第21節 《魔導の申し子 笑顔と無邪気の裏に秘められた想い》 5/5
前回から1ヵ月近くの間が空いてしまいましたが、今回は遂に洞窟の最深部に到達するという内容になります。蜘蛛は人間にとっては気持ち悪い存在である事に代わりが無いと思いますし、あの指のサイズですら人間は凄く気持ち悪いと思うのに、それが人間と同等のサイズだったりすると……。ここから遂にリディア一同は蜘蛛と、それに近い存在の魔物と戦う事になります。
調査隊の人間達を死に至らしめた蜘蛛の魔物が巣食っていた空間
しかし、今は蜘蛛の姿が存在しない
後に知らされた情報では、この空間の更に奥に洞窟の最深部が存在するという
新しく調査隊として仮に派遣されたと見ても間違いは無いかもしれないリディア達が今は調査中だ
そして、糸の壁の奥から1発の糸が発射され、標的にしていたらしいメルヴィの足首を正確に狙う
「!! いっいやっ!!」
左の足首から突然引っ張られた為、メルヴィは倒れそうになってしまうが、右足がまだ残っていた為、何とか堪えようとしたが、引っ張る力が非常に強かった為、逆らう事が出来ず、最終的には地面に転ばされてしまう。
転ばされた後も、引っ張る力が弱まる事は無かった。
「メルちゃん!! な……何だよこれ……!!」
隣にいたジェイクも反射的にメルヴィの上半身にしがみ付き、少しでも糸の力に逆らおうと抗った。
――危機を警戒していたリディアもそれを黙って見ている訳も無く……――
「ジェイク君ちゃんと押さえててね! 糸は私が斬るから!」
リディアは駆け足から全力疾走にも近い速度で走りながら、右手から魔力で作った刃を発生させる。
まだメルヴィは壁の奥へと引き摺り込まれてはいない。リディアは糸の切断場所をメルヴィの足から充分に離れた部分に狙いを定め、そして刃を地面に当て、そのまま地面をなぞるように目的の糸の場所へと走り続ける。
徐々に引き摺り込まれそうになっていたが、リディアは糸を通りすがり様に斬り裂く事に成功する。
――斬られた糸はゆっくりと壁の中へと引き摺り込まれていくが……――
「メルちゃん大丈夫だった!?」
ジェイクはまだメルヴィを押さえたままの状態だ。放心状態になっているメルヴィに安否を問うが、返事は来なかった。
「ちょっと待って! この糸引き剥がしとかないと。……っよっと!」
ベージュの色を持ったブーツの足首ぶぶんに絡み付いた糸を、リディアはまだ生成させ続けていた刃で斬り離す。ブーツ自体にも傷が付かないように注意を払いながらも、迅速に作業を完了させる。
刃物には弱かったのか、絡み付いていた糸は割とあっさりとメルヴィの足首から離れてくれた。粘着成分も無かった為か、リディアの使用した刃に絡み付く事も無かった。
「えっと……とりあえず、ありがと……」
危うく自分が暗闇の壁の奥へと引き摺り込まれる所であったから、立ち上がる事も出来ず、尻もちを付いたような姿でメルヴィは自分のすぐ側にいるジェイクとリディアにそれぞれゆっくりと視線を順に向けながら、漏らすような言葉で礼を渡した。
自分1人しかこの場にいなかった場合はどうなっていたのか、それを想像してしまえばもう言葉1つ出せなくなっていた可能性もある。
「皆大丈夫だった!? いきなり何なのって思ったわよ?」
救助の手助けに参加する事の出来なかった者瑠美らだったが、糸の壁から束縛を目的とした糸が発射された様子は目視していた為、あの状況に巻き込まれてしまったメルヴィと、そして実際に救助に入ってくれたリディアとジェイクの元へと寄らずにはいられなかった。
メルヴィの傍らでしゃがみ込んでいるリディアの隣にまで近寄ってから、糸が発射された糸の壁を何か恐ろしい物を決心して見るかのような目付きで凝視する。
「私とかは別にどうでもいいんだけど、メルヴィは……一応無事だね」
リディアとしては自分の心配をする必要は無いだろうと考えていたようだ。
メルヴィは気持ちの方が落ち着いてきたのか、自分の肩に置かれているジェイクとリディアの手をゆっくりと振り払いながら立ち上がった。
「やっぱりこの奥が最深部みたいだね。あの糸も絶対奥にいる奴から吐かれたやつだろうし」
糸の発射によって、糸で作られた壁の一部が破け、その奥をマルーザは覗き見るが、暗闇が奥にまで続いている事を明確に確信する。暗闇の中には、糸を吐いてきた張本人の姿は確認出来なかったが、誰もいないと決定する事はもう不可能である。
「あ、ちょっマルーザさん! そんな所で立ってたら危ないですよ! それとメルヴィもちょっと離れよ!」
突然糸が発射された壁に堂々と接近するマルーザの後ろ姿を見ながら、リディアはその壁から離れるように声を飛ばすが、マルーザを離れさせるよりも先にメルヴィを離れさせる方が良いかと意識し、メルヴィの腕を引っ張りながら糸の壁の正面から外させる。
「う、うん。でもこの後は、やっぱりあそこに行くの?」
腕を引っ張られながら壁の正面から距離を取らされたメルヴィは、弱々しく糸の壁を指差しながら、リディアに聞く。
「行く、だろうね」
やや真剣な表情を浮かべながら、リディアは答えた。ある意味では聞くような話では無かったから、返事も短くなってしまっていたのかもしれないが、リディアであればメルヴィを守るように動く事だろう。
「行くのは確実だと思って欲しいね。連中の正解の入り口教えてくれたんだから、気持ちには応えてやらないとね」
内部が穏やかでは無いという事を改めて思い知ったマルーザも、心では逃げようとは思うなよとでも言いたそうな目付きでメルヴィの方へ振り向きながら目を合わせた。再び自身の正面、即ち糸の壁に向き直りながら、糸の発射主の歓迎通りに進む事を決意する。
「でも内部って見た感じ凄い暗いけど、皆ってそういう暗い場所の対策とかって持ってるっけ?」
糸の壁に空いた隙間を見れば、奥が暗闇で支配されている事は一目で分かる。リディアは自分以外の者達、敬語の混ざっていない口調を見る限りではマルーザ以外の者達に聞いているものと見て間違いは無いかと思われるが、自分の後ろにいるシャルミラ達に振り向きながら、灯り等を用意する事が出来るのかを訊ねる。
この聞き方だと、リディア自身は対策を持っているものとして捉えても間違いは無いのかもしれない。
「あたしは別にこうやって手元に炎出せるから灯りには困らないけど、リディアこそ……あぁ前やってたか。目に魔力込めて暗闇でも見えるようにするってやつ」
シャルミラは右手を自分の胸の前にまで持ち上げ、掌を天井に向けた状態でその上に小さな炎を念じるようにして発生させた。自分が灯りには困らない事をリディアへアピールするが、炎は数秒も経たぬ内に手で握り潰される形で消されてしまったが、聞いてきたリディアは対策が出来ているのかを聞こうとしたが、聞く前に思い出したようだ。
リディアは直接炎を出す事をしなくても、暗闇で困る事が無いという事を。
「うん、私は出来るね。梟とかみたいに夜でも普通に見える、えっと、夜目って言うやつだっけ? それみたいな感じで」
自分の青い瞳を指差しながら、リディアは自分が暗い場所でも行動には困らない事を説明し直すが、動物達が持つ特性の事をいまいち理解をしていないようでもあった。ただ暗い場所でも視界を確保する事が出来るという事だけを把握していればそれで良かったようだ。
「リディアって魔力で結構何でも出来る所がいいよね。因みにぼくも夜目は効くから暗い場所でも大丈夫だよ」
バルゴもリディアとはそれなりに付き合いがあるからか、リディアの自身の肉体を強化する能力に驚くような事はしなかった。そして、バルゴも人間とは異なる体組織であるからなのか、夜でも視界を確保する事が出来るようである。それが特殊な能力に頼ったものなのかどうかは分からないが。
「暗闇の対策はこっちが気にする必要は無いみたいだね。ジェイク、あんたはちゃんとメルヴィの為に灯りになってやりなよ?」
マルーザは自分が何かしらの灯りを用意するという面倒事を請け負う事なってしまったのかと考えていたのかもしれないが、各自で用意が出来るという事を直接その場のやり取りを見て確認する事が出来た為、余計な責任が生まれなくて済んだ事に安心する。
まだ灯りを用意する事が出来るかどうかを明かしていないジェイクではあったが、彼に対しては外見からして恐らくは自分で何かしらの光を用意する事が出来るだろうと読んだのか、用意が出来る事を前提でメルヴィを守るようにやや命令口調に近い形でジェイクに意識させた。
「分かってますよ。じゃ、メルちゃんは僕から離れないように頼むね」
ジェイクは赤いフードの中で自信に満ちた表情を作りながら頷いた。自分の最優先するものは、メルヴィの護衛であるから、それを言われた時の返答は固定されている。
メルヴィにはいつも言っている事なのかもしれないが、ここでも自分の傍らから距離を取る事をしないようにと注意する。先程のようにまた糸で攻められてはたまったものでは無い。
「ジェイ君も確か手から火を出せてたよね。それならあたしも大丈夫だと思う」
今まで同じ道を歩いてきたメルヴィであれば、ジェイクが出来る事と出来ない事の区別は出来ている事だろう。以前にも炎を自分の力で発生させていた事を思い出したのか、ジェイクに確認するかのように一言声をかけ、そして自分も最深部への潜入には何も問題が無い事を言葉に出すが、質問を投げかけていた相手がマルーザである事を忘れてしまっていたのか、敬語が抜けてしまっている。
「それじゃ行くよ。もうこの先に誰がいるかってのは、もう説明する必要は無いだろうし、覚悟決めて付いてきな!」
各自が灯りの準備が出来るのであれば、もうマルーザは最深部へと続く通路の前で立ち止まる訳にはいかなかった。親指で自分を差しながら、わたしの後に続きなよとでも言わんばかりの動作を見せつけ、中途半端に開いていた糸の壁の隙間に両手を入れるなり、それを一気にそして乱暴に左右へと引き裂いた。
「じゃ、私は戦闘服にさせといた方がいいか……」
リディアは今は水色のワイシャツとベージュのベストという私服姿であり、戦闘に向いた服装では無かった。
戦闘の際に纏う黒の儀礼用にも見える戦闘服を纏うべきかと思い、その場で静かに両手を持ち上げる。
――リディアは右の手首に左手を添え、念じるように両目を閉じる――
リディアは数秒の間、眩い光に包まれ、光が消滅するとそこには黒の戦闘服を纏った少女の姿が立っていた。
装備は分厚い訳では無く、私服姿と比較してもそこまで幅が広がったように見える事は無いが、重ねるように着込んでいる箇所もあった為、皆が今は意識していない冷気をより強く遮断しているようにも見て取れる。
「おぉリディアの戦闘スタイルやっぱりカッコいいねぇ!」
シャルミラは決してリディアの黒の戦闘服が初見という訳では無いだろう。
それでも、やはり見れば毎回感激してしまうようである。自分も守ってもらうべきかと心で思ってしまうが、それはあくまでも心の中だけでの呟きとして留めておいた。
「まあ別に見た目はどうでもいいけど、シャルも油断とかしないでよね?」
リディアは自分の装備を褒めるシャルミラを軽く流しながら、自分を褒めた相手に対し、これからの戦いで気を抜かないようにと注意を飛ばした。
今は黒のマスクがリディアの顔の半分、鼻から下を隠しているが、青い瞳だけでも注意に真剣さがよく伝わってくる。
もうマルーザは糸の壁を引き裂いた先に映る通路に入ってしまっている。リディアの戦闘服に関心している場合では無いだろう。今は後に続かなければ、任務も話も進まない。
――長い坂道が終わった所に、再び糸の壁が立ちはだかり……――
「さてと、どうやらここが一番奥みたいだね。随分簡単に到着したけどね」
然程急では無い坂の一本道の終わりに再び糸で作られた壁に直面する。
先頭を進んでいたマルーザも、意外と複雑さの見えなかったこの一本道に何か物足りなさを感じていた可能性もある。
「洞窟自体の規模もそれなりに小さいみたいでしたから、これぐらいが妥当なんじゃないんですか?」
リディアは入り口からこの最深部と思われる坂道の終点までの距離を進むのにそこまで時間が経過していないものとして認識していた為、規模も過度に巨大な訳では無かったと感じているのだろう。
寧ろ、リディアとしては1日で到着もその後の戦闘も全てが完了してしまえる程が丁度良かったのかもしれない。
「でも洞窟って地下にも続いてるから外から見ただけじゃ大きいか小さいかとかって分かんなくない? 今回は偶然規模が小さい洞窟で済んでたって話だったと思うし、リディアって初めから小さい洞窟だって分かってたの?」
シャルミラから見た場合、どうしてもリディアの言い方が最初の時点で洞窟の規模を把握していたかのように伝わってしまったようである。
持ち上げている右手の炎を維持させたまま、まるで初めから理解をしていなかった事を分かった上でわざとらしく訊ねる。
「別に深い意味で言った訳じゃないから! ただ歩いててそんなに時間かかってなかったから何となく小さい洞窟だって思っただけ!」
深く心を抉られたような気分になったリディアは、なんだか自分の発言に罪悪感を感じてしまうが、自分が感じた時間を考慮した上で洞窟の規模を想像しただけに過ぎなかったから、シャルミラの覗き見するような視線に耐えられなくなったのだろう。
思わずムキになるような形でリディアは言い返してしまう。
「分かった分かったから! 別に変な意味で聞いた訳じゃないし」
軽く流す形で、シャルミラは左手を盾にするように持ち上げながら、苦笑を浮かべて言い返す。疑うつもりは無かったようだ。
「所で……なんかあたしさっきから思ってたんだけど、ちょっと寒くない?」
リディアの扱いに慣れているシャルミラの後ろから、メルヴィはシャルミラの肩を指で突きながら洞窟内の温度の事を訊ねる。
寒いかどうかを聞いているメルヴィは自分自身が物理的に冷たい思いをしているからこそ、シャルミラを突いた後に茶色のジャケット超しに自分の身体を両手で絞める。
「寒いか……って? 確かに言われてみたら凄い風冷たいかも……」
洞窟内の薄暗くて恐怖さえも呼び込んでくるような環境にい続けていたからか、シャルミラは冷気に気付く余裕すら無かったのかもしれない。しかし、余裕が生まれた今であれば、改めて周囲の温度を冷静に把握する事が出来るのである。
肩が出た服装をしているシャルミラにとっては、冷えた風はとても無視出来るものでは無く、少しでも身体を突き抜ける度に身体が震えてしまう。まるで雪の降る地域にいるかのような寒さだったのだ。
「外の熱が入ってこないから、それで冷え切ってんだろうね。この奥に行ったらもっと寒いのは確実だよ?」
洞窟の外は寒いと言えるような気温では無いが、洞窟の内部には太陽の光が入らない為、外のような温度を出す事が出来ないのだ。奥へと進めば今よりも冷たい風に襲われるようである。
マルーザは軽く寒い理由を説明するが、マルーザは寒気を感じないのだろうか。口調から察するに、寒がっている様子が見えてこない。
「こういう時って軽装な子って絶対不利になっちゃうよね」
ジェイクの赤いコートは全身を包み込んでいる為、寒さをほぼ確実に遮断する事が出来ているのだろう。
自分の格好こそがこの場に最も相応しいと思い込んでいるからか、自分と比較して肌寒そうな服装をしている者瑠美らにある種の反省でもさせるかのような言い方を浴びせてしまう。頭からなぞるように下へと視線を降ろしていくが、寒い環境では寒いとしか思えないようなスカートから華麗に伸びた太腿で視線を止める。
「ジェイク君それってあたしに対する嫌み?」
笑いそうになっていた口調をシャルミラは察知していたようであり、それがどうしても自分にとって良い気分で受け止められるものでは無かった為、細く整った眉を歪ませながらジェイクに言い返した。声のトーンも低くなっており、この後のやり取りによってはジェイクに嫌悪感を抱く事になってしまうかもしれない。
茶色の瞳がジェイクを睨み付けている。
「え? あ、ちぁちぁ違うよ! 嫌みのつもりなんて無かったよ!」
シャルミラの視線から怒りを感じ取ったジェイクは怒りを納めてもらおうと必死に自分の失言が誤解である事を伝えるが、シャルミラの目付きは元に戻ってはくれない。
「だけどシャル、寒いからって引き返すなんて無理だよ。今は無理矢理にでも我慢してこの奥に行かないと駄目だよ」
バルゴは何とか場の空気を元に戻そうと、この場にいる以上は寒い事を奥に閉じ込める必要があると、シャルミラの心を引き締めさせようとする。寒いのは全員が同じである事を理解させようとしたのだろう。
「それに寒いって言ったって戦ってたら勝手に身体も温まるからあまり気にしなくてもいいと思うよ?」
戦いに身を置いていれば、じっとしているという事がまずありえないのだから、寒さを忘れる事が出来るくらいに身体に熱が溜まっていくという事をリディアはシャルミラに説明してやった。
服装はある意味では本人の選択による責任ではあるが、身体に熱が籠るのであれば結果的に軽装の方が有利に動くはずである。
「そうだよ。軽装でも身体動かせば問題は解決するよ!」
まるで開き直るかのように、ジェイクはリディアに続くように自信を見せた目付きで言い切った。親指まで経てている所が本当の自信を証明しているのかもしれないが、果たしてそれが好都合に話が進むかどうかであるが。
「……そう?」
バルゴやリディアに話しかけられている時は全くと言っても良い程不機嫌な顔を作っていなかったシャルミラだったが、ジェイクに言われた時に再び表情が穏やかなものでは無くなってしまう。寧ろ、怒りが映り込んでいた。
まだ出会って1日も経過していないから、本当に言葉で怒りを表現する事は不味いと思っているのかもしれないが。
「ジェイク君ちょっと黙っててくれる?」
リディアは折角シャルミラの苛立ちを取り除こうと頑張ったつもりだったのに、それを察知しないジェイクの余計な自信が再びシャルミラの機嫌を乱す事になってしまった為、何だかリディアも苛立ちを感じ始めてしまったような気分になる。
今のやり取りに関しては、ジェイクは入ってはいけなかったはずなのだが、それを彼は理解してくれなかったようだ。
「……あ、あれ? な、なんで?」
ジェイクはまだ理解出来ていないようである。自分もフォローに混ざったつもりだったのだが、シャルミラからは好意的な表情を向けてもらえず、理解する事の出来ない闇に支配されつつあった。
黙ってと言ってきたリディアの表情にもジェイクの発言を否定するような色が映り込んでいる。
「いいからまずは心の準備して。ここ開いたら本当の地獄の始まりなんだからね?」
若い男女のやり取りには然程興味を示さなかったマルーザは、少なくとも険悪になりつつあるこの空気を正した方が良いかと意識し、目の前の糸の壁を指差しながらみんなの口を閉じさせた。
「じゃ、切り開くからね? 行くよ?」
皆は軽く頷き、それを確認したマルーザは右の人差し指の先端から氷を伸ばすように生成させる。氷を作る能力を持ち合わせているのか、先端が尖った氷の刃を糸の壁に突き刺す。
突き刺した氷をそのまま上に向かって力強く持ち上げる。勢いが強かったのか、刃自体が斬った部分よりも更に上の部分までも纏めて斬られ、そのまま糸の壁はカーテンを開くかのように左右に開かれる。
――切開と同時に最深部からの風が入り込み……――
「やっぱり奥は冷気が酷いね……。リディアは兎も角他の皆は大丈夫かい?」
マルーザは外見こそは人間のそれをしてはいないが、人間達と同じ冷気の感じ方をしている訳では無いようである。寒さを完治はしているものの、口調からはまだ余裕が見える。
背後にいるみんなに寒さの事で確認を取る。
「いや、普通に……これ寒過ぎませんか?」
シャルミラの色白な肌に突き刺さるのは、動きすら束縛し兼ねないような容赦の無い冷気であった。思わず鳥肌が立ち、出来る事なら炎の近くで暖まりたいと思いそうになるが、今はそのような余裕はまず存在しないだろう。
自分の身体を両手で締め付けるようにして強く撫で続ける。
「この寒さ絶対雪山とかそういう感じ……ってみんなあれ見て! あれが、じゃない!?」
メルヴィも袖の長い服装でいる為、シャルミラよりは寒さを遮断する事が出来ているのかもしれないが、平然とする事は出来なかったようだ。
しかし、気になったのはマルーザの背後に見える何か、即ち洞窟の最深部に存在する違和感のある巨大な物体であり、一時的に寒さを忘れながらメルヴィは指を差しながら叫ぶ。
「ん? あぁ意外と目の前にいたんだねぇ。親分さんが」
メルヴィの人差し指の先端から続く先を辿るようにマルーザは背後を振り向き、たった今自分が切り開いた糸の壁の奥を凝視する。奥に存在したのは異型の生物であったのは間違い無い。驚いたのは巨体であるという理由だけでは無かった。
蜘蛛に似た体型をしていると想像をされていたのかもしれないが、実際に目にしたのは前体と後体の2部で構成された身体では無く、蜈蚣のように複数の体節が連結されたような構造であった。上半身側に3対のまるで骨を思わせるような長い脚が伸びており、そして下半身には茶色に染まった巨大な袋のような物がぶら下がっている。
生物の色は骨のような白色をしているが、恐らくは卵嚢と思われるその袋のみ異なる色をしていた為、身体の背後に存在していながらも妙に目立つ存在となっていた。
「蜘蛛……とはちょっと違うみたいだけど、どっちにしてもほっとくのは危ないのはよく分かるかも」
ジェイクから見ても、目の前にいる巨大な生物が蜘蛛の類では無いのは理解出来たようだ。まるで様々な虫の特徴を合わせたような特異な姿を見せているが、これを放置する事がそのまま表の世界にいる一般人達への危険に繋がる事は容易に想像が出来た。
頭部の左右から伸びる2本の牙が鋏のように左右に動いているのも見えており、掴んだ獲物をその場で切断してしまうのか、無理矢理に押さえ付けてから捕食を行なうのか、どちらにしても挟まれる事だけは避けたいだろう。
「とりあえず……皆絶対負けないように、まあ頑張って戦おうね?」
ただ接近するだけでも危険なのが伝わってくる威圧的な外見を持つ魔物を凝視しながら、リディアは静かに口を開く。
相手は人間では無く、恐らくは理性が無いに等しい巨大な生物である以上、ここで倒れた時の後は全くと言っても良いぐらい保証が出来ないのだから、必ず生き延びる事を前提に動くように皆に伝えた。
「まずは奴の様子見も兼ねて慎重に近づくよ? 卵の方を全部おじゃんにするのが目的だからね?」
リディアの注意には直接答えた訳では無かったが、それでもマルーザも心では命を捨てる事を前提に突撃する事を推奨していなかったようである。
目的を遂行する事も重要ではあるが、目の前に初見の生物がいる以上はただ卵を全て破壊して終わり、という訳にもいかないはずである。
――赤い岩に覆い尽された最深部に踏み込む一同だが……――
「ぴゃあぁああああ!!!」
無造作に配置されていた岩の影から1体の小型――とは言っても人間と同等のサイズ――の魔物が岩を飛び越えるように跳躍で襲い掛かる。
最深部へと侵入したリディア達を歓迎するかのような、荒々しいやり方だ。
「!!」
最深部へ踏み込んで右から跳んできた蜘蛛の外見を持った魔物に最初に危機を感じたのは、一番右にいたシャルミラである。
自分が撃退する役目を負わされたかと認識し、すぐに右手を身体の後方へと引き、手の先に力を込める。その姿はまるで球体を下から掬い上げるように投げるかのような形であった。
「早速来たね! はぁああ!!!」
1秒と時間をかけずに右手の上には炎の塊が出現する。きっと自身の炎による熱さを感じていないであろう右腕を魔物に向かって突き出した。手元に留めていた炎が、腕の関節が伸び切ると同時に猛獣のように暴れ始める。
――シャルミラの右手から炎が吹き荒れる――
炎の風が蜘蛛の魔物を包み込み、炎の熱だけでは無く、風圧も借りながら魔物を押し飛ばしてしまう。
炎を全身に受けた蜘蛛は地面に落下すると同時に転がりながらやがては動きを止めるが、生命力の大半を奪い取られてしまったのか、焼け焦げた臭気を付近に放ちながらそのまま動かなくなる。
「もう……呑気でいるなんて無理ね……」
周囲が今何を思っているのか、シャルミラは考える気にもなれなかった。
今の騒音が他の個体を呼び寄せてしまった事には気付いたが、自分の扱う魔法に無理にでも絶対の自信を持ち続けていなければ地上に戻る事は叶わないという事態に対しても気付いたようだった。
茶色の瞳は獣のように鋭く尖る。
蜘蛛とかみたいな所謂虫に該当する怪物と、人間の少女が戦うっていうシチュエーションは結構ポピュラーだとは思いますが、年齢制限の入るような作品だと少女キャラの方がそういう虫属性の連中から酷い目に遭わされるような事も多いんですよね。勿論この話はそういう〇〇なシーンをメインキャラ達に遭わせる気は一応無いつもりですが、だけど生理的に気持ち悪い形の魔物と戦う少女キャラも大変かもしれません。
更新頻度がまた低下してしまってますので、何とかまたペースを戻せるように努めたいですね。




