた所で、実際に蹴りを放っていたのは事実であり、顔面寸前の所で受け止められていたとは言え、僅かでも遅れていた場合、直撃していたのは確かなのだ。
「ディマイオだったのぉ!? じゃねえよ! お前誰に対して蹴りかまそうとしてんだお前!? あぁ!?」
元々低く荒い声色のディマイオは無理矢理にコーチネルのような女性特有の高い声色を無理矢理に真似をしながら直前の台詞を鸚鵡返しのように出したが、それよりもやはり自分自身を蹴ろうとしてきた事に対して何か責めてやろうと考えたのか、足を離さないままで相手の誤った攻撃対象の選択について罵倒を浴びせる。
「えっ……あ、いや、ちぁ、違う! 違うんだって! 視界悪くてよく見えなかったし……。ってか脚放してくれる!? パンツ見ようとかしてないでしょうねぇ!?」
流石にコーチネルも仲間であるディマイオの怒声を受けて、相手が明らかに怒っている事を察知したからか、申し訳無い気持ちで心がいっぱいになってしまっていたのかもしれないが、片脚で立ち続ける事で負担が表れ始めた為、掴まれている右足を引っ込めようと力を入れるが、その際にディマイオの視線が気になったようだ。
本当は申し訳無い気持ちで溢れていたのに、いつの間にか怒りへと感情が変わってしまっていた。
「見ねぇよ馬鹿が! 誰が好き好んでそんな気持ち悪りぃもん見るやこのアホが!」
言いがかりをつけられたディマイオは、見る気持ち等微塵も無い代物に対し、徹底的に否定を強く象徴する言葉で言い返しながらコーチネルの右脚を突き飛ばすように解放する。その際に予想に反する離され方をしたからか、コーチネルは思わず後方へとバランスを崩しそうになっていたが、踏み止まっていた。
「うわぁ! 転ばそうとしないでよ!」
コーチネルは足を離されると同時に突き飛ばされたが、それと同時に反射的に声を上げていた。
ディマイオの言い方は確実にコーチネルに突き刺さるものがあったと思われるが、ここではそれについての言及は見えていない。
「お前がオレん事挑発したからだろうが馬鹿か! しかも蹴りかまそうとまでしやがってお前どんだけアホなんだよマジで!」
ディマイオはどうして自分を転ばそうとしたのかを問い詰められたと感じたのだろうか。理由としては、ディマイオの怒声の通り、挑発行為を働いたからだったようだ。
そしてやはり一番引っかかっていたのは、自分に対して、そして特に人間に限らず多くの種族にとっての急所でもある顔面を狙って蹴りを放っていた事だ。受け止めたにしても、狙われたのは事実であった為、やはり収まらなかったようだ。
「あのさぁ……そんなに馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿言わないでって……。ホントはさぁ、さっきの変なエルフだと思ってずっと怖かったんだから……」
ディマイオの返答には必ずと言っても良いようなお決まりの罵倒が含まれていたが、なんだかそれがコーチネルにとっては心への衝撃が大きかったようであり、そして自分の見られたくない部分に対する疑いもただの自分の思い込みだった事を思い知らされ、思わず口調も弱くなってしまう。
確かに誤った相手に蹴りによる攻撃は不味かったかもしれないが、実際の所はあの腕力が強化されたエルフにまだ狙われている可能性があるというプレッシャーに押し潰されそうになっていたようだ。折角安心する事が出来る相手とまた対面する事が出来たのに、罵倒ばかりでは回復しようとしていた心のダメージが再び痛手を負ってしまう。
「なんでいきなり弱っちくなんだよ……。それと、もしかして砂埃で視界悪くてオレなのかさっきのエルフの奴なのか区別出来なかったって事なのか?」
その場で俯いてしまうコーチネルを見ながら、ディマイオはいつもと少し様子が違うその姿になんだか自分の言動に毒が混じっていたのかと思い返したくもなってくる。
冷静に今の環境を見直すと、ある程度は収まっているとは言え、砂埃のせいでそれなりに近づかなければ相手の姿がシルエットのようにしか見えなかった為、視界の方に問題があったのかと今更気付き始めてしまう。
「そうよ……。しかもディマイオったら近づいてきたはいいけど、何も喋んないで近づいてきたから、エルフが不意打ちでもしに来たかと思って咄嗟に手、じゃないか、足が出たって訳なんだから……」
視界の問題はその通りであったようで、コーチネルも単刀直入にそうであると返答する。
そしてディマイオにも問題があったようであり、無言で接近してきた為、相手の明確な確認も出来ず、自分の身を守る為にあのような手段を取るしか道が無かったという事もここで明かした。視界を充分に確保出来なかった為、静かな対応をしている余裕が無かったらしい。
「よく見えなかったってのはオレも同じだって。オレだってお前なのかどうかよく見えなかったからな? まあお前の事だから後ろから近づいたら確実に蹴りでも飛ばしてくるって想像出来たからまあ簡単に受け止めたけどよ」
ディマイオも視界の影響を受けていたのは事実だったようであり、恐らくは今の発言がコーチネルに無言で接近した理由だったのだろう。しかし、無言で近寄った時に何をされるのかも今までの経験上からなのか、それとも相手の性格を理解していての事だったのか、馬鹿正直に顔面に後ろ蹴りを受けるような鈍い動きを見せてやるつもりは無かったようでもあった。
予測の上での受け止めだったのかもしれない。人間とは異なる水棲系の亜人であるから、人間よりも反射神経もレベルが異なっていたのだろうか。
「あぁそっか、ディマイオも視界が悪かったのは同じだったか……。それと、間違って蹴ろうとしたのは……ま、まあその、ごめんなさい……」
言われなければ気付かなかったのかもしれない。自分だけが視界の妨害を受けていたと思い込んでいたせいで誤った攻撃をしようとした自分に罪悪感を感じたコーチネルはここでは絶対に言わないといけないものがあると感じたのか、それでも気まずさや気恥ずかしさも抱えながら、小さくではあるが、言葉と一緒にその場で頭を下げた。
「別にいいわ。お前の性格ぐれぇ分かってっから気にしねぇっての」
銀髪の頭頂部を何だか気まずそうに見つめながら、ディマイオはそこまで言う必要は無かったと、それでも相手は頭まで下げていたのだから最低限気持ちだけは受け止める事を決める。
本来であればもう少し砕けた形で謝られる事が殆どだったのかもしれないが、まるで自分の方を上に扱っているかのような謝罪をされても逆に困るだけだったのかもしれない。
「そ、そう……。ま、まあ謝った訳だから、あたしの事その、馬鹿とかアホとか何回も言わないでくれる?」
これ以上責めないでいてくれるのはコーチネルにとっては救いとも受け取れる態度だった事だろう。そして、謝罪はしたのだからもう心に突き刺さる単語は下手に飛ばしてこないで欲しいと頼み込むが、やはりその際の口調もあまり強さを感じられるものでは無かった。
ここで少女を否定してしまうと、下手すると良くない方向で感情を爆発させてしまうかもしれないとディマイオに思わせていた可能性もある。
「あぁ分かったよ。言わねぇよ。それでいいだろ?」
何となくコーチネルの表情を窺うと、なんだか自分の口調で放たれる罵倒が想像以上の威力を持っていたのかと思い知ってしまった為、いくらかは抑える事を自分に言い聞かせるように決める。
出来ればこの件はもうこれで終わって欲しいと願うディマイオでもあったが。
「ありがと。あたしが間違って蹴ろうとしたからそれで苛々したんだよね?」
自分の頼みを受け入れてくれた為、コーチネルは緊張の糸が緩んだかのように笑みを作りながら礼を言った。
そして、先程怒り出してしまったのも元々言えば自分が後ろ蹴りを誤った形で放ってしまった事が原因だったのかと確認をしようとする。それを聞いた上で反省もしようとしたのだろうか。
「いや……別に蹴ったとかそんなもんどうでも良かったんだけどな、ただお前が色々突っかかってきたからオレもなんか言い返してやろうと思っただけだからな」
本当はディマイオも間違って蹴りを入れられそうになった事自体にはそこまで苛立ちは覚えていなかったらしい。尤も、受け止めた際の言葉には明らかに怒りが灯っていたが、解放してしまった後は特に言及する気が無かったという事なのだろうか。
しかし、その後にコーチネルからの因縁によってディマイオも言い返しを開始してしまっただけだったようだ。
「言われてみたらそうだったわね。あたしの足掴んだまま離さないで……ってかホントに見た……の?」
コーチネルは事の発端を思い出すが、蹴りを受け止められた際の事も一緒に思い出してしまい、あの時のディマイオの視線の真偽を再び問い質そうとする。だが、今回は怒って、では無く、恐る恐る確かめるかのように、である。事実を恐れているのか、灰色のスカートを右手で押さえ始める。
「さっき言わなかったか? それとお前そんな話してたらまた最初と同じやり取りになっちまうんじゃねえのか? だからお前はアホだって言われんだぞお前」
ディマイオは分かっていたようだ。何故先程の口論が始まっていたのかを。内容の関係で互いに意地の張り合いになってしまい、結果的にコーチネルの心に強い打撃が走る事になってしまったのである。今でこそ何とかこれを静止させるような方向に持っていく事に成功はしたものの、再びこの話を始めてしまえば同じ事を繰り返す事になってしまう。
口論の原因を再び呼び起こそうとしていたコーチネルに対し、再び言ってしまう。口に出してはいけないのに、マスクのような特殊な構造をした口元からそれを漏らしてしまう。
「だからさぁ……もうアホって言わないでって……」
原因を呼び起こそうとしたのは確かにコーチネルであったが、やはり特定の単語が心に突き刺さるようであり、耐性も現在は著しく低くなってしまっている様子である。
出来れば言葉を選んで欲しかったと心の奥で願っていたのかもしれないが、あまりそれはディマイオには伝わっていないようだ。なんだか茶色の瞳が揺れているように見えたのはきのせいだろうか。
「っておい待て待て待て待てお前今日どうしたんだよ? なんで今日はそんな弱気なんだよ? まさか泣くとかすんじゃねぇだろうなぁ?」
寧ろ先程までの強気な態度で言い返された方がまだマシだったのかもしれない。ディマイオは戸惑いながらコーチネルの弱気な態度を問い詰める。
今日に限って態度があまりにも弱々しくなっていた為、ディマイオにとってあまり得意では無いのかもしれない感情表現を目の前でされてしまうのかと不安になってしまう。物理的に一歩下がったその足がそれを証明させていたのかもしれない。
「……なんかあんたの態度見てたら泣きそうにすらならなくなったわ。でもさ、まあディマイオはまあ無事に格子から出られた、っていうのかな、まあそれよりあのエルフがどうなったかなんだよね。今気になってるのってさ」
まるで中高年同士の自分にとって気に入らない言動を見せてくる相手を無理矢理に止めるかのような言い方が、逆にコーチネルの弱りかけていた心を再び修復させてしまったようである。
少なくとも、その場で泣き出す気持ちにはならなかったようであり、それよりもディマイオの脱出の経緯が少し気になったのと、そしてそれを上手に纏めているとは言えないような形で一旦終わらせたうえで、今度はエルフの話へと本題をずらそうとする。
「何言おうか纏めてねぇ言い方じゃねえか。まあエルフの奴は……そういえばあいつはなんか変な体勢で落ちてくのは一応見たぞ? どう見てもあれ受け身も着地も出来る体勢じゃなかったと思うけどな」
首を傾げているディマイオであるが、やはり何を中心にした上で喋っているのかがいまいち理解出来なかったが、まずはエルフの件で知っている事を話そうと考えたのだろう。どうやら崩れた先の床に綺麗に着地が可能である体勢にはとても見えなかったようであり、落下した後の無事がとても想像出来なかったらしい。
「そうだったんだぁ。当たり所悪かったらこの高さじゃあ……なんかただじゃ済まなさそうよね」
一度コーチネルは崩れた天井――元々は自分達が床として足を付けていた場所――を見上げるが、確かに落下の形が悪ければ今いる場所に落下した時に怪我では済まされないのは確実だと思い知る。
下手をすると自分も下手な形で落下していたら命を落としていたのかもしれないと考えてしまっても不思議では無かったかもしれないが、表情に怯えが映っておらず、恐らくは自分を当てはめた想像はしていなかったと思われる。
「まあこんだけ喋んのに時間使ってても一切出てこねぇって事はもう逝っちまったんじゃねえのか?」
既に砂埃は収まっており、崩れた影響で派手に落下した棚や床の残骸がより鮮明になるが、ディマイオはそんな光景を見回しながら、本当にエルフは瓦礫等の影響で襲い掛かる事の出来ない身体になってしまったのでは無いかと想像してしまう。
瓦礫を除けるような音や、痛み等で飛ばすであろう悲鳴等の声も一切聞こえない為、やはり本当に終わってしまったのだろうか。
「いった? え? どこに行くの?」
しかし、コーチネルにとっては聞こえ方にやや問題があったのか、ディマイオの意図する言い方と、コーチネルの受け取った意味で違いが生じてしまったらしい。ディマイオの言った『いく』の意味をコーチネルは誤って捉えていたようだ。
「その行くじゃねえよ。死んだって意味だよ。あいつの性格考えたら瓦礫とか吹き飛ばしながら襲い掛かって来てたんじゃねえのか今頃」
ディマイオは絶命の意味として先程の言葉を出していたようだ。短めに自分が言おうとしていた意味を説明してから、コーチネルから目を反らした上で瓦礫の山を見渡した。
エルフのあの強化された両腕であれば、強引に瓦礫を払い除けて再びコーチネルを襲う事が出来たはずである。しかし、今はもう出てくる気配が見えないし、足掻くような音も何も聞こえない。
「言われてみたらその通りよね。あいつかなり好戦的だったし、あの瓦礫の山に潰されちゃったのかな?」
瓦礫の下敷きになってしまったのは確実なのでは無いかとコーチネルも思ったらしい。
戦いを好む性格が原因で下敷きになってしまった、という解釈も出来てしまいそうだが、コーチネルとしては好戦的で危ない性格であったからこそ、瓦礫であっさりとやられてしまった事を喜んでいるという事を伝えたかったのだろうか。
「それ以外考えらんねぇだろうなぁ。一応だけどこっちゃあ床崩れた時に格子の方が崩れてだ、意外とあっさり逃げられたんだよな」
ディマイオも本当にエルフの最期を確信したのだろう。
そして、折角だから話をしておこうと考えたのか、自分を囲っていた格子がどのような経緯を辿って機能を果たさなくなったのかを話す。結論で言えば、格子が崩れた事で簡単に抜け出す事が出来たようだ。
「あ、そうだったんだぁ。てっきりあいつを何とかしないと消滅しないのかなって思ってたけどただ床に固定されてただけだったんだぁ」
コーチネルはあのエルフが出現させた格子に意外にもややこしい魔力等が灯っていなかったのかと、拍子抜けたような気分になった。単純な仕組みであったおかげでディマイオにとっても大した脅威にはなっていなかったのかと、少しだけ笑いすら口から漏らしてしまう。
「正直あの中にいる時はメッチャクチャ気分悪かったんだけどな。お前がやられてる時なんか冷や冷やしたし、昔のやな事も思い出すしよ」
勿論、ディマイオの言うあの中とは、格子の中を指していると思われるが、言い方を見ていると狭い空間に閉じ込められていた際に恐怖というよりは憎悪の方が強く出ていたという様子である。自分が何も援護が出来ない状態で目の前で仲間が痛い思いをしている様子を見る事が苦痛であったようであり、そして過去を何か連想させるような事もここで漏らしていた。
「あたしはだからそんなに弱くないからね? まあ途中ちょっと危なかったけど、あれぐらいならあたし1人で出来るから」
自分の事を心配してくれるのは悪い話では無かったのかもしれないが、弱いと思われては気まずいからか、コーチネルは自分で自分を強い存在として改めて認識させようとする。
しかし思い出すと確かに追い詰められていた部分もあったのは確かだったようだ。
「まあ実際んとこはあいつがやらかしたのが原因でお前は助かったって言った方が良かったかもなんだけど、まあ結果オーライって事にしとくか?」
突然ディマイオは現実だけを見たような言い方をし始めてしまう。エルフがもし床を崩していなければどのような展開になっていたのか、それは考えない方が良かったのかもしれない。
しかし、再び現実を見れば、床の崩壊という現実があったからこそ、エルフは逆に不利な状況へと追い込まれる事になったのだ。現実は戦う者を有利にも不利にもしてしまうという事なのだろうか。
「それは一応事実だとは思うけど、そうやって目の前でいちいち言わないでよ……。まあ反省はするけど」
コーチネルは決して完全な優勢とは言えていなかったであろうエルフとの戦いをディマイオから視線を逸らす形で思い出してみたようだが、あまり威張れるような戦いをしていたとは言えず、堂々と反発が出来るような気持ちにはなれなかったらしい。
だが、本当に自分1人だけだった場合、今ここで生きて喋るなんて事が出来ていたのかどうかを考えると、それも疑問点であった為、劣っている部分があれば改善はする必要があるだろう。
「それより、あの向こう見てみろ。埃も大分無くなったみてぇだけど、なんか面白れぇもんありそうだぜ?」
周辺の砂埃は確かに収まっているが、崩れた過程で辿り着いた下の階もただ部屋が1つ用意されていただけでは無く、奥にも舞っていた砂埃が収まったその先には、まるで2人を歓迎でもしているかのように通路が伸びていた。奥に何があるのかは今立っている場所からはディマイオでも分からなかったが、誘われているように感じたのは確かであった。
コーチネルに対し、通路に向かって指を差しながら声をかけた。
「向こう……あぁなんか通路みたいになってるわね。それと……如何にも誘ってるかのような光も見えてるわね」
言われたコーチネルも差された指の先に誘われるように通路の方向へ視線を向けた。そして、コーチネルの場合は通路の奥から光を見つけ出したようである。
しかし、それは奥に消えていき、再び通路そのものは奥が見えない闇への入り口へと戻ってしまう。
「どうせお前の事だ。行くっつんだろ?」
ディマイオ自身は通路の奥にある何かを確かめようとしていたのだろうが、自分が行く前に、まずは隣にいる少女の気持ちを確かめた。尤も、答えは初めから予測が出来ていたようではあったが。
「勿論じゃん? 怪しい道が見つかったなら行くしか無いじゃん? その為にあたしこの小屋に突撃したんだからさ」
怪しいものを見つけたのであればとことん進むしか道は無いと覚悟すら決めているのだろうか。
元は無謀にも単独で突入はしたが、密かにレフィに仕込まれた解毒薬で窮地を乗り切り、そして危険なエルフは後からコーチネルを追いかけて来るように現れたディマイオによって撃破されている。助けがあったおかげで今は無事に生きていると言えるが、丁度今は頼れる亜人の相棒がいるのである。
通路の先に何があったとしても、守ってくれる事を期待出来るからなのか、コーチネルには不思議と恐怖は一切湧かなかったようである。
最近は主人公であるはずのリディアの出番が全くと言っていいぐらい無いんですが、今は丁度彼女は異なる場所の洞窟で骨の魔物と争ってる最中なので、今はどうしようも無いのかもしれません。
そして最近感じてる事としてはディマイオとコーチネルのペアを個人的に好んでしまってる訳ですが、流石に下手に贔屓し過ぎるのも不味いのでちゃんと他のキャラにもスポットを浴びせるようには……努力しないといけないですね。




