第7節 ≪和解と別れ ~2日目の夕日が沈む時~≫
毎回書いてるように思えますが、本当にこんなペースで完結にまで進めるのかどうか分かりませんが、頑張るつもりであります。今回は一時的に出会ったディマイオとコーチネルとの別れになります。そして、再び仲間(?)になるであろう人物と出会います。ただ、完結にまで行けるのかどうか……。
旅は1人よりも、複数の方が安心する事が出来る
それは、自分が気付かなかった危機を防いでくれるからである
それだけでも、複数は非常に心強い
自分の足りない語彙を他の者が補ってくれる事もある
自分の不足分をフォローしてくれるなら、多少の事は目を瞑ってやるのも仲間意識というものである
「まあだけどお前、楽に解決してきたって訳じゃねえだろうよぉ。そん状態じゃあ」
敵対する相手をたった1人で殲滅させてきたであろうコーチネルに対し、少なくとも無傷とは言えない姿を見たディマイオは如何に厳しい場所から生き延びてきたかを想像する事になる。黄色の複眼のような眼はコーチネルの全身を確実に捉えていた。
桜色の甲殻で主要な個所を保護した武具にも擦れた痕や、敵対者の返り血らしき黄色の液体が付着している。
そして女性の性別で考えれば少なくとも中の下では無い形の顔にもまるで殴打を受けたような痣が残されており、性別を意識した白いミニスカートの下から伸びる太腿にも擦り傷と、そしてそこから僅かに滴る血が映っていた。
「確かにそうよ。まあちょっとどぎつい一発横殴りで受けちゃってさあ、倒れたとこをなんか馬乗りにされてかなりピンチにもなったんだけど――」
「別にそこまで興味ねぇよ。それより、他の村の連中とかはいたのか? おれとしちゃそこが一番気がかりになるとこだからよぉ」
コーチネルの戦いの記録には興味を持っていなかったようであり、ディマイオは手で払い除けるような動作をしながら無理矢理話を遮ってしまう。
しかし、やはりディマイオとしても心配なのは、このレイルの村の人々の中に生存者がいたのかどうかである。村は焼かれてしまっている為、住んでいた人々の事もやはり気になるだろう。
「あぁそれね……。残念だったけど、あたしが行った時にはもう……全員殺されてたのよ。まああたしが助けたその人は、多分最後の1人だったのよ」
少しずつ呼吸を整えながら、コーチネルはこの村を焼き払ったであろう者達が巣食う場所で見た、思い出したくも無いであろう光景を説明する。殺害の形がどうだったのかはコーチネル本人にしか分からない事であるが、中にはきっと自分の身体に痛みでも走るかのような殺され方をしていた者もいたのかもしれない。コーチネルの灰色の瞳が時折細くなった。
「っつうかお前始末したって事はその村襲った連中どもん事殺したって事だよなぁ? お前それじゃあ事情聴取とか出来ねぇじゃねえかよ」
きっとディマイオも村人が今目の前にいる男性1人を除いて全員が殺されてしまった事はしっかりと聞き取った事だろう。だが、ディマイオが一番意識したのは、村を焼き払った者達をそのまま亡き者へとしてしまって良かったのかという部分だった。
亡き者へとしてしまえば、もう反撃される心配は無くなるが、逆に取り調べをする事も出来ないのだ。
「いやいやそんなに問い詰めないでよ……。あたしだってちゃんとその辺は確認した上であいつら黙らせたんだから。そもそもあたしらの言葉なんて一切通用しない相手だったしさあ」
ディマイオから今回の任務の失敗を疑われたコーチネルであるが、決して彼女も無計画や思考無しで決断した訳では無かったようである。相手が言葉の伝わらない相手であれば、例え生かした状態で連行したとしても何も情報を得られない為、だからこその決定だったのだ。
仮に生かすにしても、相手を押え込む事に手間取ってしまえば、逆に自分が殺されてしまう可能性もあるし、そして実際に相手は複数である。本気で挑まなければコーチネルの命の方が危なかっただろう。
「人語が一切伝わんねえし、しかも使わねえ相手だったって訳か?」
コミュニケーションが出来ない相手だったからこその決断であると説明したコーチネルに対して、ようやくディマイオも納得をしたようである。何となく面倒な相手であると思ったのか、口調にも何だかだらしなさや力が抜けたような雰囲気が僅かに見えた。
「まあそういう事になるわね」
身体に受けてしまった傷の痛みや、乱れた呼吸はもう我慢が出来る所にまで達したのだろう。コーチネルは整えた口調で短く答える。自分の判断が決して間違いでは無かったという事を自分で認めたかったという表れでもあったかもしれない。
「そりゃ残念だなぁ。じゃあなんで村襲う必要あったのかが分かんねぇって事だもんなぁ。手がかりになるのはそいつだけって事か」
真相は事実用闇の中という事になってしまったが、しかし、直接の現場を見ていたであろう救助した男性であれば、僅かながらの情報を聴き出せると考えたが、ディマイオの外からは伺えない感情は決して明るいものでは無かっただろう。
「オレだけが頼り……なのか? でもいきなり襲われたからあまり詳しい事は……」
唯一の生存者である男性は、どういう訳か表情が怯えていた。もしかしたら凄まじい剣幕で問い詰められてしまうのだろうかと、元々殺される所を救助された直後であったから、まだ心が整理されていないのだろう。
だが、男性の不安を取り除くかのように、リディアが明るく優しい声を渡す。
「あぁいやいやそこまで不安がる事は無いと思いますよ! この人達別に貴方の事責めてる訳じゃないし、これから別に尋問とかするとかそんな事は無いと思いますから! だからちゃんとあった事をそのまま普通に話せば大丈夫ですよ! ね?」
リディアは男性の肩に手を置きながら、コーチネルにのみ指を差しながら男性の目を見つめる。コーチネル達は決して敵では無いのだから、もう少し肩の力を抜いてもいいだろうと、思っていたのだ。
最後の1文字だけの単語の時に、コーチネルにやや淡い青の瞳を向ける。
「リディアもなかなかいい事言ってくれるわね。そうよ、別に貴方が怪しい事とかをしてないんだったら大丈夫だから、だから少しだけ時間ちょうだいね?」
流石にコーチネルはリディアよりは優しい雰囲気を飛ばす事には慣れていなかったようである。やや強気な態度を男性に見せていたが、実際に男性に対してきつく取り調べを行うという事は無いと、きっとリディアは信用している事だろう。
それに、コーチネルは男性を直接救助してくれたのだから、男性にとっては恩人でもある以上、きっとこの場で一番信頼している相手であるはずだ。
「ってかなんでおれにだけは一切視線渡さなかったんだよ? 別におれだって尋問しようだなんて考えてねっつの」
リディアからは一切視線も渡されず、そして指も差されなかった為、まるで自分だけは救助した男性の敵であるかのような扱いを受けていると感じてしまい、思わず口に出してしまう。外見は人間では無く、亜人ではあるが、だからと言って男性を追い詰めるような事をするつもりは無かったはずである。
「分かる範囲ではちゃんと説明はするけど……」
男性はこれから忙しくなる事だろう。自分に覚悟を決める男性ではあったが、リディアの方は別の事を意識していたようである。
「所で、あの、この方に事情を聴くのは分かったんですけど、じゃあ……とりあえず私は、これからどうしよ……」
このレイルの村での出来事を深く調べる事はあくまでもディマイオとコーチネルの役目である。リディアはこの村の事を調べるよりも、ミケランジェロに会う事が優先である為、自分はこの場でどうすべきなのか、迷う事になってしまった。
「どうするって、あんたはミケランジェロさんの元に行くんでしょ? あたしとディマイオはこれからこの村の事で調査もしないといけないし、この人からもっと事情も詳しく聴いたりしないといけないから、これ以上は同行は出来ないわね」
コーチネルはリディアの予定を邪魔する事は無かった。自分達の役目と、リディアの今後の予定の区別は出来ているようであり、ここで一時的な別れをするかのように、それでも普段の強気な口調を崩す事無く話した。
「お前にはお前の目的があるってんならそっち優先にしろよ? こっちも暇じゃねんだから、いつまでも一緒にいるなんて出来ねぇぜ?」
ディマイオも同じである。リディアの予定を邪魔する事はせず、そして自身に課せられた使命の重さを伝えるかのように、わざと厳しいような態度を見せてリディアから距離を取らせようとする。
「あぁいやいや! 別にディマイオ達の用事の邪魔するつもりは無いよ! それに……今考えてみたら私結局助けられてた訳だし、またこれからもずっと助けてもらい続けるってのも2人……まあディマイオとコーチネルさんにも悪いから、ここから先は私1人で行くよ! ちゃんとね」
もしかしたらリディアはまだ自分が手伝わなければいけない事があるのかもしれないかと思い、これからの行動をどうすべきかを尋ねたのかもしれない。
だが、元々ミケランジェロとの再会はリディア自身が果たすべき使命であるし、思い返せば2人には危機を救ってもらってばかりであった為、流石にこれからの道の時までお世話になっていては一方的に不利益を2人に与える事になるはずである。
思い出すと、自分だけで今までの危機を乗り越えられたとは考える事が出来なかったようでもある。
「別にこっちゃあ助けた気なんてねんだけど、お前がそういうならじゃあ感謝されといてやるよ」
あまり素直では無いのか、それともただ自分にとってその場で取るべき行動を何となく取っていただけだったのか、ディマイオはしょうがなく、と言った感じでリディアの気持ちを受け取る事に決めたようである。
「ってかなんでディマイオってリディアからタメ口で喋られてんの? 今ちょっと思ったんだけど」
今気付いたのだろう。コーチネルはリディアからは年上として扱われているのに、逆にディマイオはまるで同い年であるかのように扱われているのだ。首を僅かに傾げながら、リディアから理由を聞き出そうとする。
「あ、いや……ま、まあそれはえっと……なんていうか……」
もしかして、ディマイオに対してとんでもない態度をし続けていたのかと、リディアは自分の今までの態度に罪悪感を覚えながら何とか返事の言葉を探そうとするが、どうしても頭の中から持ち出す事が出来なかったようである。見つける前に、ディマイオの助け舟が入る。
「別にそんなもんおれにとっちゃどうでもいっつの。じゃあおれとしてもなんでお前がリディアに敬語で喋られてんのか疑問なんだけどなぁ」
ディマイオは決してリディアから丁寧に扱って欲しいとは考えていなかったようである。寧ろ、どうしてコーチネルの方はリディアから目上として扱われているのかを理解する事が出来なかったようである。
ディマイオからすると、どちらが上なのかはどうでも良かったのかもしれない。続けて、ディマイオはリディアのコーチネルに対する態度を変えさせるかのような、あまり言うべきでは無い内容を口に出してしまう。
「っつうかリディア、お前だってさっきこいつにすげぇ事言ってただろ? 白パンおん――」
「あぁちょちょちょ!!! それは言わなっ!! だっだだダメ!!! 言わない!!」
酒場で思わずリディアが口走った言葉をディマイオは、一番聞かれてはいけなかったであろうコーチネルの目の前で躊躇いも無しに記憶の中から表へと出してしまったのである。
当然リディアはその言葉の重たさを一番理解しているからか、ディマイオのマスク状の口元を乱暴に押さえ込もうと右手を乱暴に伸ばすが、きっと手遅れだった事だろう。発せられる言葉も辛うじて相手に何となく理解されているかのような非常に聞き取りにくい形で発せられていたが、これも手遅れだっただろう。
「……あぁそういえばさっき言ってたわね。あたしの事さっきあの町から出る時に。ちょっと忘れかけてたけど、なんか苛々してたんだったわね。あんたに対して。でも思い出させてもらって良かったわ」
コーチネルはやはり完全には忘れてはいなかったのである。自分の事を卑下したであろう内容のあの発現をリディアが飛ばしていた事を、ディマイオの発言によって正式に思い出し、明らかに機嫌が悪そうに細く整った眉を揺らす。要するに、怒り出した証拠である。
「もしかして……ディマイオのせいで……思い出しちゃった……とか?」
リディアはゆっくりとディマイオから右手を話しながら、コーチネルが怒り出してしまった原因を静かに口に出す。
「なんだよ。おれのおかげで思い出しちまったか? っつうかこういう話ってあんま堂々と口に出さねぇ方が良かったのか?」
人を怒らせてしまうような記憶を蘇らせてしまった事に対する罪悪感が無いからか、ディマイオは良し悪しの自覚を理解しない普通な口調でリディアへと答えを求める。
自分だけでは理解する事が出来なかったのか、腕まで組み始める。
「ってなんでディマイオそんな偉そうに、んでもってちょっと堂々とした感じで言ってるのよ? そう思ってたんだったら最初から言わないでよ……」
リディアもディマイオの種族が持つ感情や思考を理解する事が出来ず、ディマイオの現状の態度を疑問に思う事しか出来なかった。出来れば言う事によって災いが発生する事を少しでも予想していたのなら、初めからそれを口には出さないで欲しかったのだ。
「でも良かったわ。あんたがあたしに対してそういう風に思ってるって事が分かったから」
まるで失望したかのような目つきでリディアを見据えていた。コーチネルの口調は非常に冷たく、このままこの話題が続いてしまえば人間関係に罅が入り兼ねないような雰囲気である。
左手で白いスカートの裾を股間の前でやや強く握っている所が可愛く見えるが、当然それを口に出せば終わりである。
「あぁいやいや違うんですって違います!! あれはただ……えっと、その……あの、本当に私の敵に……なったと……思ったので……」
まるで友達に対して口を滑らせた事を必死で誤魔化すかのように、リディアは焦った口でひたすら自分のその時の思いを伝えるが、コーチネルの茶色の瞳に灯る怒りがどんどん強くなるのを直接確認した為、言葉からは自信が徐々に消えていく。
「だけどああやって口に出したって事はあたしの事普段からそうやってずっと思ってたって事でしょ? あんたも同じ事言われて気分いいの?」
コーチネルはリディアの目の前にゆっくりと歩み寄り、人が1人通る事すら出来ないような距離にまで、正面同士で向かい合う。
きっとコーチネルはあの時自分に言われたあの内容が、咄嗟に思い付いた事では無く、普段から思っていたからこそ、仲間としての絆が無くなったのをいい事に口に出したのだろうと疑っているのだ。
「いや……べ、べっべ別にそんな事は思って……無いですって……。ただあの時は仕返し気分で言ってやろうと……思って……」
決して掴み掛られた訳では無かったが、だけど接近された事に危機感を覚えたリディアは、言葉を慎重に選びながらも、やはりあの時は何かしらの反撃をしようと企んでいたと正直に話した。
「あんたも髪型子供っぽくてダサいとか、その色がケバいから気持ち悪いとか言われたらそいつの事ブン殴ってやろうとか思わない?」
コーチネルはリディアから視線を逸らしたが、それはきっと耳の前に垂れ下がっている揉み上げに目をやっていたのだろう。紫の色で支配された髪と、未成年である事を意識したような髪型について、もし責められたらどうするのかを考えさせようとする
「それは……ま、まあいや……ですね。これ一応……地毛ですし……。でも殴る……まではいかないですけど……」
(私の事そんな風に……思ってたの?)
いざ言われたとしても、本人からすれば髪色は産まれた時から決定されている事である為、責められたとしても対処は不可能に近いだろう。染めれば話は別だと思われるが、それよりも例え地毛や髪型に対して責める者がいたとしても拳で仕返しをする気は無かったようだ。
あくまでもこれは例文としてリディアの髪を責めただけだったのかもしれないが、言われたリディアからすれば自分の事を本当に責められていると感じた為、それだけは無視する事は出来なかった。
「っておいコーチネルお前もういいだろ? 元々こっちがいきなしリディアん事捕まえたんだしよ、事情が分かってなかったんだったらしゃあねえだろ。もう互いに事情も分かってんだからそんぐれぇにしてやれよ」
コーチネルの後ろから、ディマイオがやってくる。肩を引っ張り、責める事を辞めさせようとする。リディアに対して仲間意識が生まれたおかげで、ディマイオもこれ以上リディアが問い詰められる所を見続ける事が嫌になってきたのだろう。
「だってリディアったらあたしの格好の事で悪口言ってたからどうしても……ってまあ分かった。確かにあたし達もあの時はちょっと強引に作戦につき合わさせてたから、まあいい事にするわ」
一応コーチネルはデリケートな部分でリディアから悪口のように追及されていたのである。だが、ディマイオの呆れたかのような首を倒す動作に何か自分への不味さを思い知ったのか、自分のしつこさに多少反省を加えながら、茶色の瞳をどこか寂しそうに細めた。
「いや、私の方こそ、思わず思っても無かった事を口走ったのは……ごめんなさい」
(でも私はあくまでも服装の事言っただけだったのに、私の身体の事言ってくるのも酷いんじゃないかな……)
リディアも元々は自分の発言が原因でコーチネルを怒らせていた為、それが本音では無かったにしても、やはり謝る事は適切な行為だった事だろう。
とは言え、仕返しが同じく服装の文句では無く、産まれ付きの身体的特徴である髪の事であった為、それが本音だったのか、あくまでもその場での思い付きだったのか、どうしてもそれが引っかかっていたらしい。
しかし、また事が大きくなると思い、それを口に出すような事はしなかった。
「っつうかお前もお前だぜ? そんな見られてギャーギャー言うんだったらなぁ見えねぇ格好にしたらどうなんだよ? あぁ?」
決してディマイオはコーチネルを甘やかそうとは考えていなかったようでもある。確かに見られた事が今回の憤怒の原因であるなら、原因から解決すべきであると、特殊な面への知識の無いディマイオは非常に単純な解決策を提示する。
「別にそれはディマイオには関係無い話でしょ? 男には分かんない事情があるのよ」
例え見られてしまうリスクがあるにしても、自分達と性別の異なるディマイオには理解する事が出来ないものがあるのだろう。コーチネルは仲間外れにするかのように、ディマイオに言い放つ。睨みつけるその視線がどこか怖い。
「別に人間の事なんておれ知らねぇっつの。あんな布切れ1枚で見られてギャーギャー言うならじゃあ脱ぎゃいいじゃねえかよ。それならお前も嫌じゃね――」
「ってあんたなんでそんな最低な事言うのよ!! 変態オヤジかっつの!!」
ディマイオは人間が着用する下着の深い意味を把握していなかったのだろうか。それとも、あくまでも下着を着用している姿を見られるから恥ずかしいと思ったのだろうか。だとしたら、着用する事を諦めれば良いのだと考えたが、それを口に出した瞬間、近い距離からコーチネルの罵声がディマイオへと届けられる。
恐らく、下着そのものより、その奥を見られる方が数倍以上は恥ずかしいはずであるが、ディマイオにはそれが分からなかったようだ。
「って耳元で騒ぐなようっせぇなぁ! 見られたくねんだろ!? じゃあ無きゃいんじゃねえのかよ!?」
「中見られる方がもっと恥ずかしいから! それぐらい分かれっつの!!」
ディマイオだって人間と同じ聴覚がある以上、近距離で怒鳴り声を浴びせられたら聴覚に異常でも起こしてしまいそうな気分になるだろう。まるで人間の女の子の気持ちを理解する事の出来ないディマイオは未だに反発を続ける。
コーチネルも女子としてのプライドがあるからか、秘密の部分に対して一切の罪悪感を持たないディマイオに向かって、下手をすればそのまま仲間関係が崩れるかのような剣幕で怒鳴り声を再び浴びせる。
「って2人とも何やってるんですか!? 今度はこっちで言い合いですか!? ってかディマイオ、今のは……女の子に言う事じゃないよ?」
間に入りながら口喧嘩を止めに入るリディアだが、どちらかと言うと、同じ女子同士であるコーチネルの味方だったようである。蔑みの目付きで、ディマイオを見ながらリディアはトーンを落とした声でそう言った。
「今結構割と本気で殴ろうと思ったけど?」
性的な話は例え無自覚だとしても、女の子の前ではするものでは無いのだろう。リディアの静止が無ければ、コーチネルは拳をディマイオにぶつけていたのかもしれない。
「ってなんだよ……。今度はおれが悪モン扱いかよ……。悪かったなぁ、おれは人間の女の事なんてなんも分かんねんだよ。もう勝手にしろ!」
一応先程はコーチネルとリディアの軽度とは言え、口論を止めた身である。なのに、今度は折角止めたディマイオがその2人から敵視される事になってしまい、未だに明確な理由を把握する事も無く、悪くなってしまった空間から逃げるかのように、文字通り、その場から離れてしまう。
その歩き方は不機嫌そうにも見えた。
「っていやいやそうじゃなくて! ただえっと……その……」
リディアの意図を間違えて受け取ったのだろう。リディアは訂正をする為にディマイオを追いかける為に駆けだそうとするが、コーチネルに左腕を掴まれ、止められる。
「あぁリディア、いいのいいの。大丈夫だから! いつもあんな感じだけどちゃんと最後は仲直りしてるからさ!」
先程までは最も精神的な大打撃を受けていたはずのコーチネルだが、ディマイオの不貞腐れた様子を見て、彼なりに反省してくれたとでも思ってやったのかもしれない。それに本当に仲が悪くなってしまえばコーチネルにとっても不利益となる。だからこそ、敢えてここはもうそれ以上責める事はしないと決めたのだろう。
「そ、そうなんですか? だったらいいんですけどね! いいんですけどね!」
(怒りの矛先向こうに向いてくれたのは幸いなのかな?)
ディマイオとコーチネルの普段の関係をよく把握していないリディアとしては、コーチネルの説明をただ信じるしか無かったようである。
そして何より、リディアへの怒りが反れてくれた事を素直に喜ぶべきであるが、当然それを口には出さないでおいた。
「あ、そうだ、それとコーチネルさん、あの、さっきのえっと、あの件ですけど……」
リディアへの怒りが消えている内に聞いてしまおうと、リディアはコーチネルに話を持ち掛けるが、振り向いてきたコーチネルは疑問形を思わせる表情を作っていた。
「あの件? 何の事よ?」
案の定、コーチネルには内容を理解してもらう事は出来なかった。待っていてもきっと内容を理解してもらうのは不可能だろう。ここではもうリディアの方から説明を入れるしか無いだろう。
「えっと、あれですよ。治安局の方には、私の誤解は説明してくれたんですか?」
ある意味ではリディアが最も不安に感じていた事だろう。まだこの事に関しては本当に説明を入れてくれたのかどうかを聞かされていない為、直接聞かない以上はどうしても不安を取り払う事は出来ないのである。
リディアの表情に少し暗いものが混じってしまう。
「まあそれは大丈夫。ちゃんと説明はしといた。だからもうあんたは指名手配とかされる心配も無いし、他の町でも捕まるって事は無いわよ」
腰に手を当てながら、誇らしげにコーチネルは説明をする。自分の使命は果たしたから、それを意味する為に格好でも付けようとしていたのかもしれないが、いずれにしてもこれでリディアが無実の罪で拘束される心配は無いのである。
「良かったです! それなら、じゃあ大丈夫ですね! 良かったです!」
緊張の糸が全て抜けきったかのように慢心の笑顔を作り、自分が無事に解放された事をリディアは受け止めた。何となく身体を揺らした際に一緒に揺れた紫のポニーテールも一緒に喜んでいるかのように見えた。
「あたしがそういう重要な事忘れる訳無いでしょ? それとも、酒場であんたの事、まあ作戦の1つだったとは言え捕まえたりしてたから、連絡しないとでも思ったりしてた?」
自分が疑われていたと感じたのだろうか。リディアの額を前髪超しに人差し指で押して見せる。コーチネルだって、すべき事を忘れるなんて事はしないのである。先輩であるかのような口調である以上は、リディアよりも劣った部分を見せてはいけないだろう。
「ま、まあ多少は、ちょっとは疑ってた所……ありましたね……」
酒場で捕らわれようとしていた事もあってか、あの時はどうしても疑わざるを得ない状況に追い込まれていたのである。だけど今は単なる作戦の1つだった事が分かっている為、もうコーチネルを疑う必要はリディアには一切無いのだ。
「じゃ、とりあえずさ、あたしはそろそろディマイオの事追いかけないといけないから、じゃああんたはあんたでちゃんと頑張りなよ! んで、所で行き先は決まってるの?」
先程の救助した男性はディマイオと一緒に行ってしまっていたらしく、その場に残されていたのはコーチネルとリディアだけである。ディマイオの進んでいった方向を指差しながら、コーチネルはリディアとの別れを意識してか、笑顔の裏で僅かな寂しさを浮かべる。
だが、リディアの詳しい行き先を聞いていなかったのか、確認もまたここでする。
「言われてみれば……実は決まってなかったですね。今ミケランジェロさんがどこにいるか……ちょっと連絡入れてみますね」
別行動をこれから取る事になるとは言っても、リディアにはこれから向かう先がまだ決められていなかった為、小型の通信機を腰の赤いポシェットから取り出した。これから出会う相手にこれから向かうべき場所を聴こうとするが、起動させる前にコーチネルから助言を聞かされる。
「じゃないとまあ動きようが無いだろうね。あ、もし連絡が繋がらなかったらだけど、この周辺の事を考えると、ムカビの町に向かった方がいいかもしれないわね。ここから一番距離が近いし、あんたが最初に来た方向、えっと、シミアン村だったっけ? そっちにいないんだったらもうそのムカビの町しかあんまり考えられないからさ」
コーチネルもやはり相手から場所を指定されなければ動きようが無い事は理解していたようである。連絡が出来なかった時にどこに向かえば良いかを教えてやる事にしたようだ。土地の環境を考慮すると、どうやらそのムカビの町へ向かうのが最善の道らしい。
「ムカビの町、となるとあそこは鉄橋がかかってるから列車に乗らないといけないですね」
その町へ行く事は頭に無かったらしいが、だけど町の名前だけは知識として残っていたようだ。リディアは通信機を握りながら、交通手段の事を意識し始める。
「連絡いれようとしてるとこを邪魔して悪かったわね! それじゃ、あたしは本当に行くから……あ、そうだ!」
これからの連絡を結果的に妨害してしまっていたコーチネルはそれを謝罪した上でその場から去ろうとするが、何か思い出したのか、またその場に留まってしまう。
「え? 今度は……なんですか?」
纏めて聞いてしまわない所に対し、何だかリディアは戸惑いを感じてしまうが、それに対しては特に怒り等を見せる事をせず、普段の優しさでコーチネルからの次の要求を聞き入れようとする。
「一応連絡先教えて! ずっと前から聞こうと思ってたけど、ちゃんと聞いといた方が後々に役に立つと思うから、教えてくれる?」
コーチネルはリディアのように携帯型の通信機は所持していないが、通信局等の機関に行けば、そこで連絡手段を得る事が出来る為、その時の為にリディアから連絡の為の番号を聞こうとする。
今日になって、やっとゆっくりとそれを聞く事が出来るようになったようである。
「連絡先、ですか? ちょっと待ってくださいね。ちょっとメモしますから」
ポシェットからメモ帳とペンを取り出し、一度右膝を立てるような体勢になる。膝を台代わりにメモ帳に自分の番号を記載し、記載した1ページ分だけをメモ帳から切り離す。
「これ、ですね」
立ち上がり、そして切り離した紙をコーチネルへと手渡した。
「ありがと! じゃ、今度こそ本当に行くから! それじゃ、あんたも気を付けなさいよ!」
コーチネルの言葉の通り、再び用事を思い出してその場に留まる、という事は今回こそは無かったようである。赤みを帯びたショートの銀髪を揺らしながら、コーチネルはリディアへと背中を向けるなり、そのまま走り去っていく。
「分かりました! コーチネルさんも!」
たった1日程度の同行であったが、いざ離れられてしまうとなると、リディアにとっても少し寂しげなものを感じる事になるだろう。声だけは明るかったリディアでも、また1人だけになってしまうとなると、寂しさは勿論、心細さもあるかもしれない。
だけど単独で旅をする事に慣れていない訳では無いのだから、ここで弱っていては話にならない。今自分がしなければいけない事は、通信機を使い、ミケランジェロと連絡を取る事である。
「さてと……」
通信機のボタンを押し、耳に当て始める。まずは連絡を取れるかどうかを確かめなければいけない。もう誰もいない為、邪魔をされる心配も無い。
「繋がるかなぁ……」
青い瞳をやや細めながら、相手と繋がるかどうかを待ち続けるが、その瞳の様子を見ると、あまり期待をしていないようにも見えてしまう。通信音だけがリディアの耳に入り続けるが、一番聴きたいのは通信音では無く、相手からの声である。
しかし、聴こえる事は無かった。
「やっぱり駄目かぁ……。じゃあ鉄道の方に向かうしか無いか……」
予想をしていたとは言え、だからと言ってそれは喜べる事実では無い。溜息を吐きながら通信機を腰のポシェットにしまい込み、村の出入り口に視線を向ける。向かう先はもう決定している。
今日の事でそれなりの疲れが溜まっていた事だろう。それを少しでも払い除ける為に、一度大きく溜息を吐くと、真っ直ぐと出入り口に歩いていく。
*** ***
(そういえば聞きたい事も色々あったけど、時間が無さすぎたかな)
移動機で乾いた空気の流れる砂地を進みながら、コーチネルから聞き出す事の出来なかった事を思い浮かべていた。
そろそろ日も沈み始め、流れる空気も冷たくなっていたが、袖が長い水色のワイシャツを着ているリディアにとっては、丁度いい涼しさであった事だろう。
(ってかなんでコーチネルさんって、あの場所にいたんだろ……? 理由聞いてなかったよね)
あの場所とは、リディアが花の姿の怪物と戦い、尚且つ身体を拘束されていたコーチネルと出会った場所である。確かにそこで出会ったと言えば事実であるが、どうしてあの場所にコーチネルがいたのかまではまだ聞いていなかった為、今の空間ではそれを知る事は事実上不可能である。
(それからディマイオってどんな戦闘スタイルだったのかな……? ちょっと見たかったのに)
本来であれば、あのレイルの村でディマイオの戦う姿を見る事が出来たはずである。だけど決着はリディアとディマイオのいない場所で付けられてしまった為、結局ディマイオの戦う姿を見る事は出来なかったのだ。
人間では無い種族の者が、一体どんな武器を扱い、どんな体術を使うのかを見たかったリディアであったが、それは叶わなかった。
空が本格的に夕日の色で染まり始めた頃に、リディアは目的の場所へと到達する。
それは崖と崖を結ぶ鉄橋の上を走る列車であるが、ここの列車には乗務員は存在しない。無人で動かす事の出来る仕組みになっており、駅で停車している列車に乗り込み、乗車した者が装置のボタンを押す事で自動で向こうの崖まで行く事が出来るのだ。
本来は装置の維持費や修繕費等を確保する為に利用者から料金を徴収すべきだと思われるが、元々人の少ない環境の設備であるが為に、魔物等に襲われるリスクを考えて、無人のシステムにしたのかもしれない。人を置くにしても、魔物に襲われた際の人命的なリスクを考えれば、人を置かずにした方が安全だと最終的に決定されたのかもしれない。
「えっと……たしかこれどうやってやるんだったっけかな……」
存在自体は知っていたが、操作の仕方はあまり理解していなかったのかもしれない。
隣には鉄橋の上に敷かれた線路が向かいの崖に向かって真っ直ぐと伸びており、列車も1両、停車している。入り口は列車の脇に用意されているが、ドアは無い為、走行中は入り口には近寄らない方が良いのかもしれない。
リディアが今触ろうとしているのは、正方形に切り揃えられた石の上に設置された機械で、左右にあるのは、上下に動くであろうレバーであり、そして天辺に設置されているのは、赤いボタンである。砂埃等で汚れたボタンであるが、中央に設置されているのを見ると、そのボタンが最終的な決定を下すようにも見えてくる。
「確かこれ左右のレバーを……一緒に下げるんだったっけかな」
昔は使った事があったのだろうか。
僅かな記憶を信じながら、両脇に備えられたレバーにそれぞれの手を添える。
下に向かって自分のそう高い数値を出していないであろう体重をかけ、ガチャンという音と共に、両方のレバーを下部へと落とした。
「ここを超えればやっと会えるのかな。最近は変な奴にも狙われたけどもう疲れてどうしようも無いかもねぇ~」
レバーを下ろした後は、中央に設置された赤いボタンを押すだけだと思われるが、リディアは自分しかいないこの駅で、両腕を夕日に染まった空に向かって伸ばしながら気の抜けた口調で独り言を飛ばす。
周囲に人がいれば恐らくは心で呟いていたと思われるが、自分しかいない時は緊張感も一気に抜けてしまうものなのだろう。そして、その変な奴の事が、今日リディアと同行した男女の事では無い事を祈りたいと言えよう。
「っつうか、今の女の子って恥とかそういうのって無いのかなぁ~。短パンでも穿いてたらパンツ見られないで済むのに何でそんな事も思い付かないんだろ。そんな簡単な事も思い付かないってもうバカとしか言いよう無いよね~。あぁ私は勝ち組なのかな~」
自分しかいないからなのか、そして今日1日の疲れの影響で精神の方が緩んでしまっていたのだろうか、リディアはどうせ誰にも聞かれていないだろうと思ったのかもしれない。
女の子同士であってもあまり話題にすべきでは無いような性的な事を、リディアは自分だけの世界に入り込んだかのような考えで脳内を支配させながら口走る。それなりに声も大きかった為、隣に人がいれば、今口に出していた内容を全て正確に聞かれてしまう事だろう。
そんな気の抜けた態度のリディアの背後から、歳若い女性の声色が飛んでくる。
「ねぇ貴方もそれに乗るの? あたしも乗るからちょっと待って!」
歳若いというよりは、少女の声であった。リディアもトーンは高い声色を持っているが、現れた別の女の子はリディアよりもやや高いトーンの声を持っており、そして外見的な年齢もリディアと殆ど変わらないものがあった。
赤い半袖シャツの上に、茶色の袖無しのジャケットを着用している。ジャケットの丈は胸よりやや長い程度のものであり、華奢な体躯を思わせる細い腰のラインが現れている。半袖シャツからは指先に穴が開いた黒いアームカバーが伸びている。
「うわっ!! ちょっちょっ……ビックリしたぁ……。あ、あぁえっと、乗る……んだね。ま、まあ別に大丈夫だけど……」
肩からビクっと震わせながら咄嗟にリディアは振り向いた。茶色のジャケットの女の子の表情は冷静ではあるが、心の奥では気まずい気持ちも出てきていたはずだ。
眩しくも愛らしさを思わせてくれるライトブラウンのショートの髪のその女の子は、リディアの乱れかけた呼吸を見て心配そうに尋ねる。
「あの……大丈夫? 凄い驚いてたみたいだけど」
きっとここまで驚くとは思っていなかったのだろう。罪を感じながら、リディアを心配する。
「いや、そんないきなり後ろからやってきたら多分誰だって驚くと思うけど? え、えっと、それと確か乗るんだったっけ? だったら先に乗って! 私が作動させるから!」
リディアは停車中の列車を指差しながら、ライトブラウンの髪の女の子に伝える。
しかし、これからしばらく2人きりになると言うのに、初対面で取り乱してしまったとなると、相手の女の子にとってはあまり良い印象を受けない可能性もあるだろう。会ってすぐに変な奴だと思われれば、それはリディアにとっては悲しい話である。
「分かった!」
特にリディアの様子に対しては不満等を抱いてはいなかったようである。軽く笑顔を作りながら、駆け足で列車の中へと入っていく。赤い色をした短いスカートを揺らしているその後ろ姿を見て、リディアは先程自分が何となく漏らしていたあの独り言の事で何か嫌な事でも思われていなかったか、不安になってしまう。
しかし、それでは話も列車も前に進まない為、ボタンを押すなり、リディアも列車に駆け足で乗り込んだ。
席は壁に貼り付けるように設置された縦長の1つの椅子で構成されており、座った時は自然と列車の中央を向く形になる。乗り合わせた女の子の真正面にリディアは座り込む。
徐々に列車は加速し、出発駅からどんどん遠ざかっていく。外は暗いが、列車内には灯りも自動で光るようになっていた為、視界が悪くなる事は無かった。
リディアはこの列車の先で自分が会いたがっている相手にやっと出会えるのかと、列車の進行方向に顔を向ける。何だか短いようで長い旅ではあったが、崖の存在が2つの世界を隔離していたかのように見えた為、その上を走っている列車の存在がまるで異世界へ通じる特別な物に感じてしまう。
乗り合わせた女の子の事を忘れようとしていたその時、相手から唐突に話しかけられる。
「所で、女の子って下に何か穿かないとバカなの?」
互いに名前を知らないという理由もあるが、ライトブラウンの髪の女の子がリディアを真っ直ぐ見つめながら、表情に出さずに問う。
先程のリディアの独り言に対しての疑問だろう。
「は? え、あ、いや、あの何いきなり聞いてんの? 突然何聞いてんの?」
身体を飛び上がらせるように驚いたリディアであるが、勿論質問された内容に関してはしっかりと把握していた事だろう。だが、内容が内容なだけに、リディアの方は平常心を保ちながら答えるという事が出来なかったようである。
表情には明らかな焦りが見えている。
「さっきこの列車に乗る前に1人で言ってたのが聞こえてたのよ。見える格好する女の子はバカだって言ってたよね?」
聞かれていたのはリディアでも理解はしていただろう。だが、それを相手から直接聞かされるとなると、またリディアの焦りは更に増加される事になる。目の前の少女は、自分の服装を貶されているような気分を覚えている可能性がある。
「はぁ!? いやいや何微妙な事盗み聞きしてしかもなんかその……えっと……結構割と正確に覚えてんの!? いや、あれは普通に独り言だから無視してって! ホントに!」
同じ女の子同士だというのに、口から漏らしていたあの言葉を記憶された事に対し、リディアはもう落ち着いて等いられなかったのである。それでもあの独り言の要因である女の子の赤いスカートにどうしても目が行ってしまう。
女同士であるから、色白でスリムを思わせる丁度良い太腿には性的な感情は出てこないが、その奥はリディアのようにもう1枚着用しているという事は無いだろう。
「でもそれじゃああたしもバカだっていう事になるよね?」
リディアの向かいに座っている女の子は自分がどう見られているのかを悟ったのか、スカートを両手で強く握り締めながら押さえ始める。声を詰まらせたり、噛んだりする様子は見せていないが、緑の瞳は明らかに敵意のような雰囲気を漂わせている。
「いやだからあれは独り言で……そ、そそそれに別にどういう格好しようが勝手じゃん!? 勝手っていうか、まあ個人個人の? だからあれはもう無視して! 無視!」
リディアとしては、もうスカートの話題からは離れたかったのである。ただの独り言のせいで、初めて出会った相手から嫌がられようとしているのだから、自分の独り言を恨むが、恨んだ所で相手の感情は変わらない。
そして、やはり目の前の少女のまるでおかしな物でも見ているかのような目つきがまた恐ろしかった。取り乱しながらも必死でその達者な口を動かし続けているが、その行動そのものもまた不信感を植え付けてしまっているのかもしれない。
「独り言だっていうなら、分かった。そうする」
リディアの願いが通じたのか、それとも、リディアが必死であったからそろそろ安心させてあげようと思ったのか、ライトブラウンの髪の女の子はガラスの貼られていない窓に左腕を乗せながら、進行方向である左側へと顔と身体を向ける。
「そ……そう……?」
(絶対これこの子から変な奴だって思われてるパターンじゃん……)
今はリディアから視線を逸らし、列車の進行方向を見つめてるが、列車内でのあの騒ぎ声は決して相手に対して良い印象を与えていなかっただろうと、思い込んでしまう。
恐らくは相手の方からさっさとこの列車から解放されたいと思われているだろうと考えると、リディアは自分のこの落ち着きが無い性格を反省するしか無かった。電車から降りた時が、もう目の前の少女との永遠の別れの時だろう。
再び数分の沈黙が列車の中を支配する。聞こえるのは列車の揺れる音だけであり、人間の声は一切聞こえはしなかった。本来であれば、この環境こそが当たり前の状態だったのかもしれない。リディアからすれば、目の前の女の子は他人当然であり、今の時点では仲間になる理由は無いのは勿論、話しかける理由も本来であれば無かったはずである。
しかし、リディアはその場で黙る事は出来なかったようである。何故か、目の前の女の子に何かしらの興味を持ったのである。
「あ、あのさぁ……今頃思ったんだけどさぁ……」
視線を逸らしている目の前の少女に対し、リディアは再び話しかける。何か自分と共通する部分でも見つけたのだろうか。
「ん? どうしたの?」
特に考え事をしていた訳でも無かったのか、目の前の少女はリディアと視線を合わせてくれた。
「あ、いや、1人でここまで来たのかなぁって思って。っていうか貴方も今1人旅の最中なのかなって思って」
リディアはここまで来るのに、様々な危険と出会ってきたのである。目の前の少女もリディアと同じ目に遭っていたのかどうかは分からないが、女子の一人歩きが危険である事をよく理解しているであろうリディアにとっては、聞かずにはいられなかったようだ。
「『思って』って2回言っちゃってるよ?」
文法の指摘である。
自分で話している時はなかなか気づかないものであるが、リディアが指摘された部分は確かに文章にした場合は妙な形で映ってしまう事だろう。目の前の女の子は人の話し方をよく見る性格なのだろうか。
「って別にいいじゃんそれぐらい! ま、まあえっと、その、1人旅の最中なんだっけ?」
リディアとしては、多少文法の組み合わせがおかしくても、相手に伝わればそれでいいという考えがあるからなのか、細かい指摘をされた事実を無理矢理に流すと、再び本題へと戻ろうとする。
それでも、やはり自分の話し方にどこか欠陥が残り続けているのかと、どこか不安になってしまう。
「1人じゃないわよ。先に友達の方が向かってたから、遅れてあたしもこれから向かうってだけよ」
今は単独で行動しているように見えても、実際は仲間と一緒に行動していたようである。リディアの勘違いをその場で伝え、現在の状況を手短に説明する。話し方は冷静で、特に話し方を面白くしようとしているようには見えない。
「なるほど……ね。因みに私は1人旅の最中だったから、えっと、こうやって誰かに会えたりするとなんか嬉しくなっちゃうんだよね」
まだ目の前の少女はリディアに対して好意的な表情を見せていなかった為、何とかして自分の事を好きになってもらおうとリディアは必死だったのかもしれない。あれこれ話をする事で、心を通わせられるかと期待をしていたようであるが、相手からの対応は素っ気無いものばかりである。
そして、今の台詞を出してから数秒、一切相手からの返事は無かった。
「あ、えっと、ごめんね! 別にそっちは私なんかに興味とかは……無いもんね……」
(ヤバいかも……。私なんでこんな自分のペースで喋っちゃってるんだろ……)
自分と相手の考え方が一致しているとは限らない事に今頃のように気付いたリディアは、受け取ってもらえるのかどうかも疑わしい謝罪を焦るように飛ばす。
表情の裏でどこか面倒そうな心境でいるであろう少女の事を考えると、何だか列車に同乗した事が不運の一種でもあったのかとマイナスな方向に感情を進ませてしまう。
「謝らなくても大丈夫よ。貴方が明るい性格だっていう事はよく分かるから」
目の前にいる女の子は表情を特に変える事も無く、リディアの性格を見抜いた事をリディアに伝えてくる。そして再び列車の進行方向に顔を向けた。
「そ……そうかな?」
それでも友好的には聞こえない口調であった為、どうしてもリディアはそれをすんなりと認める気にはならなかったようだ。しかし、静かにしてみると途端に身体の奥から忘れかけていた何かが込み上げてくるのを感じる。
それは疲れである。求めるべき相手に近付く為に道を進み続けていたリディアであるが、ゆったりとは進ませてくれない現状であった為、頭を支えているだけでも辛くなってきているのが自分でも分かった。瞼も徐々に重くなり、もうこのままでは体勢を崩してしまい、予期せぬ物理的な衝撃を受ける事になってしまうかもしれない。
そして、リディアの両側には寄りかかれるような場所も無い。座っている椅子は横長である為、取っ手等のように腕を置ける場所も存在しない。
かと言って、椅子の上に横になってしまえば、それは目の前の少女から行儀の悪さを疑われてしまう。だけど眠気には勝てない。
とりあえず、自分の膝の上に頭を落として、そこで力を抜く事を決めた。身体から力を抜いた途端に、睡魔に襲われる。
目の前の少女から何を思われているのかを気にするだけの気力は無かった。そして、いちいち眠る事に関して確認を取る気にもならなかった。
列車の終点で、何者かが待ち伏せをしていたのだが、眠っているリディアと、何も知らずに終点まで待ち続けているライトブラウンの髪の女の子は、列車が止まるその時を待つしか無かった。
今回の最後で出会った少女ですが、ゴッドイーター2レイジバーストの方でマイキャラとして頑張ってくれてるキャラを採用させて頂きました。最近はキャラクリエイトが出来るゲームが増えてますが、その時は必ず小説として登場するとしたらどんな雰囲気になるのかを想像しながら外見と名前と、そしてゲーム中では表現はされないですが、性格の方も考えながら作成してます。
この手のゲームの場合、どうしてもその外見で数年付き合う訳ですから、やっぱりクリエイトの時は手抜きなんて許されませんし、手を抜いたら結果的に自分が困る事になります。