第22節 《肉食の氷霧蟲 卵嚢に閉じ込められた少女達の末路は》 5/5
今回は卵嚢と呼ばれる産卵の為に機能する器官の内部の話になります。本当の卵嚢だと多分人間が動き回れるような空間なんて無いんでしょうけど、ゲームとかでは大抵はダンジョンみたいな広い構造になってる事も多かった覚えがあります。小説でもそういう構造にしてしまっても多分問題は無いとは思いますが、そもそも民家みたいなサイズの卵嚢自体が非現実的なので、まあきっと許される……のでしょうか?
巨大生物の卵嚢に閉じ込められたのは、リディアとシャルミラ
異常な空間の居心地は、聞くまでも無い
しかし、そのままでは何も解決する事は無い
出口を見つける事でしか、これからの生きる未来は存在しない
リディアはこれから天井から落下しようとしていたシャルミラの対処をしなければいけない
閉じ込められた者同士、ここからどう進むのだろうか
――床に衝突する直前でリディアは無事に受け止める――
駆け抜けなければシャルミラはそのまま頭から床へと落下する所であった。頭から落ちればまず助からないのは明白だ。
リディアはシャルミラの腰を抱くようにして受け止め、頭から床に激突する事を何とか防ぐ。落下の反動は強かったが、リディアも渾身の力でシャルミラを抱き抱えるように受け止め、徐々にブレーキが入るような形でシャルミラの重力に引っ張られる状態は阻止された。
しかし、今のシャルミラの姿勢はリディアとは上下逆の状態である。そして、丁度2人は向かい合う形である。身体を密着させていた為、リディアの顔面に広がるのは、いくら同性とは言え、あまり歓迎されるべきでは無い光景であった。
「いや……これって……」
リディアの顔面には、シャルミラの本来であれば緑のスカートで視覚的には隠されているはずの部位が一切の遮蔽物が無い状態で曝け出されていた。リディアもいくら受け止める為とは言え、まさか自分の目の前に白の下着があまりにも率直に広がるとは思わなかった為、女性同士でありながらも凝視は不味いだろうと意識だけはしていた。
しかし、迂闊には手を離す事は許されない為、まずはシャルミラを安全な形で一旦床に降ろすしか無いが、今度は天井に向かって伸びていた脚がリディアの方に向かって倒れてきたのである。
同性なら分からないが、異性であれば寧ろこのまま迫られた方が幸せだと下心を感じてしまう可能性すらある太腿の両方がリディアの両肩を目指して関節から倒れてくる。ハット形状の黒の帽子の鍔の部分を押し曲げながら、シャルミラの色白な太腿はリディアの顔を両方から挟むような形となり、人間特有のそれなりの質量と、顔面を下半身で狙われる事による戸惑いが原因で、リディアは背中からバランスを崩し、転んでしまう。
「あぁ……うあぁあ!」
自分でもよく理解する事が出来ないような妙な悲鳴をリディアは上げてしまう。しかし、リディアは単独で背中から倒れた訳では無く、シャルミラを両腕で抱き抱えたままで倒れたのだ。
「いったっ……。って何これ……?」
背中を床に打ち付けたリディアだが、まずは立ち上がらなければいけない為、痛みで強く瞑らせていた青い瞳を開くが、リディアへの視覚による仕打ちはまだ終わらなかったようだ。上下逆に身体の向きを作っていた相手の下半身が丁度リディアの目の前に広がっていた。
仰向けに倒されているリディアの胸元の上で、白の下着から伸びた両方の脚がこれからリディアを左右から挟み込もうとしているかのような状態で広げられていた。嫌でも勝手に視界に入ってしまうし、後少しでも相手が自分の顔側の近くに寄ってしまっていたら顔面に下半身を密着させられていた可能性もある。
「なんでパンツのドアップなんか……ってかなんで痣だらけ?」
リディアは女子であるのだから、同性の下着なんか見た所で何も思わない所か、恐らくは寧ろ妙な嫌悪感すら覚えているかもしれない。しかし、至近距離であるからこそ、把握出来る事実もあったらしい。
よく見れば太腿の至る所に擦り傷や、明らかに殴られたとしか思えないような大きな痣が見えており、本来はあまり凝視すべき部位では無いのかもしれないが、下着の横からうっすらと見える臀部にも下着の裏から痣が食み出ているのも見えていた。一体何があったのかは、ここでは理解するのは難しいだろう。
しかし、ここは卵嚢の床である。ここで倒れたままでいたのであれば、当然のように洗礼が迫ってくる。
尤も、リディアはそれにすぐ気付く事が出来たから、この後の行動はただ1つだ。
「うわ、ヤバっ! ちょっとシャルすぐここから離れて!」
殆ど視界が床の至近距離にあった為、床の異変にリディアはすぐに気付く事が出来た。見惚れるつもりも無いであろう相手の下半身なんかには目もくれず、リディアは一旦シャルミラを自分の上から左手で払い除けるようにして落とし、それでも未だに自力で立ち上がる気力を見せてくれないシャルミラの上体を背中から下に右腕を差し込む形にしながら立ち上がらせ、自分の側へと引っ張り寄せる。
「え……? な……に……?」
無理矢理に立ち上がらせられる事で身体に強い負担が走り、それによって意識が呼び起こされたのか、シャルミラはようやくリディアの声を受け止める事が出来るようになったようだ。だが、まだ意識がはっきりと元に戻っていた訳では無いらしく、今はリディアに引っ張られるがままである。
「いいから!」
自分達が重なっていた場所から充分に距離を取る為に、リディアはシャルミラの洩れた声を殆ど意識せず、殆ど引き摺るような形でシャルミラを元々自分達がいた場所から距離を取らせる。
「あれ……? リ……ディア?」
シャルミラはまだ自分が誰によって引っ張られているのかを理解していなかったのだろうか。自分を背中から抱くようにして保持し続けている者の正体を確かめる為に後ろを振り向くが、そこにいたのは確かにリディアであった。黒のマスクで鼻から下を隠し、黒のハットで髪もいくらかを隠していたが、それだけで誰かを判断出来ない程、リディアとの付き合いが短い訳では無い。
状況の整理がまだ出来ていないのかもしれないが、自分以外の誰かがいる事により、自分が救われている事を徐々に実感する事になる。
「とりあえず寝惚けてないで、ここから出る事だけ考えて!」
意識が完璧とまでは戻っていないシャルミラに対し、リディアはやや配慮に欠けたような言い方をする。言葉の通りに眠っていた訳では無いとは思われるが、まだ茶色の瞳を開き切っていないシャルミラを見るとリディアからすれば同じ事だったのかもしれない。
「でも……良かった、リディアは無事だっ……!!」
徐々に状況の整理が出来る程に意識が復元され始めたようである。シャルミラはリディアも筒状の物体に呑まれていた事を思い出したが、あの状況で自分と同じように無事でいてくれた為、笑顔で自分の足で立つ為にリディアから一旦離れようとしたが、脚に力を入れた途端に鈍い激痛が貫いた。
「シャ、シャルどうしたの? 大丈夫?」
突然目の前で背中を丸めながら横向きになるような形で倒れたシャルミラの様子を異様に感じ、すぐにリディアはシャルミラの側に数歩踏み込み、立ち膝でしゃがみ込む。
「いや、脚が凄い……痛くて……」
シャルミラは太腿を押さえていた。内出血すらしているであろう脚にどれだけの激痛が残されているのかは本人にしか分からないのかもしれないが、歩く自由を奪われているのは確かだ。立ちたくても、脚が言う事を聞いてくれない。
「あぁそういえばなんか凄い殴られたような痕とか残ってたけど、……あぁまさかあの触手じゃないの? 私も呑まれる時に触手……ってちょっと不味いからここで立ち止まるのやめて!」
リディアはふと先程のあまり喜ばしくない下半身を目の前で見せつけられた様子を思い出したが、記憶に鋭く残っていたのは決してあの下着の色とか、異性が何を考えるか想像をしたくない程良い膨らみとかでは無い。見るからに痛々しそうな痣や擦り傷である。
しかし、この空間の異常性を理解しているリディアは、立ち止まりながらの説明が危険である事を知っている為、シャルミラの抱えている激痛を内心では分かってやろうと考えながらも無理に上体を掴みながら引っ張った。
「ってちょっと引っ張らないでっ……痛っ!」
やはりシャルミラは一歩踏み込んだ際に脚に力が加わる時に激痛を感じてしまうようである。ただ歩いたり踏み込んだりする事を制限されている身体の事情ではあるが、この環境ではそんなシャルミラにも一切の甘えを認めないだろう。
寧ろ、この場所では自由に動けない者を上手に取り囲むような仕組みが部屋全体に備わっていると言った方が正しいはずだ。
「そっかやっぱり凄い痛いのか脚……。それより、ここって同じ場所で立ち止まってたら床から触手なんか出てきて取り込まれる感じがあるから最低でも常に動き続けるぐらいはしてね」
リディアはシャルミラの感じている痛みを理解しようと頑張るが、この空間では立ち止まった者を触手達が包み込もうとしてくる為、痛みが引くまで休ませるという事も出来ないだろう。
この空間の異様な仕組みを説明するリディアだが、シャルミラの今の脚の状態で言う通りに自分の身を守ってくれるかどうかは不安に感じているようだ。
「ここってそんな怖い場所なの?」
シャルミラは実際に床から触手が這い出てくる様子を見ていない為、リディアの説明だけで事を理解しないといけなかったが、真剣な表情を見れば、言う通りに動かなければ結果的に自分の身体に害が走るという事が理解出来るような気がしたのかもしれない。
「まあそうなるね。そりゃあの生物の袋の中だからこれぐらい普通なんだと思う。所で……歩ける? その脚で大丈夫?」
リディアは今の自分の説明の全てを受け止めてくれたのかまでは確認しようとはしなかった。兎に角、今はシャルミラの捉え方の通り、怖い場所という事を理解してもらえたのであればそれで良かったようだ。
だが、やはり気になるのは、本当に自分だけの力で歩行が出来るのかどうかだった。リディアからすると、あの痣の大きさや数を見ると、とても普通に歩行するのは厳しいだろうと感じたのかもしれない。
「いや……頑張れば何とか……あ゛ぅ゛!!」
実は現在はリディアの肩に右手を置きながら辛うじて脚で自分の身体を支えているのであった。
しかし、シャルミラもいつまでも甘える訳にはいかないと自分に言い聞かせ、一度リディアの肩から離れるが、両脚に全体重が乗った瞬間に苦痛が表情に出てしまう。
咄嗟にリディアがシャルミラを支えてくれたが、誰もいなければ再び倒れ込んでいた事だろう。
「ホントに……大丈夫なの? 絶対それ触手に殴られた傷じゃん。私もやられたし」
リディアからすると、殆どシャルミラの全体重を受け止めているようにしか感じられず、本当に自分だけで歩く事が出来るのかが心配になるような状況だ。
痛がるシャルミラを支えながら、再度シャルミラの脚に視線を落とすが、心当たりのあったリディアは、脚に怪我を負わせた張本人を割り出した。リディアも同じように傷を受けそうになっていたから、すぐに答えを出せたのだろう。
「触手……? そんなのあたし……見てないけど?」
シャルミラは脚の激痛を堪えながら、自分を襲った張本人をリディアに確認する。しかし、シャルミラは視界を覆われながらの事であった為、実際に触手そのものを目視はしていなかった。今は説明だけが頼りである。
「とりあえず私に掴まってでもいいから、ちゃんと歩きながら、だよ? 歩きながら説明するから、まずは出口探そう?」
常に意識せねばならぬ事として、ここでは立ち止まる事は許されない。
リディアはまたここで立ち止まっている事を意識し、多少はシャルミラを引っ張ってでも、再度歩き出す選択肢を選ぶ。
「それも……そうだね。所で、ここに呑み込まれたのってあたし達以外にも誰かいた?」
確かこの空間では立ち止まっていると床から触手が這い出て、そのまま取り込まれてしまうと説明を受けていた為、歩き続ける事に対してはシャルミラも賛成するしか無い。
出口への希望はまだ薄いのかもしれないが、シャルミラは自分達の他にもこの卵嚢の内部に閉じ込められた者がいなかったのかどうかをリディアに聞く。リディアに自分の体重の殆どを預けながら何とか歩いているが、左腕でシャルミラを持ち上げるように支えてくれているリディアとただ一緒にいるだけでこの空間から漂う恐怖の殆どを和らげる事が出来ていた。
「いや、私以外は……いなかったね。シャル以外は誰も見てないし。多分皆私達の事心配してるから、こんな所で死んじゃ駄目だからね」
リディアは事実をそのままシャルミラへと話した。他者がいる気配は無かったのは事実以外の何物でも無い。ここにいるのは自分とシャルミラだけであるのだから、外にいるはずである残りの者達にすぐに再会して自分達が無事である事を証明させなければいけないと、自分とすぐ側にいるシャルミラへ言い聞かせる。
「死ぬつもりなんて無いわよあたしは。でも、バルゴ……まさかあたしが死んだって思ってないだろうね?」
気持ちだけでも、ここでは生き延びる気合を保たなければいけないだろう。まだまだこの世に命を宿して十数年程度しか生きていないシャルミラにとっては、ここでの死は無駄でしか無い。まるでリディアに対しても何か不満や反発を感じさせるような言い方ではあったが、ふと思い出したのは、リディアとは異なる形で縁を結んでいるバルゴである。
「いや、私にそれ聞かれても答えられないけど、呑まれる前はバルゴと一緒だったの?」
ここにいた所で、バルゴの心の叫び等を知る事は出来ない。しかし、それを聞いたリディアは、外にいた時はバルゴと共に戦っていたのかをシャルミラへと聞く。
「そりゃ、勿論そうだね。ずっと隣にいたもん。あたしが呑まれそうになった時も脚引っ張って助けようとしてくれてたんだけど、失敗しちゃったみたい」
シャルミラはその言い方をどう捉えていたのだろうか。リディアとしてはバルゴの無事を確認したかったのかもしれないが、シャルミラからすると、言い方の通り一緒にいたのかどうかだけを聞かれていたようにしか感じられなかったようだ。
しかし、自分が結果的に管によってこの内部へと呑まれてしまったとは言え、恐らくはバルゴであろう者が助けようとしてくれていた事を思い出す。救助こそは出来なかったが、自分を大事に思ってくれていたであろうバルゴには絶対再会したいと考えている事だろう。
出来れば、歩く際に毎回のように走る脚への鈍痛を何とかしたいが、今は無理だ。
「脚引っ張って……って、あ、あぁもしかしてシャルって頭からあの変な筒みたいなのに呑まれたって感じだったの?」
リディアは筒に呑まれようとしているシャルミラを救助しようとしていたバルゴの様子を想像したが、その時に浮かんだのは、脚を掴みながらシャルミラを筒状の器官から引っ張り出そうとしている姿であった。
なんとなく下半身だけが表に出た状態を連想したリディアだが、恥ずかしい姿を晒していたであろう事に関しては深くは意識しない事にしていた。
「よくそこまで想像、出来たね。まあ、そうなんだけど、だからあたし触手とかが何やってきたのか直接は見れなかったんだよね」
どこか口調は冷たかったが、勿論シャルミラは決してリディアに恨みをぶつけるつもりでは無かっただろう。ただ、呑まれる時のあの格好が自分にとってあまり好ましいものでは無かったというだけである。視界を覆われていたせいで、外でどのような形で自分に手出しをしてきていたのかは分からないままだ。
「いや、ある意味見えなくて良かったと思うけど、私もなんか触手どもに無理矢理奥に押し込まれるみたいな感じでやられたからさあ、ホント気分悪かったんだよね」
リディアにも想像は出来てしまったようだ。上半身から呑まれ、下半身が後から管に呑み込まれる際の姿がどのような形なのかは、想像は出来るが自分がそうなる事だけは避けたいと思ってしまう。その状態で触手に狙われる事なんて、尚更考えたくも無いだろう。
そして、触手達の目的は、身体を触る事では無く、あくまでも捕食者を管の奥へと押し込む事だったのでは無いかと、リディアなりの憶測をシャルミラに説明する。リディアとしては、触手に殴打を受ける物理的な痛みよりも、嫌悪感の方が勝っていたようだ。
「あぁあれ触手の仕業だったの? あたしなんか殴られる前なんてパンツ脱がされそうになったし……」
その話を聞いて、シャルミラは自分が上半身から管に呑まれそうになっていた時に自分を触っていた犯人を知る事になった。あの時は、確かに自分の下着の隙間から何かが入り込んでこようとしていたから、自分の嫌な部分に入り込もうとしていた奴の正体を知れたのは良かった事だったのか、それとも知らない方が良かった事だったのか。
「いや、そういう生々しい事言わなくていいって。まあ多分だけど、ここに呑まれちゃった人達ってあんな感じで触手に好き放題リンチみたいに殴られて、弱らせられた所でここで吸収されちゃうみたいな感じなのかな」
あくまでも女子同士だからこそ言えた話だったのかもしれないが、リディアとしてはあまり聞きたくは無かった話だったらしい。
本当に脱がされていたのであれば、折り重なるように倒れた時にとんでもない光景が目の前に映り込んでいたという事になっていた可能性がある。それは一旦置いておく形で、あの触手達の意図を考えてみる事にした。
殴打を受ければ確かに捕食者は抗う力を失うかもしれないが、力を失い抵抗する体力を奪った上でそのまま床に吸い込まれてしまうというのは、それは絶望としか言い様の無い最期だろう。
「そういうリディアだって生々しい事言ってるじゃん? でもリディアも殴られたはずなのになんでそんなにピンピンしてるの?」
この空間で歩く力すら奪い取られた者が最後にどう迎えるのかを説明される方が、シャルミラからすると嫌な形で聞こえていたようである。
ただ、ここで疑問が1つ頭に浮かんだようであり、リディアも自分と同じように触手から殴打を受けていたはずなのに、それにしてはどうして平然と歩けるだけの体力が残っているのか、それを聞きたくなったようだ。
「私は一応外が見える状態で呑まれてたし、触手どもがどういう感じでこっち狙ってたか見えてたから、一応バリアで何とか耐えてたんだよね」
状況を視覚で判別出来ていたからこそ、リディアはその場で的確な対処が出来ていたようである。そして、あくまでも狙われたのは胴体で、正面から狙われていた為に防御の体勢も作りやすかったから、無駄な負傷をせずに済んだのである。
「あぁそっかぁ。リディアって出来るんだよね。バリア」
自分もあの時にバリアを上手く扱っていれば今のような怪我を負わずに済んだのかと、シャルミラは心で感じたが、咄嗟の判断を完璧に決めていたリディアを遠回しに誉めるように口に出す。
尤も、シャルミラも魔力を上手に操作すれば自身の身体を守る壁のような物を生成させる事が出来たとは思われるが、視界を確保出来ない状態ではそれも叶わなかった可能性もある。
「……なんかごめんね。嫌みみたいになっちゃったかな。でもちゃんと私がシャルの事は守るから、今は出口まで頑張ってくれる?」
シャルミラは脚に激痛を負ってしまっている最中なのに、自分は殆ど無傷に近い事を自慢しているかのような気分になってしまったリディアは、申し訳無さそうな表情を浮かべながら自分の言い方を反省する。償いのつもりとして意識しているのか、自分に苦痛が伴う覚悟でシャルミラを死守すると約束する。
今ここで頼める事は、脱出するその時まで気持ちを捨てない事であった。
「別に嫌みなんて言うつもりは無かったんだけど、でも出口ってホントにあるの?」
意図しない形で相手に伝わってしまった事を自覚した為、シャルミラも何だか気まずい思いをしたが、この異様な空間で馬鹿正直に外に出られる場所があるのかどうか、それを聞いてしまう。今は聞ける相手がリディアしかいないから、駄目元であってもそうするしか無い。
返事の内容は、大方想像は出来ていた事だろう。
「それは私にも分からないけど、ここ一本道だし、とりあえず奥に続いてるからまずは信じるしか無いと思うよ」
分からないとしか、ここでは言えないだろう。しかし、相手は友人であるシャルミラである。リディアは決して苛々した様子も見せず、奥にもしかしたら存在するのかもしれない希望を目指すべきだと、威圧感の無い表情を浮かべた。
リディアだって、この卵嚢の構造を知り尽くしている訳では無い。初めて取り込まれてしまった場所で、どこに出口があるのか、そもそも出る事自体が可能なのかどうかすら判別するのは無理に近いはずだ。しかし、リディアは決して怒りを見せたようなぶっきらぼうな返答等をする真似はしなかった。違う相手であれば、当たり前の事を聞くなと、怒声を飛ばされたりしていたのだろうか。
「言われてみたら……確かにここで立ち止まってても何も始まらないわよね。それになんかリディアと一緒だとなんか上手く行くって思っちゃうし」
ここでは立ち止まっていたら出入口を見つける事が出来ないだけでは済まされず、この空間の床に取り込まれてしまうのだが、助かる為には最低限、単純に前に進み続ける必要がある。
そしてなんだかんだでシャルミラはリディアに頼り切っているかのような態度を見せていた。
「私は別に幸運の何とかってあれじゃないけど、こんな気持ち悪い所に長くいるなんてやだから、ただ出たい、脱出したいって思ってるだけだよ?」
自分にはただ一緒にいるだけで状況をプラスの方向に持って行く不思議な力は無いはずである。ただリディアはこの場から何とか生き延びたいから必死になっているだけだったのだが、普段からの諦める事をしない気持ちが周囲に幸運な存在として扱われる要因となっていたのだろうか。
「あたしからしたらリディアは充分幸運の女神みたいな存在だと思うけどね。特に今は」
現に今は自由な意思で動きにくい状態である自分の事をリディアは支えてくれている。
もし自分だけがこの空間に閉じ込められていたら、既に今頃はもう取り込まれてしまっていたとしか考えられない。動く為に必要な部位である両脚に怪我を負わされているのだから、単独だった時は本当に可能性があっただろう。シャルミラにとっては友達であるのと同時に、救いの存在でもあるのだろう。
「ありがと。じゃあ、幸運である証拠を作る為にまずはここから出ないとだね。出なかったらそれじゃただの不幸だからね」
一度は否定したリディアだが。相手は自分が幸運を呼ぶ存在であるとして何としてでも認めたいようであった為、諦めるようにしてリディアは自分がそのような存在である事を自覚してしまう事にした。しかし、認められたからには必ずここからの脱出は成功させなければならない。失敗すれば、確実にシャルミラから不幸の存在として酷評されてしまう。
「そうだね。こんなよく分からない奴のせいで人生終わるなんて絶対やだし」
まずはここを脱出するのが先である。
シャルミラだって、捕食という形で人生の最期を迎えるなんてお断りなはずだ。言い方は単純な否定そのものではあるが、それが言葉だけでは無く、脱出という行動そのものに繋がれば良いのだが。
「って今私言ったんだけど、誰かが私達の事狙ってるって、気付いてる? さっきからずっとそうだったんだけど」
それはまるでシャルミラに覚悟を決めさせているかのようだった。リディアは既に決めていたようだが、シャルミラ以外にも誰かがこの空間のどこかにいる事を察知していたらしい。何を手掛かりに知ったのかは、まだ分からない。
「誰か……って? 変な魔物的な?」
自分達を標的にしている何者かの正体が人間では無く、この空間に相応しいおぞましい魔物の類である事はシャルミラにも容易に想像が出来たようだ。
今はリディアと一緒にいるからか、狙われている事に対する恐怖は見せていない。
「そうなるね。さっきから妙に凄い変な臭い漂ってたけど、そいつが犯人だと思ってたからね」
魔物である事に間違いは無いとリディアは答えた。尤も、直接姿を見た事も無い上にこの空間自体が初めてであった為、殆どが想像の域を出ないのだが。
どうやらリディアは黒のフェイスマスク越しに何者かが漂わせているであろう臭気を感じ取っていたようだ。マスクを通り抜けて伝わる臭気とはどれだけの強さなのだろうか。
「犯人? ってそれって人? え? どっちなの?」
言葉に人というものが入ってた為、シャルミラとしては魔物では無く、人間の類が自分達を付けているのかと思ってしまったようである。しかし、最初は魔物と答えられていた為、どちらが正しいのか整理が付かなくなったようだ。
そして、シャルミラは何者かが漂わせている臭気には気付いていない事に加え、今もそこまで臭気にやられている様子も無いようである。脚の痛みの方が強いのだろうか。
「いや、犯人ってのは例えばの表現の事! 実際は人じゃなくて魔物みたいな感じの奴だと思うけど、なんか音もどんどんハッキリしてってるの、分かる?」
リディアは相手が人間である事を前提の言い方をしていた訳では無かったが、相手には人型に限定したかのように伝わってしまった為、いつものようなテンションで誤解を解こうとする。しかし、微かに聞こえていたであろう音は、徐々に大きくなっていく様子であった。
「あぁ、確かになんか、壁……じゃないね、天井から――」
シャルミラもリディアに支えられた状態のままで、自分の意思で音がどこから響いているのかを目で探る。場所は壁だと認識していたが、音の移動を目で辿ると、最後は天井に位置するようになったが、そこで音自体の移動が止まったと感じた時に、シャルミラは声を詰まらせる。
――突然天井が大きく口を開き……――
「うわぁなんか出てきた!!」
シャルミラは元々側にい続けていたリディアにしがみ付きながら、気味が悪いはずの外見のその赤い生物を凝視し続ける。
天井の口を無理矢理左右から開くように出てきたのは、真っ赤な身体を持った人型の何かであった。形だけは確かに人間のそれではあったが、通常の人間と比較した場合、人間で言う頭部に該当する場所に腕のような部位が2本生えている。言ってしまえば、頭部の代わりに腕が更に2本生えているという事になる。
同寸の胴体も天井から出し切り、天井に貼り付いた状態で、リディアとシャルミラをまるで凝視しているかのように天井に貼り付いたまま、静止している。尤も、どの部位を使ってリディア達を目視しているのかは確認出来ないが。
「まずは離れよっか! ってうわぁこれ凄い気持ち悪いんだけど……」
自分達の真上にいる赤い生物は、リディアから見ても嫌悪感しか感じる事が出来ず、そして真下にいたのでは落下と同時に打撃を受けてしまう。
相手の力の強弱がどうであれ、まずは距離を取らなければ安全を保障させる事が出来ない。しがみ付いてくるシャルミラを一旦両腕で持ち上げるようにしながら、自分達が元々歩いていた方向へと飛び退いた。
――まるでそれを待っていたかのように、生物は落下する――
上半身から生えている2本の奇妙な腕が人間でいう頭部のような役目を果たしているのか、胴体の方は四つん這いのような姿勢を作りながら、例の2本の腕はリディアとシャルミラの方へと向けられている。
それはまるで2つの長い首を携えた頭部そのものにすら見えてくるが、形状は手そのものにしか見えず、接触されれば掴まれて何かをされるというのは容易に想像が出来るはずだ。
「多分……だけどこの場所の番人みたいな奴……なのかな?」
リディアは目の前に現れた赤い肉体の生物がこの卵嚢に偶然迷い込んできた存在だとはとても思えなかった。寧ろ、この空間を外部からの侵入者、特にリディア達のように大人しく養分にならない連中を無理矢理大人しくさせるのが、この生物の役目なのだろう。
リディアとしては、戦うだけの体力は充分に残っているから、シャルミラの面倒があっても負ける予定は決して意識しなかった。
「こういう場所に出てくる奴って、戦った方が結果的にいい方向に進むんだったよね」
シャルミラも、今出てきた生物の存在が後々の展開に意味のある変化を見せてくると読み、もういい加減リディアに甘え続けるのは悪いだろうと意識したのだろう。
リディアから離れ、自分だけの力で立ち続ける事を決める。脚は確かにまだ痛いが、今であればそれなりに引いている為、多少我慢さえすれば何とかなる。それにシャルミラはリディアとは異なり、足技で戦う訳では無いのだから、恐らくは過度な負担をかける事は無いはずだ。
「私も一瞬思ったんだよねそれ。多分倒したら出口が出てくるって私も思ったんだよね。所で、自分だけで立てるの?」
まだ相手は両手と両足を地面に付けたままこちらを窺っているが、自分達を見つめている赤い生物に対し、リディアはこの生物がこの卵嚢からの脱出の鍵を握っていると想定出来てしまっていたようだ。
体格的には人間の大人程度である為、体格差で言えばリディア達の方が多少小さいにしても、リディアからすれば多少自分より身長があるからと言ってそれで負ける気はしなかったらしい。ここでは尚更度胸が必要になる。そう本人は自分に言い聞かせているようにも見える。
しかし、心配なのは自分の側から離れたシャルミラである。脚が痛いはずなのに、問題は無かったのだろうか。
「いつまでも頼ってなんてられないじゃん? あたしなんか守ってたらリディアだって戦ってられないと思うし。あたしはもう大丈夫だから!」
内心では中心にまで貫いているのでは無いかと思いたくなるような脚の痛みに悩まされているが、シャルミラも戦う立場の人間である。普段も似たような状況に追い詰められている事も多いはずなのだから、痛みを自分の気持ちで封じ込める事ぐらいは出来るはずだ。
両手に青い光を灯らせる。
「そろそろあいつ攻めてくると思うけど、あんまり無理はしないでね? 何やってくるか分かんないからあいつ」
リディアも両手から魔力で生成させた刃を発生させる。黒の戦闘服に似合う武器の関係で、勇ましい構えに見えてくる。青い瞳の奥には、勝利の様子しか想像されていない事だろう。負ける時の事は一切想定していない姿も見えてくる。
「ありがと。じゃ、あたし達の事を呑み込んだ事、後悔させてやろうね?」
注意を渡してきたリディアに一言礼を言った後に、シャルミラも強気な目付きを作りながら戦闘体勢を維持させる。
この卵嚢は元々少女2人を養分にしようと企んでいたのだろうが、寧ろそれが自分を滅ぼす要因になってしまう事を意識させてやろうと、目の前の赤い人型の生物をまるでただの弱者としか考えなかった。気持ちが弱ければ確実にここで最期を迎えてしまう。
赤い生物の登場で、壁や床が少女2人に気付かせずに活発化し始めている事に、戦う2人はまだ気付いていなかった。
卵嚢の内部って普通に考えて凄く気持ち悪いとしか思えないですよね。そもそも魔物と戦うのに気分がいい展開が来るとは思わない方がいいのかもしれませんし、そして卵嚢の内部ではまだまだ生々しい展開が待ってます。
正直、呑まれてしまったリディアとシャルミラには生き延びて欲しいですが、卵嚢の内部である以上は平和な脱出手段は期待しない方がいいかもしれませんね。でもどうやって脱出してもらうべきか……。