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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第24節 《熱気に塗れた卵嚢の地獄 番人は暴力と臭気で迷子を狂わせる》 2/5

今回は少し暴力描写が多くなるかもしれません。戦ってるのは少女2人で、それぞれ剣士と魔導士ではありますが、殴られるとなると少女の体格だとかなり深刻なダメージになるでしょうし、フィクションだとただ痛がるだけで済みそうですが現実ですと男性からのパンチなんか受けたらそのまま骨折とか、失神とかも有り得そうな気がします。ただ、ここはフィクションなので身体が細い少女達には何とか頑張ってもらいたいつもりですし、そしてこの卵嚢らんのうの内部では謎の変態集団、というかならず者の成れの果て達が随分と暴れてくれます。


そんな連中にやられっぱなしという訳にもいかないんでしょうか、2人の少女こと、リディアとシャルミラはとことん奴らに抵抗を見せてくれます。ちょいやらしい場面もあった気が……。





          卵嚢(らんのう)の内部には、取り込まれた者の残された体力を奪い取る番人のような危険生物が潜んでいた


          敢えて直接命を奪う事はしない


          殴打を繰り返し、苦痛を全身に沁み込ませた上で倒れさせた後が本番だ


          人間は栄養を蓄えているのだから、これから生み出す卵の養分として取り込むには充分


          この空間で動かなくなった獲物を、肉壁の内部に隠れた触手達がゆっくりと沈めてしまう






――真っ赤な生命体による一撃がシャルミラへと……――




 形だけは人間と同じに近い、体色が真っ赤な生命体。本来であれば頭部が存在するであろうそこには、腕が2本、上に向かって生えている。


 床から現れた、爛れた皮膚の人型の何かが緑の魔道服を纏った少女の両脚を押さえ付け、逃げる事を不可能にさせていた。


 そこを狙い、真っ赤な生命体は魔道服の少女であるシャルミラの顔を殴りつけた。


 人間でいうなら大人の男性の腕力そのものであり、元々筋肉質な体型とはまるで無縁に等しいシャルミラの細い体躯ではまず耐えられない。一撃はシャルミラに非常に重たく圧し掛かった。




――リディアはそれをただ見ている事しか出来ず……――




 リディアも別の爛れた皮膚の個体によって背後から身体を押さえ付けられていた。前に踏み出そうにも相手の束縛する力が強すぎる。


 殆ど悲鳴すらも出さなかったシャルミラは、力任せに殴り飛ばされたのだ。脚を束縛していたゾンビの両腕を引き剥がしながら。肉壁の床に背中から倒れ込む姿が非常に痛々しく、そして真っ赤な生命体は再びシャルミラを狙う為なのか、歩み寄っていた。


 シャルミラを押さえ付けていたゾンビはいつの間にか沈むように姿を消していたが、リディアの眼中には殆ど入っていなかった。




「シャ……ル……!! 起き……て……!」


 リディアは背後から自分を締め付けるように押さえ付けているゾンビのせいでシャルミラの元へと駆け寄る事が出来ず、口元を塞がれるように腕を巻き付かれている為、直接声を出す事も阻害されていた。自分自身の息苦しさや身体を締め付けられる苦痛も今は無視出来るものでは無いが、シャルミラを狙っている真っ赤な生命体の動きをどうしても止めたかった。


 両腕は空いている為、自分を押さえ付けているゾンビの顔面に衝撃波でもぶつけてやろうかと、左手の先に力を注ぐように念じるが、真っ赤な生命体はシャルミラの元へと辿り着いてしまう。




――鈍痛を押し退けながら目を開いたシャルミラに映る物は……――




「いきなり……殴るとか……ム……カつく奴よね……」


 殴られた痛みは未だに残っているが、側面に植え付けられた痛みによる恐怖よりも、自分に痛い思いをさせてきた相手に対する怒りの方が強かったらしく、茶色の瞳を開き、すぐにでも立ち上がろうとしたが、瞳を開いた時に見えたのは、不気味な赤い肉壁の天井、では無かった。


 真っ赤な生命体ではあったが、ただそれが映っただけでは無かった。


 まだ立ち上がっておらず、上体すら一切持ち上げていないシャルミラを狙って、拳を後方へと引いている危険な構えを生命体は見せつけていたのだ。引かれた拳の意味を理解するのにシャルミラは時間をかける事をしなかった。反射的に気付いたとでも言うべきか。




――その場から避けようとしたが、無理だった――




 生命体はシャルミラの顔面を狙っていた。しかし、シャルミラは自分の頭の方向に進むようにして立ち上がろうとしていた為、生命体の攻撃がずれる結果となった。ずれたと言っても、それは顔面を免れたというだけで、実際に命中してしまったのは胸元だ。


 見た目の通り、屈強とはまるで正反対の身体のシャルミラに重たい一撃が入ってしまう。


「ん゛ンん゛っ!!」


 身体を潰されるような激痛を受けたシャルミラではあるが、生命体の動きは止まる事も収まる事も無かった。敢えて即死だけはさせぬように対象となる相手の耐久力に合わせた力を出しているのだろうか。生命体は再びシャルミラに殴打を仕掛ける。




――される側も咄嗟に身体を丸めるが……――




 仰向けの状態で殴られそうになった時の反射的な動作とも言うべきなのか、両腕と、そして両膝を曲げて腕と脚を使って胴体への打撃を出来るだけ防ごうとする。


 しかし、腕と脚で胴体を防いだ所で、生命体の殴打自体が止まる訳でも無く、そして胴体への直撃を免れているだけである。今度は腕や脚が潰されるような痛みが何度も圧し掛かる。一度の攻撃の度に場所はぶれてはいるが、接触する毎に腕や脚に激しい痛みが蓄積されていく。




――リディアも懇親の力で押さえ付けていたゾンビを払い除ける事に成功する――


 掌に圧縮した空気を魔力で溜め込み、それを自分の肩のすぐ上で見えているゾンビの顔面に解き放ったのだ。


 外見は派手に荒れているとは言え、やはり痛覚はあるのか、痛みと反動に耐えきれずにリディアから引き剥がされる。リディアは拘束から解放された為、すぐにシャルミラの救助に向かうが、走り出す瞬間に1つの疑問が頭に浮かんでいた。


(こいつらって……なんか人間っぽかったような……)


 リディアは皮膚が激しく爛れていたゾンビに対し、元々はどういう存在であったのかという疑問を抱いていたが、それに対して深い考察をするよりも先に、まずはシャルミラを殴っている赤い生命体を引き離す事が大事だ。




――視線を生命体へ戻し、駆け出した――




 距離は短かったが、少しでも時間が惜しかった。


 自分の友達がよく分からない外見の生物に殴られているのを黙って見ていられる訳が無い。相手の生命活動を即座に停止させる為なのか、リディアは走りながら両手から魔力の刃を生成させた。1本だけの剣の状態では効率が悪いと感じたのかもしれない。




 シャルミラを追い詰めていた真っ赤な生命体はリディアの存在に意識が向いたのか、シャルミラへの攻撃を一時的に停止させる。


 頭部に該当する部位から生えている2本の腕が何となくリディアを捉えたような、左右に開く動作を見せたが、ただ捉えただけでは無く、実際に次の攻撃目標へと狙いも定めていたようだ。


 しかし、足元でまともに立ち上がる事も出来ていなかったシャルミラに対し、リディアを驚かせるのと同時に怒りさえも込み上げさせるような一撃を目の前で披露してくれた。




――首を掴み、無理矢理立たせた後に……――


 真っ赤な生命体は右手を使い、シャルミラの首を片手で掴みながら強引に無理矢理立ち上がらせる。身体を丸めていたシャルミラだったが、突然身体が持ち上がった為、反射的とも言うべきか、脚を伸ばして立ち上がる。しかし、状況を理解する前に真っ赤な生命体から、薙ぐように殴り飛ばされてしまう。


 まるで進路上の邪魔者を暴力的に払い除けるかのような様子であり、リディアに対しては本当に真っ直ぐ向かうつもりだったようだ。




「シャル!! まあいいや……あんたの事ただじゃ置かないから」


 リディアは本当であればすぐに殴り飛ばされたシャルミラの側に駆け寄りたかったが、真っ赤な生命体はリディアの目の前に立ち、もう一歩踏み込めば手を伸ばす事でリディアに接触出来る距離で目が直接存在しない頭を向けている。


 相手が目という視覚を司る器官を持っていない事は理解しているが、それでも自分の事を認識している事はリディアでも理解は出来る。まるでこれから喧嘩でもするかのような目つきをリディアは無意識の内に作っており、好き放題に暴力を飛ばす愚者に対しては同じ痛みを与えてやるべきであると考えていたに違いない。


 生命体の方が腕を伸ばしてくる前に自分から突撃してやろうとした瞬間、リディアの背後から、実際には床の下からではあるが、下から全身を露にさせたゾンビがリディアの背後から抱き着こうとしていた。




(分かってるからそういうやり方……!)


 どうせゾンビの方が動きを押さえ付けた上で真っ赤な生命体の命中率を保障させるという手段を取るのだと読み取っていたリディアは、背後から来るゾンビに対し、渾身の後ろ蹴りをゾンビの顔面にお見舞いする。


 本気で力を入れていた為、リディアへの接触を認められる事も無く物理的に距離を離される。真っ直ぐ力強く伸ばされた右脚はすぐに引き戻され、そして隙を狙おうとしていた真っ赤な生命体にすぐに備える。


「あんたも普通に堂々とやれば?」


 敵そのものである真っ赤な生命体に向かって、リディアはまずオーソドックスに自分に放たれた直進のパンチを左にずれて回避しながら、自分を殴ろうとした憎らしい右腕を魔力の刃で斬り付ける。


 右腕に斬撃を1度与えた後は、横腹付近に追撃を与えるべく、突き刺すようにして拳を時間と相手の隙が許すまで連続で打ち込む。拳の先には刃が尖っており、一撃の度に刃が相手の横腹に突き刺さる。




――生命体は痛がっているようには見えなかったが……――




 寧ろ自分の横に位置したリディアを捕まえる為に、生命体は頭部から生えている2本の腕をリディア目掛けて上から振り落とすように伸ばす。しかし、姿を目視されている以上は、リディアには動きのほぼ全てを読まれていると言っても間違いは無いだろう。


 懐に潜られるように再び回避されてしまい、捕らえる事を失敗してしまう。


 一方で、背中の方から抜けるように回避を決めたリディアは、無防備な背中に向かって自身の刃を真っ直ぐ突き刺した。


 非常に深く突き刺さり、刃の根元にまで達した為、これを見たリディアは手応えも感じたと同時に、確実に致命傷によって動きを大きく鈍らせる事も出来ただろうと青い瞳を細めた。


「これは効いてる……と信じたいけど、無理?」


 相手が人間であれば確実に絶命したとしか思えない程、深く突き刺していたリディアだったが、相手が普通の人間とは異なる生物である事は把握していたから、自分の思い通りになるとは考えていなかった。


 そして、このまま生命体を追い詰める事を進めるよりも、先程この生命体に突き飛ばされたシャルミラの事が心配になり、まずはこの生命体の動きを一時的に停止させてやろうと両手に力強く電撃を溜め込む。




――麻痺をさせてやる為の電撃だ――




「これ効いてくれればいいけどね!」


 相手は初めて見る生命体である。電撃を流し込む事で動きを麻痺させられるかどうかは分からないが、やってみなければ分からない。既にリディアと向きを合わせている真っ赤な生命体の腹部を目掛けて、リディアは薄緑の手袋で保護された両手を突き出した。接触された手から電流が一気に生命体へ流し込まれる。


 得体の知れない生命体とは言え、やはり生き物である以上は電撃によって何かしらの自由を奪われてしまうものなのだろうか。


 身体を痙攣させている真っ赤な生命体を一旦放置し、シャルミラの元へと向かうが、先程殴り飛ばされたであろう場所を目視すると、そこには大量、とまではいかないにしても、自分を押さえ付けていたあのゾンビ達が数体、明らかにシャルミラと思われる1人の人間を覆い尽くしていたのだ。


 当然リディアもそれを黙って見ている訳にもいかず……




――時は僅かに(さかのぼ)り、あの時の突き飛ばされた時の話――




「痛ったっ……。何……すんのよあの変な奴……!」


 脚の痛みがまだ消えていないというのに、顔まで殴られるとなるとシャルミラもそろそろ痛みそのものに苛々を覚え始めてきたようである。


 シャルミラを殴り飛ばした生命体は今はリディアと戦っていたが、自分の手でも仕返しを試みたいものであった。ただ痛いだけでその場で倒れ続けている訳にもいかなかった為、顔の痛みと、そして未だに残り続けている脚の痛みに耐えながら背中を床から放そうと持ち上げる。


 やや離れた場所に生命体の姿が確認出来る。自分を殴った仕返しに自分と同じだけの痛みを与えなければいけないとしか意識していないであろうシャルミラであったが、立ち上がろうとした瞬間、生命体の姿が見えなくなってしまう。


 それは、シャルミラの目の前に出現した何かが視界を奪い取ったからである。




――明らかに人の姿をしており……――




「ちょっ……? な、何?」


 床から人のような物が突然現れ、状況をすぐに理解する事が出来なかったが、それが自分に対して敵意を抱いている事を理解したのは、乱暴な拳が飛ばされた後であった。


「!!」


 反射的としか言いようが無い形で、シャルミラは自分の顔面を両腕で守る。盾として使った腕に、人のような何かが放った拳が激突し、激しい痛みが腕に広がる。そして、シャルミラを狙った人型のそれは、殴打だけを目的としていた訳では無く、上から覆い被さるようにシャルミラへ接近し、そして首を絞める。




「んぐぅあ゛ぁ……! って……あ゛ん……た……元……もと……にん……げん゛……?」


 首を絞め上げられたせいで声を出す事に著しい制限を加えられてしまうシャルミラであったが、自分に襲い掛かってきた人型の存在であったが、このゾンビのように皮膚の爛れた者達がやはり元々は人間であると視覚から得た情報で察知する。


 いくら皮膚が爛れていても、顔が荒れていても、シャルミラから見ればやはり元々は普通の人間だったとしか思えず、言葉が通じるかどうかも分からない相手に対し、人間だったのかどうかを期待せずに聞こうとした。


 当然シャルミラの両手は、自分を絞め上げているゾンビの手を引き剥がそうと必死に動いているが、力ではどうしても勝てなかった。




「オマエ……ワカッテンジャネエカ……」


 非常に掠れた声ではあったが、確かに言葉を出しているのは事実であり、シャルミラもそれは鮮明に聞き取っていた。


 しかし、性別の判断は出来ないが、口調や腕の太さを考えると相手は元々は男性だったのかもしれない。


「人間……だったの? なん……で……ここ……に……いる……の?」


 言葉が通じるのであれば、どうして彼らがこの卵嚢(らんのう)の内部にいたのかを聞き出すチャンスだと考えた。尤も、それを知った所で窮地(きゅうち)を脱出出来る訳では無いと思われるが、シャルミラは何故かそれを今この時に聞こうとしてしまう。




「アキラメタンダヨ……。オレタチハ……」


 シャルミラは何とかゾンビの相手の手を引き解こうと両手に力を込めている最中だが、ゾンビの方が(あらが)う事を捨てたかのような返事をすると同時に、自分を絞め付ける力が弱くなったのを感じた。


「それは良かったわね! でもだからってあたしの事狙う理由にはならないけどね!」


 力が抜けたゾンビに対し、シャルミラは出せる限りの力で相手の手を自分の細い首から離れさせる。そして自分の首を絞めてきた仕返しという形で、両方の膝を力強く曲げた後にそれを勢い良く伸ばす形でゾンビの胸部に蹴りを入れる。戦いという形というよりは、単純に仕返しの為に同じぐらいの痛い思いをさせてやろうという短絡的な思考から出てきた行動である。




――まずは立ち上がる必要がある――




 ゾンビの方にどのような事情があったのかなんて、シャルミラには関係の無い話だ。


 自分を絞め付けていた相手が離れたのだから、これなら体勢を整えるのも容易であると、まずは上体を起こし、そのまま立ち上がろうとしたが、ゾンビと化した人間は目の前の男だけでは無かった。


「ニゲルキカ? オレタチノナカマニナレ……」


 シャルミラは背後から乱暴に掴まれ、再び背中を床に接触させられる事になる。首を腕で絞め付けられ、シャルミラは一体何が起こったのかを理解する為に自分の背後から纏わりついた者の姿を何とか横目で確認すると、そこには皮膚の爛れたゾンビのような外見の人間がいたのだ。


 どうやら先程シャルミラによって蹴りで距離を取らされたゾンビ1人だけが地中に隠れていた訳では無く、まだ人数がいる事をシャルミラは思い知る事になる。




「い……や……! 他にも……いた……?」


 ゾンビは単独でしか存在しないものとして認識していたから、背後から別の個体が現れる事を一切想定していなかった。背後から現れた方は上半身しか出していなかったが、シャルミラを立ち上がらせないように首元を腕で押さえ付けていた為、まともな反撃や抵抗すらもさせる事をしなかった。


 首元が苦しかった為か、シャルミラは相手の腕を引き剥がそうと両手に力を入れるだけでは無く、両脚も無造作に床を引っ掻くように暴れさせていた。だが、それもすぐに止められてしまう。


「オマエラ! コイツヲイケニエニスルゾ!」


 シャルミラを背後から押さえ付けていたゾンビは唐突に周囲に伝えるかのような掠れた大声を飛ばす。聞き心地が良いとは到底言えないであろうその声がシャルミラの耳にも入ったのは間違い無いが、それに対して嫌悪感を感じた事も間違いは無いはずだ。


 まるで周囲の仲間を呼び掛けるかのようなその声であったが、それは実際に効力を持った声であったのだ。




――シャルミラの両側から1人ずつ、皮膚の爛れた人間が床から現れる――




「まだ……いる……!?」


 一体この卵嚢の壁や床の奥に後何人のゾンビが潜んでいるかは知る訳が無いシャルミラであるが、近寄られるのは自分にとっては害悪でしか無い。接近を認めない為にも炎の球体を右手の先に作り出す。


 しかしシャルミラを狙っていたのは右にいたゾンビだけでは無く、左側の者もそうであった。距離が近かった左側にいたゾンビによって、強引に右腕を掴まれてしまい、狙いを定められなくなる。


 右腕を身体の左側に無理矢理に引っ張られ、そして狙いを妨害されている間に元々右側から迫っていた者もシャルミラに到達するなり、他の者達と同様に掠れた声を吐き出す。


「オマエハエラバレタ……。ハンパツハスルナ……」


 もうこの卵嚢に取り込むつもりでいるのだろうか。本来はこの者がシャルミラの右腕を押さえ付けるはずだったが、今はもう左側にいる者によって役目を奪い取られている。だからこそ、自分達に魔力で反撃をしようと試みたシャルミラに立場を理解させる必要があったのかもしれない。




「なんで……あたしが……選ばれるのよ!? ってか来るなっての!」


 ゾンビ達が自分を選択する理由は分からないが、勿論そこに納得をする理由も無い。本当は何故自分が選ばれた存在になったのかを聞き出す必要があったのかもしれないが、右からやってきたゾンビはシャルミラの身体の上に跨るように位置し、そしてしゃがみ込むなり、怯えながらも怒りの表情を作っているシャルミラに顔を近づける。


 首元と、そして右腕を折り畳まれるようにして左腕も纏めて拘束されているシャルミラに顔を近づけるゾンビは、まだ生気が強く残っている事を実感しながら、乱暴な質問にこの状況で答えようとした。


「ノマレタラリユウハナイ。アキラメテオレタチトスゴスンダヨ……」


 内部で非常に長い日数を過ごしていたのか、外見は勿論、内部までも不潔となっており、乱杭(らんぐい)としか表現する事が出来ない汚らしい黄ばんだ歯が口の内部から見えていた。シャルミラに届いたのは、そんなゾンビ達から放たれる生臭い息であった。




「いやっ! 臭いって! 息臭い! 近寄んないで!」


 首元が緩んでいたからか、シャルミラは声を障害無しに出す事が出来ていたが、それでも上半身を動かすのは未だに無理である。そこに外見が荒れたゾンビがわざとらしく顔を近づけてきたのだから、ゾンビのあまりにも不潔な口内を経由した吐息がシャルミラの顔面に命中してしまう。


 気分が悪くなるような要素しか存在しない臭気を少しでも避ける為に、シャルミラは横を向いて、距離を離すように懇願する。直接の抵抗は両手を塞がれているから出来ない事に加え、そして相手が要求に応じる事も一切無かった。


「オマエモオレタチミタイニナルゾ? ソレニ、オマエダッテヘンナニオイガデテルゾ」


 元々自身のプライド等も全て捨ててしまったような集団である。少女から自分が臭いと言われた所で傷も付かなければ失う何かすら無いのだろうか。しかし、ものを考える心だけは残っているからか、シャルミラに対し、仕返しだったのか、汗で多少違和感を受けるような匂いに対して言葉で反撃する。




「あんたよりはずっとマシよ! それに……あんた達がそうなったのって自分達がただ弱かっただけでしょ!?」


 確かにシャルミラは身体中を汗で濡らしてしまっているが、それでも相手に異常な不快感を覚えさせるものでは無いと自負している。そもそも相手の場合は不衛生による臭気である為、自分のものと比較対象にはされたくなかった事である。


 もしかすると、初めこそはシャルミラもこの卵嚢に呑まれた過程で自由も健康も全て奪われてしまったこの今はゾンビの外見で生きている者達に同情を感じていたのかもしれないが、もう魔物の方の味方であるかのような振る舞いがシャルミラの同情を確実に全壊させてしまっていると言えるだろう。


 脱出も出来ずに取り込まれた者達の実力の無さを責めるようにシャルミラはその場で怒鳴り散らす。


「オマエハアイツヲタオセナイゼ。アキラメロ」


 ゾンビとなった男は自分達の弱さを責められたのにも関わらず、それでも逆上等のような取り乱す真似も一切せず、シャルミラに対し、この異常な空間からの脱出はもう不可能である事を思い知らせようと、汚い口を動かした。




「あんた達と一緒にしないでくれる? 自分の弱さ自慢なんかして恥ずかしいと思わない!?」


 勿論シャルミラは負ける事を前提には考えていない。ゾンビが言う『あいつ』とは勿論あの真っ赤な生命体だ。そもそも男達がこの空間でゾンビとして身体を腐敗させたのはここで敗北をしたからだろう。まるで負けた事を誇るような言い方には共感等出来るはずも無く、相手の生臭い息を一時的に忘れるように堪えながら、真っ直ぐと視線を合わせて言い返す。


「ナマイキナオンナダナ……。デモオマエハユウシュウナカラダヲシテルカラ、コノバショノタカラニナルゾ」


 恐らくはゾンビと化してしまった男達の方がシャルミラより年上なのだろう。年下の少女に問い詰められた所で、それを受け止めるような事をしない。年齢の差によるプライドがそれを認めないのか、シャルミラを否定する言葉しか出す事しか出来ないのだろう。


 今でこそはシャルミラの容姿しか目で捉えていないが、近寄る際に身体を見ていたのか、それを思い出しながら卵嚢の内部で良い素材になると告げ始める。




「何が……宝よ? それただの変態じゃん? そんな事したら殺すからね?」


 掠れた聞き取りにくい声であっても、シャルミラはしっかりとそれらを聞き取り、自分の中で意味を整理する事が出来ていた。


 自分の身体を宝に例えたような言い方を聞き、それがほぼ確実に自分の身体を狙った行為を意味するものだと悟り、相手の事情がどうであれ、行為を認めないのは勿論、実際に手を出した時は命の保証が無い事も伝えてやった。表情も最後の時に細い眉の間に強い皺を寄せた怒りのそれとなっていたが、状況的に本当に反撃が出来るのかどうか。


「コロセルモンナラコロシテミロ? オマエガコレデナンニンメニナルカダ」


 まともに戦ってもシャルミラには負けないという矜持(きょうじ)があったのか、シャルミラの命に触れるような激語とも言えるそれを受けても引き下がる様子を一切見せなかった。


 どうやらこの場所ではシャルミラやリディア以外にも吸収されてしまった女性がいるらしいが、一瞬目の前のゾンビの男が後ろに視線を渡したように見えたのは決して気のせいでは無かった。シャルミラから見てもそれを気のせいとして片付ける事は無いはずだ。




「他にもいるの? ってかいつまであたしの事押さえ付けてんのよ?」


 自分以外にも女性がこの場所で吸収されていた事を知ると、シャルミラは一瞬だけだが、自分もここで最期を迎えた時の姿が脳裏を()ぎらせてしまう。


 勿論惨劇を迎えるつもりは無いはずであるし、そして自分を未だに拘束し続けている3体のゾンビが非常に邪魔でしか無かった。伝わってくるのは口臭だけでは無い。体臭も酷いとしか言えないものがある。


 思えばしばらくその場で一切動かずにいるというのに、床から触手が出て来ないのも気になるかもしれないが。


「モウスグハジマルゼ。オマエノアジミスルヤツガクルカラナ」


 再びゾンビは自分の背後を見た後に、シャルミラと目を合わせ直す。


 だが、シャルミラからは目の前のゾンビが障害となっており、更に向こう側がどういう状況になっているのかを確かめる事が出来ない。勿論身体をずらしたりする事も出来ない為、直接確認する方法が無いに等しい。




「味見って……何する気なのよ……?」


 食品の質を味覚で確かめる行為をそのままの形でやってくる訳では無い事はシャルミラでも理解は出来る。だからこそ、この蒸し暑い場所で妙な寒気を感じてしまったのかもしれない。大体は予想が出来ていたが、それを実際にされてしまえば精神的に耐える事が出来るのかどうかも分からない。


 今までは自分の腕を押さえ付ける奴や、自分の腰辺りに跨りながら喋りかけ続けていた奴の事ばかりを意識していたが、忘れかけていた下半身の方に初めて意識を注ぐ事になったのは、何かが接触したのを感じた当に今その時であった。




――触られた、それだけで済めば良かったが……――








今回出てきたゾンビどもは元々ならず者みたいな連中なので、やっぱり未成年の女性なんか見つけたらそりゃ身体を狙いたくなるのかもしれません。ならず者は表の世界でも大抵は人攫いなんかをして、大抵は性的な……あれを、なんですよね。多分あの世界で生きてる少女達、特に実際にならず者と戦う事を決めてる者達なら女性達をさらったりした後に何をやってるのかは分かってると思いますし、そんな事をする連中には一切の情けなんかいらないとは思いますが、やはり相手は力がある男なので、場合によっては上手くいかない所か、返り討ちに遭う事も……。

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