表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
4/130

第4節 ≪連戦の一段落 ~仲間との出会い~≫

 前回から間が空いてしまいました。どうしても私生活の関係で更新ペースが守れなかった事をお詫び致します。今回はリディアの場所から離れた場所が後半から展開されます。今回もまたモンスターのような生物が登場しますが、皆様の脳内で無事に再生される事を祈るばかりです。

誰だって、1人だけでは心細いものである。


過去に絆を誓った者と出会った時、一時的とは言え、孤独だった少女に1つの希望が灯る。


自分の放った言葉に返事をしてくれる者がいるだけで、それでいいのだ。


相手が自分の存在を常に認識してくれる事で、自分の存在に価値があると潜在的に感じる。


だからこそ、もし出会った相手がピンチになっていたら、それを助けてやるのも仲間として大切な事である。

手を伸ばす事こそが、絆を結んでいるという何よりの証拠にもなる。

自分だって、助けてもらった過去を持つなら、恩返しという形でするのも悪いとは言えない。








――捨て身とも言える、花形の怪物の突進が迫る!!――


リディアの背後には、ベルトコンベアーで流れてきた対象物を巻き込み潰すローラーが回っており、リディアは追い詰められている。

前方を塞がれた状態で、怪物はリディア共々巻き込ませようと、リディアへと飛び込んできたのだ。


「そうは……させるか!!」


リディアだって諦めた訳では無い。


ローラーは上下2つの間に挟まれてこそ、死を決定させる恐ろしい存在であるが、そこにさえ触れなければ命は落とさない。

最上部に向かって跳躍し、ローラーを踏み台にするなり、花形の怪物を飛び越える。


そして、花型の怪物はリディアの回避を視覚で認識はするも、身体にはもう反動がしっかりと染み付いており、制御する事が出来なかった。

止まる事も出来なかった怪物は、そのままローラーに巻き込まれてしまう。




――これが、決定的な最期となる……――


「ぐあぁががあぎぁあぁあ……」


人間であればまず発する事の無いようなこの奇声が悲鳴のようなものなのかもしれないが、悲鳴にしてはやや静かで、そして短かった。

着地する前にリディアはこれを耳に入れるが、着地してからゆっくりと背後を振り向くと、リディアの中で恐怖が湧き上がる。




(うわっ……あんまり見ない方が良かったか……)


相手は植物であったが為に、身体を潰され、出てきた内容物はせいぜい体液や根の欠片等であったが、それでも見ていて気持ちの良いものでは無い。

リディアは自分がもし巻き込まれていたら、なんて恐ろしい想像をしてしまい、余計な想像の種を自分で見た事を後悔する。


マスクの下で、そして同じ色の黒いハットの下で冷や汗と疲労による汗を流しながら、後退を続けていた身体を正面へと向き直す。

足元に注意を払っていなかったリディアは、コンベアの端にいつの間にか来ていた事に気付かず、思わず足を滑らせてしまう。


「!!」


足元のバランスを失ったリディアは声を出す余裕も無く、ベルトコンベアの下に存在する床へと前のめりに転んでしまう。


「いったっ……!」


黒いベストは確かに外部からの攻撃を保護する役割を持っているが、だけどそれは保険に近い存在である。

転倒等による衝撃は、ベストを貫いてリディアへと直接伝わってしまうようである。


思わず痛みにリディアは青い瞳を強く瞑るが、だけど意識が飛ぶ程のものでは無い。


それに今は、拘束されている銀髪の女の子の元へと向かわなければいけない。

脅威は排除した為、後はもう何も邪魔が入る事は無い。




――立ち上がると同時に、リディアから緊張の鎖が外される――




「あぁ痛かった……。さてと……」


 やっぱり転んだ時に実際に痛みが身体に走ったらしいリディアであるが、立ち上がるなり、すぐにその視線を拘束された女の子の方へと顔ごと向ける。先程の戦いによる緊張感と肉体的な疲労と、内部で燃え上がっている炎の熱によって汗が収まってくれないが、今はどう足掻いても熱気は落ち着いてはくれない。


 それよりも、あの女の子の身が心配である。


 リディアは棚を避けながら、先程見つけた場所へと駆け足で足を進める。


「とりあえずさっきの怪物は片付けたので、って……えっと、あれ? 貴方って、コーチネルさん、ですよね?」


 拘束された状態で未だに身動きが取れない女の子の脇へと進みながら、現状の報告をしようとしたリディアであったが、銀髪を持ったその少女の容姿を確認するなり、1つの覚えがある名前を口に出した。


 白のラインで外見の装飾を加えた、桃色の竜の鱗の武具を纏ったその少女も、非常に辛そうに重たい呼吸を続けながら、リディアと目を合わせる。




「やっぱり……リディ……ア……だったんだぁ……はぁ……はぁ……」


 きっとリディアがここに到着する前から戦っていたのかもしれない。


 コーチネルと呼ばれた銀髪の女の子は、まるで自分に救いの天使でも舞い降りたかのように、茶色の瞳にうっすらと笑みを浮かべた。それでも、やはり荒い呼吸は一切止まる事を知らなかった。


「ってちょっと、あの、大丈夫ですか!? 凄い辛そうですけど!?」


 リディアはコーチネルの荒い呼吸に加え、顔に付いた痣や、スカートの下から伸びる白い脚の至る場所に見える擦り傷や出血の痕を見て、少なくともただで済む状態では無いと察知し、非常に真っ直ぐな質問を飛ばした。




「まず……これ……何とか……して……」


 現在もコーチネルは根によって身体を非常に硬く仰向けの状態で拘束されている状態である。身体に常に負担がかかっている為に、体力の限界に来ているコーチネルにとっては、自分が自由になるようにどうにかしてほしいと考えていたのだろう。


 そして、足元から彼女の事を見ると、彼女が羞恥心を覚えるのは言うまでも無い。


「あ、そ、そ、そうですよね……。これ、でも……どうしよ、これ。斬れないかなぁ……?」


 コーチネルを未だに拘束している根を外そうと、リディアは薄緑の手袋で包まれた両手で根を掴んで力を込めてみるが、頑丈な作りであるからか、リディアの力ではびくともしてくれなかった。


 その為、今度は手を広げ、刃を実体化させ、それを鋸のように、奥、手前へと押したり引いたりを繰り返しながら根に傷を刻み込む。




「って結構硬いし……。あぁもうどうしよ……これ何とかならない……ってあれ?」


 流石にリディアもそろそろ体力は万全とは行かない状態かもしれない。睡眠時間を削っている事に加え、先程の怪物との戦いで更に消耗してしまっている状況では、根を斬るにも力を入れにくいのかもしれない。


 それでもコーチネルを開放する為に、斬る作業を続けていると、突然妙に軟化したかのような感覚を覚える。




「あれ? なんかこれ溶け出してます……けど?」


 突然、自分が実体化させた刃がすんなりと根に入っていくのをリディアは直接見るが、更に時間が進むと、まるで液体化でもするかのような現象が根で起きた事を理解する。


 リディアは半ば状況的に刃での斬り刻む動作を止めるが、液体化するという事は、それはコーチネルの束縛も緩くなるという事である。




――突然コーチネルの身体を押さえる存在の力が失われ……――




「うあぁ!! 痛っ!!」


 持ち上げられる形で束縛されていたコーチネルであるが、その力が無くなれば当然地面に投げ出される事になる。


 自分が突然落下する際に発生する身体への違和感と、そして地面に叩き付けられる物理的な痛みによって、一驚(いっきょう)と悲鳴を順にあげてしまう。


 そして元々体力的に非常に消耗していた為、今の鈍痛と重なって、立ち上がる事は出来なかった。




「今のちょっとっていうかかなり痛そう……。それより大丈夫ですか!? 今の大丈夫ですか!?」


 根の束縛から解放されると同時に、背中から石造りの地面に落下したコーチネルの姿を見ていたリディアは、相手の痛みをなんとなく自分の身体でも感じながら、だけどそれを黙ってみている訳にはいかなかった為、相手の痛みを心配し、コーチネルの視線に近づく為にしゃがみ込む。


「あたしは……いちお大丈夫……。所で、なんであんたがここにいるの?」


 本当に大丈夫なのかはきっとコーチネルにしか分からないだろう。だが、ただ痛みだけで済んだのであれば、後は時間の経過と共に痛みが引くのを待つだけである。


 しかし、コーチネルにとって今知りたいのは、どうしてこの人が来なさそうな場所に、それも深夜帯にリディアが現れたのか、であったようだ。汗で濡れた顔で、フェイスマスクを着用したままのリディアをしっかりと捉える。




「え? 私、ですか? いや、えっと、その、偶然通りかかったんですよ! えっと、火が立ってたのでなんか不味い雰囲気とか、そういうのがあったので来てみたんですよ!」


 コーチネルは限界に近づいた疲労を背負っていた為、なかなか充分な音量の声を出せなかったが、リディアにはしっかりと伝わっていたようである。


 リディアも、狙ってここに訪れたのでは無かったという事を伝えるが、それはある意味ではコーチネルにとっての不幸を思わせる内容でもあった。リディアの言う悪い雰囲気が立ち上がっていなければ、もしかしたらここで絶命していた可能性すらあるのだから、炎がある意味でコーチネルを救ったと言える。


「なるほど……。ま、でも……おかげで……助かったから……ラッキー、だよね……」


 茶色の瞳も半分程度閉じようとしている状態で、コーチネルは立ち上がれないままで、弱弱しい笑顔を作る。




「っていうかそれよりコーチネルさん大丈夫なんですか? さっきから凄い辛そうですけど、怪我とか、なんか深手とか、負ってるとかしてるんですか? 見た感じはそこまで酷く無さそうですけど……?」


 リディアにとって気になっていたのは、やはりコーチネルの現在の状況である。声も非常に弱弱しく、そして更に今は仰向けに倒れたままの姿である。もしかしたら何か身体に深い傷でも受けていたのかと、不安になってしまう。


 見た目だけでは、単に顔に擦り傷が出来ていたり、胴体の薄手の鎧と、アームカバーの間から覗く二の腕に切り傷があったり、スカートの下から伸びている太股に痣や出血の痕が出来ていたりしている程度で、命に関わるような重大な怪我をしているようには見えなかったようでもある。


「違う……。怪我じゃなくて……疲れてる……だけ……」


 怪我は半分嘘になるが、一番の理由は、やはり休憩を一切挟まない事によって生じた極限までの疲労だろう。全身の力を奪い取られている為、もう満足に立っている事等、コーチネルには出来ないのだ。




「あ、なるほど、体力がもう限界っていう、あれですよね?」


 それを聞いたリディアはほっとしたかのように、落ち着いた口調でコーチネルの体調について訊ね始める。命の危険が無いのであれば、リディアも一安心しても問題は無いはずである。


「そう……よ……。朝からずっと……飲まず食わずだったし……ずっと戦って……ばっかり……で……」


 どうやら、リディアがここに来るずっと何時間も前から、コーチネルは戦闘を続けていたようである。それが原因で、コーチネルの体力はもう尽きてしまっていたのだろう。戦いの場合、相手を確実に止めなければ、休憩さえも挟む事が出来ない為、非常に厳しい世界なのである。


 時折瞳を非常に強く瞑る様子も見せており、リディアに事情を説明するだけでも、この限界に近づいた身体が悲鳴を上げている様子でもある。




「あぁもう分かりました分かりました! 辛そうなんですからもう喋らないで! 所で、他にこの周辺でコーチネルさん以外に他に誰か、えっと、人とかっていないんですか? いたら私が助けに行くとかしますけど」


 コーチネルの体力を心配し、それ以上は静かにしていてくれと言ったリディアであるが、聞きたい事があったが為に、今自分で相手に要求した事を破らせるかのように、1つの質問を投げかける。


 もしまだ誰かがいるのであれば、それを放置する訳にはいかないとリディアは考えたのである。勿論、誰かが残っているのであれば、すぐにここを飛び出すつもりでもいたに違いない。


「大丈夫……それは……ディマイオが避難させて……くれたから、大丈夫……」


 その話を聞く限りでは、もうこの空間にはコーチネルと、そして偶然助けに来てくれたリディア以外には、誰もいない様子である。


 実際リディアがここに辿り着いた時も、自分以外の人間には出会わなかったし、勿論死者や負傷者も一切いなかった為、それはそれでリディアにとっては安心出来る情報である。




「ディマイオ……さん、あ、コーチネルさんのお仲間さんですか?」


 初めて聞いたその名前について、リディアは率直に疑問に感じた事をコーチネルへとぶつける。


「そう……。それより……もう……私……限界……だから……」


 未だに立ち上がらない姿のままで、コーチネルは弱々しく首を一度だけ縦に振る。しかし、全身に走る疲労と、そして怪物から受けたであろう苦痛が合わさり、言葉を発するのも非常に辛くなってしまう。


 一瞬、鮮明だったリディアの、黒のハットとフェイスマスクを付けた顔が霞む。




「え……えぇ!? ちょ、ちょっとコーチネルさん!!?」


 リディアは突然弱り出し、茶色の瞳を閉じかけたコーチネルの肩のそれぞれを両手で強く握り、薄れていく意識を必死で呼び戻そうとする。リディアの元々高い声色が更に大きくなり、声が倉庫内に響き渡る。


「ち……違……うって……。死ぬ……訳じゃ……無い……から……。ただ……頼み……」


 まだコーチネルは死んだ事を決定させた訳では無い。勝手に死を決め付けられたかのような態度を取ってきたリディアに対し、力強いとはとても言えない声で言い返す。


 自分は病室のベッドで死に蝕まれながら意識を遠退かせる病人でも怪我人でも無いのだ。ただ1つの願いがあるだけだ。リディアの腕を掴んで抵抗する体力すらも、今は残っていない。




「え? 頼み……。あ、何かしてほしい事でもあるんですか?」


 心の奥で、まだ命の炎を消滅させる事をしないコーチネルに安心したからか、口調の方も先程とは違い、落ち着きを取り戻している。


 相手はもう身体の自由が利かないのだから、出来る事であればどんな事でもしてあげようと、リディアの心が引き締まる。


「あたし……もう……動けない……から……運んで……ほしいの……」


 動けないのであれば、コーチネルの願いはこの1つだけでも充分なのかもしれない。




「え? あ、あぁ、はい、なるほど……。それなら出来ますよ! あ、でも、私のあの移動機……立ってじゃないと乗れないんですけど、大丈夫ですか?」


 拍子抜けしたかのように、言葉をつっかえてしまうリディアであるが、すぐに要求を受け入れた。疲労が原因で動けないのに、かと言って今いる炎が未だに残っている倉庫の中で次の朝まで過ごすのは危険が何かと多いし、もしかしたら他の怪物が潜んでいるかも分からない。


 しかし、リディアが移動手段として使っていた名称がはっきりとしていないその乗り物は、座りながらの操作は出来ない為、立つ事だけでも厳しい今のコーチネルの状況では、それは苦痛な話と言える。


「……だいじょ……ぶ……。何とか……頑張る……から……」


 流石にコーチネルも、リディアには余計な負担や心配を増やしたり、そして我侭を言う訳にはいかなかったかもしれない。この地帯から離れる事が出来るだけでもそれは嬉しい話と言えるし、それに、立ちながらじゃなければ乗れないにしても、リディアにしがみ付いていれば、きっと何とかなるだろうという希望も、僅かながら生まれていた。




「ごめんなさい、不便な乗り物で。とりあえずここから出ましょう。肩、掴まってください」


 リディアは自分のその移動機をもう少し融通の利く形にすべきだったかと、少しだけ反省する。そして、コーチネルを立ち上がらせる為に、リディアは自分の身体をコーチネルへと貸す。激しすぎる疲労のせいで動けない女の子を運ぶ為に、リディアは倉庫の出入り口へと足を運ぶ。






*** ***





 再び、移動手段で使われたその機械は、夜中の林を静かな音を立てながら突き進んでいる。夜行性の動物達がいるかと思われるが、だけどいたとしてもその移動手段の機械はそれをいちいち気にする事は無い。


 その機械の上にいるのは、2人の女の子である。一番前方を進む本体から伸びた4つのパーツ、2つはそれぞれの手に掴み、ハンドルとしての機能を持ち、残る2つはそれぞれの部分に足を乗せ、足の置き場所として扱う。


 リディアが今は操縦しているが、その体勢はとても楽とは言えない。楽では無いというのは、常に立った状態で操縦しなければいけないという点のみであり、ある程度の体力が残っているか、脚を負傷でもしていない限りは、表情に出す程でも無い。


 リディアに関しては、多少の睡魔はあれど、今まで築いてきた精神力で耐える事も出来る。


 ただ、コーチネルは朝からこの夜中の時間まで一睡は当然の事で、一切の休憩も挟まずに戦い続けてきたのだ。立っているだけでも辛いというのに、今はリディアの背中にしがみ付く形で、無理矢理に堪えている。今はもう、耐えるしか無いのだ。




(さてと……早く向かっちゃうか……。コーチネルさん、大丈夫かなぁ?)


 もうリディアは目的地へとこのまま向かう事を決めたのである。その場所とは、シミアン村でミケランジェロと連絡を取った時に知らされた場所である。本当であれば、一晩を睡眠で過ごしてから向かうはずであったのだが、自分の寝場所であったシミアン村からは事情の重なりでいられなくなった為、そしてコーチネルと出会ったはいいが、瀕死のような状況である為、もう進むしか道は無かったのだ。


 コーチネルの両腕を、自分の両肩から下げさせており、何とか背中にしがみ付いてもらっている。座る事が出来ない以上は、自身を支える為にある程度はリディアが支えになってやらなければいけない。




 リディアは真っ直ぐと、ライトで照らされた前方を強く見据えているが、その真剣な表情のすぐ横では、苦しそうなコーチネルの表情が存在する。寄りかかり、もう生気すらも失われそうな様子である。


 体型的には痩せているという分類に入るコーチネルだとは思われるが、だけど自分とほぼ同じ体重の者を背中で支えながら長時間移動機を操縦するのは並大抵の事では無いし、リディアも体力的には余裕があるとも言いがたい。


 もし目の前に宿に類する建造物があれば、すぐにでも飛び込み、睡魔に取り付かれてしまいたいと願っているくらいである。だが、都合のいい安全地帯はこの森林地帯には今の所は存在しない。




(あぁ……やっぱりもう駄目かな……。私もそろそろ限界かも……)


 水色に近い青の瞳は鋭く前方を捉えているが、睡魔に勝てる程の精神面の強さをリディアは持っていなかったようである。


 もう時間は一般的な人間であれば眠っていて当たり前の時間帯である。それも、リディアは怪物との戦闘という、直接的な体力と、精神的な苦痛も伴う神経を使っていた為、尚更この時間まで起きている事が本来であればありえない事なのだ。


 コーチネルの体力がほぼ尽きかけているのも理解が出来ていると思われるが、今は自分自身の体力も危ない事を察知している。下手をすれば睡魔によって意識を失い、移動機から投げ出される危険もある。




 それでも何とか気合で、リディアは操縦を継続させていた。


 時折頭の中で自己満足とも言えるような妄想を展開させたり、自分が将来どのような強さを身に着けるのかを連想してみたり、自分の友人との過去のやり取りを脳内で再生してみたりと、何とか眠気を忘れさせるような想像や妄想を続けていたが、やはり身体の奥に刻まれた眠気から逃げ出す事は出来なかった。


 眠気に合わせて疲労の問題もある。


 このままでは冗談抜きで、本当に意識を失ってしまう危険がある。もう野宿でもいいから、休める場所を探そうと、左右も確認し始めるようになる。そして同時に、自分が必死で操縦していると言うのに、自分の背中を借りて意識を半分失っているコーチネルに対して苛々も募り始めてしまう。


 感情の制御が出来なくなりつつあるこの状況で、それでも何とか心に纏わり付こうとするマイナスな気持ちを払い除け、まずは最初にコーチネルに対するストレスを消し去ろうと、自分なりに頑張ろうとする。こんな事をコーチネルに知られたら、後で何を言われるか分かったものでは無い。




 だが、コーチネルへの苛立ちを一旦消し去ったとしても、疲れや眠気までは消し去る事が出来なかった。遂に限界の1つ手前を感じたリディアは、丁度休むのに適した小屋を森林の中で見つけた為、引き寄せられるようにその場所へと進んでいった。








*** *** *** ***






           ~~ 3日前のとある場所で ~~




人間と、亜人と呼ばれる者達が共存するこの国で、その共存の世界に介入しようとする怪物も存在する。

だが、それはギルドに所属する兵士達によって、治安は守られてきている。


怪物とは言っても、強力な力を持つ種族であれば、人里から大きく離れた場所に位置している事が多く、介入率も基本的に低い。

怪物達には怪物達の社会が一応は存在する。知性がある種族であれば、無用な争いを求めない。


この暗黙の中で作られた規律は、ここ最近崩れつつある。

人間でも、亜人でも、倫理や道徳、そして理性を失った怪物に手を出されるのは恐ろしい話である。

ここで役に立つのは、もう戦う力、それだけだ。








 人の住居が存在しない、街外れに位置する人気(ひとけ)の無い洞穴が存在する。その人がいかにも入りたがらないような危険な空気を放出する入り口の中に、3人の戦闘能力を持つ者達が派遣されている。


 洞窟は発光する鉱石で壁や天井を支配されており、太陽の光が届かない世界でありながら、視界だけは非常によく確保されている。いちいち光を持ち込まなくても探索には困らないが、喜べる要素は光が自然に確保されている事くらいである。


 派遣された理由は、怪物達の出現状況がここ最近、過去に比べて頻度が上昇している為、それを調べるというものだ。内部に怪物がいる以上、例え視界がよく確保されていたとしても、安全であるとはとても表現する事は出来ない。






「グオォオオオオオ!!!!!」


 青い鱗で身を固めていた4足の怪物が、頭部に刀を突き刺され、断末魔の叫びとでも言わんばかりの咆哮を飛ばし、岩の地面へとその身体を崩し落とす。


 非常に濃い紫の装束(しょうぞく)を纏い、網目状の模様の入った装甲の施された篭手を装備した顔の見えない装備をしたその者は、怪物の頭部から力任せに、そして手早く刀を引き抜くと同時に、地面へと華麗に降り立つ。




「いい加減そろそろ終わってくれねぇかねぇ?」


 鼻から下を銀色の鉄を思わせるフェイスガード、そして顔全体を装束と同じ色の紫のマスクで覆っている為、実際はどのような容姿を持っているのかは窺い知る事は出来ない。青白い光を帯びた目がマスクの間から光っているが、その口調は戦いの為だけに用意したであろうその装備を纏う者にしてはやや相応しくない、緊張感の抜けたようなものであった。


 一緒にいても、特に苦言を放ってくるとは思えないような緩い印象も彼には存在するが、絶命した怪物の目の前で、男は懐から無線機のような小型の機械を取り出し、フェイスガードで覆われた口の近くへと持っていく。




「おれだけど、さっきそっちから逃亡した奴、今仕留めたとこだぜ? 今そっちに戻るわ」


 どうやら特定の場所から逃げ出した怪物を、この忍者の外見を持った男が追いかけていた所だったようである。


 しかし、怪物の運命もここまでだったようである。折角この通路を進み、洞窟の外へと向かおうとしたはいいが、刀で頭部を貫かれ、絶命してしまったのだ。恐らく、この男が派遣された者の1人であるようだ。


「あぁ分かってる。そっちも大変みたいだからすぐ向かうって! 心配すんな!」


 通信先の相手から急かされているのかもしれない。短く言葉を纏めると、忍者の男は通信機を懐へとしまう。そして、一瞬だけ光の点滅を発生させるなり、もうそこに忍者の男の姿は無かった。








*** ***




洞窟の遥か奥である。


まるで巨大なドームを思わせる、円形状に広いその舞台は、横幅だけでは無く、高さも凄まじい。

ここで何か、盛大なイベントが繰り広げられるのだろうか。その為にこの広さが用意されているのだろうか。


発光の属性を帯びた鉱石も集まっている為か、やはり内部はこれでもかというくらいの明るさを誇っている。


岩の類だけで作られた地面や壁のこの空間に、恐らく今回派遣された者達にとって、最も無視する事の出来ない存在がいた。






巨大な多肉質の花を5枚、放射状に付けた赤い花の怪物、花がそのまま動いていると表現しても問題は無い。

薔薇(バラ)の茎のように、棘が生えた無数の太い茎が花の本体を支えており、まるで(タコ)の足を連想させてくれる。


嘗ての戦いで手に入れたのか、それとも洞窟の内部で屍骨を漁っただけなのか、腕のような役割を負った触手には魔物の頭蓋骨が装着されている。


1つは、6つの眼窩(がんか)が空いた龍の頭蓋骨である。


2つは、口が4つに割れながら開くかのような妙な関節構造を持った人型の頭蓋骨である。


3つは、まるで棘の付いた鉄球のような、鋭利に尖った骨の部分自体が武器になりそうな、異型の頭蓋骨である。


きっとその3つの頭蓋骨を使いながら戦うであろうその花の巨大な怪物に、歯向かう者が存在している。

怪物は自分の居場所と命と存在価値を守る為に、侵入者を排除する。


そして、この侵入者に該当する者2人が、あの忍者の男の仲間なのだろう。




――飛び回る敵対者に向けて、頭蓋骨の力を発揮させる!!――


怪物の周りを飛行している敵対者がおり、怪物はそれを打ち落とす為か、龍の頭蓋骨を相手へと向ける。

物々しい音を立てながら口を開き、元が龍である事を象徴する物質をそこから発射させる。


龍の頭蓋骨から、緑色の毒々しい炎が放射される!


――頭上を飛ぶ鳥型の戦士目掛けて!!




「けっ! だから当たんねぇよそんなもん!!」


紺色の毛色を持ったその鳥型の戦士は、翼で巧みに緑色の炎を回避しながら、(くちばし)から回避が成功した事を意味する声を飛ばす。

一対の翼で飛び回る為に、余計な装備はあまり装着しておらず、黄色のアクセントを加えた黒のコンバットスーツを纏っている。


そして、両手にそれぞれ持った片手持ちの剣を握る手に力を込め始める。


背後から横薙ぎに迫ってくる炎から逃げつつ、炎を浴びせようとした仕返しの準備をする。

目の前で鈍い鉄の色を輝かせる2本の剣を交差させるなり、力強く前へと斬り払う。


「おらよっと!!」




――斬撃波が2本の剣から発射される!!――


遠距離攻撃の手段として、取得していたのだろう。

本来は近距離でしか役に立たない片手持ちの剣から発射された波動は、1秒とかからずに怪物の花の部分へと命中する。


龍の頭蓋骨から発射されていた炎は停止するが、波動は怪物に致命傷を与えたとはとても言えなかった。

ただ僅かに怯んだだけであり、攻撃を停止させる事は出来ても、生命活動までは停止させるに至らなかった。




「けっ……やっぱこんなんじゃ無理か……」


まるで結果が分かっていたかのように舌打ちをすると、横からさり気無く襲ってこようとしていた触手を回避すべく、降下する。




――怪物の足元にも、別の者の姿があり……――


まるで影そのものがそのまま生物として実体化したかのような姿を持つ者が、地面の上を高速で滑るように移動している。


両手に武器を持っているという点では、空中を飛び回るあの者と似ているが、武器の種類は異なっている。

濃い紫に染まった両手に持たれているのは、真っ赤な光と、青い光それぞれを持ったヌンチャクである。


きっとその両手に持った武器で攻撃を仕掛けようと、怪物へと高速で接近しようとしているのだろう。

それを妨害すべく、地中から棘の生えた触手がその者へと襲い掛かる。




――外見は人間とは大きく異なっており……――


上半身だけが残った特殊な構造をしており、ほぼ赤黒い色で染まり尽くされている。

下半身からはガスのような物が常時放出されており、下半身が無い為か、常に浮遊した形を取っている。


人間のように複数の器官が顔には備わっておらず、深紅に光る目だけがその容姿を彩っている。


地面を低空で滑るように移動し、迫り来る触手を巧みに回避する。


「悪いけど、命中精度が悪いよ?」


異界の住人を思わせる異質な風貌とは裏腹に、冷徹さを思わせながらも声色は女性を連想させる。

目の前から突き刺してくるかのように迫ってきた2本の触手を左、そして右へとずれる事で回避してしまう。


地面を抉りながら、別の触手が背後からその異型の者を突き刺そうと、襲い掛かる。




――血も涙も無さそうな深紅の目が背後を一瞥(いちべつ)し……――


右手に持っていた、青い光を放つヌンチャクを背後から奇襲をかけようとしていた触手目掛けて投げ放つ。

直線状に、そして遠心力を借りたかのように回転をしながら飛んでヌンチャクは、触手へと命中し、同時にその色に相応しい効力を見せ付ける。


命中地点から広がるように、触手が凍り付き、やがて動かなくなる。


「しつこい奴らだ……」


短い言葉を言い捨てると、今度は正面へと向き直し、先ほど投げたヌンチャクをまるで瞬間移動の如く、手元へと戻す。

正面を向き直した所に、前方から触手が2本迫っていたが、今度は左手に持つ武器の出番だったようだ。


真っ赤な光は炎の象徴なのか、触手を回避すると同時に逃げ様にヌンチャクの打撃を決める。

今度は叩き付けられた部分が燃え上がり、忽ち触手は炎に焼かれていく。

動く力を奪い取られた触手を気にもせず、目的地であろう怪物の本体へと、再び下半身の無い身体を滑るように走らせる。




――怪物の胴体を垂直に滑るように駆け上がる!!――


胴体とは言っても、花の本体の下に無数に絡み付く茎状の触手の束である。その真横を低空で垂直に登り、狙うべき場所を定めている。


「さて、いつこいつは沈んでくれるか、だな……」


6つに割れた口を連想させる花の中心部へと進んだその赤黒い色を持った上半身だけの者は、再びヌンチャクを暴れさせる。


「いい加減地獄にでも墜ちたらどうだい!?」


花の本体を目掛け、赤黒い胴体の者は両手のヌンチャクで目の前を連続で叩き付ける。

攻撃箇所が氷と炎の相反する力によって傷を付けられていくが、傷だけであり、敵の動きは削れてはいない。


急所となる部分は花の本体のどこかにあるとは睨んでいるが、花びらの部分を攻撃しても、やはり駄目なのだろうか。


逆に、自分に纏わり付く外敵を始末する為に、怪物は棘の付いた触手で花びらの上にいる赤黒い上半身の者を狙う。




――上から触手が倒れるように襲い掛かる!――


「ふん!」


花の本体の上を滑るように回避し、それなりに楽に触手を回避する。

回避された触手は、本体である花にぶつかり、その重たい一撃の影響で、大きく本体が弾力で凹んでしまう。

すぐにそれは元に戻るが、回避と同時に一旦本体から降りようとした赤黒い上半身の者は、捨て攻撃とでも言わんばかりに炎を投げ渡す。


だが、力を上手に使う事が出来なかったからか、それは本体にぶつかると同時に、炎はすぐに消滅してしまう。


「いい加減弱点が見つかればいいが……」


打破する方法が自然に出てくる事を期待していた、赤黒い胴体の者であるが、そんな時である。

空で戦う者から声が届けられたのは。




――ある意味、それはどちらも求めているものを含んだ言葉であり……――


「マルーザ!! そっちは弱点とか見つけられたか!?」


翼を持った戦士は、上半身しか存在しない味方へと空中から近寄り、現状の状況を聞き出そうとする。

下半身がガス状になっている異型のこの者は、名前をマルーザと呼ぶようである。


「駄目。まるで見つかる様子は無いね。フィリニオンの方はどうだったんだい? 空から何かヒントは見つかったかい?」


空を飛びまわる鳥の亜人の名前はフィリニオンであるようだ。

相手を把握する視野の広さは、低空で戦うマルーザよりも高いと思われているようである。


「こっちもまるで見つか……!!」




――怪物の動きを察知したが為に、口が止まったフィリニオン――


怪物がまた何か違う動きをすると察知したのか、紺色の毛の間から映る黄土色の眼光がそれを見逃さなかった。

触手を伸ばしてくる動作とはまた違うものを察知し、すぐに声を荒げた。


「って()けろ!! 話は後だ!!」


花の怪物は、その巨体を力任せに前進させ、フィリニオンとマルーザを目掛けて体当たりを仕掛けようとしたのである。


「そうなるだろうねぇ!!」


言われなくても回避が間に合っていただろう。

マルーザもフィリニオンとは逆の左側へと身体を滑らせる事によって、怪物の速度が乗った前進を回避する。




――怪物は丁度、2人の間に入る位置にまで激しく進み込み……――


脚として機能しているであろう無数の触手を器用に動かしながら体当たりを仕掛けたが、避けられてしまったのである。

だが、それで諦めたのかというと、それもまた違ったのである。


「ってかこいつ移動出来たのかよ……」


空中戦で常に有利な位置を維持していたフィリニオンは、その嘴から初めて見た光景に対する呟きを漏らす。

どうやらあの場から今まであの怪物が移動を行なったのは先ほどのが初めてだったようである。


そして、マルーザの方はまた違った意識をここで持っていたようである。

何やら(りき)んでいるような姿が、マルーザの深紅の眼によって捉えられていた。




「こいつまた何か企んでるね……」


胴体と足の2つの役割を持つであろう触手の束がブルブルと震えている姿が、マルーザの警戒心を増殖させる要因になっているのだ。

人間とは異なり、口や鼻と言った器官が顔に存在せず、唯一存在する眼に力が入る様子だけが、マルーザの感情を読み取る要素となっている。




――まるで屈伸するかのように花の本体を上下させ……――




まるで地面に身体を埋めるかのように、身体を低くさせたり、また伸ばしたりを繰り返している。

身体が低くなる時は、束になった触手が周囲に広がるように湾曲する。


それを数回繰り返した後、その巨体からは信じられない行為を発動させる。


――空中に向かって思いっきりジャンプをしたのである――




「何するかと思ったらそんな事す……!!」


そのジャンプは決してマルーザの真上を狙っていた訳では無かった。


垂直に跳躍をしただけであったが、着地したその時に、マルーザは思わず声を凍り付かせてしまう。

凍り付かせていたのは声だけで、行動は凍り付かせてはいなかった。


危機を少しでも和らげる為に、反射的に、そして迅速に距離を取る。


怪物が起こした現象が、またマルーザに絶体絶命の状況を生み出すものだったのだ。




――身体から、漆黒の液体を滝のように流し……――


怪物の体内から出るにしては量が多すぎる。

もしかしたら地面の底に溜まっていた液体が噴出したのかもしれない。


真っ黒な液体が花の怪物を中心に、この舞台の全体を覆い尽くす程に広がっていく。

黒い色をしているが、地面に転がっていた小石が煙を上げて溶けていく辺り、酸性を含んでいる可能性が非常に高い。


「うわっ、なんだよこれ……。これがあいつの本性っつうやつかよ?」


空を飛び回るフィリニオンも、黒い液体が地面の全てを覆い尽くす所をしっかりと見ていたが、真っ黒な液体に囲まれる怪物に圧倒される。

まるで液体によって自分自身の防御を固めているように見えたようであるが、空を飛ぶフィリニオンにとっては、然程脅威にはならないだろう。




「これじゃあ普通の奴らじゃ戦えないだろうねぇ」


マルーザは下半身が存在しない為、常に低空で動いているが、そのおかげで黒い液体に触れる事無く事を回避している。

しかし、すぐ真下では、鼻に付くような有害に間違い無い臭気を放つ液体が流れている為、緊張感が付き纏うだろう。


怪物の動きを見逃さなかったマルーザは、表情の見えにくい顔に僅かながら余裕の笑みを浮かべる。




「ふっ……。やっぱりまだ終わってないって訳だね」


4本程を束ねた触手で、マルーザを叩きつけようとするが、それを黙って受け止めるつもりは無かった。

しかし、そこにいては叩き付けられ、そのまま真下の液体へと沈められる為、右へと滑るように回避する。




――触手は漆黒の液体を叩き付ける!!――


液体を叩く音、まるで人が相手の頬をビンタするような高音を響かせながら、触手が液体へとめり込む。

叩き付けられた液体の中から、飛び散った液が無数にマルーザへと襲い掛かる。


「ふん! そんな下手な小細工なんて通用しないよ」


まるで飛び散った液体に向かっていくかのように、マルーザは触手へと飛び込んでいく。

軌道を読んでいるかの如く、宙を舞う液体の間を華麗に潜り抜け、自分を攻撃しようとした触手に炎を帯びた打撃を与える。


液体の内部から伸びている触手であるが、液体の成分と、マルーザの持つ炎の成分は異なるものであるらしい。

黒い液体に浸されても、溶ける様子を見せない触手であったが、炎にはあまり耐性を持っていなかったようだ。


まるで苦痛に襲われているかのように、触手は黒い液体の上で、炎で焼かれながら硬直してしまっている。




「おい! 所でそっちはなんか弱点かなんか見つけたのか!?」


黒い液体の中から突き出すように伸ばされた4本の触手を空中で華麗に回避しながら、フィリニオンはマルーザへと向かっていく。

隣を通り過ぎた触手の1本を斬り付けるが、残りの3本はまだフィリニオンをしつこく追いかけている。


「ふん! 人任せにするのは良くないよ? 人に聞く前に……自分で探しな!!」


弱点探しを押し付けられたような気分になったマルーザは、どこか冷たい言い方で対応をあやふやにする。

しかし、目の前からこの戦いでまだ見た事の無い形の触手に真正面から襲われ、回避する余裕が作れなかったマルーザはそれを力で受け止める。




「けっ! それじゃあまだ見つけて……ってなんだあいつ!?」


マルーザに弱点を見つけさせようとしていたようであるが、見つけてもらうという願いは果たしてもらえなかった。

フィリニオンは軽く舌打ちをしながら、正面を向き直すと、目の前から巨大な(はね)を持った物体が接近しているのを確認する。


正面から目を逸らしていたその僅かな間に、その自身の4倍程の体格を持つであろう身体を持つ(ハエ)のような虫が、フィリニオンを狙っていたのだ。

左右から挟むように生えた牙4本が、まるでフィリニオンを(いざな)っているかのように、モゴモゴしている。


捕食の為に、フィリニオンへと真っ直ぐ突撃する。




――黄色く変色した前足の爪を振り回す!!――


「けっ! センスのねぇ武器じゃねえかよ!」


虫の前足から生えている汚い爪の攻撃を受ける訳にはいかないと考え、フィリニオンは直進する相手の軌道から外れる。

力任せな攻撃が主体である為か、フィリニオンの俊敏な回避に付いていく事が出来ず、横を通り過ぎてから、空中で旋回する。


「センスもねぇし、的確に攻撃すら出来ねぇのかよ。見掛け倒しか?」


青い体色に黒いラインを塗ったような巨大な身体を睨みながら、フィリニオンは相手が然程脅威では無いのでは無いかと疑った。

自身より大きな身体で体当たり等をされれば、確かに致命傷ではあるが、それは回避出来れば問題は無い。


しかし、フィリニオンは目の前の巨大な蟲に対し、両手の剣で攻撃を仕掛ける事はしなかった。




――前足の爪を振り上げたと思うと……――


フィリニオンに接近していない場所で、目の前に向かって黄ばんだ爪を振り下ろす。

直接フィリニオンに命中していれば、一撃で戦闘不能にしてしまうような威力を思わせるが、距離は当然届いていない。


しかし、その振り下ろしの行為は、フィリニオンを斬り裂く事では無かった。

爪の先端から分泌された、赤い液体を飛ばす事が一番の目的だったようである。


「なんだ……?」


距離を取って警戒していたフィリニオンに液体が付着する事は無かったが、液体自体に特殊な性質があった為、フィリニオンに届きすらしなかった。

届かなかったのは、飛ばされた液体は、気泡へと変わり、速度が一気に低下し、最終的にはその場で浮遊を持続させたからである。




真っ赤な気泡は、まるで命を終わらせるかのように、元々の赤の色から白へと脱色させていくが、それが攻撃への合図でもあった。

だが、初めから気を許していなかったフィリニオンは、まるで初めから全てを把握していたかのように、鼻で笑った。


「だろうと思ったぜ! そんなもん喰らうかよ!!」


目の前で浮かんでいた気泡が、フィリニオンの予想の通りの結末を向かえた為、距離を取っていた自分の行動を誇るかのように、鼻で笑ってやった。


その気泡は、半径数メートルは巻き込むであろう爆発を起こし、気泡とは思えないような破裂音を1つ1つが響かせた。

音量も然る事ながら、付近にいれば確実に身体に深い傷を付けられるような威力に、距離を取っていて正解だったと、安堵の笑みを零す。




――しかし、巨大な蟲は攻撃を止める事は無い……――


再びフィリニオンを直接引っ?くのでは無く、液体を分泌させる目的で、離れた距離から黄ばんだ爪を振り回す。

分泌された液体は、再び気泡へと化す。






――下にいたのは、花の怪物と戦うマルーザであり……――


「なんかあいつの方が本体な気がするけど……。ふん! 当たらないよ!」


マルーザは常に低空で浮遊はしているが、それでもフィリニオンのような自由な移動は出来ないようである。

空中戦が出来ない以上は、自分と同じ高さに位置する相手と戦うしか、今出来る事は無い。


フィリニオンが蟲の怪物の攻撃を回避している間に、マルーザは植物の胴体の役目を負っている根に焼け跡を無数に残していたのである。

だが、傷だらけの触手もまだ機能は失われておらず、頭上からマルーザを叩き潰そうと、1本を振り下ろす。

しかし、丁度今、横に回避された所である。


「あっちをどうにかしないと多分駄目だね。これ……」


相手が人間であれば、傷によって、既に倒れているような状態である。

だが、花形の怪物は焼け跡や打痕(だこん)を残しても尚、触手による攻撃を止める事は無かった。


触手の軌道を既に学習したのか、焦る様子も無しに余裕な表情で上から、そして横から迫る触手を次々と回避する。


1本の触手に対し、一度氷のヌンチャクで凍らせ、そして炎のヌンチャクで触手ごと叩き割りながら、今後の予定を考えた。

もう目の前の植物の姿をした怪物を相手にするのはただ時間を無駄にするだけである。


自分は空は自由に移動は出来ないが、空にいる相手を攻撃する手段は持っていたはずである。

一旦、植物の怪物からは距離を取り、そして同時に両手に持っていたヌンチャクも消滅させる。




「これで動きの1つでも拘束出来ればいいけど……」


上を見上げると、蟲の怪物がフィリニオンに向かって、鈍い動きで爪を振り回しているが、フィリニオンに回避されてしまっている。

両手の間に凍える力を溜め込み、それを球体状に変化させ、上方へと飛ばそうと、力を込める。


「ん? なんだ……この音……」


氷を生成している自分の音では無い、別の音がマルーザの耳に伝わってくる。

まるで雷を帯びた雲が天空で唸り声を上げているような物々しい音が静かに響く。

だが、ここは洞窟の内部であり、当然雷雲自体はここには存在していない。




しかし、この音の原因はすぐにマルーザに知られる事となる。


「これって……やっぱりガイウスか!!」


この場にいる味方はフィリニオンだけであるはずだが、マルーザから出たのはまだ聞いた事の無い名前である。

だが、このまだ姿を見せていない者の名前を口に出した理由はどこにあるのだろうか。


それは、天井に答えが存在した。




突然現れた、穴を連想させる黒い空間と、そして音の正体である、弾ける稲妻。

それは丁度、フィリニオンと戦っている蟲の怪物の真上に現れていたのだ。


時を待つ事も無く、空間から、まるで蟲のサイズに対抗するような大型の刃が真っ直ぐと落下する。


刃は、蟲の頭部を貫き、胴体も貫通させる。

新年を無事に迎えた訳ですが、読者の皆様、明けましておめでとうございます。まだまだ未熟な身ではありますが、私自身、もっと小説の為に技術を磨く事を怠らないつもりで頑張ります。これからも宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ