第24節 《熱気に塗れた卵嚢の地獄 番人は暴力と臭気で迷子を狂わせる》 4/5
お久しぶりです。今回も卵嚢内での戦いになりますが、内部に閉じ込められてたゾンビ達の嫌な攻撃はまだ続くみたいです。特に少女達になってしまうとゾンビ達は純粋に命を奪う以外の方法の攻撃もしてくるので、その辺が凄く気持ち悪い所かもしれません。それを切り抜けてこその物語だと思ってますが、今回はどうでしょうか?
今度こそあいつを沈める
この気持ちを持ちながら卵嚢で希望を持ち始めた少女2人
異様な空間から抜け出す鍵になる保証は無いが、今は倒すしか無い
道を開く方法は、今は目の前の赤い生命体を始末する事
これを達成しなければ、道が開かれないと今は考えるべきなのだ
だが、足元から大量に腕が伸びてきた事によって、状況は更に深刻と化すのであった
「ん? ちょ、ちょっと何これ!?」
身体に走る痛みで普段は澄んでいる表情を歪めていたシャルミラであったが、床から腕が無数に生えてくるという異常事態を目にしてしまった為に、瞬間的に痛みすらも忘れたかのように驚いた声を出してしまう。無数の腕は2人を取り囲むように、円形を作っていた。
「こいつらの仲間!? ってかまだ隠れてた!?」
リディアは腕の正体がすぐに今まで自分達に手を出していたゾンビの類である事にすぐ気付くが、想像を超える数がまだ自分達の視界の外に潜んでいた事実を思い知り、まだ自分達が安心するのは早いのかと緊張感を心に灯らせる。
最初こそは腕だけが床の上から形を見せていたが、まるで連携を全員で取り合っていたかのように一斉に全身を引きずり出すようにして床から出現させる。
「あぁやっぱり絶対何が何でもここから出させてやらないって考えか……」
囲まれた中で、リディアはゾンビ達のしつこさを嫌という程身体に叩き込まれたような気分になり、ゾンビ達が如何に迷い込んだ自分達2人を何が何でも外の世界に帰らせる気が無い事を理解する。諦めたような口調ではあるが、数で攻めてこられた所で、全員を逆に痛い目に遭わせてやろうと想定すらしている事だろう。
「そんな事言わないでって! 出られなかったら死んじゃ……うわぁあ!!」
勿論シャルミラには自分達を囲んでいる連中を叩きのめすという意味合いが今の言葉に含まれている事なんて分かるはずも無く、諦めにしか見えない言葉で済ませてしまうなんてリディアらしくないと思わず叫んでしまうが、絶望でしか無い結末を連想している間に、ゾンビ達は一斉に2人の少女を包むように襲い掛かってきたのである。
――前後左右から押される形で取り囲まれ……――
押し倒されるという訳では無く、正面、後方、そして両脇から大量のゾンビ達に身体を部分的にそれぞれを掴まれると言うべきだろうか。
シャルミラの悲鳴はゾンビ達が一斉に自分の身体を押さえ付けてきたからであり、そしてリディアも最低限目の前から飛び込んできたゾンビに拳の一撃でも加えてやろうと右腕を振り被っていたが、右から迫ったゾンビにそれを妨害されてしまう。
右腕に抱き着かれるように封じられてしまい、まだ攻撃の為の準備すらしていなかった左腕も似たような形で押さえ付けられてしまう。それだけでは勿論終わる事は無く、前後から、胴体を目掛けてゾンビがしがみついてきたのだ。背中ならまだしも、前方からの場合は自分の胸を顔面で触られているような状態にもなる為、リディアの中では一瞬の怒りが表れた。
だが、それを直接言葉として出す余裕すらゾンビ達は与えず、性的な部位を純粋に狙うのでは無く、締め付ける事による肉体的な苦痛を感じさせるように力を込めていた。
人間で言えば確実に肉体的に強い成人した男性数人に匹敵する力で押さえ付けられているリディアの苦痛の表情に気付いたゾンビの1人が追い詰めるように、わざとらしく言葉を飛ばす。
「コッチハカズガイルカラナ。オレラガアジワッタアトニココデナカマニシテヤルヨ」
リディアの真正面から押さえ付けているゾンビの言葉であった。たった2人しかいないリディア達と異なり、ゾンビ達は無限に数を持っているからか、有利であるとしか思わせないような余裕な態度や表情を見せ続けている。
――続いて、突然足元を掬われ……――
単純な行為では済まされなかった。リディアはどの個体がどのような形でやられたかなんて目視していない。他の自分の腕や胴体に絡み付いているゾンビ達によって確認を妨害されていたと言うべきか。
左足を無造作に持ち上げられ、そして残された右足に対し、膝の関節の部分を後ろから乱暴に叩きつけられ、無理矢理に曲げられた。これによってリディアは立ち続ける力を奪い取られてしまう。
背中から倒れ始めたのは勿論、それに加えて、リディアに絡み付いていた者達も更に力を床の側に込めた為、決して岩肌等のような硬質さを持っていない床に接触した際の強さは相当なものとなってしまう。
背後から絡みついていたゾンビはリディアの動きに合わせて場所をずらしていたが、倒された後に再び覆い重なった。
「何する気……って、あぁ味わうとか言ってたっけね?」
リディアは強がっているのだろうか、集団で身体を押さえ付けられているこの状況でも、怯えた感情を見せる事はしなかった。マスクの下に隠れた表情にも弱いものを見せていなかったが、このまま押さえられたままでいると、本当にゾンビ達の欲望の標的となってしまう。
――シャルミラもリディアと同じ目に遭っており……――
シャルミラも身体を部分的に押さえ付けられながら無理矢理に押し倒されていたが、リディアと比較した場合、服から露出している肌の部分が目立つ所が問題となっていた。
更に、一部のゾンビが受けていたシャルミラからの罵声を覚えている個体もその中に含まれていた為、今は当に仕返しをする為の絶好の機会と言えていたのかもしれない。
「イイカゲンクワセロ。オマエハクワレルタメノカラダダトオモエ」
身体を求め続けていたゾンビであるが、今度こそ成功するかもしれない。集団で追い詰めた因縁のある少女にわざと自分の粗悪で悪臭の息すら放つ顔面を相手に近づけながら、ゾンビの1人が勝ち誇ったような醜い容姿で言った。今までは何かと失敗ばかりであったが、今度こそは言葉の通りの欲望が完成されるのだろうか。
「しつこい……奴らね!! あんたら……!!」
自分を狙う事を示唆するような台詞を何度も聞いていたシャルミラではあったが、呑気に飽きた事を伝えている余裕はそこには無かった。
1人だけでも自分の体重を普通に超えているであろうゾンビが何体も自分の身体の上に覆い被さっているのである。だが、それだけならまだマシだったのかもしれない。突然腹部に非常に強い力を加えられ、瞬間的に呼吸が詰まってしまう。
――誰かが腹部に拳を入れたのだ――
今シャルミラを押さえ付けているゾンビ達の中には、シャルミラからの罵声を受けた経験がある者も混じっているに違いない。恨みをここでぶつけるべく、無防備な少女の細い腹部を魔導服超しに殴りつけたのだ。床と挟まれる形で拳に圧迫され、そろそろゾンビ達が本気になっている事を身体で実感してしまった事だろう。
「サッキカラカンジテタガ、オマエハナマイキスギル。キョウイクガサレテナイショウコダ」
どうやらシャルミラに顔面を近づけていた個体が殴打を加えてきたようだ。他の場所を押さえ付けているゾンビ達もシャルミラの弱り始めている様子を見ながら不気味な笑みを作っている。
「あんた……に……生意気言って……!」
シャルミラは目の前のゾンビどもに対し、礼儀を弁える義理等は無いと考えている。元々迷い込んだ相手を自分達の遊び相手にしようしているような者達には罵声で充分であると意識しており、シャルミラからすると目の前で臭い息を吐きながら顔面を近づけている相手が自分を殴ってきたとしか考える事が出来ず、憎悪の籠った返事を浴びせてやろうとした。
しかし、今度は殴打とはまた違う力が自分の身体にかかるのを感じてしまう。
――胸を思い切り掴まれたのだ――
シャルミラの発言を無理矢理に止める為の方法として、そして異性を触る目的として、ゾンビは行動に走ったのだろう。
勿論触られている方は純粋に恥じらいを受け止める事になるが、抵抗や反撃をしようにも、両腕をまたもや塞がれているのがまた腹立たしかった。
「ワカッテルダロ? オナゴノココハオトコヲマンゾクサセルタメニアルッテコトヲナ?」
「また……触るのか……! ふざっけんな!」
「スキナダケサワグトイイ。ダケド、オレタチモホンキニナルゼ?」
最初こそはゾンビも少女の胸を触り心地を手に掴むつもりで揉んでいるだけであったが、突然魔導服超しとは言え、握り潰すかのように本気で力を込めたのだ。
ただ触られて恥じらいを感じていたシャルミラだったが、握り潰す程の力で握られればそれは純粋な苦痛として本人に襲い掛かる事になる。
「!!」
性的な弄りから暴力へと突然変更させた相手への焦りもあったのか、シャルミラはここで罵倒による言葉の反撃を選択する事が出来なかったようだ。
緑の魔導服は鎧では無いのだから、異常な握力に耐えるなんて不可能だ。指の先端が激しく肌に食い込み、純粋に痛いとしか考える事が出来なかった。
――それでも声を絞り出すように、ゾンビに反発を見せる――
「あんたが……本気に……なるなら……あたしだって……!!」
無数のゾンビによってもう動けない状況にまで追い込まれている為、シャルミラの心もそろそろ折れかけており、本心のせいで強がる事が難しくなってくる。胸を乱暴に掴まれる痛みはまだ続いている。
リディアという自分にとっての助けとなる存在が隣にいるが、シャルミラと同じく取り囲まれている状態である為、全てを任せようにも自信を持つ事が出来ない。本当に助けてくれるかどうかの確信が出来ないのだ。
「コエガフルエテルナ。オマエノトモダチモタヨリニハナラナイゾ」
他の皮膚が爛れたゾンビ達はシャルミラの両腕や両脚をそれぞれの個体が両腕を使いながら、そこに全体重を押しつけている。今喋っているゾンビは膝で腹部を押さえ付けた体勢で右手を少女の胸に添えた上で握り潰そうと今も力を込め続けている。左手はわざとらしくシャルミラの目の前に自分の醜い顔を真正面に近づけた上で体勢が崩れてしまわないよう、シャルミラの顔の横に支えのように付いている。
至近距離に顔を近づけられている為、非常に臭い息がシャルミラに飛ばされており、それもまるで無視出来ないような威力であった。
「いやっ……臭いくせに……近寄るな!」
シャルミラは臭い息をかけてくる目の前のゾンビの顔面を目掛け、自由の利く頭を物理的に使う事を決定する。つまり、頭突きを食らわしたのである。
茶色の前髪でいくらか隠れている額をゾンビの眉間目掛けて突き出したのだ。シャルミラ自身の額にもそれなりの衝撃が走ったが、相手が受けた場所は攻撃にも防御にも適さない部分である。同じ衝撃でもゾンビの眉間の方が遥かにダメージは上である。
「ウグッ……オマエオレラノキブンヲガイスレバカンタンニコロサレルコトモワカッテ――」
流石のゾンビも顔面に重たい一撃を受けては平然とはしていられず、多少怯みこそはしていたが、濁った声でシャルミラに向かって立場を理解していない事を自覚させてやろうと声を飛ばしていたが、途中でそれは直接の熱によって阻止される事となった。
本当は仕返しとして顔面に一撃でも加えてやろうとしていたのかもしれないが、それも一切叶わなかった。
――シャルミラは口から火を吐いたのだ――
ゾンビの顔面に火が放射され、熱の強さに負けたのか、ゾンビは逃げるようにシャルミラから降り、そのまま後退していく。
ゾンビから見ればシャルミラの開かれた口内から火が放射されているように見えていたのかもしれないが、実際はシャルミラの口元に目には見えない小さな魔法陣が展開されており、吐息が魔法陣を通過した際に強力な炎と風力に変換されるという攻撃手段であった。
「コイツ……ヒナンカフキヤガッタ」
「コイツ……リュウノコドモカモシレンナ」
シャルミラのそれぞれの腕を押さえ付けていたゾンビ達は炎の直撃を免れていたが、人間が火を吹く事を信じられなかったのだろうか。エナジーリングの力、というよりはリングそのものの存在を知らなかったのか、シャルミラの体内から炎が出てきたとしか考えられなかったようだ。
まるで竜の血を受け継いだ者であるかのような錯覚さえ覚えていたが、このまま押さえているだけでは自分達も焼かれてしまうと状況を整理し、両側から未だに立ち上がっていないシャルミラを手当たり次第殴りつけようとするが。
(やれるもんならやってみろっつの!)
口から炎の息を飛ばす事に集中させていた為、直接口で挑発を施すような言葉を飛ばす事は出来なかったが、シャルミラは自分の両腕を押さえ付けたままの器用な体勢で自分を殴ろうとしていたゾンビ2体に炎の息を放つ。蝋燭の火を消す時のように口を細くした形で息を放つが、魔法陣を経由した事で炎へと変化した息はゾンビ2体を熱で軽々と押し出してしまう。
放射音も派手に鳴り響き、そして炎自体が空中の中で消滅する事で改めて視界も鮮明になるが、意図せずに足元を押さえ付けていたゾンビも払い除けていた事に気付く。
炎に恐れをなしたであろうゾンビどもが再び近寄ってくる前にシャルミラは上体を持ち上げ、そのまま立ち上がろうとするが、元々足元を押さえ付けていたゾンビだったのかどうかはシャルミラには判断出来なかったが、立ち上がる事を阻止するかのように飛び付き、再び足元に手を伸ばす。掴まれたのはブーツ超しの足首だ。
「コザイクツカオウガ、オマエハオカサレロ!」
炎で一度はシャルミラから距離を離したゾンビであったが、この1人だけは怯え続ける事をせず、再びシャルミラの足首を掴む事で逃げる事を阻止し、身体を狙おうとする。左手で足首を掴んでいるが、何も掴んでいない右手がどこを狙おうとしているのかをシャルミラは確認をしていなかった。
「おっっ前しつこい!! なんでお前みたいなキモい連中に犯されなきゃ――」
身勝手で尚且つ相手の人権すらも無視したような要求を飛ばすゾンビに対し、シャルミラもやはり徐々に理性を保つ事も難しくなってきており、性別に反するような乱暴な言葉遣いも見えてしまっていた。乱暴を受ける事に対しては、恐怖よりも怒りを優先させていたが、ゾンビの右手が自分の視界を覆うように迫ってきた為に言葉を途切れさせる事となった。
――怒鳴るシャルミラの顔面にゾンビの掌が迫り……――
言葉遣いがなっていないと思っていたのかもしれない。ゾンビはシャルミラを黙らせる為に顔面を掴み、言葉を遮らせるのと同時に口元も塞ぐ事によって口から火を吹く事さえも封じる事に成功する。
「カッテニワメイテロ。オマエトマジエラレタラクイハナクナルゼ?」
顔面を封じながら、ゾンビは罵倒を受ける事を前提であったかのように余裕のある態度で言い返す。握力は非常に強いのか、シャルミラに手首を掴まれても一向に離される様子が無い。
そして顔面に張り付くゾンビの手を何とか引き剥がそうと必死になっているシャルミラに対し、ゾンビは左手を使い、とんでもない行動に入ってしまう。
「ダカラナァ、コレガジャマナンダヨナァ!」
緑の色を帯びているスカートの内部に空いていた左手を無理矢理に潜らせ、脚の接合部分とも言うべき場所を乱暴に掴む。
太腿の目立つその短さは本来は性別を強調する為の魅力であったはずだが、ゾンビからしたら脆さを強調させているようにしか見えなかったのだろう。掴んだ物をそのまま無理矢理引っ張る事で着用している主の元から離れさせようとする。
――下着を脱がせようとしたのだ――
顔面を右手で掴まれていたシャルミラであったが、自分の股間に非常に強い力を捻じ込まれる事に気付かない訳が無く、そして着用していた物を引っ張られ、そして明らかにそれが自分の本来あるべき場所からずらされている事にも気付く。
「こいつ……! パンツ脱がそうと……してる!」
それを口に出している頃にはもう現在進行形となっていた。妙に生温い風がスカートの内部で辛うじて隠れている個所に触れ、普段はまず感じない嫌な風の感触を体感してしまう。しかし、このままでは自分の恥ずかしい部分を露出させたままで戦う事になる。
視界は覆われていても、相手がどこにいるのかは把握している。やる事は本当に1つだけだった。
極限、とまではいかなくても多量の炎の力を小さな塊の中に凝縮させた球体を、目の前に突き出させた両手の前に瞬時に出現させ、時間の余裕も一切与えずにそれを爆発させる。
シャルミラは自分に性的な苦痛を与えようとしてくるゾンビに対し、本気の殺意を抱いていた。
――爆発は発動者以外を派手に弾き飛ばす――
「死ねぇ!!」
魔力を発動させたシャルミラ自身は爆発による負傷も風圧も一切受けなかったが、目の前にいたシャルミラの下着を脱がせようとしていた不届き者のゾンビは風圧と爆風の両方を全身に受け、無理矢理にシャルミラから距離を取らされる。掴んでいた少女の秘部を隠す下着からは手を放していた。
本当に命を奪い取ったと自信さえ感じていたシャルミラはようやく視界を確保出来るようになり、尻もちを付いていた状態から立ち上がろうとしたが、脱がされそうになっていた白の下着はもうブーツの足首の所まで下げられており、ある程度脚を開きながらというバランスを保つ形を作る事が難しかったせいで転びそうになるが、それは避けられた。
無事に立ち上がり、一呼吸を置いた上でずり下されていた自分の下着を真下に視線を落とす事で確認した後にそれを両手で持ち上げる。
ずり下がっていた時にまた転ばされたりでもすればどうなるのかを想像する事はしなかったようだが、元々あった場所にまで持ち上げ、股間と無事にフィットさせる時にスカートも一緒に持ち上がってしまったが、もうこの際細かい事を気にはしていられなかった。
「あぁビックリした、じゃなかったね。ムカついたね。まああたしの下半身触りたいんだったら殺される覚悟してからやれっつの」
元々の蒸し暑さやゾンビ達への抵抗のせいで元々汗で濡れていた顔の側面にまた一筋の汗を垂らしながら、シャルミラは肩で呼吸を繰り返す。
もう少し爆発による反撃が遅れていれば、犯されていた可能性があったが、それを阻止したからと言って怒りが消えてくれる訳では無い。
バリィイン!!
――突如響く、氷が激しく割れるような音――
「何今の音……!!」
割れる音は勿論のようにシャルミラの耳にも届く。氷の力はシャルミラには扱う事が出来ない為、どこで氷が精製されていたのかが気になったが、それはすぐに発見する事が出来た。赤い生命体の足元を固めていた氷が轟音を響かせていたのだが、その割り方は強引を通り越し、命懸けそのものだったのだ。
赤い生命体は匍匐前進のように、人間で言う頭部に該当する部位から生えている2本の腕と、元々の通常の場所から生えている2本の腕、合計4本の腕で残されている上半身を引っ張りながら2人の少女の元へと向かってきていたのだ。
実は、氷を無理矢理に引き剥がしたが為に下半身が上半身から千切れてしまい、事実上現在は下半身を失った状態となってしまったのである。
残された上半身の元々下半身が存在していた部位からは怪しい緑色の血液なのだろうか、それを垂らしながらも、苦痛等で悲鳴を飛ばす事もせずに淡々と身体を引っ張り続けている。
「うわっ、あいつ下もげてんじゃん……。まだ死なな――」
赤い生命体の下半身が無くなっている事に気付くシャルミラであったが、ゾンビ達はまだ大人しくなった訳では無く、距離を取っていたゾンビの何体かが再び自分に近寄ろうとしていた為、赤い生命体の惨状を鑑賞している場合では無いと意識を切り替えた。
そして全員が明らかにシャルミラに殴りかかろうとしているのが分かった為、殴り返すと言わんばかりにシャルミラも手元に炎を溜め込んだ。
――近寄るゾンビの目の前で球体を爆発させる――
近づこうとしてきたゾンビ達を爆風で弾き飛ばす。ゾンビ特有の聞き苦しい声色による叫び声も聞こえたが、それに対して同情等をするつもりは全く無かった。
「悪いけどあんた達は近寄んないでくれる? 来たら燃やすか殺すかだけどね?」
蒸し暑さのせいで緑の魔導服の内側の濡れ方が非常に気持ち悪く感じていた。肩口が出た服装であるとは言え、それだけではこの蒸し暑さと身体中を覆い尽くすような汗を誤魔化す事は出来ない。風が身体を突き抜ければ涼しさを浴びる事が出来たかもしれないが、外から完全に閉鎖されたこの場所では風による期待は無理だ。
「所で、リディアはまだ出てきてくれないのかな?」
蒸し暑さのせいで苛々しているのは初めからその通りではあったが、リディアの事をふと思い出す。
すぐ隣で先程まで自分と同じ状況、即ちゾンビ達によって押し倒されていたリディアであったが、ふと横を見ると想像に反する光景が広がっていた。
――リディアの付近が氷で広がっており……――
よく見ると、リディアに密着していたゾンビは殆ど氷漬けにされており、そしてリディアはゾンビと自分の身体の間に隙間を作っていたのである。
折角リディアを押さえ付けていたであろうゾンビ達も身体を氷漬けにされているせいでそれ以上動く事も、束縛を継続させる事も出来なくなっていた。
そして、リディアは隙間から抜け出したのである。自分で生成させた、目の前に見えている氷の膜を両手で掴み、そして寝た状態の身体を滑らせるようにして隙間から引っ張り出す。
すんなりと立ち上がるなり、何気にシャルミラの漏らした言葉に対する返答の為に、シャルミラの横へと歩み寄った。
「脱出にちょっと手間取っちゃった。待たせたのは、ごめんね」
愚痴のように漏らしていたシャルミラの言葉をリディアは聞き逃しておらず、自分がすぐにゾンビの大群から脱出する事が出来ずに手間取っていたが為にそれがシャルミラの苦痛を増加させてしまったのかと考え直し、今は謝る事しか出来なかった。
しかし、今は2人が揃っている為、もう今はピンチという言葉は似合わない優勢な形となっていると言えるだろう。
「それは別にいいけど、それよりあいつ、ちょっ見て! 下思いっきりもげてんだけど!」
責めるつもりは無かったであろうシャルミラであったが、伝えたかった話が残っていた。それは、赤い生命体の下半身が上半身と分離され、残った上半身がこちらに向かって這うようにして向かってきている事であった。指を差しながらリディアに真っ直ぐ茶色の瞳を向ける。
リディアの視線が赤い生命体の方に向くまで、リディアへの凝視をやめる事をしなかった。
「ん? えぇうっそぉ!? そこまでして抜け出したかったのあいつ!?」
無理矢理に見させようと騒ぎ立てるシャルミラに応えるように、リディアもゾンビ達の集まりの間を通すようにして遠方を確かめるが、赤い生命体が床を這うようにしてこちらに向かってきている様子を確かに目視する事が出来た。溶けるまで待つ事もせず、自分の身体を分離させてまで自分達を狙いたかったのかと、命を懸けた執念には驚く事しか出来なかった。
だが、腕が上半身を引っ張る距離は思いの他長く、もうすぐで少女2人の場所へと到達しようしていた。
「オマエラ、カッタキデイルナヨ?」
まだこの卵嚢で生き延びていた人間の成れの果てとも言えるであろうゾンビ達は、恐らくはシャルミラの炎でやられたのであろう、火傷の後を身体に残しながら、薄汚い目で少女2人を見つめていた。
「オレタチガマダノコッテルゾ?」
あまり余裕があるとは思えない口調でもう1人のゾンビが言い放つが、やはりシャルミラによってやられたのであろう火傷の痕が身体に映り込んでいた。傷の度合いは赤い生命体と比較すればまだ浅い部類に入るのかもしれないが、身体に焼けた跡が残るとなれば、やはり痛覚との戦いになる事である。
口調がやや弱まっているとは言え、薄汚れた目で2人を睨む様子にはまだ威圧感が残されている。
「いや、もうあんた達みたいなよく分からない連中と遊ぶ時間は作れないと思うよ?」
リディアはこの卵嚢に閉じ込められ、そして赤い生命体を見つけてからはもう生命体を絶命させる事を一番の目的にしていた為、そして対象がもう瀕死に近い状態であるのだから、早く終わらせてしまいたいと意識していたのだ。
無論、ゾンビ達が邪魔をしてくるのであれば、それ相応の反撃をするつもりではあるようだが。
「あ、リディア一応だけどこいつらって元々盗賊だったみたい。ここに来る前から腐ってる連中だから寄って来たらもう殺していいから」
リディアには知られていない話である。
シャルミラは襲われている時にゾンビ達が元々は表の世界で盗賊として生きているような話をゾンビ達の方から聞かされていた為、元々世間に害を与えるような集団であった以上は尚更手加減をする必要なんて無いとリディアに説明をするが、内容は物騒且つ暴力的である。
「え? なんでシャルそんなに苛々してるの……?」
敵である以上は優しさ等の感情を捨てながら戦うのは当たり前かもしれないが、リディアからすると敵だから、では無く何か恨みを抱いているかのような感情が零れていた為、戸惑いながら理由を聞いてしまう。
「オレタチノアソビアイテニサレタカラ、ダヨナ?」
リディアの質問に答えるのは本当であればシャルミラだったはずだが、それを横取りしたのはゾンビであった。答え方を見ると、明らかに意図的にシャルミラの感情を逆撫でするような態度が見えていた。きっと、実際にシャルミラに手を出した経験を持つ個体の1人だったのだろう。
「だからあたしから痛い目遭わされてたんだよね? まあまた遭わせてやるつもりだけどさぁ!!」
彷徨うような歩き方を見せつけながら近寄ってきたゾンビに対し、シャルミラは颯爽と右手の上に炎を溜め込み、球技のように大きく腕を振り被りながら直線状に投げつける。
それは鈍器のように硬い音をゾンビの着弾地点であった腹部に響かせ、そして元が炎であった為か、止めとでも言わんばかりの爆発をその場で発生させる。
何となく、リディアはゾンビ達から受けた仕打ちを察知した。
「シャルが苛々してる理由……大体分かった、かもね!」
敢えて理由そのものは直接聞こうとも、独り言のように自分自身の口から出す事もしなかったリディアだが、ゾンビが言った遊び相手という言葉と、シャルミラの性別と肉体的な意味での年齢を考えるとすぐに察する事が出来た。
シャルミラの心情をやや気まずそうに想像していたリディアだったが、シャルミラの先程の爆風を回避した一部のゾンビが自分に向かってきていた事を知るなり、一歩踏み込んでシャルミラから離れ、そして自分を攻めようとしていたゾンビの顔面を目掛けて鋭い横蹴りを放つ。
――驚く程にあっさりとその場に倒されてしまう――
単独であれば、ゾンビからの脅威は無いに等しく、リディアはすぐに赤い生命体の方へと意識と視線を戻す。
もう目の前にまで迫っており、そして切断口からはやはり血液と思われる緑色の体液を流しながら、そして、突然前進をやめたかと思うと、今度は合計で4本存在する腕全体に力を込め始めたのだ。力を入れている場所は、床にである。
何をされるのかをすぐに理解したであろうリディアであったが、赤い生命体の通り道として残していたであろう緑の体液から白煙が立ち上がっているのを察知する。
「シャル! あいつ絶対飛び掛かってくるから構えて! 対処して!」
「え? あ、うん!」
リディアは白煙の事よりも先に、シャルミラへ注意を渡す事を優先させた。赤い生命体から生えている4本の腕が全て地面に接触させられ、そして力を溜めるような構えを取っていた為、注意を飛ばしたのである。
シャルミラは二の腕を押されるようにして無理矢理に反応をさせられ、元々言われていた事は耳には入っていた為、純粋に話を聞いていた事を証明させる為に無理矢理に返事をしたものの、やはりどこか詰まりやぎこちの無い形になっていた。
しかし、飛び掛かろうとしていたのは確かであったから、体勢を作る事は必須だっただろう。
そして、白煙が立ち上がっていた部分は徐々に深刻なものへと変貌していき、遂には体液が接触していた部分が陥没まで起こしていたのである。
――陥没部分は直接の接触が無かった壁にまで広がっていく……――
体液はまるでこれから卵嚢の内部全体を浸食しようとでもしているかのように、溶かしている部分を床から壁、そして天井へと、ゆっくりとゆっくりと、進ませていたのだった。
リディアは基本的に体術と魔力で生成させた刃での斬撃がメインですが、いざとなればそれなりに魔法の力で戦う事も出来ます。やろうと思えば色々と能力を使えるリディアですが、何気に氷の力も扱えます。旅の道中は何が起こるか分からないので、色んな能力を使えるように訓練してるのは自分の身を守る事にも繋がるのかもしれません。ただ、1人であまり能力を万能にし過ぎると他のキャラの存在意義が薄くなってしまうので程々にしないといけないかもしれませんが。