第21節 《魔導の申し子 笑顔と無邪気の裏に秘められた想い》 3/5
前回から随分と投稿ペースが長引いてしまいましたが、今回は洞窟の犠牲者の1人の姿と対面する話になってます。それなりにグロな描写がありますので、それらが苦手な方は注意してくださると助かります。
洞窟への探索の話が進む中で、浮遊生物であるバルゴから持ち出された話とは、洞窟内で回収された遺体達が検査の為にこの場から持ち出されるという事であった。
解剖作業等も入る為、もしこのまま輸送車に詰まれてしまえばもう二度と対面をする事が出来なくなるのである。
「行っちゃうって、あぁ要するに撤収みたいな?」
微風が緑の魔導服を揺らしてくる中で、シャルミラは調査隊の者達が遺体を洞窟から更に別の施設へと運ぶ作業に入ってしまうのかと、バルゴに確認を取ろうとする。
長話をしていた自分の行動を反省するかのような表情を僅かに浮かべながら、遺体のこれからを聞き出す。
「まあ、そうなっちゃうね。遺体とかはもう全部片付けて施設での解剖調査とかも始まるから本当に今しか対面のチャンスは無いよ」
町の方角なのか、自分の背後を指差しながら、バルゴはもう残された時間が無いという事を伝える。
「対面するって自分で言ってたのになんでこんな長引いちゃったんだろ……、あ、あのぉ!」
今頃自分の行動を後悔した所で、もう遅いだろう。自分が最初に決定させていた事だったのに、運命の対面を放置してしまっていた為、今度こそは自分から今の空間から脱出する決意をする。
バルゴの話を聞いている間も、ガイウス達は話を続けていたが、思い切ってまずは付き合いのあるガイウスに思い切って話しかけると同時に腕を掴む。
「あぁ? シャル分かってるから。お前会いてぇんだろ? 行ってこい。話の続きはこっちでちゃんとやっとくから」
ガイウスは皆とこれからの別行動の話をしていたが、シャルミラとバルゴのやり取りを横目で確認していたようだ。シャルミラの望みを読んでいたガイウスは、本来のシャルミラの目的の妨害をする事を選ばなかった。遺体が置かれているであろう白のテントの場所に指を差しながら行くように催促する。
「分かりました! じゃ、見てきますね! バルゴ、行こ!」
シャルミラは感謝の気持ちとして軽く頭を下げるなり、すぐにバルゴに向き直し、目的の場所へと駆け抜けていく。
――テントに近付いたシャルミラは、まずは職員に確認を取る為に口を開く――
「あのぉすいませ~ん……。今って、中に入っても大丈夫でしょうか?」
テントの入り口の目の前に設置されている簡易に折り畳める作りのテーブルの上で書類を揃えている、軽装の鎧を纏った初老の男性にシャルミラは声をかける。
流石にテントの内部に勝手に入るのは不味いと考えたのだろう。
「ん? 君は? どうしたんだい?」
深刻な表情で書類を3つの束に分けていた職員だが、見慣れない少女に、まるで要件の説明を促すかのように声を出した。
「えっと、あたしはシャルミラです! 会いたい方がいるんですよ!」
シャルミラからすると名前を明かせと言われたのだと思ったのだろう。
しかし、自分がここに来た理由も説明しないといけないと感じ、テントの中に目的の人物がいる事を説明するが、不足感があるのは否めないだろう。
「さっきぼくが説明したと思うんですけど、エリンさんの姿を見たいって言ってた子がこの子なんですよ! 今は時間大丈夫でしょうか?」
不足を感じたのはバルゴであった。バルゴは今話しかけている職員とは関わった経験があるのか、シャルミラの求めている事をもう少し具体的に説明する。事前にこの職員にはこれからテントの内部に入る事を説明はしていたようである。
「なるほどね。書類の整理が済んだらあの遺体達を車両に乗せてしまうから、見るなら早く済ませてくれよ。それと、一応死んでるから覚悟もしてくれよ?」
バルゴのおかげで話がスムーズに進むようである。事前に聞かされていたという事もあってか、職員は遺体達のこの後の動きを、木々の目立つやや遠方の位置にある輸送用の車両を指差しながら説明する。
言葉の通りの覚悟を決めさせてから、説明を終わらせた。
「それは……覚悟はしてますよ」
もう目的の人物が絶命している事は聞かされているのだから、シャルミラはそう言うしか無かった。口調は弱々しかった為、本当は怖いのかもしれない。
それでも、事実を確かめる為に、テントの入り口に手を伸ばそうとする。
「確かエリンだったか? 探してるのは。左手の奥から3番目だから、それだけ見たらもう出た方が身の為だからな」
シャルミラの小さめな手が入り口を占めているチャックに触れようとした時に、職員の男性はシャルミラの背後から目的の人物の場所を教えた。
「左の奥から3番目ですね! ありがとうございます!」
教えてもらえたのは事実であるから、一度シャルミラは背後を振り向きながら、軽く会釈をした。そして再び手を伸ばす。
――テントのチャックを開き、内部へと入る――
「えっと、確か左の……奥から2番目だったよね?」
テント自体は太陽の光を完全には遮らない素材で作られているからか、内部は思いの外明るかった。外よりは多少は暗いが、シャルミラの視界を乱す程の暗さでは無い。職員に教えられた左側に視線を集中させながら歩く。
収納袋の数はそこまで多くは無かった為、数秒もせぬ内に奥へと辿り着きそうになるが、シャルミラはここで場所の確認の為に振り向かずに背後にいるバルゴに場所の確認をする。
「違うよシャル……。3番目だよ? 奥から3番目!」
少しだけ呆れたかのように目を細くしながら、バルゴは職員の言葉を思い出しながら、正しい場所を教え直した。少しだけシャルミラらしくないと思っているようにも見えたのは気のせいだろうか。
「分かってるって! ちょっとふざけてみたの! ちゃんとバルゴも覚えてたかどうか試してたの!」
何だか無理矢理に作っているかのような笑顔でシャルミラはバルゴに振り向いた。もしかすると、これから変わり果てた姿の知人と対面する事になるから、少しでも気分を紛らわせる為にわざと忘れたフリをしてバルゴの反応を面白がったのかもしれない。
笑顔には悪意はそこまで感じられないだろう。
「ホントなのそれ? って言ってる間に、それだね。その収納袋がそうだと思うよ」
バルゴは本当に忘れていたとしか思えなかったが、どうやら目的の場所に到着してしまったようである。道は一本道で両端に回収された遺体を入れた黒の収納袋が道に垂直になるように置かれており、左側の奥から3番目の場所で、1人と1匹は立ち止まる。
「これ……か。えっと、ネームプレートは……間違いないね。これ間違い無くエリンさんね」
寝かされるようにして置かれている収納袋の側でしゃがみこみながらシャルミラは恐らく胸と思われる辺りに張り付けられたプレートを確認し、それがエリンの収納袋である事を理解する。
「あのさぁ、これぼくが開けた方がいいかなぁ? シャルはちょっと離れた場所で待ってた方がいいと思うんだけど、どうかな?」
シャルミラの顔のすぐ横を浮遊しながら、バルゴはこの後の惨劇を少しでも和らげてやろうと、悲しげにも感じるような口調で訊ねる。
チャックを開けば真実が明らかになるが、開いた者は非常に近い距離で対面する事になる為、まだ年齢的に幼いシャルミラには辛いと考えたのだろう。
「い、いいの? 開けていきなり……ってのはちょっと心細いっていうか、怖いっていうか……、あの、じゃ、頼むね!」
シャルミラも本当は自分でチャックを開き、直前に亡き者となったエリンの顔と至近距離で対面する事を怖がっていたようである。こういう時に友達の存在が凄くありがたいものであると今更のように意識しながら、ゆっくりとシャルミラは一度収納袋の側から後退る。
「分かったよ。開けるね」
シャルミラに怖い思いをさせるぐらいなら自分が犠牲になった方が良いかと考えていたバルゴは、人間よりも小さい手をチャックに伸ばし、下へと引っ張った。布と鉄が合わさった独特の柔らかい音を小さく響かせながら、袋の内部が明らかになっていく。
――バルゴは1つ覚悟を決めてから、シャルミラに声をかける――
「シャル、一応開けたから、見ようよ?」
バルゴは開いた袋の目の前にいる状態で、後ろに顔を向けながらシャルミラに内部を明らかにさせた事を伝えた。凄惨な姿であれ、これは見なければいけないのだ。
「う……うん、分かっ……た……」
シャルミラは収納袋に背中を向けていた。そして茶色の瞳も閉じていたのだが、呼ばれたからこそ、ゆっくりと瞳を開きながら、まるで氷漬けになって動かなくなってしまった身体を無理矢理に捩じるようにして収納袋を自分の視界内に入れる。
――内容を見て、驚かないはずが無かった――
「うわっ……ちょっと何これ……?」
収納袋に入っていたエリンの姿を見たシャルミラであったが、シャルミラの記憶にあった金髪の女性の姿では無かった。
どす黒く変色した肌がまず一番に目立つが、流し込まれた毒の影響なのか、老人のように皮膚がふやけて荒れていた。元から老年だった訳では無いが、毒の力は命だけでは無く、外観すらも破壊してしまうのだ。
毒が体内を激しく溶かした影響か、溶けて破れた白の魔導服の隙間から変色した肌だけでは無く、骨までも露出してしまっている部分もあった。特に腕は二の腕の肉が全て溶け切っており、骨がそのまま見えているような有様だ。
装備品だったのであろう手袋も所々が溶けており、内部の手も激しく溶けて荒らされている。
「一応、職員の人からは聞いたんだけど、蜘蛛の怪物に捕食されたんだって」
怯えながらエリンの果てた姿を見ているシャルミラの横で、バルゴは自分が聞かされた事実を伝えた。蜘蛛の怪物がエリンをもう性別の判断すら出来なくなるような外見にさせてしまったのだ。
「捕食……食べられたって、事? でもなんかその……溶けたみたいな感じになってるじゃん? これ食べられたって言うの?」
シャルミラはエリンの姿を見ると、確かに毒等の物質によって身体を溶かされてしまった事だけは確実に理解する事が出来たが、この姿が捕食された後のそれだとはイメージしにくかったようだ。
彼女のイメージする捕食された姿と言うのは、四肢が千切られていたり、身体の一部が噛み千切られたかのように欠損していたりする姿だったのだろうか。
「ちょっと生々しい話になっちゃうんだけど、蜘蛛って相手の体内に毒液、まあ消化液って言ってもいいと思うんだけど……」
バルゴは蜘蛛の捕食手段を理解していたからか、シャルミラに説明すべきなのかと責任を感じ、口を動かした。
毒液には酸の成分が含まれているから、まずはそれを理解してもらう事が大切だと感じているのかもしれない。
「それを流し込んで体内を溶かしてから口を刺し込んで吸い上げるからそうなっちゃ――」
――バルゴの説明をシャルミラの叫ぶような声が妨害してしまう――
「えぇうっそぉ!? そんなグロい方法するの!? 丸呑みとかされた方がずっとマシじゃんこれ!!」
言い切っていないのにも関わらず、シャルミラは直感か何かで捕食の方法を理解してしまったようだ。その瞬間に全身に貫くような悪寒が走り、まるで今の説明を拒絶するかのように高い声を出しながら驚いてしまう。
残された遺体があまりにも凄惨な形となっている為、これなら全て食べられて肉体全てを体内に吸収されてしまった方がマシなのでは無いかと意識したのだろうか。
顔の方に視線をふと向けたシャルミラだったが、生前は異性を惹き寄せていたであろう長いブロンドの髪も今は溶けたり抜け落ちたりで荒れており、目が存在したであろう眼窩の部分は今はもうただの窪みとして外に見える状態になってしまっている。眼球もあの毒で全て溶かされたに違い無い。顔の皮膚は肉ごと溶けていた為、口元も歯が歯茎ごと激しく剥き出しになっているが、歯も個々に溶けてしまっており、並び方が非常に汚らしくなっている。
自分がこんな姿になったら……なんて事はシャルミラは予測も想像もしたくないはずだ。
「ちょ……シャル、そういう言い方やめようよ……。一応目の前にエリンさんいるんだし」
やめてほしかった部分としては、間違い無くグロいという言い方だっただろう。バルゴはまるで常識に疎い子供を窘める親のように呆れた表情を浮かべながら、目前に本人がいる事を思い出させる。
もしかしたらあの世でシャルミラの今の問題のある発言を聞かれているかもしれないと思うと、シャルミラのパートナーとして申し訳無い気持ちにもなる。
「あ、そうだったね……。でも、あんまり状況は想像しない方がいいよねこれ」
バルゴに指摘される事によって、シャルミラは友達であるバルゴであるからこそ無理矢理に笑みを作り、そして内面では反省をする。
バルゴからエリンの遺体に再び視線を戻すと、シャルミラの茶色の瞳に再度悲しみと恐怖が浮かび上がってしまう事になった。どのような形で襲われてしまったのかは、知らないままの方が良いと自分で意識する。
「ぼくもしない方がいいと思う」
バルゴは人間では無いが、だからと言って捕食される様子をのんびりと眺めていられるような無神経な生き物でも無い。怖い事は無理に頭の中で思い浮かべる事はすべきでは無いと伝える。
「多分ここにいたってもうどうしようも無いし、エリンさんには凄く悪いけど、あたしがちゃんとエリンさんの分も頑張って生きないと駄目だよね。まあ勿論他の方の分もだけどね」
テントの中で遺体となった者達と向かい合っていた所で、現実は何も変わらない。
そう感じたシャルミラは皆の無念を背負うつもりで言ってみた。瞳にはもう殆ど恐怖は映っていなかった。
「そうだよね。そういう気持ちこそがシャルらしくていいと思う。それに職員の人もそろそろ撤収するって言ってるから、まずはここ離れようよ?」
今は生きている者が頑張るしか無い。それを見せてくれたシャルミラの横顔を見るなり、バルゴは一安心したようだ。
「そうしようか。じゃ、エリンさん、あたしこれからエリンさん達の仇討ちに……行ってきますね!」
言われてシャルミラは、もうすぐでこの場所で撤収作業が始まる事を思い出す。
一度バルゴと目を合わせながら納得した後に、もう口を聞く事の出来ないエリンのすぐ隣でしゃがみ込みながら、収納袋のチャックを閉じた。
(エリンさんをこんな風にした蜘蛛はもう誰かにやられてたけど、まあここは黙っとくか)
バルゴに行こうと声をかけて、すぐにテントの出入り口へ駆け足で向かっていくシャルミラの細い背中を見つめながらバルゴは思ったが、細かい勘違いを指摘する事によって今の心の有り方が乱れてしまったら不味いと考え、直接は口に出さずにシャルミラの後を浮遊しながら追いかける。
――これから向かうは、蜘蛛の巣食う洞窟だ――
今回は蜘蛛の魔物に捕食されてしまった者の姿を描いてみましたが、他の作品とかでも結構凄惨な結末を迎えるみたいです。現実の蜘蛛も捕食した生物の体内に毒を流し込んで、内部を溶かしてからそれを吸い上げるという話がありますが、それを人間がやられてしまうと……。蜘蛛からしたら単に相手なんてただの餌でしかありませんから、相手の恐怖とかそんなもん一切考慮してくれないんですよね。




