第22節 《肉食の氷霧蟲 卵嚢に閉じ込められた少女達の末路は》 1/5
今回で新しい節に入ります。洞窟内での魔物達との闘いが本格的になってきた頃です。それぞれのキャラ達が初っ端から色々と自分達の戦闘スタイルを披露してくれますが、大抵はそのまま順調には事が進まないものなんですよね。あっさり勝つのも不味いかもしれませんが、逆に追い詰められすぎてもバッドエンドしか見えて来ないので、調整は本当に大事ですからね。
ヒルトップの洞窟にて、凄惨な現場の更に奥がある事を告知され、一同は辿り着く
赤の岩肌が包み込む最深部の世界は、熱を連想させる色に相反するかのような冷気が支配する
侵入者を捕食するのか、逆に滅ぼされるのか、それはまだ誰も知らない
蟲には理性が無い。本能だけで獲物に襲い掛かり、生き血や肉を喰らい尽くす
洞窟の付近にある町の支部にて、職員同士のやり取りが行われていた。
「あの洞窟に戦士を派遣したて話だったよな?」
室内に男性の職員が片手に書類を持ちながら入ってきたが、既に室内におり、丁度テーブルの前で座りながら別の書類の整理をしていた男性に問う。
「はい、間違いは無いです」
一度作業を止めた職員は、洞窟という言葉を聞いてすぐに内容を把握したのか、入ってきた職員と目を合わせながら短く答える。
「今情報が届いたんだが、あの者達で本当に倒せるのか? あの洞窟に住んでる魔物の力、理解してるのか?」
どうやら入ってきた職員が持ってきた書類に新しい話が記載されていたようである。
内容の事で、派遣した者達が無事に解決させる事が出来るのか、それを確かめたくてここに来たのだと見て間違いは無いのかもしれない。
「私が見た感じですと、デミヒューマンの者が2人でしたから大丈夫かと……」
任務を受注したのは部下と思われるこの職員の言葉の通り、デミヒューマンに属する者2人であったから、戦闘力には問題が無かったと意識しているのだろう。しかし、上司と思われる職員の問い掛けを目の前にして、自信を失っているかのようにも見えてしまう。
「デミヒューマンだからと言って済むような相手じゃないぞ? この前も亜人のグループ5人で行って全員帰ってこなかっただろう?」
書類を手に持っていた上司らしき職員は、デミヒューマンであっても必ず達成出来るような任務では無かったと説明する。帰還が叶わなかった者の話をする際にドアを、書類を持っていない左手の親指で差した。その方向に件の洞窟があるのかどうかは分からないが、あくまでも遠方を差す意味合いで差したのだろう。
「そんなに危険な相手だったんですか? 洞窟の主は」
部下の職員は詳しい戦闘能力を聞かされていなかったのだろうか。
洞窟に潜む魔物、それを主と呼ぶのは強ち間違いでは無いと思うが、主である以上は侵入者を軽々と返り討ちにする力を保持していない方が変な話になるだろう。
「そうなるだろ。それに……」
敵対者が危険な相手である事は想像するまでの事では無かったかのように、上司の職員は溜息交じりに答える。そして、続きがまだ残っていたようだ。
「それに、なんでしょうか?」
まだ言い終わっていない内容がある事を連想させてきた為、部下の職員もそれを聞かずにはいられない。まだ自分が知らない情報を持っていると思わせてきたのだから、そこは聞かなければいけない。
「あそこに住む魔物達は人間の女性を苗床にしようとするから、知らない所で仲間を連れて洞窟に向かってたら不味いな……」
恐らく、それは魔物を産む主と、そして産まれた魔物達全ての事を指しているのだろう。生還しなかった者達の一部はもしかすると、この凄惨な最期を迎えていたという事なのだろうか。そして、人間の女性以外の者達の最期がどのような形なのか、それは想像するまでも無い事なのだろうか。
――零度に支配された洞窟の中で――
「ファイヤー!!」
1つの場所で叫ばれる、炎を意味する言葉。それは魔導士として戦うシャルミラのものである。目の前に炎の壁を作り、迫ろうとした蜘蛛の魔物の進行を拒む。
熱が危険な存在である事を本能で察知しているのか、8本の脚を器用に扱いながら炎が立ち上がっていない横から接近しようと、蟹歩きのように横へと動く。
しかし、炎の奥が見えない訳では無い。シャルミラは茶色の瞳で敵対している魔物が何をしようとしているのか、それを理解する。
「しつこい奴……。来たら燃やすからいいけどね」
常に自分を狙おうとしている相手を迎える為に再び右手の上で炎を生成する。
「とぉう!! であぁあ!」
リディアは迫る蜘蛛に対し、瞬間移動のように背後へと周り、丸く膨らんだ胴体を上から突き刺した。魔力を固めて作った刃ではあったが、中途半端な力では先端が僅かに刺さるのがやっとであった。
気合を入れても先端だけが精いっぱいであった。
傷口が僅かに開いた為、更に追撃を加えてやろうと再び右手に力を入れ、叩き付けるように先端を突き刺そうとしたが、傷口から漏れ出した体液、恐らくは血液の類であると思われたが、妙な煙を発していた。
腕に異様な熱を感じたリディアはすぐに右へと飛び降り、距離を取る。
(あれ触ったらやっぱり不味いかな……)
傷口から漏れ出した高熱の気体がどう考えても人体に無害では無いとは思えなかったから、リディアは自分の行動に間違いは無いと心で決め付けていたが、距離を取ったぐらいでは蜘蛛の脅威から逃れる事は不可能だったのかもしれない。
頭部を無理矢理に後方、つまりはリディアの方向へと向けた蜘蛛はその外見を象徴するであろう行動をリディアに向かって放ったのだ。
――糸がリディアの顔を掠るが……――
ほぼ紙一重で左にずれる事で糸の直撃だけは免れた。吐き出された糸に捕まれば相手の思うがままにされてしまうだろう。
マスクに付着した糸の一部を無視し、再びリディアは目の前の蜘蛛に向かっていく。
複眼を強調したような頭部、顔面と表現した方が適切かもしれないその部分を目掛け突撃し、そして刃を深く突き刺す。
「フレイム!!」
ジェイクの柱のように立ち上がった炎の魔法は1体の蜘蛛の全身を包み込む。
シャルミラと同じ魔法の使い手であるジェイクは背後にいるメルヴィに蜘蛛の接近を許す事をしなかった。
「あれなら、もうやられたかな?」
両手には護身用のガントレットを装着させているメルヴィではあるが、基本的に今はまだジェイクに頼った戦い方を続けている。炎の中で徐々に動かなくなっていく蜘蛛をジェイクの背後から覗き見するように確かめ、一度安堵の息を漏らす。
「あいつはもう死んでくれたと思うけど、まだ周りにいるからね?」
ジェイクはメルヴィに注意を言いながら、両腕をそれぞれ斜め下へと伸ばす。いつでも魔法を発動させられるように構えているのかもしれない。
「邪魔! あんたも邪魔だよ!」
左右からそれぞれ跳びかかるように迫ってきた蜘蛛の魔物と戦っていたのはマルーザである。
最初に迫ってきたのは左にいた蜘蛛だが、蜘蛛の真上に燃え上がる槍のような物体を出現させ、それを左手を振り下ろす動作と同時に落下させる。蜘蛛を燃やしながら胴体を貫かせる。
遅れて右からやってきた蜘蛛に対しては、蜘蛛の足元に氷を出現させ、それを破裂させる。勢いで浮かび上がった蜘蛛に目掛け、手元で生成した氷の塊を力任せのようにぶつける。
接触した塊は蜘蛛の顔面を氷漬けにさせてしまい、落下した際の衝撃で硬質化した顔面が残酷に砕け散る。やがて、蜘蛛は動かなくなった。
――用があるのは、この洞窟の主である――
「わたしはあんたに用があるから来たんだからね? そんな気持ち悪い袋から余計な子供なんか作らないで欲しいんだが?」
白色の骨を思わせる巨体の両端から伸びているのは3対の長い脚で、この洞窟の主であるその魔物は自分の目の前にやってきた、赤黒い影そのものが上半身の姿を作り出しているような外見のマルーザを見据えていた。
言葉は通じているのだろうか。骨のような肉体を持つ魔物はマルーザを真っ黒な双眸で捉えている。しかし、卵嚢に身体を固定されているのか、その場から動き出す様子は無い。
長い脚を動かすだけなら出来るのかもしれないが、場所を移す等のような、大きな動作が許されないようだ。卵嚢が地面に固定されている為、母体であるこの骨のような魔物は位置をずらす事が出来ない。
その場から動かない相手に対しても、マルーザは決して相手が弱者である事を前提としたような捉え方はしなかったし、寧ろその場から動けない形を取っているからこそ、全身を見回す事を怠らなかった。視線は確実に魔物の上から下まで全てをなぞっている。
「どうせわたしの言葉なんて伝わってないんだろうけど、一応これは任務だからね? あんたと、あんたの産んだ卵には滅んでもらうよ?」
――両手にヌンチャクを出現させる――
魔力の力で必要な時だけ出現させるという芸当がマルーザに備わっているのだろう。
ヌンチャクは左の物が真っ赤に染まっており、対して右の物は冷たさを連想させる水色に染まり尽くされている。それぞれの手に持たれた武器はまるで準備運動でもしているかのように弱めの力で振り回されており、深紅の双眸と、そして口が見えない独特の形状を見せた容姿の関係でただ対象を殺す為だけにヌンチャクを取り出しているとしか読み取る事が出来ないかもしれない。
目の前の魔物の全身を視線でなぞっている時にマルーザは見てしまっている。
卵嚢の壁から球体状の物体が出てきていた事を。その正体は誰かから聞かなくても、見るだけで分かるはずだ。
「まあ、あんたが意思の疎開が出来ないとしてもこっちの気持ちは変わらないよ? あの世に逝く準備でもしときな」
炎による攻撃を浴びせる準備なのか、左手のヌンチャクを手首のスナップで回しながら炎を灯らせていく。それでも敵対者の魔物はマルーザを見据えたまま目立った動きを見せない。表情も見えない為、何かの行動を予測するのも無理である。
――しかし、魔物は唐突に口を開き……――
「ン゛ン゛オ゛ォオォオオオオオ!!!!」
鈍く汚らしい雄叫びをマルーザを目掛けて放つ。それだけであればマルーザは微動だにしなかったはずだが、雄叫びに含まれていたのは、耳障りな咆哮だけでは無く、物理的な冷たさでもあった。
吐息が冷たいのだろうか。更に冷たさだけでは無く、口内から氷の粒のような物も目視出来た為、マルーザはその場から離れる事をせず、代わりに左手に留めていた炎で目の前に壁を作る。
氷の粒は弾丸のようにマルーザ目掛けて飛んでいたが、炎の壁がそれを全て受け止めてしまう。粒は熱に負けたのだろうか、炎の壁に接触すると同時に蒸発する。そして、炎の壁は単なる防衛壁として扱っていたのでは無く、粒の飛来が収まるのを確認するなり、まるで炎を畳むかのように球体状に纏める。
左手を前に突き出し、握っていたそれを開くと同時に丸く畳まれていた炎は、魔物の顔面へと投げつけられる。
「今の礼だよ!」
礼と言うのは、勿論今投げつけられた炎の球である。それが魔物の顔面に接触し、炎が拡散するが、拡散した炎を更に操るかのようにマルーザは念じながら再び左手を自分の顔の前で強く握る。
散り散りになろうとしていた炎は魔物の顔面に纏わり付くように集中し、魔物の頭部を燃やし始める。
しかし、燃えているはずなのに、魔物は殆ど動じる様子を見せず、マルーザは自分の攻撃に意味があるのかと疑いを持ち始める。
「こいつまともに攻めてくる気あるのか?」
いつでも退避出来るように身構えてはいるものの、長い脚を使った肉弾攻撃や、魔物の代名詞とも言うべきであろうブレス等を使ってくる様子も見せず、そもそも自分の攻撃が相手の痛覚に響いているのかどうかすらも疑わしくなってくる。
マルーザの深紅の双眸の裏では、何かを疑うような思考も走ってはいたが。
――洞窟の主は卵嚢から卵を排出し続けているが……――
念じる事をやめたせいなのか、魔物の顔面に張り付いていた炎は時間の経過と共に消滅してしまう。
それでも骨のような作りの外皮には目立った傷痕が見えず、寧ろ炎を受けた事すらも意識していないかのように自分の作業を継続させている。
下半身に繋がれた卵嚢からは未だに卵が零れ落ち続けているが、もう今は卵と卵が重なっているような状況である。
――マルーザは卵の変化を見逃さなかった――
「罅入ったか……。産まれるのか?」
卵の中から魔物の幼体が出てくる事はマルーザでも理解出来ない話では無い。問題は産まれてくる幼体の姿と、そして自分達にどのような脅威を突き付けてくるのかだ。
近寄ったら例え相手がまだ世界を知らない幼い存在であったとしても、すぐにあの世に送るつもりでいる。
「来るなら来れば? 簡単に地獄に墜としてあげるからね」
右手に持った氷のヌンチャクを手首で回し、手元に冷気を纏わせる。
産まれてくる幼体は蜘蛛の姿をしているのかと想像する。
近寄ってきたら、準備してある冷気で氷漬けにしてやるだけだ。
この場は寒い空間ではあるが、相手が冷気に強い可能性がある事までは今は想定していないのだろうか。
遂に卵に穴が開き、そこから幼体らしき生物が這い上がってくる。
――マルーザはそれを目視するが……――
「さてと、蜘蛛の赤ん坊……じゃないみたいだね」
出てきたのは8本の脚を持った生物では無かったようだ。うっすらと翅が見えており、それが蜘蛛の形状をしていない事を認識するのに1秒とかからなかった。
分かっている。どうせ本能で今産まれた蟲達が自分の元へと襲い掛かってくる事を。
「さっさと来れば? そのデカい奴はただ産むしか出来ないみたいだし、退屈してきたよ?」
これは恐らくは産まれたての翅持ちの蟲達にかけている言葉なのだろう。母体の役割も担っているであろう骨のような外皮を持つ大型の魔物は産卵以外の行為を行なっているようには見えず、寧ろまだ産まれたばかりの幼体の戦闘面を期待しているようでもあった。
尤も、自分に戦いを挑んできた時は遠慮も躊躇いも無く滅ぼすのだが。
――突然走り出したのは、今までのを超える異様な冷気……――
「なんか妙に寒くなってきたな……」
寒さには耐性があるのか、マルーザは身体を震わせる事はしなかったが、寒さが倍化した事に対しては普通に気付く事が出来た。原因が何なのかは把握していないが、のんびり出来るような状況では無いだろう。
寒さを倍化させたのは、この洞窟そのものでは無く、母体だった事に気付いたのは、それは魔物の真っ黒な眼球が突然虹色に染まり始めたからだ。慈悲の無い無骨な姿にはあまりにも不釣り合いな鮮やかな光方であった為、眼の動きがそのまま周囲の環境を操作する可能性があった事を疑ったのだ。
疑ったのも束の間の話であり、眼の色を奇妙に変化させながら、母体は鈍い雄叫びを放つ。
「ん゛オォオ゛オ゛お!!!」
それは1つの合図であった。眼の変化で周囲の気温を更に低下させ、雄叫びによって今ここに姿を見せていない配下の生物を呼び起こそうとしていた。
マルーザの横から、地面を突き破りながら現れた1本の触手のような物体がマルーザの右腕に伸び、対象にした腕に巻き付いた。
――それは束縛を意味し、ここからが本当の始まりであった――
マルーザに反応される前に巻き付いた触手は、捕縛した相手の感情に焦りを与えるには充分であった。
「!! なんだ、地中にも構えてたのか……!!」
腕を拘束される事でその場から離れる事が出来なくなってしまうマルーザ。地面の内部に隠れている者の事までは頭が回っていなかったらしく、そして翅を持った幼体達も母体の雄叫びを合図として聞き入れたのか、翅を暴れさせたのだ。
それらの蟲は、拘束されたマルーザを標的として、羽ばたき始める。
今回の洞窟内での話がいつ終わってくれるのかが少し不安になってきてる頃です。全員に上手に見せ場を作りたいとは思ってますが、そうなると人数に比例して話も長くなってしまうので、だけどやっぱり描きたいと思ってる部分は何としてでも描くつもりでいます。これからも宜しくお願い致します。




